トラベルビー看護理論

病気というものにはさまざまなイメージが付着しています。昔は小説の影響で結核には薄幸な美しいというイメージがありました。ガンは不気味で醜悪な死のイメージがあります。多くの病気のイメージは否定的なもので、それにかかった患者も避けられがちです。
医療関係者も、病気とは悪いものであり、すぐに取り除きやっつけなくてはいけないものと考えています。病気にかかった人間も自己管理を怠った人間で、はやく病気が治るよう努力すべきとされます。医療関係者のこうした姿勢のことをトラベルビーは「治癒志向的な構え」と呼んでいます。
病気はたしかにつらいものです。しかしその病気にかかったことが何の意味もない、あってもお前の日頃の態度が節制がなかったからだとされる(しかし多くの患者は身に覚えがない)としたら、それは病気同様に、ときには病気以上の苦しみを与えるものかもしれません。
突然、訳もわからず収容所に入れられ愛する人と別けられ意味のない労働をさせられる。ユダヤ人収容所体験者の精神科医フランクルはそうした状況下で、人は苦況ばかりか、その「意味の欠如」に苦しむことを知りました。
フランクルの影響をうけたトラベルビーは病気の意味の欠如、あるいは肯定的な意味の欠如というものが患者を苦しめている、と考えました。そして、この欠けた意味は患者自身が生み出さなくてはいけないと考えました。
 患者が自分に病気に積極的な意味を見つけるためには、医療者が持っている病気への否定的な意味づけをやめなくてはいけません。
看護師は、①患者と出会い、②そのかかえている問題を知り、③患者の気持ちになり、④ともに苦しみ(同情)、⑤打てば響くような関係を患者と持つべきであり、そうした看護師の支えを受けることではじめて、患者は自分の病いに積極的な意味を見つけていくことができるのです。

参考文献:勝又正直 著『はじめての看護理論』医学書院
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by takumi429 | 2009-01-06 16:41 | 看護理論 | Comments(0)
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