2.マルクス 資本主義としての近代(1)

 2.マルクス 資本主義としての近代

 私たちが生きているこの社会環境(近代社会)とはどんな社会なのか。その診断としてもっとも有名でかついまだ影響力の強いのは、カール・マルクス(Karl Marx 1818 - 1883)のくだした診断です。マルクスによれば、近代社会とは資本主義に支配された社会です。
 この資本主義においてはどのようなことが起きているのか。まず、ある短い小説を読んでみることにしましょう。

 セメント樽の中の手紙
 葉山嘉樹(はやまよしき)(1926年)
 松戸与三はセメントあけをやっていた。外の部分は大して目立たなかったけれど、頭の毛と、鼻の下は、セメントで灰色に蔽(おお)われていた。彼は鼻の穴に指を突っ込んで、鉄筋コンクリートのように、鼻毛をしゃちこばらせている、コンクリートを除(と)りたかったのだが一分間に十才ずつ吐き出す、コンクリートミキサーに、間に合わせるためには、とても指を鼻の穴に持って行く間はなかった。
 彼は鼻の穴を気にしながら遂々(とうとう)十一時間、――その間に昼飯と三時休みと二度だけ休みがあったんだが、昼の時は腹の空(す)いてる為めに、も一つはミキサーを掃除していて暇がなかったため、遂々(とうとう)鼻にまで手が届かなかった――の間、鼻を掃除しなかった。彼の鼻は石膏(せっこう)細工の鼻のように硬化したようだった。
 彼が仕舞(しまい)時分に、ヘトヘトになった手で移した、セメントの樽(たる)から小さな木の箱が出た。
「何だろう?」と彼はちょっと不審に思ったが、そんなものに構って居られなかった。彼はシャヴルで、セメン桝(ます)にセメントを量(はか)り込んだ。そして桝(ます)から舟へセメントを空けると又すぐその樽を空けにかかった。
「だが待てよ。セメント樽から箱が出るって法はねえぞ」
 彼は小箱を拾って、腹かけの丼(どんぶり)の中へ投(ほう)り込んだ。箱は軽かった。
「軽い処を見ると、金も入っていねえようだな」
 彼は、考える間もなく次の樽を空け、次の桝を量らねばならなかった。
 ミキサーはやがて空廻(からまわ)りを始めた。コンクリがすんで終業時間になった。
 彼は、ミキサーに引いてあるゴムホースの水で、一(ひ)と先(ま)ず顔や手を洗った。そして弁当箱を首に巻きつけて、一杯飲んで食うことを専門に考えながら、彼の長屋へ帰って行った。発電所は八分通り出来上っていた。夕暗に聳(そび)える恵那山(えなさん)は真っ白に雪を被(かぶ)っていた。汗ばんだ体は、急に凍(こご)えるように冷たさを感じ始めた。彼の通る足下(あしもと)では木曾川の水が白く泡(あわ)を噛(か)んで、吠(ほ)えていた。
「チェッ! やり切れねえなあ、嬶(かかあ)は又腹を膨(ふく)らかしやがったし、……」彼はウヨウヨしている子供のことや、又此寒さを目がけて産(うま)れる子供のことや、滅茶苦茶に産む嬶の事を考えると、全くがっかりしてしまった。
「一円九十銭の日当の中から、日に、五十銭の米を二升食われて、九十銭で着たり、住んだり、箆棒奴(べらぼうめ)! どうして飲めるんだい!」
 が、フト彼は丼の中にある小箱の事を思い出した。彼は箱についてるセメントを、ズボンの尻でこすった。
 箱には何にも書いてなかった。そのくせ、頑丈(がんじょう)に釘づけしてあった。
「思わせ振りしやがらあ、釘づけなんぞにしやがって」
 彼は石の上へ箱を打(ぶ)っ付けた。が、壊われなかったので、此の世の中でも踏みつぶす気になって、自棄(やけ)に踏みつけた。
 彼が拾った小箱の中からは、ボロに包んだ紙切れが出た。それにはこう書いてあった。

 ――私はNセメント会社の、セメント袋を縫う女工です。私の恋人は破砕器(クラッシャー)へ石を入れることを仕事にしていました。そして十月の七日の朝、大きな石を入れる時に、その石と一緒に、クラッシャーの中へ嵌(はま)りました。
 仲間の人たちは、助け出そうとしましたけれど、水の中へ溺(おぼ)れるように、石の下へ私の恋人は沈んで行きました。そして、石と恋人の体とは砕け合って、赤い細い石になって、ベルトの上へ落ちました。ベルトは粉砕筒(ふんさいとう)へ入って行きました。そこで鋼鉄の弾丸と一緒になって、細(こまか)く細く、はげしい音に呪(のろい)の声を叫びながら、砕かれました。そうして焼かれて、立派にセメントとなりました。
 骨も、肉も、魂も、粉々になりました。私の恋人の一切はセメントになってしまいました。残ったものはこの仕事着のボロ許(ばか)りです。私は恋人を入れる袋を縫っています。
 私の恋人はセメントになりました。私はその次の日、この手紙を書いて此樽の中へ、そうと仕舞い込みました。
 あなたは労働者ですか、あなたが労働者だったら、私を可哀相(かわいそう)だと思って、お返事下さい。
 此樽の中のセメントは何に使われましたでしょうか、私はそれが知りとう御座います。
 私の恋人は幾樽のセメントになったでしょうか、そしてどんなに方々へ使われるのでしょうか。あなたは左官屋さんですか、それとも建築屋さんですか。
 私は私の恋人が、劇場の廊下になったり、大きな邸宅の塀(へい)になったりするのを見るに忍びません。ですけれどそれをどうして私に止めることができましょう! あなたが、若し労働者だったら、此セメントを、そんな処に使わないで下さい。
 いいえ、ようございます、どんな処にでも使って下さい。私の恋人は、どんな処に埋められても、その処々によってきっといい事をします。構いませんわ、あの人は気象(きしょう)の確(しっ)かりした人ですから、きっとそれ相当な働きをしますわ。
 あの人は優(やさ)しい、いい人でしたわ。そして確かりした男らしい人でしたわ。未(ま)だ若うございました。二十六になった許(ばか)りでした。あの人はどんなに私を可愛がって呉れたか知れませんでした。それだのに、私はあの人に経帷布(きょうかたびら)を着せる代りに、セメント袋を着せているのですわ! あの人は棺(かん)に入らないで回転窯(かいてんがま)の中へ入ってしまいましたわ。
 私はどうして、あの人を送って行きましょう。あの人は西へも東へも、遠くにも近くにも葬(ほうむ)られているのですもの。
 あなたが、若(も)し労働者だったら、私にお返事下さいね。その代り、私の恋人の着ていた仕事着の裂(きれ)を、あなたに上げます。この手紙を包んであるのがそうなのですよ。この裂には石の粉と、あの人の汗とが浸(し)み込んでいるのですよ。あの人が、この裂の仕事着で、どんなに固く私を抱いて呉れたことでしょう。
 お願いですからね。此セメントを使った月日と、それから委(くわ)しい所書と、どんな場所へ使ったかと、それにあなたのお名前も、御迷惑でなかったら、是非々々お知らせ下さいね。あなたも御用心なさいませ。さようなら。

 松戸与三は、湧(わ)きかえるような、子供たちの騒ぎを身の廻りに覚えた。
 彼は手紙の終りにある住所と名前を見ながら、茶碗に注いであった酒をぐっと一息に呻(あお)った。
「へべれけに酔っ払いてえなあ。そうして何もかも打(ぶ)ち壊して見てえなあ」と怒鳴った。
「へべれけになって暴(あば)れられて堪(たま)るもんですか、子供たちをどうします」
 細君がそう云った。
 彼は、細君の大きな腹の中に七人目の子供を見た。
(大正十五年一月)

 すぐれた作品なので、あえて全文を引用しました。この小説は教科書にも採用されているので、お読みになったかたも多いでしょう。プロレタリア文学の傑作と言っていい短編です。
 実際に、粉砕機のなかに人が飲み込まれてしまったら、コンクリートの質が落ちますから、機械を止めるにちがいありません。ですから、この話はあくまでもフィクション(作り話)です。にもかかわらず、読み手にずっしりとしたリアリティを感じさせるのは、作者の葉山嘉樹が実際にセメント工場で働き、その体験のなかで、資本主義における労働というものを、理屈だけでなく体で理解しているからです。
 労働者の命がセメントになるというのは、粉砕機に飲み込まれた青年だけではありません。鼻にコンクリートの粉がつまって徐々に鼻がコンクリートになっていく主人公もまたコンクリートへとその生命を変質させているのです。そして彼らの命はコンクリートにかえられ、それを生み出した労働者のあずかり知らぬところへと、商品として、売られていくのです。
 主人公が休むどころか鼻をかくひまもなく働いても、支払われるのは、自分と家族を維持するぎりぎりの賃金でしかありません。労働者は酒を飲んで余暇を楽しみむこともできません。わずかな賃金で、自らの労働力を再生産し、かつ子どもをつくることで、次世代の労働力を再生産するのです。

 こうした労働のあり方というのはもう過去のものなのでしょうか。いえ、そうとはいえないように思えます。森岡孝二の『過労死は何を告発しているのか 現代日本の企業と労働』(岩波書店2013年)を読んでみると、欧米先進国が週40時間ちょっとの労働時間に対して、日本の労働者は正社員で53時間も働いており、その中で、過労死や過労自殺に追いやられていることがわかります。この小説の現実は、こと日本に限ってみれば今だに続いていると言えるのです。
 ここで、「資本主義」というものを、すこしこの小説の読書感に近づけて定義してみましょう。
 資本主義とは、
 生産の現場で、労働者は命をけずって物を作っている。彼らの生命は生産物となる。だがその生産物は、すべて資本家のものとなり、市場で商品として切り売りされる。労働者がその品物にどんな思い入れを込めようと、それは商品となり、いくらで売れるか、お金(貨幣)で、その価値は計られる。こうして労働者の働きは、金(貨幣)で売り買いされる商品にされる。また資本家も、お金(資本)を増やすように命じられており、それに失敗すれば倒産するほかはない。つまり、資本家は、「人格化された資本」das personilizierte Kapital であって、拡大を続けようとする資本(お金)に操られた人形である。こうした、命をけずり切り売りするしかない労働者と、その労働者を雇い資本を増大することを絶対命令として経営する資本家との関係が、社会の支配的基調となっている社会、それを「資本主義」と呼ぶ。

 商品の世界 
 資本主義では、マルクスが『資本論』(第1巻1967年)の冒頭でいったように、社会の富は「とほうもない商品のあつまり」 として、現れます。みなさんも、巨大なショッピング・モールやデパートに行った時のことを思ってください。膨大な数の商品がきらびやかに輝きながら私たちを迎え、わたしたちに「豊かさ」の世界へと誘ってくれます。
 あらゆるものが、「商品」として現れる。その気になればそれを「買うことができる」。品物だけでなく、若さも美さえも、成長ホルモンなどのアンチエイジングの薬を買い、スポーツジムの会員になって加圧トレーニングを受ける、それでもだめなら整形手術を受ければ、手に入る。幸福さえ、金があれば手に入る。貧乏は体だけでなく心まで蝕みます。「良い性格」は豊かな恵まれた生活のなかで育まれます(それを理解できない人は苦労をしたことがない人です)。若さも美しさも幸せも健やかな生活も心も、すべて金さえあれば「手に入れることができる」。それがあらゆる「豊かさ」が「商品」として現れている資本主義の世界です。
 市場社会の奇妙な等号
 さてこの商品世界ではひとつの奇妙な等号があります。
 いま、あなたが、お父さんの形見の万年筆を、質屋かどこかで、売ろうとしたとします。あなたがお父さんの形見の万年筆を使っているといくつも思い出がよみがえってくることでしょう。少々引っかかりのあるその筆感さえ、味わい深いものであるかもしれません。しかし、それを売ろうとすると、とたんに、たとえば、「150円」というような値段が付けられます。思い出深い万年筆も、売りに出そうとすると、自販機のペットボトルのお茶と同じ値段のものでしかない。
 マルクスはここで、品物が2つの価値を持っていると言います。
つまり、使う者にとっての品物の価値、これを「使用価値」といいます。父の形見の万年筆は、思い出の詰まった品物です。しかしこれを売りに出した時には、たんなる「古いボロの万年筆」にすぎません。こうして売りに出そうとしたときの価値を「交換価値」、あるいは単純に「価値」といいます。つまりいわゆる「商品価値」です。
 ここではちょっと奇妙な等号(イコール)がみられます。つまり、使用価値はまったく異なっている物が、交換価値は同じだとされるのです。父の形見の万年筆は、もちろん自販機のペットボトルのお茶とは、別物です。でもその(交換)価値、商品価値においては、同じものだとみなされるのです。そしてこの(交換)価値を体現するものとして、お金(貨幣)が出現します。
 お金によるものの商品化
 お金はその商品価値を示すだけではありません。もしお金がない物々交換の世界では、万年筆とお茶の交換が成立機会というのはほとんどないでしょう。たまたま、いらなくなった古万年筆をもっていてお茶が飲みたくなった人と、たまたま、万年筆がほしくてしかもペットボトルのお茶をもっているけどいらない人、そんな二人が遭遇する、なんてことは万ひとつもあるものではありません。でも、お金を媒介にしすれば、べつにそんな特殊な欲望をもった人が遭遇する必要はありません。万年筆を売りたい人はそれを売ってわずかな金にかえる。ペットボトルのお茶を売る人は150円出してくれる人に売ればいいだけのことです。物々交換の同時性はなくなり、商品の交換はきわめてフレキシブルなものになり、より自由にたくさんのものがお金と交換されることで商品となることができるのです。つまり、貨幣(お金)の媒介によって、物々交換という限定された交換から、商品交換(市場)の世界が出現するわけです。
 お金(貨幣)は、品物と品物のたんになかだち(媒介)するものから、その品物の商品としての価値を示すものとなります。さらに、お金(貨幣)をなかだちすることで、交換物々交換のもっていた、互いに相手のものを欲しているひとが遭遇するという、制限から自由になり、交換は格段に拡大します。結果、それまで売りに出されそうもなかったようなものまでが商品へとなっていきます。そして、貨幣はあらゆるものを購買できることから、貨幣の所有はあらゆるものを購買し使用できる可能性を溜め込んだ(ストックした)ものとして現れるのです。そう、「金さえあれば何でもできる」のです。

 貨幣のブランウン運動
 商品交換(売買)によって、お金(貨幣)は人の手から人の手へと渡り歩いていきます。
市場における商品交換(売買)は、お金(貨幣)の動きとして現れます。それはちょうどブラウン運動に似ています。ブラウン運動とは、浮遊する微粒子がそれに衝突するいくつも分子のために、ふらふらと自分で動いているように見える現象をいいます。商品交換によってお金(貨幣)はまるで自律的に市場のなかを動き回ってみえるわけです。
 売り手も買い手もその品物にはさまざまな思い入れや来歴があるはずです。でも商品市場ではそういったことはいったん捨象して、品物と品物の交換、お金のやり取りだけが問題とされ、売り手と買い手は、金のやりとりしている「担い手」として現れてきます。
 マルクスはこう言っています。
「物の使用価値は人間にとって交換なしに、つまり物と人との直接的関係において実現されるが、物の価値は逆にただ交換においてのみ、すなわち1つの社会的過程においてのみ実現される・・・。ここ〔市場〕では、人々はただお互いに商品の代表者としてのみ、存在する。・・・人々の経済的扮装はただ経済的諸関係の人化Personifikationenでしかないのであり、人々はこの経済的諸関係の担い手として互いにに相対するのだ・・・。」
「貨幣運動はただ商品流通の表現でしかないのに逆に、商品流通がただ貨幣運動の結果としてのみあらわれるのである。」
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by takumi429 | 2016-04-22 00:06 | 社会学史 | Comments(0)
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