5.貨幣支配の時代としての近代 漱石とジンメル

5.貨幣支配の時代としての近代 漱石とジンメル

 前回は、マルクスのいう下部構造である資本主義の生産様式が、上部構造である宗教の影響をむしろうけて発展したというヴェーバーWeberの学説をみました。

 今回は、マルクスがいう貨幣によってあらゆるものが商品化された社会のありようを、ある小説と社会学者ジンメルの著作で考えていきたいと思います。
 さて本日とりあげるのは、夏目漱石の『虞美人草』です。
(1)『虞美人草』:商品としての女
『虞美人草』の系図関係 (点線は許嫁関係 破線は藤尾の欲望と逸脱)
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 この小説は、一言でいえば、藤尾という名の女をめぐるお話です。
甲野藤尾(こうのふじお)は24歳、女学校出の美人です。彼女には腹違いの兄、甲野欽吾(きんご)がいます。欽吾の友人にはおなじく東京大学を出て、外交官試験のために浪人している、従兄弟の宗近一(むねちかはじめ)がいます。宗近一(はじめ)には妹の宗近糸子(いとこ)がおり、裁縫を好む家庭的な女です。(主人公のいとこの名前を「糸子」と名付け、糸をつかう裁縫が好きという人物に、宗近家の長男を「一(はじめ)」と名付けたりして、夏目先生、美文調の裏で、けっこういい加減な書きぶりです)。
藤尾は父親の金時計を気に入っており、いつも玩具にしていました。この接触により、「金時計」は「藤尾」の身代わり(隠喩)になります。この小説世界のなかで「金時計」は一貫して「藤尾」と一体のものとして語られます。
生前、藤尾の父はこの「金時計」をやると、宗近一に言っていました(『夏目漱石全集4』ちくま文庫69-70頁)。藤尾を意味する「金時計」を宗近一にやるということは、藤尾を一(はじめ)にやることでもあります(同138頁)。ですから藤尾は宗近家の嫁に行くものと思われていました。
 また宗近の父は娘の糸子(いとこ)をいとこの甲野欽五の嫁にやろうと考えており、糸子もそれを意識しています。つまり甲野家と宗近家は、相互に娘を嫁にやる予定だったのです。
 レヴィ=ストロースによれば、婚姻関係は「女」という物を贈与する関係と見ることができます。ここでは甲野家と宗近家が娘を相互に贈与しあっています。つま両家の関係は、レヴィ=ストロースの用語で言えば、「限定交換」がおこなわれる、そうした閉じた関係だったわけです。
 しかし欽五の父が外地で急死することで、事態は急変します。藤尾の母は、実の子ではない欽吾が、自分のめんどうを見てくれるか不安です。ですからできれば欽吾を追い出して、藤尾に婿を取らせて自分の立場を安定させたいと考えています。継母の押し殺した強欲さにへきへきとした欽吾「色の世界」(仏教用語での物質世界)を嫌悪し嘔吐する欽吾は哲学の世界に逃避しようとしてしています。
 ここで藤尾の花婿の候補として浮かび上がったのが、小野清三です。小野は東京大学を優秀な成績で卒業し、恩賜の銀時計をもらい、さらに博士論文を執筆中です。藤尾の母は小野に藤尾の英語をみてもらうようにし、両者を結びつけようと画策しています。つまり実の娘をできるだけ高く売ろうとしているわけです。
 小野は京都で井上孤堂という先生の世話をうけており、そのかわり井上先生の娘、小夜子の将来の夫となることを約束していました。しかし東京に出て、銀時計を獲得した今、小野はさらに博士となって金時計たる藤尾を獲得したいという欲望をもっています(同106,154頁)。
 藤尾をできるだけ高く売りつけたいという藤尾の母の欲望と、美しい才媛である自分にふさわしい趣味のある男と結ばれたいと思う藤尾の欲望は、安定した女の交換関係を突き崩してします。宗近一は藤尾をもらえず、また甲野家を出ると甲賀欽吾は宗近糸子を伊賀家の嫁にもらうわけにはいきません。また小野は藤尾を獲得するために井上小夜子を棄てるようとします。
 安定した婚姻の関係のなかでは、藤尾も、糸子とおなじく、家から家へと贈与されるものでした。しかし自分にふさわしい(等価な)相手を求めたり、できるだけ高く買われることを望むんだ結果、藤尾は一種の「商品」へと変わります。
 それだけではありません。かつては藤尾は宗近家へ贈られる品物でした。しかし藤尾の母は、藤尾(金時計)をつかって将来の博士(小野)を婿にもらう(買い取ろう)とします。ここにいたって、藤尾は贈与物から商品へ、さらに「金」(かね)という特殊な商品(貨幣)へと変身しました。
 作家夏目金之助(漱石)はこの藤尾という女(特殊な商品)のふるまいに、断固たる鉄槌を喰らわせようとします 。小説の終盤で、藤尾に見限られたため逆に自由になった宗近一(はじめ)の活躍により、小野と小夜子が、さらに甲野金吾と糸子が元のさやにおさまり。小野を奪われた藤尾は宗近一に金時計を渡しますが、宗近一は金時計を大理石にたたきつけ壊します。自分と一心同体の金時計が破壊されると、藤尾は倒れ、結果、死んでしまうのでした。

注 明治四十年(一九〇七)七月十九日漱石は小宮豊隆に宛てて、「『處美人草』は毎日かいている。藤尾という女にそんな同情をもってはいけない。あれは嫌な女だ。詩的であるが大人しくない。徳義心が欠乏した女である。あいつをしまいに殺すのがー篇の主意である。うまく殺せなければ助けてやる。しかし 助かればなおなお藤尾なるものは駄目な人間になる。最後に哲学をつける。この哲学は一つのセオリーである。僕はこのセオリーを説明するために全篇をいているのである。」と書ている。(小宮豊隆著『夏目漱石』(中)岩波文庫1987年299頁)

 ところで藤尾と同一視される「金時計」はいかなる意味をもつのでしょうか。小野にとってはそれは恩賜の銀時計のさらにさきにある出世の象徴です。さらに「金」は貨幣(金)を意味します。「時計」はどうでしょうか。「時計」は近代的な時間を意味します。それは労働を測定しその価値を計ります。ですから「時は金なり」です。またそれは一国の共通時間を意味します。日の出、日の入りを「明け六」、「暮れ六」と呼んでいる、地域により、季節によって異なる時間ではなく、社会全般をおおう「普遍的な」時間です。
 この「金=時計」の死によって、自然な時間、つつましく自然な欲求と交換の世界がよみがえり、秩序は回復されるのです。
 ところで、この小説では京都と東京は対照的な世界として設定されているように思われます。すなわち、京都は納まるべきものが納まるべき所に納まっている世界であり、東京は固定した関係が流動化し、絶えず新たな欲望が喚起される世界です。こうした「文明」の世界の典型としてこの小説にとりあげられているのが連載当時開催されていた、東京勧業博覧会(明治40 (1907)年)です。
「蟻は甘きに集まり、人は新しきに集まる。文明の民は激烈なる生存のうちに無聊をかこつ。・・・文明の民ほど自己の活動を誇るものなく、文明の民ほど自分の沈滞に苦しむものはない。文明は人の神経を髪剃に削って、人の神経を擂木と鈍くする。刺激に麻痺して、しかも刺激に渇くものは数を尽くして新しき博覧会に集まる。・・・蛾は灯にに集まり、人は電光に集まる。・・・昼を短しとする文明の民の夜会には、あらわなる肌に鏤たる宝石が独り幅を利かす。金剛石は人の心を奪うが故に人の心よりも高価である。泥海に落つる星の影は、影ながら瓦よりも鮮やかに、見るものの胸に閃く。閃く影に躍る善男子、善女子は家を空しゅうしてイルミネーションに集まる・・・」(190-1頁)
 東京勧業博覧会では、不忍池に建てられたパビリオンはその見事な電飾で多くの観客を集めていました。この小説ではそれを舞台にして描いています。
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「・・・イルミネーションは点いた。
『あら』と糸子が云う。
「夜の世界は昼の世界より美しい事」と藤尾が云う。」(同194頁)

「空より水の方が綺麗よ」と糸子が突然注意した。・・・イルミネーションは高い影を逆まにして、二丁余の岸を、尺も残さず真赤になってこの静かなる水の上に倒れ込む。黒い水は死につつもぱっと色を作す。」(同196頁)

 作家はよくこうした短いせりふに作品全体の重要なヒントを滑りこませるものです。ここで漱石が言いたいのは、人々があつまっているこの東京博覧会は倒錯した幻影である、ということです。さらにそれはこの東京の文明の倒錯性です。宝石(ガーネット)の飾りのついた金時計(藤尾)のもつ輝きは夜の博覧会のごとく、人(小野)の欲望をかきたてはするが、それは幻の、しかも本来の欲求からは倒錯した欲望にほかならない、ということを示唆しているのです。
 休息のため席についた甲野と糸子、左近と藤尾は、偶然そこで井上親子と小野を見つけます。小野と小夜子は夫婦のように見えます。(後で左近が小野に二人は夫婦のように見えた、と話しています)(261頁)。この夫婦のようにみえる小野と小夜子の関係に藤尾は烈しい嫉妬と怒りを感じ、この関係を壊そうとします(205頁)。
 元来、人は自分の欲求充足をそのための手段たる品物によって満たすします。そこには欲求とそれを満たす品物との直的対応関係があります。しかし貨幣経済が進展すると、ひとは現実の欲求のためでなく、いつか生まれてくる欲求のために貨幣をため込み、しいては貨幣を多く獲得すること自体がその人間の欲求となってきます。欲求充足と品物との対応関係は貨幣によって崩されていくのです。
 商品(小夜子)と固定客(小野)とが夫婦のように納まっているのを嫉妬する、特殊な商品、それが藤尾です。つまり彼女は商品と客との間を流動化させる存在としての特殊な商品、つまり貨幣であることがここの描写からもうかがわれるのです。
 そしてこの作品はまさに「貨幣の死」によって安定した伝統的関係が復活することを描いた作品なのです。
 それはこの作品がまさにそうした伝統的な安定した関係が崩されつつあった時代に書かれたことを意味しているのです。
 
(2)ジンメルの貨幣論
 ところで『虞美人草』の宗近家と甲賀家とは、自己消費できない娘を両家がもち、相手の娘を嫁に貰いたがっていました。つまり、消費と供給の欲望が、交換のする者どうして、ちょうど一致して成立していたわけです。つまり、Aがもつ商品aを、Bが求めており、また同時に、Bがもつ商品bを、Aが欲しているという状態です。しかし、そういう双方の欲望が一致する場面というのはまれなことです。こうした双方の欲望の一致という制限が、貨幣が登場することで、打ち破られることで、交換はAとBという範囲を超えて、自由でフレキシブルなものとなるわけです。
 ところで貨幣ついて哲学的・社会学的な考察をした学者に、ゲオルグ・ジンメル(Georg Simmel 1858-1918)という学者がいます。彼は、まず「貨幣の心理学のために」(1889 年)という論文で、まず、この限定的交換が貨幣によって乗り越えられることに注目しました。
貨幣がなければ、交換は互いのものを欲求していなくては成立しません。
A  B

a b
しかし、貨幣(Geld)があれば、所有者Aはひとまず自分の持ち物 a をお金G1と交換しておきa⇔Ga、後から、自分のほしいもの、たとえば商品fをお金Gfで買えばよくなります。同時に交換が成立する必要もないし、また交換がおなじ金額になる必要もなくなります。a を売って得たお金G1が f を買うお金G2とおなじ必要もなくなります。
所有者Bも同じことができますし b⇔Gb
CもDもFも・・・同様です。c⇔Gc d⇔Gd f⇔Gf ・・・
お金を得た所有者は、自分がほしい物がほしい値段で市場に現れるのを待つことができます。こうして交換は広がりかつ柔軟なものとなります。
aがほしい、bを使ったことしたい、cを食べたい、などなどの目的は、ひとまずその手段としてお金(貨幣)を手に入れておいて、そのあとで機会をみて実現すればよいこといなります。お金(貨幣)は目的実現のための手段としてとりわけ優れているのは、普通の手段なら、aという目的のための手段maは、bという目的のための手段mbに転用することがむずかしいのに、お金(貨幣)だとその転用ができてしまうということです。つまり、お金(貨幣)はどんな目的に対しても手段となりえるのです。
 ジンメルはこのお金があらゆる目的の手段となりえる性質を、ちょうど、動力をいったん電力の形に転用すことになぞらえています。
「このことは、落下する水の力、熱せられた気体の力、あるいは風車の翼の力といったいかなる任意も、これらが発電機に導かれれば、この発電機によって、あらゆる任意の望ましい力の形式へと転用されることができるという事態とほぼ同じことである」(大鐘武訳『ジンメル初期社会学論集』恒星者厚生閣1986年138頁)。
「わたしの行為ないし所有も、わたしのさらに生ずる願望に資するために貨幣価値の形式に入らなければならない」(同139頁)
 ふつう、ジンメルの言う「形式」とは関係のパターンのことです。彼がはじめた「形式社会学」とは、社会関係のパターンを、個々の人間の内容(中身)ではなく、関係性から考察する学問のことです。しかし、ここではさらにふみこんで、「交換可能で転用可能なもの」を指しています。
 さて、お金(貨幣)はあらゆる目的の手段となりえるのですから、いつしか、お金を得ることが自己目的となってしまうというのは容易に予想できることです。これをジンメルは「貨幣が自己目的となる心理的メタモルフォーゼ」と呼んでいます(同142頁)。
 こうして、貨幣があらゆる目的を実現できる手段として自己目的化していくと、貨幣は普遍的で透明なものとなって、あらゆるものの価値を表すものとなっていきます。この価値は、ものの固有の価値とはちがって、あくまでも商品交換という運動が、貨幣の形をとって現れているのです。ものの値打ちがお金(貨幣)で計られるというのは、「事実や理念を不変の形式から、つまり変わることなく固定的であるものや永久に存在するものの形式から、運動の形式へ、つまり事物の永遠なる流れや絶えざる発展の形式へと変える大文化過程の一側面である」(同156頁)と述べています。
 こうしてあらゆる物の価値を、公平で透明な形であらわす貨幣は、一種の神のような存在として現代において現れている、として論を閉じています。
 その後、ジンメルは「近代のおける貨幣」(1896年)という講演をしています。内容は、「貨幣の心理学のために」と重なります。新たな論点として、貨幣の登場で、所有者と所有物との密接で固定的な関係から解放されたこと、貨幣によってあらゆることが金勘定という計算によって支配されること。また目的となった貨幣をもとめて人々は狂奔することを指摘しています。
 この後、ジンメルは大著『貨幣の哲学』(1900)に取り組みます。この本については来週取り上げることにしましょう。この大著の後、そのエッセンスをまとめた論文「大都市と精神生活」でジンメルは次のように書いています。
「大都市的な個性の類型を生じさせる心理学的基礎は、神経生活の高揚であり、これは外的および内的な印象の迅速な間断なき交替から生じる。・・・
大都市は昔から貨幣経済の場であった。・・・
経済心理学的領域での本質的なことは、この場合こうである。すなわち、原始的状態では生産は商品を注文した依頼人のために行われ、その結果生産者と買い手とはたがいに知り合いになる。しかし現代の大都市は市場のための生産、言いかえれば、本来の生産者の視圏にはけっして入らないまったく未知の買い手のための生産によって、ほとんど完全に維持されている。これによって双方の側の関心は、冷酷な主観性を獲得する。・・・
おそらく倦怠ほど無条件に大都市に保留される心的現象は、けっしてないであろう。これはまず第一に、急速に変化し対立しながら密集するあの神経刺激の結果であり、大都市の知性の高揚もこのような神経刺激から生じるように思われる。そのため実は、もともと精神的に不活発な愚鈍な人間は、まさに飽きることのないのがつねである。無際限の享楽生活は、神経を長く刺激してきわめて強い反応をひきおこし、ついには神経がもはやいかなる反応もあたえなくなるため、倦怠を生み出すのである。…
このような心の気分は、完全に浸透した貨幣経済の正確に主観的反映なのである。貨幣は、事物のあらゆる多様性をひとしく尊重し、それらのあいだのあらゆる質的相違をいかほどかという量の相違によって表現し、そしてその無色彩性と無関心とによって、すべての価値の公分母にのしあがる。そうすることによって貨幣は、もっとも恐るべき平準器となり、事物の核心、その特性、その特殊な価値、その無比性を、望みなきまでに空洞化する。事物はすべて同じ比重で、たえず流動している貨幣の流れのなかに漂い、すべての同じ平面に横たわり、ただそのまとう断片の大きさによってのみ、たがいに区別されるにすぎない。…(ジンメル著作集第12巻270-5頁)
 大都会がもたらす絶えまない刺激と倦怠。ここに至って、私たちは、漱石の『虞美人草』の記述のきわめてよく似た考察を見ることになります。漱石とジンメルが見ていたものはおなじ近代の貨幣によるあらゆるものの商品化とそのぼうだいな商品の集積として社会の富が現れてくる資本主義という時代だったように思われるのです。
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by takumi429 | 2016-05-19 06:55 | 社会学史 | Comments(0)
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