少女病

「少女病」:電車という名の欲望

「少女病」明治4051日の『太陽』発表

あらすじ

小説は郊外の貸家から代々木の停車場に向かう主人公の描写から始まる。主人公、杉田古城(「過ぎた固執」?)37歳、小説家。もっぱら少女小説を書いている。かつ ては一世を風靡したこともある。しかし清純な少女へのあこがれに終始するその作風は飽きられ、いまでは雑誌の編集でなんとか生活をしている。盛りを「すぎた』彼の の唯一の楽しみは通勤電車で美しい女学生を見、妄想にふけることである。彼は停車場ですでに女学校出の娘や女学生の姿を物色する。知人たちのうわさ話から、どうやら彼は、妻子持ちであるにも関わらず、オナニス卜であるらしいことが知れる。甲武電車に乗り、さらに市電へと乗り換える。主人公は車中で女学生たちを見、接触しながらうっとりとする。出社すると少女趣味を編集長にあざけられる。夢のない仕事と 生活に死にたいように気持ちになりながら、杉田は帰宅の電車に乗る。東京博覧会帰リ の客のために市電はたいへんな混雑。しかたなく彼は電車のデッキの真鍮棒につかまって乗っている。そのときもう一度会いたいと思っていた美しい女学生をガラスご しに見つけ、心を奪われる。しかし電車の加速に手をすべらした彼は、線路上に転がリ、反対方向から来た電車にひかれ死んでしまう。

女一覧

この小説の中では8人の女が登場する。それをまず出てくる順に列挙しよう。

1 「二十二三」歳ぐらいの「庇髪の女」。

「鴬色のリボン、繻珍(しゅちん)の鼻緒、おろし立ての白足袋」代々木停車場から「すくなくとも五六度は其女と同じ電車に乗ったことがある」。主人公はこの女の家まで突き留めている。

2  いつも代々木から牛込まで同乗する娘。

留針(ピン)を拾ってやったことがある。「白いリポン」はでな縞物に、海老茶の袴を穿いて、右手に女持の細い蝙蝠傘、左の手に紫の風呂敷包。

3  妻

「二十五六」歳ぐらい。「旧派の束髪」木綿の縞物の着物。

4 5

代々木からの車中での二人の娘。

年上の方は、「縮緬(ちりめん)のすらリとした膝あた から、華奢な藤色の裾(そで)、白足袋をつまだてた三枚襲の雪駄(せった)、ことに色の白い襟首」。もう「一人の肥った方の娘は懐からノウ卜ブックを出して頻りにそれを読み始めた。」

6

千駄ヶ谷駅から乗った「不器量な、二目とはみられぬような若い女」

「反歯(そっぱ)、 ちぢれ毛、色黒」

7

「見慣れたリボンの色」「四谷からお茶の水高等女学校に通ふ十八歳位の少女

8

かつて信濃町から一度だけ同乗し、もう一度逢いたいと思っていた令嬢。

朝の電車では見あたらず。帰宅のお茶の水からの甲武線(現在の中央線)で車中に発見。

「白い襟首、黒い髪、鴛茶のリボン、白魚のような綺麗な指、宝石入りの金の指 輪」。この少女にみとれて主人公は轢死。

 疑問(1) なぜ妻(3)とたいして歳も変わらない女1がでてくるのか。女1はすでの223歳で、「少女」と呼ぶにはあまりにとうが立ちすぎている。しかも主人公の妻(女3)は256歳。たいして歳も違わない。それなのに女1 に主人公は欲情し、妻には関心を失っている。「ちょっと変ではないか」。読者がそう思うのも無理はないだろう。

じつはそこが作者のねらい目だったと思われる。

 この小説を書いた田山花袋は当時、少女小説家であり、年齢も主人公と同じ37歳。 代々木の郊外に住み、博文館の編集者として甲武線(現在の中央線)と市電を使って通勤していた。それゆえ主人公は花袋自身をモデルにしているといって良いだろう。

 しかし花袋の妻の里さはこの明治40年に28歳。それに対してこの小説の主人公の妻は256歳で、花袋の妻より23歳若く設定されている。

 なぜ主人公の年齢が花袋と同じなのに、妻の年齢は若く設定されているのか。それは 主人公が欲情している女1とあまり年齢差がないことを読者に気づかせるためにほかならあない。そもそも、女1じたいが妻の年齢に近い女としてあえて登場させられていると思われる。

 なぜそんなことをしたのか。

 それは主人公の欲情が、単に「若い女」に対する欲望ではなく、あくまでも「電車で 出会う女学生」に向けられたものであることを示したいからにほかならない。

答え:女の若さではなく電車という空間で出会うことが主人公の欲望を喚起していることをしめしている。

郊外の家 妻   日常  生殖(子作り)

電車空間 女学生 非日常 オナニー

疑問(2) 「女学生」にどうして欲望を喚起するのか。

女学生(女子大生o女子高生):記号をまとった存在 束髪(庇髪)、ノウトブック、本、袴・・・

「女学生」=「女」+「学生』=欲望の対象+禁欲的勉学

「女学生」は「女」+「学 生という記号は二つの相反する記号からなっている。「女」は男にとってつねに「性的対象」を意味する。反対に「学生」は禁欲のイメージをもっている。つまり「女学生」とは「誘いつつ拒む」あるいは 「拒みつつ誘う」存在という記号である。つまり「イエス』と「ノー」との間を振り子のように動くもの、すなわちジンメルの言う「媚態」(コケットリー)をあらわす記号である。

ガラス越しの女学生とは、欲望の対象の提示と遮断なのである。この欲望の喚起は、ショ一、ウンドウの中の商品にも似ている。

対照表への追加

郊外の家 妻  生殖(子作り) 自発的欲望(need 日常品 家庭

電車空間 女学生 オナニー    喚起された欲望(want) 商品 ターミナルデパー卜

疑問(3)主人公はなぜ廣突にも小説の最後に死んでしまうのか。

一般の評

「少女病Jについては、「主人公の生活が十分現れず、その性格が不分明なところから、単に一個の病理的現象を書いたものという感がある。主人公の年齢が三十七八で子供の二人ある人とは受け取りがたい。結末主人公が電車から落ち死ぬるのも作為にすぎる」(片上伸「田山花袋氏の自然主義J明治414月『早稲田文学』)との批評 がある。たしかにこの作品は書き込みが足らず、筆致があらく、とりわけ主人公の描写にはひとりのみこみのところがある。特に最後の死は突飛で「作為に過ぎる」といえるだろう。(『明治文学全集67田山花袋集』「解題」吉田精一388頁)

轢死の遠因は、東京勧業博覧会からの帰リ客がどっと乗り込んだこと

「お茶の水から甲武に乗換へると、をりからの博覧会で電車は殆ど満員、それをむりに車掌のいる所に割り込んで、兎に角に右の扉の外に立つて、確りと真鍮の丸棒をつかんだ。」

直接原因は、反対路線を走る電車。

真の原因は、電車(鉄とガラスの箱)のなかの女への欲望

「美しい眼、美しい手、美しい…白い襟首、黒い髮、鴬茶のリボン、白魚のような綺麗な指、宝石入りの金の指輪---乗客が混合つて居るのと硝子越になつて居るのとを都合の好いことにして、かれは心ゆくまで其の美しい姿に魂を打ち込んで了つた。」

答え:女たちを乗せる交通(Verkehr)によって喚起された欲望に翻弄された主人公 はまさにその交通によって殺される。

Verkehr -s /-e

1. 交際、っきあい、交流、交渉

2. 交通、運輸

3. (貨幣・切手などの)流通

4.《婉曲に》(Geschlechtsverkehr) 性交 [mit jm.] verehelichen Verkehr haben [ …と]婚前交渉を持つ。

例えば、小説『ソフィーの結婚』で、収容所長が、子どもを救うために誘惑するソフィーにたいして「君とVerkehrを持ちたい!」とうめくシーンがある。

疑問(4)なぜ人物の持ち物が列挙されるのか---ガラス箱の中の女たち---

主人公「かれ」の目に映る「少女』たち。それはさまざまな部分へと細分された存在である。

「少女Jたちの描写をみてみよう。「栗梅の縮緬(りちめん)の羽織をぞろりと着た格好の好い庇髪の女の後姿」。また「鴬色のリボン、繻珍(しゅちん)鼻緒、おろし立ての白足袋」。あるいは、「はでな縞物に、海老茶の袴を穿いて、右手に女持の細い蝙蝠傘、左の手に紫の風呂敷包」。

女たちはさまざまな衣服や持ち物へと分解され、人格でばなく、むしろそした衣服と小物を展示するための白いマネキンのようでさえある。

主人公を死にいたらしめる女の描写をみてみよう。

「お茶の水から甲武[電車]に乗換へると、をりからの博覧会で電車は殆ど満員、そを無理に車掌の居る所に割込んで、兎に角に右の扉の外に立って、確りと真鍮の丸棒 をっかんだ。ふと車中を見たかれははツとして驚いた。其硝子窓を隔ててすぐ其処に、信濃町で同乗して、今一度是非逢ひたい、見たいと願って居た美しい令嬢が、中折帽子や角帽やインバネスに殆ど圧しつけられるようになって、丁度烏の群に取巻かれた鳩といったような風。」

「美しい眼、美しい手、美しい髮…白い襟首、黒い髮、鴬茶のリボン、白魚のよ うな綺麗な指、宝石入りの金の指輪--乗客が混合つて居るのと硝子越になつて 居るのとを都合の好いことにして、かれは心ゆくまで其の美しい姿に魂を打ち込んで了った。」

 電車は鉄とガラスの箱である。その箱の中に「中折帽子や角帽やインバネス」とならんで「令嬢」がいる。しかしいまや主人公の眼には、彼女は一個の人間というよリも、「美しい眼、美しい手、美しい髮…白い襟首、黒い髮、鴬茶のリポン、白魚のよ うな綺麗な指、宝石入りの金の指輪」という欲望を喚起する物の集積として現れている。

 電車という交通の機関によリ次々と登場する女たち。しかもそれは一個の人間であるよりも、むしろ欲望を喚起するさまざまな部分部分へと細分化され、主人公のまなざしがその細分化した部分の集列をなめるように移動していく。

 オナニス卜直接的交渉よリも想像のなかで実物の代償となるものイメージによって

欲望を喚起している存在==記号による欲望の喚起

例:糸井重里の『コピー塾』の投稿作品:「ぼくのお兄さんは『女子大生』という字を見 ながらオナニーしています。」

品物がそれが意味するものでなく、それ自身が輝く世界

商品のコマーシャルのためを見せるためにドラマなどの番組を放送する-商品自体が. 番組となる。

記号としての物がそれ自体輝き人を魅了する世界

使用価値ではなく、商品がそれ自体で輝く世界=記号の乱舞による欲望の喚起 記号の集積=商品の集積

人物がすべて衣服や髪型や持ち物によって表現される。人を表す記号としての品物がガラス箱のなかに溢れんばかりになっている。ショーウンドウのなかの商品

補足 痴漢はむかしからいた

明治45128日東京朝日の記事

●婦人専用電車

▽不良少年の誘惑予防

乃木大将もかつて、学習院女学部の生徒が電車に乗ると、男子が兎角生徒の体に触れたがって困ると、電気局員に語られたと記憶するが、

▲花電車を狙う   近来不良学生が、山手線沿道より市内各女学校に通う女学生のいずれも同一時刻に乗車するを機とし、混雑に紛れて或いは附け文、或いは巧妙なる手段を以って誘惑し、しからずとも女生徒の体に触れ、その美しき姿を見るを楽しみとする風がある。彼等はこの女学生の満載せる電車を称して、「花電車」と呼んで居るが、今回中野、昌平橋間に各駅から婦人専用電車を、朝の八時半前後と午後の三時半前後に数回運転せしむることに決定し、この電車を女学生が利用するようにと、お茶の水付属女学校、女子学院、千代田女子学校、双棄女学校、三輪田女学校、精華女学校等に対し通知し、来る三十一日より実施することになった。

▲女学生客の減少   右に就き中部管理局員は語って曰く、「外国の例は知らぬが、日本ではこれが最初である。兎に角名案たるに足るだろうと思う。これを運転せしむるに至った動機は、従来男女学生間の風儀を乱すような事が少なからず、牛込や四谷駅長からの申し出もあり、調べて見ると、女学生の客は次第に減って居る。そして遠いのを我慢して、車や徒歩で通学して居るものがだいぶあると云うことが判つたからである。婦人専用電車と去うのは、二台連絡する後のに婦人専用と札を掛け、前車には男子を乗せることにするつもりだ云々」と語った。


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by takumi429 | 2014-07-06 18:27 | 社会環境論 | Comments(0)
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