マルチン・ルターの生涯と思想

マルチン・ルター

ルッターの生涯

 ここでルタ-の略年譜をあげておきましょう(徳善1912参照)

1483年(0歳)アイスレーベンで誕生(11月10日)

1501年(18歳)エルフルト大学教養学部に入学

1505年(22歳)法学部に進む。落雷を受けたのを着にアウグスティヌス修道院入


1507年(24歳)司祭となる。神学研究を始め、講義も一部担当とする

1507年(28歳)ヴィッテンベルクへ移る

1512年(29歳)神学博士、ヴィッテンベルク大学生聖書教授となる

1513年(30歳)第1回詩篇講義。塔の体験(1514年?)

1515年(32歳)ローマ書講義。[教皇レオ10世、ドイツでの贖宥状(しょくゆう

じょう)販売を許可]

1517年(34歳)95箇条の提題(10月31日)

1518年(35歳)第2回詩篇講義、ハイデルベルク討論、アウグスブルクで異端審

問を受ける

1520年(37歳)『キリスト教界の改善について』『教界のバビロン捕囚につい

て』『きシルト者の自由について』など、宗教改革的著作を相次いで出版。教

皇庁、破門脅迫の大教勅を発する

1521年(38歳)正式に破門される。ウオルムス喚問、帝国追放を宣告され、ワル

トブルク城に保護

1522年(39歳)ヴィッテンベルク町教会で連続説教。新約聖書のドイツ語訳を出


1523年(40歳)改革運動を開始

1525年(41歳)農民戦争。カタリーナ・フォン・ボラと結婚。『奴隷的意志に

ついて』を出版

1530年(47歳)アウグスブルク信仰告白を提出

1531年(48歳)ガラテヤ書講義

1534年(51歳)旧約聖書のドイツ語訳完成。『旧新訳聖書』として出版

1536年(54歳)創世記講義(~1545年まで継続)

1546年(63歳)アイスレーベンで死去(2月18日)

 ルタ-がドイツ語を作った

 ルタ-が聖書をドイツ語に翻訳した、というと、すでに共通のドイツ語があ

って、それへ翻訳したように思えます。しかし、じっさいには、大きくは低地

ドイツ語と高地ドイツ語に分かれる、さまざまな方言がしゃべられていたので

す(現在でもドイツのの方言はかなりの違いがあります)。文章語としては神

聖ローマ帝国の公用語はラテン語でした。だからルターが高地ドイツ語で聖書

を訳し、それが活字となって読まれることで、この高地ドイツ語がドイツの標

準語となったのです。

ヴェーバーの論文との関連でいえば、ルターの生涯で大きなポイントは、ルタ

ーがもともとアウグスティヌス修道会の修道士だったという点です。

西洋キリスト教の歴史において、それまでのゲルマン人をキリスト教化する大

きな推進力は、修道会と教会でした。

ローマの教会は当初はいつくかある大都市の有力な教会の一つにすぎませんで

したが、次第に力を強め、ローマ帝国の後継者としてゲルマンの王に皇帝の冠

を授けるという役割を演ずることで、(ビザンチン帝国のギリシャ正教をのぞ

く)いわゆるカトリックの世界において頂点に立ちます。

 このいわば、体制側とでも言うローマ教皇を頂点としたカトリック教会は、

領民から10分の1税を徴収する、教会が属するピラミッド型の組織でありま

した。

 かたや、修道会運動は初期キリスト教の理念の従った清貧と信仰の集団とし

て、民衆の尊敬を受けていました。(修道会はどうじに学問と技術革新の場で

もありました。ルターは修道会で学問をまなび聖書教授となりましたし、たと

えばシャンパン・ワインというのは修道士が発明したものです)。教会の腐敗

と堕落が蔓延するたびに、キリスト教内部からはいくつもの修道会運動がおこ

ります。修道会は、禁欲的に労働と祈りをもっぱらとする集団として現れまし

た。しかし、それは時にはあまりに極端となると、ローマ教皇を頂点とするカ

トリックの教会組織を脅かしかねない存在として現れます。カトリック教会は

極端でないものは、正統としてのお墨付きを与えて、自らの組織のなかに組み

込みますが、極端なものは異端として弾圧しました。

修道士たちの良き行いによる業績は「教会の宝」としてプールすることができ

るとしました。このプールされた「教会の宝」としてローマ教皇の裁量でほか

の人々に分け与えることができるとされました。教皇から宝を分け与えれられ

た人は、罪の償いを免じられる。こうして教皇が教会の宝を与える証明書が「

贖宥状」でした(徳善2012,p.64)

 しばしば「免罪符」と呼ばれますが、ただしくは「贖宥状(しょくゆうじょ

う)」が正しいのです。「贖宥」とは、カトリック教会で、「信徒が果たすべ

き罪の償いを、教会が免除すること」です。つまり、「罪を免じる」のではな

くて、罪を犯した人がその贖(あがな)い(つぐない)をしなくてもいい、と

いう証明書なのです。なぜなら、そのつぐないは、修道士たちがしてくれてい

てそのつぐないが教会にたくさん蓄えられていて、つぐないができない信者は

お金を教会に払うことで、そのつぐないを代行してもらえるからです。

 もちろん、罪も盗みや殺人とか背信とかの大罪を犯した者は地獄に落ちるし

かありませんが、償い可能な罪ならば、それは死後、「煉獄」という場所で神

から与えられた苦しみに耐えるならば、最後に審判では天国にいくことができ

るとされました。

 「煉獄」というのは、それまでの、天国と地獄の2つの死後の世界に、あた

らにつけ加えられた死後の世界です。「浄罪界」と呼ばれたこともあります。

カトリックの世界観では、死後の世界は、地獄、煉獄、天国の3つです。この

世界観をもっとも完成された形で表現したのが、ダンテの『神曲』という詩で

す。煉獄では人間は7つの大罪(傲慢・嫉妬・憤怒・怠惰・強欲・暴食・色欲

)を業火を受けながら浄化するのです。

 ルターは罪のつぐないをお金で他の人に代理になってもらうなどというのは

とんでもないことだとしたのです。ではルターの思考はどのように生まれ展開

されていったのでしょうか。

 徳善(2012)によれば、ルターの宗教思想の始まりは、聖書講義をしている

時の躓(つまづ)きに始まります。

 ルターは大学で学生に講義をしている時に、聖書の『詩篇』第31編2節の「

あなたの義によって私を開放してください」という一節にはたと行き詰まって

しまいます。

 この詩句はダビデが神に訴えた歌とされています。普通に考えれば、「神が

与えた律法を私たちはまもっているのだから、神さま、神さまに正義というも

のがあるなら、その正義にもとづいて私たちをこの困難から開放してください

」という意味になるでしょう。別に「わからない」というほどのこともないよ

うに思えます。

 しかしルターは神の「義(正義)」というものをもっと厳格に考えていまし

た。それは神の「怒り」「裁き」であって、「救い」と結びつくものではない

。「わからない」。では、学生に教えられはしない。ルターはもがきます。

 ここでなぜルターは「わからない」と思ったのでしょうか。ふつうなら、「

神が与えた律法(きまり)をちゃんと守っているよ、だから助けて下さいよ

」、と読める部分が、ルターが「理解できない」と思ったのはなぜなのか。

 それは、神の与えた律法を自分がきちんと守っているという自信が持てない

からです。なぜ自信がもてないのか。自堕落だからか、いやそうではなくて、

自分にとても厳しいからこそ、自分のいたらなさをつねに感じているからこそ

、真剣に信仰しているからこそ、自分は律法をちゃんと守っているぞ、という

ようなおごりと満足を得られない、自分は徹底的に罪深い存在なのだと自覚せ

ざるをえないのです。「自分はそこそこいい人間だ、ちゃんとしている」とい

う薄っぺらなおごり(驕慢)は、絶対の神のまえに打ち砕かれるのです。

 ではどう解釈すべきなのか。ルターは言語学的にこの部分を調べます。

 「神の義」というのは文法的には「所有者の属格」という用法が使われてい

る。たとえば「お父さんの贈り物」という表現の場合、「贈る」という行為を

する主体は「お父さん」である。「お父さん」が「贈る」という行為をすると

、それは「お父さん」の手をはなれ、贈られた人のものとなる。「所有の属格

」というのはそういう用法である。だから、「神の義」というのも、神から人

間へと「贈り物」として与えられる、「義」はそれを贈られた人間の所有する

ものとなって人間は救われるのだる。ではその「贈り物」とは何か、それが神

の子、イエス・キリストにほかならない(徳善2012,pp.37-40)。こうして、旧約

聖書の「詩篇」のなかに、その後の「新約聖書」にかかれる救世主イエス・キ

リストの予告を、ルターは読み込んだのです。

 これによって、旧約聖書と新約聖書の関係もつきます。つまり旧約聖書は私

たちに律法をあたえ、新約聖書はそれを守れない罪深き私たちを救う救世主イ

エスを与えるのです。

 ルターはこの着想を塔の中で得たといいます(塔の体験)。ルターはこの着

想をさらに押し拡げ、「十字架の神学」というものを作り上げます。それは以

下のような内容です(徳善2012,p.60)

1.律法とそれにもとづく人間の行いによっては、人間は救われないこと。

2.罪に堕ちた後の人間の自由意志とは名ばかりであって、これによるかぎり

、人間は罪をおかすほかないこと。

3.神の恵みを得るには、人間は自己自身に徹底的に絶望するしかないこと。

4.神の救いの啓示(宗教的真理の人間への知らせ)は、キリストの十字架に

よってのみ与えられること。

「キリストの十字架」とは、神の子イエスが私たち人間の罪を背負って犠牲と

なって十字架にかけられたこと、そのことによって罪深き私たちは救われると

いうこと、でキリスト教の根本的な教えです。この教えは、イエスが捕らえら

れ十字架にかけられるという「受難」(passion)の話として、キリスト教徒には

繰り返し語られ、また絵画・彫刻・ステンドグラスなどで、字の読めない民衆

にも分かるように教えこまれてきました。

(イエスの受難物語についてはhttp://www.jizai.org/wordpress/?p=405)

(十字架にいたる7日間についhttp://ebible.web.fc2.com/jujika01.htm)

 さてこうした神学を確立したルターにとって、聖書に書いてない煉獄という

世界や金銭によって罪のあがないを免除されるとする贖宥状(しょくゆうじょ

う)というのは、許しがたい逸脱でした。そこで彼は学者としてこの問題を公

開討論にしようと、質問状の形で、つまり95箇条の提題として提起したので

す。

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by takumi429 | 2015-04-26 04:11 | 社会環境論 | Comments(0)
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