2.テンニース

 2.テンニース 近代社会とはゲゼルシャフトが支配する社会である

 恩賜の銀時計
 お祖父さんがなくなった。遺品の一つは、お祖父さんが東京大学首席卒業の記念に頂いた「恩賜の銀時計」。二人の孫がいる。占部(うらべ)くんと、財全(ざいせん)くん。
 占部くんは小さいころからおじいさんにこの懐中時計をみせてもらっていて触ったりしていた。小さなへこみ、ねじを巻くときの微振動、すべてやさしいが凛とした祖父の姿を思い出せる。コチコチを時を刻む音は、祖父の心臓の鼓動のように感じされ、占部くんの思い出のなかでは今も、おじいさんは生きている。
 財全くんは、おじいさんとは、生前、ほとんど会うこともなかった。この恩賜の時計をネットで調べたら、15万円で販売されていた。ただすこし凹んだところがあり、箱もないので、それほどの高値にはならないだろうが、なんとか形見分けしてもらい自分のものにしたい。占部が自分のものだというなら争ってでも手に入れるつもり。そしてネットオークションですぐに売って、新型のiPadを買う。お金が余ったらフレンチでも食べに行こう。
 占部くんと銀時計の関係は、「何にも代えがたい」関係である。それに対して、財全くんの銀時計との関係は、代替可能な、売ることができる関係である。だが売るためには、まずは所有しなくてはいけない。所有のためには他人がそれを所有することを排除しなくてはいけない。そこには所有をめぐる争いがある。

 1.テンニースの時代診断
 本質的な「何にも代えがたい」関係は、人とものだけでなく、人と人との関係でもある。こうした「本質的な意志」(思い)によって結ばれている人間関係が形となったものを、テンニース(Ferdinand Tönnies1855-1936)は、「ゲマインシャフト」とよんだ。ゲマインシャフトとは、たとえば、肉親・家族や古くからの町のことで、そこには親身な関係が支配している。
 他方、取りかえ可能でその中のどれかを選んでいるような人と物との関係、さらにその欲得づくで選ばれている(「選択意志」による)関係が形となったものを、テンニースは「ゲゼルシャフト」とよんだ。ゲゼルシャフトとは、会社や大都会のような、欲得ずくの関係が支配している人びとの集まりである。
 テンニースによれば、近代社会とはゲゼルシャフトが支配的となった社会である。しかし、いやそれだからこそ、ゲゼルシャフトとは異なるゲマインシャフトが重要となる社会でもある。

 2.ホッブズ研究者テンニース
 テンニースはもともとホッブズ(Thomas Hobbes 1588-1679)の研究者として出発しました。
ホッブズは『リヴァイアサン』(1651)の述べた〈服従契約としての社会契約説〉はつぎのような三段論法からできています。
(1)人間には自分を守ろうとする、おのずからそなわった権利がある(自己保存への自然権)。しかしそうして自分を守ろうとする人間は自分を守るために他人を傷つけ殺すこともいとわない。その結果、放っておけば、人間が人間に対して、まるで「狼が狼に対するような」殺し合いの状態になってしまう(〈暴力的死の恐怖〉の中で向き合う自然状態)。
(2)これでは人間同士討ちになってしまいかねない。そこで人々は、自分を守るための手段(暴力・武器など)を、ある特定に人間に預けることにし、それを互いに約束(契約)して、そうしてこの同士討ちをさけようとする。
(3)その特定の人間は、暴力手段を預けられることで、人々を自由に支配する力(主権 sovereignty)を持つ。主権をもつ人間へ服従することで、ひとびとは互いに殺し合うことなく、自分たちを守ることができるようになる。ここに、特定の人間にひとびとが服従している状態、つまりひとつの国家ができあがる。
 
 3.所有をめぐる争い
 ホッブスは、17世紀、近代が立ち現れようとする時、人と人の争いを暴力の独占で調停する国家を、一種の「思考実験」によって正当化しようとします。ではこの時、「人と人の争い」とは具体的には何をイメージしているのでしょうか。
 それは品物を排他的に所有しようとする人間同士の争いにほかなりません。自分の所有物であるとした上で、はじめてそれを売って別の物を得ることができる。労働者を働かせてできた品物を我が物とした資本家は、それを売ってもうけ、資本を増大する。
 経済活動における資本主義は、物を所有する権利を国家が認め守ること、を前提にしている。所有権こそが、近代のもっとも基本となる法的権利である。資本主義と所有権を軸とした法体系の結合。そこに近代社会ができあがるのです。

 4.近代社会の幾何学
 ホッブズの社会哲学にたいしてテンニースはその処女作『ホッブズ哲学注解』(Anmerkung ueber Philosophie des Hobbes)のなかでテンニースはつぎのように述べています。
「定義と公理から推論され証明される幾何学とその確かさにおいて同等になること、それは学問に可能だろうか、あるいはどうしたら可能であろうか。これが認識理論の中心問題であった。トーマス・ホッブズは新しきヨーロッパでこの問題を解こうと努力した最初のひとりであった」(Vierteljahrsschrift fuer Wissenschaftliche Philosophie 3 (1879) S.461)。
 ユークリッド幾何学は23の定義と5つの公理からその全体系を論理的に構築する。こういう理論体系を「公理系」といいます。テンニースによればホッブズの哲学は、このユークリド幾何学的な構成をもつ社会哲学です。 
 
 5.ゲマインシャフトの幾何学
 資本主義と所有権の法体系による社会はゲゼルシャフトです。しかしそうした社会が優勢になればなるほど、それとは異なる、「本質的な意志」による人間の結びつき、すなわち、ゲマインシャフトが決定的に重要になってきます。
 テンニースは、このゲマンイシャフトの理論を、ホッブスのように、幾何学的に構築しようします。すなわち、本質意志を原理として、出生、母子関係、夫婦関係、兄弟、父子関係、享楽と労働。場所のゲマインシャフト、精神のゲマンイシャフトへと積み上るのです。
 その際、決定的に重要なのは、ナショナリズムのように、国家を、家族・民族の展開、つまり、ゲマインシャフトとするのではなく、あくまでもゲゼルシャフトとみなしていることです。国家のうちにある矛盾・葛藤を、「民族=国民」の名の下に「国民=国家」として覆い隠すのがナショナリズムであるなら、テンニースの、ゲマインシャフトの幾何学は、それとは決然と袂を分かつものだったのです。


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by takumi429 | 2017-10-18 21:03 | 近代とは何だろうか | Comments(0)
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