ダンダスの民話モデル
アメリカのダンダス Alan Dundes(1934‐ )は,北米インディアンの昔話の構造分析を試みた(1964)。ヨーロッパの昔話は,結婚にいたるまでの上向きの前半生を主たる話題としているので,それに慣れているヨーロッパ人には,インディアンの昔話は昔話とはみえないのだが,そこに明確な構造があることを明らかにした功績は大きい。ダンダスは,また,プロップの機能という術語には多少あいまいさがあるので,これをモティーフ motif,Motiv に対するモティーフ素motifeme,Motivem とした。そして,同一モティーフ素に,具体的に別な行為が詰めこまれたばあい,これを異モティーフ allomotif,Allomotiv とよんだ。例えば,主人公が皇帝からワシをもらってよその国へ飛ぶという行為(具体的モティーフ)は,外出というモティーフ素である。このモティーフ素に立ってみると,もし主人公が,小舟に乗って川を下っていくという具体的行為をすると,これは異モティーフとなる。換言すれば,モティーフ素は一つで,異モティーフは無数にありうるのである。各民族が昔話を伝承するときには,その歴史的・文化的・風土的背景によってさまざまな異モティーフをつくりあげていくわけである。抽象化されたモティーフ素の研究と同じく,具体的異モティーフの研究も重要な課題である。 (平凡社『世界百科事典』「昔話」の項より) ダンダスのモデル アメリカの民俗学者アラン・ダンダスは、「北米インデ4アン廃話の形態勢」の中で、プロップの方法をアメリカ・インディアンの民話というまったく違った対象に適用することを試みた。それまでほとんどの民俗学者たちは、インディアンの民話をインド"ヨーロッパ圏の民話に比べてきわめて劣ったものであり、構造が不充分で、形式もなく、無内容であると考えていたのである。ダンダスは、分析にあたってプロップに敬意を払い、彼の理論の基本原理に従いながらも、次の二点において理論の根本に修正を加えた。 *FFC一九五、ヘルシンキ、一九六四年〔『民話の構造』池上嘉彦訳、大修館、一九八○年〕。 (1)モチーフ素と異モチーフとモチーフという3つの概念を注意深く区別したこと。 (2)プロップの31機能のうちから、幾つかのより一般的な機能を選び出したこと。こうした機能の下にほかのすべての機能を再編成することによって、ロシアの魔法民話以外のあらゆる種類の民話にも構造分析を適用することが可能になった。われわれの見るところ、ロシアの規範的な民話とはかなり違った構造をもつインド"ヨ.ーロッパ圏の多くの民話を、プロップの31機能によって分析することはとても難しい。しかしダンダスの提起した、より一般的で数も限られた機能を用いれば、完全に分析できる。特に「青ひげ」(T312) や赤ずきん(T333)のようなフランス固有の民話については、そういえる。そしてさらにプロップの機能の数を少数のより一般的な機能に整理することによって、ダンダスは、あらゆるタイプの物語に適用できる物語論研究の発展にも道を開いたのである。 1 モチーフ・モチーフ素・異モチーフ―――ダンダスは、文化人類学者のケネス・パイクから借りた諸概念と、人間行動に関する彼の構造主詩記述との助けによって、プロップの〈機能〉の概念を明確にすることから始めた。 プロップの〈機能〉という用語が、日常詔としてあまりに曖昧であり、民俗学者たちに本当に用いられることがないので、ダンダスは、その代わりに〈モチーフ素〉という用語を使用するよう提案する。彼は、あるモチー素の具体的な形式を示すために〈異モチーフ〉という用緬をつけ変た。異モチーフというのは、〔A2「守り札の盗難」のように〕肩に数字をうったプロップの機能の下位区分にあたる区分である。こうすれば、〈モチーフ〉という一般的用語も残しておくことができる。モチーフという言葉は、語りの任意の命題を表わす、という通常のかなりルーズな意味で従来から民俗学者たちに用いられてきたのである。 したがって、もう一度本章の第Ⅰ項で用いられた例を取り上げてみると、100ルーブルの贈り物は、ある場合には〈援助を手に入れる〉というモチーフ素の異モチーフであり、そのほかの異モチーフは、馬を盗むとか魔法の品物を手に入れるなどである。そしてまたある場合には、この同じ100ルーブルの贈り物は〈報酬〉といつモチーフ素の異モチーフの一つであり、その他の異モチーフは、王国を譲り受けるとか王女との結婚なのである。 2 モチーフ素の組み合わせ―――プロップは、すでにロシア民話の場合でも幾つかの機能が対としてグループ化されていて、ある一つの機能が現われると必ずもう一つの機能が現われる、ということに気がついていた。例えば加害行為とその回復、欠落とその回復、闘いと勝利、追跡と脱出などがその例であった。ダンダスは、その最初の対である加害行為とその回復、または欠落とその回復を取り上げ、北米インディアンの民話のほとんどすべての基本的単位がそこに見られると考えた。 ある種のきわめて短い話は、この二つの機能に還元されてさえしまう。たとえぽ「コロンビア川あたりに住む人々には目も口もなかった。彼等は蝶鮫の臭いをかいで、食事をすませていた。コヨーテが彼等の目と口をあけてやった」という話はこのタイプである。 大部分のインディアン民話は、その構成に還元してみると「不均衡の状態から均衡の状態への移行ということから成り立っている。不均衡とは、恐るべぎ、できれば回避されるべき状態のことであるが、これは視点しだいで過剰とも欠落とも見なすことのできる状態である」。 しかしながら、インディアン民話の大部分の場合には、この二つのモチーフ素からなる中核的シークエソスの2つの機能の間に、ほかの機能の対が挿入される。それは、例えぽ〈禁止と違反〉、〈難題と難題の解決〉、〈好計と妊計の成功〉であり、ダンダスが主要な対と考えるものである。 ダンダスは、欠落の回復をもたらすモチーフ素の対に従って、4つのモチーフ素からなるシークエンスの3つの主要なタイプを導き出す。 (1) 欠落 + 禁止 + 違反 + 欠落の回復。 (2) 欠落 + 難題 + 難題の解決 + 欠落の回復。 (3) 欠落 十 妊計 + 妊計の成功 + 欠落の回復。 (1)と(2)のシークエンスは、北米インディアンのうちに最もよく見られる物語図式である。 禁止と違反の対は、4つのモチーフ素からなる別のシークエンスの出発点ともなる。 (4) 禁止 + 違反 + 違反の結果 + この結果をのがれる試みの成功または失敗。 2ないし4のモチーフ素からなるこれらのシークエンスは、組み合わされてもっと複雑なシークエソスになる。 その最もよく見られるケースは、6つのモチーフ素からなるシークエンスである。 (5) 欠落 + 欠落の回復 + 禁止 + 違反 + 結果 + 結果をのがれる試みの成功または失敗 この図式の場合、欠落の回復が均衡をもたらしても、均衡はある特別の条件の下でしか保たれない。そこから第3のモチーフ素である禁止が生まれる。それは将にインディアンの間に類話の多いオルフェウス伝説の図式にみられる。 ダンダスは、「星聟(せいせい)」のようにもっと長くて、しかもインディアンの間に広い分布をもつ民話を研究して、ずっと複雑なモチーフ素の組み合わせを明らかにしたが、モチーフ素の数そのものはこの場合にも6つしかなかった。ということは、インディアンの長い民話は、複雑な民話というよりは、「継ぎ足し」話(連鎖譚)であると考えられる。インディアン民話のモチーフ素の深さは、インド"ヨーロッパ圏の民話の場合よりも少ないのである。モチーフ素の深さという用語は、欠落または加害行為(不均衡)からその解消(均衡の回復)に至る、対をなす二つのモチーフ素の間に介在するモチーフ素の数を示すために、ダンダスが提唱したものである。ダンダスは、この二つの文化圏における文字文化の伝統の影響の違いが、こうした現象を生み出したのではないかと考えたのである。 (ミッシェル・シモンセン著、樋口淳・樋口仁枝訳『フランスの民話』クセジュ文庫 白水社 1987年 75-78頁)
by takumi429
| 2006-12-04 10:55
| 物語論
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