2. ゲゼルシャフト化としての近代 テンニース 

2.ゲゼルシャフト化としての近代 テンニース 


1.個体発生 は系統発生 を繰り返す(ヘッケルの反復説)
上京青年の経験
 親身な、しかし暑苦しくもある故郷の街から冷たい大都会へ
 カラスが舞い降りる朝、「ランチ」としか言わない一日、コンビニだけが救いの毎日
この個人的な経験は私だけのものだろうか。
ひょっとしたら社会のみんなが経験していることではないのか。
そう考えたとき、私たちはテンニースの『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』という著作に出会うことになる。

2.『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』
テンニースによれば、
ゲマインシャフトとは肉親・家族や古くからの町などことであり、そこでは親身な関係が支配している。それに対して、ゲゼルシャフトとは、会社や大都会のような、欲得ずくの関係が支配している人びとの集まりである。

人間が作る結合体の二類型:
ゲマンシャフト:本質意志による 有機的な(organish) 結合体
ゲゼルシャフト:選択意志による 機械的な(mechanish) 結合体
本質意志:思惟をふくむ意志、生の統一性原理
選択意志:意志をふくむ意志そのものの産物
「思惟された目的すなわち追求されるべき対象とか望まれた事象によって、つねにまず尺度が与えら得れ、この尺度にしたがって、企画されるべき活動が規定され、方向を与えられる。否それどころか---完全な場合には---目的に関する考えが、他の一切の考えや、思慮、したがって任意に選択される一切の行為を支配するのである。これら一切の思慮や行為は、目的に役立ち、目的に通ずるものでなければならない」(196頁)。

私はゲマインシャフトの人間関係からゲゼルシャフトの人間関係の社会へと出てきたわけである。

3.『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』の成立
資本主義が支配的になるにつれて社会関係も商品による売買の関係となり、人間関係も計算尽くの関係になってくる。
マルクス 資本主義 
「封建制度の後を継ぐ人類社会の生産様式、商品活動が支配的な生産形態となっており、あらゆる生産手段と生活資質とを資本[もとで]として所有する有産階級(資本家階級)が、自己の労働力以外に売るものをもたない無産階級(労働者階級)から労働力を商品として買い、その価値とそれを使用して生産した商品の価値との差額(剰余価値)を利潤として手に入れるような経済組織」
ホッブス 市場社会の社会幾何学
「万人の万人に対する戦争状態」(=所有的市場社会)
「所有的市場社会と呼ぶことによって私は、慣習や身分にもとづいた社会とのコントラストにおいて、仕事とか報酬とかの権威的割り当てのない社会を意味し、また市場で自分たちの生産物だけを交換する独立した生産者たちの社会とのコントラストにおいて、生産物と同様に労働にも市場が存在する社会を意味する。もし所有的市場社会の単一の基準が求められるならば、それは人間の労働が一個の商品であるということ、すなわち、人間のエネルギーや技術は彼自身のものであっても、彼の人格 (personality) の不可欠な部分とみなされるのではなくて、所有物として、その使用と処分は彼がある価格で他人たちに自由に手渡すことができるものとみなされるということである。私がそれを所有的市場と呼んだのは、完全に市場的な社会のこの特徴を強調するためである。所有的市場社会はまた、労働が一個の市場商品となった場合、市場関係がすべての社会関係を形成しもしくはそれに浸透するので、それはたんに市場経済ではなくて市場社会と呼ばれるのが適当であるという意味も含んでいる。」(マクファーソン『所有的個人主義の政治理論』60頁) 

テンニースはマルクスの資本主義論とホッブスの市場社会の社会幾何学を結合させて、ゲゼルシャフトの理論を構築した。そのうえで、それと対置されるべきゲマインシャフトの理論を、人間の本質意志から構築した。

資本主義化による社会の混乱を、資本主義=市場社会の原理とはことなる社会の構成原理(本質意志によるゲマインシャフトの関係)を提示することで、解決しようとした。

4.差異の形成
故郷は大都会から見るとき美化される。しかし現実の故郷は、それなりに世知辛いものだったりする。「故郷は遠きにありて思うもの」
ゲマインシャフトというのはじつはゲゼルシャフトの関係が支配的になることによってうまれてきたのではないのか。
たとえばゲマインシャフトの代表としてあげられる家族はきわめて融和的な関係にとらえられているが、実際にはもっと計算づくの関係ではなかったのか。愛情によって家族をとらえようとするのはきわめて近代的な発想ではないのか。
テンニースが掲げる、ゲマインシャフト/ゲゼルシャフトという差異じたいが、じつは資本主義化の運動によってもたらされたのではないか、と思われる。そしてこのゲマインシャフト/ゲゼルシャフトという差異がもつ、いわば温度差が、資本主義のエネルギーとなっているのではないか。ちょうど親密性が支配する家族が市場的な資本主義関係を補完するものであるように。近代という時代は、計算尽くの関係を生み出すと同時に、計算尽くでないような欲得なしの親密な関係を生み出す。計算尽くの関係は計算尽くでない関係に補完されつつ存在しているのではないのか。

5.差異の消失:近代から現代へ
故郷に帰った私を待っているのは、東京と変わりばえしない安っぽい駅前の風景。故郷の人びとは車を飛ばし、カラオケに興ずる。美しかった田畑は休耕地となって雑草だらけ、魚が群れていた川は護岸工事のために排水路のようになり、裏山には産業廃棄物が山積みになっている。父の遺産のもとは二束三文だった山の土地はリゾート開発で高騰し、一家の者はそれを奪い合う。都会の我が家に帰ってみれば、そこはばらばらの食事と互いに向き合うことのないテレビ・ラジオ受信の場になっている。
 今日、顕著になっているのは、計算ずくの世界に疲れた我々が帰って行くべきとされ
た世界、ゲマンインシャフト的な世界が、次々と浸食され崩壊していく風景である。
 もはやゲゼルシャフトはゲマイシャフトの外部(他者)として存在するのではない。
ゲマンインシャフト的世界はゲゼルシャフトによって浸食され崩壊ししつある。
 二項対立の差異により維持された近代そのものが徐々に自らの足もとを堀崩してい
くというのが現代の基調であるように思われる。 
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by takumi429 | 2010-12-30 12:04 | 社会学入門 | Comments(2)
Commented by DWAD at 2013-01-07 21:24 x
非常に参考になりました。
誤字脱字は気にしませんが、一つだけ頭を抱える内容があります。

下から五行目。>ゲゼルシャフト的な世界が、次々と浸食され崩壊していく風景である。

侵食され崩壊しつつあるのは、ゲマインシャフト的な世界ではないでしょうか?言葉の間違いなど気にも止めませんが、これだけは内容が変わってしまうため、コメントさせて頂きました。
Commented by takumi429 at 2013-01-11 17:06
ご指摘ありがとうございました。ご指摘の通りで、私の書き間違いでした。さっそく修正いたしました。この内容で2013年度、講義をおこなう予定ですので、ご指摘、大変助かりました。今後ともよろしく。
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