2012年 10月 29日 ( 1 )

7.写真 光の痕跡

クリスチャン・ボルタンスキー(1944-)
「モニュメント」ウィーンにあったユダヤ人高等学校の記念写真を使用してナチスの大量虐殺を死者側から再構築する。
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記念写真から切り離された少年少女の写真が集まられ祭られることで、その少年少女たちがたどったホロコースト(集まられ収容所で処刑された)の運命を、照らし出す。
日常から引きはがされて集められた写真たちは、その写真に写っている人々の運命(ホロコースト)を語る。瓦礫のような写真と遺物の集積からは天使ではなく、恐ろしい悪夢が立ち上がったのである。

パース(Charles Sanders Peirce1839-1914)の記号論における3つの記号
イコン(類像):類似性の関係によってその対象を表す。例:肖像画
インデックス(指標):その対象との現実の物理的・時間的・概念的近接性によって関係づけられる。
すなわち、指示的(指さしはその対象に想像上の線を引く)、因果的(風は風向計を特定の方向に向ける)、レッテルをはること(私の名前を言うことは私を指す)がそれである。例;煙は火のインデックス
シンボル:対象との関係が恣意的に決定される。例:言語

写真は、肖像画と同じイコン(類像)のようにみえるが、実は光の痕跡(インデックス)にすぎない。肖像画は対象に似せようと描かれたものだが、写真は対象の反射光でフイルムなどに感光させたものにすぎない。だから、写真はその対象のインデックスという意味では、足跡が足のインデックスになり、脱いだ服がそれを着ていた人のインデックスになるのと同じものなのである。

石内都(1947-) 痕跡(インデックス)の写真家
『 INNOCENCE -キズアトの女神たち-』 傷跡 傷つけた行為のインデックス 
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『Mother's』 母親の残した口紅や下着や靴などの遺品 母親のインデックス
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『ひろしま』 被爆者が着ていた服 被爆の痕跡(キズアト) 被爆者のインデックス
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荒木(あらき のぶよし1940-)『センチメンタルな旅 冬の旅』(1941)
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妻の死の病いの宣告から妻の死、そしてその後、を、キャプション(説明文)をつけてならべたもの。
写真と説明の連続から、最愛の者を失う悲しみ、が全編からこみ上げてくる。
写真の連続によって、一編のドラマを生み出す。
写真家本人が写されているショットが何カ所かあり、ここでは写真家はもはや写真を撮っていない。
もともと映画家志望だった荒木はここではミザンセーヌ(演出)をしている監督である。
写真を撮ることは作為に満ちた行為である。しかし作為によって切り取られた写真の連続から立ち現れる愛する者を失った悲しみは作為を超えた「真実」となりえる。
途中、妻からの声によるキャプション(説明文)が入る。
これはおそらく、溝口健二の『雨月物語』(1953)のラストの妻(田中絹代)の語り、に影響を受けたものだろう。
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追記
この写真集をめぐって、篠山紀信と荒木経惟との間に激論がかわされた。以下引用。
1991年2月発行「波」という雑誌には、篠山紀信氏と荒木さんが、この写真集に関して対談をしている記事がある。「ウソとまこと、うまいへた」と題されたその文中では両者の撮っている写真の方向性も絡めて、この写真集について歯に衣着せず激論を交わしている。荒木さんは「写真は私小説でなければならない」という立場を取り、陽子さんの死という真実を写真家として受け止めようとした結果がこの写真集になった、と語る。一方篠山氏は、誰が見ても陽子さんの死ということしか伝わってこない写真集は荒木さんらしくなく、多義性を孕んでいるからこそ面白かった荒木さんの写真の良さが全然発揮されていないため、”やばい”と断ずる。
荒木「一回妻の死に出会えばそうなる。」 篠山「ならないよ。女房が死んだ奴なんていっぱいいるよ。」 荒木「でも何かを出した奴はいない。」 篠山「そんなもの出さなくていいんだよ。」 (中略)
荒木「虚実とかそういうのを超えちゃって、んなこと、ポンと忘れさせなきゃだめなんだよ。」 篠山「それで何を見ろって言うの。」 荒木「純粋に写真を見るんだよ。」 篠山「そうじゃないじゃないか。ここにあるのは単なる陽子さんの死にすぎないよ。彼女の死ということの悲しさが直截に伝わってくるだけじゃないか。」 荒木「それが写真なんだよ。」
篠山氏は最後まで立場を変えようとしなかった。荒木さんの撮ったものは「陽子さんの死」だけ、であり、そんなことは他人には関係ないからダメだと本気になって食って掛かったのだ。しかし、篠山氏は見誤っていた。荒木さんとは全く関係のない他人が見ても、この写真集ほど人の心を揺さぶるものはないのである。陽子さんに対する荒木さんの想い、荒木さんに対する陽子さんの想いが、「死」という動かしがたい運命を前にしてどうなってしまうのか、読者は途中で荒木さんに自分を投影したり、陽子さんに身を置き換えたりしながら、この物語に引き込まれていく。
 篠山氏はこの写真集を「お涙商売」と言い、荒木さんを激怒させた。この対談が元で、しばらくの間二人が絶交状態になったことは有名な話だ。
(http://www.kanroshobo.com/KANROKANRO/ARAKI/ARAKI-BOOK/fuyunotabi.html 2012年10月29日)
80年代、ともにライバルとして篠山と荒木は活躍してきた。しかし、この対談から、篠山は決定的に荒木に敗北し、荒木は世界のARAKIとなっていく。私は、勝ち誇ったような篠山の「彼女の死ということの悲しさが直截に伝わってくるだけじゃないか。」という発言にむしろ、篠山の敗北宣言をみる。
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by takumi429 | 2012-10-29 00:14 | メディア環境論 | Comments(0)