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カント・ドストエフスキー・バフチン ――ドストエフスキーの作品理解のために――(1) 

カント・ドストエフスキー・バフチン ――ドストエフスキーの作品理解のために――   
報告者:勝又正直
2009年2月6日「ナラティヴ研究会」での発表レジメ
なおこの報告は2009年1月24日「ドイツ現代文化研究会」でしたものに、アレゴリー論を付け加えたものである。

この報告のためにドストエフスキーの全小説を読み、堪能しきったし、疲れ果てもし、今本当に言えるのは、「さあ、みなさんもどうぞお読みください」、ということだけなのだが、それでは報告にもなんにもならないので、しかたないので、以下のように報告していくことにする。

まず、1.カント哲学のアンチノミーのもつ斬新な構成と表現法、さらにその恐るべき帰結と深刻な影響を述べる。つぎに2.それと同じ問題構成をドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」はしているというゴロソフケルの説を紹介する。3.その説の有効性をバフチンの分析をつかってしらべる。4.ドストエフスキーの作品史を振り返って、彼の作品に顕著だった主人公の内部対話が、流刑後はもっぱら信仰と無神論の内部対話となり、さらにその対話に応じる形で外部に具体的な人物が現れるようになったことをみる。5.こうした内部対話の展開としての登場人物の対話的な対決はさらに発展してかれのポリフォニー文学の成立へといたることをみる。最後に、6.作品の中にもりこまれたアレゴリーは、作品の中にあるいくつもの話が互いにたとえ話(アレゴリー)として照応しあうという構造へと発展していることをみる。調停不可能にみえる対立はこのアレゴリーの構造のなかで解決されていくように思われる。

1.カント哲学の意外さと恐ろしさ
『純粋理性批判』 
純粋理性のアンチノミー(見開きの左右ページにテーゼとアンチテーゼが展開される)
テーゼ(独断論)アンチテーゼ(経験論)
1世界は時間的な始まりをもち、また空間的にも限界を有する。
1世界は時間的な始まりをもたないし、また空間的にも限界をもたない。即ち世界は時間的にも空間的にも無限である。

2世界においては、合成された実体はすべて単純な部分から成っている。また世界には単純なものか、さもなければ単純なものから成る合成物しか実在しない。
2世界におけるいかなる合成物も単純な部分から成るものではない。また世界には、およそ単純なものはまったく実在しない。

3自然法則に従う原因性は、世界の現象がすべてそれから導来せられ得る唯一の原因性ではない。現象を説明するためには、そのほかになお自由による原因性をも想定する必要がある。
3およそ自由というものは存しない、世界における一切のものは自然法則によってのみ生起する。(すべては因果関係によって支配されている)。

4世界には、世界の部分としてかさもなければ世界の原因として、絶対に必然的な存在者であるような何か或るものが実在する。
4およそ絶対に必然的な存在者などというものは、世界のうちにも世界のそとにも、世界の原因として実在するものでない。
(岩波文庫『純粋理性批判』篠田英雄訳)
『純粋理性批判』はこのアンチノミーを出発点として書かれた(石川文康『カント入門』)。

(参考)メンデルスゾーン『フェードン』:魂の不死性の証明
「魂は広がりをもたない、すなわち空間的に合成されたものではなく、単純な実体である。合成されていない単純なものは、分解されない、すなわち消滅しない。ゆえに魂は不死である。」(石川文康『カント入門』57頁)。第2のアンチノミーは「魂の不滅」の証明不可能を示唆する。

「理性の法廷」(石川文康)でのテーゼとアンチテーゼの闘い
経験の地平から遊離してしまった理性は、ある時はテーゼをあるときはアンチテーゼを弁ずる(理性の二枚舌、あるいは理性の狂気)。
人間には自由があるとも言えるし、ないとも言える(自由がない人間は(たとえば犯罪の)責任も問われない)。世界の第一原因たる神(トマス・アキナス)はいるとも言えるし、いないとも言える。

伝統的形而上学(物の背後にある原理を追求する学問)のテーマ:「神」、「自由」、「魂の不死性」
つまりこのアンチノミーは、伝統形而上学の破産宣告にも等しい。

「理性の深淵」
「いっさいの事物を究極的に担うものとして避けがたく必要とされる、無条件的な必然性は、人間の理性にとってほんとうの深淵である。永遠性でさえ、それをたとえハラーのようなひとが畏怖の念をおこさせるほどの崇高さをもってえがきとろうと、めくるめくような印象を、こころにそう長くは与えはしない。永遠は事物の持続を測るにすぎない。それは事物を担いはしないからである。われわれが考えることのできるもののうちで最高の存在が、「私は永遠から永遠にわたって存在する。私の外部にはなにも存在せず、私の意志によらずに、なにものかとして在るものはいっさい存在しない。しかし、その私はいったいどこからやってきたのか?」といわばひとりごとを言うとしよう。ひとはそのような思考を拒むこともできないが、とはいえ、その思考に耐えることもできはしない。ここですべてがわれわれの足もとに沈みこんでしまう。最大の完全性であれ最小のそれであれ、いっさいが思弁的な理性のまえで、ささえなく揺れうごく。思弁的な理性がはたらく余地すらなにもなく、あれもこれもなんの妨げもなく消失してしまうのだ(A版613ページ、B版641ページ)。(A版とは初版、B版とは第2版のこと)。(熊野純彦『カント 世界の限界を経験することは可能か』NHK出版2002年78-9頁)

このカントのアンチノミーのドイツ思想への深刻な影響
ハイネ『ドイツ古典哲学の本質』(フランス人にドイツ哲学を紹介するものとして最初フランス語で書かれた)(伊東勤訳、岩波文庫、32刷2005年)
「ところで思想界の大破壊者であるイマヌエル・カントは、テロリズムではマキシミリアン.・ロベスピエールにはるかにまさっていたが、いろんな点で似ているところがあった。だから、このふたりの人物をくらべて見なければなるまい。まず第一にこのふたりには、容赦しない、するどい、雅趣のない、くそまじめな正直さがある。第二にこのふたりには、うたがいぶかい心がそなわっている。カントはそのうたがいぶかい心を「批判」と名づけて、思想にたいして発揮したし、ロベスピエールはその心を「共和国の徳」と名づけて、人間にたいして用いたのであった。第三にまたこのふたりには、ひとしく小商人根性が最高度にあらわれている。このふたりは元来、コーヒーや砂糖をはかり売りするように生れついていた。ところが、ふしぎなめぐりあわせで、ほかの物をはからねばならなくなった。ロベスピエールのはかりの皿には国王が、カントのはかりの皿には神がのせられたのである……そしてカントもロベスピエールも、てきとうな分銅をそのはかりの分銅皿にのせた!(167頁)。
私はただ、超越神はカント以後は思弁的理性の範囲内では、ほろびてしまったと断言するにとどめておく。この死のかなしい通知が世間ぜんたいにひろがるまでには、まだおそらく数百年はかかるだろう。――― けれども、われわれドイツ人はこの死をかなしんで、とっくのまえから喪服をきている。「主よ、我は深淵より汝をよばわる!」
「さあ、もうこれで芝居はおわった。うちへ帰ろう?」などと読者諸氏は思われるかも知れぬ。いや、とんでもないこと! もう一幕のこっています。悲劇のあとには茶番が上演される。イマヌエル・カントはこれまでは、きびしい哲学者の役を演じてきた。天国をにわかにおそって、そこの守備兵をのこらず斬りころしてしまった。神、つまり世界の最高の主人は、ついにその存在を証明されないで、血まみれでたおれている。神の大なる慈悲とか、父親らしい親切とか、この世でひかえ目にくらしたむくいをあの世でうけるとか、いうようなことはもうなくなってしまった。不滅のはずのたましいが、息をひきとりかけて、のどをごろごろならして、うめいている。――― さてれいのラムペじいさんが、いつものこうもり傘をこわきにかかえて、悲しげな顔つきでこの場面を見物していた。ひや汗となみだとがラムペの顔からぽたぽたおちた。そこでイマヌエル・カントはラムペじいさんをかわいそうに思った。そして自分がえらい哲学者であるばかりではなくて、やさしい人間でもあることを示そうとした。とくと考えたすえ、なかば親切な、なかば皮肉な口調でカントはこういった。「あのラムペじいさんは、神さまがなくてはこまる。あのあわれな人間は神さまがいないと、しあわせになれないんだ。―――さて人間はこの世でしあわせにくらさねばならぬ。これは実践理性の要求することだ。―――えい、かまわん。やっちまえ!――― この実践理性に神の存在を保証させよう。」こうした論法で、カントは理論的理性と実践的理性とを区別した。そして、この実践的理性を魔法の杖のように使って超越神の死体に活をいれた。超越神は一度は理論的理性に殺されていたのである。」(181-2頁)

人間の認識は時空間の図式の中にあり、その図式は人間が対象へ投げかけたものである。その時空間を超えた外にあるものは人間には認識出来ない。それは「物自体」とよぶしかないものである。しかし人間もまた自然法則の支配する認識の世界を超えた、自由をもつ存在である。そしてその自由によって行動するとき、「自分の行動原則がだれにとっても普遍妥当するように」(定言命法)、と思って行動している。道徳律を煮詰めてその純粋な核心をとりだすとこの原則になる。こうした道徳原則が人間に与えられていると言うこと、自由をもって人間がそれを尊敬して守ろうとするということ、それこそ、それを与えた神の存在が想起されることの根拠である。
しかし、あくまでも理性のうちでは神の存在は積極的には証明できない。しかし思っても見よう、ある物が美しいとかおいしいとか言う(判断する)とき、それは人の好きずきだと切ってすてられるだろうか。美しいもの、崇高なおそろしさをもつもの、それはだれにとってもそうなのではないだろうか。(たとえばうまいものはだれにとってもうまいと思わなくては、グルメ・ガイドなど意味がなくなってしまう)。また芸術作品を作るとき、人は自分の気持ちのままに自由に作っている。しかしそれが鑑賞者にとって「美しい」と判断されるためには、創作者はある普遍的な美の原理にふれていなくてはならない。自由に行動することが破壊ではなく普遍的な世界の創造と完成へとつながるかどうかは、その行動が美を体現しているかどうかで見極めることができる。悪をもなすことができる人間の自由が、神の与えた道徳律へと寄りそえるかどうか、人間の自由が自然界の秩序と寄りそえるかどうかは、ひとえにこの美の体現という基準にかかっている。普遍的な美の体現の向こうには、認識できないが、あきらかに神があたえた摂理が予感されるからである。
しかし、資本主義が誕生したイギリスでは、私利私欲による自由な活動が、公益の増大へとつながるという「神の見えざる手」(アダム・スミス)が想定されていた。しかるにドイツでは、自由な行動は美的領域においてようやく神の与えた普遍的原理へとつながるだけなのである。ここではドイツ思想における美学への過剰な期待とその奇形さがまさに顕著となるのである。

人間の自由は悪からはじまる  カント「人類の歴史の憶測的な起源」より
「人間の歴史の端緒についてのこうした記述から明らかになることがある。人間は理性によって最初の滞在場所として指定された〈園〉から外にでたが、それはたんなる動物的な被造物としての未開な状態から人間性へと進み、本能という歩行器に頼らずに理性に指導されるようになること、すなわち自然が後見する状態から自由な状態へと移行することだった。この変化が人間にとって利益となるものだったか、それとも損失となるものだったかは、人間の使命を考えてみれば、もはや議論の余地はない。人間の使命とは、完成に向かって進歩することにあるのである。この目的のために人類は一つの世代から次の世代へと、長い連鎖を結びながら試みをつづけているのであり、最初の試みが失敗したからといって、問題ではない。
このプロセスは、人類にとっては悪しき状態から善き状態への進歩であるが、個人にとってはそうではない。理性が目覚める前には、命令も禁止もなかったので、侵犯というものはなかった。しかしまだ微力ではあるとしても理性が働き始めて動物性と全力で闘うようになると、そこに諸悪が発生する。さらに悪いことには、理性が開化されたものとなると、無垢の状態ではまったく知られていなかったさまざまな悪徳が生まれるようになるのである。だからこの無垢な状態から脱出する最初の一歩は、道徳的には堕落であった。そして自然という側面からみると、この堕落から、それまで知られていなかった生活における多数の悪徳が生まれたのであり、これは人間に与えられた罰である。
このように自然の歴史は善から始まる。それは神の業だからである。しかし自由の歴史は悪から始まる。それは人間の業だからである。個人は、理性を行使する際にはみずからの利益だけを考えるのであり、この移行は個人にとっては損失であった。しかし類としての人間を目的とする自然にとっては、この移行は利益であった。個人としての人間には、自分のこうむるすべての悪と、自分の行うすべての悪を、みずからの責としてひきうけるべき理由がある。しかし全体の(類の)一員としての人間には、自然の配置の賢明さと合目的性に感嘆し、称えるべき理由があるのである。」(カント著中山元訳『永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編』光文社古典新訳文庫83-5頁)
→シェリング『人間的自由の本質』(人間のもつ悪の誕生を神の自然からを論じる)

2.ゴロソフケルの『カラマーゾフの兄弟』の解釈(『ドストエフスキーとカント カラマーゾフの兄弟を読む』みすず書房)

『カラマーゾフの兄弟』あらすじ
講談社 世界文学全集19 (1968年発行) 北垣信行訳 …しおりより 全文引用
『 カラマーゾフ兄弟 』 あらすじ
 十九世紀の半ば過ぎ、ロシアの田舎町に住む強欲で無信心で淫蕩な地主フョードル・カラマーゾフの家に父親にほうり出されてよそで育った三人の息子が帰郷する。先妻の子のドミトリイと、後妻の子のイワンとアレクセイである。なおそこには町の白痴の娘に生ました隠し子のスメルジャコフが料理番として住みこんでいる。
 ドミトリイは自分の遺産を横領した父と、町の商人の妾グルーシェンカのことで張りあい、いいなづけカテリーナから送金を頼まれていた三千ルーブリを二度にわたってモークロエ村でグルーシェンカと遊んで使いはたし、彼女の愛情をかち得る。2度目の豪遊の直前、グルーシェンカを捜しに行ったドミトリイは父の家で下男グリゴーリイを誤ってなぐり倒して気絶させてしまう。かねて主人に深い恨みを抱いていたスメルジャコフはイワンの「すべては許される」という虚無主義的な考えに惑わされて、その晩癲癇の発作を利用して主人を殺し、金を奪って、その罪を巧みにドミトリイに転嫁する。ドミトリイは恋が成就した瞬間に嫌疑を受けて逮捕され、裁判に付される。イワンはスメルジャコフに教唆したという罪の意識から発狂する。発狂寸前に法廷に立った彼はスメルジャコフにその前日自白させて取り戻した金を証拠に提出して兄を救おうと自分の教唆の罪を自白するが、被告に恨みを晴らしたいカテリーナの反証が物をいい、名弁護士の奮闘も空しく被告はシベリヤ流刑を言いわたされる。

ゴロソフケルの解釈
父殺しをしたのはイワンの頭のなかにあったカントのアンチノミー(二律背反)である。

ゴロソフケルが想定するドストエフスキーにおける修正されたアンチノミー
テーゼアンチテーゼ
1 世界は創造され終末があるか?それとも世界は永遠で無限であるか?

2 不死はあるか?  それとも不死はなく、すべては分割され破壊されるか?

3 人間の意志は自由であるか? それとも 自由はなく、あるのは自然の必然性(自然の法則)だけか?

4 神と世界の創造者はあるか?それとも神と世界の創造者はないか?

(ゴロソフケル(木下豊房訳)『ドストエフスキーとカント カラマーゾフの兄弟を読む』67頁)

訳者による概要
「ゴロソフケルは『カラマーゾフの兄弟』における父親殺しの真犯人は誰かという推理小説風のテーマに絞りながら、それを通常の推理小説の筋立てのレベルではなく、イデーのレ
ベルで問題にしていく。つまり、理念上の犯人は誰かということであり、それを丹念な読みで追究するプロセスを通して、著者はこの小説の最も奥深い神秘的な本質に迫っていくのである。著者の入り組んだ推論をあえてかいつまんでいえば、カラマーゾフ老人殺しの真犯人はイワンの二律背反的知性に潜む「悪魔」である。その悪魔はイワンのカント的アンチテーゼ(無神論)の傾きにそって、スメルジャコフに身をやつして登場し、犯行におよぶ。スメルジャコフの自殺の後ではイワンの幻覚の中で悪魔自身が紳士の姿で現われ、イワンを嘲笑し、発狂させる。というのも、イワンはアンチテーゼの側に傾くと同じ程度にテーゼ(道徳、信仰)の側への強い渇望を持ち、テーゼとアンチテーゼの両端から成る天秤棒の上で、小止み無く揺れ動くカントのアンチノミー的主人公であるからだ。イワンのアンチテーゼの側面に連なる形象が、彼の傲慢な知性の幻影としての悪魔スメルジャコフであるとするならば、他方、彼のテーゼの側面に作用するのが、アリョーシャとゾシマ長老である。この両極の間での無限の往復運動からの脱出を、カントは道徳的裁判官の役割をもった理論的知性の定言命令によって図ろうとしたが、ドストエフスキーはイワン(知性)を発狂させる一方で、ドミトリイにおいて思弁と感性の二つの.深淵を同一瞬間に受容させることによって解決しようとした。いわば心情の知によって形式論理を破ろうとした。著者は小説の理念上の核心を以上のように明らかにしながら、最後にこう結論づける。ドストエフスキーは西欧の批判哲学の理論的知性に宿命的な悲劇性とヴォードヴィル(軽演劇)性を、イワン、悪魔スメルジャコフ、大審問官の形象において徹底的に描き出すことにより、カントに代表される西欧批判哲学との決闘をおこなったのである、と。」(「訳者あとがき」182頁)

ただしここでの悪魔は神を前提とした(神の正義・完全性を補完する)悪魔ではなく、無神論という名の悪魔である。
その証拠 悪魔とイワンの会話:
「お前だって神を信じていないだろう?」イワンは憎さげにせせら笑った。
「つまり、どう言えばいいのかな、もし君が真剣に・・・」
「神はあるのか、ないのか?」また有無をいわせぬしつこさでイワンが叫んだ。
「じゃ、君は真剣なんだね。ねえ、君、本当に僕は知らないんだよ、いや、たいへんなことを言ってしまったな」(16-332新潮社ドストエフスキー全集の巻数-頁、以下同様)
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by takumi429 | 2009-02-06 12:41 | 物語論 | Comments(0)

カント・ドストエフスキー・バフチン ――ドストエフスキーの作品理解のために――(2) 

3.バフチンの分析をつかって
イワンの中のアンチノミーがどのようにスメルジャコフへの殺人教唆になったのか。これについては、むしろバフチンの解釈を見てみよう。

「『カラマーゾフの兄弟』から、短いが非常に際立った対話を一つ引用しよう。
イワン・カラマーゾフはまだ全面的にドミートリーの有罪を信じている。しかし心の奥底
では、まだ自分自身からはほとんど隠したままで、自分自身の罪について自問している。彼の心の中の内的闘争は、極度に緊張した性格を帯びている。これから引用するアリョーシャとの対話がやりとりされるのは、まさしくそういう瞬間においてである。
アリョーシャはドミートリーの有罪を断固否定する。

「お前の考えでは、いったい誰が殺したんだい?」何だか冷ややかな様子でイワンは尋ね
たが、その語調には何か横柄な感じが響いていた。
「誰かってことは、あなた自身が知ってます」アリョーシャは静かに、心に染み透るような声で言った。
「誰なんだい?あの頭のいかれた白痴の癩痴持ちだっていう作り話のことかい?スメ
ルジャコーフの話のことかい?」
アリョーシャは突然、全身が震えているのを感じた。
「誰かってことは、あなた自身が知ってます」彼の口から力のない声が漏れた。彼は息が
詰まりそうだった。
「だから誰さ、誰なんだ?」もはやほとんど凶暴な声でイワンは叫んだ。堪忍袋の緒が突
然ぷつりと切れてしまった。
「僕が知っているのはたった1つです」相変わらずささやくようにして言った。「父さん
を殺したのはあなたじゃないってことです。」
「『あなたじゃない』だって!あなたじゃないとはどういうことなんだ」イワンは棒のように立ち尽くしてしまった。
「父さんを殺したのは、あなたじゃない、あなたじゃないんです!」アリョーシャはきっ
ぱりと繰り返した。三十秒ほど沈黙が続いた。
「そうさ、俺自身だって、自分じゃないことぐらい知ってるさ、熱に浮かされてでもいる
のか?」青ざめた、歪んだ薄笑いを浮かべて、イワンは言った。彼の目はまるでアリョー
シャに吸い込まれてしまったかのようだった。二人はまた街灯の近くに立っていた。
「いいえ、イワン、あなた自身が何度か自分に言ったんですよ、あなたが殺したんだって
ね。」
「俺がいつ言った?……俺はモスクワにいたんだぞ……俺がいつ言ったというんだ?」イ
ワンはすっかり途方に暮れて眩いた。
「あなたはそのことを自分自身に何度も何度も言ったんです、この恐ろしいニヵ月の間、
一人きりでいるときにね」アリョーシャは依然として静かに、一語一語区切るようにして
言い続けた。しかし、彼の口ぶりは、あたかも我を忘れ、自分の意志ではどうにもならず
に、何か打ち勝ちがたい命令に従っているかのようであった。「あなたは自分自身を断罪
し、殺したのは他ならぬ自分なのだと自分に白状したんです。でも、殺したのはあなたじ
ゃありません、あなたは誤解しているんです、あなたは殺人者じゃありません、いいです
か、あなたじゃないんですよ!このことを言うために、僕は神様にあなたのところに遣わされたんです。」[『カラマーゾフの兄弟』第四部第一二編第五章]

ここでは内容そのものの中に、検討中のドストエフスキーの手法がものの見事にくっきりと浮き彫りにされている。アリョーシャが単刀直入に語っているのは、彼はイワンが自分で自分にその内的対話において課した問いに対して答えているのだ、ということである。この抜粋は、心に染み透る言葉と対話におけるその芸術的機能のもっとも典型的な例である。ここで非常に重要なのは次のようなことだ。つまり、他人の口から発せられた自分自身の心の奥深く秘めた言葉が、イワンに反抗心とアリョーシャに対する憎しみを呼び起こすが、それは、それがまさしくイワンの痛いところを衝いたからであり、それがまさしく彼の問いの答えに他ならないからなのだ。こうなればもはやイワンには、自分の内面の問題に対する他者の口出しを、全面的にはねつけるしかない。アリョーシャはそのことをよく心得ているが、それでも彼は、イワンが、この《深遠な良心》が自分自身に、遅かれ早かれ必ずや「俺が殺したんだ」という断定的な答えを突きつけるだろうことを予見しているのである。そうなのだ、自分自身に対しては、ドストエフスキーの構想によれば、イワンはそれ以外の答えを与えることはできないのだ。そしてまさしくそのときにこそ、アリョーシャの言葉は、他ならぬ他者の言葉として役立つはずなのである。・・・
《他者》としてのアリョーシャは、イワンが自分自身との関係においてはもちろん絶対に口にすることのできない、愛と和解の調子を持ち込むのである。アリョーシャの発話と悪魔の発話とは、双方とも同じようにイワンの言葉を反復しながらも、その言葉にまったく正反対のアクセントを付与しているのだ。一方がイワンの内的対話のある一つの応答を強調すれば、もう一方は他の応答を強調するのである。
これが、ドストエフスキーにとってもっとも典型的な主人公の配置法であり、彼らの言葉の相互関係というものである。ドストエフスキーの対話において衝突し、論争しているのは、二つの首尾一貫したモノローグ的な声ではなく、二つの分裂した声(少なくとも一つの声は分裂している)なのだ。一方の声の開かれた応答が、他方の声の隠された応答に答えているのである。一人の主人公に対して、それぞれがその第一の主人公の内的対話の正反対の応答に結びついているような二人の主人公を対置させること――これがドストエフスキーにとってもっとも典型的な組み合わせなのである。・・・
イワンとスメルジャコーフの相互志向的な関係は、非常に複雑である。すでに前述したように、父親の死を願う気持ちは、小説の初めの方のイワンのある種の発話を、彼自身には目に見えない、半分隠蔽された形で規定している。しかしこの隠されているはずの声を、スメルジャコーフは捉える、しかも、明々白々としていて疑いようのない形で捉えるのである。
ドストエフスキーの構想によれば、イワンは父親の死を望んではいるが、彼自身は外面的にはもちろん、内面的にもその殺人には加担しないという条件づきで望んでいるのである。彼は殺人が宿命的必然性として、彼の意志とは無関係であるばかりか、彼の意志に反して起ることを望んでいるのである。イワンはアリョーシャに言っている。
「いいかい、僕はいつだって親父を守ってみせるよ。でも、僕の望みについては、今度の場、完全な自由を確保しておきたいね。」[『カラ了ゾフの兄弟』第四部第3編第九章]

イワンの意志が内的対話において分裂している姿は、例えば次のような二つの応答の形で再現することができよう。
「僕は父親殺しを望んではいない。もしも父親殺しが起こるとすれば、それは僕の意志に反して起こるのだ。」
「しかし、僕は、父親殺しがこうした自分の意志に反して起こることを望んでいる。なぜなら、そのとき僕は内面的にはその殺人に加担しておらず、いかなる点でも自分自身を責めずに済ますことができるからである。」
イワンの自分自身との内的対話は、そんな風に構成されている。スメルジャコーフが見抜くのは、より正確に言えば、はっきりと聞き取るのは、この対話の二番目の応答に他ならないが、彼はその応答の中に埋め込まれた逃げ道を自分勝手に解釈してしまう。つまり彼はその逃げ道を、自分が犯罪の共犯者であることを示す証拠を何一つ彼に与えまいとするイワンの欲求として、自分を摘発し得るあらゆる直接的な言葉を回避しようとする《賢い人》の、したがって、ほのめかすだけで話を通じさせることができるがゆえに「ちっと話をするだけでもおもしろい」《賢い人》の、外面と内面双方の極度の用心深さとして理解するのである。イワンの声は殺人が起こるまでは、スメルジャコーフにとって首尾一貫した、分裂していない声である。父親殺しの願望も、彼にとってはイワンのイデオロギー的視点、イワンの「すべては許されている」という主張の、単純明快な当然の帰結なのである。イワンの内的対話の一番目の応答はスメルジャコーフの耳には入らず、イワンの第一の声が本当は父親殺しなどまったく望んではいないのだということを、彼は最後まで信じないのである。ドスエフスキー自身の構想では、この声は真剣そのものなのであり、この声こそがアリョーシャに――彼自身イワンの内なる第二の声、すなわちスメルジャコーフの声をしかと知っているにもかかわらず――イワンを正当化する根拠を与えてくれるのである。
スメルジャコーフはイワンの意志を、自信たっぷりにしっかりと握って放さない。より正確に言えば、イワソの意志に一定の意志表示のための具体的な形式を付与する。イワンの内的応答はスメルジャコーフを通して、願望から実践へと変貌を遂げるのである。」
(ミハイル・バフチン著、望月哲男・鈴木淳一訳『ドストエフスキーの詩学』ちくま学芸文庫534-44頁)

ここであらためて注意すべきなのは、イワンの内的対話が、プロ・コントラ(テーゼとアンチテーゼ)のアンチノミーの形式を取っていることである。

理性の法廷
アンチノミーが理性の法廷であるとされていたように、『カラマーゾフの兄弟』でも肯定と否定の弁証は法廷の場面へと移される。カントのアンチノミーがまさに法廷の場面として展開されていっていると言える。

4.ドストエフスキーの作品史をふりかえって
流刑以前
ピョートル大帝が作った政治的人工都市ペテルブルグに生息する(常に他人の評価を気にせざるをえない)下級官吏をあつかったもの(ゴーゴリ時代)

処女作『貧しき人々』
他者の見る自分と自分の見る自分との分裂。ゴーゴリの『外套』を読んで自分のことを書いたと憤慨する下級官吏。自己の無限対話地獄の彼方にある救済としての少女への思慕
他の下級官吏ものでは少女は消え、分裂した意識が自己の分裂を生む
自己の中の他者との対話から自己の分裂していく(『分身』)
 
流刑後
悪への自由
「魂の不滅がなくなればすべては許される」
自己の中に無神論的な問いかけ(対話)を持った人物
自己の無限地獄のような内部対話は無神論と信仰との対話へと変わっている。
自己の分裂(分身)は無神論者(犯罪者・政治犯)と信仰を求める者の分裂になる

ドストエフスキーの作中人物はつねに人の反応を先取りしながら内的な対話を続けている。それは「出口のない無限循環」(バフチン472頁)を続けている。しかし、流刑以後の長編ではそれは肯定と否定の対話の形となり、さらに、『悪霊』のスタヴローギンと『カラマーゾフの兄弟』のイワンにおいては、無神論のアンチノミーとなっている。流刑前の作品に見られる「分身」は、流刑後の作品では思想的な内部葛藤による分身へと変貌をとげる。分身した閉じた自己の向こうに救済のようにあらわれた少女のイメージは、流刑後の長編では、大いなるロシアの大地による確固たる肯定の声へと変容する。

また長編ではつねに自由は悪とのつながりで語られる。さらに魂の不滅がなくなれば、すべては因果関係が支配することとなり、自由は消え、その結果、犯罪の責任は問えなくなり、すべてがゆるされてしまう。「心神喪失」というのは自由意志の喪失状態であり、それゆえ、犯罪の責任を問えないとすることである。『カラマーゾフの兄弟』ではこの心神喪失についての言及がくりかえしみられる(16-252-4,365,451)のもこの関連からである。

下級官吏の自己の対話がこうした無神論的対話へと変わったのには、流刑体験もおおきいだろうが、カントのアンチノミーの影響もあるとかんがえられないだろうか。時期的にはカントの言及からみて『地下生活者の手記』からこの影響があると思われる。ともわれ、すくなくともたとえカントの影響をうけなかったにせよ、ドストエフスキーの小説はまさにカントのアンチノミーの深刻な問題を小説のなかで展開したものとなっていると言えよう。

バフチンの『貧しき人々』分析 
「他者の言葉と他者の意識に対する人間の志向性そのものこそ、実はドストエフスキーの全作品を貫く根本テーマに他ならないのである。主人公の自分自身に対する関係は、彼の他者に対する関係および他者の彼に対する関係と不可分に結びついている。自意識はいつでも自分自身を、他者の意識を背景として知覚する、つまり、《自分にとっての私》は《他者にとっての私》を背景として知覚されるのである。したがって主人公の自分自身についての言葉は、彼についての他者の言葉の間断なき影響のもとで形成されるのである。
このテーマは様々な作品において、様々な形式、様々な内容、様々な精神的レベルで展開されている。『貧しき人々』では、貧しい人間の自意識というものが、彼についての社会的な他者の意識を背景として暴き出されている。そこでは自己主張が、間断のない隠された論争として、あるいは自分自身をテーマとした他者との隠された対話として響きわたる。・・・深遠な対話性および自意識と自己主張の論争性は、この処女作においてすでに見紛いようもなく鮮やかにその姿を現しているのである。
 
つい先だって二人きりで話をしたとき、エフスターフィー・イワーノヴィチが言ってましたが、市民としての最大の美徳は金をたくさん儲ける能力だということです。誰の厄介にもなるべからずという教訓を、彼は冗談めかして言ったのでしょうが(小生にも冗談だっていうことぐらいは分かります)、小生は誰の厄介にもなってはおりません! 小生のところにある一切れのパンは自分のものです。確かにそれは何の変哲もない一切れのパンで、時にはこちこちの場合さえありますが、それでもあることはあるんです。それは汗水たらして手に入れた、誰に非難されることなく堂々と食べることのできる代物なんです。いやはや、他にどうしろというんでしょうか! 小生だって、浄書するのは大した仕事じゃないことぐらい、自分でちゃんと心得てます。それでも小生は、その仕事を誇りに思っているんです。何と言ったって、働いて、汗を流しているんですからね。浄書しているからって、それが実際どうしたと言うんです! 一体、浄書するのが罪悪だとでも言うんですか。みんなは言います「あいつは浄書をしているんだ!」〈略〉でも、いったい全体それのどこが不名誉なんでしょうか。〈略〉だって、いまでは小生は、自分が必要な人間、不可欠な人間であることも、馬鹿げたことで難癖をつけられるいわれもないということも承知してますからね。でもまあ、ネズミだと言うんならそれでもかまいません。似ているところがあるんでしょうからね!それでもこのネズミは必要なんです、このネズミは利益をもたらすんです、人に頼りにされるネズミなんです、このネズミは報酬さえもらえるんです――ネズミと言ったって、こんなネズミなんです! でも、こんな話題はもうたくさんです。だって小生が話したかったのはこんなことじゃなかったのに、少しばかり興奮してしまったものですから。それでも、時々は自分を正当に評価するのも気持ちのいいことです。[同、六月一二日付の手紙]

マカール・デーヴシキンの自意識がもっと激しい論争の形で暴き出されるのは、彼がゴーゴリの『外套』の中に自分の姿を見出したときである。マカールは『外套』を自分自身についての他者の言葉として知覚し、その言葉を自分にはふさわしからざるものとして、論争によって葬ろうとするのである。だがいまは、この《人目を気遣う言葉》の構造それ自体を、もっと詳細に検討することにしよう。・・・
先ほど引用した箇所は、マカール・デーヴシキンと《他者》との間の、ほぼ次のような大雑把な対話の形にパラフレーズしてみることもできるだろう。

他者「金をしこたま儲ける腕が必要なのさ。そうすれば誰の厄介にもならなくてすむんだ。ところが、お前はみんなの厄介になっている。」
マカール「小生は誰の厄介にもなってはいない。小生のところにある一切れのパンは自分のものだ。」
他者「へん、いったいどんなパンだというんだ! 今日はあっても、明日にはないってやつだろう。しかも、その一切れだってこちこちのやつに違いない!」
マカール「確かに何の変哲もない一切れのパンで、時にはこちこちの場合さえあるが、それでもあることはあるんだ。それは汗水たらして手に入れた、堂々と誰に非難されることなく食べることができる代物なんだ。」
他者「いったいどんな汗水をたらしたんだか! やっていることはといえば、浄書だけじゃないか。それ以外のことは何にもできやしないんだ。」
マカール「それでどうしろというんだ! 小生だって、浄書が大した仕事じゃないくらいのことは、自分でもちゃんと心得ているが、それでも小生はこの仕事を誇りに思っているんだ!」
他者「誇れる何があるというんだ!浄書かい!いやはや何とも恥知らずなこった!」
マカール「浄書をしているからといって、それが実際どうしたというんだ!」……等々。

あたかもこうした対話の応答同士が一つの声の中で重なり合い、融合してしまった結果として、先の引用箇所におけるマカール・デーヴシキンの自己言表ができあがったかのようである。」(419-22,426-7頁)
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by takumi429 | 2009-02-06 12:30 | 物語論 | Comments(0)

カント・ドストエフスキー・バフチン ――ドストエフスキーの作品理解のために――(3) 

5.ポリフォニー(多声的)小説の創造者としてのドストエフスキー
「それぞれに独立してお互いに融け合うことのないあまたの声と意識、それがれっきとした価値をもつ声たちによる真のポリフォニーこそドストエフスキーの小説の本質的特徴なのである。」(15)
「引用しようと思うのは、『未成年』からの抜粋であるが、そこを除けばドストエフスキーは自作においてほとんど一度も音楽に言及していないという点からも、なおさらに興味深い部分である。トリシャートフは主人公の未成年に向かってその音楽への愛情を語り、彼に一つのオペラの構想を展開してみせる。
「どうです、あなたは音楽が好きですか。僕は恐ろしく好きなんです。あなたのところへお邪魔したら、何か弾いて聞かせましょう。僕はね、ピアノがとても上手でしてね、ずっと長いこと習ったんですよ。真剣に習ったんですよ。もし僕がオペラを作るとしたら、そしたらですよ、題材は『ファウスト』からとりたいですね。このテーマがすごく気に入
っでるんです。僕はいつでも大寺院の場面を作っているんです、とは言っても、ただ頭の
中で空想しているだけですけどね。ゴチック様式の大寺院、その内部、聖歌隊、賛美歌、
そしてグレートビェンが登場するんですが、そこで、いいですか、聖歌隊はですね、即座
に十五世紀だということが感じ取れるように、中世の聖歌隊なんです。グレートヒェンは
ふさいでいて、初めに叙唱が静かに、しかし恐ろしくも悩ましげに響き、それから聖歌隊
の合唱が陰気に、厳粛に、非情にもこう轟(とどろ)きわたる――
『怒りの日よ、その日よ!』(Dies irae, dies illa !)
とそこに突然―――悪魔の声、悪魔の歌。悪魔の姿は見えず、ただその歌声だけが聞こえ、賛美歌と平行し、賛美歌と混じり合い、ほとんど賛美歌と一体になったりしながらも、同時、また賛美歌とはまったくの別物である――どうにかしてそんな風にしなければいけないんです。それは長く、倦むことを知らない歌で、テノールで歌われます。それは静かに、優しく、こう始まるんです。『グレートヒェンよ、お前は覚えているかな、まだ汚れを知らぬ子供の頃、母親とともにこの寺院を訪れ、古い本を頼りにおぼつかなげにお祈りしたことを?』しかし、歌声はどんどんと強く、熱を帯び、テンポは速まり、調子も高まってゆきますが、それは、そこには涙が、出口なしの倦むことなき憂愁が、そして絶望が含まれているからなんです。『許しはないのだ、グレートヒェン、この世にお前にとっての許しはないのだ!』そこでグレートビェンは祈ろうとしますが、その胸から吐き出されるのは叫び声なんです――ほら、泣き過ぎて胸が痙攣したときに出るでしょう、あれですよ――それでも悪魔の歌は鳴りやまず、棘のようにますます心の奥深くへと突き刺さりながら、なおもその調子を上げる、と、その瞬間、突如としてそれは、『すべては終わりだ、呪われたる女よ!』というほとんど叫びに近い語句とともに中断してしまうんです。グレートヒェンはくずおれて脆(ひざまづ)き、胸の前で堅く手を組み合わせ――と、そのときです、彼女の祈りが始まるのは。それは何か非常に短い、半叙唱のような、しかし素朴な、まるで飾り気のない、何か中世そのものといったような四行詩、そう全部でたったの四行の詩なんです――ストラデーラ[十七世紀後半のイタリアの作曲家・歌手]にそういったやつが何曲かありますよね――そして最後の音を出しきると同時に彼女は気を失うんです! そこで一同騒然。彼女は抱き上げられ、運び去られる――と、その瞬間、忽然(こつぜん)と湧き上がる雷鳴のような合唱。その合唱は――声の落雷とでも呼べそうな、霊感に満ちた、凱旋の、圧倒的な、どこか我が国の『ドリ・ノシ・マ・チン・ミ』を思わせるようなもので――ありとあらゆるものが根こそぎ震憾させられずにはいないような合唱なので、その結果ありとありとあらゆるものが『ホサナ!〔神をたたえる言葉〕』と叫ぶ全体的な感きわまりのない喚声へと移行してゆくことになるんです。それはあたかも全宇宙的な喚声のようであり、その中を彼女はぐんぐん運ばれてゆくわけですが、その瞬間に幕は下ろされなければならないのです!」[『未成年』第三部第五章三節]
 こうした音楽的構想の一部を、文学作品という形式においてではあるが、ドストエフスキーは紛れもなく実現した、しかも多様な素材を用いて一再(いっさい)ならず実現したのである。」(456-9)

6.アレゴリーの集合体としてのドストエフスキー小説
『カラマーゾフの兄弟』の中で、作者はさりげなく、ゴーゴリの小説はすべてアレゴリーの形をとっていると指摘する。
「ゴーゴリの場合、すべてがアレゴリーの形をとっておりますしね。なぜって人の名前がみんなアレゴリーですからな。ノズドリョフにしても、本当はノズドリョフ(訳注 鼻孔をもじった名前)じゃなく、ノーソフ(訳注 鼻をもじった名前)ですし、クフシンニコフ(訳注 水差しをもじった名前)になると、これはもうまるきり似てもいません、なぜって本当はシクヴォルネフという名ですからね。」(16-76)
たしかにゴーゴリは人名に意味をもたせる。しかしそれは同時に「ゴーゴリの再来」と呼ばれたドストエフスキー自身の小説法でもある。
江川卓によれば、ドストエフスキーの小説の人物名はその人物にふさわしい意味をもっている。『罪と罰』のマルメラードフ(甘井聞太)妻カチェリーナ・イワーノヴナ(甘井清子)、主人公の妹ドーニャ(悦子)の花婿、ピョートル・ルージン(溜水岩男)、社会主義者レベジャートフニコフ(相槌勇)、ザメートフ(目付護夫)、医者の卵ゾシーモフ(延命君)、『外套』アカーキイ・アカーキエヴィチ(沓履くつはき運五郎)、『貧しき人びと』マカール・ジェヴシキン(早乙女耕作)、『分身』ヤコフ・ゴリャートキン(裸坊踵はだかぼうずくびす)などなど
人物はさまざまな象徴としての意味を持ちつつ小説のなかで動いていく。
比喩の物語(アレゴリー)としての小説のあり方はさらに展開していき、小説のなかにいくつもの話がアレゴリー関係をもって組み合わせられて小説が構成されるようになる。

『虐げられた人々』:
A スミス老人の娘は、ワスコフスキー公爵に捨てられる。公爵は伯爵夫人と深い仲になる。彼女は娘ネルリとともに戻ってくるが、父に許されることなく極貧の中で死に、さらそれを後悔した老父も死ぬ。
B イフメーネフ老人の娘ナターシャは、ワリコフスキー公爵の息子アリーシャの元へと家出するが、アリーシャは伯爵夫人の継子カーチャへと心変わりする。
語り手でありもとナターシャの恋人であったイワンは、ネルリをイファメーネフの元にやり、娘を許させる。(2つの話が、悪の権化であるワリコフスキー公爵でつながる)。
2つの物語が相互に映し出すように併置され、一方が一方を救う。アレゴリー的に重層した物語。

『カラマーゾフの兄弟』
ミーチャの見た悲惨な童の夢が現実の童の話として出てくる(16-172,3)。イワンはアリョーシャを自分の無神論へと引き寄せることに失敗するが、童の世界ではイワンのような無神論に走りそうだった(二人ともヴォルテールの神が必要だから創案されたという説に言及1-228,2-223)コーリャ少年がアリョーシャの信仰運動へと引き寄せられる。
小説の中心となるイワンの暗黙の教唆による父殺しの話が、アリョーシャをつなぎ役として、少年イリューシャの死とその死を忘れずにいよういうアリョーシャ(「墓石」)(1-131)
の呼びかけのもとに少年たちが集う話へとつながっている。さらに少年たちの話は、イエスの受難とその復活を信じるものたちによる教団形成という福音書の話を思い起こさせる。(イリューシャはイエスのメタファーとなっている。だから遺体は臭わない(16-476))。
さらにこの小説にはいくつもの挿話がはいっている。しかしそのどれもが「小さな水滴にうつる太陽のように」(16-392)に小説のテーマを映し出しており、さらにどの物語もが聖書物語のアレゴリーとなっている。

作品の中にもりこまれたアレゴリーは、作品の中にあるいくつもの話が互いにたとえ話(アレゴリー)として照応しあうという構造へと発展している。調停不可能にみえる対立はこのアレゴリーの構造のなかで解決されていくように思われる。
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by takumi429 | 2009-02-06 11:42 | 物語論 | Comments(0)

参考 ドストエフスキーの全小説

ドストエフスキーの全小説

1.貧しき人たち
初老下級官吏と少女との書簡体小説。
少女は中年過ぎの地方地主の嫁に。
ゴーゴリの『外套』を読んで自分のことを書いたと憤慨する下級官吏
他者の見る自分と自分の見る自分との分裂。自己の無限対話地獄の彼方にある救済としての少女への思慕
窓辺の少しだけまくられたカーテン

2.分身 ペテルブルグ叙事詩
下級官吏が自分の分身に出し抜かれ精神病院へと送られる。
ペテルブルグはピョートル大帝によって作られた人工の政治都市。
ドストエフスキーももと下級官吏だった。
他者にとっての自分と自分にとっての自分の分裂。
ゴーゴリの「鼻」をさらにパロディ化。ドストエフスキーははじめ「ゴーゴリーの再来」と言われた。

3.プロハチン氏
窮乏生活のなかで節約を続けて死んだ老下級官吏は実は金貨を貯め込んでいた。

4.9通から成る長編小説。イワンの息子のピョートルとピョートルの息子イワンという名前の二人の交換書簡からなる小説。そっくりな二人は細君をめぐって嫉妬の応酬となるが、どちらの細君もべつの色男と浮気をしていた。
鏡像としての他我。

5.ペテルブルグ年代記
新聞掲載のフェリトン(時評風随筆)。ペテルブルグを歩き回る私の目に映った街のレポート

6.女あるじ
無職の元大学生が小部屋を又借りしようとした。元大学生は貸し主の老人の若い妻を救い出そうとするが警察に通報されべつの部屋を借りることになる。

7.ポルズンコフ
サロンの金持ちの前で道化を演じ金をもらう元地方都市官吏。

8.かよわい心
幸せな結婚を目前にして、与えられた清書の仕事が終わらず発狂する下級官吏。

9.他人の女房とベットの下の亭主
妻の浮気現場を押さえようとして知らない婦人の部屋に誤って乱入した主人公はあわててベットの下に潜り込むがそこにはすでに先客の男性がいた。
ボードビル(軽妙な通俗的喜劇)への志向。

10.正直な泥棒
酒飲みの浮浪者が死に際に恩人に自分の盗みを告白する。

11.ヨールカ祭りと結婚式
狡猾な高級官僚が5年前からの計画どおり持参金付きの16歳の少女と結婚する。

12.白夜
青年下級官吏が自分の恋する美少女が元恋人の元に行くのを助ける。

13.ネートチカ・ネズワーノワ
極貧のなかで両親を失って公爵家にもらわれる少女の自伝。未完。
シベリア流刑の前ではもっともすぐれた小説。
赤いカーテンの向こうにあるきらびやかな社交ダンスの世界。

14.幼いヒーロー
美しい人妻と恋人の駆け落ちを助ける少年。
政治運動で逮捕されペテロ・パウロ要塞監獄の中で執筆。
死刑執行直前に流刑宣告を受ける。

15.死の家の記録
流刑体験のルポルタージュ。
一時の散財によって自由を感じたいためだけに吝嗇に励む囚人たち。
「金は鋳造された自由である」(5-22)
一度殺人をしたら急に行き当たりばったりに殺人を重ねる人間の気持ちを推し量って、「一度禁じられた線を踏み越えたからには、もう神聖なものは何もないのだという思いを、たっぷり堪能しようとしているかのようだ。こうなったからには、一思いにすべての法律や権力をとびこえて、野放しにされた自由を楽しもう、自分で自分に感じられないではいられぬ恐怖からくる胸がしびれるようなこの快感を、心ゆくまで楽しもうという気持ちに突き上げられているようだ」(5-115)
犯罪と自由。悪と自由。
この作品以降、ドストエフスキーのパレットには「悪」の黒い色が加わる。

16.おじさまの夢
女主人公が遺産目当てに娘を老公爵と結婚させようとするがその約束は夢だったと言うことにされて結婚話は水泡に帰す。喜劇

17.ステパンチコヴォ村とその住人
村の温厚な地主宅に住み着く元道化のフェマーは地主の母親に気に入られ今や王や将軍のような独裁者になっている。地主は年若き家庭教師を愛しているが彼女を侮辱したフォマーをたたき出す。帰ってきたフォマーは二人の結婚を祝福して居候を続けた。喜劇。カントへの言及あり(3-268)
カーニバル小説
居候から成り上がる→カラマーゾフ兄弟の父

18.虐げたれた人たち
この作品で文壇に復帰をはたす。
A スミス老人の娘は、ワスコフスキー公爵に捨てられる。公爵は伯爵夫人と深い仲になる。彼女は娘ネルリとともに戻ってくるが、父に許されることなく極貧の中で死に、さらそれを後悔した老父も死ぬ。
B イフメーネフ老人の娘ナターシャは、ワリコフスキー公爵の息子アリーシャの元へと家出するが、アリーシャは伯爵夫人の継子カーチャへと心変わりする。
語り手でありもとナターシャの恋人であったイワンは、ネルリをイファメーネフの元にやり、娘を許させる。
2つの話が、悪の権化であるワリコフスキー公爵でつながる。
Aの話を通じてBが了解される。アレゴリー的に重層した物語。
ワリコフスキー公爵の悪の哲学の開陳。バルザックの『ゴリオ爺さん』のヴォートランの影響か。

17.いやらしい小咄
上級官吏が下級官吏の結婚式に飛び入りして結婚式と新郎の将来を台無しにしてしまう。

18.地下室の手記
元下級官吏の中年独身男の手記。
カントへの言及(6-95,112,114)

哲学教員鹿島徹への私の手紙から
「もくろみとしては、『カントとドフトエフスキー』の問題提起をうけて、カントのアンチノミーの解決として「カラマーゾフの兄弟」を、バフチンのポリフォーニー論をつかって読み解く、というものなのですが、はたして見込みがあるものかどうかまだ五里霧中です。
その関連で、『地下生活者の手記』をよみかえしたのですが、この作品はドフトエフスキーが兄に『純粋理性批判』を送ってくれ、と頼んだ後の作品で、読んでいると至る所でカント倫理学への当てこすりがあるように思えるのです。しかし訳注ではそれはすべてチェヌイシェーフスキー『何をなすべきか』に対する批判であるとされいます。まだ『何をなすべきか』を読んでいないのでなんともいえないのですが、どうも私には(あくまでもドフトエフスキーが理解した限りではありますが)カント批判があるようにおもえてならないのです。
2×2が4であるように、人間の道徳律が先天的なものだとしたら、人間はまるであらかじめ決められた音を出すだけの自動ピアノみたいなものになってしまう。そうではなくて、人間には自由がある、そう、悪への自由をもっている(当時ロシアではシェリングが大流行だったそうですから、それにひっかっけてさらに言うなら)、底なし(無底)の深淵から人間の自由が生まれてきたとき、人間の自由は悪への自由として与えられてきたのだ、というようなことを考えているように思えてならないのです。」
鹿島氏からの返事の一部
「こちらは体調をすっかり崩して、大学も休んでいます。まとまった読書をする気分になれず、『地下生活者の手記』を読み返す気力が出てきません。昔読んだ記憶を辿れば、確かにカント批判と受け取ることのできる主人公の言動があったように思います。ドストエフスキーが実際にカントを念頭に置いたかどうかは別問題として、事柄的に貴兄の勘は当たっているのではないでしょうか。」

第2章 娼婦を救うようなことを言って住所を教えるが結局行為をしただけでむなしく帰らせてしまう。
自問自答(自己内対話)の無限循環とその向こう側の手の届かない他者(女性)


21.鰐(わに)
官吏が見せ物の鰐に飲み込まれしまうが、鰐の中で彼は充足してしまう。

22.賭博者
口述筆記

23.永遠の夫
寝取られ亭主が妻の元相手に会いに来る。夜中に殺しに来る。
窓をあけて互いを見つめる二人。鏡像としての他我。

24.ボホーク
墓場で死者たちのおしゃべりを聞く。多声性。

25.おとなしい女
決闘を拒んで退役し質屋になった中年が若い娘をもらい妻にするが心を開くことなく妻は自殺する。その死体を見つめながらの手記。

26.おかしな男の夢
男の夢想。

27.罪と罰
選ばれた人間は他の者を殺すことさえできる自由をもつ。
ラスコーリニコフの殺人事件と少女娼婦ソーニャの家庭崩壊とスヴィドリガイロフの自殺の3つの話が絡み合う。対話はすばらしい緊張をはらんでくる。犯罪小説。

28.白痴

29.悪霊
スタボローギンの無神論的自己対話の一方だけを聞き取った政治集団によるリンチ殺人。

30.未成年
『作家の日記』(評論)に似た文体。
ルソーの『社会契約論』(ジュネーブ思想)への言及(13-127,257)
「ロシア人が真の意味で開化されることはないだろう。」(中山元訳98-99)
革命党員クラフトの唐突な自殺。
社会契約論:一般意志の名の下によるエリート独裁主義。
開化されていない未成熟なロシアを主人公にした小説の形を借りた政治評論?アレゴリー小説?
アレゴリー:抽象概念の擬人化 『薔薇物語』解説より

31.カラマーゾフの兄弟
講談社 世界文学全集19 (1968年発行) 北垣信行訳 …しおりより 全文引用
『 カラマーゾフ兄弟 』 あらすじ
 十九世紀の半ば過ぎ、ロシヤの田舎町に住む強欲で無信心で淫蕩な地主フョードル・カラマーゾフの家に父親にほうり出されてよそで育った三人の息子が帰郷する。先妻の子のドミートリイと、後妻の子のイワンとアレクセイである。なおそこには町の白痴の娘に生ました隠し子のスメルジャコーフが料理番として住みこんでいる。
 ドミートリイは自分の遺産を横領した父と、町の商人の妾グルーシェンカのことで張りあい、いいなずけカテリーナから送金を頼まれていた三千ルーブリを二度にわたってモークロエ村でグルーシェンカと遊んで使いはたし、彼女の愛情をかち得る。2度めの豪遊の直前、グルーシェンカを捜しに行ったドミートリイは父の家で下男グリゴーリイを誤ってなぐり倒して気絶させてしまう。かねて主人に深い恨みを抱いていたスメルジャコーフはイワンの「すべては許される」という虚無主義的な考えに惑わされて、その晩癲癇の発作を利用して主人を殺し、金を奪って、その罪を巧みにドミートリイに転嫁する。ドミートリイは恋が成就した瞬間に嫌疑を受けて逮捕され、裁判に付される。イワンはスメルジャコーフに教唆したという罪の意識から発狂する。発狂寸前に法廷に立った彼はスメルジャコーフにその前日自白させて取り戻した金を証拠に提出して兄を救おうと自分の教唆の罪を自白するが、被告に恨みを晴らしたいカテリーナの反証が物をいい、名弁護士の奮闘も空しく被告はシベリヤ流刑を言いわたされる。


ロシア
イワンの内部対話
法廷
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by takumi429 | 2009-02-05 22:37 | 物語論 | Comments(0)

『物語の森へ 物語理論入門』のレジメ

マティアス・マルティネス/ミヒャエル・シェッフェル著
『物語の森へ 物語理論入門』(法政大学出版)
(ナラティヴ研究会での報告)

物語はつぎのABに分けられ、さらにそれは6つに分けられる。
A語られる(架空の)物語世界(筋)
(1)出来事(モチーフ):筋立ての基本単位
(2)事件:出来事が時間的継起の順に並べられたもの。
(3)お話:出来事がさらに因果的関連をもって並べられたもの。
(4)筋の図式:お話の大まかな図式。
B物語ること(呈示)
(5)物語:テキストの中の順番でならべられた出来事。時間順とはちがう構成をもつ。
(6)物語行為:お話の呈示と特定の言語による提示方法と手法(たとえば語りの状況・文体)

呈示の三つの範疇(ジェネットによる)
 時間:物語の時間と事件の時間との関係
 叙法:媒介性の度合いと語られるものの視点設定。
 態(voix声):物語るとい行為。行為は物語る主体と語られるものとの関係、ならびに物語る主体と読者との関係を含む

1時間
物語られるお話の時間と物語の時間との関係は、いかなる順序で、どのくらい長、何度という三つの問いでの意味で体系化できる。
a 配列(いかなる順番で)
錯時法(Anachronie):出来事の順序の時間配列( A B C)が物語の中では変更されていること。
後説法 B A C
先説法 A C B
射程:挿入部が関連する時間と、現時点との間の時間的な距離。
規模:挿入されたお話の長さ
b持続(どのくらい長く)
場面:時間の一致した語り
拡大的語り:時間を引き延ばす語り
縮約:時間を縮約するかたり・要約的語り
省略法:時間の飛躍
休止:事件は静止したまま語りが進行。
c頻度(何度)
単起法(1対1の語り):1度起こったことを1度物語る。
反復的:1度起こったことを繰り返し物語る
括復法的:繰り返し起こったことを1度物語る

2叙法(いかなる媒介性をもって、物語れたものが呈示されるのか)
物語的叙法(距離あり)/演劇的叙法(距離なし)
a1出来事の物語 演劇的叙法→現実性の効果/物語的叙法
a2言葉の物語  演劇的叙法/移調された作中人物の発話/物語的叙法
b焦点化(どの視点から物語れるのか)
1ゼロ焦点化:語り手>作中人物 俯瞰視点 語り手は作中人物より多くを語る。
2内的焦点化:語り手=作中人物 共有視点 語り手は作中人物が知っている以上のことを語らない。
3外的焦点化:語り手<作中人物 外在視点 語り手は作中人物が知っているよりもわずかしか語らない。
複数視点の物語:移ろう内的焦点化・複数の内的焦点化

3態 物語る行為と語り手の人物、語り手と語られたものの関係、語り手と読者・聞き手
「作者は、作り出す、そして語り手は起こったことを物語る。作者は語り手と語り手のものである物語の様式を、作り出す」(サルトル)。
a物語行為の時点(いつ物語られるのか)
物語行為と物語れたものとの時間的隔たりにより、後の/同時的な/先行の語りがある。
b語りの場(どの次元から物語られるのか)
物語世界外的:物語世界の外側から語られる
物語世界内的:物語世界の中の人物が語る。「千夜一夜物語」のシエラザードの語り
 語られる物語はメタ物語世界的
c語り手の事件に対する位置(語り手はどの程度事件に参与しているか)
異質物語世界的(三人称/語り手は物語れた世界の人間ではない)
1参与しない語り手
等質物語世界的(一人称/語り手は物語られた世界の人間
2参与しない観察者
3参与する観察者
4副人物
5主要人物の1人
6中心人物(自己物語世界的)
事実の物語の場合と異なって、虚構の物語の場合には作者と語り手の間の非同一性がある。
作者は考えだし、語り手は、起こったことを物語る。
d物語行為の主体と名宛人(誰が誰に語るのか)
物語世界内的語り手の場合には物語世界内的な聞き手がいる。
物語世界外的な発話状況
「誰が誰に物語るのか」という問いを、作者と読者の歴史的な役割との関連において考察すると、・・・物語論的アプローチを、社会史・文化史的な問題提起と実り多い形で結びつけることができる。

物語の〈何〉 筋と物語られた世界
1 筋の諸要素 
a出来事――事件――お話
出来事は主語と述語からなる。
状況を変化させる/させない=(1)動的な機能/(2)静的な機能
(1a)事件 (「ベニスに死す」からの例:コレラの伝染)
(1b)行為 (例:主人公が腐りかかった果物を食べた)
(2a)状態 (例:蒸し暑さが小路に満ちていた)
(2b)特徴 (例:主人公の特徴)
(3a)結合されたモチーフ(例:アッシェンバッハは苺を食べた)
(3b)孤立したモチーフ(例:アッシェンバッハは背が低めだった)
「1つの主体が、次々に多くの出来事に出会うと、これらの出来事が〈事件〉になる。事件のなかで次々に継起する出来事は、それらが単に(時間的に)〈前後して〉起こるのみならず、ある規則や法則性にしたがって、ある出来事が他の出来事の〈原因となって〉継起する場合にのみ、まとまりのある〈お話〉になる。・・・事件は、提示された変化が動機づけされたものである場合に、お話になる。動機づけは、さまざまな出来事を、説明可能な関係性の中へ組み入れる」。
b動機づけ
(1)因果的動機づけ:ある出来事を因果-結果-関係へ組み込むことによって説明する。
(2)結末からの動機づけ:筋の経過は始めから固定されており、一見偶然と思われるものも、神の摂理や運命であることが判明する。
(3)構成的・審美的動機づけ:後の出来事を、隠喩的・換喩的に想起させるような出来事の配置。
すべての出来事が動機づけされるわけではなく、機能的には余分な細部が、現実性を増す効果を持っている場合がある。
c物語の2重の時間的遠近法(物語における時間の2つの現れ方)
「読者は、叙述された事件を、開かれた現在のこととして〔はらはらどきどきしながら〕、また同時に、閉ざされたもの、過去のもの〔もう終わってしまっているからこうして語られているのだ〕として受け入れるのである。・・・物語テキストは、二つの異なる認識論的な視点、作中人物たちの生活圏的・実践的視点と、語り手の分析的・回顧的視点を併せ持つ。読者にとって物語テキストを理解するとは、この両方の視点を知覚することである。」

2 さまざまに物語られた世界
物語テキストを理解するために、われわれは、読書行為によって物語れた世界の総体を構築する。〔その世界には書かれていないこともふくまれる〕。・・・読者は不断に、物語れた世界を1つの安定した、一貫した全体として構築しようとしている。」
複合的に物語られた世界
(1)等質的世界 対 異質的世界 (例:カフカの「変身」)
(2)単一領域的世界 対 多領域的世界
(3)安定した世界 対 不安的な世界 
幻想文学とは、不気味さ(説明された超自然的なもの)と不思議なもの(受け入れられた超自然的なもの)の間を動揺している文学(トドロフの定義)
(4)可能な世界 対 不可能な世界

3 物語の意味――筋の構造と深層構造
a筋の図式:多くの物語テキストに共通する筋の経過
  中世・近代初頭のドイツ文学で影響力が大きい筋の図式:〈危険な求婚〉
bウラジーミル・プロップの形態学
「プロップは100篇のロシア魔法昔話を調べ上げた結果、これらすべての昔話が1つの共通の抽象的な筋の構造に還元できるという洞察に至った。」
「機能(関数)」:人物が異なっても同じことをしている
31の機能の連続から昔話は成り立っている。
7つの行為項(31の機能をさらに抽象化したもの):敵対者(危害を加える者)、贈与者(伝達者)、助力者、探されている人物、とその父、派遣者、主人公、偽の主人公
cユーリー・M・ロトマンの空間意味論
主人公が世界を二分する空間の境界を越えることから、物語の1つの主題が生まれる。

4展望――文芸学以外の物語理論的な筋のモデル
a社会言語学(日常の語り)
ウィリアム・ラボフとジョシュワ・ワレツキーの60年代のスラム住人の物語態度の研究
物語の最小構造(時間順の出来事が文の連続として同じ順番で語られる)が実際の物語態度は、純粋の形では見いだせない。最小構造は、その完全な形態では、より複雑な構造の中に埋め込まれており、それは、1要約(何が問題になるか)、2定位(どこで誰がいつ)、3紛糾を引き起こす行動「葛藤」、4評価(それがどうした)、5結果・解決、6結末、6つの段階から成り立っている。実際に満足させる物語は、評価なしでは成り立たない。
b認知心理学(スクリプトと感情操作)
コンピューターに人間と同じことをさせる人工知能の研究から始まった認知心理学では、「鉛筆を買ってこい」とコンピューターに命じても、コンピューターが動かないことから、「鉛筆を買う」ということはじつは、どこに行って、何を選び、何を買うか、などの一連の動作を含んでおり、とくに買う場面では、レジに行く、レジの台に品物を置く、お金を置く、おつりと品物を取る、など、言われていないけど当然のこととしていることが「鉛筆を買う」ということのなかに台本(スクリプト)として含まれており、それをコンピューターに覚え込ませなくては、鉛筆を買うことができないということが明らになった。このように、明示されていなくても当然の前提としてその命令遂行の場面に含まれているような一連の動作や知識をスクリプトと呼ぶ。これと同様に、テキストの表層のさけがたい空白部分も同じように読者によって埋められているのである。
一定の物語図式には、読者側の一定の感情的反抗が関連している。この感情構造には(1)不意打ち、(2)緊張、(3)好奇心
c人類学(探索の筋のモデル)
プロップの31の機能にみられる円環的な筋の図式(家郷からの出発、異国で課題を果たすこと、帰還)は、食物探求の実践的・生物学的必然性からもたらされたものである。
d歴史学(「プロット化)による説明)
単なる年代記から歴史を分かつのは、歴史が次の説明をもっているから。
(1)プロット化による説明
(2)形式的な結論づけによる説明
(3)イデオロギーてきな含みによる説明
語られた物語の種類を特定することによって、ある物語の「意味」を規定することをプロット化による説明と呼ぶ。
物語の種類(ノースロップ・フライによる)
(1)ロマンス:救済物語 障害を克服し、経験世界から自らを解放する主人公の自己発見を描く
(2)風刺(茶番):不利な状況、邪悪な力、死、による主人公の避けがたい敗北を描く
(3)喜劇:敵対する力との融和と周囲の世界に対する主人公の一時的勝利
(4)悲劇:主人公の破滅の犠牲を払ってのみ得られる葛藤の解決
史料的テキストを物語る話を理解するとは、それをある元型的な筋の図式(プロット)の下に包括することである。
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by takumi429 | 2008-03-15 12:21 | 物語論 | Comments(0)

ジュネット『物語のディスクール』要約

ジュネット『物語のディスクール』要約 (『物語の詩学』訳者による)

物語内容/物語言説/語り(historie/récit/narration)
ジュネットの物語論の基礎となる概念。一般に物語(レシ)と呼ばれているものについて区別するべきその三つの相。物語内容は、物語によって報告された内容、すなわち語られた出来事の総体を指し、物語世界(diégèse)という概念もこれとほぼ等しい意味で用いられる。物語言説はそれらの出来事を喚起する言説(テクスト)を指す。語り(もしくは物語行為)は物語言説を生じさせるところを語るという行為そのもの、さらにこの行為が行われる状況全体を指す(15-17ページ)。物語言説の分析を構成するのは、それゆえ以下に列挙する時間・叙法・態の三つの範疇である。
1時間(temps)。物語言説の時間(書かれたテクストの場合は、それの読みから換喩的に描き出される擬似的な時間)と物語内容の時間の諸関係を扱う範疇(22-23,27-29ページ)。この範疇は、以下の三つの下位範疇からなる。
a順序((ordre)。語られたさまざまな出来事の、物語世界における継起順序と、物語言説においてそれらの出来事が語られる順序の諸関係を扱う(29ページ)。この二つの順序のあらゆる不一致の形式を総称して錯時法(anachronie)という。その主なものとしては、「物語内容の現時点にたいして先行する出来事」を回顧的に喚起する後説法(analepse)と、逆に、物語内容の現時点からすれば「あとから生じる」出来事をあらかじめ喚起する先説法(prolepse)とがある。物語内容の「現在の」時点と錯時法に置かれた部分との時間的距離を射程(portée)、錯時法に置かれた部分が語る物語内容の時間的持続を振幅(amplitude)と呼び、この二つの弁別特徴によって、後説法・先説法はさらに細かく下位区分される(30ページ以下)。錯時法の下位範疇としては他に、出来事を、物語世界におけるいかなる時間的な位置づけにもそれを与えずに喚起する空時法(achronie)や、さまざまな出来事をそれらの継起順序とは無関係に寄せ集めて喚起する共説法(syllepse)などがある(104-106ページ)。
b持続(durée)。物語内容における時間的持続と物語言説におけるそれ(テクストの長さによって示される)との諸関係を扱う。言い換えれば、ある一定の物語言説が、どのくらいの時間的な幅を持つ物語内容かという速度(vitesse)を扱う範疇である(29ページ)。テンポ(movement)とは物語言説が採る速度の規範的な型で、休止法/情景法/要約法/省略法(pause/scene/sommaire/ellipse)の四つのタイプに区分される。物語言説のある時間的持続(TR)に対して物語内容の時間的持続(TH)がゼロであり、したがって速度がゼロになる形式が休止法――描写に代表される形式――である。逆に、THに対してTRがゼロであり、したがって無限大の速度を持つ形式が省略法である。右の極限的な二つのテンポの中間に、THとTRが一種の相等性を保つ情景法――対話に代表される形式――と、TRがTHより小さく、物語言説が物語内容をいわば圧縮=簡略化して語る要約法が位置づけられる(104-106ページ)。
C頻度(fréquence)。物語世界における出来事の反復と物語言説における叙述の回数との関係を扱う(29ページ)。頻度の観点から、物語言説は単起的/反復的/括復的(singulatif/repetiti/iterative)という三つのタイプに分けられる。出来事が生起した回数と物語言説がそれを語る回数が等しいのが単起的物語言説(単起法)であり、とりわけ、一回ではなく数回生起した出来事をその回数だけ語る形式を対応的な(singulatif anaphorique)という。一度生起した出来事をn度語るのが反復的物語言説、逆に、n度生起した出来事をただ一度だけ語るのが、括復的物語言説(括復法)であり、これは一種の共説法ともいえる(129-133ページ)。括復法は、それが覆う時間域が、その括復法が挿入されている単起的な情景の持続を越えて外へはみ出すか否かによって、外的括復法と内的括復法に区別される。またある物語言説が括復的な体裁を採っていても(たとえば叙述が詳細をきわめているなどの理由から)文字通りに括復法だとは受け取れない形式を疑似括復法(pseudo-itératif)と呼ぶ(135ページ以下)。
 2叙法(mode)。物語言説における、物語内容の「再現」(ルブレザンタション)の諸様態(そのさまざまな形式と度合)を扱う範疇。言い換えれば、「物語情報の制禦」の諸形式を扱う範疇である(22-23,187-188ページ)。この範疇は、以下の二つの下位範疇を持つ。
 a距離(distance)。情報量の調節およびそれに伴う語り手の介入の度合による物語情報の制禦の仕方を扱う。従来、ミメーシス(模倣による物語言説)/ディエゲーシス(純粋な物語言説)、あるいは示すこと(ショウイング)/語ること(テリング)の対立として研究されてきた領域である(188-189ページ)。物語言説が出来事を報告する場合にはミメーシスの可能性は排除されており、ディエゲーシスのさまざまな度合いが見出されるだけだが、物語言説が作中人物の言葉を報告する場合は、ミメーシス性が高く距離のちいさい再現された言説(discourse rapporté) ――直接話法の形式――、中間的な距離を保つ転記された言説(discourse transposé) ――間接話法の形式――、語り手の介入の度合がもっとも大きくミメーシス性の低い語られたまたは物語化された言説(discourse raconté,ou narrativisé)という三つのタイプが区別される(198ページ以下)。
 bパースペクティヴ(perspective)。制限的に作用する「視点」を採用すること(あるいは採用しないこと)による物語情報の制禦の仕方を扱う。従来、「 視 点 (ポワン・ド・ヴュ)」あるいは「視野(シャン)」、「視像(ヴィジョン)」などの述語を用いて説明されてきたこの種の限定関係を指示するにあたって、角の「視覚性を払拭すべく」ジャネットは焦点化(focalization)という述語を提案する(217-221ページ)。物語言説には、いかなる制限的な視点も採用しない焦点化ゼロ(focalisation zero)のタイプ、あるいは作中人物の視点を通して物語世界が喚起される内的焦点化(focalisation interne)のタイプ、そして物語言説の対象(となる作中人物)が外部の証人の視点から語られる外的焦点化(facalisation externe)のタイプが区別される。さらに内的焦点化は、ある作中人物の視点を一貫して守る固定焦点化(focalisation fixe)、視点を移動させながら物語内容を語り進める不定焦点化(focalisation variable)、同一の出来事を異なった視点から語り直す多元焦点化(focalisation multiple)に下位区分される(221ページ以下)。またひとつの叙法の姿勢を維持していると見做なされる物語言説のある切片において生じる、焦点化のコードに対する一時的な侵犯を変調(alteration)という。変調には、支配的な焦点化のコードからすれば、当然報告すべき情報を看過する黙説法(paralipse)と、本来看過すべき情報を報告する冗説法(paralepse)とがある(228ページ)。
 3態(voix)。物語状況ないし語りの審級、および語り手と
聞き手が物語言説に含まれているその仕方を扱う範疇。それゆえ態は、一方では語りと物語言説の諸関係を、他方では語りと物語内容の諸関係を、示すことになる。つまりここでは、「物語言説の生産の審級」の解明が、中心的な課題とされるわけである(22-23,250-252ページ)。この範疇は、主として以下の三つの下位範疇によって構成される。
 a語りの時間(temp de la narration)。語りの審級の時間的限定は、物語内容に対するその相対的な位置によって、後置的/前置的/同時的/挿入的(ultérieur/antérieur/simultané/intercalé)という四つのタイプに分かれる。後置的なタイプとは、過去時制の使用を特徴として、もっとも古典的かつ一般的なものである。前置的なタイプとは、通常、未来時制によって語られた物語言説のそれであり、いわゆる予報的な物語言説(récit prédictif)の場合がこれにあたる。同時的タイプとは物語られた行為と物語る行為とが同時的なタイプであり、通常、現在時称が用いられる。最後の挿入的なタイプとは、物語られた行為の諸時点の間に語りの時点が混入する場合である(253ページ以下)。
 b語りの水準(niveaux narratifs)。この概念は語りの審級の空間的現的(もちろん比喩的な意味で)にもとづくと言える。ジュネットによれば、語りの水準の差異とは「一種の閾」であり、次のように定義される――「ある物語言説によって語られるどんな出来事も、その物語言説を生産する語り行為が位置している水準に対して、そのすぐうえの物語世界の水準にある」。それゆえ、水準の数はもちろん理論的には無限であるが、ジュネットは、順次、基本的な三つの水準――物語世界外的/物語世界(内)的/メタ物語世界的(extradiégétique/(intra) diégétique/métadiégétique)――を区別する(266ページ以下)。また、原理的にはそれらの水準間の移動を保証しうるのは語り以外には存在しないが、その語りという移行手続きによらない――つまり読み手には多少なりとも「違犯」として関知される――水準間の移動を、ジュネットは語りの転位法すなわち転説法(métalepse)と呼ぶ(274ページ以下)。
 c人称(personne)。語り手と物語内容との関係を規定する。ジュネットは「語り手はいつでも語り手として物語言説に介入できるのだから、どんな語りも、定義上、潜在的には一人称でおこなわれていることになる」という理由から、一人称/三人称という伝統的な対立は有効でないと考える。重要なのは、むしろ「自分の作中人物の一人を指し示すために、一人称を使用する機会が語り手にあるかどうかを知ること」なのであって、そこからジュネットは、以下の類別を提案する。すなわち、語り手が作中人物として物語内容に登場するか否かによって、物語言説を等質物語世界的(homodiégétique)なタイプと異質物語世界的(hétérodiégétique)なタイプとに区別し、次に等質物語世界的なタイプのうち、とくに語り手=主人公の場合を自己物語世界的(autodiégétique)なタイプと呼ぶのである。
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by takumi429 | 2008-03-15 03:45 | 物語論 | Comments(0)

患者の語りにおけるメタファー

以下の内容は大阪の看護師たちの自発的勉強会「楽学舎」の10周年記念シンポジュウムで勝又が話した内容を増補改訂したものである。

 楽学舎のみなさん、お久しぶりです 。
 皆さんの前で看護理論について話してからもう8年が過ぎてしまいました。
 あれから今日に至るまで何をしていたかというとから、じつはこれと言ったこともせず、毎日ぼう然と暮らしていました。
 ですが、あえて何をやっていたかというと、「ナラティヴ・セラピー」というカウンセリングについての勉強会を名古屋でやっていました。
 ナラティヴというのは「物語り」のことです。心理の問題を抱えた人の多くが、自分を虐げるような物語の中に自分を置いていることがじつは多い。そういう人が生き生きと自分を解放できるようなのびやかな物語りを話し合いながら一緒に編み出していこう、あるいはクライエントが生み出すのを手伝っていこうというのが、「ナラティヴ・セラピー」に対する、私のつたない理解です 。
 そこで私が疑問に思ってきたのは、そういった新しい物語りはどんな風に生まれてくるのか、そのきっかけというか、端緒というものはどういうものなのか、ということです。
 そんなことを思っていたところ、たまたま知り合いの手術看護婦の方(Tさんとしておきましょう)からある話を聞きました。今日はその話でもしてお話に代えたいと思います。
 Tさんはもともとは病院の窓口で働いていたようで、30歳になってから看護婦に転身した人です。おかげでというか、どうも看護の空気になじめないでいるようです。
 ある日、初老の女性患者を術前訪問しました。彼女は糖尿病の悪化で片足を切断する手術を受けることになっていました。てきぱきと質問と説明をできないTさんに対して、患者は一時間の長きにわたって物語ったそうです。
 途中、師長から呼び出しがあり、師長いわく「遊んでいるかと思った」とのこと。「だって患者さんはやっぱり不安だからついつい長く話すでしょ」とTさん。
「なるほど、そうだろうね」と私。「でもそのひとは『不安』なんていう言葉をその人は使っていたの?」。「うん、たしかに『不安』ていう言葉は使ってなかった」。しばし考えていたTさん、「そういえば、『足に悪いことをした』って言ってたわ」。
 私は思わず、口をぽかんと開けてしまいました。でも気を取り直して、「それからどんなことを言ってたの?」。「ふん」とTさんは考えて、「『私は昔から病気と付き合ってきた、お父さんの看病や義理のお母さんの看病やら、ずっとしてきた』と言ってたわ」。「それで?」。「ふん」、Tさんはだまりこんでしまいました。「じゃ、思い出したらまた教えて」と私は言いました。 後日、Tさんからメールがありました。「あれからずっと思い出そうとしたんだけど何も思い出せません。私は一体一時間も何を聞いていたんでしょう」。
 この患者の話に私がこだわったのは「足に悪いことをした」という言い方の意外さでした。これはいったいどんな意味があるのでしょう。
 まず問題を外堀から埋めていくことにしましょう。
 Tさんを呼びつけて看護特有の嫌みを言った師長は術前訪問としてどんなことを考えていたのでしょうか。
 おそらく手術に関わるいくつかの質問項目をてきぱきと聞き出すということを考えていたのでしょう。同時にこの術前訪問は、「これからあなたはこれこれの手術を受けることになる、覚悟せよ」という宣告にもなっているのでしょう。
 患者の状態は質問の項目だけ切り取られ、後は手術の予告があるのであって、じつは「患者(うだうだした)話を聞く場ではない」とされているのでしょう。
 ここでは患者は、手術という、生物機械への「修理」の観点からだけとらえられ、そのための質問用紙に転写されているわけです。
 それに対してTさんはどうでしょうか。Tさんの頭の中には、「手術前の人間は不安のためにさまざまな訴えをするものだ」という考えがあります。ですから患者の訴えをみんな「不安」あるいは「不安のなせる業」という箱の中に放り込んでしまいました。
 よく外国語で話しかけられた時のことを思い出すと経験することなのですが、日本語ではなんと言ったかは言えるのだけど、その外国人が外国語で実際にはなんて言ったかは思い出せないということがあります。日本語に翻訳されると元の言葉は忘れてしまうのです。
 Tさんの話もそれに似ています。Tさんは患者の話した話を次から次へと「不安」という言葉に翻訳してしまったためにかんじんの元の「語り」を忘れてしまったのです。
 でもTさんが新米でしかも「看護ずれ」していない手術看護婦だったの幸いしたのかもしれません。患者の話を真に受けてしまう、そのナイーブさが、患者の「語り」を引き出すことに成功したのかもしれません。
 さて、患者が言った「病気とずっとつきあってきた」という言い方をしていました。ここでは病気はつきあう相手、つまり人間のようなものにたとえられています。すなわち擬人法というレトリックが使われているわけです。擬人法は、人でないものをひとのように見立てることです。似ているということをつかって、「見立てる」こと、つまり「~を・・・として見る」ということは「隠喩」(メタファー)と言います。だから擬人法は隠喩の一種です 。
 ここでは、これまで病人の看病をしてきたという経験と、これから糖尿病がもたらした片足切断によって障害者として生きて行かなくてはならないという未来とが、「病気とつきあう」という擬人化によってくくられています。つまり「病人の看護」と「障害を持ちつつ生きていく」とがともに「病気とつきあう」という言葉でくくられているわけです。
 こうすることで患者はこれまでの過去を、病気とつきあう人生という形で整理して、これからの障害者として生きていく未来とを連続するものとしてつないでいるのです。
 レトリックは言葉によって人を説得する術のことです。メタファーもそうしたレトリックのひとつです。しかしレトリックは他人を説得するだけではありません。この患者の場合には、自分を、今後の障害者としての人生を、自分に納得させるために、このレトリック使われているわけです。
 さて、問題の「足に悪いことをした」という表現はどうでしょうか。
「悪いことをした」とか「すまないことをした」とか言われるのは、あくまでも人間に対してです。ですから、ここでは足は人間のようにとらえられています。つまりここでも擬人化がなされているわけです。
「悪いことをした」というのはどういう意味でしょうか。おそらく片足切断という状況になるまで糖尿病の治療を十分にしてこなかった。だから今回の切断は、ある意味、自業自得なのだと、自分に納得させようとしているのでしょう。
 では、まるで人格があるかのように「足」について語るのにはどんな意味があるのでしょうか。
 実はここで私が思い出したのは、井上ひさしさんの「しみじみ日本・乃木大将」というお芝居です。このお芝居では、乃木大将の軍馬3頭と近くの牝馬2頭が、「人格」ならぬ「馬格分裂」を起こし、各々前足と後足に分かれて、乃木大将のその時々の場面を演じ、乃木大将という人物を語るという趣向になっています。「足に悪いことをした」と言った瞬間、足は別の人格を持つものとして患者に相対しています。それは患者とは別のものです。つまり患者はすでに、自分とは分離し別個のものとなった足のことを考えているのです。つまり、片足が切断された後の状態を患者はこの喩え(擬人化)で知らず知らずのうちに、先取りしようとしていたのもしれないと考えられるのです。
 こうして、片足切断の手術を直前に控えた患者は、「足に悪いことをした」というレトリック(たとえをつかった説得の方法)によって、片足喪失の状況を生き抜いていく自分の物語りを紡ぎ出していくのです。切断される自分の足を別個の意思をもつ者にたとえることで、足をこれからなくすという話から、足を喪失して後その状況を生き抜いていく話へと、患者をつつむ物語りは転換していき、足の擬人化(たとえ)はその転換の接続点となっているといえるでしょう。
 こうしてみると、私たちが自分を立て直す新しい物語りを作るとき、メタファー(見立て)はその新しい物語生成の核(種)となっていくのではないか、とも考えられるのです。
 ここですこし一般的な話をしてみましょう。
 私たちが事態のとらえ方は実はあまり多様ではありません。じつは自分の体で経験したわずかなパターンを使い回しているだけかもしれません。そのとき私たちは、慣れない事態を見立て(メタファー)によって慣れ親しんだパターンに還元していることがしばしばです。
 それがメタファーとも気づかないほど当たり前になって言い回しはいっぱいあります。
 たとえば、「男に捨てられた」というような言い回しはしばしばありますが、「捨てる」ことができるのは品物です。そこでは「私」は使い捨てされる「品物」に喩え(見立て)られています。さらに「捨てる」という言葉の連想から「さんざんいいように使っておいて、ボロぞうきんのようにポイと捨てた」という具合にどんどん隠喩の中で連想が展開していってお話を作っていきます(こういうメタファーの展開のことをアレゴリーといいます) 。「別れた」を「捨てられた」と見立てることで、男女の別れ話は、品物を使い捨てる話へと移しかえられていきます。つまり男女の別れの話(概念体系)が、ものを捨てる話(概念体系)へと写し取られています。その写し取り(写像)の端緒となったのは、「別れる」という事態を「捨てられた」というたとえ(メタファー)で語ったことにあります。そうすることで二人の別れの話は、ものを捨てる話へと写し取られて、ものを使い捨てる話(概念体系)のなかで理解されていきます。
 レイコフという言語学者はメタファー(隠喩)を「ある概念を別の概念と関係づけることによって、一方を他方で理解する」するという頭の働かせかたであるとしています。そしてAの概念体系の要素(たとえば「別れ」)をBの概念体系の要素(「捨てる」)に対応させ(写像し)、さらにその写像をさらにどんどんして、Aの概念体系とBの概念体系が対応されることを「概念メタファー」と呼んでいます 。
 私たちが実感を込めて経験的に理解できることというのは実は限られています。私たちはそのままでは理解しがたい事態を、すでに慣れ親しんだお話へと移しかえ、それを展開していくことで、そのままではなかなか理解できないような事態を、理解できるものへと変えていくのです。
 私たちが慣れ親しんでいる常套句(クリシェ)はこうした陳腐な喩えによるすり替えに満ちています。しかしこうした陳腐な言い回しによるありふれた物語りの圧政の下で虐げれている自分がいます。そのとき、それまでとは違う喩え(見立て)をすることで、自分を別の物語りへと解放していくことが求められるのかもしれません。
 しばしば「夫婦の絆」という言い方がされます。「絆」とはもともとは「動物をつなぎとめる綱」のことだったそうです。本来はメタファーです。でももうそれを意識しないほど当たり前になった言い方です。しかしその喩えで考えるかぎり、夫婦の関係は強固で、それを失った者は、まるで「糸の切れたたこ」みたいに思えてくるでしょう。でももしここで誰かが夫婦なんて「ポスト・イットみたいなもんよ」と言い出したらどうでしょうか。この喩えは夫婦に対するまるで違った見方をもたらすかもしれません。
 陳腐でそれだけに逃れがたい物語りのくびきから逃れるために、人はたとえ(メタファー)をつかい、それを種にして新たな物語りを生成していくのではないのだろうか。片足切断の手術を目前にした患者の一言から私はそんなことを考えます。
 ではこうしたメタファーについてナラティヴ・セラピーではどのようにあつかわれているのでしょうか。家族療法の代表的な学会誌『Family Process』 に「メタファーを聞く」という興味深い論文が載っています 。
 メタファーというのは、ホワイトが遺糞症をスニーキー・プーと名付けて外在化し有名な事例に見られるように、決して家族療法では注目されてこなったことではありませんでした。しかし家族員たちがみずから語るメタファーについてはこれまであまり注目されてきませんでした。しかし著者たちは言います。「私たちの考えでは、メタファーは、思考の物語様式の最も小さい単位であり、家族の「世界制作」の行為を定め保持する意味の多義性の織物への理想的な入り口点である。」(Fam Proc 36:341, 1997)
 そして著者たちは、「家族が生み出すメタファーを使ってカウンセリングしていく7つのステップ」なるものを提唱しています。そこでは患者が何気なく行ったメタファーにカウンセラーが気づき、それを押し広げて、家族員全体を巻き込んだお話へと展開していくことが提案されています。
これはまさにメタファーが概念体系から別の概念体系への写像であり、別の概念体系のなかでアレゴリーによって話を展開することを言っているにほかなりません。
レイコフと同じように、著者たちは言います。「物語りが作られるのは、そして私たちの文脈でいうなら、私たちの環境に人間的な形と意味が与えられるのは、おもに、メタファーをつうじてなのである。」
 ところで概念体系から概念体系への写像を考えてみると、それは必ずしも言語の概念体系から言語の概念体系への写像とは限らないでしょう。言語から絵画への写像もあるでしょうし、言語体系から身振り体系への写像もありえるわけです。
 そこで興味深いのは著者たちがあげている二番目の症例です。家族は、母エレンと娘7歳、11歳の息子と5歳の息子からなります。離婚した父は再婚。母親は自殺未遂で重傷し回復して退院しています。ここでは、メタファーは5歳の息子の絵です。その絵では、噴火する火山のふもとで助けてと叫ぶ怪獣がかかれています。この絵が家族と彼の言葉にしがたい状態のメタファーなわけです。カウンセラーはこの絵をめぐっての家族員に会話を展開させていきます。そうするうちに、この5歳の男の子は絵を書き変えていき、それはしだいに穏やかな絵へと変わっていったというのです。
 メタファーは言語的なものとはかぎらないのです。
 この症例を読んで、私はある修士論文であげられていた事例を思い出しました。その論文は保健婦について研究したものでした。保健婦が体験した事例として次のようなものがありました。まずそのまま読んでみましょう。
 「医療器具をつけている幼児のIちゃんは言葉で話すことはできないが、行動によって生命維持としての生活を表現する場面がみられた。
 アンパンマンのビデオを見ていた時のことである。急にIちゃんが倒れた。研究者はIちゃんの具合が急に悪くなったのかと驚き、「どうしたんですか?」と母親にたずねた。
 すると母親は『アンパンマンが倒れると、倒れて気管切開の所をはずすの。アンパンマンが助けられると(顔をつけかえてもらう場面)元気になるの。』と答えた。
 Iちゃんは気道が狭窄しており、吸引が必要なため、気管切開術を受けている。Iちゃんはアンパンマンが助けられると、母親に気管切開の所をつけてもらい、立ちあがり、ぱちぱちと拍手した。Iちゃんはアンパンマンが元気ない状態を、気管切開の所がはずれてしまい元気がないことにたとえて表現している。Iちゃんは、気管切開は生命を維持する大切な部分だと感じている。」
 ここではどういうことが起きているのでしょうか。呼吸器をはずして苦しくなるIちゃんの事態がアンパンマンの困窮に移しかえられています。なぜそんなことをIちゃんはするのでしょうか。Iちゃんは呼吸器をはずしては生きていけないかわいそうな子である、そういうお話がIちゃんに与えられています。しかしアンパンマンは顔を取り替えることで元気になりバイキンマンをやっつける英雄となります。こちらの話では(呼吸の)苦しみは次の復活と活躍の前段階でしかありません。呼吸器なしではいきられないというIちゃんのこれまでの否定的なお話は、苦しみから復活して活躍するという肯定的な勇気あるお話へと移しかえられているのです。つまりアンパンマンが苦しんでいる時に自分の呼吸器をはずすして、自分の苦しみとアンパンマンの困窮を対応させる、つまり自分の苦しみのメタファーとしてアンパンマンの困窮を対応させるという、ちょっと大げさ言えば命がけのメタファーがここでは行われているのです。
 もちろん、このメタファーは身振りとマンガの絵という、非言語的なものです。それはまだ物語にはなりきってはいません。あたらしい物語を作るには、その周りの人々が、アンパンマンが元気になったように、Iちゃんも呼吸器をつけて活躍するんだね、というようなことを言って、そのメタファーを物語として展開する必要はあるかもしれません。しかしともかくも新たな物語の種はIちゃん自身によって撒かれたのです。
 あたらしい物語はどのように立ち現れてくるのかというのが私の疑問でした。それは思いがけない隠喩(メタファー)の形をとって、それを種(核)として立ち現れてくるのではないのか。いま私が予想しているのはそんなことです。ひとまず私の話はここまでとします。
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by takumi429 | 2007-05-04 10:51 | 物語論 | Comments(0)

父性からみた母性と家族1

父性からみた母性と家族 1


(平成13年10月14日、日本赤十字愛知短期大学で開催された第七回日本システム看護学会ワークショップでの講演より)

はじめに
はじめまして、名古屋市立大学の勝又と申します。
今日は「父性からみた母性と家族」という、ずいぶんたいそうな題名でお話をすることになっています。しかし実際はそんなご大層なことをお話する資格も能力も私にじつはございません。あくまでもある父親、あるいは父親になりそこなった男の視点からみた母性と家族についての雑感をお話することで、この大役を果たす代わりとさせていただきたいと思っております。

 1.父性からみた母性
最近、少年犯罪が大々的に報道され、その結果、それは家族にある、やれ母性が足りない、父性が崩壊しているなどと声高に議論がされているようです。
ただそうした議論においてしばしば見られることは、「・・・であるべきだ」というべき論、建て前論がたえず「・・・である」という実態論へと滑り込むことです。どうしてそうなるのでしょうか。
ひとつには、家族というのは私たちにとってとても思い入れの強い領域だけにどうしてそうなりがちだということもあるでしょう。と同時にほとんど誰もが家族を経験しているだけにそれを語ることは自分のきわめて私的ものを語ることになります。私たちはそれを恥じてどうしても建て前論の影に隠れようとし勝ちなのです。
今日、わたしはあえて自分の体験にそくしつつ母性や家族について考えてみたいと思うのです。

 (1)父親になる(個人的体験)
母性についての議論で私には致命的な弱みがあります。つまり私は母親にはなれないということです。それだけに母性について語ると、「こうあってほしい」という願望が入り込みがちです。でも母になれなくとも私は父親にはなれます。そこで私が父親になった過程をもう一度思い起こしながら、つまり「父親になる」というのはどういうことだったかを思い起こし、そのうえで「母親になる」ということあるいは母性というものについて考えてみたいと思うのです。
さて父親になることを思い出すといってももう12年も前のことです。そこで私は、アメリカのコラムニスト、ボブ・グリーンの『父親日記』(中公文庫)を読むながら、昔を思い起こすことにしました。私にとって父親になるとは次のような過程でした。

1)妊娠を告げられる
まず妻(当時はまだいっしょになっていなかった)から妊娠を告げられるということがありました。それも詳しく言えば、生理がない、妊娠試薬を買いに行かされた、試薬が妊娠の疑いがある、産婦人科にいってくる、妊娠3ヶ月といわれる、という(真綿で首をしめられるような)細かな段階があるわけです。
妊娠を告げられた時の気持ちを言うと、正直言って、肩に重しがかかったような不安と緊張でした。大学で助産を専攻している学生に講義でこのことを話したら、すかさず「どうして不安になるのだ、相手が妊娠したら喜ぶのがほんとうだろう」と突っ込まれました。
でも本当のことだからしかたありません。妊娠にまつわる責任の重みで重苦しいような気持ちになったものです。

2)出産を決意する
もちろん、この人なら自分の子供を産んでほしいという気持ちがありました。今でもおもいだすのですが、互いにテーブルに向かい合い、下を向いて、次のような会話をした覚えがあります。「どうする」「うーん」「生ませたくないの?」「そんなことないよ、君は生みたくないの?」「そんなわけじゃないけど」。そういう会話をしながらふつふつと心の底から喜びがわいてくるような気がしたことを覚えています。

3)変化する妻の体型をみる。
でもそこまではまだ観念的なものでした。事態が切迫してきたのは、妻のおなかが次第に大きくなってからでした。よく妊婦を連れて歩いている男性がいて、「幸せそうね」なんて皆さんは言いますが、すくなくとも私の気分で言えば、「私がやりました」って言っているようで、恥ずかしい気持ちがぬぐえませんでした。とにかくせり出してくる妻のおなかをみて、「えらいことをしてしまった」という気持ちになったことは確かです。胎児の成長は私にとってはこの妻のせり出すおなかと産婦人科でみたスキャナーの映像でしか知ることができないものでした。(男の子だと告げられました)。

4)出産の準備をする
さて出産をするにあたって、産院を決めなくてはいけません。もちろん、ラマーズ法がいいのか、自宅で生むのか、実家に帰えすのか、などなど選択肢は多く、それについての議論とつめがあります。そのときになって初めて出産は保健がきかないことをしりました。事態は切迫しつつあります。

5)出産に立ち会う
結局、近くの産院で産むことになりました。出産の時に先生(産婦人科医)から突然「立ち会いますか?」と言われ、「え、はい」と答えて、分娩室に入りました。苦しむ妻の手を握り、自分まで深呼吸して息んでいたことを覚えています。やがて妻の下半身の覆いの向こうから、まるで手品のように先生が赤ん坊を差し出しました。よく「サルみたいだ」という感想があると聞きますが、私はそうは思いませんでした。ちゃんと人間の子供だと思いました。ただひょっとすると先生が分娩台の下からすりかえて出したんじゃないかいかと、あとでよく妻と冗談を言い合ったものです。

6)自宅に帰る
子供を産院から連れて帰る日、息子を寝かせる部屋の畳を一生懸命に雑巾で拭いたのを覚えています。そんなことをしたのを先にも後にもそれっきりだったのですが。

7)名前をつけ、届けを出す
息子がうまれたので、名前をつけて役所に届け出なくてはなりません。一生ついてまわる名前だけに頭を抱えました。結局徹夜で姓名判断の本と首っきりでつけたのを覚えています。
  
8)触る・匂いをかぐ
赤ん坊が生まれて何がうれしいって、あのやわらかさです。子どもは触っていて本当に気持ちいい。あのやわらかさのためだけでももう一度子供がほしいと思ってしまうほどです。ふしぎなことに男性はそのことを話題にしません。きっと、男はそういうことを言うもんじゃないという、社会的な圧力がかかっているのでしょう。

9)子どもの反応を引き起こす(微笑みをたがいに交換する)
さらに顔を向かい合わせ、互いの笑みを交換しあうということがあります。

10)泣かれてうろたえる
さて子育てでひとつの大きなハードルがこれです。泣き止まない赤ん坊をどうするか。これを放置して妻に任せたかいっしょに動揺し乗り切ったかで父親として大きな違いがあるんじゃないでしょうか。ともあれ、いつか波長が合うように泣かなくなるのですが、私の場合は仰向けになってその胸の上に子供の胸が合うように寝かすと泣き止みました。

11)人に自分の子どもとして見せる
さて自分の子として人に見せるというのもおおきな段階だったように思います。さらに

12)似ている所を探す、「似ている」と言われる
というのも父親になるにあたって重要だったと思います。

13)世話をする。おむつの交換など
母親がするとあたりまえとされるのですが、なぜか父親がすると誉められ、自分でいい気分になれるのが、子供の世話です。本当はきわめて不均等な仕事配分にもかかわらず、父親はずいぶんやった気になっているものです。

14)子どもに接する態度から自分の(父)親のしてくれたことを思い出す
「ボブ・グリーンの父親日記」のなかに印象的なシーンがあります。ある日(7月11日)ボブ・グリーンは、子供に向かって、「おはよう、メリー・サンシャイン」と言っている自分に気づきます。そしてそれが子供時代いつも自分に向かって両親が言っていた言葉であることを思い出します。(この本の原題はだから「おはよう、メリー・サンシャイン」です)。それまでずっと忘れていた幼年期の記憶がよみがえったのです。
私にも覚えがあります。お風呂に入れたとき、ぬれたタオルで子供の顔を拭いたのです。ぬれているだけに息がつまってすこし息子は苦しそうでしたが、とにかく顔全体をぬぐったのです。なぜこんなことをするのだろうと思ったとき、それは父親がいつも私にしていたことだとわかりました。そしてその時、どんな思いで父が私を見ていたのか、それがわかったのです。

15)「パパ」とよばれる
子供に「パパ」と呼ばれるのは父親としての自覚をうながす、やはり大きな経験だったように思えます。さらに

16)父親として幼稚園などを顔を出す
ことも社会に父親としてデビューするという感じですね。

17)学校(いじめ)や社会(一方的価値観のおしつけ)や交通事故などの外部の脅威から子どもを守る
子供を持ってみてはじめて住んでいる地域社会や学校に深くかかわるようになるものですし、それに対してあるときは批判的にもなります。なんとか子供をそこでの脅威から守りたいという気持ちが私には強かったように思います。

さてまあ、とりとめのない話ですが、私自身の経験では以上のようなさまざまな段階を経て「父親」へとなっていったように思います。その際、重要だったのは、次のようなことだったと思います。すなわち、①妻との相互関係、②子どもとの相互作用、③親子関係の歴史の想起・継承、④父としての社会的位置の獲得、⑤庇護者としての役割を遂行、です。
私にとってとりわけ重要なのは、父親になるということが、一般的な父親になるということではなく、私の父と私の関係を受け継ぐことだったということです。すなわち、一般的親子関係の再生産ではなく、個別の親子関係の継承・再生産がおこなわれたということです。


(2)父性の性質とそこからの「母性」論への疑問
さてこうした父親になるという体験をとしてみて、もうすこし一般的に父性というものの性格をいくつかを考えてみましょう。そしてそこからいわゆる「母性」について言われているいくつかの事柄に対して、すこしばかり疑問を提示してみたいと思います。もちろん、それは私の個人的体験という小さな窓からみた疑問にすぎないのですが。

 ①偶然性
まず私はこうした父親になるという体験を経験したわけですが、もし私が相手が妊娠したことを知らないで別れてしまって知らないままでいたら、はたして私は父性をもちえたでしょうか。もちろん、ノーです。つまり出産前後に子どもに関わらなければ父性を生まれてこなかったでしょう。
これに対して、ふつう母性というものは子供を持つと必然的かつ本能的に生まれるもの、あるいは女性全般が先天的に持っているものとされがちです。でも本当にそうなのでしょうか。産みの母が産んだ後にすぐ子供を手放したらいわゆる「母性」は育つのかでしょうか。もしあったとしてもそれはすこしちがったものとなるのではないでしょうか。
 ②交互作用による発達
同じことのいいかえになるかもしれませんが、子供との相互作用によって親密性が生まれ、父性が発達していくということがあります。マーチン・グリーンバーグは『父親の誕生』という本でそうした相互作用への父親からの働きかけを「のめり込み」(engrossment)といってとても重視しています。
 母性の発達にもこうした相互作用による発達はあるのではないでしょうか。
 ③配偶者との関係
さて子供に対する態度は私の妻に対する関係に大きく影響を受けていたように思います。
このことは母親にとっても同様ではないでしょうか。夫との関係は母性におおきく影響するのではないでしょうか。
 ④不完全性
子育てにあたって私はつねに他者からの援助にたすけられてきました。私は一人では子育てを遂行しきれない不完全な親でした。では母親はどうでしょうか。母親だけが育児をするのでしょうか。それはほうっておいても自動的かつ完全なものとして本能に組み込まれているといえるのでしょうか。動物ならいざ知らず、人間の場合、夫はもちろん、親戚やさらには家族をこえたネットワークが子育てを支えているのではないでしょうか。
 ⑤多様性
父親になるというのは人によってずいぶんことなる経験だと思います。私は家で仕事をすることが多い職業でしたが、外で仕事をする男性は私の体験はそのまま適用するのはむずかしいでしょう。まして文化風俗のことなる民族ではまたちがった父性というものがあるのでしょう。つまり父性には普遍的な発展段階を提示しにくいと思われます。
 だがひるがえって考えるに、母性もまた多様なものであるのではないのかとかんがえられます。
 ⑥社会からの影響
同じことかもしれませんが、父親は社会的責任の引き受けとしての役割を負うことが多いでしょう.同時に職業による育児への関わり方も多様性なものとなるでしょう。「会社人間」は育児に手が回らないでしょう。父性はこうした社会からの影響をうけています。
 しかし母性も社会から、また社会における位置づけによって大きな影響を受けているのではないのかと考えられます。
 ⑦文化性
さらにまた父親の役割はその文化によって規定されています。たとえば統計によれば共稼ぎでも男はほとんど家事をしません。家での性役割は文化によってかなり固定的なものになり勝ちなのです。同じように母性も文化から規定され影響されるのではないのかと考えられています。
 ⑧継承性
私は無意識のうちに父親をモデルにして父親になっていたように思います。接するときに振る舞いに亡くなった父の影をみるのです。こういうのを「育児における亡霊」という言い方をするそうです。
 妻は子供起こすとき、部屋の入り口で怒鳴るだけでした。ある日私がゆすって起こしてみせ、なぜそんな起こし方をしていら立っているのかと聞くと「だってずっと私はそうやって起こされてきた」と絶叫しました。彼女の母親の起こし方を知らぬ間に受け継いでいたのです。母性というのも固定的なものではなく、その親から継承される面があると思われます。
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by takumi429 | 2007-05-01 11:00 | 物語論 | Comments(0)

父性からみた母性と家族2

(3)母性についての新たな研究
さて私のささやかな体験とそこからの勝手な考えを申し述べました。しかし最近は私の考えを受け入れてくれるような新たな母性に対する研究がいくつか現れています。それをすこし紹介することにしましょう。
①大日向の母性研究
母性が先天的・本能的であるとの決め付けに対して、母性の発達心理学を考察することで母性本能説を超えようとしているのが、大日向雅子さんの一連の研究です(大日向雅子1988a『母性の研究』川島書店、大日向雅子1988b「母子関係と母性の発達」『心理学評論』Vol.31.No.1.pp.32-45.)。
大日向さんは、「母性とは子どもをもつ女性(母親)が子どもとの関係で発揮し得る育児能力」と規定し、「母性は形成され発達変容するものと把握する」ことで、母性の普遍性・本能性を問い直す作業をおこなっています。
 この問い直しの結果、彼女は母性への影響をもつものとして次の3つをあげています。
1)生き方としての母親役割の受容の意義
母性発達は当初の妊娠を受容する態度と深い関連性がある。「自己の問題として積極的に対処する態度が重要」となるといいます。そして「夫婦間の信頼関係が、母親になろうとする女性の妊娠に対する積極性を支えるとともに、出産後は育児中の心理的安定に少なからぬ影響力を持つ」(大日向1988b.36頁)としています。
 このことの傍証としてあげられているのが、チェコ・プラハ精神研究所の研究です。ここでは2度にわたる中絶の申告にも関わらず却下され、妊娠継続を余儀なくされた母親たちを調査したところ、「望まない妊娠の結果生まれた子どもに対して、母親たちは積極的に愛情豊かに関わることが少なく、それに応じて子どもも母親への愛情を順調に発達させることが困難になっていく」との報告がなされています(それにしてもひどい研究をするものです)。
2)育児以外の生活をもつことの意義
また社会的関わりなその広がりを失った母親ほど子どもへの密着化傾向が顕著としています。そこからは現代の母親が家庭に閉じこめられ育児に追われている姿がみえてきます。
3)夫婦関係の重要性
さらに、母親の愛着の対象は子どもだけでなく夫もその対象であるとしています。
母親=妻には、おもに子どもには「支えてあげたい」という欲求、夫には「支えてもらいたい」という欲求がある。しかし子どもに「支えてもらいたい」という欲求や夫を「支えてあげたい」という欲求もあるとしています。
 
②「母親になる」 オーストラリアのナースたちの研究
さらにグランンディドセオリーをつかった母性の研究がオーストラリアのナースたちによってなされています。(Leslyey Barclay,Louise Everitt,Frances Rogen,Virinia Schmied andAileen Wyllie.Becoming a mother --- an analysis of women's experience of early motherhood.in:Journal of Advanced Nursing.1997,25,719-728.
Frances Rogen,Virinia Schmied,Leslyey Barclay,Louise Everitt and Aileen Wyllie.
'Becoming a mohter'--- developing a new theory of early motherhood. in:Journal of Advanced Nursing.1997,25,877-885)
 この研究は、オーストラリアの55人のはじめて母親になった女性を対象に調査したものです。まず研究者は母親たちのさまざまな発言を次の6つのカテゴリーにまとめました
 そして母親になる過程とは、「こんなの私の人生じゃないわ」と①気づき(realizing)、②用意できていない(unready)と感じ、育児に対して、③消耗した(drained)、④失った(loss)、⑤一人ぼっち(alone)と感じながら、いつしかそれを⑥解決(working it out)し、「調子がつかめた」という段階にいたることであるとしました。そしてこの段階にいたるためには、①赤ん坊の行動、②社会的支援、③以前の経験が大きく影響していると報告しています。

③『女性が母親になるとき』
最後にご紹介したいのは、ハリエット・レーナーという臨床心理学者が書いた『女性が母親になるとき』(誠信書房)。この本はみずから二人の息子を育てた著者が自分がどのように母親になっていったかを語り、その上で母親になることの助言をしようとしています。この本を読むと、実はさまざまに迷いながら人が母親に、また父親になっていくのがよくわかります。建て前論でない子育ての本だと思います。



2.物語りとしての家族

(1)家族療法と物語療法
 ところで家族看護というのは家族療法を看護に導入したものです。私の理解によれば、家族療法というのは、家族内のコミュニケーションの凝りのようなものをひっくり返したりしてほぐすようなものです。(ずいぶんいい加減な理解ですが)。
 ところで私は名古屋大学の中木高夫さんたちと一緒にこの半年ばかり「ナラティブ・セラピー研究会」というのを名古屋市立大学の看護学部で主催しています。ナラティブ・セラピーというのは日本語でいうと「物語療法」と言います。これも私のあいまいな理解で恐縮なのですが、一言で言うと、人は物語りの形で自分の人生をとらえている、しかしその物語りがその人を苦しめているとき、その物語りから解放することが物語療法であるようです。
 ところがこの学会の人にその研究会の話をしたら、どういうつもりで物語療法なんかを勉強しているのかと、多少詰問されるように言われてしまいました。
 私はそのときはじめてうかつにも、物語療法が家族療法を超えるものだと自らを宣伝していることを思い出したのです。でも私の頭のなかでは両者はまったく矛盾することなく、並存しているのです。私は家族療法はいまだ有効だと思っているし、物語療法がそれを超えるとはあまり思っていないのです。
 というのも、家族療法では家族内のコミュニケーションをひとつのシステムとしてとらえているのに対して、物語療法ではそのコミュニケーションから個々人の頭の中につくられた物語りを問題にしているからです。同じコミュニケーションの結果であっても、個々人にはそれぞれ異なった物語りとして蓄積されていることというのは十分にありうることだからです。
 ではなぜ人は自分とそれを取り巻く世界の体験を物語りにするのでしょうか。おそらくそれは人間の脳の構造に起因するのでしょう。さまざまな混沌とした情報を整理するときに私たちはひとつのストーリの形に整理しようとする、そして整理できたときある安定をもつことができるようなのです。
 たとえば村上春樹という作家がいますが、彼の作品は、突然の恋人の自殺という説明不可能な事件、この凍りついた事件を溶かして、物語に形にしていくことだといえるとおもいます。これを河合隼雄は「癒しとしての物語」と名づけています。
 
 (2)家族神話
 しかし物語りが常に癒しをもたらすとは限りません。ときとして私たちを支配する物語りは私たちを苦しめ閉じ込めたりします。そうした物語りのひとつに「家族神話」があるように思われます。
 「家族神話」といってもその内容はさまざまでしょう。私たちを支配していると思われるのはおよそ次のようなものです。人間の幸福は家族にある。責任感ある父の庇護のもと、母親のやさしい愛情の下で、子供は育つ、父は外で働き、母は子育てと家事をする、といったような内容です。
 近代家族
 この内容は基本的に「近代家族」と呼ばれる家族のあり方を理想とするものです。
 近代家族とは次のような特徴を持っています。すなわち、①家内領域と公共領域の分離、②家族成員相互の強い情緒的関係、③子ども中心主義、④、男は公共領域、女は家内領域という性別分業、⑤家族の集団性の強化、⑥社交の衰退、⑦非親族の排除、⑧核家族です。
 この内容は現在ではあたりまえに見えるかもしれません。しかしよく考えてみるときわめて最近、日本では戦後の高度成長期に定着してものです。農家や商家が人口の中心であったときには家はひとつの経営体でしたから、以上のような特徴をもつことはありませんでした。それがベビーブーマーたちが家を出て都会のサラリーマンとなることでこの特徴をもつ近代家族が日本で爆発的の増大したのです。
 三歳神話
 家族神話をさらに補強するのが、「三歳神話」と呼ばれるものです。すなわち、三歳まで母親が密着して育てなくてはまともな子どもに育たない、というものです。
 この神話の出所はもともとは、ボルヴィの「母性剥奪論」にありました。すなわち、幼児期における母性的愛情の喪失が発達にいちじるしい(マイナスの)影響を及ぼす。それが証拠に、施設の置かれた子どもは母親との密接な相互作用がないため発達障害を持つことが多い、というものでした。
 しかし現在では母親的愛情をもち幼児と密接な相互作用を持つ相手は固定した少数者であれば、一人に限らなくてもよく、男性でもよい、べつに実の母親でなくてはならないということはない。また最近は施設での幼児の養育の状態は大変良くなっている、との報告がされています。
 ではこの三歳神話がこれほどまで定着したのはいつからでしょうか。
 小沢牧子はそのはじまりを1961年高度成長期のはじめ、第一次池田内閣のもとで開始された三歳児健診にみています。じつはその導入にあたって厚生省が世論操作をして、「三歳までは母親の手で」という大衆意識を形成させたというのです。その意味するところは、「母親は家庭にとどまれ。三歳の後は幼稚園があずかる。また「問題」がある子どもは国が施設に預かる」というものでした。つまり家庭は人口の生産工場としての位置づけられ、その無償の生産者が母親であり、その生産を検査する三歳時検診だったわけです。(小沢牧子1989「乳幼児政策と母子関係心理学---つくられる母性意識の点検を軸に---」『臨床心理学研究』第26巻第3号pp.22-36)。
 つまり日本において家庭にとどまる主婦というものは戦後、かなり意図的に作られたものだったのです。
 ナースの主婦幻想
 ところでナースというのは職業婦人であるにもかかわらず、かなりこの主婦幻想に支配された人々のような気がします。私の勤務先の前身の看護短大でも意見発表会では「結婚して子供ができたら仕事をやめなくてはいけない」という意見がほとんどで、なんのために手塩にかけて指導してきたのかわからないという事態がありました。職業婦人が「本当は母親は家にいて家事と育児に専念すべきだ」と考えているとしたら、これはなかなか悲劇です。どうしてそんなことになってしまうのでしょうか。
 医療における神話
 ナイチンゲールの著作を研究したイヴァ・ガマーニコフは「性分業 看護婦の場合」という論文で次のことを明らかにしました。ナイチンゲールは、「医師ー看護婦ー患者」の三者関係を、「夫(父)-妻(母)-子」の三者関係になぞらえており、「よい看護婦」は「よい女性」、すなわち「よき妻(母)」を演ずることが期待されているのです。
 医療というのはいまだに性別分業がきわめて差別的な形で残っている業界です。その差別が、家族幻想、家族内での母性幻想によって塗りこめられているために、看護婦はかなりの高度な専門性をもつ職業婦人であるにもかかわらず、主婦幻想を抱いているのではないかと思われます(言い過ぎだったらゆるしてくださいね)。
 
 (3)別の物語をもとめて
 高度成長期以前は日本のほとんどの人口は農村にありました。ベビーブームの子供たちが成長し、兄が後をとって弟や妹たちは都会にでてサラリーマン家庭をつくりました。近代家族が定着したのはそのときです。でも現在では子供の数は減り、都会と郊外の家には年老いたベビーブーマーとその成長した子供(パラサイト・シングル)がいるか、あるいは子供は出て行って、都会のなかの一軒家に老人が一人暮らしをしていたりします。介護に必要でもそれを支える家族員はとぼしく、他人がいやおうなく家庭の中に入ってきます。食事も宅配サービスに依存する人々は増えています。家族の形態はすこしづつ、しかし確実に変わりつつあります。
 家族の古びた物語から開放され、お互いがのびのびと暮らせるような新しい物語りをつくること、それが今求められているのように思えてならないのです。

 まとまりのない話で恐縮ですが、以上で終わらせていただきます。ご静聴ありがとうございました。
    
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by takumi429 | 2007-04-30 11:02 | 物語論 | Comments(0)

ダンダスの民話モデル

ダンダスの民話モデル

アメリカのダンダス Alan Dundes(1934‐ )は,北米インディアンの昔話の構造分析を試みた(1964)。ヨーロッパの昔話は,結婚にいたるまでの上向きの前半生を主たる話題としているので,それに慣れているヨーロッパ人には,インディアンの昔話は昔話とはみえないのだが,そこに明確な構造があることを明らかにした功績は大きい。ダンダスは,また,プロップの機能という術語には多少あいまいさがあるので,これをモティーフ motif,Motiv に対するモティーフ素motifeme,Motivem とした。そして,同一モティーフ素に,具体的に別な行為が詰めこまれたばあい,これを異モティーフ allomotif,Allomotiv とよんだ。例えば,主人公が皇帝からワシをもらってよその国へ飛ぶという行為(具体的モティーフ)は,外出というモティーフ素である。このモティーフ素に立ってみると,もし主人公が,小舟に乗って川を下っていくという具体的行為をすると,これは異モティーフとなる。換言すれば,モティーフ素は一つで,異モティーフは無数にありうるのである。各民族が昔話を伝承するときには,その歴史的・文化的・風土的背景によってさまざまな異モティーフをつくりあげていくわけである。抽象化されたモティーフ素の研究と同じく,具体的異モティーフの研究も重要な課題である。
(平凡社『世界百科事典』「昔話」の項より)

ダンダスのモデル

アメリカの民俗学者アラン・ダンダスは、「北米インデ4アン廃話の形態勢」の中で、プロップの方法をアメリカ・インディアンの民話というまったく違った対象に適用することを試みた。それまでほとんどの民俗学者たちは、インディアンの民話をインド"ヨーロッパ圏の民話に比べてきわめて劣ったものであり、構造が不充分で、形式もなく、無内容であると考えていたのである。ダンダスは、分析にあたってプロップに敬意を払い、彼の理論の基本原理に従いながらも、次の二点において理論の根本に修正を加えた。
*FFC一九五、ヘルシンキ、一九六四年〔『民話の構造』池上嘉彦訳、大修館、一九八○年〕。

(1)モチーフ素と異モチーフとモチーフという3つの概念を注意深く区別したこと。

(2)プロップの31機能のうちから、幾つかのより一般的な機能を選び出したこと。こうした機能の下にほかのすべての機能を再編成することによって、ロシアの魔法民話以外のあらゆる種類の民話にも構造分析を適用することが可能になった。われわれの見るところ、ロシアの規範的な民話とはかなり違った構造をもつインド"ヨ.ーロッパ圏の多くの民話を、プロップの31機能によって分析することはとても難しい。しかしダンダスの提起した、より一般的で数も限られた機能を用いれば、完全に分析できる。特に「青ひげ」(T312)
や赤ずきん(T333)のようなフランス固有の民話については、そういえる。そしてさらにプロップの機能の数を少数のより一般的な機能に整理することによって、ダンダスは、あらゆるタイプの物語に適用できる物語論研究の発展にも道を開いたのである。

1 モチーフ・モチーフ素・異モチーフ―――ダンダスは、文化人類学者のケネス・パイクから借りた諸概念と、人間行動に関する彼の構造主詩記述との助けによって、プロップの〈機能〉の概念を明確にすることから始めた。
プロップの〈機能〉という用語が、日常詔としてあまりに曖昧であり、民俗学者たちに本当に用いられることがないので、ダンダスは、その代わりに〈モチーフ素〉という用語を使用するよう提案する。彼は、あるモチー素の具体的な形式を示すために〈異モチーフ〉という用緬をつけ変た。異モチーフというのは、〔A2「守り札の盗難」のように〕肩に数字をうったプロップの機能の下位区分にあたる区分である。こうすれば、〈モチーフ〉という一般的用語も残しておくことができる。モチーフという言葉は、語りの任意の命題を表わす、という通常のかなりルーズな意味で従来から民俗学者たちに用いられてきたのである。
したがって、もう一度本章の第Ⅰ項で用いられた例を取り上げてみると、100ルーブルの贈り物は、ある場合には〈援助を手に入れる〉というモチーフ素の異モチーフであり、そのほかの異モチーフは、馬を盗むとか魔法の品物を手に入れるなどである。そしてまたある場合には、この同じ100ルーブルの贈り物は〈報酬〉といつモチーフ素の異モチーフの一つであり、その他の異モチーフは、王国を譲り受けるとか王女との結婚なのである。

2 モチーフ素の組み合わせ―――プロップは、すでにロシア民話の場合でも幾つかの機能が対としてグループ化されていて、ある一つの機能が現われると必ずもう一つの機能が現われる、ということに気がついていた。例えば加害行為とその回復、欠落とその回復、闘いと勝利、追跡と脱出などがその例であった。ダンダスは、その最初の対である加害行為とその回復、または欠落とその回復を取り上げ、北米インディアンの民話のほとんどすべての基本的単位がそこに見られると考えた。
ある種のきわめて短い話は、この二つの機能に還元されてさえしまう。たとえぽ「コロンビア川あたりに住む人々には目も口もなかった。彼等は蝶鮫の臭いをかいで、食事をすませていた。コヨーテが彼等の目と口をあけてやった」という話はこのタイプである。
大部分のインディアン民話は、その構成に還元してみると「不均衡の状態から均衡の状態への移行ということから成り立っている。不均衡とは、恐るべぎ、できれば回避されるべき状態のことであるが、これは視点しだいで過剰とも欠落とも見なすことのできる状態である」。
しかしながら、インディアン民話の大部分の場合には、この二つのモチーフ素からなる中核的シークエソスの2つの機能の間に、ほかの機能の対が挿入される。それは、例えぽ〈禁止と違反〉、〈難題と難題の解決〉、〈好計と妊計の成功〉であり、ダンダスが主要な対と考えるものである。
ダンダスは、欠落の回復をもたらすモチーフ素の対に従って、4つのモチーフ素からなるシークエンスの3つの主要なタイプを導き出す。

(1) 欠落 + 禁止 + 違反 + 欠落の回復。
(2) 欠落 + 難題 + 難題の解決 + 欠落の回復。
(3) 欠落 十 妊計 + 妊計の成功 + 欠落の回復。

(1)と(2)のシークエンスは、北米インディアンのうちに最もよく見られる物語図式である。
禁止と違反の対は、4つのモチーフ素からなる別のシークエンスの出発点ともなる。

(4) 禁止 + 違反 + 違反の結果 + この結果をのがれる試みの成功または失敗。

2ないし4のモチーフ素からなるこれらのシークエンスは、組み合わされてもっと複雑なシークエソスになる。
その最もよく見られるケースは、6つのモチーフ素からなるシークエンスである。

(5) 欠落 + 欠落の回復 + 禁止 + 違反 + 結果 + 結果をのがれる試みの成功または失敗

この図式の場合、欠落の回復が均衡をもたらしても、均衡はある特別の条件の下でしか保たれない。そこから第3のモチーフ素である禁止が生まれる。それは将にインディアンの間に類話の多いオルフェウス伝説の図式にみられる。

ダンダスは、「星聟(せいせい)」のようにもっと長くて、しかもインディアンの間に広い分布をもつ民話を研究して、ずっと複雑なモチーフ素の組み合わせを明らかにしたが、モチーフ素の数そのものはこの場合にも6つしかなかった。ということは、インディアンの長い民話は、複雑な民話というよりは、「継ぎ足し」話(連鎖譚)であると考えられる。インディアン民話のモチーフ素の深さは、インド"ヨーロッパ圏の民話の場合よりも少ないのである。モチーフ素の深さという用語は、欠落または加害行為(不均衡)からその解消(均衡の回復)に至る、対をなす二つのモチーフ素の間に介在するモチーフ素の数を示すために、ダンダスが提唱したものである。ダンダスは、この二つの文化圏における文字文化の伝統の影響の違いが、こうした現象を生み出したのではないかと考えたのである。

(ミッシェル・シモンセン著、樋口淳・樋口仁枝訳『フランスの民話』クセジュ文庫 白水社 1987年 75-78頁)
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by takumi429 | 2006-12-04 10:55 | 物語論 | Comments(0)