カテゴリ:健康心理学( 12 )

12プラシーボの心理学(2)

プラシーボの心理学(2)
こうして、新薬の検査では攪乱因子(じゃまもの)扱いされているプラシーボですが、ひろくプラシーボ効果としてとらえてみると、これはじつは医療全体を180度反対から見直す、画期的な発想の転換の可能性を秘めています。
薬物物質としてはニセ薬でも、患者が「これは効くんだ」という意味づけをしているならば、効果はあるのです。しかもそれは「気の迷い」(錯覚)なのではなくて、現実に治っているのです。ニセ薬にたいする患者の意味づけが、患者の内部に眠っている自己治癒の力を呼び起こしているのです。
西洋医学的には効果がないはずの民間治療や代替療法が治療としてりっぱに効いているのは、こうした治療への患者の期待と「治るんだ」という肯定的な意味づけが、患者の自己治癒力を呼び覚ましているからだと思われます。
こうしてみると、ナイチンゲール以来、「病気とは回復過程である」として患者の自己回復力に着眼してきた看護にとって、プラシーボ効果と、それをもたらす治療や薬に対する肯定的な意味づけというものは、非常に大きな意義を持っていえるでしょう。
ハワード・プローディという家庭医・研究者は、患者が医療処置さらには病気そのものに対して、肯定的な意味をもつのは、次の三つの時であるとしています。(1)病気の説明を十分に受けたと感じるとき、(2)周囲の人から思いやりを感じるとき、(3)問題に対して主導権を自分が持っていると感じるとき。こうした病気への肯定的な意味づけがなされるとき、患者の自己治癒力(「体内の製薬工場」)は活性化するといいます(『プラシーボの治癒力』より)。
とこで、人間は出来事について物語を織り上げることで、その出来事に意味を与えています。この医療における意味と物語について、私勝又は『ケアに学ぶ臨床社会学』(医学書院より近刊)でさらに考察してみました。
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by takumi429 | 2009-11-17 04:40 | 健康心理学 | Comments(0)

11.プラシーボの心理学(1)

プラシーボ効果(1)

プラシーボ(placebo)
「プラシーボ」とは、本物の薬のように見える外見をしているが、薬として効く成分は入っていない、ニセ物の薬(偽薬)のことをいいます。
皆さんには、新薬などの効き目を調べたいときの行う「二重盲検法」でおなじみですね。
患者のなかには、薬を飲んだと言うだけで効いてしまう人がいるので、ある人たちには効き目が本来はない(活性がない)ニセ薬を、別の人たちには効き目を調べたい薬とを飲ませ、その二つの集団の効き目を比較して、調べたい薬の効き目を調べる。でもその際、薬を渡たす医療者が「これはニセ薬」、「これは本物の薬」というふうにわかっていては、知らず知らずのうちに態度にでてそれが患者にも影響するから、患者も医療者もそれがニセ薬か本物の薬か、知らない(盲目の)状態にして検査する、という方法のことですね。

プラシーボ効果
でもこう書くと、プラシーボというのはずいぶん否定的に扱われている気がします。「だまされて効いた気になっているだけだ」という扱い。でも、じつはある実験で、「これは、薬ではなくて、砂糖にすぎないけど、飲んだら良くなるよ」と医師が説明して飲ませたら、じっさいに治療効果があったという報告があるのです。プラシーボの効果をもたらしているのは、「だまし」ではないのです。また、たしかにプラシーボは薬としては偽物かもしれないけど、その効果の方は偽物ではなくて現実にあるものなのです。
最近では、人間の体内からモルヒネに似た麻薬物質(エンドルフィン)という麻薬物質が分泌され、その分泌をプラシーボは促進するらしい(痛みに対してもプラシーボ効果は顕著にみられます)、また、免疫系の働きもプラシーボによって活発になる、とされています。プラシーボ効果にはじつは生理的な根拠があるのです。

プラシーボ効果をもたらすもの
調査によれば、患者が、医師が自分の言うことをよく聞いてくれ、そのうえでわかりやすい説明をして薬を処方してくれた、と思っているときに、もっともプラシーボ効果が見られます。プラシーボ効果をもたらすのは、「だまし」ではなくて、患者と医療者のよい関係と、医療行為や処方にたいする患者からの肯定的な意味づけなのです。
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by takumi429 | 2009-11-17 04:39 | 健康心理学 | Comments(0)

10 痛みの心理学

 痛みの心理学

痛みというのはそれ自体、治療すべき対象です。
しかし、以前の医学は患者の感じる痛みというものに対して鈍感でした。痛みは症状の1つであり、傷や病気が治れば痛みはなくなるものとされてきました。
 ここには、痛みというものは病気や傷が与えるダメージに対応している、という考えがあります。しかし、体のダメージと痛みとはかならずしも対応するわけではありません。極端な例を挙げるなら、もう無くなっている腕が痛む、「幻肢痛」という症状があります。痛みの研究が進んでくるにつれて、痛みはダメージに比例しているとは限らず、両者はかならずしも対応してわけでもないということがわかってきました。

 ゲート・コントロール理論
 痛みがダメージと比例するものでないことを説明する理論として登場したのが、ゲート・コントロール理論です。この理論によれば、痛みの伝達の途中(脊髄後角)にゲート(関門)があり、そこにさまざまな心理が働きかける。良い気分のときは、ゲートが閉じられ痛みは伝わりづらい、つまり「痛い」とあまり感じない。しかし、不安などの心理が働きかけるとゲートは開いて、痛みがおおく伝わり、結果として痛みを強く感じることになる、というのです。
 たとえば、戦争で傷を負った軍人はこれで故国に帰還できるという喜びから、重傷にもかかわらず、あまり痛みを感じないという報告があります。
 こうして痛みの知覚には心理が大きく働いていることが見えてきたのです。

 痛みの心理への影響
痛みに対して心理が大きな影響を与えることが明らかになってきました。では痛みが心理に与える影響はどうなのでしょうか。
 研究によれば、慢性的な痛みはその患者にネガティブな思考をもたらすことが明らかになってきました。また痛みへの不安がさらに痛みを増すという悪循環もあることがわかってきました。
こうして、痛みというのは、医学と心理学が協力して対応していかなければならいらない領域として立ち現れてきているのです。
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by takumi429 | 2009-11-17 04:38 | 健康心理学 | Comments(0)

9.ストレスと病気

ストレスと病気
現代においてストレスは大きなテーマとなっています。ストレスは免疫系の機能に影響するとも言われており、またストレスが直接病気を引き起こさなくても、病気の原因となる喫煙や飲酒量の増加、過食などをもたらたすことがあります。
ストレッサーとストレス
正確には、人が自分の心身の良好な状態を脅かすとみなした出来事を「ストレッサー」と言い、ストレッサーによってもたらされた状態が「ストレス」です。これらの出来事に対する反応を「ストレス反応」といます。つまり、ストレスとはストレッサーによって引き起こされ、その結果、不快な状況にうまく対処するためにストレス反応を生じさせるのです。
ストレスの生理学
生理学的には、ストレスは、自律神経(交感神経)を活性化し、(ノル)アドレナリンを放出させることを通じて、心拍数・血圧の上昇、呼吸速度の上昇、汗腺の活性化、胃腸系の活動低下などをもたらし、ストレッサーに抵抗するよう、体に準備させます。ストレッサーの脅威に対して、まず①抵抗を立ち上げる段階(警告反応期)、次に②抵抗し続ける期間(抵抗期)、最後に③疲れ果てて抵抗力がなくなる(疲労困憊期)の三つの段階を経るとされています。
ストレスの心理学
しかし、出来事がストレッサーであるかどうかはその人間の評価によってちがってきます。まずそれが脅威であるとみなすかどうか(一次評価)、つぎにその出来事にたいして、自分はどうやって対応できるか(二次評価)が大切です。つまり、その出来事を、「えらいこっちゃ」(脅威)と思うかどうか、次に「どうしよう」(対応)と思うかどうか、によってストレスになったりならなかったりするということです。こうしてストレスは環境と人間との相互作用から心理学的にとらえ直されます。このストレスへの対処方法(コーピング)もまた、焦点を環境に合わせるか、人間に合わせるよってちがってきます。つまり、「問題に焦点を合わせたコーピング」(状況を改善しようと努力する)と、「情動に焦点を合わせたコーピング」(自分の気持ちを落ち着かせたりする)の2種類があるのです(もちろん、両方の対処を同時にしてもいいのですが)。
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by takumi429 | 2009-11-17 04:37 | 健康心理学 | Comments(0)

8.性行動

性行動

20世紀になってから、性行動は、子作りのための手段としてではなく、快感をもつそれ自体目的とされる行為として研究されるようになりました。しかし最近では、性行動は、むしろ、妊娠と性病(とくにHIV)感染の危険(リスク)をもたらすものとして、このリスクとの関係から研究されることが多くなってきました。
妊娠とHIV感染を防ぐもっとも簡単な方法はコンドームの使用です。しかしマスコミのキャンペーンにもかかわらず、コンドームの正しい使用は若年層や同性愛者には十分には普及していません。
これまで心理学は、健康行動の変化を説明するのに、合理的に考える個人をモデルにしてきました。危険をちゃんと認識(認知)すれば危ないことはしなくなるはずでした。しかし性行動の変化は十分には起きていません。それはなぜなのでしょうか。
性行動はもともと2人以上の人間の相互作用行為です。そこでの行動(変化)を説明するには、個人の認識(認知)のあり方を、関係からとらえ直さなくてはいけません。心理学はそのために、個人が社会的世界をどのようにとらえているか、ということを説明因子に組み込んだ「社会認知モデル」というものを開発してきました。またセックスの相互交渉を調べるための質的な研究もするようになってきました。
しかし、セックスというものは、行為者双方の力関係にも大きく影響されています。たとえば、女性から避妊を求めることがむずかしい、という場合も多々あります。また、性行動が社会的にどのように語られているか、どのような規範があるのかにも大きく影響されています。女性には貞節を求めながら、男性の性的なだらしなさをよしとするような文化はいまだに多く存在します。性行動を理解するのは、こうしたより広い社会的な文脈を理解しなくてならず、そうした理解が心理学にも求められているのです。
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by takumi429 | 2009-11-17 04:35 | 健康心理学 | Comments(0)

7.エクササイズ(運動)

7.エクササイズ(運動)

エクササイズ(exercise)の普及
1960年代から、それまでスポーツエリートのものだった、エクササイズ(運動)が、フィットネス(fitness)ためのものとして多くの人がするようになりました。フィットネスとは、仕事や活動にふさわしい(適合的な)体になっていること、つまり、丈夫な「できる体」であること、さらにはそういう体になるための運動をさします。さらに最近ではそういう「引き締まった」体づくりだけのためでなく、心身の健康のために、さらに多くの人が、仕事とはべつに余暇時間に運動をするようになってきました。
エクササイズの恩恵
エクササイズは、心身の両面にご利益(ごりやく)があるとされています。まず身体面では、長寿をもたらし、冠動脈疾患をおさえ、脳梗塞の予防にもなるとされます。また
心理面では抑うつ(落ち込みdepression)予防にもなり、ストレスの緩衝剤にもなるとされています。さらにエクササイズは積極的な態度を増進し、自己イメージや自尊心を向上させる、と言われています。「運動している人たちは自分の体形や身体的健康により積極的な感情をもっており、このことが自尊心に寄与する」のです。
フィットネス文化の裏面
と、ここまで書いてきて、もし運動がうまく続けられなくて挫折したら、こういう人たちは逆にひどく自尊心をそこなうのではないだろうか、自分の体形に過剰な意識をもつために、自暴自棄的な拒食・過食におちいってしまうのではないだろうか、と心配になります。
現に、1980年代「ジェーン・フォンダのワークアウト」でエアロビクス・ブームを巻き起こした、女優ジェーン・フォンダは、じつは13歳から37歳まで摂食障害に苦しめられていました。フィットネスで摂食障害を克服したとも言えるかもしれませんが、私にはエアロビクス運動への熱中と拒食・過食の摂食障害は、じつはメダルの表と裏の関係にあるように思えてなりません。フィットネス大国のアメリカは同時に肥満大国でもあるのです。というわけで、ここは「無理のない適度な運動を!」というところにとどめておくことにしましょう。
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by takumi429 | 2009-10-07 20:46 | 健康心理学 | Comments(0)

健康心理学 6.食事行動

6.食事行動
どのような食事をどのようにするかということはいうまでもなく健康に大きな影響を与えます。心理がこの食事行動に対して大きく影響しているのは言うまでもありません。
 ところでこの食事行動で近年とりわけ問題になってきたのが、神経性食欲不振症(拒食症)と過食症です。
 拒食症の患者はしばしば自分が太りすぎていると考えています。女性の体の絵を使うと、拒食症の患者は、実際の自分よりもずっと太った体のイメージを自分の体として選びます。つまり身体のイメージが実際よりもずっと太い方へとゆがんでいるのです。
 さらにアメリカの大学生に、理想的な体型、魅力的体型、現在の自分の体型の三つを絵で選ばせるたところ、現在の自分の体型よりもずっとやせた体型を理想的かつ魅力的な体型として選びます。これに対して男性の場合、理想的体型、魅力的体型、現在の自分の体型はほとんど差がありません。
 なぜ女性の多くが自分は理想的で魅力的な体型に比べて太っていると考え、ゆがんだ身体イメージを持ってしまうのでしょうか。
 これにはやはりメディアの影響が大きいと考えられます。やせたモデルや女優ばかりが雑誌やテレビ・映画に出てくるために多くの女性は自分が太っていると思いこんでしまうのです(私自身の経験にてらしても、1960年代にツイッギーというやせたモデルが出てくるまで「拒食症」という言葉も事態も聞いたことはありませんでした)。またこうした身体への不満は母から娘へと受け継がれる傾向もあるようです。
 こうしたゆがんだ身体イメージからダイエットにはげむ女性も多くいます。じつはダイエットはその反動とも言うべき過食の原因になりがちであることが明らかになっています。つまり拒食症も過食症も体重を増やしたくないという病的な欲求がもたらすものだといえるのです。
 なにげなく今あなたが読んでいる女性雑誌はあなたたちに間違った身体イメージを植え付けるという意味で、じつはきわめて「有害な」図書なのかもしれないのです。
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by takumi429 | 2009-07-22 16:54 | 健康心理学 | Comments(0)

健康心理学 5. 喫煙とアルコールの依存症

5章 喫煙とアルコールの依存症

タバコが体に悪いこと、アルコールも度をはずして飲むのは体に悪いことは、誰でも知っています。でもなかなかやめることができません。こうしたやめられなくなっていることを嗜癖(しへきaddiction)と言います。17世紀にはアルコール中毒は、道徳心の欠如の現れとみなされました。19世紀でも根絶しなくてはならない病気とみなされ、20世紀でも嗜癖は健康とははっきりと区別される病気とされてきました。近年、嗜癖は社会的に学習された行動であり、他の行動となんらことなるものではない、という見方が出ています。
嗜癖には、①開始、②持続、③中止、④再開、の4つの段階があります。
 喫煙の開始には社会的な要因が大きく、特に親が吸っていることは大きな要因となります。飲酒は緊張を緩和しようとして飲み始め、その効果が続かせようと、量が増えていきます。
 これまで多くの研究は、中止はあらかじめ計画されゆっくりと進んでいく、としてきましたが、最近の研究は、中止は突然計画なしになされることを強調しています。
嗜癖を止めさせようと、医療や自助グループや公的機関が働きかけします。
 医療の働きかけには、嗜癖は中毒物質への耐性と依存によるものとして、それを医学的に治療しようとするアプローチがあります。また嗜癖を止めることを社会的に学習させようとするアプローチもあります。これには、①喫煙と飲酒に罰を与える、②罰を与えるだけでなく、うまく止めているときには報酬を与える、③飲酒・喫煙のきっかけをあきらかにする、④自己管理する、⑤これらの方法をミックスする、などの方法があります。
 公的機関の介入は集団を対象としており近年増加しています。これには、①病院に来た喫煙者たちへの医師の助言、②職場への禁煙の働きかけ、③コミュニティへの働きかけ、④禁煙と健康な飲酒を促す政府の働きかけ(広告の制限・禁止、値上げ、公共施設での喫煙禁止など)があります。
(まわりの人が煙草を吸いだしたり、いらいらがつのったりするなど)、また喫煙・飲酒を再開しそうになる危険な状況のとき、この状況にうまく対処できないと再開に陥ってしまいがちなのです。
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by takumi429 | 2009-07-21 00:40 | 健康心理学 | Comments(0)

4章 医療者と患者とコミュニケーション

患者が医者の指示に従うことを「コンプライアンス」と言います。コンプライアンスが向上するためには、患者が医者の説明や指示を(1)納得(理解)して(2)満足し、さらに(3)ちゃんと後まで覚えていること(記憶)が大切です。(2)とくに医師が患者の気持ちに配慮を示さなかったり、どうすればいいのかちゃんと適切に指示してくれなかったり、病気について十分な情報を与えてくれなかったりして、患者に不満が残ると、コンプライアンスは低下します。
しかし、コンプライアンス(患者が医者の言うことを聞くこと)というと、患者はまるで無知で、絶対の真理をにぎった医師の言うことを聞くべきだ、という感じがします。そのわりには同じ病気なのに、かかった医者によってずいぶん違うことを言うなあ、という経験をした人も多いのではないでしょうか。
医師は診断をする時、まず症状をみて、「これは○○病か××病じゃないだろうか」というふうに仮説を立てます。そのうえで、それが正しいか間違っているかを調べていって診断を下します。じつはこの仮説を立てるときに、医師それぞれがもつ思いこみ(信念)が影響します。しかもいったん「□□病じゃないか」と考えるとそれに都合のよいデーターは重視するけど、都合の悪いデーターは軽視するという傾向があるのです。
こうしてみると、圧倒的な知識量と権限の差があるとはいえ、医師と患者は、さまざまな信念(思いこみ)を抱え込みながら、病気に対する適切な行動を話し合いながら一緒に模索しているのだといえるでしょう。しかも慢性疾患や成人病などの場合、実際に行動するのは圧倒的に患者の方です。であるならば、患者が不満をもつことなく、納得して行動できるように、病気に関して十分な情報が与えられるべきでしょう。「ガン告知をしたらショック死した高僧がいた」なんていう根拠のない伝説による思いこみ(信念)で、患者に十分な情報を与えないことを正当化する、なんてことが、もはやあってはならないのです。
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by takumi429 | 2009-05-31 07:08 | 健康心理学 | Comments(0)

3.病気だという自覚(病識)

「さあ、治療だ」と勢い込んでいても、かんじんの病人が「自分は病気だ」と思ってくれなくては何もはじまりません(第一、そう思わなければ、病院にもクリニックにも、そもそも薬局にも来てくれません)。「自分は病気なんだ」と人が思うことを「病気の認識」(病識)といいます。
人が「自分は病気だ」と思う時には、同時に次のことを考えています。①「・・病」という病気なんだ(同定)、②これは・・・のせいでなったんだ(原因)、③これは長引く、または、すぐ治る(時間軸)、④この病気のせいでどういうことになるのか(結果)、⑤どうやったら治る(おさまる)のか(治癒・コントロール)。
つぎに、病気という問題の解決は、(1)解釈:自分の症状を病気と解釈する、(2)対処:この病気に対処する、(3)評価:治ったかどうか判断して、治ってなければ治療を継続したり変えてみたりする、という三つの段階を経ることになるでしょう。
(1)解釈と(2)対処についてさらに見てみましょう。
(1)解釈、つまり自分は病気だという解釈は、そのひとが、①どんな気分でいるのか(ムード)、②体のことにどう敏感になっているか(認知)、③どんな病気を重視する文化に属しているのか(環境)によってちがってきます。
また、(2)病気への対処(コーピング)には次の三つからなっています。
まず①自分は病気なのだという評価を下す。つぎに、②そのためにしなくてはいけないことをする、これには、病気関連のこと(病状の対処・治療から生じることの対処・医療者と関係をとり維持すること)と、一般的なこと(気持ちの維持、・自分というものを失わないこと、家族や友人との関係を維持、将来への準備)とがあります。そしてまた、③対処の技術。これには三つの方向があります。すなわち、病気の評価する・病気という問題を解決する・気持ちをなんとかする、の三つです。
べつの言い方をするならば、人は、病気という重大で深刻な事態のなかで、(1)どうしてこんなことになってしまったんだろうと考え(意味を求め)、つぎに(2)どうやったらこれを治めることができるかを考え、そうやって(3)より強い自分というものを獲得していくことで、立ち直っていくのです。
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by takumi429 | 2009-04-04 04:26 | 健康心理学 | Comments(2)