カテゴリ:社会学入門( 16 )

講義計画(改)

近代(現代)とは何か

1資本主義としての近代---マルクス---
 プロレタリアート(労働者)とブルジョワ(資本家)
 使用価値と交換価値
 
2.ゲゼルシャフト化としての近代---テンニス---
  社会幾何学(ホッブス)の継承としてのゲマインシャフト論
  伝統社会の瓦解と社会の再構築
 ゲマインシャフト/ゲゼルシャフトという差異の形成運動としての近代

3.逆説としての近代---ヴェーバー---
 プロテスタンティズムの倫理の逆説的帰結としての資本主義の精神
  倒錯した形式合理性の支配拡大としての近代
 ルカーチ 物象化論
 (『貨幣の哲学』へのヴェーバーの書き込み』)
 
4.遊歩者の近代---ジンメル、ボードレール、ベンヤミン---
 交換価値の世界
 貨幣の担い手として商品の世界を遊歩する人々

5.欲望の喚起装置としての近代---ゾラ、デュルケーム---
 ゾラ『ルーゴンマッカール叢書』
  欲望の装置としての鉄道、百貨店、炭坑、市場、レビュウー、投機市場・・・
 デュルケーム 
  アノミー論:欲望の逸脱的増大
   
  逆立ちしたカント主義
 
6.臣民化と規律化としての近代---アルチュセール、フーコー---
 近代とは個人を呼びかけ、主体(臣民)とし、その欲望を喚起しながら巻き込む管理していく権力が作動する時代

7.フロンティアの喪失としての近代---アメリカ社会学--
パーソンズ 
フロンティアの喪失による競争の激化を相互の役割を受け入れることで克服する社会
マートン
 アノミー論
  アメリカン・ドリームの功罪をアノミー論として展開
エスノメソドロジー
  既存の文化目標もそれへの手段も否定する(反抗する)若者たちの出現

8.公共性の変容としての近代---アーレントとハーバーマス---
  アーレント;近代とは、活動(語り演じる)世界=明るい公的空間が浸食された、暗い時代である。
  ハバーマス;システム的世界の生活世界への浸食

9.コミュニケーションの変容としての近代---オングとフルッサー---
 オング
 近代:話言葉から書き言葉への移行
 フルッサー
 画像→文字テキスト→テクノ画像
 マクルーファン

10.ナショナリズムとしての近代---アンダーソン---
 メディアなどにより作られた人造物(ナショナリズム)によって人々は想像の共同体(国民国家)を形成する。

11.世界システムとしての近代とグローバル化の現代---ウォラーシュテイン---
 世界が一つのシステムとなり、そのなかで各国は中核、周辺、半周辺の役割を演じている。
 グローバル化する世界---コーエン+ケネディ

12.社会関係の希薄化として現代---トクヴィルからパットナム 
 フランス人による民主主義の発見
 イタリアの地方自治をささるもの:ソーシャル・キャピタル(社交資産)
 「一人でボーリングにいく」:アメリカ合衆国のおけるソーシャル・キャピタルの減退
 ご近所の底力 

13.文明の接近としての近代  エマニュエル・トッド
 歴史人口学と家族類型論からみた近代

14.リスク社会としての現代---ベック---
 外部の喪失としての現代:外部から取り入れ捨てていた近代の産業社会から、自己の内部へと危機を増幅させる再帰的な近代(危険社会)へと移行した。

15.液状化する社会としての現代 バウマン
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by takumi429 | 2011-06-20 04:39 | 社会学入門 | Comments(0)

0.近代とはなんだろうか(講義計画)

近代(現代)とは何か

1資本主義としての近代---マルクス---
 プロレタリアート(労働者)とブルジョワ(資本家)
 使用価値と交換価値
 
2.ゲゼルシャフト化としての近代---テンニス---
  伝統社会の瓦解と社会の再構築
 ゲマインシャフト/ゲゼルシャフトという差異の形成運動としての近代

3.逆説としての近代---ヴェーバー---
 プロテスタンティズムの倫理の逆説的帰結としての資本主義の精神
  倒錯した形式合理性の支配拡大としての近代
 ルカーチ 物象化論
 (『貨幣の哲学』へのヴェーバーの書き込み』)
 
4.遊歩者の近代---ジンメル、ボードレール、ベンヤミン---
 交換価値の世界
 貨幣の担い手として商品の世界を遊歩する人々

5.欲望の喚起装置としての近代---ゾラ、デュルケーム---
 ゾラ『ルーゴンマッカール叢書』
  欲望の装置としての鉄道、百貨店、炭坑、市場、レビュウー、投機市場・・・
 デュルケーム 
  アノミー論:欲望の逸脱的増大
『宗教生活の原初形態 』
   逆立ちしたカント主義
    カントの認識図式をすべて社会から説明する。 
    cf. メルロ・ポンティ『身体の現象学』 カントの図式をすべて身体から説明する、
 
6.臣民化と規律化としての近代---アルチュセール、フーコー---
 近代とは個人を呼びかけ、主体(臣民)とし、その欲望を喚起しながら巻き込む管理していく権力が作動する時代

7.フロンティアの喪失としての近代---アメリカ社会学--
パーソンズ 
フロンティアの喪失による競争の激化を相互の役割を受け入れることで克服する社会
マートン
 アノミー論
  アメリカン・ドリームの功罪をアノミー論として展開
エスノメソドロジー
  既存の文化目標もそれへの手段も否定する(反抗する)若者たちの出現

8.公共性の変容としての近代---アーレントとハーバーマス---
  アーレント;近代とは、活動(語り演じる)世界=明るい公的空間が浸食された、暗い時代である。
  ハバーマス;システム的世界の生活世界への浸食

9.コミュニケーションの変容としての近代---オングとフルッサー---
 オング
 近代:話言葉から書き言葉への移行
 フルッサー
 画像→文字テキスト→テクノ画像

10.複製可能芸術の時代としての近代---ベンヤミンから「アメリ」へ
 オーラの喪失 異化理論(ブレヒト)
 モンタージュ理論
 視覚的無意識の発見(見えない「本当」) 荒木経惟
 集まられた写真(ホロコーストの記憶) ボルタンスキー
 編集による人生の語り直し (「アメリ」)
  
11.ナショナリズムとしての近代---アンダーソン---
 メディアなどにより作られた人造物(ナショナリズム)によって人々は想像の共同体(国民国家)を形成する。

12.世界システムとしての近代とグローバル化としての現代---ウォラーシュテイン---
 世界が一つのシステムとなり、そのなかで各国は中核、周辺、半周辺の役割を演じている。
 グローバル化する世界---コーエン+ケネディ

13.社会関係の希薄化として現代---トクヴィルからパットナム---
 フランス人による民主主義の発見
 イタリアの地方自治をささるもの:ソーシャル・キャピタル
 「一人でボーリングにいく」

14.貧困と非公正にあえぐ現代 厚生経済学と正義論
 厚生経済学の非情
 公正としての正義(ロールズ)
 福祉の経済学(セン)

15.外部の喪失としての現代---ベック---
 外部から取り入れ捨てていた近代の産業社会から、自己の内部へと危機を増幅させる再帰的な近代(危険社会)へと移行した。
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by takumi429 | 2011-06-07 17:56 | 社会学入門 | Comments(0)

1.講義・社会学入門

<社会学入門>のカテゴリでは以前大学でした「社会学入門:近代とは何だろうか」の講義をアップしていくことにします。

社会学入門 近代とは何だろうか。

1.社会学とはなんだろうか。
(1)社会学の非体系性
社会学とはなんだろうか?
「社会学」という名前を聞いて、私たちはすぐにそういう疑問に駆られます。
これが法学や経済学などであったなら、これほどの疑問はわいてこないでしょう。それはそれぞれ、法と経済を扱う学問に決まっているからです(もちろんそこから先は案外むずかしい関門が待ちかまえているのでしょうが)。
ところが「社会学」と聞いても私たちには何の具体的なイメージも湧いてきません。社会を扱う学問というなら、「社会科学」という、法学も経済学もその中にふくまれるような大きな学問の総称があります。あえて「社会学」というからには何か意味がありそうです。
しかたなく私たちは社会学の教科書を手に取ります。そこでは人間が文化を学びながら家族の中で成長して世の中にでてさまざまな活動の従事したり、そこから外れたりすることが、さまざまな社会領域について書かれています。そこから受ける印象はきわめて散文的のものです。
我慢強い人は社会学の古典とされる作品を勧められて手に取ることでしょう。そこで受ける印象は教科書とはまるで異なったものでしょう。確かにおもしろい、しかしこれが教科書でならった社会学とどう関係しているのかわからない。というよりそれぞれの作品がばらばらに存在していて、いっこうに関連しあっていないのにきづくことでしょう。
実は社会学の主要な業績は相互に密接な関連を持っていないことが多いのです。教科書をよく読むと、実はいろいろな学者のさまざまな業績がつなぎあわされているだけのことがわかります。

(2)社会学は落ちこぼれが作ってきた
なぜこんなことになってしまったのでしょうか。
それはじつは社会学の重要な業績をつくった学者たちが、じつは社会学なんてものを学んだこともない部外者だったからなのです。
こころみに、社会学の巨人と呼ばれる人とその出身学問を列挙してみましょう。
テンニースは古典言語学、ヴェーバーは法律学、ジンメルは哲学、デュルケームも哲学、
パーソンズは経済学、ハバーマスは哲学、の出身です。これら文句なく社会学の著名な学者とみなされている学者が、じつは学生時代に社会学なんて勉強していなかったのです。ところが自分の研究をしていくうちに、もともとの学問の枠を飛び出して、悪く言えば、落ちこぼれて社会学者になってしまったのです。つまり社会学は既存の学問からの落ちこぼれが作ってきたという歴史があるのです。
(ちなみに、社会学出身の著名な学者としては、マートン、(それから最近ではベック)という人がいますが、巨人と呼ばれるにはすこし粒が小さいように思います)。
社会学の主要な業績はこうしたよそ者の業績をのけると、ほとんど残りません。つまり社会学というのは、じつは、一個の学問として内在的に発展してきたのではないのです。他の学問領域をしている学者がその領域に収まらなくなって飛び出し、その業績が「社会学」と名付けられているだけといっても過言でないのです。
 ですから「社会学」というのは名の下にこれらの学者の業績がくくることができるとしたら、それは内容のつながりや共通性によるのではありません。では何が、これらの学者に共通なのでしょうか。

(3)「社会学」という名の問題意識
社会学の巨人が既存の学問枠組みを飛び越えざるをえなかったのはなぜか。その理由は彼らがかかえた問題意識にあります。彼らは、既存の学問枠組みで収まりつかない問題意識を抱えてしまったのです。それは、今自分が生きているこの時代、あるいは社会と言ってもいいですが、それはいかなる時代(社会)かという問いです。彼らはこの問いに答えるにあたって、自分がその社会(時代)の中に生きているときにわき上がってくる、違和感や肌触りを捨て去ることができませんでした。そうした時代と社会についての自分の心情を切り捨てずに、むしろ生かした形で時代と社会をとらえようとし、その結果、既存の安定した学問の枠を踏み越えざるをえなかった、そういう人たちなのです。
 つまり彼らには共通した問題意識がありました。すなわち、自分を取り巻く社会はどのように変わってきたのか、またこれから変わっていくのだろうか、という問いです。いいかえれば、自分を取り巻き支配しているこの時代(近代あるいは現代)とはいかなる時代なのかという問いです。これをひとまず、「近代とは何か」という問いとしてまとめることにしましょう。
 極言すれば、社会学には共通した体系だった内容などないのです。あるのは共通の問い、つまり、今自分が生きているこの社会とはどんな社会であり、それはどう移ろい行くのか、という問いなのです。
 ですから社会学の諸業績を振り返るためには、内容の共通性や体系的な連関からみるのでなく、この「近代とは何か」という問いに、これまで社会学者はどのように答えてきたのか、という観点からこそ振り返る必要があります。というより、そこにしか社会学者たちの共通性はないからです。

(4)講義の方針
ですから、この講義では、「近代とは何か」という問いにどのように答えているか、それによって社会学の古典的作品を見ていくことにします。また「近代とは何か」という問いに答えている業績ならば、一般には社会学者とみなされていない者の作品も見ていくことにします。具体的には、ボードレール(詩人・評論家)、ベンヤミン(文学者)、ゾラ(作家)、マクルーハン(文学者、メディア論者)、アンダーソン(東南アジア研究者)、の作品も見ていくことにします。
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by takumi429 | 2011-01-01 00:01 | 社会学入門 | Comments(0)

2. ゲゼルシャフト化としての近代 テンニース 

2.ゲゼルシャフト化としての近代 テンニース 


1.個体発生 は系統発生 を繰り返す(ヘッケルの反復説)
上京青年の経験
 親身な、しかし暑苦しくもある故郷の街から冷たい大都会へ
 カラスが舞い降りる朝、「ランチ」としか言わない一日、コンビニだけが救いの毎日
この個人的な経験は私だけのものだろうか。
ひょっとしたら社会のみんなが経験していることではないのか。
そう考えたとき、私たちはテンニースの『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』という著作に出会うことになる。

2.『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』
テンニースによれば、
ゲマインシャフトとは肉親・家族や古くからの町などことであり、そこでは親身な関係が支配している。それに対して、ゲゼルシャフトとは、会社や大都会のような、欲得ずくの関係が支配している人びとの集まりである。

人間が作る結合体の二類型:
ゲマンシャフト:本質意志による 有機的な(organish) 結合体
ゲゼルシャフト:選択意志による 機械的な(mechanish) 結合体
本質意志:思惟をふくむ意志、生の統一性原理
選択意志:意志をふくむ意志そのものの産物
「思惟された目的すなわち追求されるべき対象とか望まれた事象によって、つねにまず尺度が与えら得れ、この尺度にしたがって、企画されるべき活動が規定され、方向を与えられる。否それどころか---完全な場合には---目的に関する考えが、他の一切の考えや、思慮、したがって任意に選択される一切の行為を支配するのである。これら一切の思慮や行為は、目的に役立ち、目的に通ずるものでなければならない」(196頁)。

私はゲマインシャフトの人間関係からゲゼルシャフトの人間関係の社会へと出てきたわけである。

3.『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』の成立
資本主義が支配的になるにつれて社会関係も商品による売買の関係となり、人間関係も計算尽くの関係になってくる。
マルクス 資本主義 
「封建制度の後を継ぐ人類社会の生産様式、商品活動が支配的な生産形態となっており、あらゆる生産手段と生活資質とを資本[もとで]として所有する有産階級(資本家階級)が、自己の労働力以外に売るものをもたない無産階級(労働者階級)から労働力を商品として買い、その価値とそれを使用して生産した商品の価値との差額(剰余価値)を利潤として手に入れるような経済組織」
ホッブス 市場社会の社会幾何学
「万人の万人に対する戦争状態」(=所有的市場社会)
「所有的市場社会と呼ぶことによって私は、慣習や身分にもとづいた社会とのコントラストにおいて、仕事とか報酬とかの権威的割り当てのない社会を意味し、また市場で自分たちの生産物だけを交換する独立した生産者たちの社会とのコントラストにおいて、生産物と同様に労働にも市場が存在する社会を意味する。もし所有的市場社会の単一の基準が求められるならば、それは人間の労働が一個の商品であるということ、すなわち、人間のエネルギーや技術は彼自身のものであっても、彼の人格 (personality) の不可欠な部分とみなされるのではなくて、所有物として、その使用と処分は彼がある価格で他人たちに自由に手渡すことができるものとみなされるということである。私がそれを所有的市場と呼んだのは、完全に市場的な社会のこの特徴を強調するためである。所有的市場社会はまた、労働が一個の市場商品となった場合、市場関係がすべての社会関係を形成しもしくはそれに浸透するので、それはたんに市場経済ではなくて市場社会と呼ばれるのが適当であるという意味も含んでいる。」(マクファーソン『所有的個人主義の政治理論』60頁) 

テンニースはマルクスの資本主義論とホッブスの市場社会の社会幾何学を結合させて、ゲゼルシャフトの理論を構築した。そのうえで、それと対置されるべきゲマインシャフトの理論を、人間の本質意志から構築した。

資本主義化による社会の混乱を、資本主義=市場社会の原理とはことなる社会の構成原理(本質意志によるゲマインシャフトの関係)を提示することで、解決しようとした。

4.差異の形成
故郷は大都会から見るとき美化される。しかし現実の故郷は、それなりに世知辛いものだったりする。「故郷は遠きにありて思うもの」
ゲマインシャフトというのはじつはゲゼルシャフトの関係が支配的になることによってうまれてきたのではないのか。
たとえばゲマインシャフトの代表としてあげられる家族はきわめて融和的な関係にとらえられているが、実際にはもっと計算づくの関係ではなかったのか。愛情によって家族をとらえようとするのはきわめて近代的な発想ではないのか。
テンニースが掲げる、ゲマインシャフト/ゲゼルシャフトという差異じたいが、じつは資本主義化の運動によってもたらされたのではないか、と思われる。そしてこのゲマインシャフト/ゲゼルシャフトという差異がもつ、いわば温度差が、資本主義のエネルギーとなっているのではないか。ちょうど親密性が支配する家族が市場的な資本主義関係を補完するものであるように。近代という時代は、計算尽くの関係を生み出すと同時に、計算尽くでないような欲得なしの親密な関係を生み出す。計算尽くの関係は計算尽くでない関係に補完されつつ存在しているのではないのか。

5.差異の消失:近代から現代へ
故郷に帰った私を待っているのは、東京と変わりばえしない安っぽい駅前の風景。故郷の人びとは車を飛ばし、カラオケに興ずる。美しかった田畑は休耕地となって雑草だらけ、魚が群れていた川は護岸工事のために排水路のようになり、裏山には産業廃棄物が山積みになっている。父の遺産のもとは二束三文だった山の土地はリゾート開発で高騰し、一家の者はそれを奪い合う。都会の我が家に帰ってみれば、そこはばらばらの食事と互いに向き合うことのないテレビ・ラジオ受信の場になっている。
 今日、顕著になっているのは、計算ずくの世界に疲れた我々が帰って行くべきとされ
た世界、ゲマンインシャフト的な世界が、次々と浸食され崩壊していく風景である。
 もはやゲゼルシャフトはゲマイシャフトの外部(他者)として存在するのではない。
ゲマンインシャフト的世界はゲゼルシャフトによって浸食され崩壊ししつある。
 二項対立の差異により維持された近代そのものが徐々に自らの足もとを堀崩してい
くというのが現代の基調であるように思われる。 
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by takumi429 | 2010-12-30 12:04 | 社会学入門 | Comments(2)

3.逆説としての近代 ヴェーバー(1)

3. 逆説としての近代 ヴェーバー(1)

1.マックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』
(マルクスのいうような)資本主義が成立するためには
①たえずもうけ(利潤)を資本として再投下するような(禁欲的な)資本家と
②その資本家のもとで文句もいわず働く勤勉な(禁欲的な)労働者とが
現れなくてはいけません。
 ではこうした禁欲的な資本家と労働者はどのように現れたのでしょうか。
 この問題に答えようとしたとき、私たちはマックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』という著作に出会うことになります。
 まずこの著作の内容をみていく前に、この作品がどのような問いかけに支えられていたかをみていくことにしましょう。

(1)異化する問い(あたりまえを疑う)
この著作のはじめの方で、ヴェーバーは、つぎのような金儲けに精を出す資本家への問いかけ(自問自答)を提示しています。
「休みなく奔走(ほんそう)することの『意味』を彼ら(「資本主義精神」にみたされた人々)に問いかけて、そうした奔走のために片時も自分の財産を享受しようとしない態度は、純粋に現世的な生活目標から見ればまったくの無意味ではないかと問うとき、彼らは、もし答えうるとすれば、『子や孫への配慮』だと言うこともあるだろう。しかし、より多くは、---『子や孫への配慮』という動機は、明らかに彼らだけのものでなく、『伝統主義的』な人々にも同様にあるのだから---より正確に、自分にとっては不断の労働を伴う事業が『生活に不可欠なもの』となってしまっているからなのだ、と端的に答えるだろう。これこそ彼らの動機を説明する唯一の的確な解答であるとともに、事業のために人間が存在し、その逆でない、というその生活態度が、[個人の幸福の立場からみると] まったく非合理的だということを明白に物語っている。」(Archiv 54/RS・30/訳79-80頁。()は引用者挿入、[ ] は改定時(1920年)の加筆)。
 この引用を問答形式に書き直してみよう。
「なぜ楽しむことを知らずにそんなに休みなく働いているのです?」
「子どもたちに財産を残すためですよ。」
「でもそれは昔の人たちでも考えたことですよ。でも彼らはずいぶんのんびりと生活を楽しんでいきていました。決してあなたのようにあくせくと働いてはいませんでしたよ。」
「ええ、なるほどそうですね。」
「じゃ、なぜそんなに働くのですか。」
「まあ、働かずにはいられない、働いて事業を続けることが生活の不可欠なものになっているとでもいうですかね。」
「それじゃ、あなたという人間のために事業があるのではなく、事業のためにあなたは存在する、というわけですね。」
「まあ、そういうことになりますかね。」

 私たちがすっかりなじんでいる(同化している)ものを奇妙でよそよそしいものものに変えることで、それをはっきりと見えるものにすること、こうした技法を、芸術論では「異化」と言います。ヴェーバーはいわばこの「異化」の手法を用いて、日常当たり前に仕事に精出す資本家のあり方が、「人間のために事業があるのでなく、事業のために人間がいる」というきわめて倒錯したものであることをあばきたてるのです。
 日常のきわめて当たり前で理にかなったと思われる生活に潜む倒錯(非合理)。それをかぎ当てるヴェーバーの視点は特異なものだ。この視点をヴェーバーが得たのは、じつは彼自身が禁欲的な学者として勤勉に励んだあげくに精神的に疲れ果てはらゆる社会的地位を失うという経験をしたからにほかならないのです 。 
 この論文はこうした資本主義の精神に慣れっこになりそれに浸りきっている人びと、すなわち現代の私たちの倒錯した生活のあり方がどのように生まれたかを説明しようとする論文なのです。

(2)「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」あらすじ                            
 第1章 問題の提示
 第1節 信仰と社会階層
統計をみると、資本主義に参加することと、プロテスタント(新教徒)であることとの間にプラスの相関関係があります。この関係に対して、一般的にはつぎのような説明が考えられます。(1)経済発展が改宗を引き起こした、(2)少数派は経済に専念する、(3)プロテスタントは世俗的だから、(4)営利活動の反動で宗教に向かった。しかしこれらの説明に対しては、(1)むしろ宗教性が経済志向を決定しがち、(2)ドイツではカトリックの方が少数派、(3)プロテスタントはむしろ非世俗的だった、(4)プロテスタントでは事業と信仰が仲良く同居していた、という反論が成立します。そこでむしろ、一見水と油のようにみえる、資本主義参加とプロテスタントであることが、じつは「親和的関係」(相性のいい関係)にあり、プロテスタンティズム(新教)から資本主義への参加、がじつは説明できるのではないか、と考えられます。それをこれから考察していくことにします。

 第2節 資本主義の「精神」
まず「資本主義の精神」を体現している思想として、フランクリンの思想を取り上げます。そこにみられる精神は、営利による資本の増大を自分の倫理的な義務とみなすような精神です。この精神はフッガーのような単なる金銭欲とはちがう、ある種の倫理性をもっています。
 この「資本主義精神」は、これまでどうり生きていければ良いする「伝統主義」とは対立します。ゾンバルトは経済の基調を、(1)「欲求充足」と(2)「営利」とに分けています。しかし営利活動が伝統主義によって営まれていることもあります。ですから「資本主義精神」は経営組織のあり方から自然に生まれるものではないのです。むしろこの精神が入り込むと、(私の叔父の例にみられるように)経営組織の形態が同じでも、劇的な変化がもたらされます。
 この精神はよく問うとみると、じつはきわめて倒錯的で非合理的です。けっして世俗的な目的を追求する合理性からうまれたのとは思えません。ではこの、営利活動を倫理的義務、すなわち「天職Beruf」とみなすような思想はどこにその源泉をもつのでしょうか。

 第3節 ルッターの天職概念
営利活動での資本増大を「天職」とみなすこの思想は、世俗の労働を「天職Beruf」と訳したルッターの宗教改革の精神に由来します。つまり彼は修道僧にしか通用しなかった「天職」の論理を世俗の仕事に適用したのです。しかし世俗労働を「天職」とみなすだけでは、「資本主義の精神」がもつ、資本の増大をたえず求める、あの駆り立てられるような心のありかたは生まれてきません。絶え間ない資本の増大へひとびとを駆り立てた起動力(Antireb)はどこにあったのかを知るために、プロテスタンティズムの禁欲思想にわけいることにしましょう。

 第2章 禁欲的プロテスタンティズムの天職倫理
 第1節 世俗内的禁欲の宗教的基盤
禁欲的プロテスタンティズムの、主な担い手は、(1)カルヴィニズム、(2)敬虔派、(3)メソジスト派、(4)再洗礼派系の教派、に分けられます。
 とりわけ(1)カルヴィニズムの「予定説」、すなわち、人は救いと滅びのどちらかに予定されており、それは変更不可能であるという教えは、決定的な影響力をもちました。ピューリタン革命時のイギリスでまとめられた「ウェストミンスター信仰告白」にはこの教えが明記されていることからも、この教えが一般信者にとっても周知の教えだったことは明らかです。自信のない一般の信者が、救いに予定されていることの「証し」を求めるのは無理もないことでした。ルッターは世俗の労働も神から与えられた「天職」とみなしてよいとしていました。ですから修道院でおこなわれた合理的な禁欲的主義で世俗の労働を行うことが可能になっていました。カルヴァン派の人々はこの合理的・禁欲的な世俗の労働で「神の栄光」を増大させることに「救いの証し」を見いだそうとしました。
 こうした傾向は(2)敬虔派、(3)メソジスト派でも同様でした。ただ両派では感情的側面が強く、その分だけ合理的な禁欲が弱まっています。
 (4)再洗礼派系の教派の教義はこれとはちがいます。彼らは心正しき者だけから構成された「教会」を作り上げようとしました。心正しさは精霊がその者に宿ることで証明されます。ですから精霊が宿るのを妨げるような、人間の本能的で非合理的なものを克服しようとしました。その結果、合理的な禁欲主義をめざすことになったのです。
 こうしていずれの宗派の信徒も、神に召命された者であることの証しをもとめて、合理的で禁欲的な世俗労働へと駆り立てられたのです。

 第2節 禁欲と資本主義精神
プロテスタントでは牧師が信徒の相談にのり指導することを「司牧」(Seelsorge)といいます。ここでは、この司牧の活動からうまれた神学書、とくにバクスターの書いたものをとりあげます。この司牧(魂のみとり)は宗教的な教えが日常生活へ影響する際の仲立ちの役割をしているからです。
 プロテスタント、とくにカルヴェン派、の司牧では、「救いの証し」とされる「神の栄光」の増大は、有益な職業労働から生まれるとされました。そしてその職業の有益さは、結局、その職業がもたらす「収益性」(どれだけ儲かるか)で測かることができるとされるようになりました。しかも楽しみ事は徹底的に否定されました。その結果、儲けても、楽しみに使わず、さらに営利活動に投資してどんどん利潤を追求していくことが宗教的に奨励されたのです。しかもそうした経営者のもとには、仕事を「天職」とみなして必死になってはたらく勤勉な労働者さえも与えられたのです。
 しかし富が増大するにつれて宗教心はうすれていきます。その結果、フランクリンにみられた、倫理的ではあるが宗教色の消えた「資本主義の精神」、つまり営利による資本の増大を自分の倫理的な義務とみなす精神が生まれたのでした。
 こうしてつぎのことがあきらかにされました。すなわち、資本主義を構成する要素のひとつである、「天職」という考えのうえにたつ合理的な生活態度は、ルッターの「天職Beruf」という考えを前提にしてプロテスタント(新教徒)がみずからの「救いの証し」を合理的な禁欲で追求したことから、もたらされたのです。
 しかし現代においては資本主義はすでに自律的な自動運動をしており、もはやそれを生み出した精神の支えを必要とはしていません。私たちは、生命のない機械と生きている機械(官僚制)の運動のただ中に、巻き込まれていくばかりなのです。

(3)内容の再整理
 さてこうして「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」のあらすじをのべたわけですが、ここでもう一度この作品の内容を整理しなおしてみましょう。
 この著作はしばしば西洋的合理化を述べた作品であるかのごとく語られます。しかし内容を要約すると、解明はおもに経済的な側面に向けられていることがわかります。
 社会の主流である経済体制が、「欲求充足」の経済体制から「営利」中心の資本主義体制に移行する。その移行、あるいは転換はどのように起きたのか、それにたいする宗教の働きが問題とされています。
 「欲求充足」の経済に適合的なのは「伝統主義」とよばれる、これまで通りの生活ができればいいとする精神です。それに対して、「営利」活動が中心となった資本主義は、もちろん伝統主義によって営まれることはあるにせよ、やはりそれに適合的なのは営利を自己目的とした「資本主義の精神」です。
 しかしこの「資本主義の精神」はそれ以前の「伝統主義」からは生まれたとは考えられません。伝統主義が「今生きてあること」(dasein)を大切にするのに、「資本主義の精神」は現在を犠牲にして果てしない彼方にあるものへ向かって駆けていく、そうした倒錯した精神だからです。
 そうした精神の由来を、ヴェーバーは修道院の禁欲主義に求めます。世俗を離れ、ただ神のみを想い、厳しい労働によって自分たちばかりか俗人たちの救済を作り上げていた修道士の活動の論理。この論理はどのように世俗へともたらされたのでしょうか。
 神からの呼びかけによって与えられた使命としての職業(Beruf) はそれまで、聖職のみに限定されていました。ですから修道僧の禁欲もあくまでも世俗の外の修道院に限定されたままでした。
 しかしルッターが、世俗の一般の仕事も、神からのお召しによる「職業」であるとみなしたことで、この修道院だけにあった禁欲主義は世俗へともたらされました。ちょうどレールを切り替えることで電車が引き込まれてくるように、禁欲主義は世俗の労働に適用可能になりました。
 その意味で、ルッターはレールを切り替える人、つなわち「転轍手」であるわけです。
 しかし世俗の仕事が「職業=使命」とみなされるだけでは、あの追いたれられるような、強迫的な労働は生まれません。
 それをもたらしたのは、カルヴァン派の宗教カウンセリング(「魂のみとり」)でした。彼らの「魂のみとり」(司牧)では、業績とか収益が「救いの証し」であるとみなされました。その結果、自分が救いに予定されているか不安な平信徒は、「救いの証し」をもとめて、いまや聖職と同格の「職業」と見なされるようになった世俗的労働にまい進することになったのです。
 図にまとめると次のようになるでしょう。

修道院の禁欲--┐転轍
            ↓
伝統主義-→× 資本主義の精神   
∥        ∥ (適合)
欲求充足----→営利

 ルッターの転轍       :仕事を「職業=使命」とみなす
         「意味連関」:修道僧の禁欲的労働の論理が世俗労働をつかむ
 カルヴァン派の「魂のみとり」:収益を「救いの証し」とみなす 
         「感情連関」: 不安→証しの追求 心理的起動力が生まれる
 
ルッターの転轍により、世俗労働=「職業」とルッターがみなしたことにより、修道院の禁欲の論理が世俗の労働をつかみます。人々は日常の仕事を、神から与えられた、神の意にそった「使命」としてはげみます。つまりあたらしい意味の連なり(意味連関)が世俗の労働をとらえたのです。
 カルヴァン派の魂のみとりは、収益・業績=「救いの証し」とみなしました。不安にあえぐ人たちは「証し」を求めて仕事(職業)にまい進しました。こうして禁欲的な労働の心理的な機動力がうまれたのです。収益をあげても救われるわけではありません。しかし一般の信徒は心理的に収益をあげて安心したいと思ったです。つまりここでは目的-手段の連関があるのではなくて、不安から労働するという、心理的な連なり(感情連関)があるわけです。
 くり返しになりますが、ここでは二つの「解釈がえ」があったわけです。
 ルッターは日常的な労働が「転職」として解釈しなおしました。その結果、聖職者の世界と俗人の世界の区分の廃絶され、聖職者(修道士)の論理が俗界への侵入してきました。しかしそれだけでは社会資本主義へ転換するには不十分でした。
 カルヴァン派では収益・業績が「救いの証し」と解釈されました。その結果世俗的労働にまい進する心理的機動力が生まれました。そうして、伝統主義が支配していた経済は、資本主義が支配する経済システムへと移行したのです
 つまり、伝統主義と結合していた伝統主義的経済(単純再生産)を、宗教的な合理的禁欲思想が捉える。その帰結として、伝統主義的経済システムから資本主義的経済システムへの移行がうまれたのです。
 ここでは新しい社会科学のアプローチが生まれています。つまり行為をする人間がその行為をどのような意味づけをしているのか、その意味づけをちゃんと解釈し理解することで、その行為はどのように社会を作り上げていく、あるいは社会を変革していくのかを説明しようとするアプローチです。これがヴェーバーの「理解社会学」というものなのです。(ヴェーバーはとりわけ後者の社会変革の方に関心があったように思われます)。
 
 さてヴェーバーは『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』はプロテスタントの禁欲主義という、一見正反対のものから資本主義の精神が生まれたことを明らかにしました。それは彼の言い回しを使えばまさに「意図せざる結果」だったのです。ヴェーバーの発想は、資本主義を語る場合にも欲望や消費のだんだんに増大していくというような他の論者の発想とは異なります。いったんそれとは正反対の禁欲というものが張り込むことによって資本主義の発展は促進されたというのがヴェーバーの考えでした。ヴェーバーによれば近代とはこうした逆説的な逆転によってもたらされたのです。一見正反対なものがその発展をもたらす。惑星がいったん逆行してから順行していくようにヴェーバーのとらえる歴史発展は、ある傾向が順調に拡大発展していくのでなく、いわば逆説的な逆転が常にはらまれているのです。
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by takumi429 | 2010-12-15 01:59 | 社会学入門 | Comments(0)

4. 逆説としての近代 ヴェーバー(2)

補足:逆転の構図 言及された小説から
 その際この倒錯に至る逆説的な発展とでも言うべきものが、この著作で言及されている2つの小説を比較することでよく見えてます。
 この論文のなかではヴェーバーは、プロテスタントの精神をうまく表した小説としてヴァニアンの『天路歴程』(1678) という小説を挙げています。この小説は滅びに予定されている都市に住んでいることを知った信徒が救いを求めて遍歴を続け、さまざまな誘惑と困難を乗り越えて天国へと行くという話だ。途中、信徒は「正直」と言う名の者と知り合い、仲間となってともに天国へと向かう。 
 さてこの小説に関して、ヴェーバーはゴットフリート・ケラーという作家の「三人の櫛細工人」という小説を思い出すと言っています。
 ケラー(Gottfried Keller1819‐90)という作家はスイスのゲーテと呼ばれた作家です。。
「三人の櫛細工人」という小説はスイス人の生活をユーモアをこめて批判的に扱った短編集《ゼルトウィーラの人々》(第1巻1856,第2巻1874)に納められています。
 この小説ではあるごうつくばりの櫛細工の親方のもとにいる三人の櫛細工人たちのことを描いています。職人たちは動きが取れない冬が終わると、このごうつくばりの親方のもとを去って遍歴していくのが常でした。しかしここにきまじめな三人の職人が登場する。彼らは親方にこき使われてろくなものも食べされられなくてもただもうまじめに働き小金をため込んでいる。職人をこき使って儲け、図に乗ったあげくの果てに散財してしまった親方は三人に親方株を売ることを持ちかける。三人は親方株を買うために小金をもっている高慢なハイミスをめぐって争奪戦を演じる。結局だれが彼女をものにするか決めるために、町はずれから町の親方の家まで競争することになる。スタートの時にハイミスは勝ってほしくない職人をわざと誘惑して出遅れさせた。出遅れた職人はゴールに向かうより彼女をものにしてしまった方が早いことに気づき、そうする。それに気づきもせず先にスタートした二人はお互いに相手を引っ張ったりこづいたりあげくのはてに殴り合いながらゴールを通過してついには町はずれまで駆けていく。二人がゴールに気づかず去った後に、ハイミスをものにした職人が親方の家に勝利者として入っていった。敗者となった職人のひとりは首をつり、もうひとりは失踪。親方になった職人は女房の尻に敷かれた人生を送ることになった、そういう話です。
 ヴェーバーは『天路歴程』の巡礼者が二人して話しながら天国へと向かっていく箇所が、この「三人の櫛細工人」を思い起こさせると書いています。
 『天路歴程』では二人の巡礼者が協力しあって天国というゴールにたどり着きます。『天路歴程』の19世紀の版にはつぎのような双六の絵のようなものが付いています。巡礼は渦巻きになって、最後は中心の天国で上がりとなります。
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「三人の櫛細工人」ではどうでしょうか。二人の職人は町の中心の親方の家を目指しています。しかしお互い妨害しながら進んでいったために、ゴールを通り過ぎてしまい、町はずれまで行ってしまうのです。
 こうしてみるとこの二つの話が、まるで写真のポジとネガのような関係になっていることが分かります。『天路歴程』では宗教心にみちた二人が語り合って中心に向かっていくのに対して、「三人の櫛細工人」では目的、それも本当の目的から離れ手段を目的と勘違いした目的をめざして、互いに足を引っ張り合いながら駆けていく。
 『天路歴程』から「三人の櫛細工人」への転換。それはどうして起こったのか。この逆転を説明することにこの作品はじつはなっているのです。

2.非合理による合理化
『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』でヴェーバーは資本主義を構成する資本家と労働者の成立を語りました。しかし資本主義が支配的となった近代の社会生活全般を明らにしたわけではありません。それをどのようにヴェーバーはとらえたのでしょうか。
 
(1)使用価値と交換価値
近代生活全般をヴェーバーがとらえる時にヒントになったと思われるのは、私見によればまたしてもマルクスです。
 マルクスは商品交換が全般的になるにつれて、個々人にとってのものの価値、すなわち「使用価値」ではなく、そのものがどれくらいの金額で交換されるかという「交換価値」が品物の価値を決定するようになると言いました。すなわち個々人の価値(使用価値)とは別の価値(交換価値)の体系ができあがっており、その価値(交換価値)の体系があることで市場経済が成立しているのです。
 個人の観点からみたら、交換価値というのは、時には「理にあわない」(不合理)もののこともあります。例えば、先祖代々大事にしてきた掛け軸が、二束三文の値段しかつかないこともあります。農地改革 の時にただ同然で手に入れた土地が都市化で急に億の値段がつくこともあります。
 このように個々人や個々の場合から見ると「理に合わない」、「ぴったりしない」けれどもそれがあることでさまざまな処理ができるような体系として法律の体系があります。
Aさんが人を殺したのとBさんが人を殺したのとは、もちろん別の事柄です。それぞれ別の事情があるでしょう。個人の側からみると事情をよく吟味して罰するべきでしょう。いわば「大岡裁き」というのがそれです。でもそれは、Aさんの時は無罪放免、Bさんの時は磔獄門という結果を招きかねません。このようにいつもその事情ごとに罰し方が違っていたら、なんら規則や決まりというものが作れなくなってしまい、社会生活というものはずいぶん不安定なものになってしまうでしょう。ひとまずどちらも「殺人」という名でくくり、その罰則の幅を決めておいて、そのうえで事情を考慮するというのが、近代の法体系のあり方です。
 同じようにAさんとBさんが別れるのと、CさんとDさんが別れのとは、もちろん別の事柄です。しかしひとまず「離婚」という言葉でくくってそれから対応するのが法律のやり方です。(かつて『クレーマー・クレーマー』という離婚をあつかった映画がありました。圧巻は法廷の論争シーンでした。夫婦の個人的な悩みや問題が法律の「言葉」で表現されるとき、まるで身を切られるような残酷さを持っているのをそれはみごとに表していました)。
 掛け軸を持っているのと、金の延べ棒を持っているのとは同じではありません。しかしどちらも「所有」という見方でくくることでその権利を保障しているからこそ、人びとは安心して売買(交換)ができるのです。持っているものによって急に取り上げられてしまうようになったら不安で売買なんかできません。
 法律の体系は、社会のさまざま事柄を、法律の言葉でくくり、それを処理する体系です。
貨幣(交換価値)の体系も法律の体系も、個々の、本来ならば「同じ」とはみなすことのできない物事を、「同じ」とみなしくくることで、機能しているのです。
 ヴェーバーは、個々の事例にふさわしい「合理性」を「実質合理性」とよび、個々の事例を共通なものとして形式的にくくるような合理性を「形式合理性」とよびました。

(2)「音楽社会学」
この問題を集中的にヴェーバーが考察したのは、「音楽社会学」という論文です。
この論文は題名から想像されるような、音楽と社会の関係をあつかった論文ではありません。この論文では一貫して、音階の比例分割、つまり有理数(合理数)による分割という問題があつかわれています。
 もともと音楽は数学や天文学と同列の学問だとされてきました。それは音階というものが有理数(分数)で作られるからです。(たとえば、一つの弦を1/2にすると1オクターブ音が高くなり、2/3にすると、ドの音がソの音の高さになるのです)。
 ところがどの音から分数によって音階を作っていくかによって、じつは音階は微妙にずれてきます。出発点の音によって音階は本当はその度ごとに作り直さなくてはいけなくなります。弦楽器や管楽器ならばそれは微調整できます。しかしオルガンやピアノやギターなど音が固定された楽器ではそうはいかなくなります。転調のごとに別の楽器を使うわけにもいきません。(ピアノやギターがふつうオーケストラに入っていないのはおそらくそれが理由でしょう)。
 この問題を、西洋ではオクターブを一二等分することで解決しました。だがその際、音階を分割するのは、もはや分数(有理数)ではなく、無理数なのです。これを「平均律音階」といいます。ピアノやオルガンなどはこの音律に調律されています。これによって自由な転調ができるようになりました。つまりハ長調のラの音はヘ長調のレの音と同じとされるようになったのです。だがその結果、平均律音階の音はどれも、本来の有理数による音階から少しずつずれているのです。
 「有理数」(分数 a rational number)というのは直訳すれば「合理的な数」のことです。それに対して「無理数」(an irrational number) 、つまり「非合理な数」です。つまり西洋の音階は、無理数(非合理数)で音階を分割するという、「非合理性」の導入によって成立したのです。

(3)形式合理性の世界
 その本来の問題解決からみたら「非合理」と思えるものを導入することで西洋の「合理性」は成立し、各領 域は自律的(合理的)体系をなしているのです。たとえば貨幣の体系は、個々の「使用価値」を無視しそれからみたら「理に合わない」、「交換価値」の自律的体系としてたち現れています。また法体系は、個々の実状をいったん捨象することでその実律的、形式的かつ普遍的な体系となっています。たとえAの殺人とBの殺人は個別的なことなのに、ひとまず「殺人」としてくくります。それぞれに実状にあわせて裁判することを「カーディー裁判」といいます。しかしそれでは場合によって判決が違ってきて、計算(予測)可能性がなくなり、資本主義的経営がなりたたなくなります。
 おそらくマルクスの「使用価値」と「交換価値」に対応するものとして、ヴェーバーは「実質合理性」と「形式合理性」という言葉をつくりあげたと思われます。この合理性の体系でもっとも重要なのは、貨幣体系と法体系です。しかしそのほかの領域もそれぞれに自律的に(つまり他の領域や人間本来の目的からの合理性を無視して)展開され完結しているとヴェーバーはみていたようです。
 非合理性を媒介にして形式合理のさまざまな体系が自律的に展開する、それがヴェーバーの近代観です。そうしたばらばらになったさまざまな領域の体系のなかにあって、その分裂を一手に引き受けまとめ上げるべきものとされるのが、個々人の「人格」なのです。
 禁欲的に自分の幸福からみると非合理に過ぎない労働に邁進する近代人は、同時に分裂した近代にあって統合をめざす唯一の拠点として緊張にさらされているのです。
 宗教的禁欲主義が世俗的な資本主義を生み出し、非合理を媒介にして自律的形式的に合理化した諸領域が発展していく。ヴェーバーの近代とはこうした逆説的な発展が生み出したものにほかならないのです。
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by takumi429 | 2010-12-14 01:59 | 社会学入門 | Comments(0)

5.欲望の喚起装置としての近代---ゾラ、デュルケーム---

5.欲望の喚起装置としての近代---ゾラ、デュルケーム---

アノミー概念の誕生
デュルケーム
 『自殺論』(1897)
 自殺は、個人的な理由により、自殺しようという心理の結果、生じる、と私たちは思いがちです。
ところが、デュルケームは各国の統計を使って、自殺率(10万人あたりの自殺者数)は、国ごとに安定しているということを示しました。(デュルケームがあげている統計は、ヨーロッパの民族国家の統計です。民族国家は同一の民族と言語からなる国家なので特有の社会的文化をもつと考えられました)。しかし人は自殺率を安定させるために死のうとするわけではないでしょう。ですからこの安定した自殺率、という「社会的事実」は、自殺する人間の個人心理からのでは説明できません。
そこでデュルケームは、国)ごとの「自殺率の一定比率」という社会的事実を説明するには、社会的な原因を挙げなくてはいけないとしました。彼が自殺の社会的原因だとしたのは次の4つです。
(デュルケームは当初の構想を改変しているので、『自殺論』の記述からはこの4つが見えづらくなっています。ここはベルナールらによる修正に依拠して4つの社会的原因をあげます)。(『デュルケムと女性、あるいは未完の『自殺論』: アノミー概念の形成と転変 』 フィリップ・ベナール著 ; 杉山光信, 三浦耕吉郎訳.新曜社, 1988.)

Ⅰ自己本位的自殺:社会の統合や連帯が弱まり、個人が集団から切り離されて孤立する結果として生じる自殺
例証としては、プロテスタントとカトリックを比べると、プロテスタントが自殺率が高く、カトリックが低い。また、未婚・やもめ、と、結婚している者を比べると、前者が後者より自殺率が高い。また平時と戦時を比べると、平時の方が自殺率が高い。つまり統合・連帯が弱い者の方が自殺率が高いというわけです。(こういう説明の仕方を「共変法」といいます)。

Ⅱ集団本位的自殺:社会が強い統合度と権威をもっていて、個人に死を強要したり、奨励したりすることによって生じる自殺
例としては、宗教による自殺や軍隊における自殺率の高さがあげられます(日本軍の集団自決などもこの例に入るでしょう)。

Ⅲアノミー的自殺:社会の規範が弛緩したり、崩壊したりして、個人の欲望への適切なコントロールが働かなくなる結果、際限のない欲望に駆り立てられた個人が、その結果、幻滅しむなしくなっておこす自殺
ここでデュルケームは、「アノミー」という概念を提示しました。アノミーとは、欲望の無規制な状態、欲望が螺旋状にどんどんと拡大していくありさまをいいます。(ちなみに、後にマートンは、目的と手段の枠組みをつかって、このアノミー概念を、適切な手段をもたない目的として定義しましたが、これはデュルケームの本来のアノミー概念からははずれています)。
例としてデュルケームは、経済アノミーというものをあげています。いわばバブル崩壊による自殺です。

Ⅳ宿命的自殺:欲望に対する抑圧的規制が強すぎるため、閉塞感がつのって生じる自殺。
ベルナール(1988)が挙げている例は、未婚・やもめの男性は結婚している男性よりも自殺率が高いのに対して、未婚女性あるいは寡婦は結婚している女性はよりも自殺率が低い、という例です。つまり、結婚は、男性によっては適度な拘束ですが、女性にとっては過度な拘束だというのです。

Ⅰ自己本位的自殺とⅡ集団本位的自殺を規定する社会的変数は「統合」(まとまり)であり、Ⅲアノミー的自殺とⅣ宿命的自殺を規定する社会的変数は「拘束」(しばり)である、とデュルケームはしています。
つまり、統合が弱いとⅠ自己本位的自殺が増え、統合が強いとⅡ集団本位的自殺が増えます。
また、拘束が弱いとⅢアノミー的自殺が増え、拘束が強いとⅣ宿命的自殺が増えるのです。
つまり適度な統合と拘束の時に自殺は少ないというわけです。

デュルケームはなかなかクールな社会観察者で、一定程度の逸脱が社会にあるのは、「正常」なことだと見なしています。だから、自殺率も一定しているなら、それはそれなりに「正常」なことだと見なします。しかし自殺率が安定しないで以上に増加しているなら、それは「異常」なことだとします。
現代において自殺率が異常に増加しているのは、まさに異常なことであり、その解決策として、統合の中間項として職業集団が活発になる必要があるとしました。
さて、デュルケームのみるところ、彼の時代、19世紀後半のフランスは、統合(まとまり)と拘束(しばり)がゆるんだ社会でした。かれは、社会の統合と拘束をもたらすのは、道徳と宗教だとしました。
『道徳教育論』では道徳のもつ統合性と拘束性を強調し、それを子どもに注入するのが教育の欠くべからざる働きだとしました。
また『宗教生活の原初形態』では、過去において道徳を規定していた宗教の原初的形態を社会学的に探ろうとしました。ドイツの哲学者カントは人間が物事を認識する図式は人間の中にあるとしました。またその道徳原理も人間の内なる精神の中に神から与えられてあると考えました。それに対して、デュルケームはそうした認識図式も道徳原理も人間のうちにあるのではなくて、むしろ社会の方にあるとしました。いわば「逆立ちしたカント主義」をとっています。(ちなみに、カントが人間の精神〈脳?)の中にあるとした認識図式を、すべて人間の身体から生まれたものとして、カントのあげた認識図式をすべて身体から説明するという離れ業の挑戦しそれをやりきっているのがメルロ=ポンティの『身体の現象学』です)。
デュルケームは緩んだ社会のまとまりとしばりを宗教と道徳で締めなおそうとしたわけです。すなわち、「デュルケームは第三共和政の法王たらんとした」(折原浩)のです。
ではデュルケームがなんとかしなくてはと思った、まとまりとしばりが緩んだ社会とは何だったのでしょうか。それは第三共和政の前、ナポレオン三世が支配した第二帝政の時代にほかなりません。ナポレオンの甥によるクーデター成功の後うまれた第二帝政期は、オフェンバックのオペレッタに沸き立たつどんちゃん騒ぎの、まさに際限ない欲望の時代でした。
アノミーの概念によって、際限のない欲望の拡大という事態をしてきしながら、その内実についてデュルケームがあれこれ言わず、すぐにそれを抑えこむ道徳と宗教について研究を向けたのは、そうした欲望の拡大が自明のものとして第三共和政の前にあったからです。
しかし、こうした欲望の拡大がどのようにして生まれたのか、そのメカニズムは解明する価値のあることでした。その欲望のメカニズムを、いくつもの実地調査をして描いた人物がいました。それが作家エミール・ゾラでした。
彼は「第二帝政期の人間喜劇」を『ルーゴン・マッカール叢書』という全20巻の小説群で描きました。ゾラがそこで取り上げられたのは、地上げ、中央市場、アルコール中毒、百貨店、高級娼婦、鉄道、炭鉱、株式市場などなど、まさに人々の欲望の喚起する装置たちでした。これらまさに近代の欲望喚起装置(鹿島茂)を実地調査にもとづいてゾラは小説にえがいたのです。
ゾラはイタリア出身のナポレオン軍の工兵あがりの技術者を父に持ち、幼くして父をなくした彼は名門リセを卒後して、大学受験のときに急に理工系のグランド・ゼコールを受けて失敗してしまいます。しかし、技術者のむすこだったというプライドは絶えず持っていたようです。だから、バルザックがかならず小説を舞台装置から描いたように、小説の中心に社会的な装置(mecanisme)をおいてそのメカニズムを描いてみせました。
ゾラの『ルーゴン・マッカール叢書』の巻数と題名、あららまし、そしてそこで描かれた装置を以下列挙してみましょう。

1『ルーゴン家の運命』ルーゴンとマッカールの家系のはじまり。
ナポレオン三世のクーデターによるプッサンの動乱。
少年シュヴェールと少女ミエットの愛し方さえ知らない幼い二人の悲劇。少女は流れ弾で死に、少年は憲兵に墓場でこめかみを打たれて死ぬ。
装置:プッサンという街。墓場(死者を飲み込む場)。

2『獲物の分け前』オスマン男爵のパリ大改造の下、地上げによって巨万の富を稼ぐアリスティッド・サッカール。若き後妻ルネは夫の連れ子マキシムと温室で不倫にふける。アリスディッドはルネから金を巻き上げて破産を免れ、ルネは若くして死ぬ。
装置:温室(人工楽園)。パリ(人工都市)

3『パリの胃袋』流刑地から逃げ帰ったフロランはパリの中央市場で働くが、そこの人々の讒言によってふたたび島が流しとなる。
装置:パリのレ・アールの中央市場

4『プッサンの征服』フォージャ神父はマルト・ルーゴンの家に住みこみ、いつしかその家ばかりかプッサン市をも支配するにいたる。しかし狂人となったマルトの夫の放火によって家もろとも焼け落ちる。
装置:王党派と共和派の両方がみおろせるマントの家。

6『ムーレ神父のあやまち』マント・ルーゴンの息子で司祭になったムーレはパラデゥ館の秘密の庭に住むアプビーヌと、アダムとイブのように愛し合う。しかし、彼が庭から去ったため、娘は死に、その葬儀を司祭である彼が司ることになる。
装置:秘密の花園。

6『ウジェーヌ=ルーゴン閣下』ウジェーヌ・ルーゴンは第3帝政で失墜の危機の乗り切り副皇帝にまでなる。装置:政治

7『居酒屋』
『居酒屋』ジェルヴェーズ・マッカールはランチエに捨てられた後、トタン職人クーバーの結婚し、洗濯屋を開業するが、舞い戻ったランチエとクーボーの二人と関係し、アル中となって貧窮死する。
装置:蒸留酒製造装置・居酒屋洗濯屋。

8『愛の1ページ』エレーム・ムーレは娘ジャンヌを救ってくれた医師と不倫し、娘はそれに嫉妬して病死する。別の男と再婚した彼女は娘の墓を訪れ去る。
装置:バルザック邸のあったパッシーの高台から見えるパリ

9『ナナ』ジェルヴェーズの娘ナナは高級娼婦となって多くの男を破滅させるが、最後は天然痘となって死ぬ。
装置:ナナの肉体。

10『ごった煮』プッサンから出てきたオクターヴ・ムーレはアパートの女たちを意のままにあやつる。オスマン様式の表面はきれいなアパートは裏では汚物にまみれ、主人たちと女中との不倫と嬰児殺しが行われている。
装置:オスマン様式のアパート(欲望の館)

11『ボヌール・デ・ダム百貨店』 オクターヴの作った世界初のデパートは女たちの欲望をあおることで大繁盛するが、周りの商店は破産させていく。
装置:デパート(欲望の館)

12『生きる喜び』海辺の家にもらわれたポリーヌ・クニュは莫大な遺産を受け取るが、養い親子に財産をすり減らされる。しかも彼女の財産を散在した婚約者サザールを友人に譲ることになる。
装置:海によって浸食される岸辺の村。金をくすねられる遺産の入った引き出し。

13『ジャルミナール』炭坑に流れ着いたエチエンヌ・ランチエは最初の夜に会ったカトリーヌに強く惹かれる。彼女もランチエに惹かれているが、結局シャバルに暴力的に女にされてしまう。エチエンヌらが中心となって起こした炭坑ストライキは失敗する。炭坑事故で坑内に閉じこめられた二人はようやく愛し合うがカトリーヌは死に、エチエンヌは助かる。労働運動の芽生えを感じつつエチエンヌは炭坑を去る。
装置:炭坑

14『制作』:印象派絵画ジェルヴェーズの長男クロードは画家となって、嵐の夜に出会ったクリスティーヌに理想のモデルを見出し、結婚する。しかしパリを描いた大作は印象派風の絵から毒々しい象徴的なものへと変貌を遂げ、作品を完成できぬまま首をつって死ぬ。
装置:キャンバス

15『大地』兵隊くずれのジャン・マッカールは、農民となってまじめに働く。フーアン老夫妻の土地の生前分与が失敗し困窮する。土地の奪い合いの中でジャンは妻も土地もなくして、軍隊にもどる。
装置:土地(投資と生産の装置)

16『夢』シドニー・ルーゴンの私生児アンジェリックは刺繍細工人に拾われて見事な刺繍細工職人となる。いつか王子さまがと夢見る彼女の元にオートクール家の跡取りフェリシアンが現れ、身分を超えての結婚式で彼女は昇天する。
装置:夢を紡ぐ刺繍

17『獣人』駅助役のルボーは若妻セヴリーヌが養父の愛人であったことを知り、養父グランモランを列車内で殺害する。それをたまたま知ったジェルヴェーズの次男クロードはセヴリーヌと愛人関係になり、ルボー殺害を計画するが、狂った殺人衝動からセヴリーヌを殺してしまう。その後ペクーの妻とも不倫したジャックはペクーと走行中の機関車(ラ・リゾン)でもみ合いとなって二人とも転落死する。運転手のない機関車は兵士を乗せて闇夜を疾走していく。
装置:機関車・鉄道

18『金銭』 地上げの後、サッカールはユニバーサル銀行を設立して、株をつり上げ、空前のバブルを出現させる。しかし株価はついに暴落して、多くの破産者を生む。
装置:株式取引所

19『壊滅』兵士の戻ったジャンは、ブルジョワ階級のモーリスと戦友となる。フランス軍は大敗し捕虜となった二人は逃げ出して、モーリスの姉のアンリエットの元でジャンは療養する。その後、モーリスはパリコミューンに参加。また軍にもどったジャンは彼と知らず銃剣で刺し、モーリスは治療のかいもなく死ぬ。惹かれ合っていたアンリエットとジャンは別れる。ジャンはフランスの再生へと歩み出す。
装置:戦争

20『パスカル博士』パスカル・ルーゴン医師は年金生活をしながら、ルーゴンとマッカールの家系の遺伝を研究し、『ルーゴンマッカール叢書』の内容と同じ文書を残す。年の差をこえて結ばれ自分の子を宿した姪のクロチルドに文書を託して死ぬ。しかし一家の汚名をおそれた母フェリシテは文書をすべて焼いてしまう。唯一残った家系図を見ながら、クロチルドは生まれた息子シャルルに授乳するのだった。
装置:家系樹。遺伝要因が交錯・発現

ゾラがあげた装置のすべてが欲望の喚起装置とはかぎりません。しかし、鉄道、百貨店、炭坑、市場、レビュウー、投機市場、戦争、はまさに欲望の装置としての、人々の際限欲望を引き起こしていったのです。

第二帝政期という欲望の拡大の時代に対して、一方でデュルケームはそれを道徳と宗教で抑えようと道徳と宗教の研究をし、他方、ゾラはその欲望の装置のメカニズムを探ろうとした。つまり、デュルケームとゾラは第二帝政が生んだメダルの表と裏の関係になっているのです。
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by takumi429 | 2008-06-25 21:18 | 社会学入門 | Comments(0)

6.遊歩者の近代---ジンメル、ボードレール、ベンヤミン---

6.遊歩者の近代---ジンメル、ボードレール、ベンヤミン---

1. 問題提示:なんか似てない?

夏目漱石『虞美人草』1907年明治40年)
「蟻は甘きに集まり、人は新しきに集まる。文明の民は激烈なる生存のうちに無聊をかこつ。・・・文明の民ほど自己の活動を誇るものなく、文明の民ほど自分の沈滞に苦しむものはない。文明は人の神経を髪剃(かみそり)に削って、人の神経を擂木(すりこぎ)と鈍くする。刺激に麻痺して、しかも刺激に渇くものは数を尽くして新しき博覧会に集まる。・・・
 蛾は灯に集まり、人は電光に集まる。・・・昼を短しとする文明の民の夜会には、あらわなる肌に鏤(ちりばめ)たる宝石が独り幅を利かす。金剛石(ダイヤモンド)は人の心を奪うが故に人の心よりも高価である。泥海に落つる星の影は、影ながら瓦(かわら)よりも、見るものの胸に閃(きらめ)く。閃く影に躍る善男子、善女子は家を空しゅうしてイルミネーションに集まる。
 文明を刺激の袋の底に篩(ふる)い寄せると博覧会になる。博覧会を鈍き夜の砂に漉せば燦たるイルミネーションになる。いやしくも生きてあらば、生きたる証拠を求めんがためにイルミネーションを見て、あっと驚かざるべからず。文明に麻痺したる文明の民は、あっと驚く時、始めて生きているなと気がつく。 ・・・」[p.190-1] 

ジンメル
「大都市と精神生活」
「大都市的な個性の類型を生じさせる心理学的基礎は、神経生活の高揚であり、これは外的および内的な印象の迅速な間断なき交替から生じる。・・・大都市は昔から貨幣経済の場であった。・・・
 経済心理学的領域での本質的なことは、この場合こうである。すなわち、原始的状態では生産は商品を注文した依頼人のために行われ、その結果生産者と買い手とはたがいに知り合いになる。しかし現代の大都市は市場のための生産、言いかえれば、本来の生産者の視圏にはけっして入らないまったく未知の買い手のための生産によって、ほとんど完全に維持されている。これによって双方の側の関心は、冷酷な主観性を獲得する。・・・
 おそらく倦怠ほど無条件に大都市に保留される心的現象は、けっしてないであろう。これはまず第一に、急速に変化し対立しながら密集するあの神経刺激の結果であり、大都市の知性の高揚もこのような神経刺激から生じるように思われる。そのため実は、もともと精神的に不活発な愚鈍な人間は、まさに飽きることのないのがつねである。無際限の享楽生活は、神経を長く刺激してきわめて強い反応をひきおこし、ついには神経がもはやいかなる反応もあたえなくなるため、倦怠を生み出すのである。…
 このような心の気分は、完全に浸透した貨幣経済の正確に主観的反映なのである。貨幣は、事物のあらゆる多様性をひとしく尊重し、それらのあいだのあらゆる質的相違をいかほどかという量の相違によって表現し、そしてその無色彩性と無関心とによって、すべての価値の公分母にのしあがる。そうすることによって貨幣は、もっとも恐るべき平準器となり、事物の核心、その特性、その特殊な価値、その無比性を、望みなきまでに空洞化する。事物はすべて同じ比重で、たえず流動している貨幣の流れのなかに漂い、すべての同じ平面に横たわり、ただそのまとう断片の大きさによってのみ、たがいに区別されるにすぎない。…[ジンメル著作集第12巻p.270-5]

両者の記述の類似
原因としての貨幣経済の指摘をヒントに『虞美人草』を読み直してみよう。

2.『虞美人草』(1907年明治40年):貨幣としての藤尾
この小説は、一言でいえば、藤尾という名の女をめぐるお話です。
甲野藤尾(こうのふじお)は24歳、女学校出の美人です。彼女には腹違いの兄、甲野欽吾(きんご)がいます。欽吾の友人にはおなじく東京大学を出て、外交官試験のために浪人している、従兄弟の宗近一(むねちかはじめ)がいます。宗近一(はじめ)には妹の宗近糸子(いとこ)がおり、家庭的な女です。
藤尾は父親の金時計を気に入っており、いつも玩具にしていました。この接触により、「金時計」は「藤尾」の身代わり(隠喩)になります。
 この小説世界のなかで「金時計」は一貫して「藤尾」と一体のものとして語られます。
生前、藤尾の父はこの「金時計」をやると、宗近一に言っていました。藤尾を意味する「金時計」を宗近一にやるということは、藤尾を一(はじめ)にやることでもあります。ですから藤尾は宗近家の嫁に行くものと思われていました。
 また宗近の父は娘の糸子(いとこ)をいとこの甲野欽五の嫁にやろうと考えており、糸子もそれを意識しています。つまり甲野家と宗近家は、相互に娘を嫁にやる予定だったのです。
 レヴィ=ストロースによれば、婚姻関係は「女」という物を贈与する関係と見ることができます。ここでは甲野家と宗近家が娘を相互に贈与しあっています。つま両家の関係は、レヴィ=ストロースの用語で言えば、「限定交換」がおこなわれる、そうした閉じた関係だったわけです。
 しかし欽五の父が外地で急死することで、事態は急変します。藤尾の母は、実の子ではない欽吾が、自分のめんどうを見てくれるか不安です。ですからできれば欽吾を追い出して、藤尾に婿を取らせて自分の立場を安定させたいと考えています。
 ここで藤尾の花婿の候補として浮かび上がったのが、小野清三です。小野は東京大学を主席で卒業し、銀時計をもらい、さらに博士論文を執筆中です。藤尾の母は小野に藤尾の英語をみてもらうようにし、両者を結びつけようと画策しています。つまり実の娘をできるだけ高く売ろうとしているわけです。
 小野は京都で井上孤堂という先生の世話をうけており、そのかわり井上先生の娘、小夜子の将来の夫となることを約束していました。しかし東京に出て、銀時計を獲得した今、小野はさらに博士となって金時計たる藤尾を獲得したいという欲望をもっています。
 藤尾をできるだけ高く売りつけたいという藤尾の母の欲望と、美しい才媛である自分にふさわしい趣味のある男と結ばれたいと思う藤尾の欲望は、安定した女の交換関係を突き崩してします。宗近一は藤尾をもらえず、また甲野家を出ると甲野金吾は宗近糸子をもらうわけにはいきません。また藤尾を獲得するために小野は井上小夜子を棄てるようとします。
 安定した婚姻の関係のなかでは、藤尾も、糸子とおなじく、家から家へと贈与されるものでした。しかし自分にふさわしい(等価な)相手を求めたり、できるだけ高く買われることを望むんだ結果、藤尾は一種の「商品」へと変わります。
 それだけではありません。かつては藤尾は宗近家へ贈られ品物でした。しかし藤尾の母は、藤尾(金時計)をつかって将来の博士(小野)を婿にもらう(買い取ろう)とします。ここにいたって、藤尾は贈与物から商品へ、さらに「金」(かね)という特殊な商品(貨幣)へと変身しました。
 作家夏目金之助(漱石)はこの藤尾という女(特殊な商品)のふるまいに、断固たる鉄槌を喰らわせようとします。つまりこの小説では、藤尾に見限られたため逆に自由になった宗近一(はじめ)の活躍により、小野と小夜子が、さらに甲野金吾と糸子が元のさやにおさまり。小野を奪われ、宗近一にも拒絶された藤尾は憤死します。
 ところで藤尾と同一視される「金時計」はいかなる意味をもつのでしょうか。小野にとってはそれは帝大主席の銀時計のさらにさきにある出世の象徴です。さらに「金」は貨幣(金)を意味します。「時計」はどうでしょうか。「時計」は近代的な時間を意味します。それは労働を測定しその価値を計ります。ですから「時は金なり」です。またそれは一国の共通時間を意味します。日の出、日の入りを「明け六」、「暮れ六」と呼んでいる、地域により、季節によって異なる時間ではなく、社会全般をおおう「普遍的な」時間です。「金=時計」の死によって、自然な時間、つつましく自然な欲求と交換の世界がよみがえり、秩序は回復されるのです。
 ところで、この小説では京都と東京は対照的な世界として設定されているように思われます。すなわち、京都は納まるべきものが納まるべき所に納まっている世界であり、東京は固定した関係が流動化し、絶えず新たな欲望が喚起される世界です。こうした「文明」の世界の典型としてこの小説にとりあげられているのが連載当時開催されていた、東京勧業博覧会です。
「蟻は甘きに集まり、人は新しきに集まる。文明の民は激烈なる生存のうちに無聊をかこつ。・・・文明の民ほど自己の活動を誇るものなく、文明の民ほど自分の沈滞に苦しむものはない。文明は人の神経を髪剃に削って、人の神経を擂木と鈍くする。刺激に麻痺して、しかも刺激に渇くものは数を尽くして新しき博覧会に集まる。・・・蛾は灯にに集まり、人は電光に集まる。・・・昼を短しとする文明の民の夜会には、あらわなる肌に鏤たる宝石が独り幅を利かす。金剛石は人の心を奪うが故に人の心よりも高価である。泥海に落つる星の影は、影ながら瓦よりも、見るものの胸にかんこう閃く。閃く影に躍る善男子、善女子は家を空しゅうしてイルミネーションに集まる・・・」[p.190-1] 

「・・・イルミネーションは点いた。
『あら』と糸子が云う。
「夜の世界は昼の世界より美しい事」と藤尾が云う。」[p.194]

「空より水の方が綺麗よ」と糸子が突然注意した。・・・イルミネーションは高い影を逆ま
にして、二丁余の岸を、尺も残さず真赤になってこの静かなる水の上に倒れ込む。黒い水
は死に筒もぱっと色を作す。[p.196]

 作家はよくこうした短いせりふに作品全体の重要なヒントを滑りこませるものです。ここで漱石が言いたいのは、人々があつまっているこの東京博覧会は倒錯した幻影である、ということです。さらにそれはこの東京の文明の倒錯性です。宝石(ガーネット)の飾りのついた金時計(藤尾)のもつ輝きは夜の博覧会のごとく、人(小野)の欲望をかきたてはするが、それは幻の、しかも本来の欲求からは倒錯した欲望にほかならない、ということを示唆しているのです。
 休息のため席についた甲野と糸子、左近と藤尾は、偶然そこで井上親子と小野を見つけます。小野と小夜子は夫婦のように見えます。(後で左近が小野に二人は夫婦のように見えた、とはなしています。[p.261])この夫婦のようにみえる小野と小夜子の関係に藤尾は烈しい嫉妬と怒りを感じ、この関係を壊そうとします。[p.205]
 元来、人は自分の欲求充足をそのための手段たる品物によって満たすします。そこには欲求とそれを満たす品物との直的対応関係があります。しかし貨幣経済が進展すると、ひとは現実の欲求のためでなく、いつか生まれてくる欲求のために貨幣をため込み、しいては貨幣を多く獲得すること自体がその人間の欲求となってきます。欲求充足と品物との対応関係は貨幣によって崩されていくのです。
 商品(小夜子)と固定客(小野)とが夫婦のように納まっているのを嫉妬する、特殊な商品、それが藤尾です。つまり彼女は→商品と客との間を流動化させる存在としての特殊な商品、つまり貨幣であることがここの描写からもしれます。
 そしてこの作品はまさに「貨幣の死」によって安定した伝統的関係が復活することを描いた作品なのです。
 それはこの作品がまさにそうした伝統的な安定した関係が崩されつつあった危機の時代に書かれたことを意味しているのです。

3.ジンメルとその同時代人の大都市経験
ジンメル「大都市と精神生活」←『貨幣の哲学』
「かの現物経済の時代に固有な、人格と事物をめぐる諸関係とのあいだのこのような融合状態を解体するのは貨幣経済である。貨幣経済は、人と一定の質をもった物とのあいだに貨幣や貨幣価値という、まったく客観的な、それ自体無性質な審判を介在させる。貨幣経済は人と所有物とのあいだに距離をつくり出し、両者のあいだの関係を媒介関係にする。
(ジンメル「近代文化における貨幣」235)
  商品交換の人間関係の結晶体としての貨幣
   交換価値を体現した貨幣
  貨幣の担い手としての人間
   可能性としての貨幣
   交換価値から評価される物
 ポー
「群衆の人」:ロンドンの街。喫茶店のガラス窓から街を行く人びとを眺める私。不審な老人に注目。後をつける。街をさまよう老人。人がすくなく街の活気が少ないと鈍く歩き、街に活気があると活発に動き回る。ブランウン運動のような老人の動き。(商品の中を激しく動く貨幣のメタファー)
ボードレール  
ポーの紹介者・訳者でもあった。
「群衆」の「魂の売淫」:街行くひとに想像をめぐらす詩人の想像力。
マルクス『経済学―哲学草稿』
「それ[貨幣]は一般的な娼婦であり、人間と民衆の間の一般的なとりもち役である」

 ベンヤミン (Walter Benjamin189-1940)
『パサージュ』(19世紀パリについての引用と覚え書きをアーケードの商品のように陳
列した作品)
ボードレールの「群衆」について『ボードレールにおける第二帝政期のパリ』で
「ボードレールが『大都会の宗教的な陶酔状態』について語るとき、その陶酔の主体はなざされてはいないけれども、それは商品ではなかろうか。そして、あの『神聖な魂の売淫』―――これと較べれば『人間が愛と呼ぶものは、まったくけちな、限られた、弱々しい者だ』といわれているもの―――は、愛との愛との対置に意味があるとするなら、じっさい、商品のたましいの売淫以外のものではありえない」(『ベンヤミン著作集6』晶文社75頁)
 「万博博覧会は商品という物神の巡礼場である」。
 両作品の位置づけ

4.類似の理由
問い:なぜ夏目漱石の『虞美人草』とジンメルの『大都市と精神生活』の一節は似ていたのか。
答え:同一の交換価値の世界を扱っていた
 交換価値の世界としての都市空間

遊歩者の近代
商品交換の発達は貨幣経済を発達させ、それを持っている人間を貨幣の運び手に変える。
人びとは貨幣の持ち手として商品の氾濫する世界を遊歩する者となるのである。


(→私の他のブログ「私の都市周遊」 http://masanao.cocolog-nifty.com/blog/)
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by takumi429 | 2007-06-15 02:00 | 社会学入門 | Comments(0)

7. 規律化と臣民化としての近代---フーコー・アルチュセール---

7. 規律化と臣民化としての近代
---フーコー・アルチュセール---
 
 『カリガリ博士』
 結末の改訂:国家告発から全社会の収容所化の描写へ
 見せ物小屋で催眠術をつかって眠り男を操る怪しい老人。町にその見せ物小屋が現れるとおなじく、夜な夜な連続殺人が起きる。主人公はそれが見せ物小屋の老人の仕業であることをつきとめ、老人を追って彼が逃げ込んだ精神病院を訪れる。そこで彼は、殺人をかさねていた老人がまさにその精神病院の院長、カリガリ博士そのひとであることを知るのである。院長カリガリは催眠術をかけた眠り男ツェザーレをつかって次々に殺人を重ねていたのである。
 映画化にあたってこの元の話はすべて狂人の夢であったという話に改められた。
 すなわち、この話を語った青年はじつは狂人であり、この話はすべてこの狂人の夢物語であった。彼の話にでてきた町の人びとはすべて精神病院の庭で一同の会する、彼らはすべて狂人であったのだ。そこへまた何かを企てるような態度の病院長ことカリガリ博士が登場して映画は終わる。
 →社会全体が精神病院であり、収容所である。異常と正常を分かつのは知は一つの権力である。
 
  デュルケーム『社会分業論』
 近代以前の社会は同質性・類似性にもとづく連帯、すなわち「機械的連帯」を基本としていた。そのためその同質性からの逸脱に対して、体罰を与えたり成員としての資格剥奪をしたりした。その結果、近代以前の社会では、行為者当人に課せられる苦痛、地位引き下げを本質とする「抑圧的制裁」を伴う法規が中心であった。
 ところが近代になって社会は社会は社会的分業による連帯、すなわち「有機的連帯」を基本とするようになった。逸脱はその社会分業関係の破綻をもたらす。だから逸脱にたいする対応は人や物の関係の修復をめざすようになった。つまり諸事物を原状に回復し、阻害された関係の修復をめざす「復原的制裁」を伴う法規が主流となった。
 つまり前近代から近代への移行は、「機械的連帯」から「有機的連帯」への移行であり、それは法体系のおける「抑圧的法律」から「復原的法律」への移行と対応しているのである。
 このデュルケームの考えを私なりに読みかえてみよう。
 近代以前の共同体社会では逸脱には共同体の怒りと排斥が向けられた。しかし逸脱者たちは共同体のはざまにあって、ある意味で共同体と共存していた。逸脱者は共同体へ影響をおよぼしうる、時には危険な、しかし時には有益な存在としてあった。
 近代となって逸脱者への対応はより巧妙になった。逸脱した者は排除されるのでなく、おもてむき、社会へ回復することになる。社会は逸脱者を自己のうちに回収することで、逸脱者を無害なものとします。社会は逸脱者を「更生」・「治療」と称しつつ自分の管理下に集めるのです。社会はもはや逸脱者から脅かされることもなければそこから学ぶこともない。こうして社会にとって危険な逸脱者(犯罪者と精神病患者など)は、排除されるのではなく、社会の内に、しかしその周辺に集められ、包み込まれて無害なものとされる。
 
 フーコー
『監獄の誕生――監視と処罰―――』(1975年)
(起)第1部 身体刑
第1章 受刑者の身体
問題提示:身体への刑罰の対比
A)国王ルイ15世の殺害を企ててダミアンへの凄惨な八つ裂き刑(1757年)
B)4分の3世紀後の「パリ少年感化院」での規律正しい日課規則
AからBへの移行はいかにして生じたか、またそれはどんな意味があるのか。

第2章 身体刑の華々しさ
かつて身体刑は華々しいものであった。なぜならそれはつぎのようなはたらきをもっていたからである。
1) 尋問のための拷問:身体は真理を生み出す
2) 刑罰としての拷問:王の権力が身体の上に見える形で刻まれる
3) 祭典としての身体刑::犯罪によって傷つけられた王権を再興するための報復の儀式
として身体刑が行われる
4) 観客としての公衆:処刑はお祭り騒ぎとなり、しばしば罪人は英雄に転化した。

(承)第2部 処罰
第1章 一般化される処罰
18世紀になって身体刑の廃止と処罰の人間化が叫ばれるようになる。
王権から資本主義への移行は、君主による報復としての処罰から社会擁護のための処罰への変化をもたらした。
第2章 処罰のおだやかさ
処罰は
(1)王権に依拠した処罰(受刑者の身体に報復の烙印を押す祭式)から
(2)個人をふたたび法の主体として立ち直らせるための処罰、さらに
(3)受刑者の身体の訓育としての処罰へと、変わっていった。
つまり直接的な身体刑ではないが身体には働き書けてる監獄というものを使った懲罰が優勢となったのである。その理由には背景としての社会全般の規律化(第3部)という事態がある。

(転)第3部 規律・訓練
第1章 従順な身体
17~19世紀(古典主義時代)に、権力の対象としての身体が発見された。従順な身体を養成する必要がうまれ、とりわけ学校・施寮院・軍隊において規律=訓練が発達された。
規律=訓練は、≪独房≫・≪座席≫・≪序列≫を組織化することで、建築的・機能的・階層秩序的な空間を創りだし、そこに人間を配分する。人間の活動を体系化し、段階的なものにして、それらを相互に組み合わせる。
第2章 良き訓育の手段
規律=訓練が個々人を≪作り出す≫ようになる。
訓育の手段には(1)プラミッド状の階層秩序なす監視、(2)規格化をおこなう制裁、この両者を結びつける(3)試験、とがある。
第3章 一望監視方式
癩病患者の隔離(「大いなる閉じ込め」)とペスト流行の対する規律図式による取り締まりの結果、19世紀、排除された空間に対して、規律的な権力技術が適用された。
排除された異常者にたいする規律=訓練の装置として、もっとも典型的なのは、ベンサムの<一望監視施設>(パノプティコン)であった。
ここでは権力は、見せる権力ではなく見る権力に変わっている。また受刑者はたえず監視されていることを意識することで監視(権力)の目を内面化する。その結果、権力は自動化されかつ没個人化された。
この権力装置のあり方は、(受刑者などの)例外者から一般の者へ適用されるようになった。すなわたい監獄だけでなく、さまざまな機構(工場、学校、兵舎、病院)に用いられるようになり、さらにそれらの機構は国家によって管理されるようになった。まさに現代は監視の社会となった。資本主義は、最低のコストで、訓練され基準化された身体を手に入れることができるようになった。

(結)第4部 監獄
第1章 「完全で厳格な制度」
監獄は、個人を監禁することで、孤立化させ、強制労働によって矯正し、その態度によって刑期と待遇を調節することで、更正をうながすものとなった。
第2章 違法行為と非行生
刑法は犯罪者をその違法行為においてとらえるが、監獄の技術は囚人をその生活態度においてとらえる。前者では違法性が問題とされるが、後者ではその非行生が問題とされる。刑法の建前では、監獄は犯罪者を更正させることになっている。しかし実際には監獄はその特殊な環境によってむしろ「非行者」を生み出し、あらゆる違法行為の可能性を持つ者として社会に循環させている。それゆえ、監獄制度の真の意義は、違法行為を減らし、抑制することではなく、社会の転覆や不安につながるような犯罪の可能性を「非行性」として管理し安全なものとして閉じ込めることにある。
[それはちょうど、精神病院のありかたに似ている。精神病院はたてまえとしては精神病患者の治療をするためにある。しかし患者を閉じ込めることでかえって患者の社会への不適合を生み出してしまう。実際には精神病院は、社会不安を引き起こす者たちの閉じ込めと管理をしているというべきであろう]。
第3章 監禁的なるもの
監禁的なるものの社会全般への浸透している。すなわち、平準化、危険分子の囲い込み、規律=訓練的権力の普遍化、権力による規格化の推進、試験のかたちに適合した知のあり方、監獄的な権力にたいする抵抗の難しさ、が広がりつつあるのである。

 『性の歴史』「第一巻 知への意志」(1976)
 抑圧説
 古典主義の時代~19世紀)から20世紀にかけて[性にたいする]抑圧の時代があったという仮説がある。しかし実際には16世紀のなかばと19世紀の初頭を画期として、性についての言説ディスクール(discours言語による表現)の絶え間ない「増殖」がみられる。前段階における教会における告白(懺悔)、後段階での性についての性科学などの医学的テクノロジーの出現がその増殖をもたした。性は秘されたものという形をとりながら、じつはたえずそれについて語るように命じられていたのである。すなわち、性について知ろうとする「知への意志」が貫徹していたのである。(「真実の性を語れ」という命令が、「性の本質」「性の真理」なるものを一種の「虚像」として成立させている)。
 
 性的欲望の装置
 この「増殖」は19世紀のブルジョワジーが自分たちを対象とする形ではじえまり社会全般に普及した。それは別の言い方をすれば、「婚姻の装置」を「性的欲望の装置」が凌駕し、後者が前者を覆っていくことにほかならない。「婚姻の装置」とは親族関係を固定し展開する、名と財産のシステムであり、「生殖=再生産」をその重要な要素としてもっている。それに対して、「性的欲望の装置」とは、快楽をつうじて流動的かつ多形的かつ上京的な技術で身体を刷新し、併合し、発明し、貫いていくこと、そうして住民をますます統括的なかたちで管理していく装置である。
 性的欲望の装置が婚姻の装置を支配するようになったことで、女の体のヒステリー化、子供の性の教育化、生殖行為の社会的管理化、倒錯的快楽の精神医学への組み込みなど、新しい戦略はすべて「家族」を通じて成立するようになった。
 
 死にたいする権力と性にたいする権力
 「婚姻装置」と「性的欲望の装置」の対立は、それが結びついている権力のあり方の違いでもある。「婚姻装置」と結びついていたのは、法による禁止(「してはいけない」という否定)に基づく権力のあり方である。この権力は、王などの人格を中心とした、死刑を最終的な手段とするような権力であった。いわば「死にたいする権力」と言ってよいだろう。それに対して、「性的欲望の装置」が結びついているのは、あくまでも「生」を管理・経営していこうとする権力のあり方である。この権力は、禁止ではなく、そそのかし、管理し介入していくような、匿名の権力である。
 この「生にたいする権力」には2つの主要な形態がある。
 まずひとつは、17世紀にはじまる、人間の身体を規律によって訓練していく「人間の身体の解剖ー政治学」である。もうひとつは、18世紀なかばに形成された、身体の生命への介入と管理、すなわち「人口の生ー政治学」である。この身体の規律と人口の調節は、生にたいする権力の組織化が展開する2つの極である。性は、まさに身体の生と種の生の、両方の手がかりであるために、この「生にたいする権力」双方の組織化の対象となるのである。
 
 「「主体と権力」(1982)(『思想』№718)
 権力の系譜学:こうした生にたいする権力はどこから来たのか。
 キリスト教会における告白(懺悔)に由来する。すなわち「牧人=司祭型権力」
 「牧人=司祭型権力」:牧人(羊飼い)が羊の群の一頭一頭に心を配るように、各個人をその内面からとらえ、たえず監視しているような権力のあり方。この権力のあり方は、キリスト教の教会での告白(懺悔)を原型として、「近代国家」へと継承された。この権力は、上から個人を抑圧するのではなく、むしろ下から、すなわち個人に内面を語らせて、それを教え導くことで、個人を主体(subject臣民)として確立=服従さて、支配の関係のなかへ自発的に巻き込ませるのである。
 

 欲望を抑圧するのでなく、喚起しそれをまとめ上げることで成立する権力のあり方
 
  アルチュセール
 『イデオロギーーと国家イデオロギー装置』(1970)  
  生産関係の再生産はどのように達成されるのか
 イデオロギー(支配集団の利害を正当化するのに都合のよい、共有された理念ないし確信)
を人びとに植え付ける
  生産関係をすすんで形成する主体を再生産する場=国家イデオロギー装置
   政治、宗教、法律、家庭、学校、マスメディア、文化
 イデオロギーそのもの:人を呼びかけて答えさせることで主体にするもの

 結  
 近代と言う時代は、まさに個人を呼びかけることで主体(臣民)とし、その欲望を喚起し巻き込みながら管理していく、そういう権力が作動している時代である。  
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by takumi429 | 2007-05-11 00:23 | 社会学入門 | Comments(0)

8.フロンティアの喪失―――アメリカ社会学史への一視角―――

8.フロンティアの喪失―――アメリカ社会学史への一視角―――
 
アメリカ社会学の歴史をどのようにとらえたらいいだろうか。本稿は、それをフロンティアの喪失という観点からとらえてみることにしよう。
                            
1.ロック:新大陸開拓の承認
 イギリスの社会契約思想家ジョン・ロックはその主著『統治二論』のなかで、「土地の持つ潜在的能力を開花させるものがその土地を占有する資格を持つ」と説いた 。
 ロックのこの主張は、新大陸開拓の植民地の指導者たちを狂喜させた。なぜならインディアンを追いやって、土地を開拓していく彼らの行為がこの説によって正当化されたからである。
 
2.スペンサーの社会進化論:弱肉強食の承認
 弱者たるインディアンを攻め滅ぼし、アフリカから奴隷を連れてきて働かせる。こうした新大陸の論理をさらに正当化するものとして現れたのが、スペンサーの社会進化論である。彼の主張によれば、社会は動物の世界と同様に、弱肉強食であり、より進化しより適応力をもったものが、不適合な者を追い越して、繁栄していくのである(適者生存suvibal of the fitest) 。

3.スペンサーの死
 パーソンズ (Talcott Parsons 1902~79)はそのはじめての著作『社会的行為の構造』(1937)の冒頭で、「スペンサーは死んだ」と述べた 。それはすなわちすでにアメリカは社会ダーウィニズムの当てはまるような、外へ向かって膨張していく、またその膨張によって社会内部の対立矛盾が解消されるような社会ではなくなったことを意味していた。
すなわちフロンティアはもはや消えたのである。

4.ホッブズ問題
 フロンティアがなくなれば、いまやきまった土地のなかでお互いが取り分を求めて競い合うことになる。ひとつのパイを取り合うように、人は互いに敵対しあう。こうした問題をパーソンズは「ホッブズ的問題」と呼んだ。
 もしひとびとが自分の利益だけにはしって行為するなら、それはホッブズが『リヴァイヤサン』で描いた「人が人にとって狼であるような状態」になってしまう。そうして状態はどうしたら避けることができるのか、つまり「諸個人が功利的に行為する場合、どうすれば社会秩序は可能となるのか?」という問題、すなわち、彼が名付けるところの「ホッブズ問題」が生じることになる。
 この問題をパーソンズはどう解決しようとしたのであろうか。
 
4.1共通価値の受容
 パーソンズはこの問題を、「共通の価値の受容」ということで解決しようとした。「人が人にとって狼であるような状態」では、ひとはおたがいの出方(行為)を探り合い、結局、「両すくみ」の状態になって、身動きできなくなってしまう。この状態をパーソンズは「ダブル・コンティンジェンシー」と呼ぶ。ひとびとがたがいに、共通の価値と、それを実現するための様式(規範)受け入れることで、この「両すくみ」の状態は克服される、そうして社会の秩序は可能となる、そうパーソンズは考えた。 
 この共通の価値と規範の受容は二つの側面をもっている。ひとつは 共通の価値・規範を各人が自らのものとすること(内面化)、もうひとつは、共通の価値・規範が具体的な社会制度のかたちをとること(制度化)、である。
 
4.2 相補的役割関係
 共通の価値の受容は、パーソンズによれば役割というものが互いに支えあっていること、むずかしく言えば、一定の役割期待の相補性が成立していることを意味する。
 『社会体系論』(1951)の冒頭の献辞で、彼は妻に、病みがたい理論病患者にとって得難い均衡をもたらした、と感謝の言葉を述べている 。
 要するに、仕事をする「ぼく」、それを支える「君」というわけである。「君作る人、ぼく食べる人」というコピーがかつてあったが、それと大差はない。ともに「家庭は大切だ」という価値観を受け入れて、そのなかで補いあう(?)ような役割分担をしているというわけである(まあ男のかってな言いぐさといわれてもしかたないようなものである)。
 パーソンズはこうしたお互いに補いあうような役割関係が社会の大系を作り上げているとみる。たとえば、医師と患者もそうした相補的な役割関係である。
 
4.3 構造-機能主義
 パーソンズの描く社会は、地位-役割の体系としての社会である。地位の構造に埋め込まれた個人がその地位にふさわしい役割を演ずることで、社会の安定は維持されるのである。社会の構造に入れられた個人が、社会の安定に寄与する機能を果たすことで、社会の構造が維持されることを考察するのが、彼の「構造-機能主義」だったのある。
 
4.4幸福な社会=アメリカ
 こうした理論の背後には、50年代、世界でもっとも成功した社会としてのアメリカがある。つまりそれは「幸福な社会の完成体」としてのアメリカがある。しかしそれがたえず、自己を肯定しその価値観を宣伝し教え込まなくてはいけない社会でもある。じつはそれはそれを裏切る造反への不安がたえず抱えている、そうした社会でもあった。
 
5.1アメリカン・ドリームの功罪
 「アメリカ・ドリーム」と呼ばれるものがある。すなわち、アメリカではあらゆる人に成功の可能性がある、というものである。だがフロンティアの喪失の後、ある者の成功は他者の失敗を意味する。成功した者は他者に追いやられないために、その手段を独占しようとする。それでも成功しようとするものはその独占をうち破るか、あるいはまともではない手段を使ってでも成功しようとする。
 パーソンズの弟子のマートンが、デュルケームのアノミー概念を改変しつつ解き明かそうとしてのは、この問題である。
 
5.2 マートンのアノミー概念
 デュルケームのアノミー概念というのは、欲望の無制限な増大による無規範な状態を意味していた。彼のとらえた近代の病根はこの無制限な欲望の増殖という現象であった。
 マートンのアノミーのとらえかたはすこしちがう。マートンによれば、ある種の社)では「成功せよ」という文化的目標がつよく強調される。しかしそれを実現するための手段は問われない。その結果、人びとはまともな方法、すなわち、社会において制度的にきちんとみとめられ、できあがった手段をとらず、手っ取り早い手段をとるようになる。こうして生まれる無規制状態をマートンは「アノミー」と呼ぶのである
 アメリカは金銭的に成功するように人びとに圧力をかけている社会である。しかしそのための手段はあまり問われないため、人びとは非合法な手段を使ってでも成功しようとする。それがアメリカン・ドリームがもたらしている、アメリカの無規制状態なのである、とうのがマートンの考えていたことである。
 
5.3アメリカン・ドリームへの対応
 マートンは、文化的な目標とそれを実現するための(まともとされ、制度的にできあがっている)手段にたいして、どのような態度をとるかによって、人びとのあり方は5つの分類できるという 。
 Ⅰの「同調」は、社会が設定する目標をまともなやり方、つまり社会が認めた手段で達成しようとする人たちのありかたである。
 Ⅱの「革新」は、同じく社会が設定する目標を求めているが、まともではないやり方でそれを手に入れようとする人びとである。たとえば、ギャングのカポネのような人間を考えればいいだろう。
 Ⅲの「儀礼主義」の人びとは、もはや社会がいう目標を達成する気などなくなっている。しかし、社会的な決まりは守っていこうという人びとである。
 Ⅳの「逃避主義」の人びとは、社会的な目標も求めてはいないし、そのための努力も放棄してしまっている人びとである。
 Ⅴの「反抗」は、社会が標榜する目標もそのための手段にも疑問をもち、あらたな価値観によるあらたな目標とそのための手段を提示する。
 
     個人の適応様式の諸類型
  適応様式     文化的目標   制度的手段
 Ⅰ 同調        +       +     +は従う
 Ⅱ 革新        +       -     -は従わず
 Ⅲ 儀礼主義      -       +     ±は従わず別のものを提示
 Ⅳ 逃避主義      -       -
 Ⅴ 反抗        ±       ±
 
 マートンがいう「反抗」とはいかなるものなのか。それを具体化するような形でアメリカで現れたのが、「カウンター・カルチャー」と呼ばれる文化運動である。
 
5.1 カウンター・カルチャー
 60年代後半から70年代前半にかけてアメリカ西海岸では、「カウンター・カルチャー」(counter culture)と呼ばれる文化的運動が起こった。「対抗文化」とか「 反体制文化」とも訳されるこの運動は 、社会の既存価値観や慣習に反抗する若者の文化・生活様式であった。60年代末期のロック・ムーブメントは基本的にこの文化運動の影響下にあったと言ってよい。
 
5.2 映画『卒業』
 この時代のムードを先取りするように現れたのが、1967年ダスティン・ホフマンが演じた『卒業』という映画である。
 主人公の青年は東海岸の大学を優秀な成績で卒業し、家族のいる西海岸の家に帰ってくる。プールつきの立派な家に帰ってきた彼は、しかしどうもそこでの生活になじめなくなっている。やがて彼は幼なじみのエレインの母親と不倫関係になります。そして仲が良さそうにみえていたエレインの両親がじつは離婚寸前であることを知る。こうして彼は、日常生活の裏側を知り、そこに入っていく」。
 彼がかつてはなじんでいた家族との生活になじめず、まるで異邦人のような気分になっていることを表すシーンにこんなのがある。優秀な成績で卒業したことを祝って、彼の父親は息子に潜水服をプレゼントする。むりやりそれを着させられた彼の目に映る情景が潜水服の中からの視線で映される。8ミリをもってはしゃいでいる父と母。主人公は潜水服着せられ、ぎこちない動きでそれをみている。結局かれはプールに潜らされ、プールの底から水面を見上げ、「パパ・・・」とつぶやく。
 同じ年、「ドアーズ」(doors)というロック・バンドがアルバム『まぼろしの世界』(Strange Days)のなかの「まぼろしの世界」(People Are Strange)という曲でつぎのように歌っている(作詞ジム・モリソン)。
「きみが異邦人(stranger)であるとき、ひとびとは見慣れない奇妙なもの(strange)になる。」
 この詩で歌われたのと同じように、『卒業』の主人公はまさに異邦人の目でまわりの人びとを見、そのため日常生活を営むひとびとがまるで奇妙な存在に感じられる。
 主人公はやがて幼なじみのエレインと恋仲になるが、彼の不倫相手の母親とそれを知った父親は、急いで娘を別の男と結婚させようとする。結婚式に駆けつけた主人公は教会のガラス越しに、いままさに進行しつつある結婚式を見る。もう手遅れだ、と思った主人公は思わずガラスを手で打ち「エレイン」と叫ぶ。すると突然、式は停止し、彼女は彼を見つめ。それに勇気を得た彼は、式場から花嫁エレインを奪い去り、ふたりしてバスに乗り込み、映画は終わる。
「もう決まったことだ」、「動かしようのないことだ」と思われた日常は、じつは意外にもろいものだった。異邦人の目で日常生活を眺め、それを突き崩していく青年。まさに「反抗」のタイプの人間が登場しつつあったのである。

5.3 エスノメソドロジー
 同じ1967年に ハロルド・ガーフィンケル(Harold Garfinkel 1917-という社会学者の『エスノメソドロジー研究』(Studies in Ethnomethodology) という論文集が出版され。
 この「エスノメソドロジー」という奇妙な名前の学問は、ひとびとがどのように日常生活を作り上げていくか、その方法を、まるで異邦人のような違和感をもちながら、調べていく。
 
5.3.1 エスノメソドロジーによる実験
 ガーフィンケルは、たとえば、学生に「家にかえったら、下宿人になったつもりで、親と会話しろ」と言う。当然、親子の会話は齟齬をきたす。
 たとえば、
親:「あれどうだった?」
子:(下宿人になったつもりで)「あれって、なんですか。」
親:「だから今朝言ってたやつだよ。」
子:「おっしゃることがわかりません。」
親:「お前、どうしたんだ。熱でもあるのか。」
 こうした齟齬をきたした会話からわかるのは、なにげない会話でもじつはその前提となる共通の理解されたもの(「背後理解」)があることである。
 またガーフィンケルは、学生に、「お店で値切ってみろ」と指導する。
 定価販売になれたアメリカの大学生は値切ることなど思いもつかない。品物の値段は「決まったもの」だと思いこんでいる。しかし実際に店の人に、「もう少し安くなりませんか」と聞いてみると、じつはけっこう値引きしてくれるものなのである。
 つまり、日常のふつうに進行していることがじつはかなり込み入ったことを前提にしていたり、「決まりきったこと」だと思っていたことが、じつは案外「やわ」であることがわかる。このように、ひとびとが「あたりまえ」と思っていることを浮き出させ切り出していくのがこの学派のやり方である。またその根底には、社会はあるものではなく作り上げていくものである、という考えがある。
 この学派はまさにマートンが予感した「反抗」の季節の産物といってよいだろう。

6.まとめ
こうしてアメリカの社会学の歴史は、フロンティアの喪失という宿命的な課題との格闘を通じて展開されてきた。フロンティアとは外部への侵出する際の前線を意味する。すなわち、外部へと侵出することが不可能になったときフロンティアは失われる。その後のアメリカの政策は絶えず外部を作り上げそこへと侵略しつづけることで自己を維持していきたように思われる。その意味でアメリカの社会は社会学者たちが立ち向かった問題の解決を回避つづけてきていると言えよう。
 侵略すべき外部の喪失という観点でみるなら、それはけっしてアメリカ一国の問題ではない。それはむしろ私たちが解決すべき問題でもあると思われる。


1.ロック『統治論・第二篇』宮川 透訳、中央公論社、世界の名著、1968
2.コント 霧生和夫.清水禮子 コント・スペンサー 世界の名著36, 中央公論社1970
3.タルコット・パーソンズ著/稲上毅・厚東洋輔/共訳 社会的行為の構造木鐸社1976
4.タルコット・パーソンズ著,佐藤勉訳:社会大系論、青木書店1774
5.マートン(著)、森東吾ほか(訳):社会理論と社会構造、みすず書房1961
6.Harold Garfinkel : Studies in Ethnomethodology, Blackwell Pub.,1984
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by takumi429 | 2007-05-10 21:40 | 社会学入門 | Comments(0)