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フェミニズムの諸思想(1)参政権獲得まで

以下に載せるのは、1989年の名古屋市立大学看護短期大学部での私(勝又正直)の講義をまとめたものです。内容は、ジョゼフィン・ドノヴェン著、小池和子訳『フェミニストの理論』(勁草書房)に依るところが大です。16年以上前のものなので、最近のフェミニズム思想、とりわけバトラーやスピヴァクについてはふれていません。また機会があったら勉強して書き改めたいと思っています。

フェミニズムの諸思想(1)
--- 参政権獲得まで ---

 本稿ではフェミニズムの諸思想を、それに影響を与えた男性の思想との関連に留意しながら考察する。この(1)では婦人参政権獲得以前からの思想をとりあげる。すなわち、自由主義フェミニズム、文化フェミニズム、初期マルクス主義フェミニズム。

 フェミニムズは現代においておそらくもっとも生産的な思想的立場であろう。これまでフェミニズムは男性によってつくられた諸思想・学問を貪欲に吸収し、それを解体・構築してきた。フェミニズムというフイルタ-をくぐることで、男性の諸思想はその限界とその真の意味を露呈された。それゆえフェミニズムの諸思想を研究することは、単に女性の思想を研究するだけではなく、男性の諸思想の内実と限界をよりよく知ることでもある。 それゆえわれわれは代表的なフェミニズムの諸思想を、それに影響をあたえた(男性による)思想あるいは運動との関わりあいにおいてとらえることで、その内容と問題を明らかにしていこう。そうすることはひるがえってこれまでの男性による諸思想を反省することにほかならないのである。

 (1)啓蒙運動の自由主義フェミニズム
18世紀後半、アメリカの「独立宣言」(1976年)、フランスの「人権宣言」(1789年)の諸宣言およびそれによるアメリカの独立(1763-89)、フランス革命(1789-99) という市民革命は、いわゆる「啓蒙思想」(Enlightmentenment)と呼ばれる思想をその基礎としていた。
 啓蒙思想は、自然の光としての人間生得の「理性」(物事を理論的に考える精神能力)の前面的に信頼し訴えて、各人があえてみずから理性の力を行使することによって、「人間がみずからに負い目のある未成熟状態から脱すること」へと働きかけ、こうして、理性的自立的な人格の共同体をめざすことに、その目標があった。またその政治思想は、生得の権利(自然権)をもつ相互に平等な個人が契約によって政府を形成・支持する、というものであった。
 オリンプ・ド・グージュの『女性と女性市民の権利宣言』(1789)、ジュデイス・サージェント・マーレイの『両性の平等について』(1790)、メアリ・ウルストンクラフトの『女性の権利の擁護』(1792)によって提唱された、啓蒙主義のフェミニズムは、まさにこの啓蒙主義を女性の適用することを主張するものであった。(このことは、オリンプ・ド・グージュの『女性と女性市民の権利宣言』という題に顕著にあらわれている。この題名は、フランスの『人権宣言』(原題『人および市民の権利宣言』)の「人(男性)homme 」を「女性femme 」に、「市民 citoyen 」を「女性市民citoyenne 」におきかえたものである。つまり『人権宣言』の人権というのがあくまでも男性homme に限定されているのに抗議し、それを女性にまで拡大することを要求しているわけである。)
 この思想の代表的論者のメアリ・ウルストンクラフトはその著『女性の権利の擁護』においてつぎのように主張する。
 女性も男性同様に理性を持っている。しかしその理性の発達は、女の人生の目的は男に奉仕することだと教える教育のために未発達となっている。そのため現在女たちは男に媚を売って生きるという奴隷状態にある。しかし男女の平等な教育によって女性の理性が啓蒙されれば、女性も批判的思考に目覚め、家庭という男の従属から解放され、理性的な公的生活に参加するようになれるだろう。
 つまり教育で理性を目覚めされれば女性も男性と同格の権利主体となりえる、というわけである。つまり啓蒙主義の自由主義フェミニストは、人間とは、男性(man)だけではなく、女性(woman )をも含むものであると、主張したのである。
 これに対する男性自由主義理論家の反応は、「とんでもない!」といった感じの否定と弾圧であった。啓蒙主義的自由主義論者にとって、自然権をもつ人間とはあくまでも財産を持つ男性家長であった。市民社会とは家長(市民)をその構成単位としている。女こどもは、それぞれの家庭において家長の権威に服従している存在にすぎなかったのである。 市民革命における「市民」の概念の範囲がきわめて限定的であったことが最近の研究によって徐々に明らかにされてきている。だがそのことは啓蒙思想の女性への適用によってうまれたこの自由主義フェミニズムへの反応がすでのくっきりと照らしだしていたのである。
 女性を一人前の市民として認知させようとする要求は、婦人参政権運動に引き継がれた。つぎにこの運動の発展に大きな功績があった。ジョン・スチュワ-ト・ミルの思想をみてみることにしよう。

 (2) 功利主義的フェミニズム
まずイギリスの婦人参政権運動の展開を追ってみよう。
 すでに17世紀市民革命期には女性の国政参加の請願が国会に提出されている。チャーティスト運動(1837ー58) は人民憲章People's Charterを掲げて普通選挙universal suffrage(選挙権・被選挙権が財産の多少によって制限されない選挙)要求した。1865年にジョン・スチュワ-ト・ミルは婦人参政権を公約に下院議員に当選する。同年、マンチェスターで最初の婦人参政権協会つくられた。1866年に1499人の婦人参政権要求の署名がミルを通じて下院に提出された。しかし1867年、婦人参政権案は196 対73で否決され、1868年の総選挙でミル落選する。翌年1869年にミルは『女性の隷属』(邦題『女性の解放』)を発表する。同年、地方自治体の選挙権を女性が獲得する。1870年に教育委員会の選挙権を女性が獲得した。しかし国政レベルの普通選挙権の獲得の道は遠かった。1897年にM.G.フォーセットらが結成した穏健派の婦人参政権協会全国同盟(NUWSS) の活動も、1903年にE.パンクハーストらが結成した女性社会政治同盟(WSPU)のテロや投身自殺などの過激な活動も、成果をあげることはなかった。女性の政治的権利承認への契機となったのは、皮肉にも第一次世界大戦(1914-18) における両組織の戦時協力であった。(総じて戦争は女性の社会進出と地位向上をもたらす傾向がある)。1918年に「人民代表法」により30歳以上の女性の選挙権認められ、1928年になってようやく21歳以上の男女に(平等の)選挙権が認められるにいたるのである。(ちなみにアメリカにおいて婦人参政権が獲得されたのは1920年、ドイツは1919年、フランスは1944年、日本は1945年である)。
 この経緯をみてもわかるようにジョン・スチュワ-ト・ミル(1806ー73) は婦人参政権運動に大きな役割を演じている。当時のイギリス思想界の寵児ともいうべきミルが婦人参政権に賛成したとういのはきわめて大きな影響力をもったのである。
 実はミルは24歳の時(1830年)から、富裕な商人であるジョン・テイラ-の妻であるハリエット・テイラー(1807ー58) と交際していた。このなかば公然たる人妻との交際は、清いまま21年も続き、夫のジョン・テイラ-の死(1849年)の後の1851年にようやく二人は結婚したのであった。(しかし彼女はそのわずか7年後に死んでしまうのだが)。
 ミルの永遠の女性とでもいうべきハリエットは、しかし単なる富裕な有閑婦人ではなかった。彼女は匿名で1851に「婦人参政権」という文書を発表している。彼女は、 官職・専門的職業すべての門戸解放をふくむ民法上、政治上の完全平等、 結婚に関するすべての法律の廃止を要求・主張した。
 ミルの婦人参政権論はこのハリエットの主張を、彼の思想的信条であった「功利主義」によって受け止め、口当たりをよくしたものであった。周知のように、「功利主義」とは道徳の原理である社会の善とは、それを構成する個人の善(=快楽・幸福)の総計である、と考える思想である。そこでは「最大多数の最大幸福」こそが社会の幸福なのである。 ミルは彼の婦人参政権論を1869年の『女性の隷従 The Subjection of Women』(邦題『女性の解放』)にまとめている。以下その内容を章ごとにみてみよう。。
 第1章。現在の法律では男女が同権ではない。これは男性が女性より優れているからではなく、男性が女性よりも肉体的に強かったという歴史によるものである。これを改めることは社会の進歩である。各人の自由の拡充によって社会は進歩する。女性にも職業選択の自由を認めねばならない。あらゆる職業・地位を女性に解放すべきだ。
 第2章。現在のイギリスの法律における女性の妻・娘としての隷属している。そのために女性は天与の能力の発展を阻害されている。
 第3章。女性が社会的に重要な地位につけないのは、社会制度を作ったのが男性だからである。現在女性の能力が低くみえるのは、あくまでも抑圧の結果である。
 第4章。女性が解放されれば、 男性も不当な尊大さを持たなくなる。 全体として人間の社会的能力が倍加する。 女性はよりりっぱな人間になる。ゆえに女性の解放は人類の解放である。
 こうしてミルは、婦人が解放されることで幸福になれば、社会を構成する半数があらたに幸福になることになり、それは社会の善の増大をもたす。ゆえにこの解放は望ましいと考えたわけである。
 しかし女性が男性への隷従から解放されることははたして男性の抵抗なしに達成されるであろうか。女性が解放されることは必ずその裏側に男性の権力の喪失、およびそれによる利得喪失をともなっている。ミルの議論には、男女がともに未開地を開墾していき、ともに豊かになっていくといったイメ-ジがある。しかし男と女の間には限られたパイを奪い合うといった関係が存在する。ミルの議論にはまさにこの男女間の闘争的関係をみる観点が足りないのである。(その点、女性の隷属を固定化する結婚の法的規定をすべて廃棄することを主張したハリエットの方がよりラディカルであったと言えよう)

 さて以上、(1) と(2) で自由主義フェミニズムをみてきた。このフェミニズムは「女も人間である」との主張によって、大きな影響力を持ってきたし、いまなお持ちえている思想である。(その有効性はいまだに健在である)。
 しかしこの思想にはいくつかの問題点もあるように思われる。
 まず第一に、このフェミニズム運動は私的領域に触れえなかった。しかし法的変化のみでは女性の地位は向上しない。それは法的にはほぼ男女平等になった現代において、なお男女差別が存在することからもあきらかである。むしろ階級としての女の隷属は男の階級、教育と社会組織の父権制的、男性奉仕的システムによってもたらされている。「女は家」という発想自体が女をスポイルしているのである。
 次に、このフェミニズム思想は、啓蒙主義がもたらした「公」と「私」の分離をそのまま継承している。「公」と「私」の区分は、理性的世界と非理性的世界の区分である。それはそのまま、男の世界と女の世界に対応する。ニュートン以来の近代の世界観には、前者が後者を支配しコントロールするという発想が潜在しているのである。フェミニズムはまさにこの世界観をも問題とせねばならないのである。
 さらに自由主義的フェミニズムは、あえて男と女の差異を不問に付している。しかし反対に「女は男とは違う」ということにこだわることであらたな世界観を打ち建てる可能性が存在する。それが次にあつかう「文化フェミニズム」がとった道であった。

 (3) 文化フェミニズム
啓蒙的自由主義フェミニズムは、女性も男性同様に人間であることを主張した。その思想は理性的であり、運動も法律尊重であり、政治的変革を志向していた。
 しかしここで語られる「人間」なるものはあくまでも男性をモデルにしてかたられるものであり、「人間」への同化は女性の特性を捨て「人間」なるものへと中性化することではないのか。いやむしろ「人間」(man) が男性を本来意味している以上、「人間」であることの主張は、女性の男性化を意味するのではないのか。
 婦人参政権運動が19世紀後半から盛んになるにつれて、それとは対極的な文化フェミニズムの思想も発展してきた背景にはこうした問題意識がある。
 自由主義フェミニズムとは反対に、文化フェミニズムはあくまでも男と女の差異の強調する。そして女のすぐれた資質、すなわち平和・協同・調和の資質を強調し、それを固持することの必要を説く。腐敗した男性の政治世界の浄化のためには、女たちのすぐれた道徳的視点が必要なのである。だからむしろ女性が男性とは異なるすぐれた道徳性をもつがゆえにこそ、女は公的世界に参入して投票権を持つべきだし、また持たなければならないのである。
 文化フェミニズムの理論的背景となったものは、バハオーフェンの母権制論と、クロポトキンの社会ダーウィニズムがあった。
 まずバハオーフェンの母権制論をみてみよう。バハオーフェンによれば、人類の歴史は 乱婚制、母権制Mutterrecht 、父権制Vaterrechtの段階を経ている。父権制社会とは今日の男性が支配する社会である。それに対して、母権制社会とは女性が支配する社会である。女性が支配する社会が存在したというこの学説は、男性優位の社会で虐げられている女性に、別の社会の可能性を示唆するものとして受け取られた。
(注:個人の系譜が母方の方でたどられる母系制の社会はいたるところに見られる。しかしこの母系制社会においても権力を握っているのは男性(伯父)であって、母親ではない。人類学ではいまだに女性優位をともなった母系制は発見されていない。それゆえこの母権制の概念はバハオーヘンが文献から得た想像の産物とみなされている)。
 社会ダ-ウィニズムはダーウィンの進化論を社会に適用したものである。周知のようにダーウィンは、動物の種は自然淘汰のメカニズムを通して、単純なものから複雑なものへと幾世紀もかけて進化した、とした。社会ダ-ウィニズムはこの考えを社会全般に適用して社会の進化を語ろうとした。
 社会ダ-ウィニズムには、H.スペンサーのように、生存競争と適者生存の概念(すなわち勝ち残った者はそれに相応しい、という考え)によって社会の変化を説明し、戦争と競争が社会の進歩を支える、と考える者もいた。
 しかしP.クロポトキンの社会ダ-ウィニズムはこれとは趣きを異にする。ロシアの著名なアナーキスト(国家廃止主義者)であった彼は、人類は競争的組織から協力的集団的組織、すなわち国家を必要としないような組織へと進化する、と考えたのである。
 こうした母権制と協力的な組織社会の理想が文化フェミニズムにあたえた影響は、C.P.ギルマン『ハーランド』(邦訳『フェミニジア 女だけのユートピア』)に顕著に現われている。単性生殖によって女性だけが存在するフェミニジアは平和で協調的な社会である。物語りはそこへ迷い込んだ三人青年の体験談として語られるのである。
 文化フェミニズムの具体的成果としては、1915年<婦人平和党>の結成、1915年ハーグの<国際婦人会議>の決議、それが1918年ウィルソンの平和原則14ケ条に影響を与え、さらにそれが国際連盟として具体化したことを挙げねばならないだろう。
 文化フェミニズムの問題点としては、まず第一にこの運動が男女の差異の強調するあまり逆にそれが女性の職場からの締め出しの方便に使われるという危険性が指摘できるであろう。
 しかしそれより重要なのは、男女の差異は、はたして生物学的差異なのか、それとも社会的・文化的なものか、という問題である。前者であるとするば、この考えは生物学的決定論につながり、しいては人間の自由の可能性を否定することにもなりかねない。後者であるとすれば、公的世界に平和的価値観をもつ女性が参入すべきだという文化フェミニストの主張は瓦解する。なぜなら女性が公的世界に参入したそのあとの社会において、はたして女性が以前の価値観をもつかどうかわからないからである。もちろんこれまでもっぱら女性がもっていた平和的・協力的価値観は男性も学びうるものであるし、そうしたイデオロギーの変容こそ、一種の文化革命であることは確かである。
(注:女性の協調性が女性の固有性として存在することという考えは、キャロル・ギリガンの『もうひとつの声』においてより洗練された形で主張されている。認知心理学のこの新たな展開はきわめて興味深く重要であると思われる)。

(4) 初期マルクス主義フェミニズム
これまでとりあげたフェミニズムはすべて思想的運動とでもよぶべきものであった。それに対し、19世紀後半からの初期マルクス主義フェミニズムはマルクス主義のもつ社会科学的な社会分析による社会変革論となり得ることができた。(それが正しい分析であったかどうかは別にして)。
 フェミニズムのもっとも大きな影響をあたえたのは、エンゲルス『家族・私有財産・国家の起源』(1884)であった。エンゲルスはバハオ-フェンの母権制論の影響の下、つぎのような人類史を想定した。
 先史時代においてははじめ乱婚制がおこなわれていた。その結果、子供は父親はわからないから、子供の出自はもっぱら母系によるしかなかった。その結果、母親が支配する共産主義的母権制が出現した。しかし、動物の家畜化がすすみとそれはもっぱら戸外に出ていける男性の手中におさまった。家畜や交易などの多様な富の出現し、それはもっぱら父親の所有物となった。富の増大は父の私的所有物の増大をもたらし、父親の権力は増大した。。父はこの所有物の実子への相続を願うにいたる。しかし母系制では実子は他の氏族員でしかない。そのため実子を同氏族へと回収する父系制への移行がおこなわれたのである。こうし私的所有を契機とした母権制から父権制への移行を、エンゲルスは「女性の世界史的敗北」と呼んだのであった。さらに資本主義の登場は核家族化をもたらし、女性は家庭の召し使いへの転落してしまったのである。
 この抑圧・疎外の解決法は、女性の公的労働への参加することと、私的家事労働が社会化されることである。後者は私的生産の共同化されることにほかならず、すなわち社会主義革命の成功を意味する。
 こうして初期マルクス主義フェミニズムにおいては、婦人問題の解決は資本主義下の社会問題の解決、すなわち革命による解決と等しいものとみなされていたのである。
 しかし初期マルクス主義フェミニズムにもいくつかの問題点がある。
 まず第一に、すでの文化フェミニズムにおいて指摘したように、バファオ-ヘンの母権制論とそれの影響をうけたエンゲルスの議論には、母系制と母権制の混同がみられる。氏族がその系図を母方においてたどる母系制においても、財産権・支配権は男性(伯父)にあるのであって、母親が権力を握っているわけではないのである。(エンゲルの人類史は一種のよくできたお話の域をでないのである)。
 第二に、このフェミニズムでは資本主義さえ打倒されれば女性は解消されるかのようであるが、社会主義においても、また資本主義以前の社会においても、男性の支配は存在しかつ存続しているのである。
 しかしマルクス主義フェミニズムの登場によって、女性解放運動においてすぐれて科学的な議論が可能となった功績は否定できない。とりわけ論争点となったのは、家事労働の位置づけ(家事労働は疎外された労働か否か)と家庭における社会化のイデオロギー的性格の問題であった。これらの論争はフェミニズムがより科学的な基礎を得るうえできわめて重要な契機となったのであった。
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by takumi429 | 2005-01-03 15:14 | フェミニズム思想入門 | Comments(0)

フェミニズムの諸思想(2) 参政権獲得の後

フェミニズムの諸思想(2)
--- 参政権獲得の後 ---
 
 この(2)では、参政権獲得後のフェミニズムの諸思想、すなわち、実存主義フェミニズム、ラディカル・フェミニズム、後期マルクス主義フェミニズム、ポストモダン・フェミニズムをあつかう。

 これまで我々があつかってきた、(1・2) 自由主義フェミニズム、(3) 文化フェミニズム、(4) 初期マルクス主義フェミニズムは、婦人が参政権を獲得する以前から存在し、かつこの参政権運動を支えてきた。しかし第二次世界大戦が終結し、多くの先進国で女性は参政権を獲得した。(婦人参政権が認められたのは、たとえばアメリカ合衆国は1920年、フランスは1944年、ドイツは1919年、日本とイタリアは1945年、中国は1947年、インド1947年である)。それによってそれまでの婦人解放運動は当初の目的を達成すると同時に目的を失った。それ移行、フェミニズム運動は政治的同権の獲得にもかかわらず存続する女性差別を、さらに文化的問題として深く追求する方向を歩みだした。その結果うまれたのが、これからのべる、(5) 実存主義的フェミニズム、(6) ラディカル・フェミニズム、(7) 後期マルクス主義フェミニズム、(8) ポストモダン・フェミニズム、の諸潮流である。

 (5) 実存主義的フェミニズム
「実存主義的フェミニズム」という用語は存在しない。この言葉を指し示したいのはシモ-ヌ・ボ-ヴォワ-ル (1908-1986)がその著『第二の性』(1949)によって表わした思想である。まずその思想的背景を探ろう。
 ヘーゲルはその著『精神現象学』で、「主人と奴隷の闘争」なるものを展開した。いわく、主人はなるほど奴隷を支配している。しかし主人の自意識はつねにその存在を証明する他者、すなわち奴隷を必要とする。そのため主人に自意識は逆に奴隷の存在に依存することになってしまう。ここに主人と奴隷の立場の逆転がうまれる。しかし有利な立場、すなわち主人の立場に成り上がった奴隷の自意識も今度は奴隷に成り下がったもと主人の存在に依存するようになる。こうして終わりのない主人と奴隷の相克が生まれるのである。ロシアの亡命哲学者アレクサンドル・コジェ-ブはこの「主人と奴隷の闘争」を軸にした『精神現象学』の解釈をフランスで講義した。かれはこの弁証法を、ハイデガ-の『存在と時間』の実存主義によって解釈した。
 ハイデガーによれば、人間存在は世人das Man (主体性のない中性的な人間)となってしまっている。この世の中に投げ込まれている(世界-内-存在)たる人間(現存在)は自己の可能性へと自己を投げ返す(投企)ことで自己の真なる存在に自覚的となる。その契機となるのが日常にひそむ(自らが死を関わることと真実の生き方をしていないことに対する)不安=良心の声である。
 ボ-ヴォワ-ルの夫でかつ思想的同志であったサルトル(1905-80) は、間接的にはこのハイデガ-の実存主義を、直接的にはコジェ-ブの解釈に影響を受けて、自己の実存主義を形成した。
 彼によれば、実存するとは、脱自的、超越的なありかたで、自己がいまだあらぬ(無)ところのものであるかのように、また自己が現にあるところのものであらぬように、自己を成らせていくことである。対自 pour soi なる者(主)は他者である即自en soiなる者(奴)を眼差しによって客体化し、そこに自己の悪を投影する。欺瞞とは自己が自己実現へと参加するかわりに、即自的な客体へとなることである。束縛を契機として参加へ(アンガージュマン)ことこそ肝要である。
 まとめてみるなら、実存主義は、人間の実在existereを自己のおかれた状況の外へexと立ち出でるsistere ことに見る。それゆえ絶えず自己が置かれた状況を超えていく自由を行使することにこそ実存主義の根本精神があるのである。(1905-80) との同志的夫婦関係 ボ-ヴォワ-ルの『第二の性』はこの実存主義の思想にもとづいて女性のもつあらゆる諸相を包括的に語ろうとしたものであった。
(注:ちなみにその構成を掲げよう。第一部:理論編 序言  1宿命 第1章生物学的条件 第2章精神分析の立場 第3章唯物史観の立場 2歴史 女の神話 文学に現れた女 第二部:体験編  女はこうしてつくられる 第1章幼年期 第2章若い娘 第3章性の入門 第4章同性愛の女  女はどう生きるか 第1章妻 第2章母 第3章社交生活 第4章娼婦と囲い女 第5章成熟期から老年へ  自由な女 第1章永遠の女性とは? 第2章ナルシスの女 第3章恋する女 第4章神秘家の女 第5章自由な女 結論) この大著でボ-ヴォワ-ルが主張したことは、人間社会においては対自的存在は男性であって、女性は即自的存在すなわち他者となってしまっているということであった。すなわち、男は他者としての役割を女に押付け、女も他者(客体)の役割を受け入れている。そこに彼女はおおきな欺瞞を見いだす。この欺瞞によって女性は女という男の対象物といての役割を与えられるのである。彼女は言う。「ひとは女に生まれない、女になるのだ。」
 ボ-ヴォワ-ルによれば女性は月経・出産・育児などの非超越的で反復的な生理と仕事に縛られている。そこにはいかなる実存的な状況超越の動きもみられない。こうした束縛から自己を解放してこそ女性は真の実存となることができるのである。
 ボ-ヴォワ-ルの『第二の性』はきわめて広範な影響を与えた。いまだにこれをこえる影響力をもった女性論は存在しないと言って過言ではないだろう。
 しかしそれは同時に問題点も有しているように思われる。
 まずそれがもっぱら白人ブルジョワ女性に焦点をあてていることも問題であろう。しかしそれ以上に重要なのは、ボ-ヴォワ-ルが説く超越的投企なるが、きわめて男性的な生き方であり、世界の能動的変革していこうとする野蛮なまでの意欲に充たされていることである。こうした生き方ははたして女性が、さらには現代の男性にとっても承認されるべきものなのであろうか。現に我々はこうした世界の能動的変革の結果の一つとして生態系の致命的な破壊をもたらしている。そしてそれと関連してボ-ヴォワ-ルは女性の月経・出産・育児を否定的なものとしてとらえている。(そのためであろうか、ボ-ヴォワ-ルは生涯こどもを持たなかった)。しかしむしろ女性のこうして特性にこそ新たな思想立脚点を探ることも可能なのである。(そうした思想といして我々は後でポストモダン・フェミニズムを考察することにする)。
 だがそうした問題と欠陥を持ちながらも、この『第二の性』はいぜんとして有益で刺激的でかつきわめて包括的な女性論の古典であることを我々は認める必要があると思われる。

 (6) ラディカル・フェミニズム
アメリカでは、婦人参政権の獲得(1920年)の後にフェミニズム運動の停滞がみられた。こうした停滞を打破し、女性解放運動の再生の契機となったのがべティ・フリ-ダンの著作と活動であった。
 ベティ・フリーダンはベストセラ-『女らしさの神話』(1963年)において、中流白人主婦のとらえようのない不満を描いた。「女らしくあれ」とする教育が実は女性の人間的成長を妨げていることをこの著作はするどく突いたのである。
 この著作の発表のきっかけにしてフリ-ダンは実践的な女性解放運動へと飛び込んだ。それが彼女を中心としたNOW(National Organization for Women全米女性機構)の発足であった。
 1965年合衆国では、公民権法第7項の修正、すなわち雇用における性差別の撤廃を入れるかどうかをめぐって連邦議会の攻防がおこなわれた。雇用機会均等委員会(EEOC)は弱腰であった。これに対して、1966年フリーダンを中心としてNOW(全米女性機構)結成されたのである。NOWはその設立目的として「男性との真のパートナーシップの中で、権利と義務を保持しつつ、今日のアメリカ社会の主流に女性を完全に参加させること」をうたった。こうして合衆国での女性解放運動は再生した。
 そして活発となった女性解放運動において70年代に現われたのがラディカル・フェミニズムであった。
 ラディカル・フェミニズムは、公民権運動・反戦運動・新左翼運動に参加し、その男性運動家の女性蔑視に憤った女性活動家によって始められた。そこには新左翼の理論、組織、個人的スタイルにたいする反発がみられた。公民権運動・反戦運動・新左翼運動は平等で平和な社会を理想としながらも、その成員内での著しい女性蔑視と差別を残していた。こうした矛盾は女性活動家に、はたしてこれらの運動が志向する政治的変革だけでこれらの女性差別・蔑視が解消されるのか、という疑問を生じさせたのであった。
 ラディカル・フェミニズムの主張はつぎの5つにまとめることができる。
  女性の個人的主観的問題は新左翼の問題(社会的正義・平和の問題)と同様の重要さをもつ。
  個人的なもの(女性のおかれた抑圧的個人的状況)が政治的(女性をその性ゆえに抑圧する構造)である。
  資本主義ではなく、家父長制(男性支配)こそが女性抑圧の根源である。
  女性は従属的な階級・カーストであることを自覚すべきである。そしてこの性階級制と闘うべきである。
  男の文化と異なる女性の文化こそ未来社会の基礎となるべきである。
 このラディカル・フェミニズムの代表的論者とその著作を見ていこう。
 ニューヨーク・ラディカル・フェミニストの「エゴの政治学」(1969年)。この歴史的文書では、いわゆる「男らしさ」や「女らしさ」なるものが徹底的にそのイデオロギーを暴露された。愛や結婚や家族はじつ女性抑圧の制度・装置にほかならず、女子はこの抑圧された役割に適合的な「女らしさ」なるものを学習させられているのである。それゆえ解放のためにはまず女性が自我に目覚めなくてはならないのである。
 マルクス主義者グラムシとアルチュセールは、資本主義国家は自己を再生産するための装置として教会・教育・家族などの文化的装置をもち、イデオロギー上の覇権(ヘゲモニー)をにぎっていることを明らかにした。これと同様に、ケイト・ミレット『性の政治学』(1970年)は、女を従属的な地位にとどめる文化的な装置が存在することを暴露する。そうして文化装置として、彼女は文学(ポルノグラフィをふくむ)、家族、レイプを挙げている。 さらにシュラミス・ファイアーストーン『性の弁証法』(1971年)は、女性の抑圧の物質的基盤は経済ではなく、身体にある、という。女性の再生産機構、すなわち出産機能が、家父長制と、その支配イデオロギーたる性差別主義が構築される土台となった、性別分業の原因なのである。父と母と子から成る核家族こそが「家父長制」(男性による女性支配)のイデオロギーの刷り込みの場なのである。こうしたイデオロギー的家族を終わらせなばならない。そのためにはこれまでの家族に代えて、「有限契約世帯」(10人程からなり、その三分の一が子供で、その子供は血のつながらない子供をふくむ)をつくるべきである。また女性は男性に奪われた再生産手段の奪い返すすべきである。そのためには試験官受精・人工胎盤などを使って妊娠のバイパス(回避)し、出産と育児と結びついた性別分業の解消すべきである、と説くのである。また、いわゆる「愛」や「ロマンス」というのはの女性を麻痺させておくイデオロギ-的麻酔剤であるとする。そして男性の歪んだ文化を女性文化との統合によって癒してうえで、両者の統合をめざそうと、提言する。
(このファイア-スト-ンの議論は、あまりにテクノロジー依存しており、単純な生物学主義に陥っている。生物学的事実(セックス)がいかにして社会的現象(ジョンダー)となるかこそが問題である、と言えよう)。
 ともかくこうしてかつての文化フェミニズムの議論は「家父長制」の概念とともに蘇ったのである。だがこのラディカル・フェミニズムの主張は、あまりに私的で文化的な領域に限定されすぎていた。またその「家父長制」の概念もあいまいであり、まだ「男性支配」を言い換えたものに留まっていた。こうした欠点を改めるべく登場したのが、後期マルクス主義フェミニズムであった。

(7) 後期マルクス主義フェミニズム
初期のマルクス主義フェミニズムは、男女差別の問題は経済的生産関係とその上部構造の政治的制度に還元しすぎた。それに対し、ラディカル・フェミニズムはイデオロギ-としての家父長制(男性支配)に差別の問題を還元する傾向があった。こうした問題をかかえた両者を統合し止揚しようとするのが、1980年代から登場してきた後期マルクス主義フェミニズムである。
 後期マルクス主義フェミニズムは、資本制(資本主義制度)と家父長制が相互の独立したシステムであるとする。(これを「二重システム論」という)。マルクスが分析したように資本制においては資本は労働者の搾取によって剰余価値を得て自らを増殖させる。この労働者は家庭において生み育て(再生産)される。再生産の場で作用しているのは、精神分析のいう、エディプス・コンプレックスである。エディプス・コンプレックスによって核家族でこどもに対する男性あるいは女性の刷り込みがおこなわれる。つまり後期マルクス主義フェミニズムによれば、現在の社会体制は、労働と生産を支配する資本制と、労働の再生産を支配する家父長制の、妥協的結合から成っているわけである。
 代表的な論者と著作には、ナタリーJ.ソコロフの『お金と愛情の間』、上野千鶴子『家父長制と家事労働』がある。
 問題点としては、まずフロイドのエディプス・コンプレックスの概念の借用がある。
 周知のように、フロイドによれば、エデイプス・コンプレックスは三歳から五歳の間に頂点に達する男根期に体験され、父親からの「去勢の脅迫」によって衰退し、潜伏期にはいる。つまり男の子は母親に対する欲望の道具としてのペニスの使用を禁止され、去勢の危機を経験する。こうして母との直接的な合一の欲望は抑圧される。この危機を経験したのち、思春期以降、自己を父に同一化し、父のもたらすさまざまな社会規範に従って、愛情の対象を見いだすようになっていく。(すなわち父のようになって母のような女を手に入れるようになる)。
 しかしフロイドは女性のエディプス・コンプレックスの説明にはあまりに成功しているとは言いがたく、それゆえこの概念自体の有効性も問題視されてよい。家庭の育児において男と女がどのように分化してくるのかは、さらに研究する必要があるのである。
 さらに問題として残るのは、相変わらず「家父長制」の概念があいまいな点である。二重システム論においては、女性の一つの性階級をなすとされるのだが、それじたい「階級」概念の不当な拡大である可能性が高いのである。(この点については瀬地山の上野批判を参照)。

(8) ポストモダン・フェミニズム
フランスにおいてはボ-ヴォワ-ル以降、女性運動もさまざまな紆余曲折を経た。1979年11月にはフランス女性解放運動MLF(Mouvement de Ligeration des Femmes) が分裂した。直接の原因は、「政治と精神分析」(プシケポ)グループの商標登録による名称独占にあった。その結果、ボーボワール以来の平等主義による女権拡大派と、性差を重視する精神分析主義派、とにフランスの女性運動はわかれた。
 こうした経緯の背景には、ボ-ヴォワ-ルの実存主義フェミニズムがきわめて女性の男性化を志向するものであることがしだいにあきらかとなり、それに対する疑問が増大していったということがあると思われる。
 精神分析主義派に属するクリストヴァやイリガライのフェミニズムは、フランスのおいて1960年代後半から一世を風靡したポストモダンの思想の影響を受けている。この思想はフロイドの精神分析の新解釈を核としつつ、西洋近代の思想をとらえなおそうとするものであった。
 フランスの精神分析家ジャック・ラカンは、フロイドのエディプス・コンプックスにたいして斬新な解釈を加えた。かれによれば子供は、つぎのような三段階のエディプス期を経験する。
  母-子の二者関係の時期。この段階は相手のなかに自分を見出だす鏡像の段階である。子供は母親の欲望の対象、すなわち男根となろうとする。
  父の禁止による三者関係がうまれる時期。子供の母親に対する欲望は禁止される。こうした禁止、すなわち法を告知するものとして現われるのが、象徴的父とそれを意味する「父の名」である。
  エディプス解消期。子供は象徴的な「父の名」によって自己の欲望に名を与え、その欲望を諦める。子供の真の欲望は無意識に押しこめられる。この原抑圧を介して、言語を習得し、掟と秩序の世界である象徴界へと子供は参入していくのである。
 ラカンの「父の名」のもとに告知される禁止(法)は、他の思想家によって西洋思想全体を規定するものとして理解された。その理解にもとづき、たとえばルイス・アルチュセ-ルは「イデオロギ-一般」を父なる神からの呼び声の応える人間という構造自体に求めたし、あるいはジャック・デリダは西洋思想のもつ音声としての論理(ロゴス)中心主義の暴露した。ポストモダンの思想とはすなわちこれまでの西洋近代を支配してきた思想の再検討を意味したのであった。
 ジュリア・クリステヴァやリュース・イリガライはこうしたポストモダンの思想から影響をうけ、西洋思想じたいが男性的なものであることを暴露した。
 J.クリステヴァ(1941~)は、「記号象徴態 le symbolique」、すなわち言語による秩序の世界に対して、「原記号態 le semiotique」、つまり記号象徴態によって押さえこまれているが、それを支え、時にはそれを混乱させつつ活性化する混沌として意味の世界があると主張する。そして彼女によれば、記号象徴態とは男の論理の世界にほかならず、原記号態とはエディプス前期の母子一体の世界である。これを彼女は「子宮空間」(コーラ)とよんでいる。
 彼女によれば、エデイプス前期とは、まさにこの母子融合状態(コーラ)が母親がはたす「想像的父」によって「おぞましさ」として棄却(アブジエクション)され、子供は象徴的な世界に入っていく時期なのである。
 こうした考えにもとづきクリステヴァは彼女の女性論「女の時間」(1979)を展開する。クリステヴァによれば、女のもつ時間とは、循環的時間と巨大な永遠の時間であり、それは女がもつ母性と生み育てるという再生産性の根ざしている。他方、歴史的時間とは、線条的時間であり、それは出発・進歩・到着といった表象をもつ、あくまでも連続的・線条的に発声される言葉の時間である。そしてまさにこれが男の時間にほかならない。
(ボヴォワ-ルのような)フェミニスト第一世代は平等主義を志向してきたが、それはまさに男の線条的時間において地位を得ようとしたのである。それに対して、1969年以降の第二世代は、男女の差を強調し、男の線条的時間を否定、循環的・巨大な時間に参入しようとする。だがきたるべき第三世代は、その二つつの時間性の併存を認め、統合する世代である。そこでは個人の差が自由な享受へと開かれことをめざすされる、というのである。すなわちクリステヴァは女性のもつ循環的・永遠の時間性と男性の線条的時間の共存を提唱するのである。
 イリガライもまた、デリダの西洋の論理中心主義批判、すなわち「神の言葉、人間の理性、世界の理法、究極的な真理、万物の根拠」である論理ロゴスを第一存在とみなす、西洋思想の批判を継承する。彼女はこの「論理中心主義」をラカンの精神分析の影響のもとに「男根論理中心主義」とよびかえる。西洋の言語、形而上学、哲学史、資本制にはファルス(男根)へ向かう意志が潜んでいる、と主張するのである。
 こうしてフランスのポストモダンの思想をフェミニズムの適用してこれらの思想はめざましい地平をひらきつつある。しかしこれはフランス思想全般のつうじてみられることであるが、これらのフェミニズム思想も著しい抽象性と思弁性をもっている。フランスの思想はもっぱら他人の業績をたくみに料理することが多い。とくにドイツ思想の消化ぶりは見事である。(たとえばヘ-ゲルやフッサ-ルやハイデッガ-の受容において)。しかしこうして消化されたものは、あまりに見事に整理され思弁的となりすぎていて、その思想を現実においていかに具体化するかという面において弱いようにおもわれる。思想は一見まとまりがわるく見えるところにこそ、現実との引っ掛かりがある場合が多く、それを整理したものからはうかがいしれない現実感が潜んでいる。そしてそこにこそその思想の発展していく契機がはらまれていることも多い。そうしたことは二番煎じの思想ではむずかしいし、ましてそれを受容する日本の三番煎じの「現代思想」には不可能なことなのである。

 まとめ
さてこうしてフェミニズム思想の重要なものをひととおり見てきた。その結果我々はつぎの三つの感想をもつ。
 ひとつは、いまだ自由主義フェミニズムの思想はその有効性を失ってはいない、ということである。我々の近代国家がその理念を自由と平等に置いている限り、それは戦略的にも思想的にもいまだ健在である。しかしそれは女性の男性への同化を志向する運動であってはならない。というよりもあらゆる個人がその多様性を押し殺して抽象的主権者へと同化するよう自由主義は真の自由主義ではない。人々の多様性を、たとえば男性と女性との差異も、認めつつ相互にその自律性を認めあうそうした社会の倫理を我々は確立せねばならないのである。しかしそうした時、いわゆる「母性」とか「女性」なるものが、はたしてはっきりしたかたちで残るのかは疑問である。もっと多様なものへとほどけていく可能性は大である。それはちょうど「男性的」なるものが風化するのと平行するであろう。
 しかしそうなる前に現在の男性支配を補強しているイデオロギーの批判は徹底しておこなわれなばならない。それはじつは「男性的なるもの」にしばられている男をも解放することにつながる。「家父長制」の概念はむしろ文芸批評の領域で用いられたものであるが、このフェミニズム的文芸批評はさらに文化全般の批判へと拡大されていくべきであろう。 だがそれと同時にこの「家父長制」の概念をさらに社会科学的な概念として陶冶していくことも不可欠である。現在のこの概念はあまりにイメ-ジに依存しており、いまだ社会科学的概念と言いがたいからである。
 こうした両面作戦のはてに、性別や年齢をもつさまざまな個人が集う社会を我々は構想しうるであろう。
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by takumi429 | 2005-01-02 15:14 | フェミニズム思想入門 | Comments(0)

フェミニズムの諸思想 文献

文献

青木やよい著『フェミニズムとエコロジー』新評論
フィリップ・アリエス著、杉山訳『子供の誕生』みすず書房
バハオーフェン著、吉原達也訳『母権制序論』創樹社
『別冊宝島85 フェミニズム・入門』JICC出版局
ボーヴォワール著、生島遼一訳『第二の性』 (1)~(5) 新潮文庫
ナンシー・チョドロウ著、大塚・大内訳『母親業の再生産』新曜社
ジョゼ・ダイヤン監督、塩谷真介訳『ボーヴォワールと語る--『第二の性』その後』人 文書院
ジョゼフィン・ドノヴェン著、小池和子訳『フェミニストの理論』勁草書房
フランソワーズ・ドォボンヌ著「エコロジーとフェミニズム」(青木やよい編『フェミニ ズムの宇宙』新評論に収録)
エンゲルス著、村井・村田訳『家族、私有財産および国家の起源』大月書店
シュラミス・ファイアーストーン著、林弘子訳『性の弁証法』評論社
J.フロイド著『精神分析入門』(新潮文庫、中央バックス『世界の名著』60、人文書院 『フロイド著作集』1、日本教文社『改訂版フロイド選集』1・2)
J.フロイド著『続精神分析入門』(新潮文庫『精神分析入門』に収録、人文書院『フロ イド著作集』1、日本教文社『改訂版フロイド選集』3)
ベティ・フリーダン著『女らしさの神話』(邦題『新しい女性の創造』三浦訳大和書房)藤田真一 著「お産革命」朝日新聞
ウイリアム・ゴドウィン著、白井厚・たか子訳 『メアリ・ウルストンクラーフトの思いで』 未来社。
C.P.ギルマン著『ハーランド』(邦訳『フェミニジア 女だけのユートピア』三輪妙 子訳、現代書館)
C.フランシス・F.ゴンティエ著、福井美津子訳『ボーヴォワール ある恋の物語』平凡社ハイデガー著、原・渡辺訳『中公バックス 世界の名著74 存在と時間』中央公論社
橋爪大三郎 著『はじめての構造主義』講談社現代新書
広松渉 著『マルクス主義の地平』勁草書房
リュース・イリガライ著、棚沢ほか訳『ひとつでない女の性』勁草書房
I.イリイチ著、玉野井芳郎訳『ジェンダー』岩波現代選書
I.イリイチ著、玉野井・栗原訳『シャドー・ワーク』岩波現代選書
アレクサンドル・コジェーブ著、上妻靖・今野雅方訳『ヘーゲル読解入門』国文社
ジュリア・クリステヴァ著、枝川訳『初めに愛があった 精神分析と信仰』法政大学出版 局
ジュリア・クリステヴァ著、丸山ほか訳『中国の女たち』せりか書房
ジュリア・クリステヴァ著、棚沢・天野訳『女の時間』勁草書房1991年
A.クーン/A.ウォルプ編、上野ほか訳『マルクス主義フェミニズムの挑戦』勁草書房 1984年
中公バックス『世界の名著 53 プルードン・バクーニン・クロポトキン』中央公論社
ピーター・ラスレット著、川北ほか訳『われら失いし世界』三みね書房
ピーター・ラスレット他著、斉藤修編著『家族と人口の歴史社会学』リブロポート
レヴィ・ストロース著、馬渕・田島監訳『親族の基本構造』(上)(下)番町書房
レヴィ・ストロース著、「家族」(三保元訳『はるかなる視線』みすず書房に収録)
キャロリン・マーチャント著、団まりな他訳『自然の死-科学革命と女・エコロジー』工 作舎
マルクス著、竹田他訳『経済学批判』岩波文庫
マルクス著、城塚・田中訳『経済学・哲学草稿』岩波文庫
松浪信三郎著『実存主義』岩波新書
C.メイヤスー著、川田・原口訳『家族制共同体の理論 経済人類学の課題』筑摩書房、 1977年
J.ミッチェル著、上田あきら訳『精神分析と女の解放』合同出版
ケイト・ミレット『性の政治学』(藤枝ほか訳ドメス出版)
中公バックス『世界の名著49 ベンサム・J.S.ミル』中央公論社
J.S.ミル著、大内兵衛・大内節子訳『女性の解放』岩波文庫
水田珠枝著『女性解放思想の歩み』岩波新書。
水田珠枝著『岩波セミナーブックス9 ミル「女性の解放」を読む』岩波書店
Toril Moi (ed.),The Kristeva Reader.Basil Blackwell,Oxford 1987
『モア・レポート』集英社
ニューヨーク・ラディカル・フェミニスト「エゴの政治学」(『別冊宝島85 フェミニズ ム・入門』JICC出版局 に収録)
日本女性学研究会 '85,5シンポジウム企画集団編『フェミニズムはどこへゆく--女性原 とエコロジー--』
落合恵美子著『近代家族とフェミニズム』勁草書房
E.A.リグリィ著、速水融訳『人口と歴史』
サルトル著、伊吹武彦訳『実存主義と何か』人文書院
サルトル著、松浪信三郎訳『存在と無』人文書院
ナタリーJ.ソコロフ著、江原ほか訳『お金と愛情の間』勁草書房、1987年
エドワード・ショーター著、田中ほか訳『近代家族の形成』昭和堂
中公バックス『世界の名著 46 コント・スペンサー』中央公論社
高木八尺他編『人権宣言集』岩波文庫
棚沢直子・小野ゆり子著「フランスの現代女性思想」女性学研究会編『講座女性学3 女 は世界をかえる』勁草書房
クレア・トマリン著 小池和子訳『メアリ・ウルフトンクラフトの生と死』勁草書房。
上野千鶴子著『資本制と家事労働--マルクス主義フェミニズムの問題構制』海鳴社
上野千鶴子著「マルクス主義フェミニズム--その可能性と限界」思想の科学社『思想の 科学』1986年4、6、7、8、11、12 月号、87年1、3、4、10、11、12月号、88年 1月号に連載。
上野千鶴子著『女は世界を救えるか』勁草書房
上野千鶴子著『家父長制と資本制 マルクス主義フェミニズムの地平』岩波書店1990年
内田義彦著『資本論の世界』岩波新書
メアリ・ウルストンクラーフト著 白井たか子訳 『女性の権利の擁護』 未来社
Sylvia Walby. Theorizing Patriarchy.Basil Blackwell.1990.
渡辺恒夫著『脱男性の時代』勁草書房
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by takumi429 | 2005-01-01 15:06 | フェミニズム思想入門 | Comments(0)