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12.外部性の喪失としての近代

12.外部性の喪失としての近代

ウルリヒ・ベック『危険社会』(1986)の提言から

近代:産業社会industrial societyは、非産業世界(外部)を前提にしている。
絶えずあらたな産業化の対象(未開拓地)を必要とする。
1)自然環境
  自然から資源を取り入れ、廃棄物を捨てている
2)男女の身分的な差別(家父長制)による家庭に労働者の再生産をさせている。
  労働の再生産:疲れた労働者が元気になる+新たな労働者の生産(再生産)
3)科学の専門化。政治と科学の分化

再帰的近代:危険社会
外部性の喪失=再帰的近代化(reflexive modernization)
 開拓していくべき新たな領域は失われた。
1)廃棄物を捨てることができる余地がもはやなく、廃棄物は環境汚染という形で社会へ跳ね返ってくる。
「危険」:人間社会がもたらしたリスク。外的環境からの危険とは異なる。
富の分配でなく危険の分配が問題となってくる。
危険を認知するために科学に依存する。
2)産業社会の個人化が家庭にまでおよび、家庭はもはや安定した役割分業の世界ではなくなってくる。
 失業という危険が人々を個人化する。階級が非現実化する。
 女性の教育水準の上昇、労働市場への進出、離婚の増大→核家族(身分的性別役割分業)の解体
3)科学がみずから危険を生産するものとなると、科学は外に対象を見いだす段階から自らが生み出した帰結に対処しなくてならなくなる。
科学のサブ政治化。議会制民主主義では対応しきれない。市民運動などのサブ政治で対応する必要。

岩井克人の資本主義論
遠隔地貿易:交換比率のちがう地域間での貿易
産業資本主義:市場と工場内での労働と貨幣の交換比率の差を使った利潤をあげる
技術革新型資本主義:未来の技術による労働と生産の比率の違いによって利潤をあげる

資本主義とは差異によって作動している。いわば温度差を利用して動く熱機関。
現代において生じているのは差異の喪失。「熱死」の状態。
あらたな差異をどこに見つけていくのか。差異の創出
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by takumi429 | 2006-01-29 21:44 | 社会学入門 | Comments(0)

メディア・アートの可能性をめぐって

メディア・アートの可能性をめぐって

はじめに―――ISEA2002 NAGOYA [Orai] に参加して―――
第11回「電子芸術国際会議」(ISEA, International Symposium on Electronic Art2002)が、2002年の10月28日から31日にかけて、「往来」をテーマにして名古屋で開催された。名古屋中心部にあるナディアパークで行われたオープニングにつづき、公募プログラムの研究発表部門と作品発表部門が名古屋港周辺で発表・展示された。また関連の企画プログラム「メディアセレクト2002」の多くの展示がなされ、さらに共催プログラムや関連プログラムとしてさまざまな音楽会、パーフォーマンスなどの公演、作品展示、講演などが催された。この期間、名古屋市の各地に電子芸術の花が咲いた。
 論文発表者でもあった私は、地元の利を生かすべく、車で名古屋市内の各展示や各公演を精力的にまわってみた。
 その結果、私にとって印象深かったのは、展覧会もさることながら、名古屋の街じたいであった。「名古屋の街はあんがいおもしろい」というのが率直な感想だ。
 名古屋の街は文化不在であるとしばしば言われ、私も多少それにうなずくところがあった。「大いなる田舎」という呼び名もいたしかたないと思っていた。ご当地ソングが石原裕次郎「白い街」という(ヒットしなかった)歌しかなく、「白い街」というより灰色の街だなとさえ思っていた。
 しかし車でまわってみると、名古屋はずいぶん別の印象の街に変わる。電車やバスや徒歩だと、どこに行くのも不便で、町並みも間延びして感じる。それが車だと印象は一変する。道は広くて街路樹も多く、どこに行くのも大変便利である。町並みも車にとっては適度なひろがりをもっていて、車からみるそれは、はっきり言って、美しい。
 交通の違いによって街は全く別の顔を見せる。バスや自動車などを、人と目的地を媒介する「交通メディア」とあえて呼ぶならば、名古屋は「交通メディア」によってまったくことなる姿(現実)をもつ街であるといえよう。つまりメディアはそれぞれ別の現実を出現させるのである。
 さらに驚いたのは、高速道路沿いのあじけない地区だと思いこんでいた一角に、実はとても由緒正しい見事な邸宅があり、その倉を展示に供与していたり、つまらないと思いこんでいてこれまで一度も行かなかった名古屋港地区が、実は古い倉庫や美術館や水族館などのある大変おもしろい場所だったり、名古屋ドームのそばに立派な市民のコミュニティセンターがあったりした、ということである。
 ISEA2002をきっかけに、車を駆けてまわった結果、私が得たものは、実は「名古屋再発見」とでも言うべきものだった。
 そしてさらに興味深かったのは、保守的だと言われがちな名古屋の市民が、ISEA関係の内外のアーティストたちを快く受け入れ、彼らの作品などを展示させていることであった。名古屋の日常的空間の上に、電子芸術という多少、新奇な芸術作品が置かれ、公演がなされる。この日常空間と非日常的芸術空間の折り重なりが、私にはなにか心地よい新たな空間が創り出しているような気がした。電子技術という新しいメディアが作る芸術の空間が、日常の空間と重なることで、新しい空間を創出しうる、それが私にはきわめて印象深かった。
 メディアが新しい現実を創り上げる、しかもその現実は、日常の現実と重ね合わせられることで、また新たな世界を創り出す。これが私のISEA 2002 NAGYA [Orai]を見てまわった体験から私が感じたことである。
 だがそれはこの「電子芸術」、あるいは「メディア・アート」ともよばれる、このコンピュータを使ったアートそれ自体がもっている特質なのかもしれない。ここで私たちはより一般的な視野に立ち、このメディア・アートというものを、これまでの芸術の流れのなかで位置づけ、さらにその可能性について考えてみることにしよう。
 
 メディア・アートの位置と可能性
 芸術様式の3段階
 コンピュータをつかった芸術が出現した、今日という時点から振り返って見ると、芸術は次のような三つの段階を経てきているように思われる。
(1)芸術が神話的世界に従属している段階
(2)芸術がそれぞれ自律した世界を構成する段階
(3)芸術がデジタル化されることにより相互に引用・編集される段階
 ではこの各段階について見てみよう 。
 
 芸術の神話的段階 
 原生的共同体において、あらゆる生活諸領域は、その神話的呪術的な世界観(聖なる天蓋)の下にまとめられている。芸術領域もその例外ではない。芸術はこの世界観に文字通り呪縛されており、同時にその世界観に奉仕するものであった。「正しい」とされた様式からの離脱は、呪術的な恐怖を伴うために忌避された。
 たとえば、音楽を例にとるならば、ひとたび呪術的に効果ありとされた旋律は固定されがちであり、それからはずれた旋律は忌避される。この固定された旋律から音階が形成されていた。

 呪術的世界観の打破
 古代ユダヤの民が創出した一神教はこうした呪術的な神話的世界を打破するものとして働いた 。それまで各地の「高きところ」(聖地)でのおこなわれた祭礼はすべてエルサレムに集中され、各地の「八百万の」神々は否定された。ユダヤ教はその民族的な紐帯を脱し切れてはいないが、その神を継承した、キリスト教、イスラム教ではその神観は普遍的なものとなった。それによりそれまでの地縁・血縁による共同体の祭祀とその呪術的な信仰は打破された。これをマックス・ヴェーバーは「呪術からの解放」と呼んでいる。 
 呪術的世界観の束縛から解放された文化諸領域はその独自な自律的な展開を見せ始める。芸術もその例外ではない。ここでふたたび音楽を例にしてみよう 。
  
 平均律の誕生
 脱呪術化した世界観の下で、音階はそれまでの固定的な旋律の呪縛から自由になった。それまでの音階が旋律に拘束され、主音から音階形成がなされていたのに対して、音階内部の自律的で合理的な分節が目指された。有理数(rational number直訳すれば合理数)によるさまざまな音階分節が試みられたが、二分の一、三分の二、四分の三、という有理数による音程の分節は相互に不整合をもたらした。結局、有理数による音程分節はあきらめられ、無理数(irrational number直訳すれば非合理数)による音程分節がなされることになり、それが「平均律」となった。この平均律は和声的には常にわずかながら不純であるが、自由な移調や転調を可能にし、その結果、西洋音楽は飛躍的発展を遂げることになった。
 平均律音階は、提示された主音から合理的の音階形成をしようとしない。すなわち音階の外から与え提示された音から出発して合理的な音階をその度ごと形成しようとはしない。すでにできあがった音階でそれに対応しようとする。その時々の現実に適合しようとする合理性をヴェーバーは「実質合理性」と呼んだが、それは否定されている。平均律はあくまでも自分のなかの閉じた無理数による分節による音階を適用する。外のものとの完全な対応を放棄することで、その内部の整合性・体系性を追求するこうした合理性を、ヴェーバーは「形式合理性」と呼んでいる 。
 
 形式合理性の支配
 ヴェーバーによれば、この形式合理性は、西洋音階のみならず、西洋の文化一般の性格であった。
 たとえば、西洋の線遠近法による絵画は、肉眼からみた像とはわずかであるが遊離した図学的体系による作図を基本にしている。ゴチック建築は、教会の建物の大きさごとに計算され調整されたそれまでの円形アーチとそれによる正方形の区画からの建築を放棄して、尖頭アーチと長方形の区画の組合せで教会建築をする。西洋の法体系は、事件ごとに人柄や事柄にそくした審議と判決をするのではなく、あらかじめ形式的につくられた法体系を事態に対応させることで審判を下す。さらに貨幣の体系は、個々人が品物にこめたさまざな思い(使用価値)を切り捨て、交換関係のなかでの価値だけで、品物の価値を決める、そうした自律的な体系となっている。
 
 芸術的世界形成
 話を芸術領域にかぎっても、芸術の各領域は宗教の呪縛から解き放され、自律的な独立した体系を形成するようになった。絵画、音楽、彫刻など芸術の各領域は分化して、独自の芸術世界となる。そこでは作家は一つの自立・独立した世界を創り上げる創造主のごときものとなる。天才が神からの啓示をうけて作品を創り上げるというロマン主義な作家至上主義がそこから生まれる。
 
 芸術のデジタル化
 こうした分化した芸術諸領域にとってコンピュータの登場は衝撃的なものであった。コンピュータは、アナログ的なものを0と1との数字の連なりへと還元する。つまりアナログの連続的な変化はデジタルの不連続な変化へと置換される。そこではテキストも音も画像も動画もすべて数値へと変換される。絵画の微妙なタッチも名人の演奏も美しいアリアもすべてデジタルの数値へと変換される。しかもその数値の集合はコンピュータによって瞬時に自在に計算し加工することができる。つまり絵の色調も演奏の音の高さも声の響きも瞬時に変えることができるようになった。また絵の中の人物の首だけを別の人物の首にすげ替えることも、過去の演奏に現代の演奏を伴奏として付け加えたりにしたりすることも簡単にできるようになった。
 このコンピュータによる芸術のデジタル化は次のことをもたらした。 
(1)諸芸術の融合
デジタルに一元化されることで、さまざまな芸術はひとつのものとして統合され処理されうるものになった。これによってそれまで分化していた諸芸術は統合されうるものとなった。こうしたさまざまなメディアを統合して扱うことを「マルチメディア」(multimedia)と呼ぶ。
(2)多彩な引用と編集の可能性
 デジタル化された芸術情報は簡単に引用しかつ編集できるものとなった。今や芸術家は一種の編集者へと変身した。
(3)仮想現実の成立
コンピュータによって即時的反応(interaction)が可能となり、さらにテキスト・音・画像が一体となることで、「仮想現実」(virtual realityバーチャル・リアリティ)が生み出される。
 こうした、マルチメディアによる自由な引用・編集を駆使した芸術が「メディア・アート」と呼ばれるものである。
 
 西洋芸術の継承者としてのメディア・アート
 私たちはすでに、西洋の芸術が、現実に対応しながらも、それとは切れた、閉じた自律的な体系を形成していることをみた。メディア・アートの段階に至って、西洋芸術のもつこの自律性は廃棄されたのだろうか。そうではない。たとえば平均律はMIDI(コンピュータ音楽の世界基準)にそのまま引き継がれている。線遠近法はコンピュータ・グラフィックスにそのまま受け継がれ、さらに徹底されている。メディア・アートは、良くも悪くも、西洋芸術の正当な嫡子なのである。現実に対応してはいるけど実はそれとは別の体系としての世界をもっているというこの性格こそが、まさに「仮想現実」を成立させているとも言えるのである。
 
 芸術様式の3段階の整理
 さてこの芸術の様式の3段階を、芸術の諸領域の関係、芸術家の位置づけ、その芸術世界の時間と空間の特質に関して、表にしてまとめておこう。

             神話的段階   芸術が自律した段階  マルチメディアの段階

芸術の諸領域    神話による統合    自律的分化      融合・絡み合い

芸術家         祭式の請負職人   神のごとき創造者   編集者(剽窃者)

芸術世界の様相     円環的・反復的   線条的・不可逆的    断片的・可逆的


(1)神話的段階では、芸術の諸領域は神話によって統合されている。そこでは芸術家はあくまでも祭式の請負職人にすぎない。またその芸術世界は神話がもつ円環的で反復的な時空間を持っている。
 (2)芸術が自律した段階では、芸術の諸領域は分化している。そこでは芸術家は神のごとき創造者とみなされる。諸宗教の競合時代から一神教への移行によって、神話的な円環的反復的時空間は、創造を起点とする歴史的・線条的なそれへと移行した。芸術家が創造者を模倣するとき、その時空間も一種の世界形成の歴史のごときものとなっていると考えられる。
 (3)芸術がデジタル化されマルチメディアの段階にいたると、芸術の諸領域はさまざまに融合し絡み合うようになる。ここでは芸術家はもはや創造者ではない。むしろさまざまな既存のイメージ、テキスト、音を引用しそれを変形しつつ組み合わせる編集者のごときものとなる。(ときにはそれはデュシャンのように剽窃者にも似てくる)。またそこでの時空間は断片的で可逆的なものとなるだろう。
 
 仮想現実の展開の可能性
 さてコンピュータによる仮想現実には二つの可能性の方向があるように思われる。(1)まず一つはもっとも一般的に考えられている、コンピュータの内部に作られた仮想現実である。人間はコンピュータとの対話(インターフェイス)のなかでその世界に入り込む。(2)もう一つはコンピュータを媒介したインターネットのなかに出現した現実である。それぞれについて述べてみよう。 
 (1)コンピュータの中の現実
 コンピュータの中の仮想現実の構築には二つの方向がある。一つはあくまでも自然な現実に近づけようとする試みである。この試みは飛行機の操縦士や複雑な機械のオペレーターの訓練などに使用されたり、建築される前に仮想建築物をコンピュータ上につくって検討するなどの利用がある。もう一つの方向は、仮想現実を自然な現実に近づけるのではなくて、独自の原理をもった一つの完結した世界にしようとするものである。その際、原理として採用されるのはたとえば生物にみられる遺伝子プログラミングなどの原理である。
 前者の仮想現実を自然な現実に近づけるというのは工学的には興味深い。しかし限りなく芸術から遠ざかっていく。たしかに、現在、多くの人々は仮想現実と現実との錯視に何かあたらしいロマンがあるように錯覚している。新しいメディアが生まれると必ずそれは独自の世界を生み出す(たとえば小説は「小説のなかの世界」を生み出す)。多くの論者は、メディアの世界と現実世界とを取り違えた人間が生まれるという批判をしがちである。だが小説の世界を現実世界と取り違える人間はいないように、あたらしいメディアが生み出す世界と現実世界との違いはそれを享受する人間にとって自明なことであり、その異なる世界に横断的に関わることにこそ、メディアに関わる喜びはあるのである。仮想世界と現実世界との錯視にロマンを見いだすというのは、メディアに無理解な人々と同じ水準の議論でないだろうか。むしろ芸術が絶えずみずからの作品世界を創り上げてきたことを考えると、独自な原理によってコンピュータの中に別の世界を創り上げる方が、より芸術的行為であると考えられる。
 
 (2)ネットワークの中の仮想現実
 コンピュータ内部の仮想現実よりもずっと現実性を持っているのが、コンピュータを媒介としてつながっているネットワークの世界である。具体的には、インターネットによる世界である。もともとは研究情報メールの交換からはじまったものであるが、しだいに発展して、情緒的なメールも交換されたり、携帯電話によるメール交換へと枝分かれしたり、ウェッブ・ページという巨大な情報発信の場になったり、ネット上での商業取引の場になっている。このネット世界を指す場合、"virtual reality"は「仮想現実」と訳すより「実効(事実上有効な)現実」とでも訳すべきかもしれない。アーティストは、インターネットをつかって広場の照明を世界各地からの指示で動かしたり、世界各地からの指示で展示室の植物を育てその状態を知らせたりしている。
 ここではコンピュータの計算能力はさして重要ではない。むしろ重要なのはネットワークが人々をつなげているという、そのことである。
日本において紙と筆の導入と仮名文字の発明は、それまで直接、男女が呼びかけあっていた相聞を、手紙の交換という形態に広げた。手紙による相聞は和歌の交換による恋愛の形態を生み、さらにその和歌の詞書きを拡大させることで物語文学の世界が生まれた。また相互の掛け合いの形式は連歌、俳諧(連句)として発展していった。
インターネットでは「出会いサイト」が生まれ、人々の手紙の交換が生まれている。またインターネットを利用した連句の試みも盛んにおこなわれはじめた。これらはインターネットという新しいメディアをつかった伝統的な「往来」(手紙などのやりとり)の文化の復活とさえいえるだろう 。
 人々はそうしたインターネットの交流のさまざまな場をもち、同時に現実に場を持つ、「多重生活者」として暮らしている。もちろんインターネットに夢中になる者もいよう。しかしそれは源氏物語に夢中なっていた東国の少女(更級日記の作者)と何ら変わりはないのであって、決して錯乱した狂気の人ではない。むしろ文化というものは、ある意味で、メディアが創り出す世界を多重的に享受することに他ならないのである。
 
 複合現実(ミックスド・リアリティ)
 このメディアによる多重的世界という点で注目されるのが、「複合現実」(Mixed Reality) という技術である。複合現実とは、現実世界と仮想世界をリアルタイムで継ぎ目なく融合する先端技術である。典型的にはシースルー型のヘッドマウントディスプレイをかけて現実世界をメガネ越しに眺め,そこへ仮想世界のCGデータを重畳表示して見るといった使い方がおこなわれる。たとえば脳の手術では誤って内部にメスをいれると致命的なため、CTスキャナーなどで取り込んだ内部の構造のディスプレイをみながらその画像越しに現実の患部をみて手術するというようなことがおこなわれる。そこでは仮想世界と現実世界とが二重写しになっている。だがこの現実世界と仮想世界との併存・二重化はもっと大きな射程を持った出来事である。
 
 人間のサイボーグ化と複合現実
 私たち現代人は、眼鏡、入れ歯、車など、さまざまな人工補完物(prosthesis)をつかって暮らしている。コンピュータはこの人工補完物として近年現れた。たとえば私がこうして文章を書いているのはパーソナル・コンピュータの画面の上である。私はローマ字をキーボードでうち、漢字を呼びだし、適切な漢字に変換する。さらに言葉の定義や英語のつづりをハードディスク内蔵の辞書や事典で確認する。それだけではない。最新の情報をもとめてインターネット検索をしてそこで得た情報を文章に差し込んでいる。つまり、ダナ・ハラウェイのように言うならば、私たちはコンピュータを人工補完物としたサイボーグと化している 。
 コンピュータがそれまでの人工補完物と決定的にちがうのは、それがネットワークとつながった補完物であるという点である。私は今ここで書いている場を、ネットワーク上の情報空間と接続(リンク)することができ、またその接続によって書き進めることができる。もともと人間の世界とは人工物が混在化した世界にほかならない。現代においては現実世界の中にコンピュータの世界がはめ込まれている。私たちはコンピュータ世界を使いながら現実を生きている。現実世界とコンピュータの世界(それはコンピュータ内部の仮想世界とコンピュータを媒介とするネットワーク世界の双方を含む)とが多重化した世界に私たちは生きているのである。
 コンピュータが遍在する今日の世界において新しい芸術の可能性は、この複合現実からの新たな芸術空間を創り上げることに求められるはずである 。
 
 おわりに―――オワシス21―――
 ちょうどISEA2002の開催に合わせたように、名古屋の中心地である栄に10月11日「オアシス21」という公園が生まれた。バスのターミナルと商店街と公園とが一体化した施設である。この施設でおもしろいのは、バスの交通ネットワークと地下の商店街の広場と地上の公園と空中の大屋根の空間という、人々が行き交ういくつもの空間が、この「オワシス21」という施設によって接合(リンク)されていることである。バスを降りた人が地下の商店街に向かって歩いていくと吹き抜けの広場に出る。そこは外の公園とつながった空間になっており、さらに見上げると水をたたえた大屋根(「水の宇宙船」)を歩く人々の影が屋根の床にぼんやり透けて見える。いくつもの空間が折り重なり接合することでそこには新しい空間が生まれている。メディア・アートによる新しい芸術空間がうまれるとしたらまさにこの「オワシス21」のような接合の構造をとることになるだろう。現実世界とメディアがつくるさまざまな世界とが接合されるとき、退屈で灰色に見えた現実は、新たな光を受けて輝きだすだろう。
 
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by takumi429 | 2006-01-13 14:01 | メディア社会学 | Comments(0)

メディアの社会学をもとめて(1)学説史をふりかえって

メディアの社会学をもとめて
(1)学説史をふりかえって
Toward the Sociology of Media
(1) Through Review of Theories on the Media Change

勝又正直*
Masanao KATSUMATA

キーワード:メディアの変容、公共性、国民国家、環境世界
Key words:Media Change, Public, Nation-state, Environmental World

要約
今日、メディアの社会学はどうあるべきか。この論文はまずこれまでの代表的なメディアの社会学、(1)公共性論、(2)メディア論、(3)国民国家論を評論する。どの論者もメディアが現実を作っていくことに注目している。哲学的人間論によれば人間は環境を作り上げながらも、そこから抜け出していく。現代において、人間は多様なメディア空間を形成しながらそれを抜けだし、それを横断する。人間が多様な混在するメディア空間を作り上げながらそのメディア空間を横断することこそ、今日のメディア論が考察しなくてはならないものである。
Abstract
How should be the sociology of the media today? At first this article revues the conventional sociologies of the media dealing with (1)public sphere, (2) the media transformations and (3)nation state. All sociology recognizes that the media makes reality. According to the philosophical anthropology, the human being makes environment but escape from it. In the present age, the human beings make different media spaces and escape from them and cross one to anther. Today the sociology of the media must examine that human beings cross various coexisting media spaces that they create.

今日、メディアの社会学はどうあるべきなのだろうか。本稿の目的は、これまでのメディアを扱った代表的な議論を概観し、その上で、来るべきメディア社会学の課題と方向性を明らかにすることにある。
もともと、社会学とは、近代人による自己省察、すなわち、近代人による近代の把握とでもいうべき性格をもってきた。近代あるいは現代を、メディアmedia(コミュニケーションの媒介medium)の変容からとらえてきた研究者を、私たちは以下の三つの学派にまとめることができるだろう。
 
(1)公共性の変容を説く論者
 ハイデガーの弟子であり、ユダヤ人であった政治哲学者ハンナ・アレント(Hannah Arendt,1906~75)は、その著書、『人間の条件 The Human Condition』(1955)1)で、人間の活動力、すなわち人間を条件付けるさまざまな条件に人間が対処するための能力を次の三つに分けた。
1)労働labor:生命を維持するための活動力 (飲み食うことのための活動性)
2)仕事work:持久・永続するものをつくって自然とはことなる人工の世界を作り上げる活動力
3)活動action:人と人との間でおこなわれる唯一の活動力。おもに言葉を通じて互いを提示しあうこと
 アレントによれば、三番目の「活動」こそが人間本来の行為である。そして、この活動の場こそ、明るい光(人びとの注目)に照らされた公共の世界なのであり、政治の世界であった。
 たとえば、それは典型的にはギリシャの都市国家のアゴラ(広場) で体現されていた。またアレントの『革命について』(1963)2)によれば、政治とはまさに、活動が支配するような自由な公的空間の創造のことなのである。アメリカの独立戦争はそうした自由な空間の創出をめざした革命であり、それは、人民の必要のための独裁という形をとったフランス革命やその派生体である、ロシア革命とは一線を画するのである。
 スターリニズム(スターリンによるソ連の独裁)は、ナチズム(ヒットラーの独裁)同様に、人民の必要をかなえてやるという形でおこなわれた全体主義にほかならない。そこでは個人は全体(国家、民族、階級など)の構成部分として初めて存在意義があるとされる。スターリニズムもナチズムも、国家権力が個人の私生活にまで干渉し統制を加える体制、あるいはそれを是認する思想にほかならない。
 こうした全体主義の台頭は、すでにフランス革命にも見られたし、スターリニズムやナチズム以外にも見られるものである。すなわち、アレントにとって、近代への移行というのは、公共の世界が失われ、生きるための労働を重視し、人民を食わせてやるための国家が支配するようになったことである。それは人間の自然的な欲求に答えるような社会の支配の増大した時代であり、労働が支配する世界である。つまり近代(現代)とは、公的な活動の領域が消え去った「暗い時代」3)なのである。
 
 アレントの問題意識を継承したのが、ドイツの哲学者・社会学者ユルゲン・ハバーマス (Jurgen Habermas1929‐)であった。
 ハバーマスはいわゆるフランクフルト学派の中に育った。フランクフルト学派 の問題意識は、「理性の変容」とでもいうべきものであった。すなわち、本来、全体との対話的な調和をなしていた理性(真偽・善悪を識別する能力)が、目的のための手段を計算する道具的な理性へと堕落してしまった、と彼らは考える4)。
 ハバーマスはこのフランクフルト学派の問題意識を、「活動」の場としての公共の世界についてのアレントの理論と接合した。彼は、アレントの活動の場を、「生活世界」と言い直し、それを「システム的世界」に対置する。すなわち、「生活世界」とは、話し合いによって人びとが交流し合う世界であり、ここでの人びとの行為は、コミュニケーション的行為(話し合うこと)である。それに対して、「システム的世界」とは、企業や官僚などによって管理・支配された世界であり、ここでの人びとの行為は目的合理的な行為である5)。
 アレントは、全体主義によって活動の場、公共の世界が浸食されるのが、暗い時代(近代)の特質としたが、ハバーマスも同様に、近代とは、システム的世界が生活世界を浸食することであるとした。
 そのうえで、ハバーマスはコミュニケーション的行為の内実を掘り下げようとする6)。しかし、それは彼が構築すればするほど、きわめて理想主義的、非現実なものとなっていく。実際、ドイツの大学人同士の対話(討論)にすぎないものに見えてくる。アレントにあっては、地球上に生き、世界に住むのがひとりの人間ではなく複数の人間であるという事実、すなわち「複数性」(plurality)がきわめて重視されていたのに対して、ハバーマスの討論の世界は、高地ドイツ語(ドイツ語標準語)を使いこなすインテリの世界に堕してしまっているのである。

(2)メディア論者
 公共論者が公共の言説空間を問題にしているのに対して、メディアそのものの特質に着眼し、支配的なメディアの変遷に文化変容の原因を求める、一連のメディア論者がいる。
 ウォルター・オングは、声の文化と文字の文化を対置し、声の文化から文字の文化への変化を問題にした7)。
 オングによれば、声でしか表せない言葉が支配する文化、すなわち、声の文化においては、次のような心理学的な力学が働く。すなわち、①累加的で、②決まり文句を多用ししかもそれを分析しない、③冗長ないし、多弁で、④保守的ないし伝統的で、⑤人間的な生活空間への密着があり、⑥闘争的なトーンが顕著で、⑦感情移入的あるいは参加的で、客観的に距離をとらない傾向がみられ、⑧恒常性維持の傾向があり、⑨状況依存的であって、抽象的でない。
 これに対して、話し言葉が優位の文化から書き言葉が優位をなる文化、すなわち、対話の世界から筆記の世界へと文化が変化するにつれて、ことばが書かれたものとして実体化・客観化され、分析の対象となる。その結果、上記の心理的な力学はちょうど反対の傾向を持つようになる。すなわち、①繰り返さず、②分析的で、③簡潔で、④革新的で、⑤生活空間から隔離され、⑥闘争的なトーンがダウンし、⑦冷静で客観的に距離を置いた傾向がみられ、⑨変化へと向かっていき、⑨状況から独立した傾向、がみられるようになる。
このように、書くことは人々の意識を変えるのである。
 書き言葉の優位はとりわけ活字印刷の登場によって決定的となった。それまでの聴覚の優位の文化から視覚の優位へと変化していったとする。
 カナダのメディア論者、マーシャル・マクルーハンはこのオングの考えを用いて、華麗なしかししばしば理解困難なメディア論を展開した8)。
 
 ドイツ出身で南米で活躍したユダヤ系メディア論者のヴィレム・フルッサーは、オングやマクルーハンのメディア論をさらに展開整理しようとした。彼によれば、支配的コード(コミュニケーションのための、情報を表現する記号・符号の体系)が変化することで三つの時代を画することができる9)。
 フルッサーによれば、支配的コードには次の三つがある。
1)画像。すなわち、画像の諸要素が魔術的に互いに関係をもつ、意味のある平面のこと。
これが支配する時代では、イドラトリー(画像の諸要素を読むことはできるが、それらの要素から表象を読みとることができないこと、つまり偶像崇拝)がはびこる。
2)文字テキスト。すなわち、文字記号のつらなりであり、これは線形的(一筆書きのように一本の糸になっている)コードのことである。このコードが支配するところでは、テクストラトリー(テキストの文字記号を読むことができるにもかかわらず、その文字記号から概念を読みとることができないこと、つまりテキスト信仰)がはびこる。
3)テクノ画像。すなわち科学技術をつかった装置によって作り出される画像。たとえば、写真・テレビ・映画・ビデオがそれである。このコードが支配するところでは、人間は装置でゲームを行い、装置の機能の範囲で行動するいわば、「機能従事者」となる危険をはらんでいる。
 現代はまさにテクノ画像が支配する時代であり、そこでのコミュニケーションは、「円形劇場型言説」(円形劇場で上演される劇を観客が見ているようなコミュニケーションのあり方)の一方的な放射をうけた者たちの無意味なおしゃべり(ネット型対話)が支配している。つまりテレビなどのメディアから一方的に受けた情報で無意味なうわさ話をしている民衆という構図になっているのである。例えば、貧困な政策理念をパーフォーマンスでごまかす首相の振る舞いをテレビでみながら、彼の先妻や息子のことをうわさ話する大衆、というのはまさにこうした構図にふさわしコミュニケーションなわけである。
 こうした状況を打破するためには、テレビなどが提供する画像の意味を読み解くような、「テクノイマジネーション」が必要であるとフルッサーは説いたのであった。

(3)国民国家形成論者
国民国家はどのように形成されたのか。その問題意識の下、メディアに注目して目の覚めるような視覚を提示したのが、ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』であった10)。
 アンダーソンによれば、「国民」とはイメージとして心に描かれた想像の政治共同体であり、宗教的想像力が衰退した今日において、唯一、死を説明するものとなっている。
 それ以前にそうしたことができた文化システムは宗教共同体と王国であった。宗教共同体は真実語(ラテン語、アラビア語、中国語)によって結ばれた求心的・階序的秩序をなしていた。王国は周辺にいくほど主権はあせ、境界が不明瞭となるもので、現在の国民国家とは大きくことなるものであった。宗教共同体と王国を解体し、国民意識を目覚めさせることとなったのは、新聞や活字印刷物などのメディアであった。
 まずカトリック世界における秘儀化されたラテン語に取って代わる形で、宗教改革によって、俗語革命が起きた。まずルッター訳の聖書訳がベストセラーとなることで俗語が出版流通に乗り、それ以外の諸国でも俗語が出版されるようになった。俗語の流通によって俗語ごとに国民としての意識が高まり、新聞などによってそれが束ねられることになり、俗語をまとめそれに習熟した者がエリートとなることで国民国家の文化的なまとまりが作り上げられていった。
 日本でも日清・日露戦争の新聞報道によって日本は一体化した国民の意識を高揚させ、さらに新聞に掲載された小説が文化的に統一された読者層をつくりあげていったのである。まさに活字メディアが「日本国家」を形成していったのである。
 
(4)多様なメディア世界の混在論へ
さて以上のようなメディアの変容に着目する三つの学派の内容を簡単にみてきた。これらの学派に共通なことは、彼らがもはや、リップマンのような「現実の環境」とメディアがつくる「疑似環境」とを対置させるという発想11)をとっていないことである。どの論者も、「現実」なるものはメディアが作り出していることを認めている。そしてどのメディアが支配的になるかによって現実というものがどのように変容していくかを説いていると言えよう。
 ではこれらの学派の理論を批判的に乗り越えるために、我々がよって立つべきものはなんであろうか。それは、現代の我々がさまざまなメディアが作り上げるさまざまな「現実」の中に生きており、しかもそれを同時に享受したり横断したりしているという事実であろう。たとえば、コンピュータが新しいメディアとして私たちをつなぐとき、そこには新たな世界の創造の可能性が広がっている。しかしそれはコンピュータにとどまらず、むしろ新しいメディアが生まれるとき常に生じる可能性である。そして、メディアがもたらす新しい空間とそれまでの現実空間との重ね合わせから新たな世界を絶えず創造していくこと。これは人間の本質とも言えるものである。こうしたコンピュータの作る現実と他の現実との混在を「ミクストリアリティ」(Mixed Reality)とも呼ぶが、それはなにもコンピュータの作る現実にとどまるだけでなく、むしろ人間がもともと多様な世界を混在化させそこを横断的に生きていることの、ひとつの現れにすぎないとみるべきであろう。ここで我々は、このメディアによる世界の創造についての哲学的人間学の観点からみてみよう12)。
「哲学的人間学」とは20世紀の初頭、おもにドイツ語圏で展開された哲学思想である。
まずオーストリアの動物学者ユクスキュル(1864~1944)は次のような説を唱えた。すなわち、動物は自分の身体のまわり、すなわち環境(Umgebung)のなかから、自分にとって意味あるものを選び出し、それを知覚するとともに、それに働きかけつつ生きることで自分をとりまく世界を構築している。彼はこれを「環境世界」(Umwelt)と呼んだ。彼は生物体をあくまでもその固有の環境世界との「機能的円環」のうちで捉えなくてはならないと主張した13) (ユクスキュル1973)。
 現象学的哲学者シェーラー(Max Scheler 1874~1928)は、最後の著作『宇宙における人間の地位』において、彼の哲学的人間学をこのユスキュエルの環境世界論を基礎にして展開した。動物はその環境世界の構造に完全に閉鎖的に適合している。これを彼は動物の「世界繁縛性」と呼んだ。これに対して、人間は環境世界を独自の仕方で遠ざけ距離をとることで、もっと広大な自由な場面としての「世界」へと開かれている。これをシェーラーは人間の「世界開在性」と呼んだ14)(シェーラー1977)。
 おなじく哲学的人間学を構想したプレスナー(Hermut Plessner 1892~1985)は、動物は環境に拘束され「中心的」に生きるに対して、人間のありようは「脱中心的」であり、世界開放性をもつと主張した15) (ボルノウ/プレスナー2002)。
ポルトマン(Adolf Portmann 1897~1982)は、その著『人間はどこまで動物か』で、人間は一種の早生児として生まれ、確固たる環境適応本能をもたず、その代わりになる文化を発達させたのだとした16) (ポルトマン1961)。
 これらの動物学的・哲学的人間学の流れを受けて、ゲーレン(Arnold Gehlen1904~76)は、「負担免除説」を提唱した。彼によれば、人間は本能の後退により、可塑的で未定形な自己の行動のありかたと(それに関与する)不確定な環境世界の現れ方という負担を課せられている。これに対して人間は、固有な文化様式を発達させること(制度化)によって、その負担をみずから免除しようとするというのである(ゲーレン1970)17)。
つまりある種、豊穣だが、同時に危険きわまりない自然というものに対して、動物は本能で対応し、人間は文化で対応するということになる。本能によって選択される自然は、もともとの自然とは異なり、あくまでも本能によって対応され感知されるような単純化したものになっている。人間において本能の代わりに文化的制度がその役割をする。動物においては本能によって身体が直接的にその環境と接している、つまり身体が道具であるのに対して、人間は文化を自然と身体との間におくことができる。この文化の媒介によって人間は自然の複雑さを適応可能なものへと縮小している。だが文化は変容可能なものである。人間と自然との媒介(メディア)の発展、たとえば、鍬からパワーショベルへの変化は、人間にとっての環境世界を変えてしまう。そうして媒介する道具、装置、シンボル、言語などごとに別の世界をその周りに持ち、それを絶えず変えていくことができること、それが人間の本質なのである。
世界を表象し、人間を表象するメディアの変化は、人間の「環境世界」を変えていく。世界を限りなく変化させていくこと、その変化へと開かれているという性格こそ、人間の、動物とは異なる固有性なのである。
新しいメディアの誕生はそれによって絶えず新しい世界をもたらす。人間はそのメディアによって新しい空間に住まうのである。生き物はおよそそれにふさわしい「環境世界」をもっている。しかし人間は固定された環境世界から絶えず抜けだし新たな環境世界を構築しうる、脱中心的存在である。すなわちあたらしいメディアを手に入れるたびに人間は新たな世界を手に入れる。そしてまたこの多様なメディア世界をまさに横断的に生きていく存在でもあるのだ。多重的メディア世界を横断し、そこからさらに新しい世界を構築する、それはまさに人間の「世界開放性」あるいは「脱中心性」の証なのである。
いまや、メディアの社会学は、(1)こうしたメディアごとにことなる特性と論理がもたらす、多様な世界の形成、をとらえると同時に、(2)そうしてメディアが生み出した多様な世界を横断し混在させながら生きている我々自身をとらえなくてはならないのである。
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by takumi429 | 2006-01-13 13:44 | メディア社会学 | Comments(0)

Cyberspace: the Space of “Orai”?

Cyberspace: the Space of “Orai”?
--- Finding a Possibility out of the Cyberspace in the Space of "Orai"---
Masanao KATSUMATA (Nagoya City University)
E-mail:masa01@iamas.ac.jp

Introduction
Whenever I think of cyberspace today, I think of how easy it is to communicate by e-mail with anyone. And the Internet of today has developed into a multimedia website that now forms an incredibly vast window on the world. Truly, the Internet has outgrown our wildest expectations. From e-mail to website. Is it a strange development? I think this is not a strange development. Because there was a similar development in Japan: the development of “Orai-mono”. Today I would like to talk about “Orai” and “Orai-mono”. And about the art of the poet who traveled on “Orai”. His name is Matsuo Basho. And I would like to try to find a possibility of new way of identity in the Cyberspace.
1.1
The meaning of “Orai” is "go and come", "road" and “correspondence”. And it also means “Oraimono”. The literal translation of “Oraimono” is the object of “Orai”. “Oraimono” is the classical textbook for letter writing.Later all sorts of textbook came to be classified in this category. Why the textbook in Japan was called “Oraimono”? Because at first it was a collection of models of letters. It has first a style of correspondence. And it was written in the epistolary style. Japanese epistolary style is called “Sorobun”. Why “Oraimono” was written in “Sorobun”. Since it was the only common Japanese before the modern age.
1.2 The development of "Teikin Orai"
During the Kamukura (1185-1333) and Muromachi (1333-1568) period many leter-wrinting books were produced. Teikin Orai (before 1350? Household-Precept Letter Writer), was one of the best-known examples of the "Oraimono" genre.
The "Teikin Orai" had made the following development. (1) At first it was a calligraphy text. (2) By writing phonetic symbols (kana) alongside Chinese characters to indicate the pronunciation, it was used as a reader. (3) By annotation its text was linked to other texts. It became a kind of commentary book. (4) The notes were illustrated. It became a book with a lot of illustrations.
1.3The Development of "Oraimono"
In the Edo period (1600-1868), use of the word "Orai" was extended to beginning textbooks in various fields, as in "Shobai Orai" (A Guide to Commerce) and "Hyakusho Orai" (A Guide for Farmers). All textbook used at "Terakoya" (village schools) were called "Oraimono". Altogether, over two thousand kinds of "Oraimono" were produced. Some were still being published at the beginning of Meiji period (1868-1912) but were soon replaced by Western-style textbook.
1.4 "Oraimono" as information booklets
"Oraimono" was mainly used as a textbook in a private elementary school. But it was also sold to the public. For example, there was "Nagoya Orai". The cover is Nagoya Castle. It is still the symbol of Nagoya City. It wrote about Nagoya Castle, the temples around the Castle, famous places of beauty and historic interest and special product in Nagoya City. The "Nagoya Orai" is an information booklet of the town of Nagoya.
1.5
"Oraimono" was an educational information booklet of not only children but also adult people. It included information of letter writing, morality, history, geography and industries. And it often included a lot of illustrations.
1.6
"Orai" (the correspondence) created "Oraimono" (a collection of model sentences for letter-writing). "Oraimono" developed form the textbook of letter-writing to the book of much information. Pupils did calligraphy of texts and read texts aloud. Notes came to have a lot of illustrations. As a result, "Oraimono" could have multimedia contents.
I think the development of “Oraimono” is very similar to the development of the Internet. And it is the normal development of communication.
1.7
Every communication begins with mutual communication. In its development, monolog or monological text became dominant But under the rule of monologue, there are dialogical voices and movement and images.
“Oraimono” linked the words and phrases to another words and phrases. It interpreted the text and linked the text to other texts. It connected the words and phrases or texts with movements, voices and images. So it set the dialogue free from the rule of monolog, as intertecuality, as multimedia. The key method of “Oraimono” is “linking” or “connecting. Internet will also bring back dialogue as hypertext.Internet will break the rule of the monological text by having contents of multimedia.
2. Matsuo Basho
2.1
Our identity used to be a monological identity. It was supported by the great story. After the fall of the great story we are searching for a new way of the identity. As an example of the way we find a poet, who traveled in space of "Orai". He was Matsuo Basho, who was a poet of a Haiku. Speaking precisely, he was a poet of "Haikai". "Haikai" was a linked series of Japanese poems composed by two or more people. "Haiku" was originally "Hokku", that is, the "starting verse" of "Haikai"
2.2 The Haikai Network
Basho was an itinerant poet who traveled the "Orai", that is, the highways and byways of Japan. By the way, why Basho could travel all over Japan? Because there was the wide network of Haikai all over Japan in Edo period. He visited a Haikai fans in the country. There he gathered several Haikai fans. They made linked verses one after another. Some one makes verse in 5-7-5 syllables. and another linked verse to it in 7-7 syllables. and the other linked verse in 7-5-7 syllables, and so on. New verse is linked to previous verses and overlaps them and slips off. Whenever new verse is linked, the poetic world of the Haikai changes. That was Haikai. Haikai was an art of collaboration. Basho was not only a poet but also a coordinator. Basho and his followers made the 7 great collections of Haikai. They made the first of the collection, “the Day of Winter” here in Nagoya.
2.3
That way of making Haikai was also the way of his trip. He visited places that are described in classical Japanese verse and literature. By linking the present reality to the world of classical literature, he created a new world of poetry.
For example,
"The summer grasses--
Of brave soldiers' dreams
The aftermath".
The "soldier" means "samurai" soldier. The glory and the fall of samurai Fujiwaras were one theme in Japanese literature. This poetry links the past world of the literature and present summer grasses. He mixed the world of literature and the real world. His new poetic world comes out of this mixed reality. In traveling he adds a new aspect to the real world. By linking the present to the past, he creates the future. So he travels in space and time
2.4
The space of "Orai" is the space of mutual communication. Basho created the new poetic world out of the “Orai” He escaped from the rule of a monolog and created the interactive subjectivity. We find the new way of identity in his work and life. The Cyberspace is the space of mutual communication, too. By linking texts and media, we create a new world. Escaping from the rule of the monolog, we can find the new way of identity in the Cyberspace.
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by takumi429 | 2006-01-13 13:20 | メディア論 | Comments(0)

アビー・ペリー編『看護とヘルスケアの社会学』を読んで

アビー・ペリー編『看護とヘルスケアの社会学』を読んで
---社会学的想像力と懐疑を持って医療を考察---

 医療の社会学の本を書こうとすると2つの方向に引き裂かれそうになる。
 1つの方向は、医療の人々にお伺いを立ててそれを材料にして業績とするものである。だがいま目の前にいる患者をどうしようかと真剣に苦慮している医療関係者たちには、こうした研究や解説はぴんとこないものになりがちである。
 もう1つの方向は、医療批判の方向である。イリイチやフーコーを経由し、医療を権力の1つの形態と見なす見解だ。その批判の切れ味はたしかに鋭い。しかしそれでは実際に医療にたずさわる人間にとっては職を辞する以外にするべきことはないのか、という気にさせるだけで、現場で医療を進めざるを得ない彼らにとっては、「じゃ、どうしろっていうのだ」という感じになってしまいがちだ。
 結局、私自身は、医療向けの社会学の本を書くに当たって、医療社会学などという狭い社会学でなく、医療者が知ったほうがよい、社会学一般の解説や人文科学一般の解説をしたりしてきた。
 医療者をおだてるのでもなく、頭ごなしにしかるのでもない、医療者が自分のしている医療行為に対する考察を豊かにさせるような本は書けないだろうか、それが看護師養成の教育にたずさわるようになってから、ずっと私が悩んできたことであった。
 今回、『看護とヘルスケアの社会学』を読んでみて、それに対する1つの回答を与えられたような気がした。この本はフーコーらの理論をふまえながら、しかも医療におけるさまざまな問題を考えていこうとする。その際、本書を貫いているのは、2つの考え方である。
 その1つは「社会学的想像力」という考え方だ。社会学的想像力というものを説明するなら、たとえばこんなふうになるだろう。
 いまあなたが1杯のコーヒーを飲んでいるとしよう。コーヒー豆を通じてあなたは南米と砂糖を通じて中南米とさらにそれらを操る巨大資本とつながっている。水道水を使うことで日本の環境問題とつながっている。近年日本の家庭に広まったコーヒーを飲むという習慣を共有する人々とつながっている。そしてそれはテレビのコマーシャルや番組での飲むことに影響されている。コーヒーを飲むという1つの行為は広く社会へとつながっているのだ。また今あなたが新聞を読んでいるとしよう。あなたが新聞で見かけた中高年の自殺の数字は、実はリストラ、離婚、ホームからの飛び込み、というような人間ドラマをその1つ1つが持っているのだ。
 1つの具体的行為からそれを取り巻く社会の連関へと思いをめぐらすこと、1つの抽象的数字から具体的な人間ドラマに思いをめぐらすこと、具体的な顔のみえる行為と社会の抽象的な語りとの間を自在に往復できること、それが社会学的想像力である。
 もう1つの考え方、それはいわば「社会学的懐疑」とでも言うべきものだ。
 医療の世界は患者に迅速に対処する必要がある。そのため、医療関係者のなかにはいわば「対処主義」とでも言うべき、すばやく問題解決を急ぐ態度がきわめて濃厚だ。患者の持っている疾患、問題をすばやく判断しててきぱきとそれを解決しようとする。だがそこでは「問題」と見なすその問題の設定の仕方自体が実はかなり偏ったものの考え方であること、いや問題だと設定する構え方自体が実はその問題を引き起こしているのかもしれないという、反省と懐疑が欠けている。
 たとえば、ターミナルの患者が死の受容に至っていない、それが問題だとする看護師は、「死の受容」をすべきだという自分の先入観が、実はこの問題を作り出していることに気づかない。それは医療者の先入観と無反省から生まれ、それを患者に投影した問題にすぎないのである。患者は死の受容に至るべきだなどという考えを医療者が捨てれば、その問題なるものははらりと消えてしまう。
 こうした、社会学的な想像力と懐疑を持って医療のさまざまな局面を考察する本書は、問題をさっさと解決しよう、業績を上げようという志向をもつ人間にとっては、とてつもなくまどろっこしく歯切れが悪いものにみえてしまうだろう。だがそのまどろっこしさと歯切れの悪さの向こうにある、この本に流れている、みずからの問題設定・対処のあり方を真摯に反省しようとする謙虚な態度こそが、実は医療関係者・研究者が学ぶべきものなのだ。
 なお訳者によるていねいな文献紹介もありがたい。それはこの本を出発点にしてさらに思索を深めるための大きな手がかりとなろう。
 いま、私はこの本とはまた別の方向で、医療についての社会学の本を書こうと思っている。「患者を理解したい」というのは看護師が常に口にすることである。だが理解とは何か、理解が単に気持ちの理解を超えて、その患者を包む社会とつながるような大きな理解(すなわち社会学的想像力を駆使した理解)になるにはどうすればいいのか。また患者の何気ない言葉や仕草からその患者の抱えた人生の物語をどう理解すればいいのか。このことを考えながら、同時に、ヴェーバーという学者が提唱した「理解社会学」というものを、物語論的観点から再生しよう、というのが今の私のもくろみである(本の仮題は『看護に学ぶ臨床社会学』)。
 今回『看護とヘルスケアの社会学』を読むことで、私は新たな本を書くための静かだが確かな励ましをもらえたことを心から感謝している。
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by takumi429 | 2006-01-11 01:47 | 臨床社会学 | Comments(0)

13.近代とは何か まとめ

まとめ

近代とは何か
1資本主義としての近代---マルクス---
 プロレタリアート(労働者)とブルジョワ(資本家)
 使用価値と交換価値
 
2.ゲゼルシャフト化としての近代---テンニス---
  伝統社会の瓦解と社会の再構築
 ゲマインシャフト/ゲゼルシャフトという差異の形成運動としての近代

3.逆説としての近代---ヴェーバー---
 プロテスタンティズムの倫理の逆説的帰結としての資本主義の精神
  倒錯した形式合理性の支配拡大としての近代
 
4.遊歩者の近代---ジンメル、ボードレール、ベンヤミン---
 交換価値の世界
 貨幣の担い手として商品の世界を遊歩する人々

5.欲望の喚起装置としての近代---ゾラ、デュルケーム---
 ゾラ『ルーゴンマッカール叢書』
  欲望の装置としての鉄道、百貨店、炭坑、市場、レビュウー、投機市場・・・
 デュルケーム 
  アノミー論:欲望の逸脱的増大
 
6.臣民化と規律化としての近代---アルチュセール、フーコー---
 近代とは個人を呼びかけ、主体(臣民)とし、その欲望を喚起しながら巻き込む管理していく権力が作動する時代

7.フロンティアの喪失としての近代---アメリカ社会学--
パーソンズ 
フロンティアの喪失による競争の激化を相互の役割を受け入れることで克服する社会
マートン
 アノミー論
  アメリカン・ドリームの功罪をアノミー論として展開
エスノメソドロジー
  既存の文化目標もそれへの手段も否定する(反抗する)若者たちの出現

8.公共性の変容としての近代---アーレントとハーバーマス---
  アーレント;近代とは、活動(語り演じる)世界=明るい公的空間が浸食された、暗い時代である。
  ハバーマス;システム的世界の生活世界への浸食

9.コミュニケーションの変容としての近代---オングとフルッサー---
 オング
 近代:話言葉から書き言葉への移行
 フルッサー
 画像→文字テキスト→テクノ画像

10.世界システムとしての近代---ウォラーシュテイン---
 世界が一つのシステムとなり、そのなかで各国は中核、周辺、半周辺の役割を演じている。
  
11.ナショナリズムとしての近代---アンダーソン---
 メディアなどにより作られた人造物(ナショナリズム)によって人々は想像の共同体(国民国家)を形成する。

12.外部の喪失としての近代---ベック---
 外部から取り入れ捨てていた近代の産業社会から、自己の内部へと危機を増幅させる再帰的な近代(危険社会)へと移行した。
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by takumi429 | 2006-01-01 00:00 | 社会学入門 | Comments(0)