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父性からみた母性と家族2

(3)母性についての新たな研究
さて私のささやかな体験とそこからの勝手な考えを申し述べました。しかし最近は私の考えを受け入れてくれるような新たな母性に対する研究がいくつか現れています。それをすこし紹介することにしましょう。
①大日向の母性研究
母性が先天的・本能的であるとの決め付けに対して、母性の発達心理学を考察することで母性本能説を超えようとしているのが、大日向雅子さんの一連の研究です(大日向雅子1988a『母性の研究』川島書店、大日向雅子1988b「母子関係と母性の発達」『心理学評論』Vol.31.No.1.pp.32-45.)。
大日向さんは、「母性とは子どもをもつ女性(母親)が子どもとの関係で発揮し得る育児能力」と規定し、「母性は形成され発達変容するものと把握する」ことで、母性の普遍性・本能性を問い直す作業をおこなっています。
 この問い直しの結果、彼女は母性への影響をもつものとして次の3つをあげています。
1)生き方としての母親役割の受容の意義
母性発達は当初の妊娠を受容する態度と深い関連性がある。「自己の問題として積極的に対処する態度が重要」となるといいます。そして「夫婦間の信頼関係が、母親になろうとする女性の妊娠に対する積極性を支えるとともに、出産後は育児中の心理的安定に少なからぬ影響力を持つ」(大日向1988b.36頁)としています。
 このことの傍証としてあげられているのが、チェコ・プラハ精神研究所の研究です。ここでは2度にわたる中絶の申告にも関わらず却下され、妊娠継続を余儀なくされた母親たちを調査したところ、「望まない妊娠の結果生まれた子どもに対して、母親たちは積極的に愛情豊かに関わることが少なく、それに応じて子どもも母親への愛情を順調に発達させることが困難になっていく」との報告がなされています(それにしてもひどい研究をするものです)。
2)育児以外の生活をもつことの意義
また社会的関わりなその広がりを失った母親ほど子どもへの密着化傾向が顕著としています。そこからは現代の母親が家庭に閉じこめられ育児に追われている姿がみえてきます。
3)夫婦関係の重要性
さらに、母親の愛着の対象は子どもだけでなく夫もその対象であるとしています。
母親=妻には、おもに子どもには「支えてあげたい」という欲求、夫には「支えてもらいたい」という欲求がある。しかし子どもに「支えてもらいたい」という欲求や夫を「支えてあげたい」という欲求もあるとしています。
 
②「母親になる」 オーストラリアのナースたちの研究
さらにグランンディドセオリーをつかった母性の研究がオーストラリアのナースたちによってなされています。(Leslyey Barclay,Louise Everitt,Frances Rogen,Virinia Schmied andAileen Wyllie.Becoming a mother --- an analysis of women's experience of early motherhood.in:Journal of Advanced Nursing.1997,25,719-728.
Frances Rogen,Virinia Schmied,Leslyey Barclay,Louise Everitt and Aileen Wyllie.
'Becoming a mohter'--- developing a new theory of early motherhood. in:Journal of Advanced Nursing.1997,25,877-885)
 この研究は、オーストラリアの55人のはじめて母親になった女性を対象に調査したものです。まず研究者は母親たちのさまざまな発言を次の6つのカテゴリーにまとめました
 そして母親になる過程とは、「こんなの私の人生じゃないわ」と①気づき(realizing)、②用意できていない(unready)と感じ、育児に対して、③消耗した(drained)、④失った(loss)、⑤一人ぼっち(alone)と感じながら、いつしかそれを⑥解決(working it out)し、「調子がつかめた」という段階にいたることであるとしました。そしてこの段階にいたるためには、①赤ん坊の行動、②社会的支援、③以前の経験が大きく影響していると報告しています。

③『女性が母親になるとき』
最後にご紹介したいのは、ハリエット・レーナーという臨床心理学者が書いた『女性が母親になるとき』(誠信書房)。この本はみずから二人の息子を育てた著者が自分がどのように母親になっていったかを語り、その上で母親になることの助言をしようとしています。この本を読むと、実はさまざまに迷いながら人が母親に、また父親になっていくのがよくわかります。建て前論でない子育ての本だと思います。



2.物語りとしての家族

(1)家族療法と物語療法
 ところで家族看護というのは家族療法を看護に導入したものです。私の理解によれば、家族療法というのは、家族内のコミュニケーションの凝りのようなものをひっくり返したりしてほぐすようなものです。(ずいぶんいい加減な理解ですが)。
 ところで私は名古屋大学の中木高夫さんたちと一緒にこの半年ばかり「ナラティブ・セラピー研究会」というのを名古屋市立大学の看護学部で主催しています。ナラティブ・セラピーというのは日本語でいうと「物語療法」と言います。これも私のあいまいな理解で恐縮なのですが、一言で言うと、人は物語りの形で自分の人生をとらえている、しかしその物語りがその人を苦しめているとき、その物語りから解放することが物語療法であるようです。
 ところがこの学会の人にその研究会の話をしたら、どういうつもりで物語療法なんかを勉強しているのかと、多少詰問されるように言われてしまいました。
 私はそのときはじめてうかつにも、物語療法が家族療法を超えるものだと自らを宣伝していることを思い出したのです。でも私の頭のなかでは両者はまったく矛盾することなく、並存しているのです。私は家族療法はいまだ有効だと思っているし、物語療法がそれを超えるとはあまり思っていないのです。
 というのも、家族療法では家族内のコミュニケーションをひとつのシステムとしてとらえているのに対して、物語療法ではそのコミュニケーションから個々人の頭の中につくられた物語りを問題にしているからです。同じコミュニケーションの結果であっても、個々人にはそれぞれ異なった物語りとして蓄積されていることというのは十分にありうることだからです。
 ではなぜ人は自分とそれを取り巻く世界の体験を物語りにするのでしょうか。おそらくそれは人間の脳の構造に起因するのでしょう。さまざまな混沌とした情報を整理するときに私たちはひとつのストーリの形に整理しようとする、そして整理できたときある安定をもつことができるようなのです。
 たとえば村上春樹という作家がいますが、彼の作品は、突然の恋人の自殺という説明不可能な事件、この凍りついた事件を溶かして、物語に形にしていくことだといえるとおもいます。これを河合隼雄は「癒しとしての物語」と名づけています。
 
 (2)家族神話
 しかし物語りが常に癒しをもたらすとは限りません。ときとして私たちを支配する物語りは私たちを苦しめ閉じ込めたりします。そうした物語りのひとつに「家族神話」があるように思われます。
 「家族神話」といってもその内容はさまざまでしょう。私たちを支配していると思われるのはおよそ次のようなものです。人間の幸福は家族にある。責任感ある父の庇護のもと、母親のやさしい愛情の下で、子供は育つ、父は外で働き、母は子育てと家事をする、といったような内容です。
 近代家族
 この内容は基本的に「近代家族」と呼ばれる家族のあり方を理想とするものです。
 近代家族とは次のような特徴を持っています。すなわち、①家内領域と公共領域の分離、②家族成員相互の強い情緒的関係、③子ども中心主義、④、男は公共領域、女は家内領域という性別分業、⑤家族の集団性の強化、⑥社交の衰退、⑦非親族の排除、⑧核家族です。
 この内容は現在ではあたりまえに見えるかもしれません。しかしよく考えてみるときわめて最近、日本では戦後の高度成長期に定着してものです。農家や商家が人口の中心であったときには家はひとつの経営体でしたから、以上のような特徴をもつことはありませんでした。それがベビーブーマーたちが家を出て都会のサラリーマンとなることでこの特徴をもつ近代家族が日本で爆発的の増大したのです。
 三歳神話
 家族神話をさらに補強するのが、「三歳神話」と呼ばれるものです。すなわち、三歳まで母親が密着して育てなくてはまともな子どもに育たない、というものです。
 この神話の出所はもともとは、ボルヴィの「母性剥奪論」にありました。すなわち、幼児期における母性的愛情の喪失が発達にいちじるしい(マイナスの)影響を及ぼす。それが証拠に、施設の置かれた子どもは母親との密接な相互作用がないため発達障害を持つことが多い、というものでした。
 しかし現在では母親的愛情をもち幼児と密接な相互作用を持つ相手は固定した少数者であれば、一人に限らなくてもよく、男性でもよい、べつに実の母親でなくてはならないということはない。また最近は施設での幼児の養育の状態は大変良くなっている、との報告がされています。
 ではこの三歳神話がこれほどまで定着したのはいつからでしょうか。
 小沢牧子はそのはじまりを1961年高度成長期のはじめ、第一次池田内閣のもとで開始された三歳児健診にみています。じつはその導入にあたって厚生省が世論操作をして、「三歳までは母親の手で」という大衆意識を形成させたというのです。その意味するところは、「母親は家庭にとどまれ。三歳の後は幼稚園があずかる。また「問題」がある子どもは国が施設に預かる」というものでした。つまり家庭は人口の生産工場としての位置づけられ、その無償の生産者が母親であり、その生産を検査する三歳時検診だったわけです。(小沢牧子1989「乳幼児政策と母子関係心理学---つくられる母性意識の点検を軸に---」『臨床心理学研究』第26巻第3号pp.22-36)。
 つまり日本において家庭にとどまる主婦というものは戦後、かなり意図的に作られたものだったのです。
 ナースの主婦幻想
 ところでナースというのは職業婦人であるにもかかわらず、かなりこの主婦幻想に支配された人々のような気がします。私の勤務先の前身の看護短大でも意見発表会では「結婚して子供ができたら仕事をやめなくてはいけない」という意見がほとんどで、なんのために手塩にかけて指導してきたのかわからないという事態がありました。職業婦人が「本当は母親は家にいて家事と育児に専念すべきだ」と考えているとしたら、これはなかなか悲劇です。どうしてそんなことになってしまうのでしょうか。
 医療における神話
 ナイチンゲールの著作を研究したイヴァ・ガマーニコフは「性分業 看護婦の場合」という論文で次のことを明らかにしました。ナイチンゲールは、「医師ー看護婦ー患者」の三者関係を、「夫(父)-妻(母)-子」の三者関係になぞらえており、「よい看護婦」は「よい女性」、すなわち「よき妻(母)」を演ずることが期待されているのです。
 医療というのはいまだに性別分業がきわめて差別的な形で残っている業界です。その差別が、家族幻想、家族内での母性幻想によって塗りこめられているために、看護婦はかなりの高度な専門性をもつ職業婦人であるにもかかわらず、主婦幻想を抱いているのではないかと思われます(言い過ぎだったらゆるしてくださいね)。
 
 (3)別の物語をもとめて
 高度成長期以前は日本のほとんどの人口は農村にありました。ベビーブームの子供たちが成長し、兄が後をとって弟や妹たちは都会にでてサラリーマン家庭をつくりました。近代家族が定着したのはそのときです。でも現在では子供の数は減り、都会と郊外の家には年老いたベビーブーマーとその成長した子供(パラサイト・シングル)がいるか、あるいは子供は出て行って、都会のなかの一軒家に老人が一人暮らしをしていたりします。介護に必要でもそれを支える家族員はとぼしく、他人がいやおうなく家庭の中に入ってきます。食事も宅配サービスに依存する人々は増えています。家族の形態はすこしづつ、しかし確実に変わりつつあります。
 家族の古びた物語から開放され、お互いがのびのびと暮らせるような新しい物語りをつくること、それが今求められているのように思えてならないのです。

 まとまりのない話で恐縮ですが、以上で終わらせていただきます。ご静聴ありがとうございました。
    
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by takumi429 | 2007-04-30 11:02 | 物語論 | Comments(0)