<   2008年 06月 ( 6 )   > この月の画像一覧

13 ノンフィクション映画

ドキュメンタリー映画はやらせでない事実の客観的記録とみなされがちである。しかし撮影することはその出来事に影響をもたらさざるを得ない。むしろ制作者がどのような選別を行いながら、映画のなかでの出来事を形作るかを見なくてはいけない。その出来事の形作り方によって5つの種類に分けられる。

(1)解説するドキュメンタリー
身体をともなわないヴォイスオーバーによる注釈、記述的で情報豊かであることを念頭においた映像

(2)観察するドキュメンタリー
「生活の断片」、あるいは出来事のそのままの再現を示そうとする。
映画制作者は、関与しない傍観者であろうとする。

(3)相互作用するドキュメンタリー
撮影される人々や出来事と制作者とが相互作用する。インタビューの形式をとる。
 例:マイケル・ムーア『ロジャー・アンド・ミー』(1989)

(4)反省するドキュメンタリー
撮影される出来事・人々よりも、それが撮影される仕方に焦点を当てる。ドキュメンタリーの再現がしたがっている約束事を観客に明らかにして、その真実を顕わにするという見せかけの能力に異議をとなえる。
ジガ・ヴェルトル『カメラを持った男』(1928) 

(5)演技するドキュメンタリー
世界を撮ることから作品を表現することに重点が移る。
エロール・スミス『シン・ブルー・ライン』(1988)警察官殺人の再演することで事件についての証言の非一貫性を明らかにする。
[PR]
by takumi429 | 2008-06-29 13:39 | フィルム・スタディーズ入門 | Comments(0)

フィルム・スタディーズ入門 12 SF映画

SF映画の特性

科学とテクノロジーの進歩がもたらすものについての省察
宇宙旅行とエイリアンとの接触
遠い未来という設定

1950年代のSF

放射能X Them!(ゴードン・ダグラス1954)

核実験により巨大化した蟻が人間を襲う。
蟻は都市の下水道網に巣をつくり、死闘の上それを人間が火炎放射器で駆逐する。

解釈
蟻=共産主義者
共産主義の脅威
冷戦のアレゴリー(たとえ)

硫黄島で地下壕をめぐらした日本軍
広島・長崎で原爆に被爆した日本人
蟻=日本人

ボディ・スナッチャー/恐怖の街(ドン・シーゲル1956)

カリフォルニアの小さな町の住人が、次第に眉人間に取って代わられる。取って代わる人々は元の人間とそっくりだが感情と情緒を欠如している。

SF/ボディ・スナッチャー(フィリップ・カウスマン1978)
リメイク版

解釈1 冷戦を描いた
共産主義による洗脳の結果、人々が全体主義国家に受動的にしたがう感情のないロボットになる様子を描いている。


解釈2 赤狩りを描いた

マッカーシー Joseph Raymond McCarthy 1908~57 アメリカ合衆国の政治家。1950年代初頭に非米活動調査委員会を舞台に共産主義者の破壊活動に対するキャンペーン、「赤狩り」の先頭にたってマッカーシズムをまきおこした。

ハリウッド・ブラックリスト (Hollywood Blacklist)
1940年代後半から1950年代中ごろ、映画俳優、映画監督、脚本家のグループが、彼らの人生のある時期に共産党と関連があったとされて非米活動調査委員会により取調べを受けた事件。

ハリウッド・テン(追放をうけた10人)(覚えなくていいよ!)
アルヴァ・ベッシー (脚本家)
ハーバート・ビーバーマン (映画監督・脚本家)
レスター・コール (脚本家)
エドワード・ドミトリク (映画監督)
リング・ラードナー・Jr (ジャーナリスト・脚本家)
ジョン・ハワード・ローソン (作家・脚本家)
アルバート・マルツ (作家・脚本家)
サミュエル・オーニッツ (脚本家)
エイドリアン・スコット (脚本家・プロデューサー)
ダルトン・トランボ (脚本家、映画監督)→「ローマの休日」脚本

SF映画
人間のもつ科学と技術文明に対する懐疑
エイリアンに投影される人間の恐怖と願望
科学がもたらす未来において先鋭化される人間の根元的問題の摘出
[PR]
by takumi429 | 2008-06-25 23:09 | フィルム・スタディーズ入門 | Comments(0)

5.欲望の喚起装置としての近代---ゾラ、デュルケーム---

5.欲望の喚起装置としての近代---ゾラ、デュルケーム---

アノミー概念の誕生
デュルケーム
 『自殺論』(1897)
 自殺は、個人的な理由により、自殺しようという心理の結果、生じる、と私たちは思いがちです。
ところが、デュルケームは各国の統計を使って、自殺率(10万人あたりの自殺者数)は、国ごとに安定しているということを示しました。(デュルケームがあげている統計は、ヨーロッパの民族国家の統計です。民族国家は同一の民族と言語からなる国家なので特有の社会的文化をもつと考えられました)。しかし人は自殺率を安定させるために死のうとするわけではないでしょう。ですからこの安定した自殺率、という「社会的事実」は、自殺する人間の個人心理からのでは説明できません。
そこでデュルケームは、国)ごとの「自殺率の一定比率」という社会的事実を説明するには、社会的な原因を挙げなくてはいけないとしました。彼が自殺の社会的原因だとしたのは次の4つです。
(デュルケームは当初の構想を改変しているので、『自殺論』の記述からはこの4つが見えづらくなっています。ここはベルナールらによる修正に依拠して4つの社会的原因をあげます)。(『デュルケムと女性、あるいは未完の『自殺論』: アノミー概念の形成と転変 』 フィリップ・ベナール著 ; 杉山光信, 三浦耕吉郎訳.新曜社, 1988.)

Ⅰ自己本位的自殺:社会の統合や連帯が弱まり、個人が集団から切り離されて孤立する結果として生じる自殺
例証としては、プロテスタントとカトリックを比べると、プロテスタントが自殺率が高く、カトリックが低い。また、未婚・やもめ、と、結婚している者を比べると、前者が後者より自殺率が高い。また平時と戦時を比べると、平時の方が自殺率が高い。つまり統合・連帯が弱い者の方が自殺率が高いというわけです。(こういう説明の仕方を「共変法」といいます)。

Ⅱ集団本位的自殺:社会が強い統合度と権威をもっていて、個人に死を強要したり、奨励したりすることによって生じる自殺
例としては、宗教による自殺や軍隊における自殺率の高さがあげられます(日本軍の集団自決などもこの例に入るでしょう)。

Ⅲアノミー的自殺:社会の規範が弛緩したり、崩壊したりして、個人の欲望への適切なコントロールが働かなくなる結果、際限のない欲望に駆り立てられた個人が、その結果、幻滅しむなしくなっておこす自殺
ここでデュルケームは、「アノミー」という概念を提示しました。アノミーとは、欲望の無規制な状態、欲望が螺旋状にどんどんと拡大していくありさまをいいます。(ちなみに、後にマートンは、目的と手段の枠組みをつかって、このアノミー概念を、適切な手段をもたない目的として定義しましたが、これはデュルケームの本来のアノミー概念からははずれています)。
例としてデュルケームは、経済アノミーというものをあげています。いわばバブル崩壊による自殺です。

Ⅳ宿命的自殺:欲望に対する抑圧的規制が強すぎるため、閉塞感がつのって生じる自殺。
ベルナール(1988)が挙げている例は、未婚・やもめの男性は結婚している男性よりも自殺率が高いのに対して、未婚女性あるいは寡婦は結婚している女性はよりも自殺率が低い、という例です。つまり、結婚は、男性によっては適度な拘束ですが、女性にとっては過度な拘束だというのです。

Ⅰ自己本位的自殺とⅡ集団本位的自殺を規定する社会的変数は「統合」(まとまり)であり、Ⅲアノミー的自殺とⅣ宿命的自殺を規定する社会的変数は「拘束」(しばり)である、とデュルケームはしています。
つまり、統合が弱いとⅠ自己本位的自殺が増え、統合が強いとⅡ集団本位的自殺が増えます。
また、拘束が弱いとⅢアノミー的自殺が増え、拘束が強いとⅣ宿命的自殺が増えるのです。
つまり適度な統合と拘束の時に自殺は少ないというわけです。

デュルケームはなかなかクールな社会観察者で、一定程度の逸脱が社会にあるのは、「正常」なことだと見なしています。だから、自殺率も一定しているなら、それはそれなりに「正常」なことだと見なします。しかし自殺率が安定しないで以上に増加しているなら、それは「異常」なことだとします。
現代において自殺率が異常に増加しているのは、まさに異常なことであり、その解決策として、統合の中間項として職業集団が活発になる必要があるとしました。
さて、デュルケームのみるところ、彼の時代、19世紀後半のフランスは、統合(まとまり)と拘束(しばり)がゆるんだ社会でした。かれは、社会の統合と拘束をもたらすのは、道徳と宗教だとしました。
『道徳教育論』では道徳のもつ統合性と拘束性を強調し、それを子どもに注入するのが教育の欠くべからざる働きだとしました。
また『宗教生活の原初形態』では、過去において道徳を規定していた宗教の原初的形態を社会学的に探ろうとしました。ドイツの哲学者カントは人間が物事を認識する図式は人間の中にあるとしました。またその道徳原理も人間の内なる精神の中に神から与えられてあると考えました。それに対して、デュルケームはそうした認識図式も道徳原理も人間のうちにあるのではなくて、むしろ社会の方にあるとしました。いわば「逆立ちしたカント主義」をとっています。(ちなみに、カントが人間の精神〈脳?)の中にあるとした認識図式を、すべて人間の身体から生まれたものとして、カントのあげた認識図式をすべて身体から説明するという離れ業の挑戦しそれをやりきっているのがメルロ=ポンティの『身体の現象学』です)。
デュルケームは緩んだ社会のまとまりとしばりを宗教と道徳で締めなおそうとしたわけです。すなわち、「デュルケームは第三共和政の法王たらんとした」(折原浩)のです。
ではデュルケームがなんとかしなくてはと思った、まとまりとしばりが緩んだ社会とは何だったのでしょうか。それは第三共和政の前、ナポレオン三世が支配した第二帝政の時代にほかなりません。ナポレオンの甥によるクーデター成功の後うまれた第二帝政期は、オフェンバックのオペレッタに沸き立たつどんちゃん騒ぎの、まさに際限ない欲望の時代でした。
アノミーの概念によって、際限のない欲望の拡大という事態をしてきしながら、その内実についてデュルケームがあれこれ言わず、すぐにそれを抑えこむ道徳と宗教について研究を向けたのは、そうした欲望の拡大が自明のものとして第三共和政の前にあったからです。
しかし、こうした欲望の拡大がどのようにして生まれたのか、そのメカニズムは解明する価値のあることでした。その欲望のメカニズムを、いくつもの実地調査をして描いた人物がいました。それが作家エミール・ゾラでした。
彼は「第二帝政期の人間喜劇」を『ルーゴン・マッカール叢書』という全20巻の小説群で描きました。ゾラがそこで取り上げられたのは、地上げ、中央市場、アルコール中毒、百貨店、高級娼婦、鉄道、炭鉱、株式市場などなど、まさに人々の欲望の喚起する装置たちでした。これらまさに近代の欲望喚起装置(鹿島茂)を実地調査にもとづいてゾラは小説にえがいたのです。
ゾラはイタリア出身のナポレオン軍の工兵あがりの技術者を父に持ち、幼くして父をなくした彼は名門リセを卒後して、大学受験のときに急に理工系のグランド・ゼコールを受けて失敗してしまいます。しかし、技術者のむすこだったというプライドは絶えず持っていたようです。だから、バルザックがかならず小説を舞台装置から描いたように、小説の中心に社会的な装置(mecanisme)をおいてそのメカニズムを描いてみせました。
ゾラの『ルーゴン・マッカール叢書』の巻数と題名、あららまし、そしてそこで描かれた装置を以下列挙してみましょう。

1『ルーゴン家の運命』ルーゴンとマッカールの家系のはじまり。
ナポレオン三世のクーデターによるプッサンの動乱。
少年シュヴェールと少女ミエットの愛し方さえ知らない幼い二人の悲劇。少女は流れ弾で死に、少年は憲兵に墓場でこめかみを打たれて死ぬ。
装置:プッサンという街。墓場(死者を飲み込む場)。

2『獲物の分け前』オスマン男爵のパリ大改造の下、地上げによって巨万の富を稼ぐアリスティッド・サッカール。若き後妻ルネは夫の連れ子マキシムと温室で不倫にふける。アリスディッドはルネから金を巻き上げて破産を免れ、ルネは若くして死ぬ。
装置:温室(人工楽園)。パリ(人工都市)

3『パリの胃袋』流刑地から逃げ帰ったフロランはパリの中央市場で働くが、そこの人々の讒言によってふたたび島が流しとなる。
装置:パリのレ・アールの中央市場

4『プッサンの征服』フォージャ神父はマルト・ルーゴンの家に住みこみ、いつしかその家ばかりかプッサン市をも支配するにいたる。しかし狂人となったマルトの夫の放火によって家もろとも焼け落ちる。
装置:王党派と共和派の両方がみおろせるマントの家。

6『ムーレ神父のあやまち』マント・ルーゴンの息子で司祭になったムーレはパラデゥ館の秘密の庭に住むアプビーヌと、アダムとイブのように愛し合う。しかし、彼が庭から去ったため、娘は死に、その葬儀を司祭である彼が司ることになる。
装置:秘密の花園。

6『ウジェーヌ=ルーゴン閣下』ウジェーヌ・ルーゴンは第3帝政で失墜の危機の乗り切り副皇帝にまでなる。装置:政治

7『居酒屋』
『居酒屋』ジェルヴェーズ・マッカールはランチエに捨てられた後、トタン職人クーバーの結婚し、洗濯屋を開業するが、舞い戻ったランチエとクーボーの二人と関係し、アル中となって貧窮死する。
装置:蒸留酒製造装置・居酒屋洗濯屋。

8『愛の1ページ』エレーム・ムーレは娘ジャンヌを救ってくれた医師と不倫し、娘はそれに嫉妬して病死する。別の男と再婚した彼女は娘の墓を訪れ去る。
装置:バルザック邸のあったパッシーの高台から見えるパリ

9『ナナ』ジェルヴェーズの娘ナナは高級娼婦となって多くの男を破滅させるが、最後は天然痘となって死ぬ。
装置:ナナの肉体。

10『ごった煮』プッサンから出てきたオクターヴ・ムーレはアパートの女たちを意のままにあやつる。オスマン様式の表面はきれいなアパートは裏では汚物にまみれ、主人たちと女中との不倫と嬰児殺しが行われている。
装置:オスマン様式のアパート(欲望の館)

11『ボヌール・デ・ダム百貨店』 オクターヴの作った世界初のデパートは女たちの欲望をあおることで大繁盛するが、周りの商店は破産させていく。
装置:デパート(欲望の館)

12『生きる喜び』海辺の家にもらわれたポリーヌ・クニュは莫大な遺産を受け取るが、養い親子に財産をすり減らされる。しかも彼女の財産を散在した婚約者サザールを友人に譲ることになる。
装置:海によって浸食される岸辺の村。金をくすねられる遺産の入った引き出し。

13『ジャルミナール』炭坑に流れ着いたエチエンヌ・ランチエは最初の夜に会ったカトリーヌに強く惹かれる。彼女もランチエに惹かれているが、結局シャバルに暴力的に女にされてしまう。エチエンヌらが中心となって起こした炭坑ストライキは失敗する。炭坑事故で坑内に閉じこめられた二人はようやく愛し合うがカトリーヌは死に、エチエンヌは助かる。労働運動の芽生えを感じつつエチエンヌは炭坑を去る。
装置:炭坑

14『制作』:印象派絵画ジェルヴェーズの長男クロードは画家となって、嵐の夜に出会ったクリスティーヌに理想のモデルを見出し、結婚する。しかしパリを描いた大作は印象派風の絵から毒々しい象徴的なものへと変貌を遂げ、作品を完成できぬまま首をつって死ぬ。
装置:キャンバス

15『大地』兵隊くずれのジャン・マッカールは、農民となってまじめに働く。フーアン老夫妻の土地の生前分与が失敗し困窮する。土地の奪い合いの中でジャンは妻も土地もなくして、軍隊にもどる。
装置:土地(投資と生産の装置)

16『夢』シドニー・ルーゴンの私生児アンジェリックは刺繍細工人に拾われて見事な刺繍細工職人となる。いつか王子さまがと夢見る彼女の元にオートクール家の跡取りフェリシアンが現れ、身分を超えての結婚式で彼女は昇天する。
装置:夢を紡ぐ刺繍

17『獣人』駅助役のルボーは若妻セヴリーヌが養父の愛人であったことを知り、養父グランモランを列車内で殺害する。それをたまたま知ったジェルヴェーズの次男クロードはセヴリーヌと愛人関係になり、ルボー殺害を計画するが、狂った殺人衝動からセヴリーヌを殺してしまう。その後ペクーの妻とも不倫したジャックはペクーと走行中の機関車(ラ・リゾン)でもみ合いとなって二人とも転落死する。運転手のない機関車は兵士を乗せて闇夜を疾走していく。
装置:機関車・鉄道

18『金銭』 地上げの後、サッカールはユニバーサル銀行を設立して、株をつり上げ、空前のバブルを出現させる。しかし株価はついに暴落して、多くの破産者を生む。
装置:株式取引所

19『壊滅』兵士の戻ったジャンは、ブルジョワ階級のモーリスと戦友となる。フランス軍は大敗し捕虜となった二人は逃げ出して、モーリスの姉のアンリエットの元でジャンは療養する。その後、モーリスはパリコミューンに参加。また軍にもどったジャンは彼と知らず銃剣で刺し、モーリスは治療のかいもなく死ぬ。惹かれ合っていたアンリエットとジャンは別れる。ジャンはフランスの再生へと歩み出す。
装置:戦争

20『パスカル博士』パスカル・ルーゴン医師は年金生活をしながら、ルーゴンとマッカールの家系の遺伝を研究し、『ルーゴンマッカール叢書』の内容と同じ文書を残す。年の差をこえて結ばれ自分の子を宿した姪のクロチルドに文書を託して死ぬ。しかし一家の汚名をおそれた母フェリシテは文書をすべて焼いてしまう。唯一残った家系図を見ながら、クロチルドは生まれた息子シャルルに授乳するのだった。
装置:家系樹。遺伝要因が交錯・発現

ゾラがあげた装置のすべてが欲望の喚起装置とはかぎりません。しかし、鉄道、百貨店、炭坑、市場、レビュウー、投機市場、戦争、はまさに欲望の装置としての、人々の際限欲望を引き起こしていったのです。

第二帝政期という欲望の拡大の時代に対して、一方でデュルケームはそれを道徳と宗教で抑えようと道徳と宗教の研究をし、他方、ゾラはその欲望の装置のメカニズムを探ろうとした。つまり、デュルケームとゾラは第二帝政が生んだメダルの表と裏の関係になっているのです。
[PR]
by takumi429 | 2008-06-25 21:18 | 社会学入門 | Comments(0)

フィルム・スタディーズ入門 11 フィルムノワール

フィルムノワール
1941『マルタの鷹』(ジョン・シューストン)から
1957『黒い罠』(オーソン・ウエルズ)にかけて見られた
ある特徴を備えた犯罪映画の一群
あるいはその影響をうけた後続の映画

フィルムノワールの演出技法と撮影技法
表現主義的意匠(明暗法による斜めのフレーミング)が濃い影、シルエット、傾いた線、不安定な構図からなるコントラストの強い映像を生み出している。
ヴォイスオーヴァーやフラッシュバックといった主観的な技法
俳優とセットを等しく強調。

ドイツ表現主義(例:『カリガリ博士』)からの影響
ドイツから移住した監督:エドワード・ディミトリク、フリッツ・ラング、ロバート・シオドマク、ビリー・ワイルダー

物語とテーマ
ファムファタール(危険な魅力を持つ女)とはずれ者の(私立)探偵
脇役がネットワークをくみ、道徳的に怪しげなことをしている
曖昧な登場人物の動機、誤った手がかりを追う探偵、アクションの突然な変転
ナレーターないしコメンテーターが前面にでてきてヴォイスオーヴァーやフラッシュバックが多用される。
犯罪とその捜査が描かれる
現実味のある都会のセット
希望の喪失 絶望・孤独・懐疑心

ファムファタールfemme fatale
魅力的だが危険な女
家父長的価値観をと男性登場人物の権威を脅かす。
ファムファタールとヒーローとの闘争
第二次世界大戦による女性の社会進出にたいする男性の不安がもたらした構築物

最近のフィルムノワール
『L.A.コンフィデンシャル』
[PR]
by takumi429 | 2008-06-19 21:33 | フィルム・スタディーズ入門 | Comments(0)

フィルム・スタディーズ入門 10 映画ジャンル(1)


ジャンル映画:ハリウッドの映画産業による大量生産品

ジャンルの例:メロドラマ、フィルム・ノワール、SF、時代劇などなど

作家論 個々の映画監督の作品を独創的にしている共通の特性を識別

ジャンル研究は特定の映画作品群を定義する共通の定義を識別

ジャンル映画へのアプローチ

記述的アプローチ:映画作品群が共有する特性にしたがって、それらを特定のジャンルへと分類する。

機能的アプローチ:1つの映画作品を歴史的および社会的な文脈へと結びつけようとし、ジャンル映画が社会の基層にある不安や価値観を具体化していると主張する。

神話としてのジャンル映画

繰り返されるパターンのより観客は先取り予測する。ジャンル映画は希望と約束を設定し、この希望と約束が成就されることで快がもたらされる。ジャンル映画が観客を満足させるのは、観客たちが解決したいと望んでいるこうした疑問や問題を解決してくれるから。
ジャンル映画は集団的な表現形式、社会に向けて掲げられた鏡。社会で共有された問題や価値観を具体化し、映し出している。

現実の問題に空想上の解決をあたえている。
ジャンル映画をみることは文化的な儀式である。
ジャンル映画を研究することは、このジャンル映画を生産し消費している文化を研究する方法の1つ。

(1)メロドラマ 

特性
メロドラマはしばしば1人の女性の視点から語られる。
メロドラマは被害者の視点から物語る。
メロドラマはヒロインを被害者に変える。
家父長的社会(男尊女卑のおじさん優位の社会)での女性が被る道徳的葛藤をテーマとしている。
全知の語り口の形式のもとづく。
プロット(語りの展開)は、予想外の展開とどんでん返し、偶発事と出会い、さらに秘密、から成り立つ。
道徳的な葛藤をもたらすところにドラマの肝がある。

(1.1) 堕落した女の映画
「これらの映画は、不倫や婚前交渉といった性的逸脱を犯した女性に関わっている。その伝統的なタイプのプロットでは、これらの女性は家庭的な空間から追い出され、長期的な凋落を経験する。
(リー・ジェイコブス『罪の報い』の定義)

『ブロンド・ヴィーナス』1932

ジョセフ・フォン・スタンバーグ監督
マレーネ・ディートリッヒ主演

主人公(ヘレン)は夫を渡欧させて治療させるためにキャバレーに復帰し、富裕な政治家ネッドと情事を重ねた。完治して帰国しそれを知った夫に息子を奪われまいと息子をつれて逃亡し、貧窮し娼婦となり、ついに息子を奪われる。奮起してパリのキャバレーの花形として返り咲いたヘレンはネッドに会い、二人は息子に会いにアメリカに帰国する。別れた夫のもとに息子に会いに行ったヘレンはそこにとどまろうと決心する。

道徳的に許されないヘレンの情事と客引きは、作品の最後の、ヘレンの母性愛と家父長主義的な価値観への服従によって埋め合わされる。

(1.2)未知の女(unknown woman)のメロドラマ
男に思い出してもらうことに失敗した女のお話
(スタンリー・キャヴァルの研究による)

男性登場人物がヒロインを見分けられないことから、ドラマの道徳的葛藤・秘密・ドラマの展開の核がうまれる。

未知の女のメロドラマの要となるもの
未知の女はいかにしてかつて彼女が愛した男性に自分の存在をわかってもらうことになるのか、いかにして自分だけが覚えている秘密をその男性に打ち明けるのか。

『忘れじの面影』Letter From An Unknown Woman
(マックス・オフュルス1948)

(1.3)被害妄想の女の映画
夫が自分を殺そうとしているという妻の恐怖にもとづく
夫はたいてい再婚であり、以前の妻は奇妙な状況で死んでいる。
家のなかにあってそのヒロインが近づけない空間がある

シャルル・ペローの昔話「青ひげ」のバリエーション

ヒッチコック『レベッカ』(1940)
ロバート・スティーヴンソン『ジェーン・エア』(1940)
[PR]
by takumi429 | 2008-06-14 22:54 | フィルム・スタディーズ入門 | Comments(0)

フィルム・スタディーズ入門 9 黒澤明

複眼性と多声性

音と映像の対位法
コントラプンクト 2つの異なる旋律を同時に進行させながら結合する作曲技法

ソ連映画『狙撃兵』狙撃兵を殺しにいくシーンでレコードの「サ・セ・パリ」が流れる。

『酔いどれ天使』肺病病みのやくざ(三船敏郎)が失意に沈むシーンで拡声器から流れる
「カッコウ・ワルツ」

『野良犬』犯人(木村功)と新米刑事(三船敏郎)との対決の場面にながれる近くの住宅で奥さんが弾くピアノ曲と子供達の歌声
映像と(外的なディエジェーシス上の)音響との対位法

同一人物の中にある対立が分裂した双子のような登場人物となる。
『野良犬』→『影武者』

「複眼の映像」(橋本忍)
『羅生門』
盗賊(三船敏郎)が駆け落ちしていた侍(森雅之)と妻(京マチ子)を襲い、妻を犯し、侍は殺された。この事件が、盗賊、殺された侍の霊を代弁する巫女、侍の妻、目撃者のきこり(志村喬)の立場からそれぞれ語られる。
「羅生門的現実」:現実は観察者の視点によってさまざまに違って現れる。

合同脚本
「黒澤組の合同脚本とは、同一シーンを複数の人間がそれぞれの眼(複眼)で書き、それらを編集して混声合唱の質感の脚本を造り上げるーーそれが黒澤作品の最大の特質なのである。・・・黒澤組のようにライターが先行して、一稿ないし二稿の叩き台を作り、特に決定稿では同一シーンを書き揃え、それらの取捨選択から、隙間や弱みのない、充実した部厚い、しかも新鮮な混声合唱ともいえる脚本を作るなど、日本映画界にも他に例がなく、・・・世界のどこにも例がない、黒澤明が主催する黒澤組独自のものといえるのではなかろうか。」(橋本忍『複眼の映像』177頁)

マルチ・カメラ
複数のカメラを同時に回して撮り、後から好きなカットを好きな時間だけ編集して、一本にまとめていく手法

『天国と地獄』急行こだまの車内シーン 八台のカメラ

パン・フォーカス 望遠レンズの多用
さまざまな登場人物の行動・表情を同時、圧縮してとらえる。

複数の登場人物の観点・思惑が交差する画面

『七人の侍』
[PR]
by takumi429 | 2008-06-05 23:40 | フィルム・スタディーズ入門 | Comments(0)