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ベイトソン理解のために

3.ダブルバインド論
親と子どもはたがいにコミュニケーションを重ねています。つまり親と子はコミュニケーションによってひとつのシステムをなしています。そこではここの要素である親、子どもの個々の特性からは説明のつかない、システム独自の特性があります。
統合失調症の子どもも親とのコミュニケーションを重ねています。さて、そのコミュニケーションにはどんな特徴があるというのでしょうか。
ベイトソンはこんな例を挙げています。
「ダブルバインド状況を浮彫りにする出来事が、分裂症患者とその母親との間で観察されている。分裂症の強度の発作からかなり回復した若者のところへ、母親が見舞いに来た。喜んだ若者が衝動的に母の肩を抱くと、母親は身体をこわばらせた。彼が手を引っ込めると、彼女は「もうわたしのことが好きじゃないの?」と尋ね、息子が顔を赤らめるのを見て「そんなにまごついちゃいけないわ。自分の気持ちを恐れることなんかないのよ」と言いきかせた。患者はその後ほんの数分しか母親と一緒にいることができず、彼女が帰ったあと病院の清掃夫に襲いかかり、ショック治療室に連れていかれた。」(『精神の生態学』306頁)

ここでは母親の「もうわたしのことが好きじゃないの?」という言葉と、身体をこわばらせることで示した「わたしにさわらないで」というノンバーバル・コミュニケーション内容とが矛盾しています。つまり1つの紙の上に矛盾したことが書かれているようなものです。しかも息子は、母親に「そんなにまごついちゃいけないわ。自分の気持ちを恐れることなんかないのよ」と言うことで、この矛盾が母親の側にあるのではない、自分(息子)の側にあるのだとされてしまいました。「おいで」という声と、「触るな」という態度は矛盾しつつ、しかも、これは「うそだよ」という風に階層化されて矛盾を解消されるのでなく、矛盾のまま、母親からそっくりそのまま息子におしつけられてしまう。相手の矛盾を「うそつき」、「偽善者」とののしることで、与えられたコミュニケーションの内容を矛盾なものへと仕分けすることも、ここでは禁じられている。それをすれば、息子は母親から見放されてしまう。結果、母親が本来かかえていた矛盾を息子が解消の手だてもなく持たされてしまう。こうしたコミュニケーションの繰り返しを経てきた子どもは、言葉を文脈におうじて適切な分類にしわけることができなくなってしまう。「これはマジメな話」、「これは冗談」、「これは願望(妄想)だ 」という仕分けできずに、さまざまな、矛盾した話が混然となって彼の頭を支配するようになる。
言葉と態度の矛盾は本来なら、その地平を飛び越えてより高次のレベルからそれを眺めることで解消されるべきものであり、またそうした高次への飛躍をうながすものである。しかしそうした高次のレベルからとらえ直すことを禁じておいて、しかもレベルを飛躍させなくてはどうしようもないところに追いつめて、つぶす。これが母親の(また看護教員)特有のコミュニケーションの仕方だったわけです。


本来、ダブルバインドというのは決してわるいものというわけではない。ダブルバインドにおちいることで、その矛盾の地平を超えた高次の地平に飛躍するきっかけになりえる。だからそうした高次への飛躍のためにわざと治療者がしかけるダブルバインドをベイトソンは「治療的ダブルバインド」と呼んでいます。
後年、ベイトソンはハワイの海洋研究所でイルカの学習について研究しました。教え込まれた芸をするたびにエサをもらえたイルカは、たちまち条件反射(学習Ⅰ)の段階を超えて、これが芸をしこむ学習なのだとさとります(学習Ⅱ)。しかし調教師が芸をしてもエサをくれなくなると、尾ひれをたたいて不満を示し、いらいらします。だがしばらくして、「わかったぞ」とばかりのしぐさをして、いままでやったこともない芸をつぎつぎに披露しはじめ、エサを得ていきます。つまりイルカはこの学習が何のためののものかをさとったのです。これまでエサをもらうことで新しい芸を習得するために学習がおこなわれていたのであって、ならば教え込まれなくても新しい芸をひろうすればいい。それまでの学習を超えたレベルに到達したのです(学習Ⅲ)。こうしてイルカは餌付けによる学習(学習Ⅰ)、そうしたものが芸の学習であることを悟って要求される芸をする段階(学習Ⅱ)という、決まった芸の学習というレベルをこえて、創造的な芸の披露という段階(学習Ⅲ)に到達したのです。
ベイトソンを読むたびに私が思い起こすのは、この歓喜に満ちたイルカの跳躍です。

4.家族療法へ
ベイトソンのダブルバインド論は統合失調症を説明する有力な説ではありますが、まだ決定的な説だとされているわけではありません。統合失調症はいまだ原因がはっきりとせず、治療も困難な精神病です。
しかし、ベイトソンがダブルバインド論のなかでとりあげた、コミュニケーション論は、それまでの精神療法を刷新するものでした。病いの原因を個人に求めるのではなく、病的なコミュニケーションの連鎖に求める。そのコミュニケーションによって作られたシステムとして家族をとらえるという観点から、家族療法とよばれる心理療法がうまれることとなったのです。
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by takumi429 | 2009-06-02 22:32 | 臨床社会学 | Comments(0)

ベイトソン理解のために 2

2.サイバネティクス・システム
さてではこのコミュニケーションはどのように私たちの関係を形作っているのでしょうか。
ベイトソンが取り込んだのはサイバネティクスという考え方です。それを説明してみましょう。
サイバネティクス
 サイバネティクスとは、ネガティヴ・フィードバックによる恒常性維持のシステムをいいます。
わかりやすするために具体的に見てみましょう。
部屋の中にエアコンがあるとします。今かりに設定温度が24度だとします。もし室温が24度より下がると、その差をエアコンを感知して暖房を始めます。暖気がエアコンからでて室温は上昇して24度の戻るとエアコンは暖房を止めます。またもし室温が24度より高くなったとしましょう。エアコンはその差を感知して冷房を始めます。室温は下降して24度の戻るとエアコンは冷房を止めます。こうして設定温度からのずれがあるとそれを打ち消すような働きをして(室温下降には暖房、室温上昇には冷房)をして、室温を一定の状態に保つのです。このような変化(ずれ)を打ち消すような働きでしかもその結果が自分にもどってるくような働きのことを、ネガティヴ・フィードバックといいます。
このようにネガティヴ・フィードバックをつかって自己の安定を維持するようなシステム(まとまり)をサイバネティクス・システムといいます。この際、重要なのは、相互関係によって形成されるシステムは、この場合、エアコンではなくて、エアコンが置かれた部屋全体がシステムだということです。


ホメオスタシス
サイバネティクス・システムは人間の体の中にもみられます。たとえば血糖値を一定にたもつ仕組みがそうです。血糖値が上昇するとそれを打ち消すインシュリンというホルモンが分泌され血糖値を下げます。逆に血糖値が下がると、それを打ち消すアドレナリンというホルモンが分泌されて血糖値が戻されます。こうして2つのホルモン分泌によって体内の血糖値は一定に保たれています。エアコンの冷房/暖房が、人体ではインシュリン/アドレナリンに置き換わり、室温が、血糖値に置き換わっていますが、仕組み自体はおなじものです。


ポジティヴ・フードバックによる暴走
サイバネティクス・システムはネガティヴ・フィードバックによって自己を安定的に維持していましたが、フィードバックには打ち消すのではなくて、ぎゃくにさらに押し進めるようなポジティヴ・フィードバックもあります。これはちょうどターボエンジンを想像してみればいいでしょう。排気管から廃棄されていた排気ガスのエネルギーを利用しタービンを高速回転させ、その回転力で遠心式圧縮機を駆動することにより圧縮した空気をエンジン内に送り込まれ、これにより、エンジンが高回転・高出力します。あるいはファウリングというマイクとスピーカーを近づけすぎた時に起こる現象を思いうかべてもいいでしょう。スピーカーからの音がマイクにはいってしまうことでさらにそれが増幅されてスピーカーからでてさらにマイクにそれが入る。その結果、耳をつんざくような高音が生まれます。

1つの部屋の中の二つのエアコン
エアコンを例にしたので、その例をもうすこし進めてみましょう。
いま、1つの部屋に2つのエアコンがあるとします。
たまたま自分の設定温度よりも室温が低かったのでエアコンAの1つが暖房を始めたとします。するとその結果、室温が上昇し、もう1つのエアコンBが自分の設定温度よりも高いこと(温度差)を感知して、冷房を始めたとします。するとこの冷房によって温度が下がるのを打ち消すべく、エアコンAはさらに暖房をします。するとエアコンBもそれをうちけすべく冷房を強化します。その結果、部屋の温度は大きな変化をしていないのに、2つのエアコンは一方はどんどん暖房し、もう一方はどんどん冷房して、たがいにものすごい勢いで作動し続けることになります。こうしてたがいにどんどん反対のことをしていくようになっていく関係のことを「コンプリメンタリーな関係(補完的関係)」と呼びます。

どんどん冷房するエアコン・どんどん暖房するエアコン


共依存な夫婦(荒れる夫とつくす妻)
こんどはアル中患者にしばしばみられる夫婦関係をみてみましょう。アル中患者の妻を調べてみたところ、じつはある種のパターンが見られるそうです。つまり、アル中患者の妻は「つくすタイプ」の一見、とても「いい奥さん」なのだそうです。しかしアル中患者がしくじりをするたびにそれを妻が尻ぬぐいするために、アル中患者はいっそう飲酒をすすめてしまう。妻の献身的態度がぎゃくにそれを促進してしまう、ということがみられるそうです。これはアル中患者にかかわらず、たとえばギャンブル狂いの夫と妻の関係にもみられるでしょう。夫が働かず金を持ち出してギャンブルに使う、妻がその代わりに働いて金を稼ぐ、それを夫がまた持ち出す、の繰り返し。どんどんひどくなっていくのは、どんどん暖房するエアコンとどんどん冷房するエアコンの組み合わせと同じです。

こうした夫婦の、お互いに補い合うようにひどくなっていく関係を、「共依存」といいます。ここで重要なのは、夫が悪い、妻が悪い、というふうに個人に原因を求めてもむだだということです。原因があるとしたら、二人の関係にあるとしかいえません。つまり2人は相互に関係しあって1つのまとまり(システム)を作っているのです。しかもその相互関係は互いに悪循環のループ(円環)を作っているのです。

対称的(シンメトリックな)関係
互いがどんどん反対なことをしていく関係をコンプリメンタリーな関係といい、それが人間関係に表れたとき「共依存」と呼ぶことをみました。
しかし反対にお互いがどんどん同じ事を競争していく場合もあります。ポジティヴ・フィードバックですでにみた、タービン(過給器)とエンジンの回転がその関係です。両者はたがいに影響し合ってどんどん回転が高くなります。
この関係はたとえば軍事競争のような社会関係にもみられます。A国が軍事拡大をすると、それに負けまいとB国も軍事競争をして、その競争はどんどんエスカレートしていきます。
またカナダのエスキモーの一族の「ポトラッチ」という風習もその例です。この風習の原則は、「相手より多くより高価なものを、相手に贈り物をしなくてはいけない」というものです。結果、贈り物はエスカレートしていき、最後には自分の家まであげると言って、もう自分たちにはいらないからというので家に火を放つなんてとこまでエスカレートするそうです。
これはサイバネティクスでも説明できるかもしれません。相手国から脅威を打ち消すべく軍事力を強化してそれがたがいにエスカレートしていくわけです。これはちょうどなわばり争いで闘っている動物どうしにも似ています。互いの攻撃はどんどんエスカレートしていきます。しかしそれではいつかどちらかの死、あるいはともに傷つき、双方の死をもたらさねかねません。その時、相手からの脅威を打ち消すのではなくて、逆にそれを受け入れてしまう行為、具体的には急所であるのどくびを差し出すという、反対の方向のことがされることで、両者の関係(闘争システム)が暴走・自爆するのが押しとどめられるのです。

自己コントロール固執の失敗
昔、2,3日留守にしてから下宿に帰ってきた秋の日のことです。外はさわやかな気候なのに、雨戸を閉め切った部屋の中は汗ばむような暑さで、真っ暗な部屋の中で冷蔵庫だけがうなりをあげた稼働していたのでした。
どうやら、密閉された部屋のなかで冷蔵庫は冷房を始め、それにともなって外にでた稼働熱のために部屋の温度が上昇し、その結果、ますます冷房しようと稼働しつづけ、さらに熱気を発散して室温が上昇し、結果、過剰稼働(オーバーヒート)の状態に陥ったらしいのです。


過食と拒食をくりかえす摂食障害について考えるとき、私はいつも、この密閉された部屋の中でオーバーヒートする冷蔵庫を思い出してしまいます。そこにはつよい自己コントロールへの過信があります。「ダイエットしてやせたらきれいになる」(そんな保証はない)、だから「ダイエットしなくては」。そう思いこんだ(多くの場合)女性は、きびしい緊張と飢餓感を覚え、その発散のために、過食に走り、またそれを打ち消すべく、嘔吐し、ダイエットを誓い、またしてもその緊張と飢餓感から、過食(嘔吐)と拒食への依存を深めていく。それはまるで自分だけ冷えた箱であろうとした結果、オーバーヒートしてしまった冷蔵庫みたいにみえるのです。

冷蔵庫の内部はその環境である室内とつながって1つのシステムをなしていました。それにもかかわらず、冷蔵庫が閉じた空間として自己の内部温度を下げようとした結果、ぎゃくにオーバーヒートしてしまったのです。
ベイトソンは摂食障害については何も語っていませんが(当時はなかった)、禁酒しようと努力して結果禁酒できず、ついには、そうした自己によるコントロールという信念を放棄したAAというグループにはついては分析しています。彼らは自分でなんとかしてやろうとし、その結果、敗退して、自分の力の無力さを思い知り、自分がじつはもっと大きな力に生かされていることを認めます。自己による自己コントロールという、信念は、じつはその自己がシステムのなかの連鎖の1つでしかないということを忘れており、その結果、こっぴどいしっぺ返しをうけたのです。
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by takumi429 | 2009-06-02 19:31 | 臨床社会学 | Comments(0)

ベイトソン理解のために

ベイトソン理解のために
1.階層化によるコミュニケーション内容の矛盾の解消
動物どうしの争い
動物どうしが、縄張りなどをめぐって、争うあうことがしばしばあります。しかし、それがどんなに激しくても相手を殺してしまうことはありません。ふつう動物はおなじ種の仲間を殺すことは、ふつうありません。同じ種で殺し合うのは人間だけです(一部のゴリラには同一種どうしの殺害(子殺し)があるようですが)。
激しく戦っているのにどうして殺し合いになってしまわないのか。それは一方が「もう適わない」となったら、「参った」という意味のしぐさをするからです。たとえば、争いの途中で、急に自分の急所である、のどくびを、相手に差し出したりします。自分のもっと弱い急所は、争いの間は、さらけ出したりはしないものです。しかしもう勝てないとなると、一転してそこを相手にさらけだす。すると相手もそれを降伏のしるしとみて、それ以上は攻撃をしない。そこで、それまでの激しい動物どうしの争いは、一転して、一方の勝利と一方の敗北を認め合う儀式的な動きに変わるのです。

「なんちゃっておじさん」
そのむかし、深夜放送で、「なんちゃっておじさん」なるものがずいぶんとりあげらたことあります。
山手線に乗っていると、一人のおじさんが、ぶつぶつと独り言を言っている。
たとえば、「どぶねずみ色の服をきて毎日毎日満員電車に揺られておもしろくもない会社に通う。そんなことのために君はうまれてきたのか」とか「けばけばしい化粧をしてまるで娼婦かキャバレイの女じゃないか、それが本当の君なのか、そんな生活が楽しいのか」とか、きびしい言葉を投げつけたかと思うと、直後に、「な~んちゃって」と言いながら、両手をあげて頭の上で丸をつくる。そういう不思議なおじさんをめぐる都市伝説(現代社会で流布している根拠のないうわさ)です。
きびしい糾弾の言葉はそのままなら殴り合いのけんかになりかねません。げんに最近はちょっとした言葉のやりとりから乗客同士が殴り合いとなり死亡者さえでています(最近の首都圏の電車の中は殺気だって恐いくらいです)。そこへ「な~んちゃって」ということで、「これはまじめじゃないよ」ということを示すことで、それまで険悪だった空気を一瞬にして和ませるというというものです。
ここで重要なのが「な~んちゃって」と言うときに、声の調子もそれまでとちがうし、さらに動作もつけ加わっていることです。そうすることで、この発言はこれまでの発言とはちがうのだということを印象づけていることです。

「洒落にならんぜ」
「なんちゃっておじさん」の例はあまりにむかしでぴんとこないかもしれません。でもこうした会話のやりとりはふだんしょっちゅうしていることです。
A:「最近女房の帰りがおそくてね」
B:「彼氏でもできたんじゃないのか」
A:「え?!」
B:「冗談だよ、冗談(笑)」

「試験の結果がまだ掲示されないんですけど?」
「合格者には連絡が行ってるはずだけど、連絡がないということは不合格だったんじゃないのかな」
「え、そんな~」
「わけないよね(笑)。心配しなくても、二三日したら掲示されると思いますよ(微笑)。」

それまでの深刻な発言を打ち消すような軽い調子の言葉が付け加わることで、これは「冗談」だよ、「本当に話ではない」という指定が、それ以前の発言内容になされるわけです。

うそつきのパラドックス
しかしここで起きていることはちょっとかんがえてみると不思議な(じつはかなり高度な)ことです。
Bさんの発言をカードに書いてみましょう。
(---------------------------------)
(  お前の妻には(別の)男がいる       )
(                           )
(   私の発言は冗談だ(真実ではない)   )
(---------------------------------)

同じ場面でのBさんの発言を□でくくって中に入れると上のようになります。よく見てみると、なんだか変です。「私の発言は冗談だ(真実)ではない」というのだから、「お前の妻には男がいる」というのも真実ではない、と一安心するのですが、同時に、「私の発言は冗談だ(真実)ではない」という発言自体も「真実ではない」ということになってしまい、その結果、「冗談じゃない」ことになって、やっぱり「男がいる」ことになってしまい、結果堂々めぐりになってしまいます。
この堂々めぐりの矛盾をもっと簡単な形にすると、

 私の言うことはうそだ(真実ではない)

ということになります。「うそ」だと言うなら、「うそだ」ということもうそになり、つまり本当(真実)ということになり、ところがそうだとするとやっぱり「うそ」だということになって堂々めぐりになってこの矛盾は解決しません。これを「うそつきのパラドックス」といいます。
もちろん、みなさんは、こんなとらえ方はまちがっている、正しくは、

 お前の妻には(別の)男がいる ← これは冗談である

だということは、とっくに気づいていらっしゃると思います。つまり「冗談だよ」はそれまでの発言とは別の次元の発言だというわけです。
でも「冗談だよ」もその前の「男ができたんじゃないのか」も同じ場面で同じBさんが言った発言です。なのに「冗談だよ」だけが特別扱いされるのはなぜでしょうか。もし「冗談だよ」がそれまでの話し方と同じ深刻な調子で言われたとしたら、ぜんぜん冗談に思えなくなってしまって、Aさんはほんとうに悩み出すかも知れません。そうならないために、Bさんはできるだけ明るく軽い調子で「冗談だよ」と言い、さらには笑ってAさんの肩をたたいたりするかも知れません。こうした言葉によらないコミュニケーションの仕方を「ノンバーバル・コミュニケーション」といいます。ここではこのノンバーバル・コミュニケーションを用いることで、「冗談だよ」という発言をそれまでの発言とは別次元の発言であることを鮮明にしているのです。
動物どうしの争いの場合はどうでしょうか。ここでは言葉が使えないだけになかなかむずかしいはずです。それまで争いは激しさを増し、互いにますます攻撃しているはずです。そこへ、「もう降参だ」という意思表示をするために、あえて攻撃をやめ、無防備に弱点を相手の前にさらす。いわば攻撃のドライブがかかった回転をまさに攻撃放棄・防衛放棄へ逆回転させるわけです。とたんに、それまでの激しい争いは終わり、互いの優劣を確認しあう「儀式」に代わります。
これと同じ事は、あいさつするときの帽子を取るという習慣にも見られます。これはもともとは騎士どうしの兜を脱ぐ挨拶に由来します。騎士が友好的に近づくことを示すために、兜を脱いでみずからを無防備にして、「闘いに来たのではない、これは友好のための接近だ」ということを示したのです(さもないと攻撃のために近寄ってきた、攻めてきたと、受け取られかねないからです)。
 
発言を仕分けるポストイット
こうしてみると私たちはさまざまな発言をしながら、「これはマジメな仕事の話」、「これは冗談」、「これはなったらいいなあという願望の話」、というふうに発言をさまざまな仕分けをしているわけです。 
ちょうど、発言内容が書かれた紙に、内容の種類の書き込みをしたポストイットをつけて、仕分けをしたような感じになっているわけです。


 先日の君のプレゼンテーションは不十分だった。
 先方は腹をたてているので、まずおわびして、        
 もういちどていねいに契約内容を説明するように。    ← マジメな仕事の話


 毎週決まった曜日に女房がおそくなる?
 近所の買い物にも携帯をもって出かける?
 最近、女房がきれいになった?
 そりゃ、きっと、男ができたんだよ。             ← 冗談


 あの部長の野郎、いい気になりやがって
 いっぺん、俺がガーンって言ってやるんだ。
 そしたら、部長、急にぺこぺこしてさ、
 いや、「ここは君がいてくれるから会社もっているんだ」 ← 願望

話の内容を、それぞれ、「マジメな話」、「冗談」、「願望」に仕分けられるのは、それぞれの発言にたいして、言葉によるコミュニケーションと言葉によらないコミュニケーションが付与されているからです。「マジメな話」の場合は、「これはマジメな話だ」と口にはださないけど、真剣な声の調子や身振りが付け加わっています。「冗談」の話には、「冗談だよ」という軽い調子の発言と身振りが付け加わっています。「願望」には「~なーんて言うんだ」と付け加えることで「願望」であることが明らかになります。
こうした発言内容を仕分けする、いわばポストイットに書かれた言葉にあたる発言・態度・調子は、仕分けられる発言内容とは別の次元のものとされます。仕分けられる発言内容をいわば上から整理するような、ちょうど発言の平面を上から、これは「マジメ」、これは「冗 談」、これは「願望」という具合に整理しているわけです。つまり、仕分けられる発言よりも上の階層の言葉ということになります。
こうして言葉によるバーバル・コミュニケーションと言葉によらないノンバーバル・コミュニケーションの、そのままでは互いに矛盾しあうようなコミュニケーション内容を、それは平面上の内容(言葉・身振り)、これはそれを上から整理する内容(言葉・身振り)というふうに分けることで、矛盾のないかたちにするということがはかられているわけです。さらに、これら発言やコミュニケーション内容を、これは「私の言ってること」、「これは君の言っていること」とか、「過去の話」・「今の話」とか、さらに上から整理することもできるでしょう。そのときはその仕分けはさらに上の次元から整理することになります。


 マジメな仕事の話                        
 冗談
 願望            ←過去の話     

 マジメな話 
 冗談             
 願望            ←現在の話


そうすることで、たとえば、「今の話」と「昔の話」とが一致しないで矛盾するのを避けることができるわけです。
こうしてコミュニケーション内容の集まり(集合)を1階、2階、さらに3階というふうに階層化して、相互に矛盾しないように整理するわけです。ちなみに、これはラッセルというひとが「うそつきのパラドックス」の解決のためにつかった方法です。
コミュニケーションの内容の集まりがこうして階層化されて整理される。同じ次元の平面においては矛盾することを、より高次の平面へと飛び上がることで解消する。この発想をベイトソンがあらゆる場面につかったもののです。
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by takumi429 | 2009-06-02 17:26 | 臨床社会学 | Comments(0)

補:父性からみた母性(つづき)

3.「母性」再考
母性についての新たな研究
さて私のささやかな体験とそこからの勝手な考えを申し述べました。しかし私の考えを受け入れてくれるような新たな母性に対する研究がいくつか現れています。それをすこし紹介することにしましょう。
(1)大日向の母性研究
母性が先天的・本能的であるとの決め付けに対して、母性の発達心理学を考察することで母性本能説を超えようとしているのが、大日向雅子さんの一連の研究です(大日向雅子1988a『母性の研究』川島書店、大日向雅子1988b「母子関係と母性の発達」『心理学評論』Vol.31.No.1.pp.32-45.)。 大日向さんは、「母性とは子どもをもつ女性(母親)が子どもとの関係で発揮し得る育児能力」と規定し、「母性は形成され発達変容するものと把握する」ことで、母性の普遍性・本能性を問い直す作業をおこなっています。  この問い直しの結果、彼女は母性への影響をもつものとして次の3つをあげています。 1)生き方としての母親役割の受容の意義 母性発達は当初の妊娠を受容する態度と深い関連性がある。「自己の問題として積極的に対処する態度が重要」となるといいます。そして「夫婦間の信頼関係が、母親になろうとする女性の妊娠に対する積極性を支えるとともに、出産後は育児中の心理的安定に少なからぬ影響力を持つ」(大日向1988b.36頁)としています。
 このことの傍証としてあげられているのが、チェコ・プラハ精神研究所の研究です。ここでは2度にわたる中絶の申告にも関わらず却下され、妊娠継続を余儀なくされた母親たちを調査したところ、「望まない妊娠の結果生まれた子どもに対して、母親たちは積極的に愛情豊かに関わることが少なく、それに応じて子どもも母親への愛情を順調に発達させることが困難になっていく」との報告がなされています(それにしてもひどい研究をするものです)。 2)育児以外の生活をもつことの意義 また社会的関わりなその広がりを失った母親ほど子どもへの密着化傾向が顕著としています。そこからは現代の母親が家庭に閉じこめられ育児に追われている姿がみえてきます。 3)夫婦関係の重要性 さらに、母親の愛着の対象は子どもだけでなく夫もその対象であるとしています。 母親=妻には、おもに子どもには「支えてあげたい」という欲求、夫には「支えてもらいたい」という欲求がある。しかし子どもに「支えてもらいたい」という欲求や夫を「支えてあげたい」という欲求もあるとしています。
  (2)「母親になる」 オーストラリアのナースたちの研究
さらにグランンディドセオリーをつかった母性の研究がオーストラリアのナースたちによってなされています。(Leslyey Barclay,Louise Everitt,Frances Rogen,Virinia Schmied andAileen Wyllie.Becoming a mother --- an analysis of women's experience of early motherhood.in:Journal of Advanced Nursing.1997,25,719-728. Frances Rogen,Virinia Schmied,Leslyey Barclay,Louise Everitt and Aileen Wyllie. ‘Becoming a mohter’--- developing a new theory of early motherhood. in:Journal of Advanced Nursing.1997,25,877-885)

 この研究は、オーストラリアの55人のはじめて母親になった女性を対象に調査したものです。まず研究者は母親たちのさまざまな発言を次の6つのカテゴリーにまとめました
 そして母親になる過程とは、「こんなの私の人生じゃないわ」と①気づき(realizing)、②用意できていない(unready)と感じ、育児に対して、③消耗した(drained)、④失った(loss)、⑤一人ぼっち(alone)と感じながら、いつしかそれを⑥解決(working it out)し、「調子がつかめた」という段階にいたることであるとしました。そしてこの段階にいたるためには、①赤ん坊の行動、②社会的支援、③以前の経験が大きく影響していると報告しています。

グランディド・セオリー シンボリック相互作用symbolic interaction 論 ブルーマー(Herbert Blumer 1900-87) アメリカの社会学者、シンボリック相互作用論の創始者。
その前提: 人間は、ものごとが自分に対して持つ意味にのっとって、そのものごとに対して行為する。 そのようなものごとの意味は、個人がその仲間と一緒に参加する社会的相互作用から導き出され、発生する。 このような意味は、個人が、自分の出会ったものごとに対処するなかで、その個人が用いる解釈の過程によってあつかわれたり、修正されたりする。 調査法 数量的調査とそれにむすびついた規定的概念definitive conceptを非難。これらは過程的な社会を学者の考えている固定的な構造へと押し込めるものである。
規定的概念defintive concept:属性もしくは固定された基準尺度に関する明確な定義によって、対象の類に共通する性質を精密に指示するもの。
感覚化概念sensitizing concept:その使用者に、経験的事例にアプローチする際に、どこを参照するかとか、どのように接近するかというような概括的意味を与えるもの。
調査の段階:
探査:対象とする社会生活になじむ。
精査:感覚化概念で分析する。

Awareness of Dying [邦題『死のアウェアネス理論と看護』] 1960年代の初め、グレザー(B.Glaser)とシュトラウス(A.Strauss)を中心としたカルフォルニア大学の社会学者のグループによるサンフランシスコ湾岸の6の病院での3年間にわたる調査による成果。
感覚化概念としての「死の予期」、「もうすることがない」、「長引く」、「社会的喪失感」;医療・看護スタッフが自らの経験に照らしながら、問題の所在を豊かにイメージできる。
Awareness Context(認識文脈)
1)閉鎖認識closed awareness:助からないことを本人以外の人は知っているが、本人は知らない。
2)疑念認識suspected awareness:周りの人々(医療スタッフなど)は自分の病状について何か知っているのではないかと患者が疑念を抱き、彼らを試してくる。
3)相互虚偽認識mutual pretence awareness:患者も周囲の人々も事実を知っているにもかかわらず、社会的相互作用では双方が何も知らないふりを演じ合う。
4)オープン認識open awareness:双方が事実を認め合い、その前提で行動する。
グラウンディド・セオリー(grounded theory)の提唱 データーに基礎づけられた(現場にねざした)理論の構築 質的研究の重要な技法の一つとなっている。 (しかし少々煩雑でまねしにくい)。 文献: グレイザー・ストラウス(木下康仁訳)『死のアウェアネス理論と看護』医学書院 グレイザー・ストラウス(後藤隆ほか訳)『データ対話型理論の発見』新曜社 佐藤郁哉『フィールドワーク』新曜社 グランンディドセオリーをつかった母性の研究 Leslyey Barclay,Louise Everitt,Frances Rogen,Virinia Schmied and Aileen Wyllie. Becoming a mother --- an analysis of women's experience of early motherhood. in:Journal of Advanced Nursing.1997,25,719-728 Frances Rogen,Virinia Schmied,Leslyey Barclay,Louise Everitt and Aileen Wyllie. ‘Becoming a mohter’--- developing a new theory of early motherhood. in:Journal of Advanced Nursing.1997,25,877-885
オーストラリアの55人のはじめて母親になった女性を対象に調査。
母親たちの発言を6つのカテゴリーにまとめた
becoming a mother(母親になる):
realizing(気づき)
drained(消耗した)
alone(ひとりぼっち)
loss(損失)
unready(用意できていない)
working it out(解決)    
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(3)発達心理学からの研究  氏家達夫『親になるプロセス』金子書房1997  
氏家達夫「乳幼児と親の発達」『講座 生涯発達心理学2 人生への旅立ち 胎 児・乳児・幼児前期』金子書房1995
幼児をもつことへの適合に影響与えることがら
(1)個人の体験にもとづいた価値システム  過去の体験から作られた個人的記憶、自分自身や自分と他者との関係、あるいは世界についての主観的期待  自分の母親の記憶、父親の記憶。「育児の場に出没する幽霊」 例:自分の母親に対して否定的な記憶やイメージをもつ母親は育児に関わることをより否定的にとらえがち。
(2)文化=社会的価値システム 子どもの発達についての知識、子どもの健康な発達に必要な養護や刺激についての知識や母親としての必要な態度や責任についての知識 「母親はかくあるべし」という考え(神話) 例:「母親が一番」という神話、母乳神話などなど
(3)現在の条件 現在の個人の気分状態や健康状態、子どもの変化や健康状態、夫の行動や夫との関係、その他の人間関係
(1)と(2)が(3)をどう評価するかの枠組みをつくる →悪循環におちいる母親/好循環にむかう母親 子どもの出現によって家族システムも別のシステムに移行する           
母親の認識と行動の関連循環も移行する
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by takumi429 | 2009-06-02 04:44 | 臨床社会学 | Comments(0)

補:父性からみた母性

父性からみた母性

1.母性をめぐる問題
「母性」あるいは「母」なるもの、というのは、生んだメスの親という生物的特性に、文化的な「母なるもの」が重ねられた、セックスとジェンダーがもっとも結びつけられ癒着したものです。落合(2007)が言うように「母幻想こそは女性に対する幻想の中核ですが、女性にとっても、内面から自分を縛るもっとも強力な幻想だといえるでしょう」(131)。
本章では、この「母性」についてみてみましょう。 

「母性」の意味の拡大
狭い意味の「母性」とは、妊娠・分娩・産褥期の女性の身体的特徴や状態、あるいはそうした特性を持った者の総称、といえるでしょう。しかし、その意味は拡大していき、広い意味の「母性」は、妊娠・分娩・産褥期の一時期に限らず、母であり、母となりうる可能性をもつ全期間において母性をとらえ、思春期から更年期にわたる女性の身体的特徴や状態、あるいはそうした特徴を持った者の総称、となっています。
「母性」は広い意味の方で使われる傾向があります。それは(生物)医学的な根拠を越えた価値観をも含み、容易に通俗的な「母性」の使い方に近づいていきます。
 『広辞苑』をみても、「母性」は「女性が母として持っている性質。母たるもの」とされ、さらに「母性愛」を「母親が持つ、子に対する先天的・本能的な愛情」とされています。ここでは「愛情」という文化的なものが「先天的・本能的」という生物的なものを根拠にもつものとされます。

「母性」の通念によりかかった医学の用例
医学書でも学問的記述のなかに、こうした通俗的な拡大解釈された「母性」の概念が滑り込んでいました。たとえばすこし古くなりますが次のような記述。
「女児が、成長に連れて女性らしくなり、女性として成熟し、結婚し出産して母となる。まずからの子を育て終えて、さらに孫の世話をする。女性の一生は母になること、母であることに終始しているといえよう。母となることは、女性だけのもつ特権であり、男性がこれにとってかわることはできない。このように女性が生まれながらにして有する母としての天分を総称して『母性』という」。[林路彰「母性と母性保護」林路彰・山下章(編)『母性保健』医学書院1970年]
あるいは、
「生殖には、もちろん男女両性が関与するが、みずからの体内で胎児を育て、出産し、さらにその後の育児についても、本能的な愛情をもってあたる役割や天性は、まさに女性独特のものであるといえよう。このような、生まれながらにしてもっている女性の特性を、母性という」。[真田幸一「母性とその機能」津島清男・本多洋(編)『星絵保健学』南山堂1976年]
「女性の一生は母になること、母であることに終始しているといえよう」というのは、さすがに勘弁してほしい語りです。母親になれないひとは女性ではないのだろうか。男から見ても、こんな事をいわれる女性はたいへんだなあと同情してしまいます。思うに、こうした「母性」という言葉の使い方は、結果として社会通念としての「母性信仰」を支えることになってしまい、母性の学問的認識をかえって妨げる結果になっています。

「母性信仰」の弊害
学問的記述のなかにまで入り込んでくる、こうした「母性信仰」とでもいうべきものは、じつは二方向の迫害をもたらしかねないものです。
 まず、母親たちに対して、母性および母性愛は先天的かつ本能的なのだから、育児に関心がもてない、あるいは自信がもてない母親は欠陥を持っていることにされてしまいます。これは育児にとまどい悩んでときにはノイローゼにまでなっている母親に対する無理解であるばかりか、ののしりの言葉にさえなります。「母親だったら子どもが可愛いと思うのが当たり前だ」、「母親なら自分の子どもを育てられるのが当たり前だ」などなど。結果として育児ノイローゼになやむ母親たちを、なぜそういう状態になっているのか理解・解明していくことなく、非難だけを浴びせることになります。
つぎに、子どもを持とうとしない、あるいは持てない女性に対して、女性=母性とであるから、彼女たちは女性でない、あるいは(あたりまえの)人間ではないことにされてしまいます。「子どもを産まない女は一人前の女じゃないね」などなど。これはもうはっきりとした差別いがいの何物でもありません。

母性主義としての「三歳神話」
こうした母性主義の典型として広まっているものに「三歳神話」というものがあります。これは、「三歳まで母親が密着して育てなくてはまともな子どもに育たない」という考えのことです。
この「三歳神話」の根拠とされたのは、ボルヴィの「母性剥奪論」という考えです。ボルヴィによれば、幼児期における母性的愛情の喪失が発達にいちじるしい(マイナスの)影響を及ぼす。それが証拠に、施設の置かれた子どもは母親との密接な相互作用がないため発達障害を持つことが多い、というのです。
しかしこの「母性剥奪論」には反論があります。すなわち、母親的愛情をもち幼児と密接な相互作用を持つ相手は固定した少数者であれば、一人に限らなくてもよく、おそらく男性でもよい。べつに実の母親でなくてはならないということはない、というのです。また最近は施設での幼児の養育の状態は大変良くなっていて、ボルヴィが根拠とした、施設での発達障害は少なくなっています。
ボルヴィの説じたいも最近では反論されているのですが、この説からは「三歳まで」という年齢についての区切りはうまれてきません。この「三歳まで」という区切りがうまれてきたのは、じつは政策によるものです。つまり、1961年高度成長期のはじめ、第一次池田内閣のもとで開始された三歳児健診に由来します。その導入にあたって厚生省が世論操作をして、「三歳までは母親の手で」という大衆意識を形成させたのです。その意味するところは、「母親は家庭にとどまれ。三歳の後は幼稚園があずかる。また「問題」がある子どもは国が施設に預かる」ということだったのです。人間の再生産の単位としての核家族とそこから職場に来る男性労働者。産業を補完する家族の形成。高度成長をささえるものとして、日本の家族が政策的にも作られてきたことが透けて見えます。
しかし、その結果うまれたのは、家庭をかえり見ない「モーレツ社員」の「お父さん」と家庭にしばりつけられて育児不安などになやまされる「お母さん」と母親と癒着しすぎた「子ども」からなる(郊外サラリーマン)家族でした。
育児不安とは、子どもや子育てに対する蓄積された漠然とした恐れを含む情緒の状態といえるでしょう。育児不安の要因として考えられるのは、父親の協力の欠如、・母親自身の社会的ネットワークの狭さだったように思われます。してみると、じつはかつてのモーレツ・サラリーマン家族そのものが育児不安の原因だった見るべきなのかもしれません。すくなくとも、子どもの問題を母親のせいにだけするような言い方自体が問題だとおもわれます。子どもの問題は、家族、さらにそれをとりかこむ関係に問題にしなくてはいけないのです。
さて大所高所から母性を論じるのはこのくらいにして、私自身の体験にそくして、この母性というものを考え直してみることにしてみましょう。

2.父親になる(個人的体験) 
最近、少年犯罪が大々的に報道され、その結果、それは家族にある、やれ母性が足りない、父性が崩壊しているなどと声高に議論がされているようです。
ただそうした議論においてしばしば見られることは、「・・・であるべきだ」というべき論、建て前論がたえず「・・・である」という実態論へと滑り込むことです。どうしてそうなるのでしょうか。
ひとつには、家族というのは私たちにとってとても思い入れの強い領域だけにどうしてそうなりがちだということもあるでしょう。と同時にほとんど誰もが家族を経験しているだけにそれを語ることは自分のきわめて私的ものを語ることになります。私たちはそれを恥じてどうしても建て前論の影に隠れようとし勝ちなのです。
今日、わたしはあえて自分の体験にそくしつつ母性や家族について考えてみたいと思うのです。

母性についての議論で私には致命的な弱みがあります。つまり私は母親にはなれないということです。それだけに母性について語ると、「こうあってほしい」という願望が入り込みがちです。でも母になれなくとも私は父親にはなれます。そこで私が父親になった過程をもう一度思い起こしながら、つまり「父親になる」というのはどういうことだったかを思い起こし、そのうえで「母親になる」ということあるいは母性というものについて考えてみたいと思うのです。
さて父親になることを思い出すといってももう12年も前のことです。そこで私は、アメリカのコラムニスト、ボブ・グリーンの『父親日記』(中公文庫)を読むながら、昔を思い起こすことにしました。私にとって父親になるとは振り返ってみると次のような過程でした。
1)妊娠を告げられる
まず妻(当時はまだいっしょになっていなかった)から妊娠を告げられるということがありました。それも詳しく言えば、生理がない、妊娠試薬を買いに行かされた、試薬が妊娠の疑いがある、産婦人科にいってくる、妊娠3ヶ月といわれる、という(真綿で首をしめられるような)細かな段階があるわけです。
妊娠を告げられた時の気持ちを言うと、正直言って、肩に重しがかかったような不安と緊張でした。大学で助産を専攻している学生に講義でこのことを話したら、すかさず「どうして不安になるのだ、相手が妊娠したら喜ぶのがほんとうだろう」と突っ込まれました。
でも本当のことだからしかたありません。妊娠にまつわる責任の重みで重苦しいような気持ちになったものです。

2)出産を決意する
もちろん、この人なら自分の子供を産んでほしいという気持ちがありました。今でもおもいだすのですが、互いにテーブルに向かい合い、下を向いて、次のような会話をした覚えがあります。「どうする」「うーん」「生ませたくないの?」「そんなことないよ、君は生みたくないの?」「そんなわけじゃないけど」。そういう会話をしながらふつふつと心の底から喜びがわいてくるような気がしたことを覚えています。
3)変化する妻の体型をみる。
でもそこまではまだ観念的なものでした。事態が切迫してきたのは、妻のおなかが次第に大きくなってからでした。よく妊婦を連れて歩いている男性がいて、「幸せそうね」なんて皆さんは言いますが、すくなくとも私の気分で言えば、「私がやりました」って言っているようで、恥ずかしい気持ちがぬぐえませんでした。とにかくせり出してくる妻のおなかをみて、「えらいことをしてしまった」という気持ちになったことは確かです。胎児の成長は私にとってはこの妻のせり出すおなかと産婦人科でみたスキャナーの映像でしか知ることができないものでした。(男の子だと告げられました)。
4)出産の準備をする
さて出産をするにあたって、産院を決めなくてはいけません。もちろん、ラマーズ法がいいのか、自宅で生むのか、実家に帰えすのか、などなど選択肢は多く、それについての議論とつめがあります。そのときになって初めて出産は保健がきかないことをしりました。事態は切迫しつつあります。
5)出産に立ち会う
結局、近くの産院で産むことになりました。出産の時に先生(産婦人科医)から突然「立ち会いますか?」と言われ、「え、はい」と答えて、分娩室に入りました。苦しむ妻の手を握り、自分まで深呼吸して息んでいたことを覚えています。やがて妻の下半身の覆いの向こうから、まるで手品のように先生が赤ん坊を差し出しました。よく「サルみたいだ」という感想があると聞きますが、私はそうは思いませんでした。ちゃんと人間の子供だと思いました。ただひょっとすると先生が分娩台の下からすりかえて出したんじゃないかいかと、あとでよく妻と冗談を言い合ったものです。

6)自宅に帰る
子供を産院から連れて帰る日、息子を寝かせる部屋の畳を一生懸命に雑巾で拭いたのを覚えています。そんなことをしたのを先にも後にもそれっきりだったのですが。

7)名前をつけ、届けを出す
息子がうまれたので、名前をつけて役所に届け出なくてはなりません。一生ついてまわる名前だけに頭を抱えました。結局徹夜で姓名判断の本と首っきりでつけたのを覚えています。
  
8)触る・匂いをかぐ 赤ん坊が生まれて何がうれしいって、あのやわらかさです。子どもは触っていて本当に気持ちいい。あのやわらかさのためだけでももう一度子供がほしいと思ってしまうほどです。ふしぎなことに男性はそのことを話題にしません。きっと、男はそういうことを言うもんじゃないという、社会的な圧力がかかっているのでしょう。
9)子どもの反応を引き起こす(微笑みをたがいに交換する)
さらに顔を向かい合わせ、互いの笑みを交換しあうということがあります。

10)泣かれてうろたえる
さて子育てでひとつの大きなハードルがこれです。泣き止まない赤ん坊をどうするか。これを放置して妻に任せたかいっしょに動揺し乗り切ったかで父親として大きな違いがあるんじゃないでしょうか。ともあれ、いつか波長が合うように泣かなくなるのですが、私の場合は仰向けになってその胸の上に子供の胸が合うように寝かすと泣き止みました。

11)人に自分の子どもとして見せる
さて自分の子として人に見せるというのもおおきな段階だったように思います。さらに

12)似ている所を探す、「似ている」と言われる
というのも父親になるにあたって重要だったと思います。

13)世話をする。おむつの交換など
母親がするとあたりまえとされるのですが、なぜか父親がすると誉められ、自分でいい気分になれるのが、子供の世話です。本当はきわめて不均等な仕事配分にもかかわらず、父親はずいぶんやった気になっているものです。

14)子どもに接する態度から自分の(父)親のしてくれたことを思い出す
「ボブ・グリーンの父親日記」のなかに印象的なシーンがあります。ある日(7月11日)ボブ・グリーンは、子供に向かって、「おはよう、メリー・サンシャイン」と言っている自分に気づきます。そしてそれが子供時代いつも自分に向かって両親が言っていた言葉であることを思い出します。(この本の原題はだから「おはよう、メリー・サンシャイン」です)。それまでずっと忘れていた幼年期の記憶がよみがえったのです。
私にも覚えがあります。お風呂に入れたとき、ぬれたタオルで子供の顔を拭いたのです。ぬれているだけに息がつまってすこし息子は苦しそうでしたが、とにかく顔全体をぬぐったのです。なぜこんなことをするのだろうと思ったとき、それは父親がいつも私にしていたことだとわかりました。そしてその時、どんな思いで父が私を見ていたのか、それがわかったのです。
15)「パパ」とよばれる
子供に「パパ」と呼ばれるのは父親としての自覚をうながす、やはり大きな経験だったように思えます。さらに
16)父親として幼稚園などを顔を出す
ことも社会に父親としてデビューするという感じですね。
17)学校(いじめ)や社会(一方的価値観のおしつけ)や交通事故などの外部の脅威から子どもを守る
子供を持ってみてはじめて住んでいる地域社会や学校に深くかかわるようになるものですし、それに対してあるときは批判的にもなります。なんとか子供をそこでの脅威から守りたいという気持ちが私には強かったように思います。

さてまあ、とりとめのない話ですが、私自身の経験では以上のようなさまざまな段階を経て「父親」へとなっていったように思います。その際、重要だったのは、次のようなことだったと思います。すなわち、①妻との相互関係、②子どもとの相互作用、③親子関係の歴史の想起・継承、④父としての社会的位置の獲得、⑤庇護者としての役割を遂行、です。
私にとってとりわけ重要なのは、父親になるということが、一般的な父親になるということではなく、私の父と私の関係を受け継ぐことだったということです。すなわち、一般的親子関係の再生産ではなく、個別の親子関係の継承・再生産がおこなわれたということです。

(2)父性の性質とそこからの「母性」論への疑問
さてこうした父親になるという体験をとしてみて、もうすこし一般的に父性というものの性格をいくつかを考えてみましょう。そしてそこからいわゆる「母性」について言われているいくつかの事柄に対して、すこしばかり疑問を提示してみたいと思います。もちろん、それは私の個人的体験という小さな窓からみた疑問にすぎないのですが。
 ①偶然性
まず私はこうした父親になるという体験を経験したわけですが、もし私が相手が妊娠したことを知らないで別れてしまって知らないままでいたら、はたして私は父性をもちえたでしょうか。もちろん、ノーです。つまり出産前後に子どもに関わらなければ父性を生まれてこなかったでしょう。 これに対して、ふつう母性というものは子供を持つと必然的かつ本能的に生まれるもの、あるいは女性全般が先天的に持っているものとされがちです。でも本当にそうなのでしょうか。産みの母が産んだ後にすぐ子供を手放したらいわゆる「母性」は育つのかでしょうか。もしあったとしてもそれはすこしちがったものとなるのではないでしょうか。
 ②交互作用による発達
同じことのいいかえになるかもしれませんが、子供との相互作用によって親密性が生まれ、父性が発達していくということがあります。マーチン・グリーンバーグは『父親の誕生』という本でそうした相互作用への父親からの働きかけを「のめり込み」(engrossment)といってとても重視しています。  母性の発達にもこうした相互作用による発達はあるのではないでしょうか。
 ③配偶者との関係
さて子供に対する態度は私の妻に対する関係に大きく影響を受けていたように思います。 このことは母親にとっても同様ではないでしょうか。夫との関係は母性におおきく影響するのではないでしょうか。
 ④不完全性
子育てにあたって私はつねに他者からの援助にたすけられてきました。私は一人では子育てを遂行しきれない不完全な親でした。では母親はどうでしょうか。母親だけが育児をするのでしょうか。それはほうっておいても自動的かつ完全なものとして本能に組み込まれているといえるのでしょうか。動物ならいざ知らず、人間の場合、夫はもちろん、親戚やさらには家族をこえたネットワークが子育てを支えているのではないでしょうか。
 ⑤多様性
父親になるというのは人によってずいぶんことなる経験だと思います。私は家で仕事をすることが多い職業でしたが、外で仕事をする男性は私の体験はそのまま適用するのはむずかしいでしょう。まして文化風俗のことなる民族ではまたちがった父性というものがあるのでしょう。つまり父性には普遍的な発展段階を提示しにくいと思われます。  だがひるがえって考えるに、母性もまた多様なものであるのではないのかとかんがえられます。
 ⑥社会からの影響
同じことかもしれませんが、父親は社会的責任の引き受けとしての役割を負うことが多いでしょう.同時に職業による育児への関わり方も多様性なものとなるでしょう。「会社人間」は育児に手が回らないでしょう。父性はこうした社会からの影響をうけています。  しかし母性も社会から、また社会における位置づけによって大きな影響を受けているのではないのかと考えられます。  ⑦文化性
さらにまた父親の役割はその文化によって規定されています。たとえば統計によれば共稼ぎでも男はほとんど家事をしません。家での性役割は文化によってかなり固定的なものになり勝ちなのです。同じように母性も文化から規定され影響されるのではないのかと考えられています。  ⑧継承性
私は無意識のうちに父親をモデルにして父親になっていたように思います。接するときに振る舞いに亡くなった父の影をみるのです。こういうのを「育児における亡霊」という言い方をするそうです。
 妻は子供起こすとき、部屋の入り口で怒鳴るだけでした。ある日私がゆすって起こしてみせ、なぜそんな起こし方をしていら立っているのかと聞くと「だってずっと私はそうやって起こされてきた」と絶叫しました。彼女の母親の起こし方を知らぬ間に受け継いでいたのです。母性というのも固定的なものではなく、その親から継承される面があると思われます。
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by takumi429 | 2009-06-02 01:41 | 臨床社会学 | Comments(0)

2.家族看護学 (2)ジェンダー論以降の家族社会学

2) フェミニズム以後の家族社会学
フェミニズムからジェンダー論へ
フェミニズムはもともと女性解放運動のことです。何から解放されるのでしょうか。それは、女性をしばっているさまざまな束縛・支配からの解放です。それには制度的なものもあれば、文化的なものもあります。社会生活の様々な場面で女性は「女らしさ」を強要されてきました。生物学的にメスとしてうまれた者が「女」にさせられていく、つまり、女は「女」として生まれてくるのではなく、(生まれた後に)「女」になるのです。また生物学的にメスでもでない者でも「女」にされていくこともあります。生物学的な性別は「セックス」といいますが、この文化・社会的な性別は「ジェンダー」といいます。この「女らしさ」なるものが、支配的な男性(フェミニズムではこれを「家父長」といいます、ようするに「威張っているおじさん」のことです)のご都合のいいものでしかないことを学問的にもあばき、そこ自分たちを解放しようとするのです。
 しかし社会における「女らしさ」の強要をあばいていくにつれて、じつは「男らしさ」というのもじつは社会的にオスに押しつけられたものだということが見えてきます。「男たる者、めそめそせずちゃらちゃらせず、ばりばり仕事も女もものにしていかなくてはいけない」とか言われると、本音としては「疲れるよな」と言いたくなります。服装でも趣味・好みでも、男性は場合によっては女性よりじつはもっと規制が働いています。女性がズボンははくことはなんの問題もないですが、男性がスカートをはくことは、スコットランドの民族衣装をのぞくと、「変態」あつかいされます。中年男性があんみつを一人で食べに行くのはかなり勇気がいります(ほんと)。女性が華やかな服を着ているのに、男性はどぶねずみ色の背広を着ることを期待(強要)されています。日本では、食べ物や音楽会の好き嫌いを話をすると「ううんちくおじさん」にされて、気楽に好き嫌いの話ができません。「男たるものちゃんと定職について妻子をやしなうものだ」とかいう社会的プレッシャーから逃げ出したい(じっさい逃げ出している)男性も多くいることでしょう。こうした男性におしつけられた「男らしさ」は、生物学的なオスの特性とはもちろん関係がありません。
フェミニズムが「女らしさ」なるものからの女性解放を学問的に推し進めていくにつれて、じつは男性も「男らしさ」なるものに束縛されて息のつまるような思いをしていることが見えてきたのです。そうした「女らしさ/男らしさ」がいかに社会文化的なものでしかないのかを明らかにしていく学問として「ジェンダー論」が生まれてきたのです。
 
ジェンダー論からみた家族
家族というものは生物学的な基礎をもつもののように見えます。しかしジェンダー論の視点かから見ると、じつはそれが社会文化な構築物でしかないのです。このジェンダー論の立場にたってこれまでの家族社会学を見てみると、さまざまな背後仮説(前提)がみえてきます。これについての落合(2004)のたくみな整理と批判を紹介しておきましょう。
 落合によれば、家族社会学には次のような背後仮説があります。
(1)家族は人類社会に普遍的に存在する。
(2)家族は歴史や文化差を超えて変わらない本質をもつ。
(3)家族は集団である。
(4)家族は主に親族よりなる。
(5)家族成員は強い情緒的絆で結ばれている。
(6)家族の最も基本的な機能は子どもの社会化である。
(7)家族成員は性別により異なった役割をもつ。
(8)家族の基本型は核家族である。
この背後仮説に対して落合は次のような批判と反証をしています。
(1)「普遍的家族」というものの定義はじつは不可能である。だから人類学や比較研究では「家族」という共通分析単位を設定しないで、むしろ親族という分析単位を用います。
(2)家族というものがどこにでもある普遍性は疑問である。だからこそ人類学では親族概念を用います。
(3)家族が集団(特定の共同目標をかかげ、多少とも共属感をもち、相互作用をおこなっている複数のひとびとの社会的結合)であると決めつけるのも問題である。たとえば「ファミリー・アイデンティティ」(だれが「家族」であるとみなしているか)の研究によると、答えるひとそれぞれによって家族の範囲は異なってきます。シングルマザーは子供の父親も「家族」とみなしているのに、相手の男は彼女とその子供を「家族」とはみなしていない、というケースもあります。また妻は夫と子供が「家族」だと思っているのに、夫は実家の両親も「家族」とみなしているということもあります。なかにはペットを「家族」と見なしているひともいます。「家族」をまるでひとつの袋みたいなもの(集団)だと考えるのは無理があります。むしろ関係の束としてとらえるアプローチがあります。
(4)日本の家や近世ヨーロッパの家は、奉公人、寄宿舎、下女下男として非血縁者を含むのが普通だった。日本の家の中から他人が消えたのはつい最近のことです。
(5)今日言われるような「母性愛」、「夫婦愛」、「家族意識」は18世紀以降顕著に発達したものにすぎない。
(6)家族は生産・宗教・軍事などの多くの機能をかつて持っていた。子どもの養育に関心が集中するのは18世紀からである。今だって商売屋や農家では家族というのは子育てだけしているのではなくて、経営・生産をしている場です。
(7)男-外、女-内、という単純な性分業は近代以降のものである。近代以前は女も生産し、家政は家長の責任であった。家のことを取り仕切るのは以前は家長の役目でした。いまだって、財布のひもをにぎっているのは欧米では家長です。
(8)「核家族(夫婦と未婚の子どもから成る家族)があらゆる家族形態の核となる」というマードックの説はあたらない。すでにみたようにそれはあらゆる親族体系のなかに強引に「核家族」の影を見つけ出そうという試みにほかなりません。

近代家族
家族社会学の背後仮説が前提としていた家族像とは何でしょうか。それこそが、「近代家族」と呼ばれる、近代特有の家族のあり方でした。
近代家族の特徴は次のようなものです。
(1)家内領域と公共領域の分離
(2)家族成員相互の強い情緒的関係
(3)子ども中心主義
(4)男は公共領域、女は家内領域という性別分業
(5)家族の集団性の強化
(6)社交の衰退
(7)非親族の排除
(8)核家族

ではこの近代家族はどのように成立したのでしょうか。
近代において家族と市場が分離すると同時(1)家内領域と公共領域の分離がうまれてきました。そして家族は人間を再生産し、その人間が労働現場で生産をして、そこで生まれた製品が市場で商品として交換されます。家族は人間の再生産の場として公的領域からは退き、(2)社交は衰退します。そのかわり(5)集団性が強化され、(2)成員観の情緒的紐帯は強化されます。と同時に、(7)他人は排除されます。労働市場への人間供給のために家族は人間の再生産を期待され、そこから(3)家族における子ども中心主義がうまれます。この「人間」供給のために必要な、不払い労働(シャドウワーク)をつくりあげる仕組みこそが、(4)性別分業なのです。

日本における近代家族
第二次世界大戦後に日本は9割が農家でした。家は同時に生産と経営の場でした。生産と経営の場としてそこには多くの親族(祖父・祖母・叔父・叔母・父・母・息子・娘・孫・従兄弟)がいるばかりか、多くの他人(奉公人・書生などの寄宿者・下男・下女)が含まれていました。しかし戦争が終わって多くの子供が生まれ、しかも以前のように子供のときに死んだりしないで育つようになりました。長子以外の子供は地方から都市部へと押し出され、サラリーマンとなって、戦後の核家族を形成しました。男は働き手となって都市部の企業につとめ、女は主婦となって家庭で子育てと家事をもっぱらとするようになりました。ここに生産とはきりはなされた夫婦と未婚の子供だけからなる核家族が大量にうまれることになりました。

人口ボーナス
「近代化」ということを人口という切り口で見てみると、おもしろいことがわかります。近代化とは、人口から見ると、たくさん生むけどたくさん死ぬ(多産多死)の社会から、少ししか生まないけど、少ししか死なない(少産少死)の社会への、「人口転換」を意味します。しかし、多産多死型の社会から少産少死型社会への移行には、その間に、たくさん生まれるけど少ししか死なない(多産少死)の時期がしばしば現れます。たくさん生まれるけど少ししか死なない。結果としてその時期人口は爆発的に増えます。これを「人口ボーナス」と言います。
日本では、この多産少死だったのは1920~50年うまれの世代(人口学からみた世代)でした。このときは二人夫婦から4人も5人も親の数より多い子供が生まれ、しかも死なずに育っていきました。両親と一緒に暮らす、それまでの「家」に子供が2人とどまっても、子供は余っています。残りの子供は家を出て、多くは都会や郊外に行きサラリーマンや工員となり、夫婦と子供からなる「核家族」を形成しました。こうして「ふるさとの家」と都会の「我が家」の併存が起きます。日本の高度成長を支えた核家族はこの人口ボーナスの産物だったのです。
しかしベビーブーマー(団塊の世代)は50年代で終わり、その後の世代は、子供は少なく産んで大切に育てる少産少死型の世代になります。親の家から子供を押し出す力は弱くなり、いつまでも親の家のとどまる独身者も増えてきました。あるいは、せっかく得た職場を離れることを惜しんで結婚に踏み切れずに高年齢になっていく単身のキャリア・ウーマンも増えてきました。ほぼ終身雇用が保障されていたからこそ、就職してしばらくしたら安心して結婚生活を維持できたのに、「リストラ」などで失業しあげくに家族も失って公団で孤独死する中高年男性もいます。
20代で結婚して子供を持ち、都市や郊外の団地やアパートで暮らし、夫は会社や工場に働きにで、妻は子育てと家事を専らとする、という、それまで当たり前と思っていた家族の形は、決して当たり前とはいえなくなってきたのです。というより、そういう当たり前と思っていた家族の姿、日本における「近代家族」というのは、人口的条件と社会的条件に支えられてきた一時的なものだったのです。家族を考えるために、今はそれまで当たり前と思ってきた「近代的家族」なるものが、じつは社会が近代化していく過程で出現した、ある特別なものだったのだということをふまえいかなくてはならなくなったのです。

ジェンダー論的家族社会学
こうして、ジェンダー論の興隆によって、これまでの近代的家族を相対化して、家族を考え直そうという機運が盛り上がってきました。その結果、家族社会学はとても風通しの良いものになってきました。しかし違和感がけっしてないわけではありません。
もともと女性解放論だったフェミニズムでは、「家族」は女性を縛るものでした。「家族」、「主婦」から女性を解放することがそこで目指されたものでした。フェミニズムから発展「ジェンダー論」では、男性も、「男たる者は家族を食わせていかなくてはいけないんだ」などという幻想から解放されるべきだ。つまり女性だけでなく男性の、旧来の「家族」からの解放がうたわれているわけです。
押しつけられてきた家族から解放されよう。こうした主張はたしかに耳を傾けるべきものです。しかし私たちが家族というものにとらわれる時、それは決して理詰めで解消できない何かによっています。家族からの解放を歌い上げる多くのフェミニストの多くが現在では大学教員になってしまいました。70年代のフェミニズムは稚拙でさえあれ、血の通った主張をし、またしようとしてきました。しかし80年代以降、フェミニズムの担い手が、やり尽くされた文学作品から新たな業績を作り上げるためにフェミニズムを利用しただけの(けっして革命なんぞ求めてはいない)英文学者たちからはじまった、「教壇フェミニスト」に占拠されるようになると、それは姿をかえました。教員というのはもっとも男女差別が少ない職場です。給料も基本的に同じです。労働時間もほかの業種に比べると少ないです。理想的な家庭と職場の両立、あるいは家族から解放された生活は、彼らには実現しやすいでしょう。しかしそんな恵まれた地位にある女性はほんの一握りです。多くの女性は家族から離れては生きていけないから家族にしがみついているのです。それは女性だけではありません。私たちは家族に苦しみながらもそこから離れることができずに生きているのです。それは幻想だ、あるいはある時代の特殊な現象にすぎないのよ、と言われたところで、私たちが家族から解き放たれることはないのです。ジェンダー論以降の家族社会学はたしかにそれ以前に気持ちの悪いおじさんのイデオロギーからは解放された風通しの良いものです。しかし、病人を抱え日々葛藤しているような家族たちにとってはどこかぴんと来ないものになってしまいます。患者を抱えた家族を対象とする家族看護学にとってそれはどこか疎遠なものなのです。
私たちは、私たちを縛りつけれいる、しかもそこから私たちが離れられずにいる家族の実相というものにせまっていかなくてはいけません。それをつぎに見ていくことにしましょう。
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by takumi429 | 2009-06-01 23:40 | 臨床社会学 | Comments(0)

2.家族看護学 (1)昔の家族社会学

2.家族看護学

さて、ケース1,2から、患者の家族というものが看護にとっても大きな存在であることが見えてきました。これまで、看護はその対象をもっぱら患者に限定していました。しかし、患者の看護をほんとうに良いものにするには、その患者をつつむ家族に注目し、この家族を看護の対象にすべきだという考え方が生まれてきています。ケース2の場合でいうなら、看護師の指導・教育の対象を患者だけに限定するではなく、患者をふくむ家族全体を指導・教育の対象にすべきだったということがわかるでしょう。こうした家族を対象とした看護を考察していくのが「家族看護学」とよばれる学問です。
 家族といえばもともと社会学が得意としていた対象でした。家族を対象とした社会学、「家族社会学」は、社会学の大きな柱のひとつです。当初、家族看護学は、家族社会学に学ぼうとしていました。しかし、しだいに家族社会学から離れ、むしろ心理療法のひとつである「家族療法」に大きく影響をうけるようになっています。家族看護学が、なぜ家族社会学から離れ、家族療法へと近づいていったのか。それを理解するために、まず、(1)家族社会学の過去と現在(2)家族療法の成立と成果、をみていくことにしましょう。そのうえで、(3)家族療法をとりいれた家族看護学を、みていくことにしましょう。また、(1)に関連させて、家族を語るときにかならずといっていいほど登場してくる「母性主義」についてもふれてみることにしましょう。

(1)家族社会学の過去と現在

「家族社会学」と一言でいっても、その内容はフェミニズム(女性解放運動)の影響を受ける前と後では大きな違いあるように思えます。まずフェミニズム以前のむかしの家族社会学の傾向をみてみることにしてみましょう。

1)旧来の家族社会学の問題点
「欠損家族」 
現在では使われなくなりつつありますが、むかしの家族社会学においては「欠損家族」(broken family)という用語がありました。家族社会学がどんな学問だったかを知るのにはこの用語を見るのがいちばん早いと思います。まずその定義を社会学の辞典にみてみましょう。
有斐閣の『社会学小辞典』にはつぎのように定義されていました。
欠損家族(broken family) ふつう、未成年のいる家族について、死別・生別を問わず、片親もしくは両親が事実上欠如している家族をいう。欠損している家族員の役割を誰かが代替しなければならず、子どものパーソナリティ発達に少なからぬ影響があると考えられる。(濱島・竹内・石川,1977,p.92)

さらにこの小辞典の親辞典にあたる有斐閣の『社会学辞典』には次のように定義されていました。

欠損家族(英) broken family; broken home
 「欠損家庭」ともいい、後者の方がよりポピュラーな使用法である。定義としては、片親もしくは両方の事実上欠如している家族をいうが、実際的には、未成年の子供を有する家族についていわれる。・・・いったい家族生活は、両親が揃っていてはじめて諸機能の満足すべき遂行が期待され、子供のパーソナリティの調和的な発達が予想されるわけであるが、親の欠如は―――両親の場合は尚更のこと、また父親・母親のいずれであっても―――家族の機能遂行に重大な支障をきたす。とくに一般的には、母親の欠如している場合においてこの傾向が強い。というのは、家庭生活に関するかぎり母親すなわち女性の果たす役割が中心とされており、子供のパーソナリティの発達という作用も、母親の不断のそして女性特有の細かい心づかいにもとづく奉仕に負うところが多いからである。ともあれ親の存在は、子供の心の拠り所であり、両親が揃ってはじめてその機能が充足されるのに、その一方が欠けるとなると、子供の欲求へのサービスや心の拠り所という点において、程度の差こそあれ不満足な結果をきたす。そのために子供の側において欲求不満を生じ、パーソナティも不安的なものとなる。欠損家族の子供が、比較的に社会の行動様式に適応しがたく、反社会行動に傾きやすいのは、以上の事情にもとづくといえよう。・・・(大橋薫) (福武・日高・高橋1958,p.215-6)

片親の家族の関係者が読んだら、打ちのめされるような感じ、あるいは、激しい憤りを覚えそうな記述ですが、これが少し前のもっともスタンダードな社会学辞典の定義でした。      
では最近はどうなっているでしょうか。『社会学小辞典 新版』の記述を見てみましょう。

単親家族 single-parent family 未成年の子とその母親もしくは父親から成る家族をいう。従来、母子家族、父子家族あるいは片親家族とよばれていた家族のことをさしており、したがって欠損家族と呼ばれた家族の大部分を占めるものでもある。これらの用語にまつわる差別的なニュアンスをさけた価値中立的な用語として近年用いられて、定着してきている。一般に親の離・死別や未婚の母の家族等として生じるが、最近ではとくに離婚の増加にともなって生じるものが多い。家事・育児の問題、親の愛情不足や子どものパーソナリティの社会化をめぐる問題等が課題である。(濱島・竹内・石川,1997,p.420)
ここでは「欠損家族」は「単親家族」とほぼ呼び代えられています。しかし、片親になることは問題だとの姿勢は同じです。ここでは子どもの祖父・祖母が欠けることや兄弟姉妹がいないというのは問題とはなりません。あくまでも両親が欠けることが問題だとされています。つまり、家族というのは、一組の夫婦とそこから生まれた未婚の子からなる(ふつうこうした家族を「核家族」といいます)、それが基本だという考えです。

核家族説
一組の夫婦とそこから生まれた未婚の子からなる集団が、あらゆる社会の親族集団において核として存在したのだというが、マードックという学者が唱えた「核家族説」といいます。この学説のキモは、たとえ形態としては、親子三代の家族であろうと、叔父叔母が多く含まれているような家族であろうと、夫婦と未婚の子どもが、その中で核として存在しているのだ、だから「核家族」は普遍的なのだというところです。つまり親族形態のいかんにかかわらず、強引に核家族をそこに見いだしてしまうのです。でもよく考えるとそれは、核家族が普遍的であるというより、どんな親族形態の中にも核家族を見いだそうとする、マードックたち西洋中心主義者の強引さが生み出した学説というか、一種の偏向、偏見が映し出した影にすぎないことがわかります。そこには、家族は夫婦と(未婚の)子どもから成るべきなのだ、それ以外のものは欠けていてもいいけど、そのどれかが欠けたら大変なのだという、「核家族べき論」 とでもいうべきものがあり、上に見てきた社会学の定義もじつはそうした「核家族べき論」を、学問風の記述に見せかけながら、復唱しているのです。そうした議論においてしばしば見られることは、「・・・であるべきだ」というべき論、建て前論がたえず「・・・である」という実態論へと滑り込むことです。どうしてそうなるのでしょうか。
理由のひとつには、家族というのは私たちにとってとても思い入れの強い領域だけにどうしてそうなりがちだということもあるでしょう。と同時にほとんど誰もが家族を経験しているだけにそれを語ることは自分のきわめて私的ものを語ることになります。私たちはそれを恥じてどうしても建て前論の影に隠れようとし勝ちなのです。

祖母が育てる沖縄看護婦の子どもたち
以前、私は石垣島の八重山病院で講演する機会を得たことがあります。講演の後、看護部長や看護師長や主任の方々と会食していて、ある師長が結婚してお子さんがいらっしゃることを知り、他の方々(すべて女性でした)にも聞いてみました。するとその場の全員が結婚しており、お子さんがいることがわかりました。私は驚いてしまいました。私の職場の看護教員で結婚している人はわずかでしたし、隣接する病院でも看護師長や部長、さらにベテラン看護師の多くは独身だったからです。多くの看護婦が、他の働く女性同様に、「仕事(看護)か結婚(子育て)か」の二者選択をせまられており、ベテラン看護婦や役づき看護師になる人は「仕事(看護)」を選んだ人であることが圧倒的だったからです。
私は驚いて、「どうして皆さんは結婚し子供を持ちながら看護師として働けるのですか?」聞いたところ、彼女たちの答えは、「子どもはおばあちゃんが育ててくれる」というものでした。つまり、石垣島では育児はその子どもの祖母がするのです(母方か父方なのかを聞きそびれてしまったのは我ながら不覚でした)。その後、沖縄本島で講演したときも同じようなことを聞かされました。つまり沖縄では(正確に言うと八重山諸島と沖縄諸島とは文化圏がちがうのですが、ここでは問題にしないことにしましょう)、おばあさんというものが一家の柱であり育児や家事の中心なのです。(さらに失業率の高い沖縄では、夫の稼ぎは当てにならず、家庭は女たちが支えているとも聞きました)。
ここでは核家族というものが家族の基本型なのではなくて、夫婦とそのどちらかの母親と未婚の子どもが基本であり、育児・家事は祖母の役割になっています。核家族の形態を取らないからこそ、沖縄の看護師は「仕事か結婚か」という二者択一をせずに、「仕事も結婚も(さらに子どもも)」という選択ができるのです。
子どもを生んだ母親でなく、その母(祖母)が育てるというのは、アメリカの黒人社会にもきわめて典型的に見られることのようです。多くの黒人女性は十代で妊娠し、その相手とは世帯を持たないことも多く、育児はもっぱら彼女の母親がすることが多く、これはむしろ普通の形態となっているようです。

病気の援助の時にみえてくる(顕在化する)家
普段は両親とその子どもという家族が全面にでていても、家族の誰かが病気になったり不幸があったりすると、そうした表面的な家族とはべつの「家」が表面にでてくることがあります。たとえばおじいさんが入院したりすると、それまで同居していた奥さんだけではなくて、近所に住み主婦となっているその娘たちが交代で看病に来たりします。
恋愛結婚が一般的になった現在ではふつう私たちは結婚相手が気に入って結婚するものだと思っています。ところが結婚式をあげようとしたとたんに、結婚とは家と家がするものだと悟ります。式の仕方、誰を呼ぶかなどの問題は、結婚する二人の思惑を超えて、家と家のぶつかり合い(大げさに言えば闘争)の様相を帯びてきます。さらに結婚してみて、あまりに習慣や家族にたいするイメージがお互いにちがっているのにきづいて、結婚とは家文化と家文化のぶつかり合いなのだと悟ったりします(結婚というのは大きなストレスの原因なのです)。
表面的な世帯を形成する家族とは別の「家」のつながりが、冠婚葬祭や病気や不幸の時にはむしろ表面にうかびあがり、それなくしてはそうした重大な時を乗り切ることができないことがわかります。

お父さんは山に芝刈りに、お母さんはお家で子育てを
 さてもういちど、辞書の記述に戻りましょう。『社会学辞典』には「家庭生活に関するかぎり母親すなわち女性の果たす役割が中心とされており、子供のパーソナリティの発達という作用も、母親の不断のそして女性特有の細かい心づかいにもとづく奉仕に負うところが多い」と書かれていました。ここでは、夫と妻との性別分業、役割分業が前提とされています。
 アメリカのパーソンズという学者(とその仲間)は、小集団理論を家族に適応して、家族には二つの役割があるとしました。ひとつは外部への適応と課題遂行にかかわる、感情を抑えた「手段的役割」であり、もうひとつは、集団の維持と成員の統合に関わる感情を表に出す、「表出的役割」です。手段的役割は、夫=父によって、表出的役割は妻=母によって担われる傾向があるとしました(森岡・望月1993,p.94)。
 これはもっと具体的にいうなら、家の事をして家を守り愛情ぶかく子育てをするのは妻=母親の役割であり、外に出て働きお金を稼いでくるのは夫=父親だということです。(「なーんだ」と思う方も多いでしょう。社会学というのはこういう(おじさんが言いそうな)「常識」を小難しい言葉で言いかえただけの理論が多いのです、残念ながら)。
 しかしちょっと考えただけでこうした家族社会学の考えはとても偏ったものだということがわかります。たとえば農家や商家、飲食店など自営業者の家では、こうした夫婦の役割分業はなりたちません。家は生産の場であったり、社会的交易や営業の現場であるため、「奥さんは家の奥むきのことだけを」なんという事は言っていられません。夫婦どちらもいや時には子どもだって家業を手伝わなくてはいけません。「情緒的な感情の表出をもっぱらにして」なんて寝言でしかありません。ようするにこの図式は、もっぱらサラリーマン、日本の場合には、戦後のベビーブームに生まれた次男、三男が、郷里の親元から離れてサラリーマンになり都会の近郊住んで作り上げた「マイホーム」にあてはまるものでしかないのです。
 しかも家族社会学はこうした偏った前提を是正するどころか、それを発展させて次のような事まで言い出します。

 社会化の過程を順調に展開させるためには、欠くことができない二つの要素がある。一
つは「いつくしみ、はぐくむ」愛護であり、他の一つは「きたえ、みちびく」訓練であ
る。前者の基本にあるものは、すべてを暖かくつつみこみ、親子が一体化する母性原理
である。後者では是非善悪のけじめをきちんとつけ、親子の間を分離・切断し子どもの
自立を育てる父性原理である。(森岡・望月1993,p.118)

いっけんこれは、日本の伝統的な家族観を述べたように見えます。でもじつは、すでに述べたアメリカのサラリーマン家庭を想定したパーソンズの家族役割の二分型を、情緒的な装飾をつけて仰々しく語っているだけだと言うことがわかるでしょう。

「欠損家族」という言葉に端的に表れているように、かつての「家族社会学」というのはきわめてイデオロギー的な性格をもつものだったことがわかります。(イデオロギーといのは、くだいて言えば、権力をもつおじさんたちが自分たちの支配をしやすくするために自分の都合の良い論理を学問のふりをしてほかの人に信じ込ませようとしているもののことです)
家族看護学は、病人をかかえた家族を対象としています。すでにみたように家族員の病気により、表面的な核家族の形態に隠れていた、親族の機能が表に出てきます。そこでは核家族が家族の基本形だとみなすような偏向をもった家族社会学は役にはたたないのです。

 さすがにこれではまずいと家族社会学者も気づきだしました。最近の家族社会学はこうしたイデオロギーまがいの内容を改め始めました。そのきっかけとして大きかったのがフェミニズムでした。それをつぎの見てみましょう。
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by takumi429 | 2009-06-01 22:35 | 臨床社会学 | Comments(0)