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講義計画(改)

近代(現代)とは何か

1資本主義としての近代---マルクス---
 プロレタリアート(労働者)とブルジョワ(資本家)
 使用価値と交換価値
 
2.ゲゼルシャフト化としての近代---テンニス---
  社会幾何学(ホッブス)の継承としてのゲマインシャフト論
  伝統社会の瓦解と社会の再構築
 ゲマインシャフト/ゲゼルシャフトという差異の形成運動としての近代

3.逆説としての近代---ヴェーバー---
 プロテスタンティズムの倫理の逆説的帰結としての資本主義の精神
  倒錯した形式合理性の支配拡大としての近代
 ルカーチ 物象化論
 (『貨幣の哲学』へのヴェーバーの書き込み』)
 
4.遊歩者の近代---ジンメル、ボードレール、ベンヤミン---
 交換価値の世界
 貨幣の担い手として商品の世界を遊歩する人々

5.欲望の喚起装置としての近代---ゾラ、デュルケーム---
 ゾラ『ルーゴンマッカール叢書』
  欲望の装置としての鉄道、百貨店、炭坑、市場、レビュウー、投機市場・・・
 デュルケーム 
  アノミー論:欲望の逸脱的増大
   
  逆立ちしたカント主義
 
6.臣民化と規律化としての近代---アルチュセール、フーコー---
 近代とは個人を呼びかけ、主体(臣民)とし、その欲望を喚起しながら巻き込む管理していく権力が作動する時代

7.フロンティアの喪失としての近代---アメリカ社会学--
パーソンズ 
フロンティアの喪失による競争の激化を相互の役割を受け入れることで克服する社会
マートン
 アノミー論
  アメリカン・ドリームの功罪をアノミー論として展開
エスノメソドロジー
  既存の文化目標もそれへの手段も否定する(反抗する)若者たちの出現

8.公共性の変容としての近代---アーレントとハーバーマス---
  アーレント;近代とは、活動(語り演じる)世界=明るい公的空間が浸食された、暗い時代である。
  ハバーマス;システム的世界の生活世界への浸食

9.コミュニケーションの変容としての近代---オングとフルッサー---
 オング
 近代:話言葉から書き言葉への移行
 フルッサー
 画像→文字テキスト→テクノ画像
 マクルーファン

10.ナショナリズムとしての近代---アンダーソン---
 メディアなどにより作られた人造物(ナショナリズム)によって人々は想像の共同体(国民国家)を形成する。

11.世界システムとしての近代とグローバル化の現代---ウォラーシュテイン---
 世界が一つのシステムとなり、そのなかで各国は中核、周辺、半周辺の役割を演じている。
 グローバル化する世界---コーエン+ケネディ

12.社会関係の希薄化として現代---トクヴィルからパットナム 
 フランス人による民主主義の発見
 イタリアの地方自治をささるもの:ソーシャル・キャピタル(社交資産)
 「一人でボーリングにいく」:アメリカ合衆国のおけるソーシャル・キャピタルの減退
 ご近所の底力 

13.文明の接近としての近代  エマニュエル・トッド
 歴史人口学と家族類型論からみた近代

14.リスク社会としての現代---ベック---
 外部の喪失としての現代:外部から取り入れ捨てていた近代の産業社会から、自己の内部へと危機を増幅させる再帰的な近代(危険社会)へと移行した。

15.液状化する社会としての現代 バウマン
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by takumi429 | 2011-06-20 04:39 | 社会学入門 | Comments(0)

ベンヤミン 水辺の記憶(3)

ベンヤミンをめぐる旅 2003年夏 ベルリン
新庭園
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ベンヤミン 水辺の記憶(3)
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by takumi429 | 2011-06-19 19:36 | ベンヤミン | Comments(0)

ベンヤミン 水辺の記憶(2)

ベンヤミンをめぐる旅 2003年夏 ベルリン
孔雀島にて
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ベンヤミン 水辺の記憶(2)
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by takumi429 | 2011-06-19 19:35 | ベンヤミン | Comments(2)

ベンヤミン 水辺の記憶(1)

ベンヤミンをめぐる旅 2003年夏 ベルリン
ティア・ガルテン
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ベンヤミン 水辺の記憶(1)
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by takumi429 | 2011-06-19 19:33 | ベンヤミン | Comments(0)

テレビがつまらないから映画と写真の話をしよう(構想)

テレビがつまらないから映画と写真の話をしよう(構想)
---ベンヤミンの「複製芸術論」をてがかりにして---

19世紀が「小説の世紀」だとしたら、20世紀は「映像の世紀」だったと言えるでしょう。写真と映画というメディアは、私たちを取り囲む、1つの環境となりました。ではこの複製可能なメディアはどのような論理を持ち、どのような思考の可能性を私たちに与えているのでしょうか。この講義では、写真と映画やその他の芸術を横断的に取り扱いながらこの問題を考察していくことにしましょう。

考察の出発点におくのは、ベンヤミンの「技術的複製可能性の時代の芸術作品」の「オーラの喪失」です。これは芸術が複製可能になってもともと在った場所から引き剥がされて複製されていくことをさしたものですが、しばしば、否定的な判断だと誤解されています。しかしベンヤミンの「歴史の概念について」を読むと、こうした引き離された映像の集積(がれき)の上に、「新しい天使」の出現を予感しています。してみると、「アウラの喪失」は、写真や映画においてイメージがもともとの場所から引き離されて、相互に組み合わされ別の世界を予感させるものになるということを述べたとみるべきです。この観点から、本講義では、映像の編集(モンタージュ)がどのような新たな世界を生むのか、ということに着目して、これまでの映像史をふりかえってみることにします。

1.ロシア・フォルマリズムの異化論
 ブレヒトの異化論
 
2.映画の父グリフィス
映画技法の完成

3.ロシアにおけるモンタージュ理論
エイゼイシュタイン『戦艦ポチョムキン』
プドフキン『母』象徴モンタージュへのあてこすり
クレショフ効果
音楽によるクレショフ効果
   音楽による疑似的な時空間(オーラ)の付与

4.オーラをなくした映像の集積に現れる天使 ベンヤミン
「一歩通行路」「技術的複製可能性の時代の芸術作品」「パサージュ論」「歴史の概念について」

5.ナチスの(悪)夢工場
リーフェンシュタール『意志の勝利』『オリンピア』
ナチ娯楽映画

6.集められた写真の運命(ホロコーストを語る写真たち) ボルタンスキー

7.作為の向こうの「真実」の愛 荒木経惟 『センチメンタルな旅・冬の旅』

8.記憶の遊歩者 ゼーエバルトの小説

9.多声の語りから浮かび上がる「真実」 
黒沢明「羅生門」とアラン・レネ「去年マリエンバードで」

10.細分化された静止画の集積として時間
    クリス・マイケル『ラ・ジュテ』

11.可逆的的時間 
    ヒッチコック『めまい』
    キートン『ジェネラル』
    クリストファー・ノーラン『メメント』

12.コマの連続による物語(歴史) 
  萩尾望都 「グレンスミスの日記」『ポーの一族』(わずか24頁におさめられたある家族の年代記)

13.編集による再生 ジャンピエール・ジャネ「アメリ
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by takumi429 | 2011-06-07 18:28 | メディア環境論 | Comments(0)

0.近代とはなんだろうか(講義計画)

近代(現代)とは何か

1資本主義としての近代---マルクス---
 プロレタリアート(労働者)とブルジョワ(資本家)
 使用価値と交換価値
 
2.ゲゼルシャフト化としての近代---テンニス---
  伝統社会の瓦解と社会の再構築
 ゲマインシャフト/ゲゼルシャフトという差異の形成運動としての近代

3.逆説としての近代---ヴェーバー---
 プロテスタンティズムの倫理の逆説的帰結としての資本主義の精神
  倒錯した形式合理性の支配拡大としての近代
 ルカーチ 物象化論
 (『貨幣の哲学』へのヴェーバーの書き込み』)
 
4.遊歩者の近代---ジンメル、ボードレール、ベンヤミン---
 交換価値の世界
 貨幣の担い手として商品の世界を遊歩する人々

5.欲望の喚起装置としての近代---ゾラ、デュルケーム---
 ゾラ『ルーゴンマッカール叢書』
  欲望の装置としての鉄道、百貨店、炭坑、市場、レビュウー、投機市場・・・
 デュルケーム 
  アノミー論:欲望の逸脱的増大
『宗教生活の原初形態 』
   逆立ちしたカント主義
    カントの認識図式をすべて社会から説明する。 
    cf. メルロ・ポンティ『身体の現象学』 カントの図式をすべて身体から説明する、
 
6.臣民化と規律化としての近代---アルチュセール、フーコー---
 近代とは個人を呼びかけ、主体(臣民)とし、その欲望を喚起しながら巻き込む管理していく権力が作動する時代

7.フロンティアの喪失としての近代---アメリカ社会学--
パーソンズ 
フロンティアの喪失による競争の激化を相互の役割を受け入れることで克服する社会
マートン
 アノミー論
  アメリカン・ドリームの功罪をアノミー論として展開
エスノメソドロジー
  既存の文化目標もそれへの手段も否定する(反抗する)若者たちの出現

8.公共性の変容としての近代---アーレントとハーバーマス---
  アーレント;近代とは、活動(語り演じる)世界=明るい公的空間が浸食された、暗い時代である。
  ハバーマス;システム的世界の生活世界への浸食

9.コミュニケーションの変容としての近代---オングとフルッサー---
 オング
 近代:話言葉から書き言葉への移行
 フルッサー
 画像→文字テキスト→テクノ画像

10.複製可能芸術の時代としての近代---ベンヤミンから「アメリ」へ
 オーラの喪失 異化理論(ブレヒト)
 モンタージュ理論
 視覚的無意識の発見(見えない「本当」) 荒木経惟
 集まられた写真(ホロコーストの記憶) ボルタンスキー
 編集による人生の語り直し (「アメリ」)
  
11.ナショナリズムとしての近代---アンダーソン---
 メディアなどにより作られた人造物(ナショナリズム)によって人々は想像の共同体(国民国家)を形成する。

12.世界システムとしての近代とグローバル化としての現代---ウォラーシュテイン---
 世界が一つのシステムとなり、そのなかで各国は中核、周辺、半周辺の役割を演じている。
 グローバル化する世界---コーエン+ケネディ

13.社会関係の希薄化として現代---トクヴィルからパットナム---
 フランス人による民主主義の発見
 イタリアの地方自治をささるもの:ソーシャル・キャピタル
 「一人でボーリングにいく」

14.貧困と非公正にあえぐ現代 厚生経済学と正義論
 厚生経済学の非情
 公正としての正義(ロールズ)
 福祉の経済学(セン)

15.外部の喪失としての現代---ベック---
 外部から取り入れ捨てていた近代の産業社会から、自己の内部へと危機を増幅させる再帰的な近代(危険社会)へと移行した。
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by takumi429 | 2011-06-07 17:56 | 社会学入門 | Comments(0)