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7.写真 光の痕跡

クリスチャン・ボルタンスキー(1944-)
「モニュメント」ウィーンにあったユダヤ人高等学校の記念写真を使用してナチスの大量虐殺を死者側から再構築する。
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記念写真から切り離された少年少女の写真が集まられ祭られることで、その少年少女たちがたどったホロコースト(集まられ収容所で処刑された)の運命を、照らし出す。
日常から引きはがされて集められた写真たちは、その写真に写っている人々の運命(ホロコースト)を語る。瓦礫のような写真と遺物の集積からは天使ではなく、恐ろしい悪夢が立ち上がったのである。

パース(Charles Sanders Peirce1839-1914)の記号論における3つの記号
イコン(類像):類似性の関係によってその対象を表す。例:肖像画
インデックス(指標):その対象との現実の物理的・時間的・概念的近接性によって関係づけられる。
すなわち、指示的(指さしはその対象に想像上の線を引く)、因果的(風は風向計を特定の方向に向ける)、レッテルをはること(私の名前を言うことは私を指す)がそれである。例;煙は火のインデックス
シンボル:対象との関係が恣意的に決定される。例:言語

写真は、肖像画と同じイコン(類像)のようにみえるが、実は光の痕跡(インデックス)にすぎない。肖像画は対象に似せようと描かれたものだが、写真は対象の反射光でフイルムなどに感光させたものにすぎない。だから、写真はその対象のインデックスという意味では、足跡が足のインデックスになり、脱いだ服がそれを着ていた人のインデックスになるのと同じものなのである。

石内都(1947-) 痕跡(インデックス)の写真家
『 INNOCENCE -キズアトの女神たち-』 傷跡 傷つけた行為のインデックス 
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『Mother's』 母親の残した口紅や下着や靴などの遺品 母親のインデックス
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『ひろしま』 被爆者が着ていた服 被爆の痕跡(キズアト) 被爆者のインデックス
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荒木(あらき のぶよし1940-)『センチメンタルな旅 冬の旅』(1941)
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妻の死の病いの宣告から妻の死、そしてその後、を、キャプション(説明文)をつけてならべたもの。
写真と説明の連続から、最愛の者を失う悲しみ、が全編からこみ上げてくる。
写真の連続によって、一編のドラマを生み出す。
写真家本人が写されているショットが何カ所かあり、ここでは写真家はもはや写真を撮っていない。
もともと映画家志望だった荒木はここではミザンセーヌ(演出)をしている監督である。
写真を撮ることは作為に満ちた行為である。しかし作為によって切り取られた写真の連続から立ち現れる愛する者を失った悲しみは作為を超えた「真実」となりえる。
途中、妻からの声によるキャプション(説明文)が入る。
これはおそらく、溝口健二の『雨月物語』(1953)のラストの妻(田中絹代)の語り、に影響を受けたものだろう。
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追記
この写真集をめぐって、篠山紀信と荒木経惟との間に激論がかわされた。以下引用。
1991年2月発行「波」という雑誌には、篠山紀信氏と荒木さんが、この写真集に関して対談をしている記事がある。「ウソとまこと、うまいへた」と題されたその文中では両者の撮っている写真の方向性も絡めて、この写真集について歯に衣着せず激論を交わしている。荒木さんは「写真は私小説でなければならない」という立場を取り、陽子さんの死という真実を写真家として受け止めようとした結果がこの写真集になった、と語る。一方篠山氏は、誰が見ても陽子さんの死ということしか伝わってこない写真集は荒木さんらしくなく、多義性を孕んでいるからこそ面白かった荒木さんの写真の良さが全然発揮されていないため、”やばい”と断ずる。
荒木「一回妻の死に出会えばそうなる。」 篠山「ならないよ。女房が死んだ奴なんていっぱいいるよ。」 荒木「でも何かを出した奴はいない。」 篠山「そんなもの出さなくていいんだよ。」 (中略)
荒木「虚実とかそういうのを超えちゃって、んなこと、ポンと忘れさせなきゃだめなんだよ。」 篠山「それで何を見ろって言うの。」 荒木「純粋に写真を見るんだよ。」 篠山「そうじゃないじゃないか。ここにあるのは単なる陽子さんの死にすぎないよ。彼女の死ということの悲しさが直截に伝わってくるだけじゃないか。」 荒木「それが写真なんだよ。」
篠山氏は最後まで立場を変えようとしなかった。荒木さんの撮ったものは「陽子さんの死」だけ、であり、そんなことは他人には関係ないからダメだと本気になって食って掛かったのだ。しかし、篠山氏は見誤っていた。荒木さんとは全く関係のない他人が見ても、この写真集ほど人の心を揺さぶるものはないのである。陽子さんに対する荒木さんの想い、荒木さんに対する陽子さんの想いが、「死」という動かしがたい運命を前にしてどうなってしまうのか、読者は途中で荒木さんに自分を投影したり、陽子さんに身を置き換えたりしながら、この物語に引き込まれていく。
 篠山氏はこの写真集を「お涙商売」と言い、荒木さんを激怒させた。この対談が元で、しばらくの間二人が絶交状態になったことは有名な話だ。
(http://www.kanroshobo.com/KANROKANRO/ARAKI/ARAKI-BOOK/fuyunotabi.html 2012年10月29日)
80年代、ともにライバルとして篠山と荒木は活躍してきた。しかし、この対談から、篠山は決定的に荒木に敗北し、荒木は世界のARAKIとなっていく。私は、勝ち誇ったような篠山の「彼女の死ということの悲しさが直截に伝わってくるだけじゃないか。」という発言にむしろ、篠山の敗北宣言をみる。
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by takumi429 | 2012-10-29 00:14 | メディア環境論 | Comments(0)

6.ナチスの(悪)夢工場

レニ・リーフェンシュタール(1902-2003)
山岳映画の主役から映画監督へ
『聖山』(アーノルト・ファンク監督) 創作ダンサーから抜擢される。
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その後『死の銀嶺』
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『S.O.S氷山』
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などのファンク映画に主演。

 山岳映画 ファンク博士が創始。オーストリア・スキー学校を作ったハンネス・シュナイダーの協力を得る。

  17世紀から18世紀にかけて起きた山の見方の変化
  17世紀 詩人にとって山々は大地の疣(いぼ)や瘤(こぶ)で病的で醜い邪魔物
  18世紀 山々の途方もない雄大さは「崇高な」(sublime)美しさをもつものとされだした。
  無限性の美学:人々は、それまでの均衡と調和の美だけでなく、途方もない(どえらいもの)への畏怖(おそれ)がもたらす美(崇高)を見いだすようになった(M・H・ニコルソン『暗い山と栄光の山』)。
  崇高sublimeと美beautyは、同格の美的概念となった(エドモンド・バーク『崇高と美の起源』)
カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ(1777-1840) ドイツ・ロマン主義の画家
 
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 氷の海
 
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 霧の海を見下ろす散歩者
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リューゲン島の白亜の断崖


『青い光』 リーフェンシュタールの初監督作品
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『意志の勝利』(1934) ナチス党大会の記録映画 ヒットラーに依頼により監督。

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『オリンピア』(「民族の祭典」・「美の祭典」)(1938) 1936年ベルリン・オリンピックの記録映画。
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戦後、ナチスの協力者として映画界を追放される。

『ヌバ』 (1974) 『カウ・ヌバ』(1976) アフリカの裸族の写真集 を発表。
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『ワンダー・アンダー・ウォーター 原色の海』(2002) 70歳をすぎてダイビングを学び水中写真を撮る。
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ファンクは、自然の脅威のなかに、崇高の美を見いだした。その弟子ともいえるリーフェンシュタールは、権力の脅威のなかに、おなじく崇高の美を見いだした。さらに、未開の裸族や海のなかの生き物の驚異に、崇高の美を見いだし続けた。

リーフェンシュタールの映画は、散漫にも成りかねない大会の記録を、(やらせなどの)再現、リズミカルな編集、同調した音楽の重ねによって、崇高な美しさをもつ「現実」の記録へと変えた。映画は、夢見るような「現実」をもたらす「夢工場」となり、人々を、悪夢としか言えないような悲惨な現実へと引きずりこんだのである。
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by takumi429 | 2012-10-22 08:13 | メディア環境論 | Comments(0)

5.視覚的無意識からの解放

視覚的無意識 見ているのに見えてないもの

馬はどうやって走っているのか?
それまでの走る馬の表現
テオドール・ジェリコー『エプソンの競馬』1821年パリ・ルーヴル美術館
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論争(賭):
正:馬の四つ足はすべて地面から離れている瞬間がある。
反:馬の四つ足はどれかがいつも地面に接している。
マイブリッジはこの論争(賭)の解決のために走る馬の姿を分解して写真撮影した。
マイブリッッジ 走る馬の連続写真Eadweard Muybridge, Galloping Horse1878
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ちなみにこれを、Photshopに付属しているソフトで、GIFアニメーション(パラパラマンガ風アニメ)にすると、
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論争の決着:馬の四つ足は地面から完全に離れている瞬間がある。ただしそれは前後の足を拡げた状態ではなく、前後の足が集まった状態の時である。ジェリコーの絵はまちがいだった(わざとそう描いたのかもしれないが)。
映画(写真)は連続した動きを、いったん映像の断片にして、そのうえでそれをつなぎ動かすことで、私たちが見ているのに見えていなかったものを、見えるようにしてくれる。つまり視覚的な無意識を意識化させる。

スティーグ・ラーソン作『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』
http://www.youtube.com/watch?v=nEHzJvAoWKA
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失意にあったジャーナリスト、ミカエルは、大企業の前会長ヘッリックから、40年前の孫娘ハリオットの失踪事件の調査を依頼される。失踪の前日、邸宅のある島と橋でつながった町のパレードを見物するハリオットを写真をみて、ミカエルは、「新事実」の予感を持つ。その写真を含む新聞社の何枚かの写真をパソコンに取り込み、スライドショーにしてみると、ハリオットがパレードとは別の誰かに気づきおびえ逃げ出そうとしていることが見て取れた。その日島に渡った何者かが失踪事件の鍵を握っている。こうしてミカエルは事件の真相へと迫っていく。(ヘレンハメル美穂・岩澤雅利訳、ハヤカワ文庫、下48-62頁)
http://youtu.be/nEHzJvAoWKA

写真は、もともとその映像があった場所と時間から、その映像を切り取る。そうすることで、その映像がもっていた時空間のオーラを奪い取る。しかしそうしてオーラを失うことで、そのオーラによって覆われていた別の意味がその映像から浮かび上がってくる。その映像を他の映像と、その隠された意味をあらわにするように、つなぎ合わせていく(モンタージュ)と、そこには別の新しい世界と物語の(革命的な)展開が生まれてくるのである。

世界は映像の集積へと変えられた。そしてその集積は私たちがたやすくアクセスできる近しい存在となった。映像を編集(モンタージュ)して提示するのは、もやは一部の映画人たちではなく、私たち自身がその映像を選びつなぎ合わせ、そのなかに隠されている時代と社会の痕跡をあらわにすることで、映像のなかに隠されていた意味を顕わにすることができるのである。
(ベンヤミン「技術的複製可能性の時代の芸術作品」)

この読み取りにもとづく、宝塚メディア図書館 習作CM
http://www.youtube.com/watch?v=ZYyPI6v6Rus&feature=youtu.be

ベンヤミンがこの論文のなかで想定していただろう、映画
・Walther Ruttmann"Berlin: Die Sinfonie der Großstadt"ベルリン大都市交響楽(1927)
ジガ・ヴェルトフ『カメラを持った男』(1929)
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by takumi429 | 2012-10-14 23:30 | メディア環境論 | Comments(0)

4.映画の中で創造された意味と空間

D.W.グリフィス(1875~1948)による映画の基本技法の完成
クローズ・アップ スターのいる世界への移入
ショット・アンド・リバースショット 見つめ合う二人への観客の同化
カットを組み合わせてシーンにする撮影・編集
クロス・カッティング 同時進行する二つの活動
代表作の『国民の創生』(1915)
 黒人におそわれるヒロイン←→助けに向かうKKK(クー・クラックス・クラン 黒人差別の秘密結社)
 思想:北軍側の政府は信用できない。自分たちは自分たちの銃で守る。犯罪者は俺たちがつるす(リンチ)する。 クリント・イーストウッドまでつながる「リンチの思想」
『イントレランス』(1916) 「不寛容」というテーマのもとに四つのお話を接合。(クロスカッティングを同時進行する事態につかうのではなく、一つのテーマを現すものとして接合するのに使う)。

ソ連におけるモンタージュ理論
グリフィスの映画の研究からソ連では編集(モンタージュ)によってカットとカットを組み合わせることで、個々のカットにはない意味や空間を生み出せることを注目した。
クレショフ効果
同じ男の表情が前後のカットによって異なった感情を持つように観客にはみえる。
①スープのカット→男の表情のカット おなかが空いているようにみえる。
②横たわる死んだ子供→男の表情のカット 悲しんでいるようにみえる。
③横たわる女性→男の表情のカット 劣情をもよおしているようにみえる。
創造的(観念的)地理
「1920年、クレショフによって実現された実験の例は、二人のロシアの映画作家の以上のような考え方がまだ初期的なものにとどまっていることをしめしている。プドウキンの先生であり協力者であるクレショフは次のような場面を集めた。
1 1人の青年、左から右に行く。
2 1人の乙女、右から左に行く。
3 2人が出会って、手を握り合う。青年は手で空間の一点を指示する。
4 広い階段を持った白亜の大きな建物が見える。
5 2人の人物が階段をのぼっていく。
これらの断片の各々は、異なった一組のフイルムから引き抜かれたものであった。即ち最初の三つのカットはそれぞれ異なったロシアの街上で撮られたものであり、四番目のカットはアメリカの大統領官邸であった。しかし観客は、その場面をひとつの全体として知覚した。これこそクレショフが、観念的または創造的地理と呼ぶものである。」(アンリ・アジェル著『映画の美学』(岡田真吉訳)白水社1958年、92-3頁)。
カットとカットの組み合わせ(モンタージュ)によって、元来はそのカットが持っていなかった意味を生み出し、さらにそこからどこにもない映画の中だけの空間を生み出すことができる。
クロスカッティング(並行モンタージュ)の発展
『イントレランス』にみられた、同時進行のクロスカッティング(並行モンタージュによる連想モンタージュ)から、象徴的意味のクロスカッティング、の手法を意識的理論化して、象徴的(隠喩的)モンタージュを考案。
エイゼンシュタイン『戦艦ポリョムキン』(1925)
有名な「オデッサの階段」のシーンナリーの最後に、戦艦からの砲撃のカットと①眠れる獅子の像、②目覚める獅子の像、③立ち上がる獅子の像、をクロスカッティングすることで、目覚め立ち上がる民衆、を象徴させた。
プドフキン『母』(1926)
クライマックスで、ストライキから蜂起する民衆と、雪解けして流れ出す川の流氷、のカットを交互にモンタージュすることで、圧政の冬は終わり人々が自由と権利を求めて蜂起する時はへと今や移ったのだ、というメッセージを現す。
象徴的カットは、物語世界に属する必要はないのに、ここではこの流氷の上を主人公の息子がひょいひょいと飛び移っていく。プドフキンはエイゼンシュタインのように完全に象徴のためだけのカットを使うことに否定的だったのだろう。なおこの氷の上を飛び移っていくのは、おそらくグリフィスの映画『東への道』(1920)のクライマックス(氷の上で気絶して滝に落ちそうになっているヒロイン、と、それを救出すべく流氷の上を飛び移っていく主人公、のクロスカッティング)から想を得たものだろう。
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by takumi429 | 2012-10-08 11:33 | メディア環境論 | Comments(0)