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11.「古代ユダヤ教」

11.『古代ユダヤ教』
仏教はインドにおいてタントラの影響をうけて密教となり、インド大衆の呪術的な密儀のなかに溶けていってしまった。現世逃避的な知的宗教である仏教は、現世に向かう時、それと適合(迎合)することになり、その呪術の絡み合った密林のような園を切り開くどころか、そのなかに埋没していったのである。インドで途絶えた密教はチベットに伝わり、遊牧民たる吐蕃の気高さのなかで命を与えられ、現代まで生き続けることになった。
他方、インド大衆は、変幻自在に生まれ変わり顕現するヴィシュヌ神とシバ神への強烈な信仰(バクティ)を、性交を奉るリンガ崇拝に織り交ぜつつ、ヒンドゥー教を復興させることになった。大衆の呪術的・性的信仰は否定されることなく、続いてきたのである。
さて、役人根性(官僚の精神)たる儒教は、世俗を軽蔑しつつ結局はそれに迎合するしかなかった、知的修行僧の宗教たる仏教は、世俗から逃避したために世俗を変えることがなかった。また世俗大衆を救う宗教として生まれ変わった大乗仏教も、さらに性的密儀をとりいれた密教も、結局、世俗に迎合し飲み込まれ、呪術にそまった世俗大衆を変えていくことはなかった。
こうした世俗迎合(適合)的な宗教とはちがい、今ある現状(世俗の状況)を厳しく否定しつつ、それを支配し変えていった宗教として、私たちは古代ユダヤの宗教を取り上げることにする。

ユダヤ民族は、古代において、周辺の弱小民族でしかなかった。
にもかかわらず、それは消滅することもなく現在まで確固と存続している。いやそればかりか、その弱小民族の信奉する神(YHWH )は、世界3大宗教のうちの2つ、キリスト教の神、イスラームの神となり、今なお、世界の多くの民を支配している。
このパラドックス(逆説)はいかにして生まれたのか。
『古代ユダヤ教』という論文は、この謎を解明しようとする論文にほかならない。

地政学上の位置
イスラエルの民が暮らしたカナンの地というのは、メソポタミアとエジプトの両大帝国に挟まれた地域であり、そのためつねに双方から侵略され支配される運命にあった。

カナンの地理
イスラエルの内部は、北の肥沃は農耕地と、南の荒涼たる砂漠とステップ、とに二分される。北には農民が住み、南には家畜飼育者(牧羊者)が定住する。
古代の国家の発展方向
ヴェーバーは古代において国家の発展には2系列があったと考えていた(『古代農業事情』)。
(1)ギリシャ・ローマ型発展系列:城砦王制から民主的ポリスの形成に向かう
(2)オリエント型の発展系列:城砦王制から君主政国家へと発展していく
古代における階級対立
都市貴族が交易によって得た貨幣を農民に貸し、その結果、農民が都市貴族の債務奴隷に転落する。都市貴族⇔債務奴隷(農民)
(1)の場合は、一般市民が自分武装することで、政治的権利を得て民主化する。奴隷は征服地から補給される。
(2)の場合は、官僚制をもった絶対的な王制(帝国)が生まれて、王は国家を自分の家として支配し、人民全体が王の家僕(奴隷)となる。旧約聖書のなかで、「エジプトの家」と言う時には、地域的なエジプトではなくて、人民が奴隷状態にあることを指している。
イスラエルは、(1)と(2)の発展方向のはざまにあってもがき葛藤する。

年表 (Metzger1963訳書参照)
前19-17世紀 <族長時代>
前13世紀  <モーゼ時代>
前13世紀後半 イスラエル諸民族カナン侵入・定着(?) 「契約の書」
前12-11世紀<士師時代>部族連合、戦時における大士師の指導 「デボラの歌」
       ペリシテ人(鉄器を持った海の民)の東進、シロの神殿を破壊 契約の箱
      <王国時代> サウル、王権樹立
前1000頃  ダビデ即位
       エルサレムへ遷都
前961    ソロモン即位
       王宮・神殿の建設 「ヤハウィスト」(J)
前926    王国分裂
      <南北分裂王国時代>
       南(ユダ)王国           北王国                                  
前900頃 ヤラベアムⅠ世、ベテルとダンに金の牛の像を起き、聖所とする。
オムリ王、サマリアに遷都。
カナン宗教蔓延 預言者エリア
前850頃 「エロヒスト」(H)
王母アタリアの独裁と死        預言者エリシャ
840祭司による宗教粛正  ←845エヒウ革命(預言者エリヤとエリシャに指導された抵抗運動の指導下に,エヒウが〈ヤハウェ主義革命〉を起こし,オムリ家を打倒)
前800        両王国の繁栄と社会的退廃
ヤラベアムⅡ世 預言者アモス
        預言者ホセア
前733       シリア・エフライム戦争
アッシリアに従属    ⇔反アッシリア同盟に属する
前721アッシリア軍によりサマリア陥落
北王国の崩壊(上層民の流刑)と異民族の移住
    <単一王国時代>
    ヒゼキア王 宗教粛正 アッシリアへの反乱   
前721 アッシリア軍、エルサレム包囲 アッシリアへの従属 預言者イザヤ(後期)
                           「エホウィスト」(J+H)
    アッシリアの衰退 ユダ王国の一時的独立      
ヨシア王(前640-609) 申命記改革 ヤハウェ原理主義 エルサレム礼拝独占
                            「申命記」(D) 成立
前609 メギドの戦い ヨシア王の死         預言者エレミア(前期)
    エジプトの支配
    新バビロニアの支配               預言者エレミア(後期)
前597 新バビロニア王ネブカドネザルの軍、エルサレム包囲 
     第一次捕囚 (上層民をバビロンに連行)
前578 新バビロニア軍によりエルサレム陥落、神殿崩壊 第二次捕囚 預言者エゼキエル
    <捕囚時代>
    捕囚地バビロンで「神聖法典」(レビ記17-26章)「祭司文書」(P) 成立
                            預言者第二イザヤ
前539 ペルシャ軍によりバビロン陥落
    <ペルシャ時代>
前538 ペルシャ皇帝キュロスⅡ世の勅令により第一次帰還
前515 サマリア人の援助を断り、その妨害に耐えて神殿を再建。
前458 ネヘミア、ユダヤ州の知事として着任。城壁再建、社会改革。
前430 エズラの宗教改革進展。
     エルサレム神聖共同体を確立。大祭司・長老組織による行政
     「モーゼ五書」(創世記・出エジプト記・レビ記・民数記・申命記)の最終編集
前331 アレクサンダー大王によりペルシャ滅亡


ヴェーバーが取り入れた聖書学の内容
4資料仮説(ユリウス・ヴェルハウゼン)
旧約聖書の律法(トーラー):モーゼ五書(創世記・出エジプト記・レビ記・民数記・申命記)はさまざまな文書から成り立っている。
文書名略号成立期成立場所特徴など
ヤハウィストJ前10世紀統一王朝時代のユダ神名ハヤウェYHWHを使用
エロヒストE前9世紀分裂時代の北王国神名エロヒーム「神」を使用
申命記D前7世紀北王国崩壊後のユダ捕囚期に増補改訂
祭司文書P前6世紀バビロニアとユダ教団祭司が作成
エホゥスト  JE        北王国崩壊後のユダ  JとEを結合

生の座(Sitz im Leben) (ヘルマン・グンケル)
編集された文書には、以前からのさまざまな伝承(法律集をふくむ)が含まれている。文章の様式から、そうした伝承がおこなわれた場(生の座)を探らなくてはいけない。

共感呪術的狂騒道
フレイザーの金枝篇から共感呪術の思考がもたらす、多産を願っての性的な狂騒道が、農耕民において繰り返されるとした。具体的には北王国に頻繁にみられた金の牛の崇拝やバール神への崇拝を指している。


社会対立の構造 
王権以前の社会構成 農民・土地所有の氏族(ヤハウェの名のもとに集う連合軍の担い手)
          牧羊者の氏族(ヤハウェ連合軍の担い手)
          客人氏族(手工業者・楽人など)

王権後の社会構成  都市居住地主貴族(軍事的担い手)
          都市デーモス
           非軍事化・無産化したイスラエル人(←農民・牧羊者)
           改宗した寄留者(←客人氏族)

          
イスラエル内部の階級対立
イスラエル誓約連合は、ヤハウェの名の下に、カナンの都市貴族への反乱解放の軍事同盟として生まれた。ヤハウェは誓約連合のためにモーゼからイスラエルの民が受け入れ契約を結んだ戦争神だった。都市貴族への隷属は、エジプトの王制の下の屈従にたとえられた。だからそこからの解放は、「エジプトの家」からの解放にたとえられ、モーゼの「エジプト脱出」(出エジプト記)の記憶が、誓約連合の民衆全体の記憶となった。
にもかかわらず、王制が生まれると、今度は都にいる王と貴族が、かつての都市貴族と同じく、民衆を搾取し債務奴隷にしようとする。イスラエル内部には、解放のための連合から生まれた王制が大衆に隷属をもたらしていることへの不満と批判がたえず渦巻いていたのである。

ユダヤ教発展の担い手:祭司・知識人・預言者
レビ人祭司(一般大衆を相手にする祭司)
宗教的カウンセリング(魂のみとり)での質問
「どうしてこんな苦しい目にあうのでしょうか?」
「あなたはものを盗んだりしませんでしたか?」
この質問を肯定形にすると
「あなたは盗んではならない」という戒律になる。
レビ人のもとに来たのは都市貴族によって債務奴隷にされたりしている都市無産階級や地方の搾取されている農民たちであった。彼らの質問に答えるにつれて、レビ人の宗教の内容は、もともとは誓約同盟の同胞であった民衆を無産化させ隷属させている王制への批判と、もともとの解放の同盟であったイスラエルへと立ち返るべきだ、という内容になっていった。
ヴェーバーは律法の生まれた「生の座」をレビ人の宗教的カウンセリングにみたのだ。
知識人
バビロニアやエジプトの神話を脱色して多くの神を削り、循環する時間感から直線的な時間を導き出して、ユダヤの知識人(上層祭司)はユダヤ教を一神教として精錬していった。
たとえば、ティアマートという(海水の)原母神の殺害から世界が創造されるネヌマ・エリシュ神話を換骨奪胎して、創世記の世界創造神話がうまれた。その際、ティアマートは「水」になっている。
だが多神教の世界から一神教の世界へと神話を書き換え、ユダヤ教の純化と体系化をはかるには、その前提として、ヤハウェ神の絶対性が確立していなくてはいけなかった。それはどうやって生まれたのか。
預言者
ヤハウェの絶対性を確立してそれを民衆に告げたのは預言者たちだった。
預言者とは予言者とはちがう、神と民衆をつなぐ仲介者を言う。神の言葉を預かり民衆に伝える。「主はこう言われる」。当時、主人の言葉を預かった僕(しもべ)は、相手方に到着すると「私の主人はこう言った」と語り始めて、自分の主人の言葉をそのままオウム返しした。その習慣を預言者と神との間に適応したものである。つまり預言は、将来の予告よりも、神の言葉の宣布にあった(雨宮慧著『図解雑学旧約聖書』ナツメ社(2009年)180頁)。
ユダヤの預言者は、敵の帝国による北王国とユダヤの滅亡を、ヤハウェが敵国をあやつって下した、イスラエルへの罰だと解釈した。それまでの解釈は、民族の敗北=国の神の敗北である。しかし、預言者の解釈は、ユダヤ民族の敗北=背信のユダヤ民族にたいするヤハウェの罰である。その際、ヤハウェは敵の帝国軍をも操れる絶対的な神へと昇格している。この卓抜した解釈と宣告によって、ヤハウェは絶対の世界神となり、その絶対神の与えた命令(律法)を守るユダヤ民族には必ず救済があるはずだとの強烈な信仰がうまれたのである。
その際、イスラエルが犯した罪として挙げられたのは、ヤハウェ以外の神への崇拝へと、同胞を債務奴隷として隷属させる罪である。
イスラエルには、北と南の対立、都市の貴族と(債務奴隷としての)農民と定住した牧羊者との対立があった。
農耕地が多い北では、農耕の多産を祈願するバールなどにたいする信仰と祭儀が盛んであった。北王国の預言者はこのヤハウェ以外の偶像崇拝による祭儀を激しく弾劾し、それが北王国滅亡の原因だったとした。
南のユダ王国の預言者は、さらにエルサレムの神殿の崩壊さえ預言するに至った。同胞を搾取隷属する驕慢な王国に対して、ヤハウェはアッシリアや新バビロニアをもあやつって罰を与えるのである。ユダヤが崩壊したのは、エジプトやアッシリアや新バビロニアの神が、ユダヤの神ヤハウェより強かったからではない。ヤハウェがエジプトやアッシリアや新バビロニアのような強大な世界帝国までも、あやつるような唯一絶対の神だからである。
祭司・知識人・預言者の三つどもえの働きによって、ユダヤ教はやがて一神教へと純化・体系化され、捕囚後ユダヤはその信仰による神政政体となった。
ユダヤの崩壊と捕囚というもっとも宗教的な危機でもありえた事件が逆にヤハウェの信仰を強靭なものにし、それは一神教として確立したのである。まさにこの逆説こそ、西洋社会とイスラム世界を支配する一神教をもたらした逆説なのである。

預言者の2類型
ヴェーバーの預言者類型では、模範預言と使命預言が有名である。模範預言は信徒に自らが手本となってみせるような預言者あり、ブッダなどがその例である。使命預言とは信徒に神の命令を伝える預言者である。古代ユダヤの預言者がまさにそれにあたる。
さてこの「古代ユダヤ教」では、ヴェーバーは預言者を、イメージを幻視する視覚的な預言者と、神の声を聞く聴覚的な預言者とに分けている。
視覚的預言は、集団的な狂騒と関連があるとヴェーバーはみなしている。それはちょうど、ニーチェが『悲劇の誕生』で、コロスの音楽によるディオニソス的原理と彫刻的なアポロ的原理が、ギリシャ悲劇のなかで交互に現れると説いているのと照応する。この視覚的預言は音楽にひたりながら幻影を見る満ち足りた至福の状態をもたらす。
それにたいして、聴覚的預言はあくまでも預言者を突き動かしてやまない。それは人を突き動かし続ける命令の預言なのである。
このセム族に見られる聴覚的な預言者の系譜の最後にある者として、私たちはイスラーム教の開祖マホメットへと話を進めなくてはいけない。

      
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by takumi429 | 2013-06-24 02:49 | ヴェーバー宗教社会学講義 | Comments(0)

10.『ヒンドゥー教と仏教』(2)

10.『ヒンドゥー教と仏教』(2)

都市発展時代の生まれた世俗逃避的知識人による異端宗教 

サーンキヤ学派(ウパニシャッド哲学の一派)
男性的精神原理(プルシャ=アートマン)は女性的原理の原物質(プラクリティ)と結合することによって輪廻に巻き込まれており、知恵をえることで、そこから離脱(解脱)できると説いた。

ジャイナ教
苦行によって古い業をなくし新しい業が自我に付着するのを防ぐことで、輪廻から離脱しようとする。
五誓戒
生き物を殺すこと、嘘をつくこと、盗むこと、男女のよこしまな行為、ものを所有すること、を禁止。
不殺生戒のためにマスクをして生産活動から離れ商業に従事。
空衣(裸体)派と白衣派に分裂。
一般世界への影響力は限定されたものとなった。

仏教
苦行の否定。瞑想の重視。(ムキになった苦行も我執(煩悩)のひとつ?)
(安定した一定の)自我の否定。人間とはいろいろな要素が集まったのだけのもの。
輪廻ばかりでなく、あらゆるものが変化してとどまることがない。

四諦八正道
苦諦:生きることは苦である
集諦:苦の原因は煩悩である
滅諦:煩悩を消すことで苦が滅する→涅槃(ニルヴァーナ)
道諦:煩悩をなくし悟りを開くための8つの道
 正見、正思惟、正語、正業、正命(生活)、正精進、正念(自覚)、正定(瞑想)

部派仏教
きわめて個人主義的な修行僧の宗教(世俗否定・世俗逃避的宗教)

大乗仏教(紀元前3世紀~後3世紀)
ブッダの遺骨を収めた仏塔(ストゥーパ)を崇拝する一般信者から起きた運動。
仏の複数化。
菩薩:仏となる〈涅槃にいたる)手前であえてこの世にとどまり大衆を救う存在
如来蔵(仏性):人間はだれでも仏になる性格をもっている
ブッタの言葉によらない膨大な仏典の出現。「浄土三部経」、「法華経」、「般若経」、「維摩経」、「涅槃経」、「勝鬘経(しょうまんぎょう)」などなど。
「空」の思想:あらゆる物質が相関的であって絶対で安定したものではない

密教(6~7世紀)
インドの呪術的信仰の積極的導入。
マントラ(真言):呪力のある言葉。バラモン教のダラニ。
印契(いんげい):手を結ぶ形で呪力をもたらす
ホーマ(護摩):火を炊いて煩悩を焼きつくす。
タントラ:シャクティ(性力)崇拝

大日如来:宇宙の根本仏
マンダラ(万神殿パンテオン)による宇宙の表象
 金剛界(智の世界)と胎蔵界(理の世界)

教典
「大日経」・「金剛頂経」→日本・チベット
「秘密集会タントラ」→チベット

ヒンドゥー教(←バラモン教)
ブラスマー(世界創造神)
ヴィシュヌ(世界維持神)
シヴァ(破壊神)
多くの信者は、ヴィシュヌ派とシヴァ派に分かれる。
神への熱烈な信仰(親愛バクティ)
リンガ(男根)崇拝 ピータ(台座)(=ヨーニ女性性器)

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by takumi429 | 2013-06-16 17:40 | ヴェーバー宗教社会学講義 | Comments(0)

9.「ヒンドゥー教と仏教」(1)

9.『ヒンデゥー教と仏教』
現世適応の官僚の合理主義(儒教)では、呪術の園となった世俗を、改革することはできなかった。では現世を否定するような宗教ではどうだろうか。そこで私たちはもっとも世俗(日常世界)を否定するような宗教を生んだインドをみてみることにしよう。

インド史 年表
前2500-2000 インダス文明
前2000頃  アーリア人、パンジャブ地方(西北インド)に侵入。リグ・ヴェーダ成立
前1000頃  アーリア人、ガンジス川流域に進出。
バラモン(僧侶)、クシャトリヤ(騎士)、ヴァイシャ(庶民)、シュード    ラ(隷属民)からなるヴァルナ制度、次第に確立。
       
 ヤジュル・ヴェーダ、サーマ・ヴェーダ、アタルバ・ヴェーダの編纂
  リグ・ヴェーダ
ホートリ祭官に所属。神々の讃歌。インド・イラン共通時代にまで遡る古い神話を収録。
  サーマ・ヴェーダ
ウドガートリ祭官に所属。リグ・ヴェーダに材を取る詠歌集。
  ヤジュル・ヴェーダ
アドヴァリュ祭官に所属。散文祭詞集。神々への呼びかけなど。
  アタルヴァ・ヴェーダ
ブラフマン祭官に所属。呪文集。他の三つに比べて成立が新しい。
前7-6世紀 初期ウパニシャド(ヴェーダの付随文献)
       業・輪廻(カルマ)の教説
       宇宙原理ブラフマンと個体原理アートマンの合一(梵我一如)説
前5-4世紀 〈都市発展時代〉古クシャトリア時代
       ジャイナ教・仏教、成立
前321頃   マウリア朝(-前187頃)インド統一 カウティリヤ『実利論』
        アショーカ王(前268-232)、仏教保護
前220-   アーンドラ朝(-後236)中南インド 
       バラモン教を保護   
        ナガール・ジュナ
インドの代表的仏教思想家。サンスクリット名はナーガールジュナ。「般若経」の「空」を継承発展させ、大乗仏教の根本思想として理論づけ、大乗仏教での最初の学派、中観(ちゅうがん)派の祖とされる。
空(くう):世界には現象はあるが実体はない、とする仏教の基本的でもっとも重要な概念。Microsoft (R) Encarta (R) Reference Library 2005. (C) 1993-2004 Microsoft Corporation. All rights reserved.

後45-   クシャーナ朝(-250)北インド
        カニシカ王の仏教保護
後1世紀  「バガヴァット・ギーター」最終成立(原型は前1世紀)。
       マヌ法典(インドの伝統的社会規範を説く聖典)(前2-後2世紀)
 250-320 分裂時代
 320-520 グプタ朝、インド統一 バラモン文化復興
 6-10世紀 ラージプート(戦士)時代)(分裂時代)〈中世〉
700-750頃  シャンカラ 
シャンカラの哲学もほかのインド諸哲学と同様に、輪廻からの解脱をめざしている。彼の説いた不二一元論は、宇宙の根本原理であるブラフマンと自己の中にあるアートマンは同一であり、したがってアートマンはブラフマンと同様、不変常住、常住解脱者、無欲、不老であるとするものであった。しかし現実には、人間はうつろいやすい個別的で物質的な世界しかとらえることができず、輪廻にくるしんでいる。シャンカラは、それは人間が無知(アビドヤー)のために、現象世界がじつは幻影のように実在しないものであり、ブラフマンとアートマンが不二であることに気づかないからである。この無知を滅することによって解脱が可能となるのだと説いた。Microsoft (R) Encarta (R) Reference Library 2005. (C) 1993-2004 Microsoft Corporation. All rights reserved.

11世紀-  イスラム教徒の侵入 〈近世〉
       セーナ朝(-12世紀)
        仏教、インドで消滅。
1206-1526 デーリー諸王朝時代
        北インドのムスリム諸王朝
        デカンの諸王朝
        南の半島南端の仏教の諸王朝
 14世紀    北インドのムスリム諸王朝
        デカンのムスリムのバフマニー朝
        南部のヒンデゥーのビジャヤナガル朝
 1526    ムガル帝国、成立
 1707    ムガル帝国衰退。 継承国家と分立国家(マラータ同盟、シーク教徒など)
        シーク教:ヒンドゥー教とイスラム教が融合した宗教
 1856    プラッシーの戦い イギリス、ベンガル徴税権を得る 〈近代〉

 1857-9  セポイの反乱 
 1858-1947 インド帝国 イギリス、インドを直接支配。

カースト制(バルナ+ジャーティ)
 バルナ 
  再生族(ドヴィジャ) 一定の年齢に達すると師について入門式(ウパナヤナ)を受け、聖なる紐(ひも)を受ける(第二の誕生) 
    バラモン(祭司)
    クシャトリア(騎士)
    バイシャ(庶民))
  一生族(エーカジャ)
    シュードラ(隷属民)
  不可触賤民

  ヒンデゥーの4住期(ヴァルーナスラマ・ダルマ)
   再生族のヒンドゥー男子に適応される古代インドにおいて成立した理想的人生区分
   (1)学生期(ブラフマチャルヤ) ヴェーダ学習
   (2)家住期(ブラフマチャルヤ) 家庭人として勤めを果たす
   (3)林住期(ヴァーナプラスタ) 引退して林の中に隠居する
   (4)遊行期(サンニャーサ)   聖地に巡礼して死を迎える

 ジャーティ 
  内婚
  水のやり取り・食事を共にする (他の者から受け取る/と食べる、のは不浄) 
  職業の継承
  男系

寡婦殉死(サティー) 夫に先立たれた妻が、夫の火葬の日に自らも飛び込んで自殺を図る行為。ヒンドゥー教の古い慣習にさかのぼる。
ヒンドゥー教によってこんな行為も正当化され温存された。

「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の記述の時に、
伝統主義的経済に対しては伝統主義、資本主義に対して資本主義の精神が対応していると考えたのと同じように、
カースト制に対してはそれを維持させる精神としてヒンドゥー教を考えている。

バラモン教の異端として生まれたジャイナ教と仏教は現世から逃避するばかりで現世を変革せず、バラモン教から生まれたヒンドゥー教が現世に適合し、現世のカースト制を正当化して温存するものとなった。

ウパニシャッド哲学にすでにみられたように、クシャトリアの哲学的思惟はバラモンのそれをしのぐようになっていた。みずからの宗教的権威を脅かされそうになったバラモンたちは、自分たちの呪術的な力を正当化しすべく思索を展開する

バラモン教の思想
アタルヴァ・ヴェーダの参入
呪術師であるフラフマン祭司が力を持ったことの現れ。
呪術師の自問自答
 なぜ私が唱える呪文が威力を持つのか。
 それは私(アートマン)が宇宙の原理(ブラーフマン)とじつは同じもの、一体だから ではないのか。「汝はそれである」→「梵我一如」の考え

輪廻転生説
霊魂輪廻(サンサーラ) 霊魂は絶えず生まれ変わっていく
業(カルマン) 前世の報いを現世で受け、現世の罪は来世で受ける 

ブラーフマンとの我(アートマン)との合一によって輪廻の輪から離脱できるとした。
呪術師としての修行(苦行)が、輪廻からの救済の修行へと発展していった。

ウパニシャッドにすでにみられたように、クシャトリアの宗教的思索がバラモンたちの思索を脅かし始めていた。それに対抗して、バラモンたちは自分たちの正当化のために教えを発展させた。しかし、それがかえって現世から逃避する(輪廻から離脱する)方向を示すこととなり、自分たちの敵対者である異端(ジャイナ教や仏教など)を盛んにさせることになってしまったのであった。

カースト
Iプロローグ
カースト Caste インドに古くからつたわる社会制度。個々人の階級を規定すると同時に、たずさわるべき職業をはじめ、結婚その他さまざまな社会生活のありようを決定する。子は親のカーストをかならず継承していくため、世代をこえてうけつがれることになる。
もともとインドではジャーティ(「生まれが同じ者」の意)という語でよばれているが、16世紀にインドにやってきたポルトガル人が、これに母国語のカスタcasta(階級、血筋)という語をあてたため、カーストとも称されるようになった。日本では一般に、カーストといえば、大きな4つの階級区分(4種姓)が想起されがちだが、これはカーストと密接な関係にあるものの、正確にはバルナというべきものである。
IIバルナ
バルナvarna(本来は「色」の意)は、前1500年ごろ、インド・ヨーロッパ語を話す遊牧民、いわゆるインド・アーリヤ人が北方からインドへ進入し、やがて農耕社会をきずきあげたころに成立した。インドの聖典文学によれば、アーリヤ人のバラモン教(→ ヒンドゥー教)司祭が社会を4つの階層にわけたとされている。前200年~後300年のある時期にアーリヤ人の司祭・律法者がマヌ法典を編纂したが、その中で世襲制の4つの階級区分を規定し、司祭階級自らをその最上位においてブラフマン(バラモン)と称した。そして2番目に王侯・武士のクシャトリヤ、3番目に農民や牧夫、商人のバイシャ、4番目に3つの階級、とくにブラフマンに隷属するシュードラをおいた(のちに農民や牧夫はシュードラにうつされる)。さらにその下、社会の枠組みのまったく外(アウトカースト)に、不浄な人々とみなす不可触民(アンタッチャブル)をもうけ、下賎とされる職業につかせた。
こうしてアーリヤ人の農耕社会のシステムにおさまらなかった先住部族民が不可触民とされたが、その後、ヒンドゥー教の戒律をおかしたり、社会の掟にそむいて4つの階級からしめだされた者もこれにくわえられていく。こうして司祭がつくったバルナの制度は、ヒンドゥー教の戒律と切りはなせないものとなり、神の啓示によってつくられたという大義名分のもとに、延々と存続してきたのである。
IIIカースト(ジャーティ)
バルナを大きな枠としながら、実際の社会で機能しているのがカーストである。ひとつの村に司祭、銀細工、大工、床屋、羊飼い、仕立て屋、洗たく屋、汚れもの清掃、乞食といった種々さまざまな職をもつカーストが、10~30程度あり、それぞれが村の中で近隣にあつまってくらしている。カーストの数は、インド全体で2000~3000あるといわれている。そしてこのカーストは、上にしるしたバルナの、不可触民もふくめた5つの階級のいずれかに属している。
カーストは、地縁、血縁、職能が密接にからみあった排他的な集団で、その成員の結婚や職業、食事にいたるまでをきびしく規制し、また自治の機能ももっている。
1結婚の規制
これは、個々のカーストの結束を強めるうえで、またカースト制度全体を維持強化するうえで、とくに大きな意味をもっている。カーストのメンバーは、自分と同じカーストの相手をえらばなければならず(→ 内婚)、しかし、同時に自分と同一のカースト集団のメンバーとは結婚できない。また、男性が自分より下のカーストの女性と結婚することはある程度許容されるが、その逆はタブーとされている。
2食事の規制
食事に関する規制は地域差が大きい。しかし一般に、ほかのカーストのメンバーと食事をともにしたり、下のカーストの者から飲食物の提供をうけることができないといった規制や、とくに上位カーストにきびしい、肉食の制限もある。
3職業
ふつう、カースト名から職業がわかるほど、カーストが特定の職業とむすびついていることが多い。そしてカーストが親から子へつがれていく以上、原則として子は親の職業を代々ついでいくことになる。カーストと職業の密接な関係はとくに職人カーストに顕著にみられるが、いっぽう同じカーストに属しながら、別々の職業にたずさわる例もめずらしくない。そしてまた、各カースト間の社会的・経済的な互助的関係が、近代化の波にあらわれてくずれはじめた今日では、カーストと職業の関係はうすまりつつある。
IVカースト制度と近代インド
カーストは、インドの社会の安定要因として機能してきた一面もあるが、いっぽうでインド社会の近代化をさまたげる要因にもなっており、今日ではカースト間の障壁がしだいにとりのぞかれようとする方向にある。
イギリスがインドを植民地支配していた時代に、カースト制度の規制はかなり大きく緩和された。そして第2次世界大戦後の1947年、インドの独立とともに、憲法でカースト差別は禁止され、49年の議会で不可触民制の廃止も宣言された。その間、不可触民の解放を強く主張してインド社会に大きな影響力をもった人に、ガンディーと政治家・社会運動家のアンベードカルがいる。ガンディーは、不可触民にハリジャン(神の子)の名をあたえた(今日では、不可触民は公式には指定カーストとよばれている)。そうした動きにもかかわらず、そして地方と都市の差はあるものの、今なおカーストは日常生活の面で強固に生きつづけているのが実態である。
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バガバッドギーター Bhagavadgītā 
サンスクリットで書かれた詩編で、「神の歌」を意味する。叙事詩「マハーバーラタ」の第6巻にふくまれ、たんに「ギーター」ともいう。18章700詩よりなる。ほとんどのヒンドゥー教徒にとって、信仰生活の真髄となる聖典で、宗派をこえてとうとばれてきた。古来、インドのすぐれた思想家が「ギーター」の注釈書を書いてきた。インド国外にも大きな影響をあたえ、今なお新たに翻訳され、さまざまな解釈がされている。
内容は、クルクシェートラの聖なる戦地でバラタ族の大戦争がはじまろうとしているときに、御者の姿をしたビシュヌ神の化身クリシュナと人間の主人公アルジュナ王子とが対話する形式をとっている。アルジュナは、友や親類を敵としてたたかうことにためらっていることを打ちあける。それに対してクリシュナは、戦士である以上、敵とたたかい、殺すという自己の本分をつくすべきであると、アルジュナを鼓舞激励する。その過程でクリシュナは、個我の本質、最高神に到達する最適の方法を説明する。
「ギーター」は、アートマン(個我)の永遠不滅、アートマンとブラフマン(最高神)の合一輪廻の過程、自己の行為の結果にとらわれないことなど、多くの教えをまとめている。「ウパニシャッド」やサーンキヤ哲学の思想の影響がこい。精神的原理としてのプルシャ(純粋精神)と物質的原理としてのプラクリティ(根本原質)はたがいに補足しあって完全になるとしている。また万物はプラクリティから由来し、純質・激質・暗質という3つの構成要素よりなるとしている。
クリシュナは、自己犠牲と世俗的な義務という相反する要求を、ひとつにはバクティ(神への信愛)によって、ひとつには瞑想することと、行為の結果を考えずに私心をすてさることによって、調和させるのだと説いた。クリシュナは、一時的に世にもおそろしい終末の日の姿となってあらわれてから、ふたたび情深い人間の姿にもどるのである。
ヒンドゥー教の聖典『バガバッドギーター』から、第11~12章の一部を紹介する。クルクシェートラの大会戦がせまっているのに、戦士アルジュナは悲しみにうちひしがれ、戦意をうしなっていた。親族や友を敵にまわし、殺すことなどできないという。そんな彼の前に聖バガバッド(クリシュナ)があらわれる。クリシュナは戦意をうながすために宗教的な教説をくりかえし、やがてアルジュナの懇望にこたえて、みずからがビシュヌ神の権化であることをしめす。そして、最高の解脱の道が神へのバクティ(誠信)であることを説くのである。この物語の起源はクリシュナを崇拝するバーガバタ教団の聖典とされ、クリシュナをビシュヌの化身とすることで正統バラモン教のなかに吸収されていったと考えられている。
[出典]宇野惇訳『バガヴァッド・ギーター』(『世界の名著』1)、中央公論社、1969年
アルジュナはいった。  ジャナールダナ〔クリシュナ〕よ、おん身のこのやさしい人間の形相を見て、いまわたしは心が落ち着き、本来の自分にたちかえりました。  聖バガヴァットはいった。  おまえが見たこの形相〔ビシュヌ〕は、非常に見がたいものである。天神でさえ、この形相をつねに見たいと願っている。  ヴェーダによっても、苦行によっても、布施によっても、また祭祀(さいし)によっても、おまえが前に見たようなすがたのわたしを、見ることはできないのである。  しかしながら、アルジュナよ、ひたむきな誠信(バクティ)によって、このようなすがたのわたしを如実に知り、見、またわたしに帰入することができる。パランタパよ。  パーンドゥの子よ、わたしのために行為をなし、わたしに専念し、わたしに誠信をささげ、執着を離れ、一切万物に対して敵意のない者は、わたしのもとに到達する。  アルジュナはいった。  このようにたえずつとめて、誠信をささげておん身を信奉する者と、不滅の非顕現者(を信奉する者)のうちで、より実修(ヨーガ)に通暁した者はいずれでしょうか。  聖バガヴァットはいった。  意(マナス)をわたしに向け、つねに実修を修めて、最高の信心をそなえてわたしを信奉する者は、最もよく実修を修めた者と、わたしには考えられる。  しかしながら、不滅、不可表現、非顕現、あらゆる場所に遍満し、不可思議、不変、不動、永遠なものを信奉する者、  すべての感覚器官を抑制し、すべての対象を平等に見て、一切有情の利益を喜ぶ者、—彼らは必ずわたしのもとに到達する。  心を非顕現なものに専念させる者の苦労は、さらに大きい。なぜなら、非顕現なものの境涯は、肉体をもつ者には到達しがたいから。  これに対して、すべての行為をわたしにささげて、わたしに専念し、ひたむきな実修をもって、わたしを瞑想しながら信奉し、  心をわたしにのみ向ける者を、プリターの子よ、わたしは死の輪廻海から、ただちに救い出す。  心をわたしにのみ向けよ。理性をわたしに専念させよ。そのあとで、おまえはわたしのなかに宿ることになろう。(これについては)少しも疑いはない。  ダナンジャヤよ、もしおまえが確固としてわたしに心を集中できないなら、反復的心統一の実修によって、わたしのもとに到達するように望め。  もし、おまえが反復的心統一さえできないならば、わたしのための行為に専念せよ。わたしのための行為を行なうだけでも、おまえは完成に到達しうる。  もし、わたしへの誠信によりながら、これさえおまえにできないならば、自己〔心〕を統御して、あらゆる行為の結果を捨離せよ。  なぜなら、知識は反復的心統一よりすぐれ、瞑想は知識にまさり、行為の結果を捨離することは、瞑想よりすぐれ、捨離からただちに寂静が生ずるから。  すべての有情に対して憎しみをもたず、友情に富み、あわれみの情にあふれ、苦楽に対して心を等しく保ち、忍耐強く、利欲と我執を離れ、  つねに心が満ち足り、実修を行ない、心を統一し、強固な決意をもち、意と理性とをわたしに向け、誠信をささげる者、彼はわたしにとって愛しい者である。  世間からも嫌われず、また世間をもわずらわさず、喜びと怒りとおそれと悲しみを脱した者、彼はわたしにとって愛しい者である。  少しも期待をいだかず、清浄であって用意周到、公平であって動揺を離れ、すべての意図された行為を捨てて、わたしに誠信をささげる者、彼はわたしにとって愛しい者である。  喜ばず、憎まず、悲しまず、期待せず、善行・悪行を捨離して誠信をささげる者、彼はわたしにとって愛しい者である。  敵と友とに対して平等、名誉・不名誉とに対してもまた同じく、寒暑、苦楽に対して心を等しく保ち、執着を脱し、  非難と賞讃とを等しくみて、沈黙し、何ものにも満足し、住居(すまい)をもたず、堅固な心で、誠信をささげる者、彼はわたしにとって愛しい者である。  しかし、いままで述べた不死の(状態に到達させる)この正法を信奉し、信仰心をもってわたしに専念し、誠信をささげる者、彼はわたしにとってとくに愛しい者である。
訳(c)宇野ヒロミ
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マハーバーラタ Mahabharata 
サンスクリットで書かれた壮大な物語。「バラタ族の戦争をものがたる大史詩」の意。「ラーマーヤナ」とともに古代インドの2大叙事詩である。「マハーバーラタ」も「ラーマーヤナ」も、基本的には世俗的な作品であるが、両者は宗教儀式で朗唱され、聴衆には宗教的功徳がさずかると考えられている。

「マハーバーラタ」は、前10世紀ごろ北インドにおこった2大部族の争いが、吟遊詩人などによってかたりつたえられるうちにおびただしい補足がおこなわれて、4世紀ごろ現行のような形になったと思われる。全部で18巻からなり、10万頌(しょう:1頌は16音節2行)をこす長大なものである。

「マハーバーラタ」の中心テーマは、2つの王族の争いである。名門バラタ族の王子ドリターシュトラには100人の王子があり、カウラバとよばれていた。また弟王子パーンドゥには5人の王子があり、パーンダバとよばれていた。この両者が王国の所有をめぐってあらそい、結局パーンダバの一族が勝利する。

この物語を軸にしてさまざまな神話や伝説、宗教、風俗などがかたられる。とりわけ第6巻にある「バガバッドギーター(神の歌)」は、ビシュヌ神の8番目の化身であるクリシュナが、パーンダバ一族の英雄アルジュナと人生についてかたるもので、ヒンドゥー教の聖書ともされている。

このほか、貞女の物語「サービトリー物語」や、夫婦愛をうたった「ナラ王物語」などがよく知られており、「一角仙人物語」は歌舞伎の「鳴神」の原型といわれている。また、後世のいくつかの付録のひとつである「ハリ・バンシャ(ハリ神の系譜)」は、クリシュナの生活と家系を詳細に論じている。

「マハーバーラタ」がのちのインド文化にあたえた影響ははかり知れず、「マハーバーラタ」に材をとった文芸・美術作品は数多い。また東南アジア各地にも多大の影響をおよぼしている。

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ラーマーヤナ Ramayana サンスクリットで、「ラーマ王の物語」を意味する。マハーバーラタとともに古代インドの2大サンスクリット叙事詩である。「ラーマーヤナ」は7編、2万4000頌(1頌は16音節2行)からなる。古代の英雄ラーマ王の物語が、前数世紀ごろからひとつのまとまった形をとりはじめ、多くの追加や補足がなされて、おそらく3世紀ごろに現在の形になったものと思われる。とりわけ第1編と第7編は後世の付加と考えられるが、これにより物語としての体裁がいっそうととのえられた。

「ラーマーヤナ」は、王子でありビシュヌ神の第7番目の化身であるラーマの誕生と教育の物語である。文武にすぐれたラーマ王子は、美女シーターを妻とするが、継母に王位継承をさまたげられる。ラーマは追放の身となり、シーターと弟のラクシュマナをともなって森にはいり、悪魔を退治する。しかし魔王ラーバナににくまれ、幽閉される。ラーマは猿の将軍ハヌマットと、猿と熊の軍隊の助けによって、長い探索のすえ、ラーバナを殺害し妻シーターをすくいだす。ラーマは王位につき、善政をおこなうが、国民は幽閉中のシーターの貞節をうたがう。シーターは潔白であったが、ラーマとの間の双子の息子を、この作品の著者であるといわれているバールミーキ仙人にゆだね、大地にのまれて世を去る。ラーマもやがて王位をしりぞき、天界にのぼる。

「ラーマーヤナ」は基本的には世俗の作品であるが、聖なるベーダ文献(→ ベーダ)との多くの混合がみられる。ラーマ、シーター、ラクシュマナ、ハヌマットは、それぞれ王侯にふさわしいヒロイズム、妻にふさわしい献身、兄弟の献身、忠臣としての任務の理想的具現者として、ひろくあがめられている。「ラーマーヤナ」の朗唱は宗教的行為とみなされ、その叙事詩の場面はインドや東南アジアの各地で演劇化されている。翻訳や校訂本(もっとも有名な版は16世紀のヒンドゥー詩人トゥルシーダース版である)をとおしてひろく知られているので、「ラーマーヤナ」はのちのインド文学に大きな影響をおよぼした。

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文献
長尾雅人編『世界の名著 バラモン教典・原始仏典』中央公論社、1979年
マーガレット・シンプソン編著、菜畑めぶき訳『マハーバーラタ戦記』PHP出版2002年
河田清史著『ラーマーヤナ インド古典物語』(上)(下)レグレス文庫1・2、第三文明社、1971年
上村勝彦訳『バガヴァット・ギーター』岩波文庫、1992年
上村勝彦著『バガヴァット・ギーターの世界 ヒンドゥー教の救済』ちくま学芸文庫、筑摩書店、2007年
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by takumi429 | 2013-06-10 08:42 | ヴェーバー宗教社会学講義 | Comments(0)

8.『儒教と道教』

8.『儒教と道教』
初版の雑誌掲載時の題名は『儒教』。官僚精神の典型である儒教を批判することで、官僚精神を批判することをねらった論文。儒教だけでなく道教を付け足したのは、正統と異端の両方をそろえるため。正統たる儒教だけでなく、異端たる道教も、呪術的世界を廃棄するどころか、助長し、呪術的世界そのものとなってしまったことを明らかにしている。

まずは中国史をざっとさらってみよう。

中国史年表

王朝・時代名       ポイント
殷    前16-11世紀   神権政治 王の卜占(甲骨文字)人身供養 羌族を捧げる
周 西周 前11世紀-B.C.771  封建制(各地に王族・諸侯を配置して支配させる)
  東周 B.C.770-256
春秋時代   770-476  都市発展時代 鉄器による飛躍的農業生産増大 孔子・墨子
戦国時代   475-221                        諸子百家
秦      221-206  始皇帝 家産制(国家を皇帝の家産として支配する)の始まり
前漢     202-A.D.8
新    A.D.8-23     儒教の官学化 体制を正当化するものであって行政の指 針とはならず
後漢     25-220   黄巾の乱184 ← 太平道(道教の一派) 華北・華中の人口激減
三国時代   220-280  北族(北夷)の流入
普      256-316
五胡十六国  316-439  遊牧民族の中国北部への流入・占拠
南北朝時代  439-589  
隋      581-618  新たな北族の勝利   選挙の制
唐      618-907             科挙の制
五代     907-960
北宋     960-1127  王安石の改革1069-76 科挙制度完備
南宋     1127-1279   士大夫 官僚=大地主=豪商の三位一体  朱子学の誕生
元      1271-1368  塩引(えんいん)(専売の塩の引換券)と商税(間接税)による財政 紙幣の発行
              ラマ教(チベット仏教)の王宮席巻
              紅巾の乱1351-66 ← 白蓮教(終末論的宗教結社)
明      1368-1644  漢人王朝 「海禁」朝貢外交への後戻り 宦官の暗躍
清      1644-1912  女真族支配 アヘン戦争1840-2 
              太平天国の乱1851-64(拝上帝会←キリスト教の影響)
中華民国   1912-
中華人民共和国1947-

ヴェーバーの世界史認識で特徴的なのは、封建制と家産制の区別です。
封建制(ヨーロッパのみに起きた)
 君主と騎士との間の自由な契約関係
 関係の隙間をぬって、誓約共同体としての自治都市が生まれ、ブルジョワジーと資本主義が孕まれた。

家産制国家
 国家は王や皇帝の家の財産の拡大とされた

中国では科挙制度によって、皇帝と対抗する貴族や領主が育たず、皇帝権力におもねることで、官僚利権をもとめる士大夫たちが育った。
官僚は基本的にほとんど無給だった(あるいはあっても薄給だった)。通貨の不足・取引の手間が大きすぎるため、税収をいったん国庫に納めてから官僚の給料が払われるのではなく、現地で徴収した税を一部だけを中央に上納して残りを公然と着服した。
3年ごとに任地を移動する。現場の実務は地方の実務官僚(「胥吏」しょり)が担った。
科挙制度によって、官僚は建前としてあらゆる階層から抜擢され、皇帝の臣下となるとされた。実際には富裕な「士大夫」とよばれる、官僚と土地所有者と商人の三位一体の階級が形成されていった。しかし皇帝に対抗する勢力とはならずあくまでも皇帝とその帝国に寄生する知識人=有力者でしかなかった。
科挙制度で重視されたのは、専門知識ではなく、詩作と文章の巧みさと儒教知識の豊富さだった。
試験の席次は発表され、とくに「殿試」での席次(トップは「状元」)はその後の出世のコースを決めた。

こうした経済・政治状況にたいして、中国の宗教・思想は、適応するだけで何ら変えることはなかった(現世適応)

儒家 人間関係調節的な教えの羅列 冠婚葬祭の集団(「葬式屋」)
 孔子 冠婚葬祭の時の音楽の調和を人間関係にあてはめていった?
   「仁」(人が二人):人間関係のみごとな調和
   「礼」:乱れのない人間関係の遂行 祭儀の破綻のない遂行
墨家 上帝(人格神)の下の平等を主張 防衛戦専門の戦争請負人集団(「工兵」)
 墨子 工具としての規矩準縄(きくじゅんじょう)(規はコンパス,矩は直角定規のことで,それぞれ円形と方形を作り出すための器具。準は水準器,縄は下げ振り縄のことで,それぞれ水平と垂直を作り出すための器具)から思索をめぐらす。とくに「準」(水準器)から平等論を発想している?

儒教は宗教的なことにはまるで言及しない(「鬼神を語らず」)。

荘子・老子 規則としての礼重視の儒家批判。「道(タオ)」の原理を主張。
      「道」(あらゆる現象に先立ち、その背後にあって、この世界を支配している原理)

道教 中国古来からある呪術的自然信仰
   現世の御利益(ごりやく)、とりわけ不老不死をもとめる。
  老子を教祖にし、仏教との対抗意識から体系化
  陰陽と5行(木・火・土・金・水)による循環原理

朱子学 道教の影響の下、理(世界の形成原理)と気(世界の実質原理)の絡み合いから世界を説明。
    理は人間に内在して性となり、仁義礼知となって発現して国家・社会にひろがっていく。
    儒教の古典を「四書五経」として整理。科挙試験の内容となって思想界を支配。

世俗適応の官僚の精神(儒教)は、現実的な合理主義にみえるが、呪術的な世界を放置したため、それは「呪術の森」たる道教となって肥大化して、中国民衆の世界を支配している。呪術からの解放(脱呪術化)は、現実適合の思想ではなく、宗教的な先鋭な思考による変革なくしては行われないのである。

参考文献
宮崎市定『科挙 中国の試験地獄』中公新書15(1963年)
平山茂樹『科挙と官僚制』山川出版社(1997年)
宮崎市定『科挙史』東洋文庫470(1987年)
岡田英弘『中国文明の歴史』講談社現代新書1761(2004年)
杉山正明『モンゴル帝国の興亡』講談社現代新書1306・1307(1996年)
森三樹三郎『中国思想史』レグルス文庫 第三文明社(1978年)
アンヌ・チャン『中国思想史』知泉書房2010年
鯖田豊之『ヨーロッパ封建都市』講談社学術文庫1156
窪徳忠『道教の世界』学生社1987年
ヴァンサン・ゴーセール、カロリーヌ・ジス『道教の世界 宇宙の仕組みと不老不死』知の再発見双書150(2011年)
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by takumi429 | 2013-06-03 08:09 | ヴェーバー宗教社会学講義 | Comments(0)