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補.世界システムの形成としての近代

11.世界システムの形成としての近代

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 一杯の紅茶から
 イギリスと言えば、食事が美味しくないので有名です。あえて反語的に『イギリスはおいしい』(林望)という題をつけた本がありますが、あれはわざとそういう題をつけたのであって、そうい題をつけるのが意味があるほど、イギリスはまずい、というのが常識なわけで。
 でもなぜか、紅茶とそれと一緒にでてくる食べ物はおいしくて、さらに茶器なども立派です。ハイティーとかアフタヌーン・ティーと呼ばれる、ポットの紅茶と一緒に三段重ねで出てくる、スコーンやサンドイッチやケーキのセットは、見ているだけで心躍るものがあります。きれいな陶磁器のカップに、紅茶を注ぎ、お砂糖をいれ、食べ物をつまみながら、飲むのは、ほんとうに至福の時間と言ってもいいかもしれません。
  紅茶は最初は中国から、のちにはインドから、はるばる海を渡ってイギリスに来たものですし、砂糖は現在のアメリカ合衆国の南のカリブ海に浮かぶ島から来たものですし、陶磁器は英語でチャイナというぐらいですから、元来は中国から渡来したものです。こうして、一杯の紅茶に、西と東の物産が、イギリスで出会っているわけです。
 イギリスで紅茶を飲むのが一般になったのは19世紀からだそうです。では19世紀のイギリスでなぜ、こんな東西の産物の出会いである、砂糖入り紅茶が飲めたのでしょうか。
 川北稔さんの名著『砂糖の世界史』が解き明かしてくれるのはこのことです。答えは、簡単にいえば、19世紀、西と東の世界はイギリスを中心とした1つの経済世界を形成していたから、です。
 15世紀末ヨーロッパ人が「発見」した新大陸では、原住民は虐殺と伝染病で壊滅させられました。そこへアフリカから連れてこられた黒人奴隷がプランテーションで働かされて、砂糖・タバコ・綿花などの、の産物がヨーロッパにもたらされました。どこでも求められる「世界商品」として砂糖やカカオやタバコなどをうることで、新大陸のプランテーションの経営者たちは巨万の富を本国にもたらしました。そして流行により「世界商品」となった綿製品を作るために、新大陸から来る綿花を綿製品にする綿工業がイギリスで発展し、こうして産業革命が起きたのです。
 こうして新大陸の「発見」の後、16世紀から、世界が1つの経済的世界を形成していったのだ、と提唱するのが、「近代世界システム論」(theory of the modern world-system)です。川北稔さんの本はこの理論に基いているのです。
 この理論はアメリカの社会学者ウォラーステイン Immanuel Wallerstein らが1970年代半から提唱しています。この説では、近代世界が経済的には単一の,グローバルな分業体制に覆われており,諸国の経済は,この世界システムの構成要素としてしか機能しえない、とされます。
 この説は画期的な目の覚めるような理論だったのですが、どこが画期的だたのか、これまた川北稔さんの、ウォーラーステインの『近代世界システムⅣ』の訳者解説に基いて、みてみることにしましょう。

 経済発展はゴールにむかう駆けっこレース?
 経済発展についての理論では、それまで「一国発展段階論」が支配的でした。これは、単一の発展段階論を前提とする一国史観でした。つまり経済を一つ一つの国を単位にして見ていたのです。すべての国の経済は、大きなタイム・ラグを含みつつ,いずれは封建社会から近代資本主義社会へ移行していくというものです。たとえて言うなら、国々はそれぞれ距離走のランナーで、早いランナーはすでに近代資本主義のゴールに到達している、遅いランナーの頑張って走れば、いずれはこのゴールにたどり着く、というわけです。
 「プロテスタンティズムのテーゼ」
 ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』もこの理論で解釈されがちでした。ですから、西洋で資本主義が成立した。日本も資本主義化した。だから、日本にもプロテスタンティズムとおんなじような倫理があったにちがいない、あるいは、また遅れたアジアの諸国も西洋のようなプロテスタンティズムの倫理に似た倫理を持てば資本主義化できるのだ、というのです。まるでプロテスタンティズムを資本主義になるための薬みたいにとらえる考えです。
 ヴェーバー自身は、こうした資本主義化のドリンク剤みたいなプロテスタンティズムのとらえ方をしていたわけではありません。『ヒンズー教と仏教』で資本主義化に成功した日本について言及している箇所があるのですが、そこでは、諸外国が資本主義化していてそれに適応せざるをえなかっただけだと、みょうに冷たいのです。「適合」ではなく、これまでの世界を否定して自分の理念で支配していく(世界支配)というのがヴェーバーがもっとも重視した宗教理念のあり方で、彼がプロテスタンティズムにみたのはそうした精神のありようでした。後からみんなに合わせて資本主義化するのに、そうした誇り高い精神など必要ではない、そうヴェーバーは考えていたのです。資本主義化にはプロテスタンティズムが必要、というのは「プロテスタンティズムのテーゼ」といって公式のようにいわれることがありますが、じつはそれはヴェーバーの本意とはまったく別物です。

 「従属理論」
 さて、「一国発展段階論」は駆けっこレースのような経済発展のとらえ方でしたが、はたしてこれは真相をついているでしょうか。むしろ、経済というのは激しい格闘技のようなもので、相手の首根っこをおさえつけてのし上がった者が勝者となって、おいしいとこ取りしている、というイメージの方が、より的をえているのではないでしょうか。
 第三世界の歴史の研究で、 A. G. フランクや S. アミンらは「従属」派という人びとが言い出したのはこうしたイメージによる経済発展論です。つまり、資本主義というはもともと、独占的なものであり、まわりの地域から経済的な余剰を奪い取ることで、中枢の国の経済が発展し、その結果、まわりの周辺国が、「低開発」の状態にさせられたのだ、というのです。
 たとえば、イギリスの資本主義化は、新大陸での奴隷労働による生産物を安く輸入することができたからであって、その結果として、新大陸はプランテーションの農業国になってしまいました。
 資本主義の国々が、低開発の国々に、「がんばってここまでおいでよ」と言うが、「俺たちの国や地域が『低開発』になったのはおまえのせいだろう!」と言い返したわけです。
 さて、この理論では、資本主義と「低開発」とセットになって、相互に作用しあっています。たとえば、産業革命の時のイギリスの資本主義は、新大陸のプランテーションの綿花栽培、打倒目標であったインドの綿工業、近隣諸国からの農産物の輸入、などなどいう世界的な経済の絡み合いのなかで生まれてきたものです。
 こうしたさまざまな要素が相互に働きあって、一種の化学反応(ケミストリー)を起こし、ただあつめた以上のなにものかになる(これを「創発特性」をもつといいます)時、それは「システム」とよばれます。新大陸「発見」以降、ヨーロッパを中心としてアフリカ・アメリカを巻き込んだ経済のシステムがうまれ、それはその後、アジアも巻き込んでいったのです。
 こうした世界規模の経済のまとまりをフランスの歴史家 F.ブローデルは「経済世界」とよびました。ウォーラーステインはこの見方を踏襲して、16世紀以降生まれた世界規模の経済を「近代世界システム」と呼んだのです。

 近代世界システム
 ウォーラーステインによれば、大航海時代(15-17世紀、西欧人が新航路・新大陸を発見した時代)以後の世界は、ひとつの世界システムを形成しました。それは銀などの貨幣素材、砂糖、茶、ゴム、石油などの換金できる作物や製品などの大規模な分業システムとして成立しました。
 機能分化
 このシステムの内部の機能分化(はたらきのちがい)がうまれました。
〈中核〉地域は、自由な賃金労働を主体とする、地域です。それに対して、〈周辺〉は、これまでの歴史で何らかの〈強制〉労働が中心となってきました。さらに、中核のまわりには、〈半周辺〉その中間的な地域があります。
 近代世界システムは、新大陸の発見された後の16世紀に成立しました。この時の「中核」は、西欧です。「周辺」には、東欧やラテンアメリカがあたります。東欧ではいったん消えていた農奴制(農民を土地にしばりつけてはたらかせる制度)が復活します。これを「再版農奴制」といいます。ラテン・アメリカでは、人と土地を一括して委託するエンコミエンダ制度や黒人などの連れてきて家畜のようにはたらかせる奴隷制がうまれました。「半周辺」にあたる南欧では、地主と小作農民とが収穫物を半々に分け合う「折半小作制度」がうまれました。
 中核―周辺関係
〈中核〉は不等価交換などを通じてたえず〈周辺〉の経済的余剰を搾取します。これが、近代資本主義世界の根幹をなす構造で、つねに再生産され,解消されることはないんです。また個々の地域や国家がこのシステムの中での位置を変えることはあっても,すべての国が〈中核〉(つまり〈先進国〉)になることはありえないのです。
 世界システムは,つねに従属地域,つまり〈周辺〉を必要とするのです。

 ヘゲモニー国家
 中核諸国の中でも,時として際立って経済力を強めた結果,システム全体のヘゲモニー(主導権)を握る国を「ヘゲモニー国家」と呼びます。17世紀のオランダ、19世紀のイギリス、20世紀のアメリカ合衆国、がそれにあたります。

 強制的労働の正当化の論理としての「人種」・「民族」
〈周辺〉では、生産に従事する低廉な労働力の確保のための経済外的な強制
 が行使されます。それを正当化するための〈人種〉や〈民族〉の人為的に捏造されました。
 たとえば、アフリカ人の奴隷制や、中国人などのクーリー(苦役人)制度、アパルトヘイト(南アフリカの有色人種差別政策)などにこうした、「人種」による差別の正当化がみられました。
 同時に、世界システムの〈中核〉である西欧では、民族による〈国民国家〉の理念が標榜されました。
 
 対抗の論理としての「人種」・「民族」
 本来は擬制的につくられた〈周辺〉の〈民族〉や〈国民〉が,〈周辺〉の〈中核〉に対する対抗手段として積極的な意味をもちはじめた。「黒人人種」の名の下による連帯や独立や「アメリカ人」の名の下による新大陸ので独立などがその例です。
 
 世界システムの転換期としての現代
 ウォーラーステインによれば、現代世界はアメリカのヘゲモニーの衰退過程にあります。つぎのヘゲモニーはどこが担うのか、まだ見えていない状況です。


http://democracynow.jp/video/tag-ショックドクトリン
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by takumi429 | 2013-12-08 08:11 | 社会学史 | Comments(1)