6bis  形式合理性とは

形式合理性とはなにか。
マルクスは、使用価値と交換価値という価値の2類型を資本論で提示した。しかし、交換価値に、マルクスはすかさず労働価値というしっぽをつけて、その内容を埋めようとした。
しかし生産現場(過程)と市場(交換過程)という2つのシステムがあり、そのシステムのおける交換比率の差異こそ、利潤を生み出すものであったはずである。交換過程(市場)における価格(交換価値)は、労働を製品の込める生産過程とは違うシステムのなかにある。市場においての価格は受容と供給の均衡によって決まる。商品交換を媒介する貨幣の登場によって交換は柔軟でより広がりのあるものとなった。
ジンメルは『貨幣の哲学』で、貨幣を労働価値説ではなく、人間の社会関係から説明しようとした。ジンメルによれば、貨幣を交換関係の結晶化した形式である。この書で、彼は、商品交換を媒介する貨幣の出現とその社会への影響を考察した。
初版を読んだヴェーバーは、この書の最終章にみられる、貨幣の近代社会への影響の考察を光輝あるものとみなした。大都市に典型的にみられる近代社会に対する貨幣という社会関係の形式の影響の大きさに注目した。
ヴェーバーは『貨幣の哲学』第2版が出版されると、この書を「をていねいに読み込むことで、(交換的)社会関係の「形式」(結晶体)である貨幣が、それぞれ商品の価値に対応しているのではなくて、むしろ、その商品がその商品体系のおいて占める比例(関係値)にたいして、貨幣の体系のおいておなじ比例(関係値)をもつ貨幣が対応する(ある品物Wがいくらの貨幣値段Gである、W=Gとされる)ことに着目する。商品を貨幣に代える、または貨幣を商品に代えるときにあらわれる等号は、個別の商品と貨幣についての等号ではなく、その商品と貨幣がそれぞれが属する商品システムと貨幣システムの中で占めている位置価の間に成立している等号なのである。つまり要素と要素の対応ではなく、システム内の位置価とシステム内の位置価との対応なのである。
貨幣が閉じたシステムを成していて、そのシステム内部での位置価でもって、貨幣システムの外(のシステム)のものに対応している、それが交換関係の結晶化として「形式」たる貨幣の、たどり着いた形であること、そしてそのシステム内での位置価は、もっぱら比例(ratio)によって表現されること。これがヴェーバーの考察の出発点となった。
 この出発点から、もっぱらある完結したシステム内部での比例によるシステム構造の構築されていく様のモデルケースとして選ばれたのが、音階であった。音階の分解を比例(有理数rational number)によって完成しようとする試みは結局成功せず、そこで導入されたのは無理数(irrational number非合理数)具体的には2の12乗根による音階分節であった。この非合理的な数(無理数)の導入によって平均律音階は完成し、さまざまな調の音を、異名同音として等号(=)で等しい音だとして扱うことができ、その結果、調から調への転調が可能となった。ここにヴェーバーは、貨幣形式の成立によって交換が用意に広汎に可能になった近代の現象と同様のものを見出した。ただし、ここの自律した平均律音階は、比例(合理数)ではなくによる構成は放棄され、無理数(非合理数)によって構成されている。個々のの基音(はじめてのドにあたる音)からの比例による音階構成は放棄され、無理数で構成された音が、多少のズレを含むにもかかわらず、同じ音として処理される。
 ジンメルが比例(合理)によってできているとおもった形式のシステムは、じつは非合理を使うことではじめて完結する。そしてそれは個々の対応を一旦断念して、システムとしての完結をしたうえで、ようやく外のものへと対応できるのである。
 この個々のものへの合理的(比例的)な対応を断念することではじめて問題を解決して完成できた体系として、ロマネスク様式の教会建築(正方形と円形アーチの組み合わせで作る)にたいするゴチック建築(長方形と尖ったアーチを使用する)や遠近法などの芸術形式をヴェーバーは考えていた。
 しかしもっと彼が重視したのは、法体系である。Aの人をあやめた事件と、Bのなぶり殺しの事件を、いったん法体系における「殺人」というもので等しいものとする(=をつける)、そのうえで差異を考慮する、という法体系のありかたは、まさに、Aという商品とBという商品を、「100円」とすることで等しいものとする貨幣体系と、パラレルなものとしてヴェーバーには映っていたのだ。もちろん、細かな差、ずれ、違和感はある。しかしそうした差やズレにいった目をつぶって、体系の内部での位置価を対応させることで、はじめて、広汎で平等な処理ができる。ちょうど平均律音階のもとに近代の西洋音楽が展開されていったように。
 このようにその内部にズレ(非合理性)をはらみながらも、完結した体系としてそびえ立ち、閉じた自律的体系として、個別的でなく、関係の内部での位置価でもって、外部に対応する、そうした合理性をヴェーバーは、(そのアイディアのもとになったジンメルの「形式」にちなんで)、「形式合理性」と呼んだのである。
 この形式合理性が支配する組織が、法文によって動く、官僚制にほかならない。それは、西洋時計や平均律音階で調律されたピアノと同じように、閉じているシステムだからこそ、さまざまなものに対応できる装置にほかならないのです。(この閉じたシステムによる外部対応、という考え方はルーマンの『法社会学』第二版序文を参照)。
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# by takumi429 | 2016-05-26 21:51 | 社会学史 | Comments(0)

金色夜叉 あらすじ


金色夜叉(こんじきやしゃ)

尾崎紅葉が書いた明治時代の代表的な小説。

読売新聞に1897年(明治30年)1月1日 - 1902年5月11日まで連載。

作者が逝去したため未完。


前編

15歳で両親に死に別れた、間貫一(はざまかんいち)は、鴫沢(しぎさわ)家に引き取られ育ててもらい、高等中学生(ほぼ自動的に東大生になれる)となる。大学を卒業し学士となったら、鴫沢家の娘、宮、と結婚し、鴫沢家を継ぐとの約束である。

しかし、300円のダイヤモンドの指輪が自慢の大富豪の富山唯継は、かるた会で宮を見染め嫁に求め、鴫沢夫婦も宮もそれを了承する。

鴫沢隆三が宮をあきらめるよう貫一を説得するあいだ、宮と母親は熱海に来ている。そこへ富山がやって来て宮を散歩に誘う。ところがそこへ貫一もやって来たので、富山は東京に帰る(前編第7章)。夜となって熱海の海岸で、貫一は宮をなじり、翻意を乞うが、宮は富山と結婚する気であることを知り、宮を蹴飛ばす(第8章)。貫一はそのまま出奔する。
朗読https://www.youtube.com/watch?v=Nt2yBCJdRAQ

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中編

4年後、新橋のステーションから、貫一の親友で卒業のして法学士となった荒雄は愛知県参事官として赴任しようとしている。友人4人が見送りに来て話が盛り上がる。赤樫という60過ぎの高利貸しのところに借金のかたに奉公しているうちに手をつけられ妻にされ、いまはやり手となった「美人クリーム」とあだ名される美人高利貸し(満江)の話で盛り上がる(「高利貸し」(氷菓子)をもじったシャレ)。途中、荒雄は貫一を見かけたように思うのだが、すぐに姿はみえなくなる。

じつは、貫一は親友の旅立ちを見送りに来ていたのだが、気づかれまいと身を隠したである。貫一は鴫沢家を出てから、高利貸し鰐淵(わにぶち)の手代となって働いているのだった。赤樫満江はそんな貫一に独立を援助すると言う。わけは貫一にぞっこんだからというのである。宮に裏切られた貫一は女には興味がないと答える。

いまは、富山宮子となったお宮は、夫には愛情を持てず、産んだ子にすぐに死なれ虚しい生活を送っている。ある日、夫に連れられて田鶴見子爵邸を訪れる。子爵の双眼鏡というものをのぞかせてもらっている宮は、離れに貫一を見つける。じつは子爵は裏で高利貸しに資金援助をしており、そのため貫一が来ていたのである。すれ違いざまに二人は4年ぶりの再会をする。直後、写真撮影の途中で宮は気を失い倒れる。

他方、深夜、片側町の坂町の暗い道で、貫一は恨みをもつ2人組に襲われ、重症を負う。

後編

貫一の遭難は新聞に報道される。入院中の貫一を満江は頻繁に訪れている。そこへ貫一の育ての親ともいえる鴫沢隆三がやってくるが、貫一は顔を合わそうとはしない。

貫一の留守の間に、鰐淵の家に、鰐淵によって息子雅之が連帯保証人の公文書偽造の罪に落とし込められて刑務所にいれられた老女が、毎日のようにやって来て鰐淵の首を寄こせと言う。ある風の強い日、今日はあの気違いが来なかったと、安心して夫婦が寝込んだ夜に、老女の放火によって鰐淵の家は焼失し、夫婦は焼死する。


続金色夜叉

あいかわらず高利貸しをしている貫一は、義理ある人のために職を失い借金を背負った荒雄に会う。その後、荒雄が来たと言うので、迎えると、それは、久しぶりに会うお宮だった。お宮は自分の罪をわびるが貫一は許さない。お宮は貫一にすがりつく。そこに満江がやって来て、騒動となる。その夜、貫一は、お宮が自害して自分も死ぬ、夢をみて目が覚める。

続続金色夜叉

気分転換に那須に行った貫一はそこで借金のための心中しようとする男女を助ける。じつは、二人は、富山唯継に身請けされそうになった、お静と、それを救おうと大変な借金をせおってしまった狭山であった。貫一は二人の借財を代わりに払い、二人を引き取る。


新続金色夜叉

物語は、いきなり、お宮が貫一に宛てた候文の長い手紙の文章で始まる。お宮は後悔し許しを乞う。助けた男女を使用人にしている貫一は、お宮の手紙を読みながら思案に暮れる。さらにお宮の手紙が来て、お宮は自責の念から自分は死につつあるという(ここで作者の死により絶筆)。



金色夜叉 終篇 小栗風葉作 (1906年明治39年新潮社)
放火で死んだ鰐淵の息子直道と荒尾譲介の助言により、間貫一は高利貸しを辞める決意をする。一方、富山唯継は赤坂の10代の芸者を身請け新聞に報道される。富山との不仲と貫一への思いに、ついにお宮は発狂し、小石川脳病院に入院する。貫一の名だけをくり返し、自殺も試みるお宮を見た父隆三は、貫一にお宮に会ってもらうために、荒尾に間に立ってもらうよう頼み込む。唯継は宮のいなくなった本宅に見受けした芸者を入れ、ついに宮は離縁する。人妻に友を会わすわけにはいかないとしていた荒尾も、離縁したならばと、貫一にお宮に会うよう助言する。正気と狂気の間をさまようお宮は、一瞬正気にかえって貫一の名を呼び、貫一はお宮を許す。高利貸しで得た金で、貫一は荒尾の借金を返し、さらにフランスに洋行させる。さらに放火した老女の息子、飽浦雅之と、彼が公文書偽造罪で刑務所に入っていたために親がゆるさないために結婚できないお鈴、二人を、荒尾と同じ船で中国に駆け落ちせてやる。また残りの金は、直道が属する地学会の奨学金基金となった。高利貸しの夫の死により解放された赤樫満江も荒尾の待つパリへと旅立つ。貫一はまだ正気にもどらぬお宮と思い出の熱海の地で二人っきりで静かに暮
らす。


明治時代の1円はいまの2万円ぐらいか(http://manabow.com/zatsugaku/column06/ 2016年5月19日)
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# by takumi429 | 2016-05-19 07:35 | 社会学史 | Comments(0)

5.貨幣支配の時代としての近代 漱石とジンメル

5.貨幣支配の時代としての近代 漱石とジンメル

 前回は、マルクスのいう下部構造である資本主義の生産様式が、上部構造である宗教の影響をむしろうけて発展したというヴェーバーWeberの学説をみました。

 今回は、マルクスがいう貨幣によってあらゆるものが商品化された社会のありようを、ある小説と社会学者ジンメルの著作で考えていきたいと思います。
 さて本日とりあげるのは、夏目漱石の『虞美人草』です。
(1)『虞美人草』:商品としての女
『虞美人草』の系図関係 (点線は許嫁関係 破線は藤尾の欲望と逸脱)
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 この小説は、一言でいえば、藤尾という名の女をめぐるお話です。
甲野藤尾(こうのふじお)は24歳、女学校出の美人です。彼女には腹違いの兄、甲野欽吾(きんご)がいます。欽吾の友人にはおなじく東京大学を出て、外交官試験のために浪人している、従兄弟の宗近一(むねちかはじめ)がいます。宗近一(はじめ)には妹の宗近糸子(いとこ)がおり、裁縫を好む家庭的な女です。(主人公のいとこの名前を「糸子」と名付け、糸をつかう裁縫が好きという人物に、宗近家の長男を「一(はじめ)」と名付けたりして、夏目先生、美文調の裏で、けっこういい加減な書きぶりです)。
藤尾は父親の金時計を気に入っており、いつも玩具にしていました。この接触により、「金時計」は「藤尾」の身代わり(隠喩)になります。この小説世界のなかで「金時計」は一貫して「藤尾」と一体のものとして語られます。
生前、藤尾の父はこの「金時計」をやると、宗近一に言っていました(『夏目漱石全集4』ちくま文庫69-70頁)。藤尾を意味する「金時計」を宗近一にやるということは、藤尾を一(はじめ)にやることでもあります(同138頁)。ですから藤尾は宗近家の嫁に行くものと思われていました。
 また宗近の父は娘の糸子(いとこ)をいとこの甲野欽五の嫁にやろうと考えており、糸子もそれを意識しています。つまり甲野家と宗近家は、相互に娘を嫁にやる予定だったのです。
 レヴィ=ストロースによれば、婚姻関係は「女」という物を贈与する関係と見ることができます。ここでは甲野家と宗近家が娘を相互に贈与しあっています。つま両家の関係は、レヴィ=ストロースの用語で言えば、「限定交換」がおこなわれる、そうした閉じた関係だったわけです。
 しかし欽五の父が外地で急死することで、事態は急変します。藤尾の母は、実の子ではない欽吾が、自分のめんどうを見てくれるか不安です。ですからできれば欽吾を追い出して、藤尾に婿を取らせて自分の立場を安定させたいと考えています。継母の押し殺した強欲さにへきへきとした欽吾「色の世界」(仏教用語での物質世界)を嫌悪し嘔吐する欽吾は哲学の世界に逃避しようとしてしています。
 ここで藤尾の花婿の候補として浮かび上がったのが、小野清三です。小野は東京大学を優秀な成績で卒業し、恩賜の銀時計をもらい、さらに博士論文を執筆中です。藤尾の母は小野に藤尾の英語をみてもらうようにし、両者を結びつけようと画策しています。つまり実の娘をできるだけ高く売ろうとしているわけです。
 小野は京都で井上孤堂という先生の世話をうけており、そのかわり井上先生の娘、小夜子の将来の夫となることを約束していました。しかし東京に出て、銀時計を獲得した今、小野はさらに博士となって金時計たる藤尾を獲得したいという欲望をもっています(同106,154頁)。
 藤尾をできるだけ高く売りつけたいという藤尾の母の欲望と、美しい才媛である自分にふさわしい趣味のある男と結ばれたいと思う藤尾の欲望は、安定した女の交換関係を突き崩してします。宗近一は藤尾をもらえず、また甲野家を出ると甲賀欽吾は宗近糸子を伊賀家の嫁にもらうわけにはいきません。また小野は藤尾を獲得するために井上小夜子を棄てるようとします。
 安定した婚姻の関係のなかでは、藤尾も、糸子とおなじく、家から家へと贈与されるものでした。しかし自分にふさわしい(等価な)相手を求めたり、できるだけ高く買われることを望むんだ結果、藤尾は一種の「商品」へと変わります。
 それだけではありません。かつては藤尾は宗近家へ贈られる品物でした。しかし藤尾の母は、藤尾(金時計)をつかって将来の博士(小野)を婿にもらう(買い取ろう)とします。ここにいたって、藤尾は贈与物から商品へ、さらに「金」(かね)という特殊な商品(貨幣)へと変身しました。
 作家夏目金之助(漱石)はこの藤尾という女(特殊な商品)のふるまいに、断固たる鉄槌を喰らわせようとします 。小説の終盤で、藤尾に見限られたため逆に自由になった宗近一(はじめ)の活躍により、小野と小夜子が、さらに甲野金吾と糸子が元のさやにおさまり。小野を奪われた藤尾は宗近一に金時計を渡しますが、宗近一は金時計を大理石にたたきつけ壊します。自分と一心同体の金時計が破壊されると、藤尾は倒れ、結果、死んでしまうのでした。

注 明治四十年(一九〇七)七月十九日漱石は小宮豊隆に宛てて、「『處美人草』は毎日かいている。藤尾という女にそんな同情をもってはいけない。あれは嫌な女だ。詩的であるが大人しくない。徳義心が欠乏した女である。あいつをしまいに殺すのがー篇の主意である。うまく殺せなければ助けてやる。しかし 助かればなおなお藤尾なるものは駄目な人間になる。最後に哲学をつける。この哲学は一つのセオリーである。僕はこのセオリーを説明するために全篇をいているのである。」と書ている。(小宮豊隆著『夏目漱石』(中)岩波文庫1987年299頁)

 ところで藤尾と同一視される「金時計」はいかなる意味をもつのでしょうか。小野にとってはそれは恩賜の銀時計のさらにさきにある出世の象徴です。さらに「金」は貨幣(金)を意味します。「時計」はどうでしょうか。「時計」は近代的な時間を意味します。それは労働を測定しその価値を計ります。ですから「時は金なり」です。またそれは一国の共通時間を意味します。日の出、日の入りを「明け六」、「暮れ六」と呼んでいる、地域により、季節によって異なる時間ではなく、社会全般をおおう「普遍的な」時間です。
 この「金=時計」の死によって、自然な時間、つつましく自然な欲求と交換の世界がよみがえり、秩序は回復されるのです。
 ところで、この小説では京都と東京は対照的な世界として設定されているように思われます。すなわち、京都は納まるべきものが納まるべき所に納まっている世界であり、東京は固定した関係が流動化し、絶えず新たな欲望が喚起される世界です。こうした「文明」の世界の典型としてこの小説にとりあげられているのが連載当時開催されていた、東京勧業博覧会(明治40 (1907)年)です。
「蟻は甘きに集まり、人は新しきに集まる。文明の民は激烈なる生存のうちに無聊をかこつ。・・・文明の民ほど自己の活動を誇るものなく、文明の民ほど自分の沈滞に苦しむものはない。文明は人の神経を髪剃に削って、人の神経を擂木と鈍くする。刺激に麻痺して、しかも刺激に渇くものは数を尽くして新しき博覧会に集まる。・・・蛾は灯にに集まり、人は電光に集まる。・・・昼を短しとする文明の民の夜会には、あらわなる肌に鏤たる宝石が独り幅を利かす。金剛石は人の心を奪うが故に人の心よりも高価である。泥海に落つる星の影は、影ながら瓦よりも鮮やかに、見るものの胸に閃く。閃く影に躍る善男子、善女子は家を空しゅうしてイルミネーションに集まる・・・」(190-1頁)
 東京勧業博覧会では、不忍池に建てられたパビリオンはその見事な電飾で多くの観客を集めていました。この小説ではそれを舞台にして描いています。
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「・・・イルミネーションは点いた。
『あら』と糸子が云う。
「夜の世界は昼の世界より美しい事」と藤尾が云う。」(同194頁)

「空より水の方が綺麗よ」と糸子が突然注意した。・・・イルミネーションは高い影を逆まにして、二丁余の岸を、尺も残さず真赤になってこの静かなる水の上に倒れ込む。黒い水は死につつもぱっと色を作す。」(同196頁)

 作家はよくこうした短いせりふに作品全体の重要なヒントを滑りこませるものです。ここで漱石が言いたいのは、人々があつまっているこの東京博覧会は倒錯した幻影である、ということです。さらにそれはこの東京の文明の倒錯性です。宝石(ガーネット)の飾りのついた金時計(藤尾)のもつ輝きは夜の博覧会のごとく、人(小野)の欲望をかきたてはするが、それは幻の、しかも本来の欲求からは倒錯した欲望にほかならない、ということを示唆しているのです。
 休息のため席についた甲野と糸子、左近と藤尾は、偶然そこで井上親子と小野を見つけます。小野と小夜子は夫婦のように見えます。(後で左近が小野に二人は夫婦のように見えた、と話しています)(261頁)。この夫婦のようにみえる小野と小夜子の関係に藤尾は烈しい嫉妬と怒りを感じ、この関係を壊そうとします(205頁)。
 元来、人は自分の欲求充足をそのための手段たる品物によって満たすします。そこには欲求とそれを満たす品物との直的対応関係があります。しかし貨幣経済が進展すると、ひとは現実の欲求のためでなく、いつか生まれてくる欲求のために貨幣をため込み、しいては貨幣を多く獲得すること自体がその人間の欲求となってきます。欲求充足と品物との対応関係は貨幣によって崩されていくのです。
 商品(小夜子)と固定客(小野)とが夫婦のように納まっているのを嫉妬する、特殊な商品、それが藤尾です。つまり彼女は商品と客との間を流動化させる存在としての特殊な商品、つまり貨幣であることがここの描写からもうかがわれるのです。
 そしてこの作品はまさに「貨幣の死」によって安定した伝統的関係が復活することを描いた作品なのです。
 それはこの作品がまさにそうした伝統的な安定した関係が崩されつつあった時代に書かれたことを意味しているのです。
 
(2)ジンメルの貨幣論
 ところで『虞美人草』の宗近家と甲賀家とは、自己消費できない娘を両家がもち、相手の娘を嫁に貰いたがっていました。つまり、消費と供給の欲望が、交換のする者どうして、ちょうど一致して成立していたわけです。つまり、Aがもつ商品aを、Bが求めており、また同時に、Bがもつ商品bを、Aが欲しているという状態です。しかし、そういう双方の欲望が一致する場面というのはまれなことです。こうした双方の欲望の一致という制限が、貨幣が登場することで、打ち破られることで、交換はAとBという範囲を超えて、自由でフレキシブルなものとなるわけです。
 ところで貨幣ついて哲学的・社会学的な考察をした学者に、ゲオルグ・ジンメル(Georg Simmel 1858-1918)という学者がいます。彼は、まず「貨幣の心理学のために」(1889 年)という論文で、まず、この限定的交換が貨幣によって乗り越えられることに注目しました。
貨幣がなければ、交換は互いのものを欲求していなくては成立しません。
A  B

a b
しかし、貨幣(Geld)があれば、所有者Aはひとまず自分の持ち物 a をお金G1と交換しておきa⇔Ga、後から、自分のほしいもの、たとえば商品fをお金Gfで買えばよくなります。同時に交換が成立する必要もないし、また交換がおなじ金額になる必要もなくなります。a を売って得たお金G1が f を買うお金G2とおなじ必要もなくなります。
所有者Bも同じことができますし b⇔Gb
CもDもFも・・・同様です。c⇔Gc d⇔Gd f⇔Gf ・・・
お金を得た所有者は、自分がほしい物がほしい値段で市場に現れるのを待つことができます。こうして交換は広がりかつ柔軟なものとなります。
aがほしい、bを使ったことしたい、cを食べたい、などなどの目的は、ひとまずその手段としてお金(貨幣)を手に入れておいて、そのあとで機会をみて実現すればよいこといなります。お金(貨幣)は目的実現のための手段としてとりわけ優れているのは、普通の手段なら、aという目的のための手段maは、bという目的のための手段mbに転用することがむずかしいのに、お金(貨幣)だとその転用ができてしまうということです。つまり、お金(貨幣)はどんな目的に対しても手段となりえるのです。
 ジンメルはこのお金があらゆる目的の手段となりえる性質を、ちょうど、動力をいったん電力の形に転用すことになぞらえています。
「このことは、落下する水の力、熱せられた気体の力、あるいは風車の翼の力といったいかなる任意も、これらが発電機に導かれれば、この発電機によって、あらゆる任意の望ましい力の形式へと転用されることができるという事態とほぼ同じことである」(大鐘武訳『ジンメル初期社会学論集』恒星者厚生閣1986年138頁)。
「わたしの行為ないし所有も、わたしのさらに生ずる願望に資するために貨幣価値の形式に入らなければならない」(同139頁)
 ふつう、ジンメルの言う「形式」とは関係のパターンのことです。彼がはじめた「形式社会学」とは、社会関係のパターンを、個々の人間の内容(中身)ではなく、関係性から考察する学問のことです。しかし、ここではさらにふみこんで、「交換可能で転用可能なもの」を指しています。
 さて、お金(貨幣)はあらゆる目的の手段となりえるのですから、いつしか、お金を得ることが自己目的となってしまうというのは容易に予想できることです。これをジンメルは「貨幣が自己目的となる心理的メタモルフォーゼ」と呼んでいます(同142頁)。
 こうして、貨幣があらゆる目的を実現できる手段として自己目的化していくと、貨幣は普遍的で透明なものとなって、あらゆるものの価値を表すものとなっていきます。この価値は、ものの固有の価値とはちがって、あくまでも商品交換という運動が、貨幣の形をとって現れているのです。ものの値打ちがお金(貨幣)で計られるというのは、「事実や理念を不変の形式から、つまり変わることなく固定的であるものや永久に存在するものの形式から、運動の形式へ、つまり事物の永遠なる流れや絶えざる発展の形式へと変える大文化過程の一側面である」(同156頁)と述べています。
 こうしてあらゆる物の価値を、公平で透明な形であらわす貨幣は、一種の神のような存在として現代において現れている、として論を閉じています。
 その後、ジンメルは「近代のおける貨幣」(1896年)という講演をしています。内容は、「貨幣の心理学のために」と重なります。新たな論点として、貨幣の登場で、所有者と所有物との密接で固定的な関係から解放されたこと、貨幣によってあらゆることが金勘定という計算によって支配されること。また目的となった貨幣をもとめて人々は狂奔することを指摘しています。
 この後、ジンメルは大著『貨幣の哲学』(1900)に取り組みます。この本については来週取り上げることにしましょう。この大著の後、そのエッセンスをまとめた論文「大都市と精神生活」でジンメルは次のように書いています。
「大都市的な個性の類型を生じさせる心理学的基礎は、神経生活の高揚であり、これは外的および内的な印象の迅速な間断なき交替から生じる。・・・
大都市は昔から貨幣経済の場であった。・・・
経済心理学的領域での本質的なことは、この場合こうである。すなわち、原始的状態では生産は商品を注文した依頼人のために行われ、その結果生産者と買い手とはたがいに知り合いになる。しかし現代の大都市は市場のための生産、言いかえれば、本来の生産者の視圏にはけっして入らないまったく未知の買い手のための生産によって、ほとんど完全に維持されている。これによって双方の側の関心は、冷酷な主観性を獲得する。・・・
おそらく倦怠ほど無条件に大都市に保留される心的現象は、けっしてないであろう。これはまず第一に、急速に変化し対立しながら密集するあの神経刺激の結果であり、大都市の知性の高揚もこのような神経刺激から生じるように思われる。そのため実は、もともと精神的に不活発な愚鈍な人間は、まさに飽きることのないのがつねである。無際限の享楽生活は、神経を長く刺激してきわめて強い反応をひきおこし、ついには神経がもはやいかなる反応もあたえなくなるため、倦怠を生み出すのである。…
このような心の気分は、完全に浸透した貨幣経済の正確に主観的反映なのである。貨幣は、事物のあらゆる多様性をひとしく尊重し、それらのあいだのあらゆる質的相違をいかほどかという量の相違によって表現し、そしてその無色彩性と無関心とによって、すべての価値の公分母にのしあがる。そうすることによって貨幣は、もっとも恐るべき平準器となり、事物の核心、その特性、その特殊な価値、その無比性を、望みなきまでに空洞化する。事物はすべて同じ比重で、たえず流動している貨幣の流れのなかに漂い、すべての同じ平面に横たわり、ただそのまとう断片の大きさによってのみ、たがいに区別されるにすぎない。…(ジンメル著作集第12巻270-5頁)
 大都会がもたらす絶えまない刺激と倦怠。ここに至って、私たちは、漱石の『虞美人草』の記述のきわめてよく似た考察を見ることになります。漱石とジンメルが見ていたものはおなじ近代の貨幣によるあらゆるものの商品化とそのぼうだいな商品の集積として社会の富が現れてくる資本主義という時代だったように思われるのです。
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# by takumi429 | 2016-05-19 06:55 | 社会学史 | Comments(0)

4.逆説としての近代 ヴェーバー(1)

4. 逆説としての近代 ヴェーバー(1)

1.マックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』
(マルクスのいうような)資本主義が成立するためには
①たえずもうけ(利潤)を資本として再投下するような(禁欲的な)資本家と
②その資本家のもとで文句もいわず働く勤勉な(禁欲的な)労働者とが
現れなくてはいけません。
 ではこうした禁欲的な資本家と労働者はどのように現れたのでしょうか。
 この問題に答えようとしたとき、私たちはマックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』という著作に出会うことになります。
 まずこの著作の内容をみていく前に、この作品がどのような問いかけに支えられていたかをみていくことにしましょう。

(1)異化する問い(あたりまえを疑う)
この著作のはじめの方で、ヴェーバーは、つぎのような金儲けに精を出す資本家への問いかけ(自問自答)を提示しています。
「休みなく奔走(ほんそう)することの『意味』を彼ら(「資本主義精神」にみたされた人々)に問いかけて、そうした奔走のために片時も自分の財産を享受しようとしない態度は、純粋に現世的な生活目標から見ればまったくの無意味ではないかと問うとき、彼らは、もし答えうるとすれば、『子や孫への配慮』だと言うこともあるだろう。しかし、より多くは、---『子や孫への配慮』という動機は、明らかに彼らだけのものでなく、『伝統主義的』な人々にも同様にあるのだから---より正確に、自分にとっては不断の労働を伴う事業が『生活に不可欠なもの』となってしまっているからなのだ、と端的に答えるだろう。これこそ彼らの動機を説明する唯一の的確な解答であるとともに、事業のために人間が存在し、その逆でない、というその生活態度が、[個人の幸福の立場からみると] まったく非合理的だということを明白に物語っている。」(Archiv 54/RS・30/訳79-80頁。()は引用者挿入、[ ] は改定時(1920年)の加筆)。
 この引用を問答形式に書き直してみよう。
「なぜ楽しむことを知らずにそんなに休みなく働いているのです?」
「子どもたちに財産を残すためですよ。」
「でもそれは昔の人たちでも考えたことですよ。でも彼らはずいぶんのんびりと生活を楽しんでいきていました。決してあなたのようにあくせくと働いてはいませんでしたよ。」
「ええ、なるほどそうですね。」
「じゃ、なぜそんなに働くのですか。」
「まあ、働かずにはいられない、働いて事業を続けることが生活の不可欠なものになっているとでもいうですかね。」
「それじゃ、あなたという人間のために事業があるのではなく、事業のためにあなたは存在する、というわけですね。」
「まあ、そういうことになりますかね。」

 私たちがすっかりなじんでいる(同化している)ものを奇妙でよそよそしいものものに変えることで、それをはっきりと見えるものにすること、こうした技法を、芸術論では「異化」と言います。ヴェーバーはいわばこの「異化」の手法を用いて、日常当たり前に仕事に精出す資本家のあり方が、「人間のために事業があるのでなく、事業のために人間がいる」というきわめて倒錯したものであることをあばきたてるのです。
 日常のきわめて当たり前で理にかなったと思われる生活に潜む倒錯(非合理)。それをかぎ当てるヴェーバーの視点は特異なものです。この視点をヴェーバーが得たのは、じつは彼自身が禁欲的な学者として勤勉に励んだあげくに精神的に疲れ果てはらゆる社会的地位を失うという経験をしたからです。
 ヴェーバー家の長男として生まれた彼は、家督継承者(あとづぎ)のとしての「証し」を示すべく、強迫的に職業に邁進しました。しかし父親を家族の前で弾劾しその結果父親が客死してしまい、彼は精神神経症を病んで、仕事ができなくなり、職業人から転落します。この転落の経験から、以前の、強迫的な職業人としての自分を振り返った時にうまれたのが、この『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』という論文だったのです。 
 この論文はこうした資本主義の精神に慣れっこになりそれに浸りきっている人びと、すなわち現代の私たちの倒錯した生活のあり方がどのように生まれたかを説明しようとする論文なのです。

(2)「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」あらすじ                            
 第1章 問題の提示
 第1節 信仰と社会階層
統計をみると、資本主義に参加することと、プロテスタント(新教徒)であることとの間にプラスの相関関係があります。この関係に対して、一般的にはつぎのような説明が考えられます。(1)経済発展が改宗を引き起こした、(2)少数派は経済に専念する、(3)プロテスタントは世俗的だから、(4)営利活動の反動で宗教に向かった。しかしこれらの説明に対しては、(1)むしろ宗教性が経済志向を決定しがち、(2)ドイツではカトリックの方が少数派、(3)プロテスタントはむしろ非世俗的だった、(4)プロテスタントでは事業と信仰が仲良く同居していた、という反論が成立します。そこでむしろ、一見水と油のようにみえる、資本主義参加とプロテスタントであることが、じつは「親和的関係」(相性のいい関係)にあり、プロテスタンティズム(新教)から資本主義への参加、がじつは説明できるのではないか、と考えられます。それをこれから考察していくことにします。

 第2節 資本主義の「精神」
まず「資本主義の精神」を体現している思想として、フランクリンの思想を取り上げます。そこにみられる精神は、営利による資本の増大を自分の倫理的な義務とみなすような精神です。この精神はフッガーのような単なる金銭欲とはちがう、ある種の倫理性をもっています。
 この「資本主義精神」は、これまでどうり生きていければ良いする「伝統主義」とは対立します。ゾンバルトは経済の基調を、(1)「欲求充足」と(2)「営利」とに分けています。しかし営利活動が伝統主義によって営まれていることもあります。ですから「資本主義精神」は経営組織のあり方から自然に生まれるものではないのです。むしろこの精神が入り込むと、(私の叔父の例にみられるように)経営組織の形態が同じでも、劇的な変化がもたらされます。
 この精神はよく問うとみると、じつはきわめて倒錯的で非合理的です。けっして世俗的な目的を追求する合理性からうまれたのとは思えません。ではこの、営利活動を倫理的義務、すなわち「天職Beruf」とみなすような思想はどこにその源泉をもつのでしょうか。

 第3節 ルッターの天職概念
営利活動での資本増大を「天職」とみなすこの思想は、世俗の労働を「天職Beruf」と訳したルッターの宗教改革の精神に由来します。つまり彼は修道僧にしか通用しなかった「天職」の論理を世俗の仕事に適用したのです。しかし世俗労働を「天職」とみなすだけでは、「資本主義の精神」がもつ、資本の増大をたえず求める、あの駆り立てられるような心のありかたは生まれてきません。絶え間ない資本の増大へひとびとを駆り立てた起動力(Antireb)はどこにあったのかを知るために、プロテスタンティズムの禁欲思想にわけいることにしましょう。

 第2章 禁欲的プロテスタンティズムの天職倫理
 第1節 世俗内的禁欲の宗教的基盤
禁欲的プロテスタンティズムの、主な担い手は、(1)カルヴィニズム、(2)敬虔派、(3)メソジスト派、(4)再洗礼派系の教派、に分けられます。
 とりわけ(1)カルヴィニズムの「予定説」、すなわち、人は救いと滅びのどちらかに予定されており、それは変更不可能であるという教えは、決定的な影響力をもちました。ピューリタン革命時のイギリスでまとめられた「ウェストミンスター信仰告白」にはこの教えが明記されていることからも、この教えが一般信者にとっても周知の教えだったことは明らかです。自信のない一般の信者が、救いに予定されていることの「証し」を求めるのは無理もないことでした。ルッターは世俗の労働も神から与えられた「天職」とみなしてよいとしていました。ですから修道院でおこなわれた合理的な禁欲的主義で世俗の労働を行うことが可能になっていました。カルヴァン派の人々はこの合理的・禁欲的な世俗の労働で「神の栄光」を増大させることに「救いの証し」を見いだそうとしました。
 こうした傾向は(2)敬虔派、(3)メソジスト派でも同様でした。ただ両派では感情的側面が強く、その分だけ合理的な禁欲が弱まっています。
 (4)再洗礼派系の教派の教義はこれとはちがいます。彼らは心正しき者だけから構成された「教会」を作り上げようとしました。心正しさは精霊がその者に宿ることで証明されます。ですから精霊が宿るのを妨げるような、人間の本能的で非合理的なものを克服しようとしました。その結果、合理的な禁欲主義をめざすことになったのです。
 こうしていずれの宗派の信徒も、神に召命された者であることの証しをもとめて、合理的で禁欲的な世俗労働へと駆り立てられたのです。

 第2節 禁欲と資本主義精神
プロテスタントでは牧師が信徒の相談にのり指導することを「司牧」(Seelsorge)といいます。ここでは、この司牧の活動からうまれた神学書、とくにバクスターの書いたものをとりあげます。この司牧(魂のみとり)は宗教的な教えが日常生活へ影響する際の仲立ちの役割をしているからです。
 プロテスタント、とくにカルヴェン派、の司牧では、「救いの証し」とされる「神の栄光」の増大は、有益な職業労働から生まれるとされました。そしてその職業の有益さは、結局、その職業がもたらす「収益性」(どれだけ儲かるか)で測かることができるとされるようになりました。しかも楽しみ事は徹底的に否定されました。その結果、儲けても、楽しみに使わず、さらに営利活動に投資してどんどん利潤を追求していくことが宗教的に奨励されたのです。しかもそうした経営者のもとには、仕事を「天職」とみなして必死になってはたらく勤勉な労働者さえも与えられたのです。
 しかし富が増大するにつれて宗教心はうすれていきます。その結果、フランクリンにみられた、倫理的ではあるが宗教色の消えた「資本主義の精神」、つまり営利による資本の増大を自分の倫理的な義務とみなす精神が生まれたのでした。
 こうしてつぎのことがあきらかにされました。すなわち、資本主義を構成する要素のひとつである、「天職」という考えのうえにたつ合理的な生活態度は、ルッターの「天職Beruf」という考えを前提にしてプロテスタント(新教徒)がみずからの「救いの証し」を合理的な禁欲で追求したことから、もたらされたのです。
 しかし現代においては資本主義はすでに自律的な自動運動をしており、もはやそれを生み出した精神の支えを必要とはしていません。私たちは、生命のない機械と生きている機械(官僚制)の運動のただ中に、巻き込まれていくばかりなのです。

(3)内容の再整理
 さてこうして「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」のあらすじをのべたわけですが、ここでもう一度この作品の内容を整理しなおしてみましょう。
 この著作はしばしば西洋的合理化を述べた作品であるかのごとく語られます。しかし内容を要約すると、解明はおもに経済的な側面に向けられていることがわかります。
 社会の主流である経済体制が、「欲求充足」の経済体制から「営利」中心の資本主義体制に移行する。その移行、あるいは転換はどのように起きたのか、それにたいする宗教の働きが問題とされています。
 「欲求充足」の経済に適合的なのは「伝統主義」とよばれる、これまで通りの生活ができればいいとする精神です。それに対して、「営利」活動が中心となった資本主義は、もちろん伝統主義によって営まれることはあるにせよ、やはりそれに適合的なのは営利を自己目的とした「資本主義の精神」です。
 しかしこの「資本主義の精神」はそれ以前の「伝統主義」からは生まれたとは考えられません。伝統主義が「今生きてあること」(dasein)を大切にするのに、「資本主義の精神」は現在を犠牲にして果てしない彼方にあるものへ向かって駆けていく、そうした倒錯した精神だからです。
 そうした精神の由来を、ヴェーバーは修道院の禁欲主義に求めます。世俗を離れ、ただ神のみを想い、厳しい労働によって自分たちばかりか俗人たちの救済を作り上げていた修道士の活動の論理。この論理はどのように世俗へともたらされたのでしょうか。
 神からの呼びかけによって与えられた使命としての職業(Beruf) はそれまで、聖職のみに限定されていました。ですから修道僧の禁欲もあくまでも世俗の外の修道院に限定されたままでした。
 しかしルッターが、世俗の一般の仕事も、神からのお召しによる「職業」であるとみなしたことで、この修道院だけにあった禁欲主義は世俗へともたらされました。ちょうどレールを切り替えることで電車が引き込まれてくるように、禁欲主義は世俗の労働に適用可能になりました。
 その意味で、ルッターはレールを切り替える人、つなわち「転轍手」であるわけです。
 しかし世俗の仕事が「職業=使命」とみなされるだけでは、あの追いたれられるような、強迫的な労働は生まれません。
 それをもたらしたのは、カルヴァン派の宗教カウンセリング(「魂のみとり」)でした。彼らの「魂のみとり」(司牧)では、業績とか収益が「救いの証し」であるとみなされました。その結果、自分が救いに予定されているか不安な平信徒は、「救いの証し」をもとめて、いまや聖職と同格の「職業」と見なされるようになった世俗的労働にまい進することになったのです。
 図にまとめると次のようになるでしょう。
修道院の禁欲--------┐転轍
                ↓
伝統主義--→×  資本主義の精神   
    ∥        ∥ (適合)
欲求充足---------→営利

ルッターの転轍       :仕事を「職業=使命」とみなす
         「意味連関」:修道僧の禁欲的労働の論理が世俗労働をつかむ
 カルヴァン派の「魂のみとり」:収益を「救いの証し」とみなす 
         「感情連関」: 不安→証しの追求 心理的起動力が生まれる 

ルッターの転轍により、世俗労働=「職業」とルッターがみなしたことにより、修道院の禁欲の論理が世俗の労働をつかみます。人々は日常の仕事を、神から与えられた、神の意にそった「使命」としてはげみます。つまりあたらしい意味の連なり(意味連関)が世俗の労働をとらえたのです。
 カルヴァン派の魂のみとりは、収益・業績=「救いの証し」とみなしました。不安にあえぐ人たちは「証し」を求めて仕事(職業)にまい進しました。こうして禁欲的な労働の心理的な機動力がうまれたのです。収益をあげても救われるわけではありません。しかし一般の信徒は心理的に収益をあげて安心したいと思ったです。つまりここでは目的-手段の連関があるのではなくて、不安から労働するという、心理的な連なり(感情連関)があるわけです。
 くり返しになりますが、ここでは二つの「解釈がえ」があったわけです。
 ルッターは日常的な労働が「転職」として解釈しなおしました。その結果、聖職者の世界と俗人の世界の区分の廃絶され、聖職者(修道士)の論理が俗界への侵入してきました。しかしそれだけでは社会資本主義へ転換するには不十分でした。
 カルヴァン派では収益・業績が「救いの証し」と解釈されました。その結果世俗的労働にまい進する心理的機動力が生まれました。そうして、伝統主義が支配していた経済は、資本主義が支配する経済システムへと移行したのです
 つまり、伝統主義と結合していた伝統主義的経済(単純再生産)を、宗教的な合理的禁欲思想が捉える。その帰結として、伝統主義的経済システムから資本主義的経済システムへの移行がうまれたのです。
 ここでは新しい社会科学のアプローチが生まれています。つまり行為をする人間がその行為をどのような意味づけをしているのか、その意味づけをちゃんと解釈し理解することで、その行為はどのように社会を作り上げていく、あるいは社会を変革していくのかを説明しようとするアプローチです。これがヴェーバーの「理解社会学」というものなのです。(ヴェーバーはとりわけ後者の社会変革の方に関心があったように思われます)。
 
 さてヴェーバーは『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』はプロテスタントの禁欲主義という、一見正反対のものから資本主義の精神が生まれたことを明らかにしました。それは彼の言い回しを使えばまさに「意図せざる結果」だったのです。ヴェーバーの発想は、資本主義を語る場合にも欲望や消費のだんだんに増大していくというような他の論者の発想とは異なります。いったんそれとは正反対の禁欲というものが張り込むことによって資本主義の発展は促進されたというのがヴェーバーの考えでした。ヴェーバーによれば近代とはこうした逆説的な逆転によってもたらされたのです。一見正反対なものがその発展をもたらす。惑星がいったん逆行してから順行していくようにヴェーバーのとらえる歴史発展は、ある傾向が順調に拡大発展していくのでなく、いわば逆説的な逆転が常にはらまれているのです。

 補足:逆転の構図 言及された小説から
 その際この倒錯に至る逆説的な発展とでも言うべきものが、この著作で言及されている2つの小説を比較することでよく見えてます。
 この論文のなかではヴェーバーは、プロテスタントの精神をうまく表した小説としてヴァニアンの『天路歴程』(1678) という小説を挙げています。この小説は滅びに予定されている都市に住んでいることを知った信徒が救いを求めて遍歴を続け、さまざまな誘惑と困難を乗り越えて天国へと行くという話だ。途中、信徒は「正直」と言う名の者と知り合い、仲間となってともに天国へと向かう。 
 さてこの小説に関して、ヴェーバーはゴットフリート・ケラーという作家の「三人の櫛細工人」という小説を思い出すと言っています。
 ケラー(Gottfried Keller1819‐90)という作家はスイスのゲーテと呼ばれた作家です。。
「三人の櫛細工人」という小説はスイス人の生活をユーモアをこめて批判的に扱った短編集《ゼルトウィーラの人々》(第1巻1856,第2巻1874)に納められています。
 この小説ではあるごうつくばりの櫛細工の親方のもとにいる三人の櫛細工人たちのことを描いています。職人たちは動きが取れない冬が終わると、このごうつくばりの親方のもとを去って遍歴していくのが常でした。しかしここにきまじめな三人の職人が登場する。彼らは親方にこき使われてろくなものも食べされられなくてもただもうまじめに働き小金をため込んでいる。職人をこき使って儲け、図に乗ったあげくの果てに散財してしまった親方は三人に親方株を売ることを持ちかける。三人は親方株を買うために小金をもっている高慢なハイミスをめぐって争奪戦を演じる。結局だれが彼女をものにするか決めるために、町はずれから町の親方の家まで競争することになる。スタートの時にハイミスは勝ってほしくない職人をわざと誘惑して出遅れさせた。出遅れた職人はゴールに向かうより彼女をものにしてしまった方が早いことに気づき、そうする。それに気づきもせず先にスタートした二人はお互いに相手を引っ張ったりこづいたりあげくのはてに殴り合いながらゴールを通過してついには町はずれまで駆けていく。二人がゴールに気づかず去った後に、ハイミスをものにした職人が親方の家に勝利者として入っていった。敗者となった職人のひとりは首をつり、もうひとりは失踪。親方になった職人は女房の尻に敷かれた人生を送ることになった、そういう話です。
 ヴェーバーは『天路歴程』の巡礼者が二人して話しながら天国へと向かっていく箇所が、この「三人の櫛細工人」を思い起こさせると書いています。
 『天路歴程』では二人の巡礼者が協力しあって天国というゴールにたどり着きます。『天路歴程』のある版にはつぎのような双六の絵のようなものが付いています。巡礼は渦巻きになって、最後は中心の天国で上がりとなります。
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「三人の櫛細工人」ではどうでしょうか。二人の職人は町の中心の親方の家を目指しています。しかしお互い妨害しながら進んでいったために、ゴールを通り過ぎてしまい、町はずれまで行ってしまうのです。
 こうしてみるとこの二つの話が、まるで写真のポジとネガのような関係になっていることが分かります。『天路歴程』では宗教心にみちた二人が語り合って中心に向かっていくのに対して、「三人の櫛細工人」では目的、それも本当の目的から離れ手段を目的と勘違いした目的をめざして、互いに足を引っ張り合いながら駆けていく。
 『天路歴程』から「三人の櫛細工人」への転換。それはどうして起こったのか。この逆転を説明することにこの作品はじつはなっているのです。
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# by takumi429 | 2016-05-13 10:07 | 社会学史 | Comments(0)

3.テンニース『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』

3(改) テンニース 『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』(1887)

まず前回の復習をかねて、NHK高校講座世界史『産業革命と社会問題』を見よう。

導入
ここに二人の孫、所くんと財全くんがいるとしよう。二人の祖父はともに東京大学を主席で卒業し、恩賜(おんし)の銀時計をもらった。
所くんは小さいころからおじいさんにこの懐中時計をみせてもらっていて触ったりしていた。いまはおじいさんからゆずられたこの時計は所くんの胸ポケットにいつもある。使っているうちにできた小さなへこみ、ねじを巻くときのぎりぎりという指先につたわる美振動、それらがすべてやさしいが凛とした祖父の姿を思い出せる。胸ポケットにコチコチを時を刻む音は祖父の鼓動のように感じされ、所くんの思い出のなかでおじいさんは今も生きている。
生前、ほとんど会うこともなく疎遠にしていた祖父がなくなり、その祖父の銀時計を形見分けとして相続することになった財全くん。さっそくネットでみたら1850000円の高値で販売されいた。ただすこし凹んだところがあり、箱もないので、これほどの高値にはならないだろうが、明日、さっそく骨董屋にもって行って鑑定してもらおうと思う。高値がついたらすぐに売って、新型のiPadを買うつもり。お金が余ったら、そうだなあ、フレンチでも家族で食べに行くかな。

所くんにとってこの銀時計は思い出の品であり、人にはゆずれない、そうした価値のある所有物(Besitz)である。
財全くんにとってはこの銀時計は、処分可能な財産(Vermoegen)であって、売って得たお金はいろんなことに使える。
前回、使用価値と交換価値というマルクスの二分類を見た。所くんにとってはこの銀時計は限りない使用価値をもっているが、財全くんにとっては、売ってなんぼの交換価値をもつものでしかない。
所くんとこの時計の関係は、思い出と代えがたさをもつだ。さらに所くんとおじいさんの関係は、思い出(記憶)と継承の代えがたい関係だ。この関係をおしひろげていくととどんな物と人、さらに人と人との世界がうまれていくだろうか。
また財全くんの時計の関係は、計算づくで、できるだけ高くうることで、お金に代え、できるだけ多く役立てて多くの満足をえることだ。また財全くんとおじいさんの関係は、なくなった人間とその相続人という法的な関係にすぎない。この関係を物と人、人と人に押し広げるとどんな世界がうまれてくるだろうか。

テンニースは、私たちの社会は、欲得づくの計算による選択的な関係であるゲゼルシャフトと、代えがたい記憶と愛着とからなる関係であるゲマインシャフト、の二つからなると考えた。

フェルディナンド・テンニース(Ferdinand Tönnies1855-1936)は、もともとホッブズ(Thomas Hobbes 1588-1679)の研究者として出発した。研究者としてはどの程度のレベルかというと、ホッブズの未発見の草稿をテンニースが発見し、いまでもホッブズ研究者がそれに依拠している。

ホッブズの描く人間社会は、人間と人間が争いあう世界である。
ホッブズが『リヴァイアサン』(1651)の述べた〈服従契約としての社会契約説〉はつぎのような三段論法からできています。
(1)人間には自分を守ろうとする、おのずからそなわった権利がある(自己保存への自然権)。しかしそうして自分を守ろうとする人間は自分を守るために他人を傷つけ殺すこともいとわない。その結果、放っておけば、人間が人間に対して、まるで「狼が狼に対するような」殺し合いの状態になってしまう(〈暴力的死の恐怖〉の中で向き合う自然状態)。
(2)これでは人間同士討ちになってしまいかねない。そこで人々は、自分を守るための手段(暴力・武器など)を、ある特定に人間に預けることにし、それを互いに約束(契約)して、そうしてこの同士討ちをさけようとする。
(3)その特定の人間は、暴力手段を預けられることで、人々を自由に支配する力(主権 sovereignty)を持つ。主権をもつ人間へ服従することで、ひとびとは互いに殺し合うことなく、自分たちを守ることができるようになる。ここに、特定の人間にひとびとが服従している状態、つまりひとつの国家ができあがる。
ホッブズの社会契約説とは、他の契約説と同じく、あらゆる社会関係をいったん解体し、
自己の保存を追求する個人から社会を構成しなおそうという、思考実験です。しかしこの思考実験は決して思考の内部にとどまるものではありませんでした。それは現実の社会関係の解体と再構築に対応していたのです。
ホッブスの社会理論はユークリッド的な公理体系をめざした。
このホッブズの社会哲学にたいしてテンニースはその処女作『ホッブズ哲学注解』(Anmerkung ueber Philosophie des Hobbes)のなかでテンニースはつぎのように述べています。
「定義と公理から推論され証明される幾何学とその確かさにおいて同等になること、それは学問に可能だろうか、あるいはどうしたら可能であろうか。これが認識理論の中心問題であった。トーマス・ホッブズは新しきヨーロッパでこの問題を解こうと努力した最初のひとりであった」(Vierteljahrsschrift fuer Wissenschaftliche Philosophie 3 (1879) S.461)。
 ユークリッド幾何学は23の定義と5つの公理からその全体系を論理的に構築しています(こういう理論体系を「公理系」といいます)。テンニースによればホッブズの哲学は、このユークリド幾何学的な構成をもつ社会哲学です。

テンニースはホッブズの描く社会は、まさに資本主義の社会にほかならないと考えた。
カナダの政治学者クロフォード・マファーソンはその著『所有的個人主義の政治理論』で、ずばり、「所有的市場社会」にほかならないと指摘します(邦訳77頁) 。自分を守る、ということがすぐに、他人を損なう、ということにはなるわけではありません。それがホッブスが描くように、自分を守ることが他人から奪うことになる、というのは、人間が互いに「取ったり取られたり」の関係にある、つまり、自分の取り分を増やすためには他人の取り分をへらすしかない、という関係にあるということです。マクファーソンはそういう関係があるのは、人間が、互いの持っている(所有している)ものを(市場で)売り買いし合っているような社会、自分が儲けることが他人の損になるような社会、つまり「所有的市場社会」 にほかならない、と指摘します。。ホッブズの『リヴァイアサン』は、所有的市場における「自然状態」を克服するものとしての国家(リヴァイアサン)つまり市場における闘争から国家が要請されていくことを、ユークリッド幾何学のように、公理と定義から積み上げるように記述しようとしたものだったのです。
それは市場社会の社会幾何学だったといえるでしょう。

テンニースは、私たちの社会には、資本主義とそれを補い支える社会体制とは別の社会があると考え、それをゲマインシャフトとよんだ。
テンニースによれば、ゲマインシャフトとは肉親・家族や古くからの町のことで、そこでは親身な関係が支配しています。それに対して、ゲゼルシャフトとは、会社や大都会のような、欲得ずくの関係が支配している人びとの集まりです。
 テンニースは、人間が作る結合体には2つの類型があるとします。ゲマンシャフトは、本質意志による 有機的な(organish) 結合体であり、ゲゼルシャフトとは、選択意志による 機械的な(mechanish) 結合体であるといいます。ここでいう、「本質意志」とは、思惟をふくむ意志、生の統一性原理であり、「選択意志」とは、目的にふさわしいかを考えてものを選んでいる意志です 。ようするに、ゲマインシャフトがほかではありえないような気持ちでつながっている集団や関係であるのに対して、ゲゼルシャフトとは、欲得づくの計算によってつながっている集団や関係といえるでしょう。

テンニースは、人間機械論から社会の論理まで組み上げたホッブズの手法をつかって、本質意思から論理的にゲマインシャフトを組み上げようとした。
テンニースは2類型の集団結合の基礎となる、人間の意志についての2類型をあげます。すなわち、「本質意志」(思惟をふくむ意志、生の統一性原理)と、「選択意志」(意志をふくむ意志そのものの産物)です。
この意志論にもとづいてあるべき社会の基本となる、人と物と法的な関係がうまれます。
ゲマインシャフトゲゼルシャフト
本質意志 選択意志
おのれ(Selbst)人格(Person)
占有(Besitz)財産(Vermoegen)
土地 貨幣
身分権債権

テンニースのゲマインシャフトには、国家を家族や民族よって粉飾・美化しようという意図はなく、国家はあくまでもゲゼルシャフトにすぎない。
重要なのはテンニースが国家を民族を体現したものとはみなしていないことです。
「国家(Staat)は二様の性格を有する。まず第一に、国家は普遍的ゲゼルシャフト的結合である。・・・第二に、国家はゲゼルシャフトそのもの、換言すれば、ここの理性的ゲゼルシャフト的主体という観念と共に与えられる社会的理性である」(179-80頁)。
「国民国家(nationaler Staat)の形成は無限に拡大するゲゼルシャフトの一時的に限定されたものにすぎない」(189頁)。 
 つまり、テンニスにはいわゆるナショナリズムにみられるような、民族と国家を同一視するような指向はないのです。ふつうナショナリズムにおいては、過去の幻影が民族の形をとって現在の国家体制を正当化するものとして要請されます。しかし、ホッブスの社会幾何学に習って、社会集団の2類型を幾何学的に積み上げ明晰に構成したテンニースにとって、国民国家を「民族」の名の下に正当化することは許されないのです。

ナチズムが、「民族共同体」(フォルクス・ゲマインシャフト)の名の下に、その独裁を正当化し美化しようとしたとき、テンニースは憤然とそれを批判して公的場面をさった。

テンニースは、社会のありようを、ホッブズとマルクスがとらえたゲゼルシャフトだけでなく、ゲマインシャフトという原理から、社会を、構築的にとらえかえそうとした。
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# by takumi429 | 2016-05-05 21:44 | 社会学史 | Comments(0)

3.テンニース ゲゼルシャフト化としての近代

3.ゲゼルシャフト化としての近代 テンニース 


1.「個体発生は系統発生を繰り返す」(ヘッケル)
親身ではあるが、しかし暑苦しくもある、故郷の街から、この冷たい大都会へ来た。ここでは毎朝、カラスがわが物顔で路上に舞い降り、ゴミ袋から生ごみでついばんでいる。気づくと今日一日、定食屋で「ランチ」でひと言いったきりだ。夜のコンビニに行き、雑誌を立ち読みし、缶コーヒーを買い、店員の娘に「ありがとうございました」とマニュアルどおりの言葉をかけてもらうだけが救いの毎日が続いている。
 この個人的な経験は私だけのものだろうか。ひょっとしたら社会のみんなが経験していることではないのか。そう考えたとき、私たちはテンニースの『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』(1887年)という著作に出会うことになります。

2.ゲマインシャフトとゲゼルシャフト
テンニースによれば、ゲマインシャフトとは肉親・家族や古くからの町のことで、そこでは親身な関係が支配しています。それに対して、ゲゼルシャフトとは、会社や大都会のような、欲得ずくの関係が支配している人びとの集まりです。
 テンニースは、人間が作る結合体には2つの類型があるとします。ゲマンシャフトは、本質意志による 有機的な(organish) 結合体であり、ゲゼルシャフトとは、選択意志による 機械的な(mechanish) 結合体であるといいます。ここでいう、「本質意志」とは、思惟をふくむ意志、生の統一性原理であり、「選択意志」とは、目的にふさわしいかを考えてものを選んでいる意志です 。ようするに、ゲマインシャフトがほかではありえないような気持ちでつながっている集団や関係であるのに対して、ゲゼルシャフトとは、欲得づくの計算によってつながっている集団や関係といえるでしょう。

3.印象批評風社会理論
してみると、私たちはゲマインシャフトの人間関係からゲゼルシャフトの人間関係の社会へと出てきたわけです。私たちが身の回りの社会に感じる「温度差」のようなもの、そうした時代の感性を受け止めるものとして、テンニースの理論はひとまずあるといえるでしょう。
 しかし、「温度差」だけで、現在と過去を語るのは、「最近はさあ・・・」、「昔はさあ・・・」とか、「今のひとは・・・」、「昔のひとは・・・」という、印象で社会や時代と語りがちになります。テンニースの理論を「なんとなく、こういう傾向があるよね」という、「傾向論」にすぎないのではないか、という批判を、中根千枝が『タテ社会の人間関係』 でしたのは有名です。
 こうした傾向による印象批評は、「温度差」から、勝手に「過去」というものを作り上げがちです。たとえば、最近の離婚率の上昇から、昔の人は離婚なんてしなかったという話をしたがりますが、明治期の日本というのは、世界でも有数の離婚大国でした。少年犯罪が目につくから、昔は少年犯罪なんてなかったみたいな言い方がされたりしますが、戦争直後の少年犯罪の方がずっと多かったのです。
 こうした印象批評による社会論もどきは、かってに「過去」を作り上げるばかりか、「もともとは・・・」、「本来の日本は・・・」、「古来私たちの社会は・・・」などという、過去にたいする幻想をつくりあげ、それをつかって現在を断罪し、「美しき・・・に帰れ」と声高に語ったりしがちです。
 でははたしてテンニースの理論はそういう印象批評風な社会理論もどきのものなのでしょうか。ここで、テンニースとこの『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』の成立と内容についてもうすこし見てみる必要があるでしょう。

4.テンニースのホッブズ 研究
『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』を書いたテンニースはどんな経歴の学者だったのでしょうか。
テンニースはもともとホッブズ(Thomas Hobbes 1588-1679)の研究者として出発しました。
ホッブズが『リヴァイアサン』(1651)の述べた〈服従契約としての社会契約説〉はつぎのような三段論法からできています。
(1)人間には自分を守ろうとする、おのずからそなわった権利がある(自己保存への自然権)。しかしそうして自分を守ろうとする人間は自分を守るために他人を傷つけ殺すこともいとわない。その結果、放っておけば、人間が人間に対して、まるで「狼が狼に対するような」殺し合いの状態になってしまう(〈暴力的死の恐怖〉の中で向き合う自然状態)。
(2)これでは人間同士討ちになってしまいかねない。そこで人々は、自分を守るための手段(暴力・武器など)を、ある特定に人間に預けることにし、それを互いに約束(契約)して、そうしてこの同士討ちをさけようとする。
(3)その特定の人間は、暴力手段を預けられることで、人々を自由に支配する力(主権 sovereignty)を持つ。主権をもつ人間へ服従することで、ひとびとは互いに殺し合うことなく、自分たちを守ることができるようになる。ここに、特定の人間にひとびとが服従している状態、つまりひとつの国家ができあがる。
ホッブズの社会契約説とは、他の契約説と同じく、あらゆる社会関係をいったん解体し、
自己の保存を追求する個人から社会を構成しなおそうという、思考実験です。しかしこの思考実験は決して思考の内部にとどまるものではありませんでした。それは現実の社会関係の解体と再構築に対応していたのです。
 このホッブズの社会哲学にたいしてテンニースはその処女作『ホッブズ哲学注解』(Anmerkung ueber Philosophie des Hobbes)のなかでテンニースはつぎのように述べています。
「定義と公理から推論され証明される幾何学とその確かさにおいて同等になること、それは学問に可能だろうか、あるいはどうしたら可能であろうか。これが認識理論の中心問題であった。トーマス・ホッブズは新しきヨーロッパでこの問題を解こうと努力した最初のひとりであった」(Vierteljahrsschrift fuer Wissenschaftliche Philosophie 3 (1879) S.461)。
 ユークリッド幾何学は23の定義と5つの公理からその全体系を論理的に構築しています(こういう理論体系を「公理系」といいます)。テンニースによればホッブズの哲学は、このユークリド幾何学的な構成をもつ社会哲学です。

5.所有をめぐる闘争
ホッブスは、人と人の争いが、「狼が狼に対するような」殺し合いの争いであるとしました。しかし、動物は決して、同一種同士では殺し合いません。狼は狼を殺しませんし、ライオンはライオンを殺しません。殺すのは他の種類の動物であって、同じ種に属する動物は、縄張り争いはすることがあっても殺しあうということはありません。多くの場合、負けた相手は自分の急所を相手にさしだすことでその争いはストップします(ローレンツ『攻撃』)。同じ種でありながら殺しあうのは、人間だけです。殺し合いというのは、きわめて「人間的」な行為なのです。人間がもつ動物的な資質から、この殺し合いは説明できません。むしろ、人間が本来の動物であったものから逸脱してしまったからこそ、この殺し合いはうまれたのです。
 しかし、殺し合いをする人間とはいえ、同じ集団内部の人間を殺すよりも、外部の、別の集団や共同体の人間を殺すことの方が多かったはずです。ところがホッブスの説く人間の「殺し合い」の闘争は、そういった外部の人間だけでなくて、万人が万人にたいしておこなう闘争をさしています。こう考えてみると、この「万人の万人に対する戦争状態」とは、動物的なものでも、古来からのものでもなく、17世紀に社会に生まれてきた新しい事態だったと言わざるをえません。
この、「守るために殺し合う」新しい社会とは何だったのか。カナダの政治学者クロフォード・マファーソンはその著『所有的個人主義の政治理論』で、ずばり、「所有的市場社会」にほかならないと指摘します(邦訳77頁) 。
 自分を守る、ということがすぐに、他人を損なう、ということにはなるわけではありません。それがホッブスが描くように、自分を守ることが他人から奪うことになる、というのは、人間が互いに「取ったり取られたり」の関係にある、つまり、自分の取り分を増やすためには他人の取り分をへらすしかない、という関係にあるということです。マクファーソンはそういう関係があるのは、人間が、互いの持っている(所有している)ものを(市場で)売り買いし合っているような社会、自分が儲けることが他人の損になるような社会、つまり「所有的市場社会」 にほかならない、と指摘します。
 市場社会では、売り買いは身分や家柄とは関係なく自由にされます。それだけに過酷な、取ったり取られたり(自分の儲けは相手の損)の世界です。また、売り買いされるには、その物がその人間の一部であっては売りようがありません。そうではなくて、あくまでもその人間がいまたまたま持っている(所有している)だけで、だからこそ、売り買いできるわけです。お気に入りのペンや先祖代々の茶碗をまるで自分の分身のように、後生大事にかかえこんでいるのではなくて、それがいくらの値段で売れるか、高く売れるなら売ってしまおう、高く売れるからこそ大事にしよう、そう考えるようになる。つまり、売り買いのことを常に考えながら、品物を持っている(所有している)ような社会、それが所有的市場社会なわけです。つまりマルクスのいう「交換価値」が支配的になって社会のあらゆる時と場所に浸透しているような、そんな社会のことです。
つまり、ホッブズの描いた、万人の万人に対する戦争状態とは、じつは資本主義の前提となる所有的市場社会が支配的となった社会だったのです。ホッブズの『リヴァイアサン』は、所有的市場における「自然状態」を克服するものとしての国家(リヴァイアサン)つまり市場における闘争から国家が要請されていくことを、ユークリッド幾何学のように、公理と定義から積み上げるように記述しようとしたものだったのです。それは市場社会の社会幾何学だったといえるでしょう。

6.『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』再読
以上のことをふまえてテンニースの『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』を読んでみましょう。
第1篇 主要概念の一般的規定
ここでは、2つの概念の一般規定がなされます。
主題:「人間の意志(Will)は、相互にさまざまな関係を結んでいる」(34頁)
結合体(Verbinding)とは、肯定的な関係によって構成される集団で、つぎの2つです。
 ゲマンシャフトは、現実的(real)で 有機的な(organish) 生(Leben)であり、
 ゲゼルシャフトは、観念的(ideal)で 機械的な(mechanish) 形成(Bildung)です。
第1章 ゲマインシャフトの理論
ここでは、出生、母子関係、夫婦関係、兄弟、父子関係、享楽と労働、場所のゲマインシャフト…とつみあげていきます。
 ここで注目すべきなのは、「都市」Stadt が、ゲマインシャフトにいれられていることです。ドイツは統一が遅れ、数百の領邦国家から成り立っていました。その国家がそれぞれの首都をもっていました。そうした小さくとも(たとえばワイマールのように)首都であった都市は文化の中心地でもありました。また多くの大学町(たとえばチュービンゲン・ハイデルベルクなど)も存在し、それも高い文化水準をもっていました。ドイツにはそうした文化的なまとまりと洗練度をほこる小都市が今もいくつもあるのです。
 第2章 ゲゼルシャフトの理論
ここでの記述は、基本的にマルクスが『資本論』で語っている内容と大差ありません 。交換、交換価値(ゲゼルシャフト的価値)、貨幣、所有と契約、市民社会(万人すべて商人)
労働者、資本家、商品市場と労働市場、階級へと記述がすすんでいきます。早い話が資本主義が支配する社会関係をのべたものといえます。

第2篇 本質意志と選択意志
ここではこの2類型の集団結合の基礎となる、人間の意志についての2類型が論じられます。すなわち、「本質意志」(思惟をふくむ意志、生の統一性原理)と、「選択意志」(意志をふくむ意志そのものの産物)です。
1-9章は、本質意志のさまざまな形式を述べています。すなわち、気に入り、習慣、記憶などなど、盛りだくさんです。
10章は、選択意志についてこう述べています。
「思惟された目的すなわち追求されるべき対象とか望まれた事象によって、つねにまず尺度が与えら得れ、この尺度にしたがって、企画されるべき活動が規定され、方向を与えられる。否それどころか---完全な場合には---目的に関する考えが、他の一切の考えや、思慮、したがって任意に選択される一切の行為を支配するのである。これら一切の思慮や行為は、目的に役立ち、目的に通ずるものでなければならない」(196頁)。早い話が「目的手段的な合理性」が支配するということです。さらにゲゼルシャフトは「計算可能な」関係世界だということです。
 そのあと、両者を比較し、39章で、「本質意志がゲマインシャフトの諸条件をみずからのうちに有していること、および選択意志がゲゼルシャフトを生じせしめる」(下68頁)とまとめています。
 第3篇 自然法 の社会学的基礎
 ここでは、意志論にまでさかのぼった上で、その意志論にもとづいてあるべき社会の基本となる法の体系を構築しようとしています。


ゲマインシャフト     ゲゼルシャフト
本質意志         選択意志
おのれ(Selbst)     人格(Person)
占有(Besitz)      財産(Vermoegen)
土地            貨幣
身分権          債権
   
第3章 結合された意志の諸形式
ここでは、本質意志と選択意志がそれぞれ結合されていかなる社会が形成されるかの考察しています。本質意志の結合の拡大は民族にいたる、のに対して、選択意志の結合の拡大は国家にいたる。ここで重要なのはテンニースが国家を民族を体現したものとはみなしていないことです。
「国家(Staat)は二様の性格を有する。まず第一に、国家は普遍的ゲゼルシャフト的結合である。・・・第二に、国家はゲゼルシャフトそのもの、換言すれば、ここの理性的ゲゼルシャフト的主体という観念と共に与えられる社会的理性である」(179-80頁)。
「国民国家(nationaler Staat)の形成は無限に拡大するゲゼルシャフトの一時的に限定されたものにすぎない」(189頁)。 
 つまり、テンニスにはいわゆるナショナリズムにみられるような、民族と国家を同一視するような指向はないのです。ふつうナショナリズムにおいては、過去の幻影が民族の形をとって現在の国家体制を正当化するものとして要請されます。しかし、ホッブスの社会幾何学に習って、社会集団の2類型を幾何学的に積み上げ明晰に構成したテンニースにとって、国民国家を「民族」の名の下に正当化することは許されないのです。
 最後にテンニースは、結論と概観をしてこの本を締めくくっています。

7.社会幾何学の意味
こうして再読してみると、テンニースはマルクスの資本主義論とホッブスの市場社会の社会幾何学を結合させて、ゲゼルシャフトの理論を構築したことがわかります。そのうえで、それと対置されるべきゲマインシャフトの理論を、人間の本質意志から構築したのでした。テンニースのオリジナリティは、ゲマインシャフト論の構築にあります。彼は、資本主義化による社会の混乱を、資本主義=市場社会の原理とはことなる社会の構成原理(本質意志によるゲマインシャフトの関係)を提示することで、解決しようとしたのです。
 それは中根千枝の批判するような「傾向」論とはまるでちがう、きわめて構築的なものでした。そして、「温度差」や「傾向」から社会を論じる印象批評的社会論が、過去の幻想を作り上げ、その幻想、とりわけ民族幻想を用いることで、(たとえばナチズムのように)現在の国家の矛盾と権力闘争を隠蔽し正当化することにたいして、きっぱりと手を切ることができたのです。 
8.差異の形成
テンニースの『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』は、こうしたすぐれた明晰な理論形成によるものでした。しかし、それでも私たちはあえて異論を提起したいと思います。
 テンニースの理論において、ゲマインシャフトとゲゼルシャフトは併存しており、また社会の全体的方向は、ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへと向かっているとされています。
 しかし、ゲマインシャフトというのは、じつはゲゼルシャフトの関係が支配的になること(ゲゼルシャフト化)によって生まれてきたのではないでしょうか。
 たとえばゲマインシャフトの代表としてあげられる家族は、きわめて融和的な関係にとらえられています。しかし、実際の「家」にはもっと計算づくの関係ではなかったのか、愛情によって家族をとらえようとするのはきわめて近代的な発想ではないのか。社会がゲゼルシャフト化してくるにつれ、それを補完するものとして「家」は情緒的な「家族」へと変質していったのではないのか。
 社会のゲゼルシャフト化が、ゲマインシャフトとゲゼルシャフトの二分化をうみだしたのではないのか。テンニースが掲げる、ゲマインシャフト/ゲゼルシャフトという差異じたいが、じつはゲゼルシャフト化、すなわち資本主義化の運動によってもたらされたのではないか。そしてこのゲマインシャフト/ゲゼルシャフトという差異がもつ、いわば温度差が、資本主義のエネルギーとなっているのではないか。ちょうど親密性が支配する家族が市場的な資本主義関係を補完するものであるように。近代という時代は、計算づくの関係を生み出すと同時に、計算づくでないような欲得なしの親密な関係を生み出す。計算尽くの関係は計算尽くでない関係に補完されつつ存在しているのではないのか、そうかんがえられるのです。

9.差異の消失:近代から現代へ
故郷に帰った私たちを待っているのは、東京と変わりばえしない安っぽい駅前の風景です。故郷の人びとは車を飛ばし、カラオケに興ずる。美しかった田畑は休耕地となって雑草だらけ、魚が群れていた川は護岸工事のために排水路のようになり、裏山には産業廃棄物が山積みになっている。父の遺産のもとは二束三文だった山の土地はリゾート開発で高騰し、一家の者はそれを奪い合う。故郷の町はシャッター街となって、パチンコ屋だけがけたたましい。故郷の親戚は、パチンコ屋とカラオケ屋を車で行き来する生活のなかで、地方のなけなしの最後の富が吸い上げられていく。帰省に疲れ果てて、都会の我が家に帰ってみれば、そこではばらばらの食事、たまに一緒にいると、たがいの顔をみることもなく、スマートフォンの画面を見つめている。
 今日、顕著になっているのは、計算ずくの世界に疲れた我々が帰って行くべきとされ
た世界、ゲマンインシャフト的な世界が、次々と浸食され剥奪されていく風景なのではないでしょうか。
 もはやゲマインシャフトはゲゼルシャフトの外部(他者)として存在するのではない。
ゲマンインシャフト的世界はゲゼルシャフト化によって浸食され崩壊ししつある。
 二項対立の差異により維持された近代そのものが、じょじにみずからの足もとを堀崩していく、それが、現代というものの基調であるように思われるのです。
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# by takumi429 | 2016-05-05 18:11 | 社会学史 | Comments(0)

2.マルクス 資本主義としての近代(1)

 2.マルクス 資本主義としての近代

 私たちが生きているこの社会環境(近代社会)とはどんな社会なのか。その診断としてもっとも有名でかついまだ影響力の強いのは、カール・マルクス(Karl Marx 1818 - 1883)のくだした診断です。マルクスによれば、近代社会とは資本主義に支配された社会です。
 この資本主義においてはどのようなことが起きているのか。まず、ある短い小説を読んでみることにしましょう。

 セメント樽の中の手紙
 葉山嘉樹(はやまよしき)(1926年)
 松戸与三はセメントあけをやっていた。外の部分は大して目立たなかったけれど、頭の毛と、鼻の下は、セメントで灰色に蔽(おお)われていた。彼は鼻の穴に指を突っ込んで、鉄筋コンクリートのように、鼻毛をしゃちこばらせている、コンクリートを除(と)りたかったのだが一分間に十才ずつ吐き出す、コンクリートミキサーに、間に合わせるためには、とても指を鼻の穴に持って行く間はなかった。
 彼は鼻の穴を気にしながら遂々(とうとう)十一時間、――その間に昼飯と三時休みと二度だけ休みがあったんだが、昼の時は腹の空(す)いてる為めに、も一つはミキサーを掃除していて暇がなかったため、遂々(とうとう)鼻にまで手が届かなかった――の間、鼻を掃除しなかった。彼の鼻は石膏(せっこう)細工の鼻のように硬化したようだった。
 彼が仕舞(しまい)時分に、ヘトヘトになった手で移した、セメントの樽(たる)から小さな木の箱が出た。
「何だろう?」と彼はちょっと不審に思ったが、そんなものに構って居られなかった。彼はシャヴルで、セメン桝(ます)にセメントを量(はか)り込んだ。そして桝(ます)から舟へセメントを空けると又すぐその樽を空けにかかった。
「だが待てよ。セメント樽から箱が出るって法はねえぞ」
 彼は小箱を拾って、腹かけの丼(どんぶり)の中へ投(ほう)り込んだ。箱は軽かった。
「軽い処を見ると、金も入っていねえようだな」
 彼は、考える間もなく次の樽を空け、次の桝を量らねばならなかった。
 ミキサーはやがて空廻(からまわ)りを始めた。コンクリがすんで終業時間になった。
 彼は、ミキサーに引いてあるゴムホースの水で、一(ひ)と先(ま)ず顔や手を洗った。そして弁当箱を首に巻きつけて、一杯飲んで食うことを専門に考えながら、彼の長屋へ帰って行った。発電所は八分通り出来上っていた。夕暗に聳(そび)える恵那山(えなさん)は真っ白に雪を被(かぶ)っていた。汗ばんだ体は、急に凍(こご)えるように冷たさを感じ始めた。彼の通る足下(あしもと)では木曾川の水が白く泡(あわ)を噛(か)んで、吠(ほ)えていた。
「チェッ! やり切れねえなあ、嬶(かかあ)は又腹を膨(ふく)らかしやがったし、……」彼はウヨウヨしている子供のことや、又此寒さを目がけて産(うま)れる子供のことや、滅茶苦茶に産む嬶の事を考えると、全くがっかりしてしまった。
「一円九十銭の日当の中から、日に、五十銭の米を二升食われて、九十銭で着たり、住んだり、箆棒奴(べらぼうめ)! どうして飲めるんだい!」
 が、フト彼は丼の中にある小箱の事を思い出した。彼は箱についてるセメントを、ズボンの尻でこすった。
 箱には何にも書いてなかった。そのくせ、頑丈(がんじょう)に釘づけしてあった。
「思わせ振りしやがらあ、釘づけなんぞにしやがって」
 彼は石の上へ箱を打(ぶ)っ付けた。が、壊われなかったので、此の世の中でも踏みつぶす気になって、自棄(やけ)に踏みつけた。
 彼が拾った小箱の中からは、ボロに包んだ紙切れが出た。それにはこう書いてあった。

 ――私はNセメント会社の、セメント袋を縫う女工です。私の恋人は破砕器(クラッシャー)へ石を入れることを仕事にしていました。そして十月の七日の朝、大きな石を入れる時に、その石と一緒に、クラッシャーの中へ嵌(はま)りました。
 仲間の人たちは、助け出そうとしましたけれど、水の中へ溺(おぼ)れるように、石の下へ私の恋人は沈んで行きました。そして、石と恋人の体とは砕け合って、赤い細い石になって、ベルトの上へ落ちました。ベルトは粉砕筒(ふんさいとう)へ入って行きました。そこで鋼鉄の弾丸と一緒になって、細(こまか)く細く、はげしい音に呪(のろい)の声を叫びながら、砕かれました。そうして焼かれて、立派にセメントとなりました。
 骨も、肉も、魂も、粉々になりました。私の恋人の一切はセメントになってしまいました。残ったものはこの仕事着のボロ許(ばか)りです。私は恋人を入れる袋を縫っています。
 私の恋人はセメントになりました。私はその次の日、この手紙を書いて此樽の中へ、そうと仕舞い込みました。
 あなたは労働者ですか、あなたが労働者だったら、私を可哀相(かわいそう)だと思って、お返事下さい。
 此樽の中のセメントは何に使われましたでしょうか、私はそれが知りとう御座います。
 私の恋人は幾樽のセメントになったでしょうか、そしてどんなに方々へ使われるのでしょうか。あなたは左官屋さんですか、それとも建築屋さんですか。
 私は私の恋人が、劇場の廊下になったり、大きな邸宅の塀(へい)になったりするのを見るに忍びません。ですけれどそれをどうして私に止めることができましょう! あなたが、若し労働者だったら、此セメントを、そんな処に使わないで下さい。
 いいえ、ようございます、どんな処にでも使って下さい。私の恋人は、どんな処に埋められても、その処々によってきっといい事をします。構いませんわ、あの人は気象(きしょう)の確(しっ)かりした人ですから、きっとそれ相当な働きをしますわ。
 あの人は優(やさ)しい、いい人でしたわ。そして確かりした男らしい人でしたわ。未(ま)だ若うございました。二十六になった許(ばか)りでした。あの人はどんなに私を可愛がって呉れたか知れませんでした。それだのに、私はあの人に経帷布(きょうかたびら)を着せる代りに、セメント袋を着せているのですわ! あの人は棺(かん)に入らないで回転窯(かいてんがま)の中へ入ってしまいましたわ。
 私はどうして、あの人を送って行きましょう。あの人は西へも東へも、遠くにも近くにも葬(ほうむ)られているのですもの。
 あなたが、若(も)し労働者だったら、私にお返事下さいね。その代り、私の恋人の着ていた仕事着の裂(きれ)を、あなたに上げます。この手紙を包んであるのがそうなのですよ。この裂には石の粉と、あの人の汗とが浸(し)み込んでいるのですよ。あの人が、この裂の仕事着で、どんなに固く私を抱いて呉れたことでしょう。
 お願いですからね。此セメントを使った月日と、それから委(くわ)しい所書と、どんな場所へ使ったかと、それにあなたのお名前も、御迷惑でなかったら、是非々々お知らせ下さいね。あなたも御用心なさいませ。さようなら。

 松戸与三は、湧(わ)きかえるような、子供たちの騒ぎを身の廻りに覚えた。
 彼は手紙の終りにある住所と名前を見ながら、茶碗に注いであった酒をぐっと一息に呻(あお)った。
「へべれけに酔っ払いてえなあ。そうして何もかも打(ぶ)ち壊して見てえなあ」と怒鳴った。
「へべれけになって暴(あば)れられて堪(たま)るもんですか、子供たちをどうします」
 細君がそう云った。
 彼は、細君の大きな腹の中に七人目の子供を見た。
(大正十五年一月)

 すぐれた作品なので、あえて全文を引用しました。この小説は教科書にも採用されているので、お読みになったかたも多いでしょう。プロレタリア文学の傑作と言っていい短編です。
 実際に、粉砕機のなかに人が飲み込まれてしまったら、コンクリートの質が落ちますから、機械を止めるにちがいありません。ですから、この話はあくまでもフィクション(作り話)です。にもかかわらず、読み手にずっしりとしたリアリティを感じさせるのは、作者の葉山嘉樹が実際にセメント工場で働き、その体験のなかで、資本主義における労働というものを、理屈だけでなく体で理解しているからです。
 労働者の命がセメントになるというのは、粉砕機に飲み込まれた青年だけではありません。鼻にコンクリートの粉がつまって徐々に鼻がコンクリートになっていく主人公もまたコンクリートへとその生命を変質させているのです。そして彼らの命はコンクリートにかえられ、それを生み出した労働者のあずかり知らぬところへと、商品として、売られていくのです。
 主人公が休むどころか鼻をかくひまもなく働いても、支払われるのは、自分と家族を維持するぎりぎりの賃金でしかありません。労働者は酒を飲んで余暇を楽しみむこともできません。わずかな賃金で、自らの労働力を再生産し、かつ子どもをつくることで、次世代の労働力を再生産するのです。

 こうした労働のあり方というのはもう過去のものなのでしょうか。いえ、そうとはいえないように思えます。森岡孝二の『過労死は何を告発しているのか 現代日本の企業と労働』(岩波書店2013年)を読んでみると、欧米先進国が週40時間ちょっとの労働時間に対して、日本の労働者は正社員で53時間も働いており、その中で、過労死や過労自殺に追いやられていることがわかります。この小説の現実は、こと日本に限ってみれば今だに続いていると言えるのです。
 ここで、「資本主義」というものを、すこしこの小説の読書感に近づけて定義してみましょう。
 資本主義とは、
 生産の現場で、労働者は命をけずって物を作っている。彼らの生命は生産物となる。だがその生産物は、すべて資本家のものとなり、市場で商品として切り売りされる。労働者がその品物にどんな思い入れを込めようと、それは商品となり、いくらで売れるか、お金(貨幣)で、その価値は計られる。こうして労働者の働きは、金(貨幣)で売り買いされる商品にされる。また資本家も、お金(資本)を増やすように命じられており、それに失敗すれば倒産するほかはない。つまり、資本家は、「人格化された資本」das personilizierte Kapital であって、拡大を続けようとする資本(お金)に操られた人形である。こうした、命をけずり切り売りするしかない労働者と、その労働者を雇い資本を増大することを絶対命令として経営する資本家との関係が、社会の支配的基調となっている社会、それを「資本主義」と呼ぶ。

 商品の世界 
 資本主義では、マルクスが『資本論』(第1巻1967年)の冒頭でいったように、社会の富は「とほうもない商品のあつまり」 として、現れます。みなさんも、巨大なショッピング・モールやデパートに行った時のことを思ってください。膨大な数の商品がきらびやかに輝きながら私たちを迎え、わたしたちに「豊かさ」の世界へと誘ってくれます。
 あらゆるものが、「商品」として現れる。その気になればそれを「買うことができる」。品物だけでなく、若さも美さえも、成長ホルモンなどのアンチエイジングの薬を買い、スポーツジムの会員になって加圧トレーニングを受ける、それでもだめなら整形手術を受ければ、手に入る。幸福さえ、金があれば手に入る。貧乏は体だけでなく心まで蝕みます。「良い性格」は豊かな恵まれた生活のなかで育まれます(それを理解できない人は苦労をしたことがない人です)。若さも美しさも幸せも健やかな生活も心も、すべて金さえあれば「手に入れることができる」。それがあらゆる「豊かさ」が「商品」として現れている資本主義の世界です。
 市場社会の奇妙な等号
 さてこの商品世界ではひとつの奇妙な等号があります。
 いま、あなたが、お父さんの形見の万年筆を、質屋かどこかで、売ろうとしたとします。あなたがお父さんの形見の万年筆を使っているといくつも思い出がよみがえってくることでしょう。少々引っかかりのあるその筆感さえ、味わい深いものであるかもしれません。しかし、それを売ろうとすると、とたんに、たとえば、「150円」というような値段が付けられます。思い出深い万年筆も、売りに出そうとすると、自販機のペットボトルのお茶と同じ値段のものでしかない。
 マルクスはここで、品物が2つの価値を持っていると言います。
つまり、使う者にとっての品物の価値、これを「使用価値」といいます。父の形見の万年筆は、思い出の詰まった品物です。しかしこれを売りに出した時には、たんなる「古いボロの万年筆」にすぎません。こうして売りに出そうとしたときの価値を「交換価値」、あるいは単純に「価値」といいます。つまりいわゆる「商品価値」です。
 ここではちょっと奇妙な等号(イコール)がみられます。つまり、使用価値はまったく異なっている物が、交換価値は同じだとされるのです。父の形見の万年筆は、もちろん自販機のペットボトルのお茶とは、別物です。でもその(交換)価値、商品価値においては、同じものだとみなされるのです。そしてこの(交換)価値を体現するものとして、お金(貨幣)が出現します。
 お金によるものの商品化
 お金はその商品価値を示すだけではありません。もしお金がない物々交換の世界では、万年筆とお茶の交換が成立機会というのはほとんどないでしょう。たまたま、いらなくなった古万年筆をもっていてお茶が飲みたくなった人と、たまたま、万年筆がほしくてしかもペットボトルのお茶をもっているけどいらない人、そんな二人が遭遇する、なんてことは万ひとつもあるものではありません。でも、お金を媒介にしすれば、べつにそんな特殊な欲望をもった人が遭遇する必要はありません。万年筆を売りたい人はそれを売ってわずかな金にかえる。ペットボトルのお茶を売る人は150円出してくれる人に売ればいいだけのことです。物々交換の同時性はなくなり、商品の交換はきわめてフレキシブルなものになり、より自由にたくさんのものがお金と交換されることで商品となることができるのです。つまり、貨幣(お金)の媒介によって、物々交換という限定された交換から、商品交換(市場)の世界が出現するわけです。
 お金(貨幣)は、品物と品物のたんになかだち(媒介)するものから、その品物の商品としての価値を示すものとなります。さらに、お金(貨幣)をなかだちすることで、交換物々交換のもっていた、互いに相手のものを欲しているひとが遭遇するという、制限から自由になり、交換は格段に拡大します。結果、それまで売りに出されそうもなかったようなものまでが商品へとなっていきます。そして、貨幣はあらゆるものを購買できることから、貨幣の所有はあらゆるものを購買し使用できる可能性を溜め込んだ(ストックした)ものとして現れるのです。そう、「金さえあれば何でもできる」のです。

 貨幣のブランウン運動
 商品交換(売買)によって、お金(貨幣)は人の手から人の手へと渡り歩いていきます。
市場における商品交換(売買)は、お金(貨幣)の動きとして現れます。それはちょうどブラウン運動に似ています。ブラウン運動とは、浮遊する微粒子がそれに衝突するいくつも分子のために、ふらふらと自分で動いているように見える現象をいいます。商品交換によってお金(貨幣)はまるで自律的に市場のなかを動き回ってみえるわけです。
 売り手も買い手もその品物にはさまざまな思い入れや来歴があるはずです。でも商品市場ではそういったことはいったん捨象して、品物と品物の交換、お金のやり取りだけが問題とされ、売り手と買い手は、金のやりとりしている「担い手」として現れてきます。
 マルクスはこう言っています。
「物の使用価値は人間にとって交換なしに、つまり物と人との直接的関係において実現されるが、物の価値は逆にただ交換においてのみ、すなわち1つの社会的過程においてのみ実現される・・・。ここ〔市場〕では、人々はただお互いに商品の代表者としてのみ、存在する。・・・人々の経済的扮装はただ経済的諸関係の人化Personifikationenでしかないのであり、人々はこの経済的諸関係の担い手として互いにに相対するのだ・・・。」
「貨幣運動はただ商品流通の表現でしかないのに逆に、商品流通がただ貨幣運動の結果としてのみあらわれるのである。」
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# by takumi429 | 2016-04-22 00:06 | 社会学史 | Comments(0)

2.マルクス 資本主義としての近代(2)

 金をやりとりする手
 そうした売り手・買い手の個々人の顔を見ないで、金のやり手としてだけ見る、というか、そのようにやり取りが現れてくるというのは、ちょうど、ステファン・ツヴァイク(1881-1941)の小説「女の二十四時間」のつぎのような箇所に似ているかもしれません。
「わたしは賭博場にはいり、自分では賭けずに机のあいだをぶらぶら歩きまわって いました。ごちゃまぜになった組の者たちを、特別な方法でながめていたのです。特別な方法で、と申しましたが、これは死んだ夫があるとき教えてくれたものなのです。・・・つまり、けっして人の顔を見ずに、四角四面な机の面(おもて)だけを見、さらにそこにのっている人間の手と、そのおのおの独自なしぐさだけを見るという方法なのです。・・・あの緑色の長方形の盤だけをです。そのまんなかで、珠がよいどれのように数字から数字へとよろめうごけば、まるで畠にたねでもまくかのように、うずまく紙幣やら、まるい金貨や銀貨やらが、四角にくぎられたかこいのなかに落ち、と、さっとばかり大がまで刈るように、それを管理人〔ディーラー〕の熊手がひっさらってゆき、あるいは、まるで穀物のたばのように、それを勝つた者のところにしゃくってやる、といったぐあいです。速近法的に焦点をあわせれば、この場合変化しうる唯一のものは、手なのです――緑色のテーブルのまわりにぐるりとならび、白くぬきでてものまち顔の、そわそわとおちつかないたくさんの手なのです。・・・実際この突発的な手の動作こそは、常に各種各様の気性を背おったものであり、それぞれがみんなことなったものである上に、また常に思いがけない意外なものでもあるのです。・・・実に幾千という各種各様の手があるものなのです。毛のはえたまがった指があり、卿蛛のように金をわしづかみ にする野獣のような手、靑ざめた爪がついて、金をつかむこともできなさそうな、ふるえる神経質な手、高貴な手、下賎な手、残忍な手、内気な手、狡猾な手、それからいわばロごもるような舌たらずの手――しかしそのどれもがことなった印象をあたえるのです。これらの一対の手が、どれを取りあげてみてもそれぞれの特殊な生活を表現しているからです。」
 ある日、この婦人はカジノで異様な手を見つけ、その手の持ち主をつい見てしまいます。。手の持ち主は、たまたま初めて立ち寄ったカジノで大当たりを取ってしまったために、賭け続けて破産しつつあった青年でした。異常な興奮状態の彼に巻き込まれて情事を重ねてしまった婦人は、帰るための旅費を彼に渡します。ところがまたカジノに行くと、その金をつぎ込んでいる青年をみつけます。婦人が叱責すると、青年は激昂して婦人を床に叩き伏せます。カジノを去った婦人は、風の便りに、数日後破産し破滅した青年が自殺したと知るのでした。

 ここでは、手は口ほどに物を言い、というふうに、手にその人間の本質が現れてくると婦人は語っています。でもたまたまビギナーズ・ラックで大当たりを取ってしまって、カジノにのめり込み破滅することになった青年の手は、彼の性格を現すというより、カジノのもつ魔力、金の魔力に魅入られた手だと言うべきでしょう。人びとは金をやりとりする担い手となり、その金によって底なしの欲望をいだき破滅していくのです。

 労働者の「搾取」とは
 さてこの資本主義では労働者は搾取されているとマルクスは言います。つまり、労働者が生産現場で生み出した「剰余価値」が、資本家によって奪われているというのです。剰余価値についての岩井克人の明快な説明を引きましょう。

「剰余価値とは、貨幣の蓄積を目標とする産業資本家と、自らの労働力を商品として自由に処分でき、同時に自らの労働力を生産物の形で実現するための生産手段から切り離されているという『二重の意味で自由な』労働者が、市場で接触することによって生じる…。具体的には、それは、産業資本主義経済における資本家は、労働市場で商品として購入した労働力を生産過程で使用することによって、労働力の再生産に必要な生活手段の価値(すなわち労賃の形で支払われる労働力の価値)と生産過程で消費あるいは減耗したさまざまな原材料および生産手段の価値との和以上の総価値をもつ生産物を生産することができる…。そして産業資本家自身のものとなるこの価値の剰余部分が「剰余価値」と呼ばれるのである。さらに詳しく言えば、産業資本主義社会において剰余価値は二通りの仕方で生み出すことができる。一つは労働者の労働時間の延長あるいは労働の強化であり、それによって発生した剰余価値は「絶対的剰余価値」と呼ばれる。もう一つは、労働時間あるいは労働の強化が固定されている中で、労働の生産性を一般的に高めることによって労働力の再生産に必要な生活手段の価値を相対的に低下させることであり、それによって発生した剰余価値は「相対的剰余価値」と呼ばれる」。
「いま、ある企業家が新たな技術の採用すなわち『技術革新』によって他の企業家に先がけて労働の生産性を高めることに成功したとしよう。この企業家が生産物を旧来の技術の下で成立していた市場価格で売るならば、彼は労働生産性の上昇分だけ他の企業家以上の利潤を獲得するはずである。マルクスの言う『特別剰余価値』とは、このようにして革新に成功した企業家の手元に残る超過利潤のことである」。

 つまり、剰余価値とは、生産物に込められた、労賃分の労働力と原材料生産手段の価値より以上の、労働力です。また絶対的剰余価値とは、労働者の労働時間の延長あるいは労働の強化で得られる剰余価値のことであり、相対的剰余価値とは、労働の生産性を一般的に高めることによって労働力の再生産に必要な生活手段の価値を相対的に低下させることによって発生した剰余価値です。また特別剰余価値とは、技術革新によって労働の生産性をあげることで獲得された剰余価値のことです。資本主義とは資本家がこの労働者のうみだした剰余価値を奪い、市場で金にかえて、それを自分の資本とし、それをさらに投入して生産していくしくみにほかなりません。

 システムとシステムの差異
 岩井克人は、さらにすすんで、あらゆる資本主義とは、価格システムと価格システム(等号の体系)との間の差異(ギャップ)を利用して儲けるものにほかならない、といいます。

「それでは、利潤とは、詐欺、ベテン、泥棒、掠奪といったまさに不等価交換がおこなわれている場 所でしかみ出されえないものなのであろうか?利潤とは、等価交換からはけっして生み出されないものなのであろうか?この問いにたいする答は、しかし、否である。実は、あくまでも等価交換の原則にもとつきながらも利潤を生み出すことのできる場所が、いわば場所ならぬ場所において存在するのである。
 ふたつの異なった価値体系の狭間—それが、そのょうな場所、いや非場所である。すなわち、おたがいに異なったふたつの価値体系のあいだを媒介して、ー方で相対的に安いものを買い、他方で相対的に高いものを売る—それが、等価交換のもとで利潤を生み出す唯一の方法である。利潤とは、価値休系と価値体系とのあいだにある差興から生み出される。利潤とは、すなわち、差異から生まれる。
 たとえば、遠隔地交拐に代表される『ノアの洪水以前から』の商業資本主義とは、地域的に離れたふたつの共同体のあいだの価値体系の差興を媒介して利潤を生み出す方法であり、いわゆる産業革命以降に確立した産業資本主とは、生産手段を独占している資本家が、労働力の価値と労働の生産物の価値とのあいだの差異を媒介して利潤を生み出す経済機構であり、いわゆるポスト産業資本主義的な形態の資本主義においては、新技術や新製品のたえざる開発によって未来の価格体系を先取りすることのできた革新的企業が、それと現在の市場で成立している価格体系との差異を媒介して利潤を生み出し続けている。突際、貨幣の無限の自己増殖をその目的とし、利潤の獲得をその動機としている資本主義にとって、差異さえあれば、それはどのような差異であってもかまわない。」

 商業資本主義は、遠隔地での価格システムの違いをつかって儲けます。たとえば、二束三文のガラス玉が、遠く離れたアフリカやアジアでは高値で売れる。遠隔地ではありふれたもの(例えば象牙や陶器)がヨーロッパでは高価なものとなる。二束三文の物(たとえばガラス球)を遠隔地に持っていてそこで高く売り、そこでは高くない物(たとえば象牙や陶器)に換えて、ヨーロッパに戻り、それを売って大儲けする。これが商業資本の利潤の獲得のしかたです。
 これに対して、産業資本主義は、生産過程における労働力商品の価格と商品交換(市場)のおける労働力商品の価格のギャップ(差異)を利用して資本家が儲けます。生産現場では労働者を一日こき使って商品を作ります。でもほんとうはその労働者の一日を養うのに必要なのは、市場ではその生産物の(たとえば)半分と交換される品物でしかない。生産現過程と流通過程での労働力の価値システムの差異を利用して資本家は利潤をあげる(もうけている)わけです。あるいは、技術革新によって他の生産現場にたいする優位(差異)を利用して利潤をあげるのです。これは現在と未来の生産力の違い(それによる労働力の価値の違い)という差異を利用して利潤をあげているわけです。
 つまり岩井によれば、資本主義とは、システムとその外にあるシステムとの差異によって動く熱機関のようなものなのです。だが、もし、システムがその外に別の差異のあるシステムをもたなくなったら、つまりシステムが拡大してその外部を持たなくなったら、どうなるのでしょうか。ものを生産する場とものを売買し消費する場が完全に一体化してしまったら、それは、石炭・石油や原子力で加熱しようにも外部が高温となって温度がなくなってしまった状態(熱死)の熱機関のようなもので、何の利潤も生み出すことができず、動きを止めてしまうでしょう。資本主義は、システムの外に差異ある外部をつねに必要としているわけです。

 史的唯物論
 こうした資本主義の社会は人類の歴史おいてどのような位置にあるのでしょうか。マルクスは『資本論』の前に書いた『経済学批判序言』(1859年)で次のような定式化をしています。いわゆる、史的唯物論の定式とよばれるもので、ちょっと長いですが、重要なので、全部引用しておきましょう。

「人間は、その生活の社会的生産において、一定の、必然的な、かれらの意思から独立した諸関係を、つまりかれらの物質的生産諸力の一定の発生段階に対応する生産諸関係を、とりむすぶ。この生産諸関係の総体は社会の経済的機構を形づくっており、これが現実の土台となって、そのうえに、法律的、政治的上部構造がそびえたち、また、一定の社会的意識諸形態は、この現実の土台に対応している。物質的生活の生産様式は、社会的、政治的、精神的生活諸過程一般を制約する。人間の意識がその存在を規定するのではなくて、逆に、人間の社会的存在がその意識を規定するのである。
 社会の物質的生産諸力は、その発展がある段階にたっすると、いままでそれがそのなかで動いてきた既存の生産諸関係、あるいはその法的表現にすぎない所有諸関係と矛盾するようになる。これらの諸関係は、生産諸力の発展諸形態からその桎梏へと一変する。このとき社会革命の時期がはじまるのである。経済的基礎の変化につれて、巨大な上部構造全体が、徐々にせよ急激にせよ、くつがえる。
 このような諸変革を考察するさいには、経済的な生産諸条件におこった物質的な、自然科学的な正確さで確認できる変革と、人間がこの衝突を意識し、それと決戦する場となる法律、政治、宗教、芸術、または哲学の諸形態、つづめていえばイデオロギーの諸形態とを常に区別しなければならない。ある個人を判断するのに、かれが自分自身をどう考えているのかということにはたよれないのと同様、このような変革の時期を、その時代の意識から判断することはできないのであって、むしろ、この意識を、物質的生活の諸矛盾、社会的生産諸力と社会的生産諸関係とのあいだに現存する衝突から説明しなければならないのである。
 一つの社会構成は、すべての生産諸力がその中ではもう発展の余地がないほどに発展しないうちは崩壊することはけっしてなく、また新しいより高度な生産諸関係は、その物質的な存在諸条件が古い社会の胎内で孵化しおわるまでは、古いものにとってかわることはけっしてない。だから人間が立ちむかうのはいつも自分が解決できる問題だけである、というのは、もしさらに、くわしく考察するならば、課題そのものは、その解決の物質的諸条件がすでに現存しているか、またはすくなくともそれができはじめているばあいにかぎって発生するものだ、ということがつねにわかるであろうから。
 大ざっぱにいって経済的社会構成が進歩してゆく段階として、アジア的、古代的、封建的、および近代ブルジョア的生活様式をあげることができる。ブルジョア的生産諸関係は、社会的生産過程の敵対的な、といっても個人的な敵対の意味ではなく、諸個人の社会的生活諸条件から生じてくる敵対という意味での敵対的な、形態の最後のものである。しかし、ブルジョア社会の胎内で発展しつつある生産諸力は、同時にこの敵対関係の解決のための物質的諸条件をもつくりだす。だからこの社会構成をもって、人間社会の前史はおわりをつげるのである。」

「史的唯物論」とはなにかという議論には入り込まないでおきましょう。ただここで確認しておきたいのは、マルクスは、生産力の発展が、生産関係の変革をもたらし、ひいては社会体制の変革をもたらす、と考えていたということです。
 たとえば、狩猟生活の段階では、人類はたまにしかとれない獣で生きていくことができませんから、木の実などを採取して生活していたと想像されます。栗などの木の実を女たちが採取して食事にしていました。木の実の量は限られていましたから、そのそばにはわずかな人々しか暮らせなかったでしょう。また採取し過ぎると餓死することいなるので採取の量と時期についての慣習や指導もあったでしょう。また狩猟においては男たちの共同作業の役割と序列があったことでしょうし、たまたまとれた獣をどのように料理し分配するかのきまりもあったことでしょう。
 農業生産ができるようになると、一粒の穀物からたくさんの穀物がとれるようになりました。たとえばメソポタミアでは1粒の麦から80粒の麦が育ったといいます。この飛躍的な食料生産力の増大は、大量の人口を可能にしました。集落は大きくなり余剰生産物をあつかう市場やそれを管理し他所から略奪から守る権力も必要になったでしょう。こうして農民とそれを支配する王権がうまれてきたでしょう。また天候と季節に左右される農業生産では、天文学が天候を操る神への信仰も生まれたでしょう。
 一年ごとの太陽エネルギーが蓄積されたのが穀物(農産物)だとするなら、有史以前からの太陽エネルギーが蓄積されたのが、石油や石炭などの化石燃料です。この化石燃料を燃やすことで、昼夜、天候や季節に左右されない生産(24時間の生産)が可能になりました。(化石燃料の利用には、蒸気機関と内燃機関の2つの発展方向がありましたが、人類は途中から内燃機関(いわゆるエンジン)を発展させる方向に進みました)。この生産力をつかって大量の製品が生まれました。その生産のための労働者と資本家の関係が社会の中心的な生産関係となりました。商品の売り買いを保護するために個人の所有権というものが基本的な権利となりそれをまもるために法律や政府が生まれました。労働と個人の所有というものを絶対視する考えが広がります。
 原子力という原爆転用の技術を内包した生産力の発見によって、原子力発電が生まれ、それを維持し配電しる電力会社、原子力発電所を受け入れる原発村などの関係がうまれました。原爆転用の技術を内包した発電技術は軍事力との密接な関係を裏にもっています。処理方法が不十分で兵器転用の可能な原子力をたえず安全だと言い続ける必要から、多くの助成金で学者が飼われ、メディアへの巨大な資金の投入から「安全神話」が歌われつづきてきました。
 こうして、生産力はそれに見合った生産関係をもち、そのうえにそれにみあった、政治や文化の形をもつことになります。
 支配というものは、そのたびごとにむち打ちするような非効率な支配よりも、支配されることが「あたりまえ」だと思うように人間を飼いならしていくことをめざします。
「働かない人間はダメな人間だ」、「残業して一人前」、「有給をとるなんてとんでもない」とかいう「空気を読めない」(KY)奴はダメだ、というような言い回しは、支配者や資本家にとって好都合な理屈を、「一般常識」のように思い込ませているだけです。あるいは「女は男と比べると劣っている」という「女ってさ・・・」という言い方は、女性を非正規雇用のパートの低賃金に押し込め正当化するための言い草でしかありません。
 マルクス主義では、こういう、支配者にとって支配されるもの信じこませると便利な、支配を正当化するような、ものの考えのことを「イデオロギー」といいます。また、人々におしつけられ、人々の真実の存在を隠すような意識のことを「虚偽意識」といいます。

 まとめ
 ではマルクスの近代のとらえ方をまとめておきましょう。
 マルクスによれば、近代社会とは資本主義が支配する時代です。
(1)そこでは使用価値が違う物が、等しい(交換価値)を持つものとして交換されます。交換の媒介(なかだち)をするにすぎなかったはずの貨幣(お金)が動きまわり、逆に人々の欲望をかきたて、あらゆるものが商品となっていきます。
(2)商品を生産し販売し資本を増大させる資本家は、資本主義の原則に則った形とはいえ、資本の人格化(金の亡者)として絶えざる資本増大を目指し、労働者を搾取し、他の資本家と弱肉強食の争いを繰り広げます。
(3)このマルクスの歴史観では、生産力が生産関係を規定しさらにその生産関係が、法・学問・文化・イデオロギーなどの上部構造を規定します
(4)資本主義はシステムとシステムとの差異から利潤(動力)を得ています。差異がなくなった時、利潤はえられず動力はなくなるとかんがえられます。資本主義はそのシステムの外部(システム)をたえず必要とするのです。
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# by takumi429 | 2016-04-22 00:03 | 社会学史 | Comments(0)

1.近代とはなんだろうか

 近代(現代)とは何だろうか
1.社会学とはなんだろうか。
(1)社会学の非体系性
社会学とはなんだろうか?
「社会学」という名前を聞いて、私たちはすぐにそういう疑問に駆られます。
これが法学や経済学などであったなら、これほどの疑問はわいてこないでしょう。それはそれぞれ、法と経済を扱う学問に決まっているからです(もちろんそこから先は案外むずかしい関門が待ちかまえているのでしょうが)。
ところが「社会学」と聞いても私たちには何の具体的なイメージも湧いてきません。社会を扱う学問というなら、「社会科学」という、法学も経済学もその中にふくまれるような大きな学問の総称があります。あえて「社会学」というからには何か意味がありそうです。
しかたなく私たちは社会学の教科書を手に取ります。そこでは人間が文化を学びながら家族の中で成長して世の中にでてさまざまな活動の従事したり、そこから外れたりすることが、さまざまな社会領域について書かれています。そこから受ける印象はきわめて散文的のものです。
我慢強い人は社会学の古典とされる作品を勧められて手に取ることでしょう。そこで受ける印象は教科書とはまるで異なったものでしょう。確かにおもしろい、しかしこれが教科書でならった社会学とどう関係しているのかわからない。というよりそれぞれの作品がばらばらに存在していて、いっこうに関連しあっていないのにきづくことでしょう。
実は社会学の主要な業績は相互に密接な関連を持っていないことが多いのです。教科書をよく読むと、実はいろいろな学者のさまざまな業績がつなぎあわされているだけのことがわかります。
(2)社会学は落ちこぼれが作ってきた
なぜこんなことになってしまったのでしょうか。
それはじつは社会学の重要な業績をつくった学者たちが、じつは社会学なんてものを学んだこともない部外者だったからなのです。
こころみに、社会学の巨人と呼ばれる人とその出身学問を列挙してみましょう。
テンニースは古典言語学、ヴェーバーは法律学、ジンメルは哲学、デュルケームも哲学、
パーソンズは経済学、ハバーマスは哲学、の出身です。これら文句なく社会学の著名な学者とみなされている学者が、じつは学生時代に社会学なんて勉強していなかったのです。ところが自分の研究をしていくうちに、もともとの学問の枠を飛び出して、悪く言えば、落ちこぼれて社会学者になってしまったのです。つまり社会学は既存の学問からの落ちこぼれが作ってきたという歴史があるのです。
(ちなみに、社会学出身の著名な学者としては、マートン、(それから最近ではベック)という人がいますが、巨人と呼ばれるにはすこし粒が小さいように思います)。
社会学の主要な業績はこうしたよそ者の業績をのけると、ほとんど残りません。つまり社会学というのは、じつは、一個の学問として内在的に発展してきたのではないのです。他の学問領域をしている学者がその領域に収まらなくなって飛び出し、その業績が「社会学」と名付けられているだけといっても過言でないのです。
 ですから「社会学」というのは名の下にこれらの学者の業績がくくることができるとしたら、それは内容のつながりや共通性によるのではありません。では何が、これらの学者に共通なのでしょうか。
(3)「社会学」という名の問題意識
社会学の巨人が既存の学問枠組みを飛び越えざるをえなかったのはなぜか。その理由は彼らがかかえた問題意識にあります。彼らは、既存の学問枠組みで収まりつかない問題意識を抱えてしまったのです。それは、今自分が生きているこの時代、あるいは社会と言ってもいいですが、それはいかなる時代(社会)かという問いです。彼らはこの問いに答えるにあたって、自分がその社会(時代)の中に生きているときにわき上がってくる、違和感や肌触りを捨て去ることができませんでした。そうした時代と社会についての自分の心情を切り捨てずに、むしろ生かした形で時代と社会をとらえようとし、その結果、既存の安定した学問の枠を踏み越えざるをえなかった、そういう人たちなのです。
 つまり彼らには共通した問題意識がありました。すなわち、自分を取り巻く社会はどのように変わってきたのか、またこれから変わっていくのだろうか、という問いです。いいかえれば、自分を取り巻き支配しているこの時代(近代あるいは現代)とはいかなる時代なのかという問いです。これをひとまず、「近代とは何か」という問いとしてまとめることにしましょう。
 極言すれば、社会学には共通した体系だった内容などないのです。あるのは共通の問い、つまり、今自分が生きているこの社会とはどんな社会であり、それはどう移ろい行くのか、という問いなのです。
 ですから社会学の諸業績を振り返るためには、内容の共通性や体系的な連関からみるのでなく、この「近代とは何か」という問いに、これまで社会学者はどのように答えてきたのか、という観点からこそ振り返る必要があります。というより、そこにしか社会学者たちの共通性はないからです。
(4)講義の方針
ですから、この講義では、「近代とは何か」という問いにどのように答えているか、それによって社会学の古典的作品を見ていくことにします。また「近代とは何か」という問いに答えている業績ならば、一般には社会学者とみなされていない者の作品も見ていくことにします。具体的には、マルクス(哲学者・経済学者・革命思想家)、ポー(詩人・小説家)ボードレール(詩人・評論家)、ベンヤミン(文学者)、ゾラ(作家)、アンダーソン(東南アジア研究者)、の作品も見ていくことにします。


講義予定

1.社会学とは何だろうか。
 社会学とは自分が今生きているこの時代をとらえようとする試みである。
 社会学者たちは自分たちの生きている時代(近代)をどのような時代ととらえたのか。

2.資本主義としての近代---マルクス---
 プロレタリアート(労働者)とブルジョワ(資本家) 使用価値と交換価値 

3.ゲゼルシャフト化としての近代---テンニス---
  社会幾何学(ホッブス)の継承としてのゲマインシャフト論
  伝統社会の瓦解と社会の再構築
  ゲマインシャフト/ゲゼルシャフトという差異の形成運動としての近代

4.逆説としての近代---ヴェーバー---
 プロテスタンティズムの倫理の逆説的帰結としての資本主義の精神
  倒錯した形式合理性の支配拡大としての近代
形式合理性 法と貨幣による普遍性・交換可能性 映画『クレーマー・クレーマー』
 
5.遊歩者の近代---ジンメル、ボードレール、ベンヤミン---
 交換価値の世界
 貨幣の担い手として商品の世界を遊歩する人々

6.欲望の喚起装置としての近代---ゾラ、デュルケーム---
 ゾラ『ルーゴンマッカール叢書』
  欲望の装置としての鉄道、百貨店、炭坑、市場、レビュウー、投機市場・・・
 デュルケーム 
  アノミー論:欲望の逸脱的増大
 自由間接法による集団表象の想定
  田山花袋『重右衛門の最後』 「いっそ、殺してしまえ」民衆の声なき声(集団心理)
  柳田國男『遠野物語』民衆の深層心理  

7.臣民化と規律化としての近代---アルチュセール、フーコー---
 近代とは個人を呼びかけ、主体(臣民)とし、その欲望を喚起しながら巻き込む管理していく権力が作動する時代

8.フロンティアの喪失としての近代---アメリカ社会学--
パーソンズ :フロンティアの喪失による競争の激化を相互の役割を受け入れることで克服する社会
マートン アノミー論:アメリカン・ドリームの功罪をアノミー論として展開
エスノメソドロジー:既存の文化目標もそれへの手段も否定する(反抗する)若者たちの出現

9.公共性の変容としての近代---アーレントとハーバーマス---
  アーレント;近代とは、活動(語り演じる)世界=明るい公的空間が浸食された、暗い時代である。
  ハバーマス;システム的世界の生活世界への浸食

10.コミュニケーションの変容としての近代---オングとフルッサー---
 オング 近代:話言葉から書き言葉への移行
 フルッサー 画像→文字テキスト→テクノ画像
 マクルーファン:インターネットによる第二次メディア革命

11.ナショナリズムとしての近代---アンダーソン---
 メディアなどにより作られた人造物(ナショナリズム)によって人々は想像の共同体(国民国家)を形成する。

12. 社会関係の希薄化として現代---トクヴィルからパットナム 
 フランス人による民主主義の発見
 イタリアの地方自治をささるもの:ソーシャル・キャピタル(社交資産)
 「一人でボーリングにいく」:アメリカ合衆国のおけるソーシャル・キャピタルの減退
 ご近所の底力

13.リスク社会としての現代---ベック---
 外部の喪失としての現代:外部から取り入れ捨てていた近代の産業社会から、自己の内部へと危機を増幅させる再帰的な近代(危険社会)へと移行した。

14. 液状化する社会としての現代 バウマン
ナチス収容所による大量殺戮(ホロコースト)は近代合理性の極地である。
近代合理性の進展のなかで液状化する個人

15.まとめとテスト
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# by takumi429 | 2016-04-18 10:33 | 社会学史 | Comments(0)

宗教社会学 第7回

イスラエルは周辺の超大国(巨大帝国)に翻弄される地政学的運命にあった。

アッシリア

新バビロニア ネブカドネザル
捕囚

ペルシャ帝国 キュロス王 宗教寛大策
捕囚からの帰還
神殿再建

マケドニアのアレキサンダー大王 オリエントに大帝国をなす
死後分裂
ギリシャ文明の席巻

ローマ帝国の支配

サドカイ派 神殿貴族派
パリサイ派 民衆厳格宗教派
ゼロトイスト(宗教的熱意を持つ人々)

新約聖書 福音書+パウロらの手紙+黙示録
東地中海世界の共通語 コイネー(共通ギリシャ語)でかかれている。
イエスの時代のユダヤ人はアラム語(ペルシャ帝国公用語)を話し、礼拝の時だけヘブライ語を使う。

福音書 イエス・キリストの行状と教えと受難物語
共観福音書
マルコ 処女受胎・復活は触れていない
マタイ マルコ+Q資料
ルカ マルコ+Q資料

ヨハネ福音書




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# by takumi429 | 2015-06-09 10:01 | 社会環境論 | Comments(0)

宗教社会学講義 第5・6回

第5回ナショナルジオグラフィック社製作『覆る聖書の常識』上映
第6回 古代ユダヤ教 のまとめ
創世記・出エジプト記によれば、
アブラハムが部族をひきいてウルを出てながい流浪ののちカナンにたどり着いた。
一時ユダヤ民族はエジプトにおりそこからモーゼにひきいられて30年の放浪の後、エリコを攻め込み定住した。
聖書考古学の新しい知見
ユダヤ民族は外からカナンの地に来たのではない。
都市王政の抑圧搾取を嫌った人々が、都市王政に反乱を起こし、山地に移り住んだ。
ユダヤ民族はずっとカナンの地にいた。
出エジプトはモーゼとわずかな人たちがエジプトから逃げてきたというにすぎない。しかし、モーゼがもたらしたヤハウェ神を、都市の圧政から逃げて山地にすんでいた人々には解放の神と受け取られた。彼らはこの外来の神を受け入れることで、自分たちの団結を固めようとした。

私見によるまとめ
かつて最も盛んだった都市王政のウルを出て、さらに、民衆全体が王の奴隷ともいえるエジプトから逃げてきた、という神話は、じつはカナン内部にあった王政と侵略者(海の民ペリシテ人)による支配から脱しようして、外来の神ヤハウェの名の下に団結して自らをイスラエルの民という宗教的アイデンティティーを創り上げた人々が、戦うべき対象、忌避すべき対象、逃れるべき対象として、東西の先進地の王政・王朝の名をかりて、カナンにおける王政・侵略者・支配者を弾劾したものにほかならなかった。

スェーデンの聖書考古学の学派は「ミニマリズム」を標榜して、聖書の記述を最小限しかみとめない。
しかし、その聖書考古学をもってしても、
エルサレムに巨大な城壁の跡があり、神殿が現在の岩のドーム(イスラムの聖所)のいちにあったようだ。さらに6つの部屋止めをもつ同じ様式の城門がカナンの各地にあり、外国の碑文にも、「ダビデの家」という記述がある、ことから、ダビデの名をもつ王朝が存在したことを、認めている。

文書資料説
J 神をヤハウェと呼ぶ。 遊牧民と交易収益が中心の南部の王朝の文書か?
H 神をエロヒームと呼ぶ。農耕の神(バール)など支配的だった北部(王朝)の文書か?
D 北部がアッシリアによって支配された後、国を立て直すために、倉庫の中から発見されたという形をとって、ユダ王国のヨシアがヤハウェ信仰を軸に国制引き締めをはかった(申命記改革)。そのときの神聖革命のために作成された文書。
P 新バビロニアによってユダ王国が滅亡し、バビロンに連行された(これを「捕囚」とよぶ)宗教者(祭司)たちが、バビロニアにあった創造神話などをヤハウェ信仰へと改変してまとめあげたもの。

イスラエルの内部は捕囚以前は多神教であった。ヤハウェは戦争の時に人々をまとめ鼓舞するために呼びかけ崇拝される神にすぎなかった。(このようなその時々の必要に応じて崇拝する信仰を「拝一神教」と呼ぶ)。しかし、ヨシア王とその周りの者たちは、アッシリアによる北部王朝の崩壊、エジプト王朝の興隆にはざまにあっての、ユヤダの国難を立て直すべく、「申命記改革」を断行した。しかし、バビロニアへ派兵を進めたエジプトのネコ王と戦い、ヨシア王はあっけなく破れ殺された(メギドの戦い)。
ヤハウェ神を中心とした申命記改革とその文書「申命記」を宙に浮いてしまった。

イスラエル北部では多神教信仰、とくに多産の神バールへの信仰盛んだった。それを厳しく批判しそのままでは国が滅びると告げてきたのが預言者たちであった。ヤハウェ神による罰としての国の崩壊、という図式は、南のユダ王国が崩壊したときにもてきおうされ、預言者はヤハウェ神はエジプトやバビロニアの軍隊をもあやつってユヤダに罰を与える、そうした世界神の地位を得るようになっていた。
その後、新バビロニアにより連行された祭司たちは、先進地バビロニアの神話を改変しながら、ヤハウェを絶対的で唯一の神へと昇格させ、その神観のもとにユダヤ民族の神話と歴史をまとめあげた。こうして、一神教としてのユダヤ教がうまれたのである。

預言書
イスラエル内部の階級対立 虐げられたイスラエル平民(債務奴隷)
他の神の崇拝(←多神教) 妬む神ヤハウェ
イザヤ書
第1イザヤ
第2イザヤ
第3イザヤ
13バベルの審判
エレミア書

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# by takumi429 | 2015-06-02 08:07 | 社会環境論 | Comments(0)

宗教社会学 第4回 講義メモ

宗教社会学 第4回

ウル 都市王政 暴力を背景にした市民支配
洪水神話 文字の発生は経済文書(契約など)から 神話の記録へ
貨幣経済 借金のかたに奴隷奉公(債務奴隷)
ハムラビ法典でも3年で解放するようになどと警戒・警告
都市内での格差問題 階級対立

ヨセフ物語
パロ(エジプト王)の夢解き
7年の豊作と7年の不作
穀物備蓄で乗り切る
食料生産と備蓄が公共事業となっている
王と神殿のために人民を働かせ富(食料など)を生み出し再分配する 「ライトルギー経済」
ポランニーの交換の分類 互酬・再分配・市場経済

The Bible
出エジプト記

エジプト史
2王国
下エジプトと上エジプト
ナイル川下流のデルタ地帯 要の位置の都市 メンフィス
ナイル川中流域 中心都市テーベ
統一王朝 パレスチナを避けて海岸線の町を支配して交易路を確保
ペルシャ帝国支配下
アレクサンダー大王、ペルシャ帝国を破り世界帝国を作る。
大王の死後戦友のプトレマイオスが王朝(首都アレキサンドリア)を興す。
クレオパトラはギリシャ系 アラム語・ギリシャ語など他言語を話す。
だからローマ人のアントニオともシーザーともねんごろになれた。

神殿経済
規則的なナイル川の氾濫(7・8・9・10月)沃土(シルト)
増水季アケト7〜11月・播種季ペレト11〜3月・収穫季シュムウ3〜7月
公共事業としての農業と神殿建設
書記 :読み書き・数学(計算と測量)の重要性
耕地の測量技術の高さがピラミッドなどの神殿建設に生かされた
臣民を公共事業に従事させつづける体制 (ライトルギー経済)

メソポタミア 塩害があり、灌漑が逆に塩害をもたらした。
エジプトではナイル川の氾濫(増水)のため塩害なし

出エジプトは本当にあったのか。

『あばかれた聖書の常識』 前半
ウルからの離反とエジプトからの脱出という神話は何を意味しているのか。

メソポタミア 都市王政に支配される 階級分解 貨幣経済の発展 債務奴隷(ハムラビ法典で言及)
エジプト 国家に組織され隷属して働く臣民 全面的隷属

都市王政のもとでの債務奴隷化・絶対王政のもとでの隷属臣民化の忌避
そこからの離反・離脱

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# by takumi429 | 2015-05-13 12:03 | 社会環境論 | Comments(0)

社会環境論 第3回 講義メモ

宗教社会学 第3回

「われわれに似せて人間を作ろう」という神々
多神教の世界 バビロニア神話
洪水神話
『100のモノが語る世界の歴史』「16フラッドラブレット」

ギルガメシュ叙事詩
The Epic of Gilgamesh

バビロニア=アッシリア文学 のなかで最も重要な作品の1つ。 古代メソポタミアの有名な英雄ギルガメシュの物語の集大成。 アッカド語 で記された文献は,ニネベのアッシュールバニパル の図書館跡出土の 12枚の書板がおもなもので,欠損部分は,メソポタミア各地およびアナトリアで発見された多くの断片により補足されている。 この原型というべきシュメール語 の断章が,前2千年紀前半に書き残されている。 歴史上のギルガメシュは,前3千年紀前半にウルク を支配した実在の人間で,キシュの支配者アッガと同時代であるとされている。 しかし,詩のなかには史実と思われることは述べられていない。 親友エンキドゥ が,女神イシュタル の怒りに触れ,12日間の病気で苦しんだ末に没したことから,ギルガメシュが不死を求めて放浪する,というのが本編の主要テーマ。

The Bibleアブラハムの生涯
イサクの献納
側女ハガル→イシュマエル 献納 →ベドウィン(遊牧民)アラビア民族

ハガルHagar
旧約聖書中の人物。 アガル Agarともいう。 アブラム (のちにアブラハム) の妻サライ (のちにサラ) に仕えていたエジプトの女。 サライは石女 (うまずめ) で子を得ることができなかったので,ハガルを夫に差し出し,ハガルはイシマエルを産んだ。 サライはハガルの増長を憎んだので母子ともにアブラムのもとを離れたが,イシマエルは全能の神ヤハウェによって大いなる民の祖となることを約束された (創世記 16~21章) 。

アブラハム セム族の祖先 神の声を聴いた預言者
アブラハムが出てきたウルとは
『100のモノが語る世界の歴史』「12ウルのスタンダード」
都市国家の表(平時)と裏(戦時) 暴力による支配
The Bible 出エジプト記
専制国家
東西の都市国家と専制国家を逃れてきた人々からなるユダヤ人


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# by takumi429 | 2015-05-02 01:42 | 社会環境論 | Comments(0)

社会環境論 第2回 講義メモ

宗教社会学2
一神教の根本である旧約聖書の内容を大ヒットTVドラマで見ていこう。
Bible ノアの洪水物語 上映
NHK『モノが語る世界の歴史』「6大洪水伝説を語る粘土板」
二つの世界創造物語 比較参照
バビロニアの神話世界の残滓
原始海ティアマト 混沌の海と秩序創造
「われわれ」と名乗る神々 熟慮の複数?集団的人格?多神教の世界の残滓
ノアの洪水物語←ギルガメッシュ神話←シュメール神話
捕囚によるバビロニアへの祭司・貴族の連行
バビロニア神話を整理整頓する祭司たち 祭司資料
親父の神ヤハウェがフルチンで歩いていそうなヤハウィスト
4資料説(ヴェルハウゼン)
聖書を読むことはプロテステントが始めた。
何故なのか。
プロテスタント(カトリックの教皇体制に抗議)を生み出したルターの伝記をみてみよう。
ZDF 動画キャピチャーソフト(AGデスクトップレコーダー)←Vector
宗教改革とはメディア革命でもあった

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# by takumi429 | 2015-05-02 01:40 | 社会環境論 | Comments(0)

社会環境論 第1回

社会環境論(1)

大人(大学卒)になるために必要な能力literacy (読み書き能力)とは

コンピューター・リテラシー (SMS依存のことではない)
Word・Excel・PowerPoint 無料ソフト:OpenOffice
AdobeのPhotoshop・Illustrator・Premiere Elements
InDesign(DTPソフト)
Postcast・E-learning(ネット大学など)
単体(スタンド・アロン)からインターネットでつながった(クラウド)コンピューター
メイル(手紙)の交換から情報の発信ベース
類似例:
往来物(手紙模範文集)が教科書となり情報誌となる
アルカイダ(場所)が拠点となる
福音の教えが増殖する
パウロの手紙が新約聖書の中核となる

メディア・リテラシー:メディアにだまされない力
ニュースは最低2つのチャンネルの情報を比較せよ
日本語ニュースは記者クラブによる官報
英語ニュースは米国・英国寄り
独語・仏語などのニュースチャンネルを得ると別の視点が得られる
歴史リテラシー(歴史を読み解く力);世界史を知らないとニュースも理解できない。
高校の世界史Aの教科書(カラー印刷で800円足らず)を読むのがいいけど、受験の暗い記憶もあってなかなか。
そこでおすすめなのがNHK高校講座、その「世界史」
他のおすすめ:「ろんりのチカラ」:クリティカル・シンキングの紹介
⚪︎「世界史」第1回 グローバルヒストリー (時間がなければカット)

宗教リテラシー
世俗化(脱宗教化)の極にある日本
日本を出るともっとも必要なのは宗教リテラシー(あるベンチャー企業の社長の弁)
宗教が関わっていないものごとを探すのが難しいほど。
そこで宗教リテラシーをつけてもらうために2冊の教科書を指定。

リテラシーとは、知識を蓄積することではなくて、理解し語ることができるようになること。
宗教を理解するのにまず必要なのは、宗教を求める人の気持ちを理解すること、と、
崇拝の対象への驚き・おののき・うやまい(畏敬)の気持ちを理解すること

⚪︎NHK高校講座「地理」の「中東世界」
プリント配布:一神教の比較
基礎となるユダヤ教
⚪︎「世界史」の「トルコ革命とパレスティナ分割」
プリント配布:エルサレム史
古代から現代にいたるまで宗教的沸騰地:中東

世界の3分の2を支配する一神教を理解しよう。
一神教を生んだ中東世界への理解
一神教の基礎となる旧約聖書の世界
ビデオを活用して理解を進めることにしよう。

⚪︎最後の授業にテストをするので必ず受けるように。



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# by takumi429 | 2015-05-02 01:37 | 社会環境論 | Comments(0)