社会システム論(1)(続き)

(3)-1 パーソンズの社会システム論
パーソンズ Talcott Parsons (1902-79) の社会システム論はその名もずばり『社会学体系』The Social System (1951)という著作においてまず展開された。われわれはまずこの作品からみていくことにしよう。
パーソンズのこの難解な大著を理解するための鍵はその献辞にある。そこにはこうある。  ヘレンに捧ぐ
  彼女の健全で実際的な経験主義は、これまで長いあいだ、不治の理論病患者のための  是非とも必要な平衡論であった。」
 この献辞から読み取れることはつぎのことである。まずここでは、夫と妻との関係が、すなわち二者関係 (dyad)がとりあげられていること。つぎに、理論病患者たる夫(パーソンズ)のかたよりは経験主義者たる妻(ヘレン)によってバランスがとられている、すなわち、この二者関係には相補関係による平衡=均衡 equilibrium(つりあい)が保たれているということである。またさらに読み込めば、両者は夫としての役割と妻としての役割をたがいにはたしており、両者の相互関係は役割として結晶化・安定化しているのである。先取りしていえばここには、バランスのとれた役割の相補関係から社会とらえていこうとする、パーソンズの志向が現れているのである。
 ところでこの『社会体系論』が解決しようとした問題(課題)は何であったのだろうか。 それが有名な「ホッブズ問題」とよばれるものである。この問題をパーソンズは『社会的行為の構造』(Parsons 1937)で提示している。「ホッブズ問題」とは、「諸個人が功利的に行為する場合、いかにして社会秩序は可能か?」という問題である。パーソンズによれば、トマス・ホッブズはこの問題は諸個人が社会契約することで解決するとした。しかしパーソンズはこれを功利(合理)概念の過大な拡張であり、実際には解決できていないとした。
 『社会体系論』においては「ホッブズ問題」は「ダブル・コンティンジェンシー(二重の条件依存性)」の問題へとおきかえられている。その「ダブル・コンティンジェンシー」とは、自己と他我(相手)の欲求の充足がそれぞれ相手の行為に依存するのだが、この相手の行為がこちらの行為のいかんに依存していること、を意味する。こうして社会秩序の問題は、二者関係における相互行為の安定性条件の問題へとうつしかえられる。
 この問題に対してパーソンズが提示した解決は、共通の価値の受容ということであった。すでにみたようにパレートにおいては、財の分配をめぐる闘争、すなわち契約線の上のどこのパレート均衡点を選ぶか、という問題は、エリートが大衆に特定の分配状況を「正しいもの」と信じこませること、つまり「派生体」(正当化の論理)のはたらきによって解決された。パーソンズの場合、パレートの「派生体」は共通の価値におきかえられているのである。
 共通の価値の受容は二つの面をもつ。ひとつは、 共通の価値の内面化であり、もうひとつは、 共通の価値の制度化である。では価値受容が具体的にはどのようなものとなるかというところで、パーソンズはアメリカ人類学が生んだ役割理論を採用する。「ダブル・コンティンジェンシー」における不安定性は、具体的には両者のあいだで一定の役割期待の相補性が成立することによって解消される。それは、 ’役割を演ずるべく人が動機づけられること、すなわち「社会化」と、 ’役割-地位の体系として社会が形成されるということ、から成立する。
 では行為を方向づける価値のパターンにはどんなものがあるのか。パーソンズはこの価値のパターンを、5つの二者択一のかたちに整理し、それを「パターン変数」と呼んだのである。すなわち、普遍主義/個別主義(どんなものに対しても同じか/特定のものにだけか)、業績本位/帰属本位(業績によるか/生まれによるか)、感情中立性/感情性(感情をおさえるか/感情をこめるか)、限定性/無限定性(相手の特定の側面に反応するか/多くの側面に反応するか)、集合体志向/自己志向(みんな(集団)のことを考えるか/自分を利害関心を優先するか)、の5つである。
 『社会体系』のおいてもっとも有名となったのは、このパターン変数の考えである。パーソンズはこのパターン変数を第 章「社会構造と動態的過程--近代医療の事例」で医師-病人の関係において適用している。しかしじつはむしろこの医師-病人関係を理解するために、テンニースのゲマイシャフト-ゲゼルシャフトの図式を修正・解体することで、このパターン変数は得られた。その際パーソンズに重要な影響をあたえたのが、L.J.ヘンダーソンの「社会システムとしての医者と患者」という論文[Henderson1935]であった。
 医師・生理学者であったヘンダーソンはパレート研究会を主催し、さらに『パレートの一般社会学』という著作も書いている。そのかれがパレートの残基の考えを医師-病人関係に適用したのが、この論文であった。その内容をみてみよう。
 ヘンダーソンによれば、医学は応用自然科学であるが、医師と患者との関係は人間関係の学を用いるべきである。人間は感情をもつ。医師と患者はひとつの社会システムをなしており、そこでは感情とその相互関係が最も重要である。患者はおそれなどの感情に動かされている。医師は患者の感情に動かされることなく、患者の感情に働きかけなくてはならない。医師は、精神分析理論の助けも借りて、患者の言うこと、言わないこと、言えないことを聞こうと努めなくてはならない。患者の感情を知り、患者をはげまさなくてはいけない。自然科学のように、真実をそのまま述べることは、患者に対しては望ましくない。たとえば「これはガンである」などと真実をありのまま宣告することはのぞましくない。医師は、患者に、医師は患者の幸福 welfare を願っているのだという信念を呼び起こさ
なくてならない、というのである。
 医師と患者とのあいだには、たんなる利害をこえたものがある。そしてそれが両者の関係を潤滑に運ばせるものなのである。パーソンズはそれを、患者が医師を父親と同一視する過程(それは同時に治療の過程でもある)と、両者の行為を方向づける価値のパターンの受容であるとみた。癒す者と癒される者は、特定の価値のパターンをうけいれ、たがいに相補的な期待をいだくことによって、医師と病人との安定した役割の関係を形成するのである。
『社会体系論』では、このパターン変数をめぐる細かな(病的ともいえる)議論がなされる。それと対照的に、社会構造についての記述はまだ抽象的なレベルにとどまっている。(そのくどさという点ではどちらもいい勝負ではあるが)。
 ここではパーソンズは、ラドクリフ=ブラウンの構造-機能主義[Radcliffe-Brown1952]をほぼそのまま踏襲して、それを前提にして議論をすすめている。すなわち、社会構造は地位を単位として構成され、地位にはそれにふさわしい役割があるとするのである。(ただしラドクリフ=ブラウンの場合は社会構造の単位をそのまま人間としているに対して、パーソンズの場合は、地位ー役割が単位となっている)。社会体系がおける過程がこの構造の維持にとって有益な場合、それは「機能」しているとみなされるのである。
さて『社会体系論』の内容はこのくらいにして、づぎにこの著作の問題点をみてみよう。
まずパーソンズははたしてかれのいう「ホッブス問題」の解決に成功したのか、という問題がある。これにたいしては、D.ロングの有名な批判がある(Wrong 1961)。かれは言う。パーソンズらは共通価値を内面化する過程(社会化)を、フロイドの「超自我」(規範の内面化されたもの)と結び付けている。しかし、フロイドにおいては「超自我」は、自我とイド(欲望)との三者関係のおいて位置づけられており、人間は完全には社会化され尽くされ得ないというところにこそ、この概念の眼目があったのである。それにパーソンズらのように社会化された人間観からは、およそホッブズ問題のもつ現実性は失われてしまう。また人は他者の承認をかちとることでよき自己像を達成しようするというのは、一面的な人間観である。こうした過剰に社会化された人間観は、過剰に統合された社会観の裏返しなのである。社会学者はご都合主義のおわつらえむきの人間の概念ではなく、もっとも複雑で弁証法的な人間の概念を作り上げていくべきである、と。
 まことにもっともな批判である。パーソンズはコント以来の社会秩序の再建という社会学固有の問題にあまりに性急に答えようとしたため、ダーレンドルフが指摘するように、かえって非現実的なユートピア的な静止した世界をつくりあげてしまったのである。
これに関連して、パーソンズはこの『社会体系論』で「社会過程の第一法則」なる法則を提唱している。すなわち、役割期待の相補性の維持はひとたび確立されると、その後問題化されることなく、相互行為過程を維持する傾向がある、いうのである。いわば社会の慣性の法則とでもいうべきものを提唱しているのである。
 これにたいしてはすぐさまつぎのような批判が生まれよう。この法則は、まず役割遂行をする成員を社会化する際に生じる逸脱の可能性を無視している。さらにある社会体系とその環境との関係(たとえば医師-病人の関係にたいする他の社会事情、および医療技術の進歩、他の医療スタッフとの関係などの影響)も無視している。
 こうした問題点は結局、パーソンズの社会体系論のつぎのような根本的問題へと帰するといえる。パーソンズの社会システム論とは、行為者が共通の価値のパターンを受け容れることで、相補的な(均衡状態にある)役割関係が成立し、役割-地位の体系としての社会が形成される、ということであった。つまりパーソンズ社会体系論の根本的な問題とは、かれの体系論が生物学的な構造-機能(ホメオスタシス)モデルと機械(均衡)モデルの融合によって作られており、実質的には孤立システムにおける均衡概念を用いている点にあるのである。
パーソンズはその後社会構造について理論的内容を充実させるとともに、社会進化論について語ることでこの欠陥を埋めようと努力した。それにたいする評価は(3)-2で述べることとしよう。
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# by takumi429 | 2005-02-03 05:41 | 社会システム論 | Comments(0)

社会システム論(2)

  サイバネティクス・モデル
サイバネティクスは、アメリカの応用数学者ウィナーNorbert Wiener(1894-1964)によって提唱され、シャノン Claude E.Shannon (1916-) の情報理論をとりいれて、医学・生理学者のアシュビ- William R.Ashby (1903-)によってシステム論として体系化された。(以下の記述はおもにアシュビ-の定式化[1967a]にしたがう)。
サイバネティクスははじめ制御理論として構想された。この理論では、システムは環境から入ってくるもの(入力)を変換して環境へとはきだす(出力)ところの変換装置(機械)=暗箱(ブラック・ボックス)とみなされる。
 中心となる概念は「フィードバック」の概念である。「フィードバック」とは、出力(結果)にふくまれる情報が入力(原因)に反映されて、それによってまた出力(原因)が左右されること、を意味する。「フィードバック」には、「ポジティヴ(正の)・フィードバック」と「ネガティヴ(負の)・フィードバック」がある。ポジティヴ・フィードバックとは、出力の一部が入力側にもどり、それによって出力が増大する、フィードバックのことである。ネガティヴ・フィードバックとは、出力の一部が入力側にもとり、それによって出力が押さえ込まれる、フィードバックのことである。
ポジティヴ・フィードバックの例としては、ターボ・エンジンを考えてみればよいであろう。ターボチャージャー付きのエンジンでは、エンジンから吐き出された排気ガスがガスタービンを回し、その力で過度の空気を吸入することで、エンジンの回転がさらに高くなっていく。
だが制御理論であるサイバネティクスが重視するのは、むしろネガティヴ・フィードバックのほうである。簡単な例としては、こたつなどに用いられるサーモスタット装置があげられよう。いまこたつを一定の温度になるようサーモスタットを調節しておく。外気の寒さで温度が下がると、サーモスタットは発熱体のスイッチをオンにする。温度が上がり過ぎると、こんどはサーモスタットは発熱体のスイッチをオフにする。こうしてこたつの温度はほぼ一定の範囲のあいだに保たれるのである。
 サイバネティクス的システム論とは、このネガティヴ・フィードバックによって、システムの状態が一定に保たれることに注目するシステム論なのである。
いま例としてこのシステム論を社会システムに単純に応用してみよう。たとえば、逸脱行動によって社会システムの均衡が危うくなったとする。するとそれに対してサンクション(罰)が与えられ、その逸脱行動をおさえこまれ、社会システムの安定を維持する。あるいは、病人(健康からの逸脱)に対して、治療があたえられることで健康人にもどされ、その結果、健康な社会が維持される、といった具合である。(パーソンズの逸脱論・医療社会学にもこうしたネガティヴ・フィードバックの考えをみてとることもできよう)。
このネガティヴ・フィードバックによる制御の考えは、アシュビィの「最小多様度の原理」によってより洗練され、かつ影響力の強いものとなった。「最小多様度の原理」とは、システムが複雑に変化する環境にたいしてシステム境界を維持しうるためには、システム制御の多様性を増大させなければならない、という考えをいう。つまり、制御の多様度だけが、環境からの外乱(ノイズ)の多様度を引き下げることができるというのである。
 これをエアー・コンディショナー(エアコン)を例にして説明してみよう。
 いま、温度を一定に保つ装置によって、あの部屋が、外界(環境)から守られている、すなわちシステムの境界が維持されているとしよう。
 この装置がおこなえるのは暖房だけだとする。温度は20度に設定してあるとする。季節は冬だとしよう。外界の温度は、つねに20度未満であるか、もしくは<20度/20度未満>であり、それゆえ外界温度の多様度は1ないし2である。それに対抗する保温装置の多様性は、<20未満なら発熱する/20度以上なら発熱しない>、の2つである。それゆえこの装置によって、室内の温度システムは、外界の変化に打ち勝ち、この装置によって設定した温度(20度)は守ることができる。
 しかし、さらに一年中のことを考えてみよう。その場合、外界のとる温度は、<20度未満/20度ちょうど/20度より高い>、であり、多様度は3つである。しかしそれに対抗するシステムの多様度はあいかわらず、<20未満なら作動して発熱/20度以上なら作動しない>、の2つであるから、保温装置は環境の変化(多様度)に打ち勝つことができず、結果として、室内(システム)には、<20度ちょうど/20度より高い>、という変化(多様度)がもたらされてしまう。
 もしこの外界(環境)の変化(多様度)に打ち勝とうとするなら、<20度より高温なら冷房する/20度以下なら冷房しない>という、新たな多様度を加える、すなわち冷房装置をつけ加えなくてはならないというわけである。
 こうしてシステムがその境界を維持するためには、環境の多様度と同じだけの多様度をもたなくてはならないのである。
この「最小多様度の原理」の考えは社会システム論にきわめておおきな影響をあたえた。とりわけ、社会の進化を、環境の多様性に対抗すべく社会がその多様性を増大させていくことととらえる、社会進化論をうみだした。(ベラーやルーマンなど)。
だがこの理論のもつ意義はそれにとどまらない。さきにあげたエアコンの例にもう一度もどってみよう。
 ここでは外界の多様度は、<20度未満/20度ちょうど/20度より高い>、の3つであった。しかしこの多様度は、室温を20度に保とうというシステムの働きによってもたらされた。もしこのエアコンが温度調節をより安定したものにしようと、たとえば、<10度未満/10度以上~20度未満/20度ちょうど/20度より高い~30度未満/30度以上>、によってそれぞれ、<強暖房/弱暖房/停止/弱冷房/強冷房>、5の多様度をもつとしたらどうだろう。環境の多様度はそれによって、おなじく<10度未満/10度以上~20度未満/20度ちょうど/20度より高い~30度未満/30度以上>、の5つとなるであろう。
 つまり環境の多様度は環境が決定しているのではなく、システムが感知する多様度によって決定されているのである。環境の多様度に追いつくべくシステムが多様度を増すのではなく、じつはシステムの多様度の増加によって環境の多様度も増加するのである。連続的な混沌(カオス)たる環境から多様度を導き出すのは、システムが環境に投げ込む差異の網の目なのである。このきわめてカント的構図においては、システムが認識する差異(多様性)は、システム自身の差異(多様性)にほかならないのである。こうしてシステム論は、環境とシステムという構造から、自己回帰的(自己言及的)な構図へと転換していくことになるのである。
 だがこうしたあらたなシステム論の展開にはいるまえに、このサイバネティクス的システム論の問題点をみておこう。
 サイバネティクス的システム論では、システムのまもるべき状態(目的)はあくまでもシステムの外から設定されるものであった。すなわち、サイバネティクス的システム論は、あくまでも自動制御機械のイメージに依拠している。だから、みずから成長したり進化したりする生物には適用しがたい。同様にこれを人間社会に適用する場合も、目的のはっきりした組織、例えば職場組織、官僚制などの一面をとらえることはできるが、自分で自分の目的を設定したり、変更したりしていく集団はとらえられない。
 このことをはっきりさせたのが、アシュビーの「純粋な自己組織化の論理的不可能性」[1967b]である。自己組織化とは、システムが自分自身の組織を形成し、変化させていくことをいう。サイバネティクス・モデルでは、プログラムするものとされるものが一致することはできない。だがらつねにSというシステム(機械)にαという機械が付け加えられねばならないのである。つまり、サイバネティクス・モデルに従う限り、自己組織的なシステム(生物や社会がその典型例)については語り得ないことになってしまうのである。
 システム論のその後の展開は、まさにこの「純粋な自己組織化の論理的不可能性」をどうこえるか、ということにかかっていた。だがそれについて述べる前に、サイバネティクス・モデルをが、社会学やその隣接学問にいかなる影響をあたえたかみていくことにしよう。

 (3)-2 パーソンズ理論の展開
『社会体系論』の後もパーソンズは積極的に自己の理論を発展・展開させた。それはあくまでも自生的な展開であり、サイバネティクス・モデルの適用とはいえないが、あえてここで取り扱うこととしよう。
 パーソンズ理論の展開において欠くことができないのが、「AGIL図式」とよばれるものである。
 ロバート・ベイルズの小集団研究において、小集団の課題解決するためにおこなう行動の分析をおこなった。それによれば、集団は、適応・道具的活動・統合・表出の四つの機能を果たさねばならないとされた。
 パーソンズはこの四つの機能は、あらゆる行為のシステム(個人の行為のシステムから大きな社会システムにいたるまで)にあてはまると考えた。つまり、あらゆる行為システム(秩序のもとで組織だてられた行為)は、それが存続するためには、づぎの四つのことを果たさねばならない。すなわち、
 適合(adaptation:A):適応によって、環境から充分な資源を確保し、これをシステ  ム全体に配分する。
 目標設定(goal attainment:G):システムの目標達成のために資源やエネルギーを  動員し、また、それらの間の優先順位を確立する。
 統合(integration:I):システムが機能するように、そのなかのさまざまな行為者  や構成単位の間の関係を結合させ、調整し、統合する。
 潜在的パターンの維持と緊張解消(latency:L):システム内の相互作用が中断して  いる間にも諸単位内にパターン行動のポテンシャルを維持する。すなわち内部の緊張  を処理しつつ、価値のパターンを維持し、システム内の行為者の動機づけをする。
だから、行為システムの一つである社会システムもそれが存続するためには、かならず以上の四つのことをしなくてはならない、というわけである。
具体的な社会はこのAGIL図式の四つの機能をおもに果たすつぎ4つの領域に分類された。A経済・G政治・I社会共同体・L社会化(教育・家族・宗教)、である。
 さらに社会の下位体系である、経済・政治・社会共同体・社会化は、それぞれインプット・アウトプット(入力-出力)をもち、それを相互に交換するネットワークを成している、とパーソンズは考えた。その交換のために必要とされたのが、つぎの4つの象徴的媒介(シンボリック・メディア)である。
  経済が他の体系に対してそれを機能させ、その成果を受け取り、かつ自らの成果を他の体系に渡す媒介が、「貨幣」である。
  同様に、政治が他の体系に働きかけかつ自ら機能するために媒介は、「権力」(power)である。すなわち、権力とは、意図された目的に到達するために社会的資源が動員されるように、社会の行為者たちを集合的目的によって彼らに課せられた責務を遂行するように強制する能力である。
  統治の体系すなわち社会共同体が通用させている媒介は、「影響力」(influence)である。すなわち、影響力とは説得の実行による同意、賛意、忠誠心を得る能力である。
  社会化の体系が通用させているのは、価値と規範への「委託」(commitments)である。すなわち委託とは、行為者が特定の文化の一定の規範と価値へとみずからをゆだねていることである。
 ところでサイバネティクス・モデルの影響を、パーソンズはあくまでも自己の枠組みで受容しようとした。その結果かんがえられたのが、「サイバネティック・ヒエラルヒー」という考えである。パーソンズはサイバネティクス・モデルは、情報によるエネルギーの制御であると解した。そしてAGILを、情報としての性格が高いものから低いものへならべてできるのを、「制御のヒエラルヒー」と名付けた。「制御のヒエラルヒー」は、Lパタ-ン維持→I統合→G目標達成→A適応、となる。反対にエネルギーといての性格が高いものからならべたのを、「条件のヒエラルヒー」と名付けた。「条件のヒエラルヒー」は、A適応→G目標達成→I統合→Lパターン維持、となる。情報による制御と、エネルギーによる条件づけとが、互いに相対して作用するというわけである。
 言うまでもなく、このサイバネティクス・モデルの理解は、環境からのフィード・バックが発想の中心となっているサイバネティックス・モデルの正しい適用とは言いがたいものである。パーソンズにおいては、システムと環境との関係が十分にとらえられていないと言わざるをえない。
パーソンズがこうしてサイバネティクス・モデルを受容しそこなっているのにたいして、その弟子であるベラー Robert N.Bellah(1927-) は、宗教社会学という範囲ではあるが、積極的にサイバネティクス・モデルを採用している。
 「宗教の進化」[ベラー1973.第二章]という論文で、ベラーは、「進化」を「有機体、社会体系、あるいは問題となっているどのような単位にもより大きな環境適用能力を付与するような組織の分化と複雑性の増大する過程」と定義し、「それによって、単位はある意味でふくざつでなかった前の状態よりもその環境との関係でより自律的となる」とした。これはまさに、システムの多様性が増すことで環境の多様性に打ち勝ち、より自律的・安定的な環境適合ができる、という「最小多様度の原理」を、進化論へ応用したものにほかならない。ベラーはこの理論にもとづいて、象徴体系としての宗教の進化を論じたのであった。(ベラー1973)
ベラーのたくみな社会進化論に比して、パーソンズの社会進化論はそのサイバネティクス・モデルの理解の不十分さにより、われわれからみると、ずいぶんごたついたものとなっていまっている。
こうしたパーソンズの欠陥を是正し、サイバネティクス・モデルとりわけ「最小多様度の原理」を大胆を社会学に導入したが、ドイツの社会学者ニコラス・ルーマンである。だがじつはサイバネティクス・モデルの導入は他の社会科学においてむしろ先駆けられていた。そこで他の社会科学におけるサイバネティクス・モデルの導入を、ルーマンのまえに、あつかうことにしよう。
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# by takumi429 | 2005-02-02 15:45 | 社会システム論 | Comments(0)

社会システム論(2)(続き)


 (4) 政治学のおけるシステム論
サイバネティクス・モデルは政治学においても有望視されていたが、それをあきれるほど単純かつ大胆に適用したのが、カナダの政治学者イーストン David Easton (1917-)であった。
 かれは、まず政治を政治システムという、入力を出力へと変換するボックスとしてとらえた。そしてこの政治システムというボックスへの入力は、「支持」と「要求」のふたつである。また政治システムからの出力は「政策」である。ある政策がうまくいくなら、それは大衆やまわりの国際環境などの環境からの「支持」をとりつけることができよう。しかしその政策がうまくなければ、政策を改めたり、別の政策をするように、まわりからの「要求」が政治システムにたいしておこなわれるであろう。こうして政治システムがおこなう政策が環境からのフィードバックによって制御されるわけである。
イーストンの単純なモデルは、さらに他の政治学者によって精緻なものにされた。([山川1986]参照)。
 ドイッチュKarl W. Deutsch(1920-) は、政治システムをさらに、情報入力にかかわる構造と情報を政策に変換する機能にかかわる構造(記憶・計算・決定)と政策出力を遂行する構造とにわけた。またアーモンド Gabriel A.Almond (1911-) は、政治システムを「入力客体」(入力にかかわる政治体系)と「出力客体」(出力にかかわる政治体系)とに分けた。入力客体は、利益の表出・利益の総合・政治的通信・政治的社会化と補充をおこなう。出力客体は、ルールの作成・ルールの適用・ルールの裁定をおこなう。
 またイーストンのモデルは、山川雄巳によって政治変動論にも応用されている。かれによれば、政治システムに対する要求(入力)の増大に政治システムが政策出力によって応えられるなら、その政治システムは「安定的定常体系」と呼び得る。しかし政策出力がそれに対応できなくなったら政治システムは安定を失い、政治体制は変化する。つまりかれの政治システムの進化論は、入力と出力のバランスによる変動論なのである。かれは、「安定的定常体系」、すなわち入力と出力のバランスが取れている政治システムの類型として、 権威主義的入力制御体系(日本の幕藩体制、入力を極めて制限)、 自由主義的入力制御体系(18-9世紀のイギリス自由主義政府、市民の参加により入力は増大、しかし政策出力に期待は小さい政府、すなわち夜警国家)、 職能国家的入力制御体系(現代の北欧諸国、政策出力は多様かつ高い)、の三つをあげている(山川1958)。
こうしてサイバネティクス・モデルは大胆に政治学の理論へ導入された。政治学とならんで経営学においてもサイバネティクス・モデルの影響は大である。つぎにその経営学におけるシステム論の展開をみてみよう。

 (5) 経営学におけるシステム論([野中1974]参照)
経営学におけるシステム論は、およそ組織をたんなる目的遂行のための機械ととらえる「機械モデル」から、人間関係を重視し組織を協働によるシステムとしてとらえる「クローズド・システム論」へ、さらに組織と環境との関係を重視する「オープン・システム論」 へと発展してきた。
 機械モデルの典型は、ヴェーバーの官僚制論である。ヴェーバーによれば、官僚制は、つぎのような原則と特徴をもつ。 抽象的一般的な規則に基づく職務の遂行という原則。 職務は機能的に専門分化している。 職務活動のためには特殊な専門訓練と教育とが必要である。 職務上の人間関係は没人格的である。 権限ヒエラルヒーの明確化。単一支配の原則と、それに基づく命令服従の関係は、規則に基づき機能的に限定的である。 職務遂行者と職務遂行のために手段とは分離している。 文書を媒介にする職務遂行。
ヴェーバーによれば、官僚制:最も合理的・効率的な組織で、あらゆる合理的な経営において不可避となる組織である。
 ヴェーバーの官僚制論にたいしては多くの批判がある。最も有名なものは、マートンの批判である。かれは官僚制のもつつぎのような逆機能を指摘した。 規則の絶対化・神聖化による組織の硬直性。 規則厳守による臆病・保守性・技術主義。 組織の顧客や管理者よりも自らの集団の利益を守ろうとする。 非人格化によって、パーソナルな問題、緊急の問題に対応できない。 組織全体の権力・威光をかさに着た職員が顧客中心のサービスを忘れる。 本来非人格的な関係であるべきものに人格的な関係が入り込むと汚職、えこひいき、ごきげんとりなどの予期しない結果をもたらす。
ただここでヴェーバーの弁解をしておくなら、かれは官僚制の逆機能を知らなかったわけではなく、そうして官僚制の弊害、および官僚精神の腐敗を、『儒教と道教』で徹底的に暴露しているのである。そこでは組織の目的を忘れて保身とそのための人間関係の調節に汲々とする家産官僚の姿が描かれている。しかもかれはこの記述をけっして自分に無縁なものとして書いたのではなく、むしろおなじくプロイセン王をいだく家産国家であったドイツ帝国の官僚制批判として書いたのである。
 ただかれが理念型的には官僚制組織を目的遂行のための機械ととらえていたことに変わりない。かれは近代的な法行政の組織を、罪状を入れれば刑期が出て来る自動機械とみなしており、そこに近代の計算可能性の根拠をみていた。こうした目的-手段的合理性による機械のモデルを組織に単純に適用したところに、かれの近代にたいする過剰に悲観主義的な時代判断の一因があった。(目的-手段的合理性を組織に単純に適用することにたいする批判としてはLuhmann 1969を参照)。
こうした機械モデルからクローズド(閉じた)・システム論への移行は、「人間関係論」からはじまった。有名なホーソーン工場での実験(1924~32)により、作業能率・生産性が、物理的条件や作業方法によって一義的に作用されるのではなく、労働者に人間関係、とりわけ非公式の人間関係(インフォーマル・グループ)によって左右されることが発見された。このインフォーマル・グループの発見により、組織はたんなる機械としてとらえられのではなく、その内部に多様な人間関係をもつ相互関係的システムとしてとらえられるようになったのである。
 こうした観点をさらに押し進めたのが、バーナード Chester I.Barnard(1886-1961)にはじまる「近代組織理論」であった。バナードは、人間が個人として達成できないことを、他の人々との協働によって達成しようとしたときに組織が生まれるとし、そうした組織を「協働システム」と呼んで、組織の一般理論を構想したのであった。
 さらにサイモンHerbert A.Simon(1916-)は、「意志決定」の概念によって組織論を構想した。かれによれば、 人間はアリ(蟻)同様にきわめて単純な行動システムであり、その認知能力には限界がある、 それゆえ人間の意志決定decision making は、合理性を志向しながらも経済学で使用する極大化基準というよりは、満足化基準に準拠せざるをえない、 その範囲で最大の合理性を確保するために組織構造(階層的システム)を構築し、組織内情報処理を単純化することによって個人の認知能力を克服するのである。そして、組織の成功は、参加する個人にあたえる誘因(金銭的報酬、自己実現チャンス、所属感など)と引き換えに個人からの貢献(協働)をバランスよく巧みに引き出せるかにかかっており、組織はこのバランスを常に保つべく活動する、という「誘因-貢献バランス論」を提唱した。
こうして経営学は組織のシステム論とのしての充実度を深めていったのであるが、そこでは組織のまわりの環境が十分考慮されることなく、すぐれた組織のありかたとはなにかが探求されいた。すなわち組織はまだクローズド(閉じた)・システムとしてとらえられがちであった。それにたいして、あくまでも組織の優劣はあくまでもそれが直面する環境によってことなるとすることで、組織論を環境にひらかれたオープン・システムとしてみる観点を呈示したのが、コンティンジェンシー理論(contingency theory)であった。
 コンティンジェンシー理論の基本認識は、組織が直面する状況が異なれば、それに応じて有効な組織化の方法も異なる、というものである。
 たとえば、バーンズとストーカーは組織のありかたを、「機械的システム」と「有機的システム」という二つの類型に分けている。この2類型はつぎのような対概念である。
 機械的システムは、 専門化・分化が高く、 標準化が高い。 成員は組織を手段とみなしている。 コンフリクトの解消は上司の介入による。 権限、コントロール、コミュニケーションのパターンは、暗黙の契約関係にもとづくピラミッド型をとる。 支配的な権限は、組織のトップにある。 相互作用は、垂直的である、 コミュニケーションの内容は、もっぱら指示・命令である。 メンバーの忠誠は組織に向けられている。 権威は組織の地位からもたらされる。
 これにたいして、有機的システムは、 専門化・分化が低く、 標準化が低い。 成員は組織を目的とみなしている。 コンフリクトは相互作用によって解消されている。 権限、コントロール、コミュニケーションのパターンは、共通のコミットメントにもとづいた広いネットワーク型をとる。 権限は、知識と能力のあるところにある。 相互作用は、水平的である。 コミュニケーションの内容は、助言・情報提供である。 メンバーの忠誠は、プロジェクトと集団に対して向けられている。 権威は個人的貢献からもたらされる。
 バーンズとストーカーによれば、組織の環境が安定的なばあいは、組織は機械的システムをとるほうが有効である。しかし環境が不安定なばあいは有機的システムの組織のほうが有効である。
 また技術とは環境と組織をつなぐものであるが、この技術と組織との関係においても、づぎのようなことがいえる。すなわち、技術が例外が少なく、分析可能であるほど、機械的組織が適合的である。これにたいして、例外が多く分析不可能だと有機的組織が適合的である。
こうしてコンティンジェンシー理論においては、組織は環境にたいして開かれたシステムとしてとらえられ、さらにシステムと環境との関係が問われている。この組織論において、はっきりとサイバネティクスの発想を意識しかつ導入しようとしたのが、トンプソン J.D.Thommpson とウェイク karl Weick である。
 トンプソンは、組織は不確実性に対処しつつ、自己の確定性・確実性を維持しようとする、オープン・システムである、と定義する。またウェイクは、「最小多様度の法則」をふまえて、「組織化とは、条件付きで関連している諸過程にはめ込まれている連結行動によって、実現的環境のなかの多義性を除くことから成っている」と述べている。
 すなわち、組織の環境のもつ多様性を組織の多様性によって対応する。環境が確定的で多様性がとぼしければ、組織は確定的にふるまうことができる。環境が不確定で多様性と変化にとむものであるなら、組織はそれに備えるべく、自己の内に多様な可能性をもたなければならない、というわけである。
最近では、組織の環境適応の考え方は、さらに「ネットワーク組織論」というかたちをとるようになった。ウェイクによれば、「ネットワーク」とは「ゆるやかに結びついたシステム」のことをいい、それはつぎのような特徴をもつ。
(1) それぞれの単位組織が自律性を持ち、自らの環境を細かくみて適応するので、環境の変化に敏感に適応しうる。
(2) 各単位組織は独自に主体的に環境に対応していくので、適応の仕方に異質性、独自性を確保でき、どこかに創造的な解を生み出しうる可能性をもっている。
(3) 堅い連結の組織と比較して、単位組織間の相互負荷が軽いので、予期せざる環境の変化に対する弱性が小さい。
(4) 反面、環境の変化に対する適応が小域的なものにとどまり、大域的な計画性を導入しがたい。
 また今井賢一は最近、「ネットワーク編集」という考えを提唱している。「ネットワーク編集」とは、組織が内部資源と外部資源とを利用するにあたって、既存の構成要素を『引用』したり複合させ組み合わせたり、あるいはまったく新たな要素を導入したりして、それらの間に新たな動的協力性(シナジー)を生み出しうる場を設けること、である。
こうして経営組織論においては、環境の多様性がもたらす組織の不安定をおさえこむ、という制御的モデルから、みずからの内から多様性をうみだし進化する組織論のモデルへの移行がおこなわれつつある。しかしそうしたあらたなシステム論の展開をみるまえに、サイバネティクス・モデル、それも「最小多様度の原理」を積極的に社会学に導入した、ニコラス・ルーマン Niklas Luhmann (1927-) の、おもに初期(60年代から70年代)の社会システム論をみることにしよう。

 (6) ルーマンの社会システム論
ルーマンがサイバネティクス・モデルを社会学に導入したのは、じつはかれの属するドイツ語圏における人間学の系譜を通じてであったように思われる。
 オーストリアの動物学者J.v.ユクスキュル(1864-1944)は今世紀初頭つぎのような説をとなえた。すなわち、動物は自分の身のまわり、すなわち環境(Umgebung)のなかから、自分にとって意味あるもの選び出し、それを近くするとともに、それに働きかけつつ生きることによって、自分をとりまく世界を構築している。かれはこれを「環境世界」(Umwelt)と呼んだ。そうして生物体をあくまでもその環境世界との機能的円環のうちにとらえるべきことを提唱したのであった。
 現象学的哲学者シェーラーMax Scheler(1874-1928)は、その最後の著作『宇宙における人間の地位』において、かれの哲学的人間学をユスキュルの影響のもとに展開した。動物はその環境世界の構造に完全に閉鎖的に適合している。これをかれは動物の「世界繋縛性」とよんだ。それにたいして、人間は環境世界を独自の仕方で遠ざけ距離をとることによって、もっと広大な自由な場面としての「世界」に開かれている。これをかれは人間の「世界開在性」とよんだのであった。おなじく哲学的人間学を構想したプレスナーHermut Plessner (1892-)も、動物は環境に拘束され中心的に生きるのにたいし、人間のありようは脱中心的であり、世界開放性をもつとした。
 ポルトマンAdolf Portmann(1897-1982)は、その著『人間はどこまで動物か』で、人間は一種の早生児として出生し、確固たる環境適合本能をもたず、その代わりとなるべき文化を発達させるのだ、とした。
これら動物学的および哲学的人間学の流れを受けて、ゲーレンArnold Gehlen(1904-76)は、「負担免除説」という説を提唱した。かれによれば、人間は本能の後退により可塑的で未定形な自己の行動のありかたと(それと相関する)不確定な環境世界の現れ方という負担を課せられている。それにたいして人間は、固定的な文化様式を発達させること(制度化)で、その負担をみずから免除しようとする、というのである。
 ルーマンは人間におけるこの本能の後退がもたらす自己と環境の不確定で多様な現れという問題を、アシュビーの「最小多様度の法則」とむすびつける。本能の喪失によって環境世界は多様な不確定なものとして現れる。しかし人間は本能から解放されることでぎゃくにさまざまな多様性(複雑性)を編み出すことができ、それをもってして環境世界の複雑性に対抗してその複雑性を縮減するのである。
 だがその縮減は動物のような硬直的な行動と環境世界の把握をもたらすものではない。動物が環境世界に束縛されているのにたいして、人間は世界に対して開かれた可能性をつねにもっている。複雑性の縮減は人間にとっては固定的な行動や世界把握ではなく、つねにあるものを選択しつつも他の可能性へと開かれた、その可能性を保持しつづけたいるものでなくてはならない。つまりつねに「ほかでもありえたし、またありえる」ということをある選択がその背後にもっていなくてはならない。
 こうした環境世界の複雑性の縮減とそれに対応する人間の複雑性(多様性)の維持の機能をはたすのが、「意味」であるとルーマンは言う。
 人間は自己のまわりの混沌とした未分化な世界を、言語を使って、事分けしている。そして一つ一つの言葉の意味は、それ以外の言葉との差異によって決定される。(たとえば、虹は波長の短いものから長いものへと連続している。しかし文化によりそれを「七色の虹」、「六色の虹」、「三色の虹」と見たりする。すなわち言葉による連続的なものの不連続化(事分け)である。ある色(赤)は他の色との差異によって規定されるのである)。
 すなわち、意味は可能な体験・行為を統合し秩序化する。ある意味を選択することは、ある可能性を選択し他の可能性を否定することであり、「複雑性の縮減」をもたらす。しかし同時に、意味は他の意味を否定するというかたちでそれを保持している。たとえば、「勉強する」という選択は、「遊ぶ」・「寝る」などの選択の否定であるが、同時にそうした選択の余地があるということを前提として、かつ可能性として残している。このようにした「意味」は複雑性の縮減と維持と果たすわけである。
ではルーマンにおいてはシステムはいかに形成されるのか。
 ラドクリフ=ブラウン由来のパーソンズの構造-機能主義では、構造がまずあって、それを維持するような機能を構造の構成要素をおこなう、とされていた。これにたいしてルーマンは、構造というものを先に考えるのではなく、さまざまな機能の結果として考える、「機能主義」を提起する。つまり、さまざまな働きがおこなわれ、それがシステムの形成という観点から見ると、等しい機能をはたすことで構造が形成されている、というのである。ここでの「・・・という観点から見ると」という限定が重要である。なぜなら、実際の諸現象においては、これまでの理論が想定していたような一つの原因から一つの結果が生じるということは存在しないからである。実際にはさまざまな要因が相互に連関しあって作用しあっているのである。それを一定の観点から見るとき、はじめて等しい機能をはたしているものがみえてくるのである。これをルーマンは「等価機能主義」と呼んでいる。(これは一般システム論の「等終局性equifinality」の概念を言い換えたものにほかならない)。
 ルーマンの観点はあくまでもシステムと環境世界の関係にある。すなわちルーマンにおいてシステムとは、世界の複雑性を前にして、内-外の区別の安定化によって自己を維持していく統一体のことである。システムの内-外の区別は「複雑性の落差」によって設定される。システムは世界の複雑性を一定の適応能力(世界の複雑性を吸収する自己の複雑性)を高めていくことによって、縮減することで自己を維持するのである。(いうまでもなくこれはアッシビーの「最小多様度の原理」をいいかえたものにほかならない)。
では社会システムはいかに形成されるのであろうか。
 社会システムにとっての複雑性の根源は、パーソンズが考察した「二重の不確定性(ダブル・コンティジェンシー)」にほかならない。すなわち相互行為は互いに不確定な相手行為に依存しているということが、社会システムの解決しなければならない複雑性の根源である。この複雑性の縮減することで社会システムは形成されるのである。その縮減の仕方には、行為期待の一般化・安定化(規範化・意味的同定・制度化)があげられる。
そして全体社会システムは世界の複雑性にたいする適合能力をさらに高めるべく、分化していく。その典型的ありかたには、 分節化(同一統一体の構成による分化)、 階層(位階秩序の差異による分化)、 機能的分化(全体システムが解決しなければならない中心的問題に照らしての分化)がある。
機能的分化した場合、その部分システムには、 政治システム(拘束的な意志決定の確立)、 経済システム(欲求充足の時間的確保)、 科学(体験可能な複雑性の強化と伝達を通じてのその縮減)、 家族(人格形成と緊張の緩和)がある。(いうまでもなくこれはパーソンズのAGILのルーマン流の修正である)。
 さらにパーソンズが分化した部分システムをつなぐ「シンボリック・メディア」を構想したように、ルーマンもまた「コミュニケーション・メディア」を構想する。
 かれによれば、コミュニケーションとは一方の当事者が伝える選択についての情報を、もう一方の当事者が自己の体験や行為の前提として受け容れる、ということを意味する。この受け容れは受け容れる側での動機づけを必要とするが、この動機づけをひきおこす伝達の媒体がコミュニケーション・メディアである。上記の部分システムに対応するのは、 権力、 貨幣、 真理、 愛、の4つである。
こうしてルーマンは、ドイツ系の哲学的人間学とパーソズの社会システム論をサイバネティクス・モデルのシステム論によって統合したと言えよう。だが80年代にはいって、システム論のあらたな動向の影響をうけることによって、急速にその姿を変えつつある。そこでそのシステム論のあらたな動向をみてみることにしよう。
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# by takumi429 | 2005-02-02 14:47 | 社会システム論 | Comments(0)

社会システム論(3)

社会システム論(3)
-- 自己組織化モデル--

 自己組織化モデル
サイバネティクス的システム論は、「形なき物質に出来合いのパターン(情報)を押しつけることで秩序を形成し、ネガティヴ・フィードバックによって安定的に制御していく」、というものであった。このサイバネティクス的システム論から、「ゆらぎをはらんだ物質の広がりのなかからポジティブ・フィードバックを通じて自ずと秩序が形成されダイナミックに変容していく」[現代思想1984.152頁]、という自己組織化システム論へと、システム論は近年転換しつつある。 このシステム論における転換の先鞭をつけたのが、丸山孫郎の「セカンド・サイバネティクス」である。
 かれはサイバネティクスにおいてネガティブ・フィードバックによる制御・統制のみが重視されのにつよい不満をもっていた。たとえば卵子の成長において構造は複雑化・発展するし、それがもつ情報量も増大する。しかるにネガティブ・フィードバックでは構造のもつ情報は維持、もしくは消失するのみで、けっして増大することはない。つまりネガティブ・フィードバックによるサイバネティクス・モデルでは、生物などにみられる構造生成はとらえられないのである。
そこでかれが構造生成にあたって目をつけたのが、ポジティブ・フィードバックである。かれは、ネガティブ・フィードバックによる逸脱解消的システムを「ファースト・サイバネティクス」とよび、ポジティブ・フィードバックによる逸脱増幅的な相互因果関係の研究を「セカンド・サイバネティクス」とよんだ。また逸脱解消的相互因果過程を「形態維持」とよび、逸脱増幅的相互因果過程を「形態生成」とよんだ。かれはポジティブ・フィードバックによって逸脱が増幅されることで、組織が複雑化し進化することを示唆し、あらたな自己生成的な、みずから生成し発展・変化していくシステムについての理論の可能性を示したのであった。
 だがこの外からの制御・介入によらない自己発展的なシステム論には、すでにみたように、アシュビーの「純粋な自己組織化の論理的不可能性」という問題がついてまわる。すなわち、システムが自分自身の組織を形成し、変化させていくことは、プログラムするものとされるものが一致することになり不可能である。Sというシステム(機械)が変化するには、つねにαという機械が付け加えられねばならないのである。つまり、サイバネティクス・モデルに従う限り、自己組織的なシステムについては語り得ないことになる。
 この問題を解決すべく考えられたのが、フェルスターの「ノイズからの秩序」およびアトラン「ノイズからの複雑性」である。かれらは、ネガティヴ・フィードバックによる閉じたサイバネティクス・システムの世界から脱出するために、プログラムの外のノイズ(外乱)のはたす能産的役割に注目した。
 また自分で自分を産出していくという循環の輪こそまさに創造的な進化をもたらす、という考えもある。それがマトゥラナとヴァレラのオートポエシス(自己産出)論である。かれらはみずからの神経組織の研究、およびイエルネNiels K.Jerneの免疫体系の研究からこの考えを引き出した。神経系のおいても免疫体系においても外部のものはそのまま認識されるのではなく、むしろ系のなかのネットワークのゆらぎとして認識される。われわれがすでにみたように、環境の多様性はシステム内の多様性を通してのみ把握される。いやより正確にいえば、このシステムはこれまで観察者によって決定されていた、環境とシステムとの境界をもたない。あくまでもシステム自体の自己再生産がその境界をうみだしていくのである。マトゥラナたちはこうしたシステムの自己言及性にシステムの展開の可能性をみるのである。
マトゥラナの定義によれば、「オートポエシス・システム」とは、
「次のような要素産出のネットとして定義できる。つまり、(1) 要素同士の相互作用をとおして、その要素自身を産出する当のネットを回帰的に生成・実現し、かつまた、(2)その要素自身が存在する空間において、そのネットの境界をも、その当のネットの実現に参与する要素として構成する、そういう要素の産出のネットとして定義できる。」 [Maturana1981.p.21]
ではこれらのシステム論は社会科学においていかに導入されているであろうか。
「ノイズからの秩序」という考えかたは、フランス系の学者によって受容されている。エドガール・モランは、『失われた範例』においてこの考えをかれの学問の主軸にすえ、さらにそれを『方法』という大著において展開しつつある。ジャック・アタリも『言葉と道具』においてこの概念を導入している。
ル-マンもオートポエシス論を積極的に自己の社会学に取り込みつつある。その際、マトゥラナやバレラが、社会システムの構成要素は個人というこれまたオートポエシスなシステムであるとする誤りを犯しているのにたいして、社会システムの構成要素はコミュニケーションであると規定している。彼によれば、このコミュニケーションは、伝達・情報・理解の統合体であるとされる。こうして社会システム論は、パーソンズの行為を構成要素する社会システム論から、コミュニケーションを構成要素とするオートポエシス的システム論への変革されるとしている。
ルーマンのこの大胆な提言はきわめて刺激的ではあるが、まだその成否を判断する段階ではないように思われる
日本においても、野中郁次郎『企業進化論』や今田高俊『自己組織性』などがこうしたシステム論の動向を取り入れようとしている。しかし前者は日本の経営者および経営学者の、何でも取り入れ使ってみよう、という貪欲さに感心させられるばかりである。後者は掛け声の大きさばかりが目立ち、実質的な理論の展開はほとんどみられない。
 またバレラのオートポエシス論をその源泉であるスペンサー=ブラウンの代数学にまでさかのぼって、社会システム論の刷新をめざしたのが、大沢真幸『行為の代数学』である。しかしそれは延々と自己言及・自己回帰性についてのべたもので、それが説く「第三の審級」の理論との接続が必然的なものとは思われない。(おそらく「第三の審級」の理論は、スペンサー=ブラウンの代数学を学ぶ以前に構想されたものであろう)。とにかく社会システム論としてはあまりに抽象的かつ無内容である。
 今後の我々の課題は、こうしたスローガンだおれにおわることではなく、社会の自己組織性に注目した社会システム論の可能性を、むしろ既存の諸理論との対話のなかから探ることにあると思われる。社会の自己組織化の理論として、われわれはすでに、マルクス主義的再生産論をもっているし、とりわけアルチュセール系のイデオロギー装置の理論をもっている。こうした理論とシステム論との対話から新しい社会システム論の可能性はうまれてくると思われる。
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# by takumi429 | 2005-02-01 15:32 | 社会システム論 | Comments(0)

社会システム論 文献

文献

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N.ルーマン1983.土方昭監訳『ニクラス・ルーマン論文集1 法と社会システム 社会 学的啓蒙』新泉社
N.ルーマン1984.土方昭監訳『ニクラス・ルーマン論文集2 社会システムと時間論  社会学的啓蒙』新泉社
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野中郁次郎1985.『企業進化論』日本経済新聞社
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大沢真幸1988.『行為の代数学』青土社
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タルコット・パーソンズ1986.稲上毅・厚東洋輔訳『社会的行為の構造2』木鐸社
タルコット・パーソンズ1974.佐藤勉訳『社会体系論』青木書店
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佐和隆光 1982. 『経済学とは何だろうか』 岩波書店
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白鳥令編1982.『現代政治学の理論〔下〕』早稲田大学出版部
『組織科学 1986.VOL.20-3 特集 ネットワーキング』
『組織科学 1988.VOL.22-3 特集 組織変動・情報化・自己組織性』
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フォン・ベルタオンフィン1971.長野敬訳『人間とロボット』みすず書房
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# by takumi429 | 2005-02-01 15:30 | 社会システム論 | Comments(0)

フェミニズムの諸思想(1)参政権獲得まで

以下に載せるのは、1989年の名古屋市立大学看護短期大学部での私(勝又正直)の講義をまとめたものです。内容は、ジョゼフィン・ドノヴェン著、小池和子訳『フェミニストの理論』(勁草書房)に依るところが大です。16年以上前のものなので、最近のフェミニズム思想、とりわけバトラーやスピヴァクについてはふれていません。また機会があったら勉強して書き改めたいと思っています。

フェミニズムの諸思想(1)
--- 参政権獲得まで ---

 本稿ではフェミニズムの諸思想を、それに影響を与えた男性の思想との関連に留意しながら考察する。この(1)では婦人参政権獲得以前からの思想をとりあげる。すなわち、自由主義フェミニズム、文化フェミニズム、初期マルクス主義フェミニズム。

 フェミニムズは現代においておそらくもっとも生産的な思想的立場であろう。これまでフェミニズムは男性によってつくられた諸思想・学問を貪欲に吸収し、それを解体・構築してきた。フェミニズムというフイルタ-をくぐることで、男性の諸思想はその限界とその真の意味を露呈された。それゆえフェミニズムの諸思想を研究することは、単に女性の思想を研究するだけではなく、男性の諸思想の内実と限界をよりよく知ることでもある。 それゆえわれわれは代表的なフェミニズムの諸思想を、それに影響をあたえた(男性による)思想あるいは運動との関わりあいにおいてとらえることで、その内容と問題を明らかにしていこう。そうすることはひるがえってこれまでの男性による諸思想を反省することにほかならないのである。

 (1)啓蒙運動の自由主義フェミニズム
18世紀後半、アメリカの「独立宣言」(1976年)、フランスの「人権宣言」(1789年)の諸宣言およびそれによるアメリカの独立(1763-89)、フランス革命(1789-99) という市民革命は、いわゆる「啓蒙思想」(Enlightmentenment)と呼ばれる思想をその基礎としていた。
 啓蒙思想は、自然の光としての人間生得の「理性」(物事を理論的に考える精神能力)の前面的に信頼し訴えて、各人があえてみずから理性の力を行使することによって、「人間がみずからに負い目のある未成熟状態から脱すること」へと働きかけ、こうして、理性的自立的な人格の共同体をめざすことに、その目標があった。またその政治思想は、生得の権利(自然権)をもつ相互に平等な個人が契約によって政府を形成・支持する、というものであった。
 オリンプ・ド・グージュの『女性と女性市民の権利宣言』(1789)、ジュデイス・サージェント・マーレイの『両性の平等について』(1790)、メアリ・ウルストンクラフトの『女性の権利の擁護』(1792)によって提唱された、啓蒙主義のフェミニズムは、まさにこの啓蒙主義を女性の適用することを主張するものであった。(このことは、オリンプ・ド・グージュの『女性と女性市民の権利宣言』という題に顕著にあらわれている。この題名は、フランスの『人権宣言』(原題『人および市民の権利宣言』)の「人(男性)homme 」を「女性femme 」に、「市民 citoyen 」を「女性市民citoyenne 」におきかえたものである。つまり『人権宣言』の人権というのがあくまでも男性homme に限定されているのに抗議し、それを女性にまで拡大することを要求しているわけである。)
 この思想の代表的論者のメアリ・ウルストンクラフトはその著『女性の権利の擁護』においてつぎのように主張する。
 女性も男性同様に理性を持っている。しかしその理性の発達は、女の人生の目的は男に奉仕することだと教える教育のために未発達となっている。そのため現在女たちは男に媚を売って生きるという奴隷状態にある。しかし男女の平等な教育によって女性の理性が啓蒙されれば、女性も批判的思考に目覚め、家庭という男の従属から解放され、理性的な公的生活に参加するようになれるだろう。
 つまり教育で理性を目覚めされれば女性も男性と同格の権利主体となりえる、というわけである。つまり啓蒙主義の自由主義フェミニストは、人間とは、男性(man)だけではなく、女性(woman )をも含むものであると、主張したのである。
 これに対する男性自由主義理論家の反応は、「とんでもない!」といった感じの否定と弾圧であった。啓蒙主義的自由主義論者にとって、自然権をもつ人間とはあくまでも財産を持つ男性家長であった。市民社会とは家長(市民)をその構成単位としている。女こどもは、それぞれの家庭において家長の権威に服従している存在にすぎなかったのである。 市民革命における「市民」の概念の範囲がきわめて限定的であったことが最近の研究によって徐々に明らかにされてきている。だがそのことは啓蒙思想の女性への適用によってうまれたこの自由主義フェミニズムへの反応がすでのくっきりと照らしだしていたのである。
 女性を一人前の市民として認知させようとする要求は、婦人参政権運動に引き継がれた。つぎにこの運動の発展に大きな功績があった。ジョン・スチュワ-ト・ミルの思想をみてみることにしよう。

 (2) 功利主義的フェミニズム
まずイギリスの婦人参政権運動の展開を追ってみよう。
 すでに17世紀市民革命期には女性の国政参加の請願が国会に提出されている。チャーティスト運動(1837ー58) は人民憲章People's Charterを掲げて普通選挙universal suffrage(選挙権・被選挙権が財産の多少によって制限されない選挙)要求した。1865年にジョン・スチュワ-ト・ミルは婦人参政権を公約に下院議員に当選する。同年、マンチェスターで最初の婦人参政権協会つくられた。1866年に1499人の婦人参政権要求の署名がミルを通じて下院に提出された。しかし1867年、婦人参政権案は196 対73で否決され、1868年の総選挙でミル落選する。翌年1869年にミルは『女性の隷属』(邦題『女性の解放』)を発表する。同年、地方自治体の選挙権を女性が獲得する。1870年に教育委員会の選挙権を女性が獲得した。しかし国政レベルの普通選挙権の獲得の道は遠かった。1897年にM.G.フォーセットらが結成した穏健派の婦人参政権協会全国同盟(NUWSS) の活動も、1903年にE.パンクハーストらが結成した女性社会政治同盟(WSPU)のテロや投身自殺などの過激な活動も、成果をあげることはなかった。女性の政治的権利承認への契機となったのは、皮肉にも第一次世界大戦(1914-18) における両組織の戦時協力であった。(総じて戦争は女性の社会進出と地位向上をもたらす傾向がある)。1918年に「人民代表法」により30歳以上の女性の選挙権認められ、1928年になってようやく21歳以上の男女に(平等の)選挙権が認められるにいたるのである。(ちなみにアメリカにおいて婦人参政権が獲得されたのは1920年、ドイツは1919年、フランスは1944年、日本は1945年である)。
 この経緯をみてもわかるようにジョン・スチュワ-ト・ミル(1806ー73) は婦人参政権運動に大きな役割を演じている。当時のイギリス思想界の寵児ともいうべきミルが婦人参政権に賛成したとういのはきわめて大きな影響力をもったのである。
 実はミルは24歳の時(1830年)から、富裕な商人であるジョン・テイラ-の妻であるハリエット・テイラー(1807ー58) と交際していた。このなかば公然たる人妻との交際は、清いまま21年も続き、夫のジョン・テイラ-の死(1849年)の後の1851年にようやく二人は結婚したのであった。(しかし彼女はそのわずか7年後に死んでしまうのだが)。
 ミルの永遠の女性とでもいうべきハリエットは、しかし単なる富裕な有閑婦人ではなかった。彼女は匿名で1851に「婦人参政権」という文書を発表している。彼女は、 官職・専門的職業すべての門戸解放をふくむ民法上、政治上の完全平等、 結婚に関するすべての法律の廃止を要求・主張した。
 ミルの婦人参政権論はこのハリエットの主張を、彼の思想的信条であった「功利主義」によって受け止め、口当たりをよくしたものであった。周知のように、「功利主義」とは道徳の原理である社会の善とは、それを構成する個人の善(=快楽・幸福)の総計である、と考える思想である。そこでは「最大多数の最大幸福」こそが社会の幸福なのである。 ミルは彼の婦人参政権論を1869年の『女性の隷従 The Subjection of Women』(邦題『女性の解放』)にまとめている。以下その内容を章ごとにみてみよう。。
 第1章。現在の法律では男女が同権ではない。これは男性が女性より優れているからではなく、男性が女性よりも肉体的に強かったという歴史によるものである。これを改めることは社会の進歩である。各人の自由の拡充によって社会は進歩する。女性にも職業選択の自由を認めねばならない。あらゆる職業・地位を女性に解放すべきだ。
 第2章。現在のイギリスの法律における女性の妻・娘としての隷属している。そのために女性は天与の能力の発展を阻害されている。
 第3章。女性が社会的に重要な地位につけないのは、社会制度を作ったのが男性だからである。現在女性の能力が低くみえるのは、あくまでも抑圧の結果である。
 第4章。女性が解放されれば、 男性も不当な尊大さを持たなくなる。 全体として人間の社会的能力が倍加する。 女性はよりりっぱな人間になる。ゆえに女性の解放は人類の解放である。
 こうしてミルは、婦人が解放されることで幸福になれば、社会を構成する半数があらたに幸福になることになり、それは社会の善の増大をもたす。ゆえにこの解放は望ましいと考えたわけである。
 しかし女性が男性への隷従から解放されることははたして男性の抵抗なしに達成されるであろうか。女性が解放されることは必ずその裏側に男性の権力の喪失、およびそれによる利得喪失をともなっている。ミルの議論には、男女がともに未開地を開墾していき、ともに豊かになっていくといったイメ-ジがある。しかし男と女の間には限られたパイを奪い合うといった関係が存在する。ミルの議論にはまさにこの男女間の闘争的関係をみる観点が足りないのである。(その点、女性の隷属を固定化する結婚の法的規定をすべて廃棄することを主張したハリエットの方がよりラディカルであったと言えよう)

 さて以上、(1) と(2) で自由主義フェミニズムをみてきた。このフェミニズムは「女も人間である」との主張によって、大きな影響力を持ってきたし、いまなお持ちえている思想である。(その有効性はいまだに健在である)。
 しかしこの思想にはいくつかの問題点もあるように思われる。
 まず第一に、このフェミニズム運動は私的領域に触れえなかった。しかし法的変化のみでは女性の地位は向上しない。それは法的にはほぼ男女平等になった現代において、なお男女差別が存在することからもあきらかである。むしろ階級としての女の隷属は男の階級、教育と社会組織の父権制的、男性奉仕的システムによってもたらされている。「女は家」という発想自体が女をスポイルしているのである。
 次に、このフェミニズム思想は、啓蒙主義がもたらした「公」と「私」の分離をそのまま継承している。「公」と「私」の区分は、理性的世界と非理性的世界の区分である。それはそのまま、男の世界と女の世界に対応する。ニュートン以来の近代の世界観には、前者が後者を支配しコントロールするという発想が潜在しているのである。フェミニズムはまさにこの世界観をも問題とせねばならないのである。
 さらに自由主義的フェミニズムは、あえて男と女の差異を不問に付している。しかし反対に「女は男とは違う」ということにこだわることであらたな世界観を打ち建てる可能性が存在する。それが次にあつかう「文化フェミニズム」がとった道であった。

 (3) 文化フェミニズム
啓蒙的自由主義フェミニズムは、女性も男性同様に人間であることを主張した。その思想は理性的であり、運動も法律尊重であり、政治的変革を志向していた。
 しかしここで語られる「人間」なるものはあくまでも男性をモデルにしてかたられるものであり、「人間」への同化は女性の特性を捨て「人間」なるものへと中性化することではないのか。いやむしろ「人間」(man) が男性を本来意味している以上、「人間」であることの主張は、女性の男性化を意味するのではないのか。
 婦人参政権運動が19世紀後半から盛んになるにつれて、それとは対極的な文化フェミニズムの思想も発展してきた背景にはこうした問題意識がある。
 自由主義フェミニズムとは反対に、文化フェミニズムはあくまでも男と女の差異の強調する。そして女のすぐれた資質、すなわち平和・協同・調和の資質を強調し、それを固持することの必要を説く。腐敗した男性の政治世界の浄化のためには、女たちのすぐれた道徳的視点が必要なのである。だからむしろ女性が男性とは異なるすぐれた道徳性をもつがゆえにこそ、女は公的世界に参入して投票権を持つべきだし、また持たなければならないのである。
 文化フェミニズムの理論的背景となったものは、バハオーフェンの母権制論と、クロポトキンの社会ダーウィニズムがあった。
 まずバハオーフェンの母権制論をみてみよう。バハオーフェンによれば、人類の歴史は 乱婚制、母権制Mutterrecht 、父権制Vaterrechtの段階を経ている。父権制社会とは今日の男性が支配する社会である。それに対して、母権制社会とは女性が支配する社会である。女性が支配する社会が存在したというこの学説は、男性優位の社会で虐げられている女性に、別の社会の可能性を示唆するものとして受け取られた。
(注:個人の系譜が母方の方でたどられる母系制の社会はいたるところに見られる。しかしこの母系制社会においても権力を握っているのは男性(伯父)であって、母親ではない。人類学ではいまだに女性優位をともなった母系制は発見されていない。それゆえこの母権制の概念はバハオーヘンが文献から得た想像の産物とみなされている)。
 社会ダ-ウィニズムはダーウィンの進化論を社会に適用したものである。周知のようにダーウィンは、動物の種は自然淘汰のメカニズムを通して、単純なものから複雑なものへと幾世紀もかけて進化した、とした。社会ダ-ウィニズムはこの考えを社会全般に適用して社会の進化を語ろうとした。
 社会ダ-ウィニズムには、H.スペンサーのように、生存競争と適者生存の概念(すなわち勝ち残った者はそれに相応しい、という考え)によって社会の変化を説明し、戦争と競争が社会の進歩を支える、と考える者もいた。
 しかしP.クロポトキンの社会ダ-ウィニズムはこれとは趣きを異にする。ロシアの著名なアナーキスト(国家廃止主義者)であった彼は、人類は競争的組織から協力的集団的組織、すなわち国家を必要としないような組織へと進化する、と考えたのである。
 こうした母権制と協力的な組織社会の理想が文化フェミニズムにあたえた影響は、C.P.ギルマン『ハーランド』(邦訳『フェミニジア 女だけのユートピア』)に顕著に現われている。単性生殖によって女性だけが存在するフェミニジアは平和で協調的な社会である。物語りはそこへ迷い込んだ三人青年の体験談として語られるのである。
 文化フェミニズムの具体的成果としては、1915年<婦人平和党>の結成、1915年ハーグの<国際婦人会議>の決議、それが1918年ウィルソンの平和原則14ケ条に影響を与え、さらにそれが国際連盟として具体化したことを挙げねばならないだろう。
 文化フェミニズムの問題点としては、まず第一にこの運動が男女の差異の強調するあまり逆にそれが女性の職場からの締め出しの方便に使われるという危険性が指摘できるであろう。
 しかしそれより重要なのは、男女の差異は、はたして生物学的差異なのか、それとも社会的・文化的なものか、という問題である。前者であるとするば、この考えは生物学的決定論につながり、しいては人間の自由の可能性を否定することにもなりかねない。後者であるとすれば、公的世界に平和的価値観をもつ女性が参入すべきだという文化フェミニストの主張は瓦解する。なぜなら女性が公的世界に参入したそのあとの社会において、はたして女性が以前の価値観をもつかどうかわからないからである。もちろんこれまでもっぱら女性がもっていた平和的・協力的価値観は男性も学びうるものであるし、そうしたイデオロギーの変容こそ、一種の文化革命であることは確かである。
(注:女性の協調性が女性の固有性として存在することという考えは、キャロル・ギリガンの『もうひとつの声』においてより洗練された形で主張されている。認知心理学のこの新たな展開はきわめて興味深く重要であると思われる)。

(4) 初期マルクス主義フェミニズム
これまでとりあげたフェミニズムはすべて思想的運動とでもよぶべきものであった。それに対し、19世紀後半からの初期マルクス主義フェミニズムはマルクス主義のもつ社会科学的な社会分析による社会変革論となり得ることができた。(それが正しい分析であったかどうかは別にして)。
 フェミニズムのもっとも大きな影響をあたえたのは、エンゲルス『家族・私有財産・国家の起源』(1884)であった。エンゲルスはバハオ-フェンの母権制論の影響の下、つぎのような人類史を想定した。
 先史時代においてははじめ乱婚制がおこなわれていた。その結果、子供は父親はわからないから、子供の出自はもっぱら母系によるしかなかった。その結果、母親が支配する共産主義的母権制が出現した。しかし、動物の家畜化がすすみとそれはもっぱら戸外に出ていける男性の手中におさまった。家畜や交易などの多様な富の出現し、それはもっぱら父親の所有物となった。富の増大は父の私的所有物の増大をもたらし、父親の権力は増大した。。父はこの所有物の実子への相続を願うにいたる。しかし母系制では実子は他の氏族員でしかない。そのため実子を同氏族へと回収する父系制への移行がおこなわれたのである。こうし私的所有を契機とした母権制から父権制への移行を、エンゲルスは「女性の世界史的敗北」と呼んだのであった。さらに資本主義の登場は核家族化をもたらし、女性は家庭の召し使いへの転落してしまったのである。
 この抑圧・疎外の解決法は、女性の公的労働への参加することと、私的家事労働が社会化されることである。後者は私的生産の共同化されることにほかならず、すなわち社会主義革命の成功を意味する。
 こうして初期マルクス主義フェミニズムにおいては、婦人問題の解決は資本主義下の社会問題の解決、すなわち革命による解決と等しいものとみなされていたのである。
 しかし初期マルクス主義フェミニズムにもいくつかの問題点がある。
 まず第一に、すでの文化フェミニズムにおいて指摘したように、バファオ-ヘンの母権制論とそれの影響をうけたエンゲルスの議論には、母系制と母権制の混同がみられる。氏族がその系図を母方においてたどる母系制においても、財産権・支配権は男性(伯父)にあるのであって、母親が権力を握っているわけではないのである。(エンゲルの人類史は一種のよくできたお話の域をでないのである)。
 第二に、このフェミニズムでは資本主義さえ打倒されれば女性は解消されるかのようであるが、社会主義においても、また資本主義以前の社会においても、男性の支配は存在しかつ存続しているのである。
 しかしマルクス主義フェミニズムの登場によって、女性解放運動においてすぐれて科学的な議論が可能となった功績は否定できない。とりわけ論争点となったのは、家事労働の位置づけ(家事労働は疎外された労働か否か)と家庭における社会化のイデオロギー的性格の問題であった。これらの論争はフェミニズムがより科学的な基礎を得るうえできわめて重要な契機となったのであった。
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# by takumi429 | 2005-01-03 15:14 | フェミニズム思想入門 | Comments(0)

フェミニズムの諸思想(2) 参政権獲得の後

フェミニズムの諸思想(2)
--- 参政権獲得の後 ---
 
 この(2)では、参政権獲得後のフェミニズムの諸思想、すなわち、実存主義フェミニズム、ラディカル・フェミニズム、後期マルクス主義フェミニズム、ポストモダン・フェミニズムをあつかう。

 これまで我々があつかってきた、(1・2) 自由主義フェミニズム、(3) 文化フェミニズム、(4) 初期マルクス主義フェミニズムは、婦人が参政権を獲得する以前から存在し、かつこの参政権運動を支えてきた。しかし第二次世界大戦が終結し、多くの先進国で女性は参政権を獲得した。(婦人参政権が認められたのは、たとえばアメリカ合衆国は1920年、フランスは1944年、ドイツは1919年、日本とイタリアは1945年、中国は1947年、インド1947年である)。それによってそれまでの婦人解放運動は当初の目的を達成すると同時に目的を失った。それ移行、フェミニズム運動は政治的同権の獲得にもかかわらず存続する女性差別を、さらに文化的問題として深く追求する方向を歩みだした。その結果うまれたのが、これからのべる、(5) 実存主義的フェミニズム、(6) ラディカル・フェミニズム、(7) 後期マルクス主義フェミニズム、(8) ポストモダン・フェミニズム、の諸潮流である。

 (5) 実存主義的フェミニズム
「実存主義的フェミニズム」という用語は存在しない。この言葉を指し示したいのはシモ-ヌ・ボ-ヴォワ-ル (1908-1986)がその著『第二の性』(1949)によって表わした思想である。まずその思想的背景を探ろう。
 ヘーゲルはその著『精神現象学』で、「主人と奴隷の闘争」なるものを展開した。いわく、主人はなるほど奴隷を支配している。しかし主人の自意識はつねにその存在を証明する他者、すなわち奴隷を必要とする。そのため主人に自意識は逆に奴隷の存在に依存することになってしまう。ここに主人と奴隷の立場の逆転がうまれる。しかし有利な立場、すなわち主人の立場に成り上がった奴隷の自意識も今度は奴隷に成り下がったもと主人の存在に依存するようになる。こうして終わりのない主人と奴隷の相克が生まれるのである。ロシアの亡命哲学者アレクサンドル・コジェ-ブはこの「主人と奴隷の闘争」を軸にした『精神現象学』の解釈をフランスで講義した。かれはこの弁証法を、ハイデガ-の『存在と時間』の実存主義によって解釈した。
 ハイデガーによれば、人間存在は世人das Man (主体性のない中性的な人間)となってしまっている。この世の中に投げ込まれている(世界-内-存在)たる人間(現存在)は自己の可能性へと自己を投げ返す(投企)ことで自己の真なる存在に自覚的となる。その契機となるのが日常にひそむ(自らが死を関わることと真実の生き方をしていないことに対する)不安=良心の声である。
 ボ-ヴォワ-ルの夫でかつ思想的同志であったサルトル(1905-80) は、間接的にはこのハイデガ-の実存主義を、直接的にはコジェ-ブの解釈に影響を受けて、自己の実存主義を形成した。
 彼によれば、実存するとは、脱自的、超越的なありかたで、自己がいまだあらぬ(無)ところのものであるかのように、また自己が現にあるところのものであらぬように、自己を成らせていくことである。対自 pour soi なる者(主)は他者である即自en soiなる者(奴)を眼差しによって客体化し、そこに自己の悪を投影する。欺瞞とは自己が自己実現へと参加するかわりに、即自的な客体へとなることである。束縛を契機として参加へ(アンガージュマン)ことこそ肝要である。
 まとめてみるなら、実存主義は、人間の実在existereを自己のおかれた状況の外へexと立ち出でるsistere ことに見る。それゆえ絶えず自己が置かれた状況を超えていく自由を行使することにこそ実存主義の根本精神があるのである。(1905-80) との同志的夫婦関係 ボ-ヴォワ-ルの『第二の性』はこの実存主義の思想にもとづいて女性のもつあらゆる諸相を包括的に語ろうとしたものであった。
(注:ちなみにその構成を掲げよう。第一部:理論編 序言  1宿命 第1章生物学的条件 第2章精神分析の立場 第3章唯物史観の立場 2歴史 女の神話 文学に現れた女 第二部:体験編  女はこうしてつくられる 第1章幼年期 第2章若い娘 第3章性の入門 第4章同性愛の女  女はどう生きるか 第1章妻 第2章母 第3章社交生活 第4章娼婦と囲い女 第5章成熟期から老年へ  自由な女 第1章永遠の女性とは? 第2章ナルシスの女 第3章恋する女 第4章神秘家の女 第5章自由な女 結論) この大著でボ-ヴォワ-ルが主張したことは、人間社会においては対自的存在は男性であって、女性は即自的存在すなわち他者となってしまっているということであった。すなわち、男は他者としての役割を女に押付け、女も他者(客体)の役割を受け入れている。そこに彼女はおおきな欺瞞を見いだす。この欺瞞によって女性は女という男の対象物といての役割を与えられるのである。彼女は言う。「ひとは女に生まれない、女になるのだ。」
 ボ-ヴォワ-ルによれば女性は月経・出産・育児などの非超越的で反復的な生理と仕事に縛られている。そこにはいかなる実存的な状況超越の動きもみられない。こうした束縛から自己を解放してこそ女性は真の実存となることができるのである。
 ボ-ヴォワ-ルの『第二の性』はきわめて広範な影響を与えた。いまだにこれをこえる影響力をもった女性論は存在しないと言って過言ではないだろう。
 しかしそれは同時に問題点も有しているように思われる。
 まずそれがもっぱら白人ブルジョワ女性に焦点をあてていることも問題であろう。しかしそれ以上に重要なのは、ボ-ヴォワ-ルが説く超越的投企なるが、きわめて男性的な生き方であり、世界の能動的変革していこうとする野蛮なまでの意欲に充たされていることである。こうした生き方ははたして女性が、さらには現代の男性にとっても承認されるべきものなのであろうか。現に我々はこうした世界の能動的変革の結果の一つとして生態系の致命的な破壊をもたらしている。そしてそれと関連してボ-ヴォワ-ルは女性の月経・出産・育児を否定的なものとしてとらえている。(そのためであろうか、ボ-ヴォワ-ルは生涯こどもを持たなかった)。しかしむしろ女性のこうして特性にこそ新たな思想立脚点を探ることも可能なのである。(そうした思想といして我々は後でポストモダン・フェミニズムを考察することにする)。
 だがそうした問題と欠陥を持ちながらも、この『第二の性』はいぜんとして有益で刺激的でかつきわめて包括的な女性論の古典であることを我々は認める必要があると思われる。

 (6) ラディカル・フェミニズム
アメリカでは、婦人参政権の獲得(1920年)の後にフェミニズム運動の停滞がみられた。こうした停滞を打破し、女性解放運動の再生の契機となったのがべティ・フリ-ダンの著作と活動であった。
 ベティ・フリーダンはベストセラ-『女らしさの神話』(1963年)において、中流白人主婦のとらえようのない不満を描いた。「女らしくあれ」とする教育が実は女性の人間的成長を妨げていることをこの著作はするどく突いたのである。
 この著作の発表のきっかけにしてフリ-ダンは実践的な女性解放運動へと飛び込んだ。それが彼女を中心としたNOW(National Organization for Women全米女性機構)の発足であった。
 1965年合衆国では、公民権法第7項の修正、すなわち雇用における性差別の撤廃を入れるかどうかをめぐって連邦議会の攻防がおこなわれた。雇用機会均等委員会(EEOC)は弱腰であった。これに対して、1966年フリーダンを中心としてNOW(全米女性機構)結成されたのである。NOWはその設立目的として「男性との真のパートナーシップの中で、権利と義務を保持しつつ、今日のアメリカ社会の主流に女性を完全に参加させること」をうたった。こうして合衆国での女性解放運動は再生した。
 そして活発となった女性解放運動において70年代に現われたのがラディカル・フェミニズムであった。
 ラディカル・フェミニズムは、公民権運動・反戦運動・新左翼運動に参加し、その男性運動家の女性蔑視に憤った女性活動家によって始められた。そこには新左翼の理論、組織、個人的スタイルにたいする反発がみられた。公民権運動・反戦運動・新左翼運動は平等で平和な社会を理想としながらも、その成員内での著しい女性蔑視と差別を残していた。こうした矛盾は女性活動家に、はたしてこれらの運動が志向する政治的変革だけでこれらの女性差別・蔑視が解消されるのか、という疑問を生じさせたのであった。
 ラディカル・フェミニズムの主張はつぎの5つにまとめることができる。
  女性の個人的主観的問題は新左翼の問題(社会的正義・平和の問題)と同様の重要さをもつ。
  個人的なもの(女性のおかれた抑圧的個人的状況)が政治的(女性をその性ゆえに抑圧する構造)である。
  資本主義ではなく、家父長制(男性支配)こそが女性抑圧の根源である。
  女性は従属的な階級・カーストであることを自覚すべきである。そしてこの性階級制と闘うべきである。
  男の文化と異なる女性の文化こそ未来社会の基礎となるべきである。
 このラディカル・フェミニズムの代表的論者とその著作を見ていこう。
 ニューヨーク・ラディカル・フェミニストの「エゴの政治学」(1969年)。この歴史的文書では、いわゆる「男らしさ」や「女らしさ」なるものが徹底的にそのイデオロギーを暴露された。愛や結婚や家族はじつ女性抑圧の制度・装置にほかならず、女子はこの抑圧された役割に適合的な「女らしさ」なるものを学習させられているのである。それゆえ解放のためにはまず女性が自我に目覚めなくてはならないのである。
 マルクス主義者グラムシとアルチュセールは、資本主義国家は自己を再生産するための装置として教会・教育・家族などの文化的装置をもち、イデオロギー上の覇権(ヘゲモニー)をにぎっていることを明らかにした。これと同様に、ケイト・ミレット『性の政治学』(1970年)は、女を従属的な地位にとどめる文化的な装置が存在することを暴露する。そうして文化装置として、彼女は文学(ポルノグラフィをふくむ)、家族、レイプを挙げている。 さらにシュラミス・ファイアーストーン『性の弁証法』(1971年)は、女性の抑圧の物質的基盤は経済ではなく、身体にある、という。女性の再生産機構、すなわち出産機能が、家父長制と、その支配イデオロギーたる性差別主義が構築される土台となった、性別分業の原因なのである。父と母と子から成る核家族こそが「家父長制」(男性による女性支配)のイデオロギーの刷り込みの場なのである。こうしたイデオロギー的家族を終わらせなばならない。そのためにはこれまでの家族に代えて、「有限契約世帯」(10人程からなり、その三分の一が子供で、その子供は血のつながらない子供をふくむ)をつくるべきである。また女性は男性に奪われた再生産手段の奪い返すすべきである。そのためには試験官受精・人工胎盤などを使って妊娠のバイパス(回避)し、出産と育児と結びついた性別分業の解消すべきである、と説くのである。また、いわゆる「愛」や「ロマンス」というのはの女性を麻痺させておくイデオロギ-的麻酔剤であるとする。そして男性の歪んだ文化を女性文化との統合によって癒してうえで、両者の統合をめざそうと、提言する。
(このファイア-スト-ンの議論は、あまりにテクノロジー依存しており、単純な生物学主義に陥っている。生物学的事実(セックス)がいかにして社会的現象(ジョンダー)となるかこそが問題である、と言えよう)。
 ともかくこうしてかつての文化フェミニズムの議論は「家父長制」の概念とともに蘇ったのである。だがこのラディカル・フェミニズムの主張は、あまりに私的で文化的な領域に限定されすぎていた。またその「家父長制」の概念もあいまいであり、まだ「男性支配」を言い換えたものに留まっていた。こうした欠点を改めるべく登場したのが、後期マルクス主義フェミニズムであった。

(7) 後期マルクス主義フェミニズム
初期のマルクス主義フェミニズムは、男女差別の問題は経済的生産関係とその上部構造の政治的制度に還元しすぎた。それに対し、ラディカル・フェミニズムはイデオロギ-としての家父長制(男性支配)に差別の問題を還元する傾向があった。こうした問題をかかえた両者を統合し止揚しようとするのが、1980年代から登場してきた後期マルクス主義フェミニズムである。
 後期マルクス主義フェミニズムは、資本制(資本主義制度)と家父長制が相互の独立したシステムであるとする。(これを「二重システム論」という)。マルクスが分析したように資本制においては資本は労働者の搾取によって剰余価値を得て自らを増殖させる。この労働者は家庭において生み育て(再生産)される。再生産の場で作用しているのは、精神分析のいう、エディプス・コンプレックスである。エディプス・コンプレックスによって核家族でこどもに対する男性あるいは女性の刷り込みがおこなわれる。つまり後期マルクス主義フェミニズムによれば、現在の社会体制は、労働と生産を支配する資本制と、労働の再生産を支配する家父長制の、妥協的結合から成っているわけである。
 代表的な論者と著作には、ナタリーJ.ソコロフの『お金と愛情の間』、上野千鶴子『家父長制と家事労働』がある。
 問題点としては、まずフロイドのエディプス・コンプレックスの概念の借用がある。
 周知のように、フロイドによれば、エデイプス・コンプレックスは三歳から五歳の間に頂点に達する男根期に体験され、父親からの「去勢の脅迫」によって衰退し、潜伏期にはいる。つまり男の子は母親に対する欲望の道具としてのペニスの使用を禁止され、去勢の危機を経験する。こうして母との直接的な合一の欲望は抑圧される。この危機を経験したのち、思春期以降、自己を父に同一化し、父のもたらすさまざまな社会規範に従って、愛情の対象を見いだすようになっていく。(すなわち父のようになって母のような女を手に入れるようになる)。
 しかしフロイドは女性のエディプス・コンプレックスの説明にはあまりに成功しているとは言いがたく、それゆえこの概念自体の有効性も問題視されてよい。家庭の育児において男と女がどのように分化してくるのかは、さらに研究する必要があるのである。
 さらに問題として残るのは、相変わらず「家父長制」の概念があいまいな点である。二重システム論においては、女性の一つの性階級をなすとされるのだが、それじたい「階級」概念の不当な拡大である可能性が高いのである。(この点については瀬地山の上野批判を参照)。

(8) ポストモダン・フェミニズム
フランスにおいてはボ-ヴォワ-ル以降、女性運動もさまざまな紆余曲折を経た。1979年11月にはフランス女性解放運動MLF(Mouvement de Ligeration des Femmes) が分裂した。直接の原因は、「政治と精神分析」(プシケポ)グループの商標登録による名称独占にあった。その結果、ボーボワール以来の平等主義による女権拡大派と、性差を重視する精神分析主義派、とにフランスの女性運動はわかれた。
 こうした経緯の背景には、ボ-ヴォワ-ルの実存主義フェミニズムがきわめて女性の男性化を志向するものであることがしだいにあきらかとなり、それに対する疑問が増大していったということがあると思われる。
 精神分析主義派に属するクリストヴァやイリガライのフェミニズムは、フランスのおいて1960年代後半から一世を風靡したポストモダンの思想の影響を受けている。この思想はフロイドの精神分析の新解釈を核としつつ、西洋近代の思想をとらえなおそうとするものであった。
 フランスの精神分析家ジャック・ラカンは、フロイドのエディプス・コンプックスにたいして斬新な解釈を加えた。かれによれば子供は、つぎのような三段階のエディプス期を経験する。
  母-子の二者関係の時期。この段階は相手のなかに自分を見出だす鏡像の段階である。子供は母親の欲望の対象、すなわち男根となろうとする。
  父の禁止による三者関係がうまれる時期。子供の母親に対する欲望は禁止される。こうした禁止、すなわち法を告知するものとして現われるのが、象徴的父とそれを意味する「父の名」である。
  エディプス解消期。子供は象徴的な「父の名」によって自己の欲望に名を与え、その欲望を諦める。子供の真の欲望は無意識に押しこめられる。この原抑圧を介して、言語を習得し、掟と秩序の世界である象徴界へと子供は参入していくのである。
 ラカンの「父の名」のもとに告知される禁止(法)は、他の思想家によって西洋思想全体を規定するものとして理解された。その理解にもとづき、たとえばルイス・アルチュセ-ルは「イデオロギ-一般」を父なる神からの呼び声の応える人間という構造自体に求めたし、あるいはジャック・デリダは西洋思想のもつ音声としての論理(ロゴス)中心主義の暴露した。ポストモダンの思想とはすなわちこれまでの西洋近代を支配してきた思想の再検討を意味したのであった。
 ジュリア・クリステヴァやリュース・イリガライはこうしたポストモダンの思想から影響をうけ、西洋思想じたいが男性的なものであることを暴露した。
 J.クリステヴァ(1941~)は、「記号象徴態 le symbolique」、すなわち言語による秩序の世界に対して、「原記号態 le semiotique」、つまり記号象徴態によって押さえこまれているが、それを支え、時にはそれを混乱させつつ活性化する混沌として意味の世界があると主張する。そして彼女によれば、記号象徴態とは男の論理の世界にほかならず、原記号態とはエディプス前期の母子一体の世界である。これを彼女は「子宮空間」(コーラ)とよんでいる。
 彼女によれば、エデイプス前期とは、まさにこの母子融合状態(コーラ)が母親がはたす「想像的父」によって「おぞましさ」として棄却(アブジエクション)され、子供は象徴的な世界に入っていく時期なのである。
 こうした考えにもとづきクリステヴァは彼女の女性論「女の時間」(1979)を展開する。クリステヴァによれば、女のもつ時間とは、循環的時間と巨大な永遠の時間であり、それは女がもつ母性と生み育てるという再生産性の根ざしている。他方、歴史的時間とは、線条的時間であり、それは出発・進歩・到着といった表象をもつ、あくまでも連続的・線条的に発声される言葉の時間である。そしてまさにこれが男の時間にほかならない。
(ボヴォワ-ルのような)フェミニスト第一世代は平等主義を志向してきたが、それはまさに男の線条的時間において地位を得ようとしたのである。それに対して、1969年以降の第二世代は、男女の差を強調し、男の線条的時間を否定、循環的・巨大な時間に参入しようとする。だがきたるべき第三世代は、その二つつの時間性の併存を認め、統合する世代である。そこでは個人の差が自由な享受へと開かれことをめざすされる、というのである。すなわちクリステヴァは女性のもつ循環的・永遠の時間性と男性の線条的時間の共存を提唱するのである。
 イリガライもまた、デリダの西洋の論理中心主義批判、すなわち「神の言葉、人間の理性、世界の理法、究極的な真理、万物の根拠」である論理ロゴスを第一存在とみなす、西洋思想の批判を継承する。彼女はこの「論理中心主義」をラカンの精神分析の影響のもとに「男根論理中心主義」とよびかえる。西洋の言語、形而上学、哲学史、資本制にはファルス(男根)へ向かう意志が潜んでいる、と主張するのである。
 こうしてフランスのポストモダンの思想をフェミニズムの適用してこれらの思想はめざましい地平をひらきつつある。しかしこれはフランス思想全般のつうじてみられることであるが、これらのフェミニズム思想も著しい抽象性と思弁性をもっている。フランスの思想はもっぱら他人の業績をたくみに料理することが多い。とくにドイツ思想の消化ぶりは見事である。(たとえばヘ-ゲルやフッサ-ルやハイデッガ-の受容において)。しかしこうして消化されたものは、あまりに見事に整理され思弁的となりすぎていて、その思想を現実においていかに具体化するかという面において弱いようにおもわれる。思想は一見まとまりがわるく見えるところにこそ、現実との引っ掛かりがある場合が多く、それを整理したものからはうかがいしれない現実感が潜んでいる。そしてそこにこそその思想の発展していく契機がはらまれていることも多い。そうしたことは二番煎じの思想ではむずかしいし、ましてそれを受容する日本の三番煎じの「現代思想」には不可能なことなのである。

 まとめ
さてこうしてフェミニズム思想の重要なものをひととおり見てきた。その結果我々はつぎの三つの感想をもつ。
 ひとつは、いまだ自由主義フェミニズムの思想はその有効性を失ってはいない、ということである。我々の近代国家がその理念を自由と平等に置いている限り、それは戦略的にも思想的にもいまだ健在である。しかしそれは女性の男性への同化を志向する運動であってはならない。というよりもあらゆる個人がその多様性を押し殺して抽象的主権者へと同化するよう自由主義は真の自由主義ではない。人々の多様性を、たとえば男性と女性との差異も、認めつつ相互にその自律性を認めあうそうした社会の倫理を我々は確立せねばならないのである。しかしそうした時、いわゆる「母性」とか「女性」なるものが、はたしてはっきりしたかたちで残るのかは疑問である。もっと多様なものへとほどけていく可能性は大である。それはちょうど「男性的」なるものが風化するのと平行するであろう。
 しかしそうなる前に現在の男性支配を補強しているイデオロギーの批判は徹底しておこなわれなばならない。それはじつは「男性的なるもの」にしばられている男をも解放することにつながる。「家父長制」の概念はむしろ文芸批評の領域で用いられたものであるが、このフェミニズム的文芸批評はさらに文化全般の批判へと拡大されていくべきであろう。 だがそれと同時にこの「家父長制」の概念をさらに社会科学的な概念として陶冶していくことも不可欠である。現在のこの概念はあまりにイメ-ジに依存しており、いまだ社会科学的概念と言いがたいからである。
 こうした両面作戦のはてに、性別や年齢をもつさまざまな個人が集う社会を我々は構想しうるであろう。
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# by takumi429 | 2005-01-02 15:14 | フェミニズム思想入門 | Comments(0)

フェミニズムの諸思想 文献

文献

青木やよい著『フェミニズムとエコロジー』新評論
フィリップ・アリエス著、杉山訳『子供の誕生』みすず書房
バハオーフェン著、吉原達也訳『母権制序論』創樹社
『別冊宝島85 フェミニズム・入門』JICC出版局
ボーヴォワール著、生島遼一訳『第二の性』 (1)~(5) 新潮文庫
ナンシー・チョドロウ著、大塚・大内訳『母親業の再生産』新曜社
ジョゼ・ダイヤン監督、塩谷真介訳『ボーヴォワールと語る--『第二の性』その後』人 文書院
ジョゼフィン・ドノヴェン著、小池和子訳『フェミニストの理論』勁草書房
フランソワーズ・ドォボンヌ著「エコロジーとフェミニズム」(青木やよい編『フェミニ ズムの宇宙』新評論に収録)
エンゲルス著、村井・村田訳『家族、私有財産および国家の起源』大月書店
シュラミス・ファイアーストーン著、林弘子訳『性の弁証法』評論社
J.フロイド著『精神分析入門』(新潮文庫、中央バックス『世界の名著』60、人文書院 『フロイド著作集』1、日本教文社『改訂版フロイド選集』1・2)
J.フロイド著『続精神分析入門』(新潮文庫『精神分析入門』に収録、人文書院『フロ イド著作集』1、日本教文社『改訂版フロイド選集』3)
ベティ・フリーダン著『女らしさの神話』(邦題『新しい女性の創造』三浦訳大和書房)藤田真一 著「お産革命」朝日新聞
ウイリアム・ゴドウィン著、白井厚・たか子訳 『メアリ・ウルストンクラーフトの思いで』 未来社。
C.P.ギルマン著『ハーランド』(邦訳『フェミニジア 女だけのユートピア』三輪妙 子訳、現代書館)
C.フランシス・F.ゴンティエ著、福井美津子訳『ボーヴォワール ある恋の物語』平凡社ハイデガー著、原・渡辺訳『中公バックス 世界の名著74 存在と時間』中央公論社
橋爪大三郎 著『はじめての構造主義』講談社現代新書
広松渉 著『マルクス主義の地平』勁草書房
リュース・イリガライ著、棚沢ほか訳『ひとつでない女の性』勁草書房
I.イリイチ著、玉野井芳郎訳『ジェンダー』岩波現代選書
I.イリイチ著、玉野井・栗原訳『シャドー・ワーク』岩波現代選書
アレクサンドル・コジェーブ著、上妻靖・今野雅方訳『ヘーゲル読解入門』国文社
ジュリア・クリステヴァ著、枝川訳『初めに愛があった 精神分析と信仰』法政大学出版 局
ジュリア・クリステヴァ著、丸山ほか訳『中国の女たち』せりか書房
ジュリア・クリステヴァ著、棚沢・天野訳『女の時間』勁草書房1991年
A.クーン/A.ウォルプ編、上野ほか訳『マルクス主義フェミニズムの挑戦』勁草書房 1984年
中公バックス『世界の名著 53 プルードン・バクーニン・クロポトキン』中央公論社
ピーター・ラスレット著、川北ほか訳『われら失いし世界』三みね書房
ピーター・ラスレット他著、斉藤修編著『家族と人口の歴史社会学』リブロポート
レヴィ・ストロース著、馬渕・田島監訳『親族の基本構造』(上)(下)番町書房
レヴィ・ストロース著、「家族」(三保元訳『はるかなる視線』みすず書房に収録)
キャロリン・マーチャント著、団まりな他訳『自然の死-科学革命と女・エコロジー』工 作舎
マルクス著、竹田他訳『経済学批判』岩波文庫
マルクス著、城塚・田中訳『経済学・哲学草稿』岩波文庫
松浪信三郎著『実存主義』岩波新書
C.メイヤスー著、川田・原口訳『家族制共同体の理論 経済人類学の課題』筑摩書房、 1977年
J.ミッチェル著、上田あきら訳『精神分析と女の解放』合同出版
ケイト・ミレット『性の政治学』(藤枝ほか訳ドメス出版)
中公バックス『世界の名著49 ベンサム・J.S.ミル』中央公論社
J.S.ミル著、大内兵衛・大内節子訳『女性の解放』岩波文庫
水田珠枝著『女性解放思想の歩み』岩波新書。
水田珠枝著『岩波セミナーブックス9 ミル「女性の解放」を読む』岩波書店
Toril Moi (ed.),The Kristeva Reader.Basil Blackwell,Oxford 1987
『モア・レポート』集英社
ニューヨーク・ラディカル・フェミニスト「エゴの政治学」(『別冊宝島85 フェミニズ ム・入門』JICC出版局 に収録)
日本女性学研究会 '85,5シンポジウム企画集団編『フェミニズムはどこへゆく--女性原 とエコロジー--』
落合恵美子著『近代家族とフェミニズム』勁草書房
E.A.リグリィ著、速水融訳『人口と歴史』
サルトル著、伊吹武彦訳『実存主義と何か』人文書院
サルトル著、松浪信三郎訳『存在と無』人文書院
ナタリーJ.ソコロフ著、江原ほか訳『お金と愛情の間』勁草書房、1987年
エドワード・ショーター著、田中ほか訳『近代家族の形成』昭和堂
中公バックス『世界の名著 46 コント・スペンサー』中央公論社
高木八尺他編『人権宣言集』岩波文庫
棚沢直子・小野ゆり子著「フランスの現代女性思想」女性学研究会編『講座女性学3 女 は世界をかえる』勁草書房
クレア・トマリン著 小池和子訳『メアリ・ウルフトンクラフトの生と死』勁草書房。
上野千鶴子著『資本制と家事労働--マルクス主義フェミニズムの問題構制』海鳴社
上野千鶴子著「マルクス主義フェミニズム--その可能性と限界」思想の科学社『思想の 科学』1986年4、6、7、8、11、12 月号、87年1、3、4、10、11、12月号、88年 1月号に連載。
上野千鶴子著『女は世界を救えるか』勁草書房
上野千鶴子著『家父長制と資本制 マルクス主義フェミニズムの地平』岩波書店1990年
内田義彦著『資本論の世界』岩波新書
メアリ・ウルストンクラーフト著 白井たか子訳 『女性の権利の擁護』 未来社
Sylvia Walby. Theorizing Patriarchy.Basil Blackwell.1990.
渡辺恒夫著『脱男性の時代』勁草書房
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# by takumi429 | 2005-01-01 15:06 | フェミニズム思想入門 | Comments(0)

8. フロンティアの喪失としての近代---パーソンズ・マートン---

8. フロンティアの喪失としての近代---パーソンズ・マートン---
                            
 ロック:新大陸開拓の承認
 イギリスの社会契約思想家ジョン・ロックはその主著『統治二論』のなかで、「土地の持つ潜在的能力を開花させるものがその土地を占有する資格を持つ」と説いた。
 ロックのこの主張は、新大陸開拓の植民地の指導者たちを狂喜させた。なぜならインディアンを追いやって、土地を開拓していく彼らの行為がこの説によって正当化されたからである。
 
 スペンサーの社会進化論:弱肉強食の承認
 弱者たるインディアンを攻め滅ぼし、アフリカから奴隷を連れてきて働かせる。こうした新大陸の論理をさらに正当化するものとして現れたのが、スペンサーの社会進化論である。彼の主張によれば、社会は動物の世界と同様に、弱肉強食であり、より進化しより適応力をもったものが、不適合な者を追い越して、繁栄していくのである(適者生存suvibal of the fitest)。

 スペンサーの死
 パーソンズ (Talcott Parsons 1902~79)はそのはじめての著作『社会的行為の構造』(1937)の冒頭で、「スペンサーは死んだ」と述べた。それはすなわちすでにアメリカは社会ダーウィニズムの当てはまるような、外へ向かって膨張していく、またその膨張によって社会内部の対立矛盾が解消されるような社会ではなくなったことを意味していた。
すなわちフロンティアはもはや消えたのである。

 ホッブス問題
 フロンティアがなくなれば、いまやきまった土地のなかでお互いが取り分を求めて競い合うことになる。ひとつのパイを取り合うように、人は互いに敵対しあう。こうした問題をパーソンズは「ホッブス的問題」と呼んだ。
 もしひとびとが自分の利益だけにはしって行為するなら、それはホッブズが『リヴァイヤサン』で描いた「人が人にとって狼であるような状態」になってしまう。そうして状態はどうしたら避けることができるのか、つまり「諸個人が功利的に行為する場合、どうすれば社会秩序は可能となるのか?」という問題、すなわち、彼が名付けるところの「ホッブズ問題」が生じることになる。
 この問題をパーソンズはどう解決しようとしたのであろうか。
 
 共通価値の受容
 パーソンズはこの問題を、「共通の価値の受容」ということで解決しようとした。「人が人にとって狼であるような状態」では、ひとはおたがいの出方(行為)を探り合い、結局、「両すくみ」の状態になって、身動きできなくなってしまう。この状態をパーソンズは「ダブル・コンティンジェンシー」と呼ぶ。ひとびとがたがいに、共通の価値と、それを実現するための様式(規範)受け入れることで、この「両すくみ」の状態は克服される、そうして社会の秩序は可能となる、そうパーソンズは考えた。 
 この共通の価値と規範の受容は二つの側面をもっている。ひとつは 共通の価値・規範を各人が自らのものとすること(内面化)、もうひとつは、共通の価値・規範が具体的な社会制度のかたちをとること(制度化)、である。
 
 
 相補的役割関係
 共通の価値の受容は、パーソンズによれば役割というものが互いに支えあっていること、むずかしく言えば、一定の役割期待の相補性が成立していることを意味する。
 『社会体系論』(1951)の冒頭の献辞で、彼は妻に、病みがたい理論病患者にとって得難い均衡をもたらした、と感謝の言葉を述べている。
 要するに、仕事をする「ぼく」、それを支える「君」というわけである。「君作る人、ぼく食べる人」というコピーがかつてあったが、それと大差はない。ともに「家庭は大切だ」という価値観を受け入れて、そのなかで補いあう(?)ような役割分担をしているというわけである。(男のかってな言いぐさ)。
 パーソンズはこうしたお互いに補いあうような役割関係が社会の大系を作り上げているとみる。たとえば、医師と患者もそうした相補的な役割関係である。
 
 構造ー機能主義
 パーソンズの描く社会は、地位ー役割の体系としての社会である。地位の構造に埋め込まれた個人がその地位にふさわしい役割を演ずることで、社会の安定は維持されるのである。社会の構造に入れられた個人が、社会の安定に寄与する機能を果たすことで、社会の構造が維持されることを考察するのが、彼の「構造ー機能主義」である。
 
 幸福な社会=アメリカ
 こうした理論の背後には、50年代、世界でもっとも成功した社会としてのアメリカがある。つまりそれは「幸福な社会の完成体」としてのアメリカがある。しかしそれがたえず、自己を肯定しその価値観を宣伝し教え込まなくてはいけない社会でもある。じつはそれはそれを裏切る造反への不安がたえず抱えている、そうした社会でもあった。
 
 アメリカン・ドリームの功罪
 「アメリカ・ドリーム」と呼ばれるものがある。すなわち、アメリカではあらゆる人に成功の可能性がある、というものである。だがフロンティアの喪失の後、ある者の成功は他者の失敗を意味する。成功した者は他者に追いやられないために、その手段を独占しようとする。それでも成功しようとするものはその独占をうち破るか、あるいはまともではない手段を使ってでも成功しようとする。
 パーソンズの弟子のマートンが、デュルケームのアノミー概念を改変しつつ解き明かそうとしてのは、この問題である。
 
 マートンのアノミー概念
 すでにみたように、デュルケームのアノミー概念というのは、欲望の無制限な増大による無規範な状態を意味していた。彼のとらえた近代の病根はこの無制限な欲望の増殖という現象であった。
 マートンのアノミーのとらえかたはすこしちがう。マートンによれば、ある種の社)では「成功せよ」という文化的目標がつよく強調される。しかしそれを実現するための手段は問われない。その結果、人びとはまともな方法、すなわち、社会において制度的にきちんとみとめられ、できあがった手段をとらず、手っ取り早い手段をとるようになる。こうして生まれる無規制状態をマートンは「アノミー」と呼ぶのである
 アメリカは金銭的に成功するように人びとに圧力をかけている社会である。しかしそのための手段はあまり問われないため、人びとは非合法な手段を使ってでも成功しようとする。それがアメリカン・ドリームがもたらしている、アメリカの無規制状態なのである、とうのがマートンの考えていたことである。
 
 アメリカン・ドリームへの対応
 マートンは、文化的な目標とそれを実現するための(まともとされ、制度的にできあがっている)手段にたいして、どのような態度をとるかによって、人びとのあり方は5つの分類できるという。
 Ⅰの「同調」は、社会が設定する目標をまともなやり方、つまり社会が認めた手段で達成しようとする人たちのありかたである。
 Ⅱの「革新」は、同じく社会が設定する目標を求めているが、まともではないやり方でそれを手に入れようとする人びとである。たとえば、ギャングのカポネのような人間を考えればいいだろう。
 Ⅲの「儀礼主義」の人びとは、もはや社会がいう目標を達成する気などなくなっている。しかし、社会的な決まりは守っていこうという人びとである。
 Ⅳの「逃避主義」の人びとは、社会的な目標も求めてはいないし、そのための努力も放棄してしまっている人びとである。
 Ⅴの「反抗」は、社会が標榜する目標もそのための手段にも疑問をもち、あらたな価値観によるあらたな目標とそのための手段を提示する。
 
     個人の適応様式の諸類型
  適応様式     文化的目標   制度的手段
 Ⅰ 同調        +       +     +は従う
 Ⅱ 革新        +       -     -は従わず
 Ⅲ 儀礼主義      -       +     ±は従わず別のものを提示
 Ⅳ 逃避主義      -       -
 Ⅴ 反抗        ±       ±
 
 マートンがいう「反抗」とはいかなるものなのか。それを具体化するような形でアメリカで現れたのが、「カウンター・カルチャー」と呼ばれる文化運動である。
 
 カウンター・カルチャー
 60年代後半から70年代前半にかけてアメリカ西海岸では、「カウンターカルチャー」(counter culture)と呼ばれる文化的運動が起こった。「対抗文化」とか「 反体制文化」とも訳されるこの運動は 、社会の既存価値観や慣習に反抗する若者の文化・生活様式であった。60年代末期のロック・ムーブメントは基本的にこの文化運動の影響下にあった言ってよい。
 
 映画『卒業』
 この時代のムードを先取りするように現れたのが、1967年ダスティン・ホフマンが演じた『卒業』という映画である。
 主人公の青年は東海岸の大学を優秀な成績で卒業し、家族のいる西海岸の家に帰ってくる。プールつきの立派な家に帰ってきた彼は、しかしどうもそこでの生活になじめなくなっている。やがて彼は幼なじみのエレインの母親と不倫関係になります。そして仲が良さそうにみえていたエレインの両親がじつは離婚寸前であることを知る。こうして彼は、日常生活の裏側を知り、そこに入っていく」。
 彼がかつてはなじんでいた家族との生活になじめず、まるで異邦人のような気分になっていることを表すシーンにこんなのがある。優秀な成績で卒業したことを祝って、彼の父親は息子に潜水服をプレゼントする。むりやりそれを着させられた彼の目に映る情景が潜水服の中からの視線で映される。8ミリをもってはしゃいでいる父と母。主人公は潜水服にしばられぎこちない動きでそれをみている。結局かれはプールに潜らされ、プールの底から水面を見上げ、「パパ・・・」とつぶやく。。
 同じ年、「ドアーズ」(doors)というロック・バンドがアルバム『まぼろしの世界』(Strange Days)のなかの「まぼろしの世界」(People Are Strange)という曲でつぎのように歌っている(作詞ジム・モリソン)。
「きみが異邦人(stranger)であるとき、ひとびとは見慣れない奇妙なもの(strange)になる。」
 この詩で歌われたのと同じように、『卒業』の主人公はまさに異邦人の目でまわりの人びとを見、そのため日常生活を営むひとびとがまるで奇妙な存在に感じられる。
 主人公はやがて幼なじみのエレインと恋仲になるが、彼の不倫相手の母親とそれを知った父親は、急いで娘を別の男と結婚させようとする。結婚式に駆けつけた主人公は教会のガラス越しに、いままさに進行しつつある結婚式を見る。もう手遅れだ、と思った主人公は思わずガラスを手で打ち「エレイン」と叫ぶ。すると突然、式は停止し、彼女は彼を見つめ。それに勇気を得た彼は、式場から花嫁エレインを奪い去り、ふたりしてバスに乗り込み、映画は終わる。
「もう決まったことだ」、「動かしようのないことだ」と思われた日常は、じつは意外にもろいものだった。異邦人の目で日常生活を眺め、それを突き崩していく青年。まさに「反抗」のタイプの人間が登場しつつあったのである。

 エスノメソドロジー
 同じ1967年に ハロルド・ガーフィンケル(Harold Garfinkel 1917-という社会学者の『エスノメソドロジー研究』(Studies in Ethnomethodology) という論文集が出版され。
 この「エスノメソドロジー」という奇妙な名前の学問は、ひとびとがどのように日常生活を作り上げていくか、その方法を、まるで異邦人のような違和感をもちながら、調べていく。
 
 エスノメソドロジーによる実験
 ガーフィンケルは、たとえば、学生に「家にかえったら、下宿人になったつもりで、親と会話しろ」と言う。当然、親子の会話は齟齬をきたす。
 たとえば、
親:「あれどうだった?」
子:(下宿人になったつもりで)「あれって、なんですか。」
親:「だから今朝言ってたやつだよ。」
子:「おっしゃることがわかりません。」
親:「お前、どうしたんだ。熱でもあるのか。」
 こうした齟齬をきたした会話からわかるのは、なにげない会話でもじつはその前提となる共通の理解されたもの(「背後理解」)があることである。
 またガーフィンケルは、学生に、「お店で値切ってみろ」と指導する。
 定価販売になれたアメリカの大学生は値切ることなど思いもつかない。品物の値段は「決まったもの」だと思いこんでいる。しかし実際に店の人に、「もう少し安くなりませんか」と聞いてみると、じつはけっこう値引きしてくれるものなのである。
 つまり、日常のふつうに進行していることがじつはかなり込み入ったことを前提にしていたり、「決まりきったこと」だと思っていたことが、じつは案外「やわ」であることがわかる。このように、ひとびとが「あたりまえ」と思っていることを浮き出させ切り出していくのがこの学派のやり方である。またその根底には、社会はあるものではなく作り上げていくものである、という考えがある。
 この学派はまさにマートンが予感した「反抗」の季節の産物といってよいだろう。
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# by takumi429 | 2002-05-14 01:09 | 社会学入門 | Comments(0)