出エジプト 地図

http://wol.jw.org/ja/wol/d/r7/lp-j/1102003110
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# by takumi429 | 2015-04-26 15:55 | 社会環境論 | Comments(0)

アブラハムの旅

http://www.moriel.org/Sermons/Japanese/Abraham%27s_Journey-Japanese.pdf

http://theologia.blog21.fc2.com/blog-entry-146.html

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# by takumi429 | 2015-04-26 15:47 | 社会環境論 | Comments(0)

古代ユダヤ年表

年表 (Metzger1963訳書参照)

前19-17世紀 <族長時代>

前13世紀 <モーゼ時代>

前13世紀後半 イスラエル諸民族カナン侵入・定着(?) 「契約の書」

前12-11世紀 <士師時代>部族連合、戦時における大士師の指導 

前1000頃

前961 

前926 王国分裂

「デボラの歌」ペリシテ人(鉄器を持った海の民)の東進、

シロの神殿を破壊

<王国時代>

ダビデ即位

ソロモン即位

<南北分裂王国時代>

北王国 

前900頃 ヤラベアムⅠ世、ベテルとダンに金の牛の像を起き、聖所とする。オムリ王、サマリア845 エヒウ革命(預言者エリヤとに遷都。
カナン宗教蔓延 預言者エリア

エロヒスト」(H)

王母アタリアの独裁と死
預言者エリシャ

エリシャに指導された抵抗運動の指導下に,エヒウが〈ヤ
ハウェ主義革命〉を起こし,オムリ家を打倒)


南(ユダ)王国  
前850頃

845 エヒウ革命(預言者エリヤと

840 祭司による宗教粛正

前800 両王国の繁栄と社会的退廃

前733 シリア・エフライム戦争

前721 アッシリア軍によりサマリア

アッシリアに従属 反アッシリア同盟に属する

前721 アッシリア軍、エルサレム包囲 アッシリアへの従属 

前609  メギドの戦い ヨシア王の死         

前597 新バビロニア王ネブカドネザルの軍、エルサレム包囲 

前578 新バビロニア軍によりエルサレム陥落、神殿崩壊 

<単一王国時代>

ヒゼキア王 宗教粛正 アッシリアへの反乱

預言者イザヤ(後期)「エホウィスト」(J+H)

アッシリアの衰退 ユダ王国の一時的独立 

ヨシア王(前640-609) 申命記改革 ヤハウェ原理主義 

エルサレム礼拝独占、「申命記」文書(D) 成立
                     

預言者エレミア(前期)

エジプトの支配

新バビロニアの支配              

預言者エレミア(後期)

第一次捕囚 (上層民をバビロンに連行)

第二次捕囚 預言者エゼキエル

<捕囚時代>

捕囚地バビロンで「神聖法典」(レビ記17-26章)「祭司文

書」(P) 成立 預言者第二イザヤ

<ペルシャ時代>

前539  ペルシャ軍によりバビロン陥落

前538 ペルシャ皇帝キュロスⅡ世の勅令により第一次帰還

前538 ペルシャ皇帝キュロスⅡ世の勅令により第一次帰還

前515 サマリア人の援助を断り、その妨害に耐えて神殿を再建。

前458 ネヘミア、ユダヤ州の知事として着任。城壁再建、社会改革

前430 エズラの宗教改革進展。

エルサレム神聖共同体を確立。大祭司・長老組織による行政

「モーゼ五書」(創世記・出エジプト記・レビ記・民数記・

申命記)成立。

前331 アレクサンダー大王によりペルシャ滅亡

都市の王や貴族によって抑圧され奴隷にされることに抵抗し都市から逃げ出したカ
ナンの人びとは、同じようにエジプトの王の元から逃げてきたモーゼがもたらした
ヤハウェという神を受け入れ、このヤハウェの名の下に立ち上がり、イスラエル人
を名乗り、王侯貴族を打倒した。ところがみずからの国をつくるとふただび王がう
まれ人びとを搾取し隷属させようとする。王制を批判する人びとは、人びとを開放
した戦争神ヤハウェを持ち出すことで王制を批判する。イスラエルがその両側にあ
る大国によって滅ぼされると、民衆解放の神ヤハウェをないがしろにしたからであ
ると預言者は訴えた。預言はさらに、ヤハウェはエジプト、アッシリア、新バビロ
ニアの帝国をも操って、自らの神殿さえ壊して、イスラエル(のちにユダヤ)の人
びとを罰するのだと訴えた。その結果、ヤハウェ神は、世界を支配する神となり、
バビロン捕囚後には、唯一絶対の神となった。こうして、ただ1人の神を崇拝する
一神教がうまれた。

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# by takumi429 | 2015-04-26 04:17 | 社会環境論 | Comments(0)

カルヴァンの生涯

カルヴァンの生涯

1509:フランスのピカルディーで誕生(ルターの26年後)。ドゥメルグによれ

ば、ピカルディー人は自由解放の精神に富んだ船乗りたちで、「勇敢にして短

気なピカルディー人」という慣用句がある。カルヴァンは怒りっぽい性格だっ

たと言われるが、自身の多くの書簡に「私は短気であることを告白します」と

いう文章がある。

1523:聖職登録し、パリへ遊学。

1529:父の意志により法律の勉強に転向。

1531:父の死により、生来の希望である古典文学研究者(ユマニスト)になり、文

学、古典文学の研究に没頭。

1532:『セネカ寛容論の注解』を刊行。世に知られるようになる。

1533:友人ニコラ・コップ、パリ大学総長就任演説に際して福音主義を説き、

教会を追われ亡命。この演説草稿を書いた疑いによりカルヴァンも亡命。

1534:回心を体験、福音主義陣営に入る。故郷に戻り聖職禄を辞退。パリで「

檄文事件」(教皇のミサの誤謬を攻撃したビラが、国王の寝室にまで貼られた

)が起き、数十人が処刑される。カルヴァンはバーゼルに亡命。

1536:バーゼルで『キリスト教綱要』初版本(ラテン語、全6章)を刊行。

   ついでフランス語版が刊行される。フェラーラからバーゼルへの帰途、

   戦乱のため道が通行止めになりジュネーブを経由。この地でファレルに

引き留められ、ジュネーブの宗教改革のために働く。

1538:教会改革についてジュネーブの当局者たちと意見が合わず、追放され、

ストラスブールへ。亡命者のためのフランス教会を建てる。

1540:3人の子を持つ未亡人イドレットと結婚。

1541:改革に失敗し、無政府状態となっていたジュネーブへ、再び招聘される


1547:過労のため悪性気管支カタルを疾病。生涯過度の徹夜により体力を酷使

。不断の偏頭痛のため口を開けられない状態が続く。

1553:三位一体を否定するセルベトスを告発。(市議会は火刑を宣告。

   カルヴァンは火刑を免れさせようと努力するが火刑が執行される)

1556:肋膜炎、肺結核に襲われる。

1559:ジュネーブ大学を創立。

1564:7つか8つの病気と戦いつつ死去。

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# by takumi429 | 2015-04-26 04:13 | 社会環境論 | Comments(0)

マルチン・ルターの生涯と思想

マルチン・ルター

ルッターの生涯

 ここでルタ-の略年譜をあげておきましょう(徳善1912参照)

1483年(0歳)アイスレーベンで誕生(11月10日)

1501年(18歳)エルフルト大学教養学部に入学

1505年(22歳)法学部に進む。落雷を受けたのを着にアウグスティヌス修道院入


1507年(24歳)司祭となる。神学研究を始め、講義も一部担当とする

1507年(28歳)ヴィッテンベルクへ移る

1512年(29歳)神学博士、ヴィッテンベルク大学生聖書教授となる

1513年(30歳)第1回詩篇講義。塔の体験(1514年?)

1515年(32歳)ローマ書講義。[教皇レオ10世、ドイツでの贖宥状(しょくゆう

じょう)販売を許可]

1517年(34歳)95箇条の提題(10月31日)

1518年(35歳)第2回詩篇講義、ハイデルベルク討論、アウグスブルクで異端審

問を受ける

1520年(37歳)『キリスト教界の改善について』『教界のバビロン捕囚につい

て』『きシルト者の自由について』など、宗教改革的著作を相次いで出版。教

皇庁、破門脅迫の大教勅を発する

1521年(38歳)正式に破門される。ウオルムス喚問、帝国追放を宣告され、ワル

トブルク城に保護

1522年(39歳)ヴィッテンベルク町教会で連続説教。新約聖書のドイツ語訳を出


1523年(40歳)改革運動を開始

1525年(41歳)農民戦争。カタリーナ・フォン・ボラと結婚。『奴隷的意志に

ついて』を出版

1530年(47歳)アウグスブルク信仰告白を提出

1531年(48歳)ガラテヤ書講義

1534年(51歳)旧約聖書のドイツ語訳完成。『旧新訳聖書』として出版

1536年(54歳)創世記講義(~1545年まで継続)

1546年(63歳)アイスレーベンで死去(2月18日)

 ルタ-がドイツ語を作った

 ルタ-が聖書をドイツ語に翻訳した、というと、すでに共通のドイツ語があ

って、それへ翻訳したように思えます。しかし、じっさいには、大きくは低地

ドイツ語と高地ドイツ語に分かれる、さまざまな方言がしゃべられていたので

す(現在でもドイツのの方言はかなりの違いがあります)。文章語としては神

聖ローマ帝国の公用語はラテン語でした。だからルターが高地ドイツ語で聖書

を訳し、それが活字となって読まれることで、この高地ドイツ語がドイツの標

準語となったのです。

ヴェーバーの論文との関連でいえば、ルターの生涯で大きなポイントは、ルタ

ーがもともとアウグスティヌス修道会の修道士だったという点です。

西洋キリスト教の歴史において、それまでのゲルマン人をキリスト教化する大

きな推進力は、修道会と教会でした。

ローマの教会は当初はいつくかある大都市の有力な教会の一つにすぎませんで

したが、次第に力を強め、ローマ帝国の後継者としてゲルマンの王に皇帝の冠

を授けるという役割を演ずることで、(ビザンチン帝国のギリシャ正教をのぞ

く)いわゆるカトリックの世界において頂点に立ちます。

 このいわば、体制側とでも言うローマ教皇を頂点としたカトリック教会は、

領民から10分の1税を徴収する、教会が属するピラミッド型の組織でありま

した。

 かたや、修道会運動は初期キリスト教の理念の従った清貧と信仰の集団とし

て、民衆の尊敬を受けていました。(修道会はどうじに学問と技術革新の場で

もありました。ルターは修道会で学問をまなび聖書教授となりましたし、たと

えばシャンパン・ワインというのは修道士が発明したものです)。教会の腐敗

と堕落が蔓延するたびに、キリスト教内部からはいくつもの修道会運動がおこ

ります。修道会は、禁欲的に労働と祈りをもっぱらとする集団として現れまし

た。しかし、それは時にはあまりに極端となると、ローマ教皇を頂点とするカ

トリックの教会組織を脅かしかねない存在として現れます。カトリック教会は

極端でないものは、正統としてのお墨付きを与えて、自らの組織のなかに組み

込みますが、極端なものは異端として弾圧しました。

修道士たちの良き行いによる業績は「教会の宝」としてプールすることができ

るとしました。このプールされた「教会の宝」としてローマ教皇の裁量でほか

の人々に分け与えることができるとされました。教皇から宝を分け与えれられ

た人は、罪の償いを免じられる。こうして教皇が教会の宝を与える証明書が「

贖宥状」でした(徳善2012,p.64)

 しばしば「免罪符」と呼ばれますが、ただしくは「贖宥状(しょくゆうじょ

う)」が正しいのです。「贖宥」とは、カトリック教会で、「信徒が果たすべ

き罪の償いを、教会が免除すること」です。つまり、「罪を免じる」のではな

くて、罪を犯した人がその贖(あがな)い(つぐない)をしなくてもいい、と

いう証明書なのです。なぜなら、そのつぐないは、修道士たちがしてくれてい

てそのつぐないが教会にたくさん蓄えられていて、つぐないができない信者は

お金を教会に払うことで、そのつぐないを代行してもらえるからです。

 もちろん、罪も盗みや殺人とか背信とかの大罪を犯した者は地獄に落ちるし

かありませんが、償い可能な罪ならば、それは死後、「煉獄」という場所で神

から与えられた苦しみに耐えるならば、最後に審判では天国にいくことができ

るとされました。

 「煉獄」というのは、それまでの、天国と地獄の2つの死後の世界に、あた

らにつけ加えられた死後の世界です。「浄罪界」と呼ばれたこともあります。

カトリックの世界観では、死後の世界は、地獄、煉獄、天国の3つです。この

世界観をもっとも完成された形で表現したのが、ダンテの『神曲』という詩で

す。煉獄では人間は7つの大罪(傲慢・嫉妬・憤怒・怠惰・強欲・暴食・色欲

)を業火を受けながら浄化するのです。

 ルターは罪のつぐないをお金で他の人に代理になってもらうなどというのは

とんでもないことだとしたのです。ではルターの思考はどのように生まれ展開

されていったのでしょうか。

 徳善(2012)によれば、ルターの宗教思想の始まりは、聖書講義をしている

時の躓(つまづ)きに始まります。

 ルターは大学で学生に講義をしている時に、聖書の『詩篇』第31編2節の「

あなたの義によって私を開放してください」という一節にはたと行き詰まって

しまいます。

 この詩句はダビデが神に訴えた歌とされています。普通に考えれば、「神が

与えた律法を私たちはまもっているのだから、神さま、神さまに正義というも

のがあるなら、その正義にもとづいて私たちをこの困難から開放してください

」という意味になるでしょう。別に「わからない」というほどのこともないよ

うに思えます。

 しかしルターは神の「義(正義)」というものをもっと厳格に考えていまし

た。それは神の「怒り」「裁き」であって、「救い」と結びつくものではない

。「わからない」。では、学生に教えられはしない。ルターはもがきます。

 ここでなぜルターは「わからない」と思ったのでしょうか。ふつうなら、「

神が与えた律法(きまり)をちゃんと守っているよ、だから助けて下さいよ

」、と読める部分が、ルターが「理解できない」と思ったのはなぜなのか。

 それは、神の与えた律法を自分がきちんと守っているという自信が持てない

からです。なぜ自信がもてないのか。自堕落だからか、いやそうではなくて、

自分にとても厳しいからこそ、自分のいたらなさをつねに感じているからこそ

、真剣に信仰しているからこそ、自分は律法をちゃんと守っているぞ、という

ようなおごりと満足を得られない、自分は徹底的に罪深い存在なのだと自覚せ

ざるをえないのです。「自分はそこそこいい人間だ、ちゃんとしている」とい

う薄っぺらなおごり(驕慢)は、絶対の神のまえに打ち砕かれるのです。

 ではどう解釈すべきなのか。ルターは言語学的にこの部分を調べます。

 「神の義」というのは文法的には「所有者の属格」という用法が使われてい

る。たとえば「お父さんの贈り物」という表現の場合、「贈る」という行為を

する主体は「お父さん」である。「お父さん」が「贈る」という行為をすると

、それは「お父さん」の手をはなれ、贈られた人のものとなる。「所有の属格

」というのはそういう用法である。だから、「神の義」というのも、神から人

間へと「贈り物」として与えられる、「義」はそれを贈られた人間の所有する

ものとなって人間は救われるのだる。ではその「贈り物」とは何か、それが神

の子、イエス・キリストにほかならない(徳善2012,pp.37-40)。こうして、旧約

聖書の「詩篇」のなかに、その後の「新約聖書」にかかれる救世主イエス・キ

リストの予告を、ルターは読み込んだのです。

 これによって、旧約聖書と新約聖書の関係もつきます。つまり旧約聖書は私

たちに律法をあたえ、新約聖書はそれを守れない罪深き私たちを救う救世主イ

エスを与えるのです。

 ルターはこの着想を塔の中で得たといいます(塔の体験)。ルターはこの着

想をさらに押し拡げ、「十字架の神学」というものを作り上げます。それは以

下のような内容です(徳善2012,p.60)

1.律法とそれにもとづく人間の行いによっては、人間は救われないこと。

2.罪に堕ちた後の人間の自由意志とは名ばかりであって、これによるかぎり

、人間は罪をおかすほかないこと。

3.神の恵みを得るには、人間は自己自身に徹底的に絶望するしかないこと。

4.神の救いの啓示(宗教的真理の人間への知らせ)は、キリストの十字架に

よってのみ与えられること。

「キリストの十字架」とは、神の子イエスが私たち人間の罪を背負って犠牲と

なって十字架にかけられたこと、そのことによって罪深き私たちは救われると

いうこと、でキリスト教の根本的な教えです。この教えは、イエスが捕らえら

れ十字架にかけられるという「受難」(passion)の話として、キリスト教徒には

繰り返し語られ、また絵画・彫刻・ステンドグラスなどで、字の読めない民衆

にも分かるように教えこまれてきました。

(イエスの受難物語についてはhttp://www.jizai.org/wordpress/?p=405)

(十字架にいたる7日間についhttp://ebible.web.fc2.com/jujika01.htm)

 さてこうした神学を確立したルターにとって、聖書に書いてない煉獄という

世界や金銭によって罪のあがないを免除されるとする贖宥状(しょくゆうじょ

う)というのは、許しがたい逸脱でした。そこで彼は学者としてこの問題を公

開討論にしようと、質問状の形で、つまり95箇条の提題として提起したので

す。

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# by takumi429 | 2015-04-26 04:11 | 社会環境論 | Comments(0)

2つの世界創造物語

2つの天地創造物語

P(祭司)資料

第1章

、やみが原始の大洋(テホーム。バビロニアの創造神話(エヌマ・エリ

シュ)で創造神マルドックが撃破し、その肢体から世界を創造する女

神ティアマト(海)に通じる。ただし、神々の抗争は唯一信仰のもとに換

骨奪胎されている)のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおってい

た。3神は「光あれ」と言われた。すると光があった。

て、良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。

名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。第一日

である。 6神はまた言われた、「水の間におおぞらがあって、水と水と

を分けよ」。 7そのようになった。神はおおぞらを造って、おおぞらの下

の水とおおぞらの上の水とを分けられた。 8神はそのおおぞらを天と

名づけられた。夕となり、また朝となった。第二日である。 9神はまた

言われた、「天の下の水は一つ所に集まり、かわいた地が現れよ」。

そのようになった。 10神はそのかわいた地を陸と名づけ、水の集まっ

た所を海と名づけられた。神は見て、良しとされた。 11神はまた言わ

れた、「地は青草と、種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結

ぶ果樹とを地の上にはえさせよ」。そのようになった。 12地は青草と、

種類にしたがって種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ

木とをはえさせた。神は見て、良しとされた。 13夕となり、また朝となっ

た。第三日である。 14神はまた言われた、「天のおおぞらに光があっ

て昼と夜とを分け、しるしのため、季節のため、日のため、年のために

なり、 15天のおおぞらにあって地を照らす光となれ」。そのようになっ

た。 16神は二つの大きな光を造り、大きい光に昼をつかさどらせ、小

さい光に夜をつかさどらせ、また星を造られた。 17神はこれらを天の

おおぞらに置いて地を照らさせ、18昼と夜とをつかさどらせ、光とやみ

とを分けさせられた。神は見て、良しとされた。 19夕となり、また朝と

なった。第四日である。 20神はまた言われた、「水は生き物の群れで

満ち、鳥は地の上、天のおおぞらを飛べ」。 21神は海の大いなる獣と

、水に群がるすべての動く生き物とを、種類にしたがって創造し、また

翼のあるすべての鳥を、種類にしたがって創造された。神は見て、良

しとされた。 22神はこれらを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、海

の水に満ちよ、また鳥は地にふえよ」。 23夕となり、また朝となった。

第五日である。 24神はまた言われた、「地は生き物を種類にしたがっ

ていだせ。家畜と、這うものと、地の獣とを種類にしたがっていだせ」。

そのようになった。 25神は地の獣を種類にしたがい、家畜を種類にし

たがい、また地に這うすべての物を種類にしたがって造られた。神は

見て、良しとされた。 26神はまた言われた、「われわれのかたちに、

われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、

地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。 27神

は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、

男と女とに創造された。 28神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、

ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動

くすべての生き物とを治めよ」。 29神はまた言われた、「わたしは全地

のおもてにある種をもつすべての草と、種のある実を結ぶすべての木

とをあなたがたに与える。これはあなたがたの食物となるであろう

。 30また地のすべての獣、空のすべての鳥、地を這うすべてのもの、

すなわち命あるものには、食物としてすべての青草を与える」。そのよ

うになった。 31神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はな

はだ良かった。夕となり、また朝となった。第六日である。

第2章

1こうして天と地と、その万象とが完成した。 2神は第七日にその作業

を終えられた。すなわち、そのすべての作業を終って第七日に休まれ

た。 3神はその第七日を祝福して、これを聖別された。神がこの日に、

そのすべての創造のわざを終って休まれたからである。 4これが天地

創造の由来である。

ヤハウィスト資料

第2章  4主なる神(YHWH)が地と天とを造られた時、 5地にはまだ野の木も

なく、また野の草もはえていなかった。主なる神が地に雨を降らせず、また土

を耕す人もなかったからである。 6しかし地から泉がわきあがって土の全面を

潤していた。 7主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれら

れた。そこで人は生きた者となった。 8主なる神は東のかた、エデンに一つの

園を設けて、その造った人をそこに置かれた。 9また主なる神は、見て美しく、

食べるに良いすべての木を土からはえさせ、更に園の中央に命の木と、善悪

を知る木とをはえさせられた。 10また一つの川がエデンから流れ出て園を潤

し、そこから分れて四つの川となった。 11その第一の名はピソンといい、金の

あるハビラの全地をめぐるもので、 12その地の金は良く、またそこはブドラクと

、しまめのうとを産した。

るもの。

四の川はユフラテである。 15主なる神は人を連れて行ってエデンの園に置き

、これを耕させ、これを守らせられた。

、「あなたは園のどの木からでも心のままに取って食べてよろしい。

善悪を知る木からは取って食べてはならない。それを取って食べると、きっと

死ぬであろう」。18また主なる神は言われた、「人がひとりでいるのは良くない

。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」。

の獣と、空のすべての鳥とを土で造り、人のところへ連れてきて、彼がそれに

どんな名をつけるかを見られた。人がすべて生き物に与える名は、その名とな

るのであった。 20それで人は、すべての家畜と、空の鳥と、野のすべての獣と

に名をつけたが、人にはふさわしい助け手が見つからなかった。

なる神は人を深く眠らせ、眠った時に、そのあばら骨の一つを取って、その所

を肉でふさがれた。

人のところへ連れてこられた。 23そのとき、人は言った。「これこそ、ついにわ

たしの骨の骨、わたしの肉の肉。男から取ったものだから、これを女と名づけ

よう」。24それで人はその父と母を離れて、妻と結び合い、一体となるのである


第3章1さて主なる神が造られた野の生き物のうちで、へびが最も狡猾であっ

た。へびは女に言った、「園にあるどの木からも取って食べるなと、ほんとうに

神が言われたのですか」。

食べることは許されていますが、3ただ園の中央にある木の実については、こ

れを取って食べるな、これに触れるな、死んではいけないからと、神は言われ

ました」。 4へびは女に言った、「あなたがたは決して死ぬことはないでしょう


とを、神は知っておられるのです」。

く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ

、また共にいた夫にも与えたので、彼も食べた。

自分たちの裸であることがわかったので、いちじくの葉をつづり合わせて、腰

に巻いた。

音を聞いた。そこで、人とその妻とは主なる神の顔を避けて、園の木の間に身

を隠した。

」。

ので、恐れて身を隠したのです」。 11神は言われた、「あなたが裸であるのを

、だれが知らせたのか。食べるなと、命じておいた木から、あなたは取って食

べたのか」。 12人は答えた、「わたしと一緒にしてくださったあの女が、木から

取ってくれたので、わたしは食べたのです」。

た、「あなたは、なんということをしたのです」。女は答えた、「へびがわたしをだ

ましたのです。それでわたしは食べました」。

、「おまえは、この事を、したので、すべての家畜、野のすべての獣のうち、最

ものろわれる。おまえは腹で、這いあるき、一生、ちりを食べるであろう。

たしは恨みをおく、おまえと女とのあいだに、おまえのすえと女のすえとの間に

。彼はおまえのかしらを砕き、おまえは彼のかかとを砕くであろう」。16つぎに

女に言われた、「わたしはあなたの産みの苦しみを大いに増す。あなたは苦し

んで子を産む。それでもなお、あなたは夫を慕い、彼はあなたを治めるであろ

う」。

が命じた木から取って食べたので、地はあなたのためにのろわれ、あなたは

一生、苦しんで地から食物を取る。

を生じ、あなたは野の草を食べるであろう。

、ついに土に帰る、あなたは土から取られたのだから。あなたは、ちりだから、

ちりに帰る」。

た者の母だからである。

て、彼らに着せられた。

りのようになり、善悪を知るものとなった。彼は手を伸べ、命の木からも取って

食べ、永久に生きるかも知れない」。

追い出して、人が造られたその土を耕させられた。

ンの園の東に、ケルビム(智天使)と、回る炎のつるぎとを置いて、命の木の道

を守らせられた。

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# by takumi429 | 2015-04-26 04:08 | Comments(0)

イスラエル史

年表 (Metzger1963訳書参照)

前19-17世紀 <族長時代>

前13世紀 <モーゼ時代>

前13世紀後半 イスラエル諸民族カナン侵入・定着(?) 「契約の書」

前12-11世紀 <士師時代>部族連合、戦時における大士師の指導 

前1000頃

前961 

前926 王国分裂

「デボラの歌」ペリシテ人(鉄器を持った海の民)の東進、

シロの神殿を破壊 契約の箱

<王国時代> サウル、王権樹立

ダビデ即位 エルサレムへ遷都

ソロモン即位 王宮・神殿の建設 「ヤハウィスト」(J)

<南北分裂王国時代>

南(ユダ)王国   北王国 

前900頃 ヤラベアムⅠ世、ベテルとダ

前850頃

845 エヒウ革命(預言者エリヤと

840 祭司による宗教粛正

前800 両王国の繁栄と社会的退廃

前733 シリア・エフライム戦争

前721 アッシリア軍によりサマリア

アッシリアに従属 反アッシリア同盟に属する

前721 アッシリア軍、エルサレム包囲 アッシリアへの従属 

前609  メギドの戦い ヨシア王の死         

前597 新バビロニア王ネブカドネザルの軍、エルサレム包囲 

前578 新バビロニア軍によりエルサレム陥落、神殿崩壊 

<単一王国時代>

ヒゼキア王 宗教粛正 アッシリアへの反乱

預言者イザヤ(後期)「エホウィスト」(J+H)

アッシリアの衰退 ユダ王国の一時的独立 

ヨシア王(前640-609) 申命記改革 ヤハウェ原理主義 

エルサレム礼拝独占、「申命記」文書(D) 成立

                      

預言者エレミア(前期)

エジプトの支配

新バビロニアの支配              

預言者エレミア(後期)

第一次捕囚 (上層民をバビロンに連行)

第二次捕囚 預言者エゼキエル

<捕囚時代>

捕囚地バビロンで「神聖法典」(レビ記17-26章)「祭司文

書」(P) 成立 預言者第二イザヤ

<ペルシャ時代>

前539  ペルシャ軍によりバビロン陥落

前538 ペルシャ皇帝キュロスⅡ世の勅令により第一次帰還

前538 ペルシャ皇帝キュロスⅡ世の勅令により第一次帰還

前515 サマリア人の援助を断り、その妨害に耐えて神殿を再建。

前458 ネヘミア、ユダヤ州の知事として着任。城壁再建、社会改革

前430 エズラの宗教改革進展。


エルサレム神聖共同体を確立。大祭司・長老組織による行政

「モーゼ五書」(創世記・出エジプト記・レビ記・民数記・

申命記)成立。

前331 アレクサンダー大王によりペルシャ滅亡

 4資料仮説(ユリウス・ヴェルハウゼン提唱)

 旧約聖書の律法(トーラー)、すなわち「モーゼ五書」(創世記・出エジプ

ト記・レビ記・民数記・申命記)は、おもに4つの文書から成り立っている。

文書名(略号) 成立期・成立場所 特徴など(JEはJとEの結合)

ヤハウィスト(J) 前10世紀統一王朝時代のユダ 神名「ハヤウェ」を使用

エロヒスト (E) 前9世紀分裂時代の北王国神名

申命記 (D) 前7世紀北王国崩壊後のユダ 捕囚期に増補改訂

祭司文書 (P) 前6世紀バビロニア 祭司が作成

エホゥスト (JE) 北王国崩壊後のユダ   JとEを結合

 生の座(Sitz im Leben) (ヘルマン・グンケル提唱)

 編集された文書には、以前からのさまざまな伝承(法律集をふくむ)が含ま

れている。文章の様式から、そうした伝承がおこなわれた場(生の座)を探ら

なくてはいけない。

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# by takumi429 | 2015-04-26 04:05 | 社会環境論 | Comments(0)

もしも映画論をもういちど講義できるなら

もしもまた映画論が講義できるなら
次の設問を与えて映画を見てもらおう。
1)『パリ・ジュテーム』「モンマルトル」

登場する二人はこの後どうなるでしょうか。

2)『ラ・ジュテ』

静止画だけからできた映画ですが、1ヶ所だけ動画がありますが、それはどこでしょう。その意味は何でしょうか。(私の答えも自信があるわけではないけどよくみてもらうために)。映画にでてくる年輪は何を意味しているのでしょか。
3)『めまい』

『ラ・ジュテ』と似たシーンが登場するしますが、それはどこでしょう。その意味はなんでしょう。あと繰り返しでてくる形(モチーフ)はなんでしょうか。
4)『ラン・ローラ・ラン』

『めまい』から借りたシーンや形がでてきますがそれは何でしょうか。
5)『サイコ』

途中で主人公マリオンに何かが起こりますが、そうした展開はなぜこの映画に必要だったのでしょか。
6)『12モンキー』

これは『めまい』ではなく、むしろ『ラ・ジュテ』のリメイクですが、なぜそう言えるのでしょうか。『ラ・ジュテ』には無いものはなんでしょうか。
7)『アメリ』アメリがいつも水切りをし、そのための石を大切なことの前に見つけるのはなぜでしょうか。セルフ写真機の回り出す丸椅子は何を意味するのでしょうか。写真の連続によってものが動いているように思わせ、物語を構成するのが映画だとしたら、こうした映画の原理が現れているシーンがいくつもあります。それはどれとどれとどれでしょうか。アメリが体現している精神は何でしょうか。
8)『羅生門』この映画の後、黒澤明は、集団脚本作成、マルチカメラという方法を用いますが、それはどんな方法だとおもいますか。この映画の特徴からそれを想像して答えてください。
9)『雨月物語』宮川一夫カメラマンの長回しが際立つ場面はどこですか、それを探してください。
10)『明日は来らず』途中でお婆さんが電話で話します。その声が大きいのはなぜでしょうか。また、映画の後半思いもかけない展開がまっていますが、それはなんでしょうか。車の売り手、階段の上のダンスホール、ラジオの放送などは何を意味しているのでしょうか。また、映画の後、二人はまた会えると思っているのでしょうか。

11)『東京物語』くりかえしあらわれるモチーフはなんですか。映画の最後の紀子の告白に性的な意味はあるのでしょうか。この場面によく似た場面を探して、それにこたえなさい。また『明日は来らず』との比較して、この映画のオリジナリティはどこにあると思いますか。


私の答え(忘れないうちに大急ぎで)(一部忘れてしまった(;_;)

(1)二人は結婚して子どもができる。車の車窓に順番に見える人々が、乳母車をおす母親、妊婦、恋人2人、そして運命の出会いのヒロインである。サイドミラーに映ったこれらの人々が移ることで、この順番は逆転する。ミラーに映らないことで主人公が異変に気づくのがこの運命の出会いのきっかけであり、この女性を送っていくだけかと思ったら、「待ちますよ」と言って送っていくだけでなく、治療のあとも待ち合わせるという発言になっていることから、主人公がこの女性と付き合おうと思っていることがわかる。こうして運命の出会いから二人の人生がはじまり、恋人時代→妊娠→子ども、へと進んでいくことが想像される。なお、逆転する時間というのはフィルムによって時間を写しとることではっきりと意識されるようになった時間のあり方である。

(2)ベッドで主人公を見つめるヒロインが瞬きする。まばたきは写真のシャッターを想起させる。この映画が静止画の連続である、つまり、一枚一枚、シャッターを切っていることとつながっている。

映画に出てくる年輪はフィルムの巻を意味する。もちろん、年輪は同心円でフィルムの間は螺旋なので完全には同一ではないが、年輪の外側、内側で別の時間にいることを語るのは、時間がフィルムに撮られ巻かれて保存されていることをふまえている。

(3)二人が年輪をみつめて、ここに自分がいる、そこにあなたがいる、という発言をするシーン。繰り返しでてるくモチーフは、うずまき。これはフィルムの巻、に類似している。

(4)三度繰り返しの冒頭のアニメのなかの螺旋階段。カジノでのブロンド女性の巻き髪の絵など。

5)主人公だと思われていたマリオンが突然殺されてしまうこと。映画の観客は主人公の眼を通して物語を観ていくので、ついつい主人公に感情移入をしがち。その結果、映画での「制限された語り」は主人公のレベルになりがち。主人公よりももっと観客のえる情報が制限されている、つまり主人公が観客のうかがい知れない面をもっており、観客はそれを最後に知らされる(『アクロイド殺人事件』の手法)には、この主人公への観客の同一化はジャマになる。それゆえ、最初、別の主人公に同一化させて、その主人王を殺すことで、観客の視線(同一化)を宙ぶらりんにすることにこの映画は成功している。

(6)時間が反復するだけでなく、主人公が過去の時間(過去の映像の集積=写真の連続のすきま)に入り込んでいるから。

(7)映画の編集とは必要な写真をピックアップすることだから。水切りのように。周り椅子はフィルムの巻をイメージしている。盲目の老人に周りの情景の部分を切り取り語ることで老人を素晴らしい世界の中にあると実感させる。管理人の元にある手紙の集積から都合の良い部分を抜き出して、配達されなかった虚構の手紙を編集した。などなど。アメリとは映画のモンタージュ(編集)の精神の化身なのである。

(9)一つの対象をマルチな視点からとらえ、それを適宜選択してつなぐ、という手法としては同じもの。

(9)京マチ子の舞から湖畔へとつながるシーンなどなど。

(10)歳を取って耳が遠くなっている、からではなくて、恋しい夫が(心理的に)とてつもなく遠くにいる、と感じているから。

急に不動産の男(長いコートが天使のつばさのよう)に連れられて、階段の上にある天国のようなホールでダンスする。声は天国からの声をイメージする。

(11)一番大事で、元ネタの『明日は来たらず』にないモチーフは、紀子に義理の母、つぎは義理の父(笠智衆)が話しかけるシーン。


紀子(原節子)の告白に性的意味はないのか。

死んだ息子のことは忘れて再婚して欲しい、という義父の言葉に「私、ずるいんです、夜寝ていると何かを待っているような気がするんです。そういうことはお母様には言えなかったんです」と言って泣く。私のつかった映画論教科書(Film:A Critical Introducton) によれば、映画の繰り返されるモチーフに注意せよ、とのこと。そこでこのシーンによく似たシーンはというと、紀子のセリフにあるように、義母とみ(東山千栄子)に再婚を進められるシーンがある。そこで、とみは紀子のアパートに泊まり礼を言う、「思いがけず、昌二(死んだ次男で紀子の夫)の布団まで使わしてもろうて」というとみの言葉に、紀子はうなじをかきあげる仕草、すこし身悶えしているようなとも思えるしぐさをする。亡き夫の残り香がある布団のことを言われてのこの仕草に、紀子が夫との性的営みを一瞬思い返していることをうかがわせる。また義父周吉との会話の前に、勤務校に出勤する京子を見送る紀子の姿のとなりに、盛りのまま立ち枯れそうな花が写っている。女盛りをあたら立ち枯せそうな紀子を象徴していると思われる。その直後に、「何か待っているような気がする」というセリフがあるのであるから、これはもう女盛りの自分を奪ってくれる存在を待っているのだという意味以外にとりようがない。
高橋治の『絢爛たる影絵』が直木賞候補になった時、選考委員が、「小津映画にやたら性的なものをみつけようとする解釈はどうも・・・」という批判があった。たしかに高橋本には、紀子の自慰までものべる小津の想像の会話が書かれており、読者はそこまでは考えすぎだ、と思ってしまう。しかし、この二つのシーンを比較すれば、このセリフに性的な爛熟を堪えきれなくなっている紀子の苦悩の告白を見るのは、むしろ正しい解釈なのだと言わざるを得ない。元ネタであるアメリカ映画『明日は来らず』と比較してみると、この紀子と周吉・とみの夫婦の血の繋がらない義理の親子の情愛とその描写こそが、この映画のオリジナリティだったと理解されるのだ。


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# by takumi429 | 2014-08-31 09:18 | メディア環境論 | Comments(0)

映画の技法


 映画制作の三技法
・演出技法(mise-en-scneミザンセーヌ)
 (もともとは「舞台に乗せること、演出すること」)
 カメラの前に現れるもの(セットデザイン・照明・登場人物の動き)
・撮影技法(撮影すること、フィルムに収めること)
 カメラの位置
 カメラ動き
 ショットスケール(ショットの枠が切り取る空間の大きさ)
 一つのショットの長さ
・編集技法 フイルムを切ってつなぐ

セットデザイン
美術監督とは映画作品のセットや舞台装置をデザインしたり選ぶ人
美術監督から監督になったリドリー・スコットの「ブレードランナー」(1982)
CG(コンピューター・グラフィック)なしでこの統一的近未来の世界を創出。

演出技法と撮影技法を細かくみていくより、それをまとめるのに、大きく分けて2つの方向がある。それが、長まわしとコンティニュイティ編集の2つの方向である。

ショット/シーン/シークエンス
ショット:ある被写体を切れ目なく映し出すもの
シーン:一定の場所・一定の時間のなかで展開する出来事を示すショット群をまとめたもの
シークエンス:関連する出来事にまつわる複数のシーンをまとめたもの

シーンの表現法
・長回しの使用
・ディープフォーカスの使用
・コンティニュイティ編集の使用

長まわしとは
1つのショットの長時間にわたること
1940年代のハリウッド映画の1ショットの平均は9秒 (これより長いと「長回し」と感じられた)


ディープフォーカスとは
(前景・中景・背景といった)ショットの複数の面に同時に焦点を合わせて、複数のアクションが同時にフィルムに収められるようにすること
長回しとディープフォーカスは組み合わされる。
その典型がオーソン・ウエルズの作品『偉大なるアンバーソン家の人々』(1942)
演出技法から撮影技法への翻訳は最小限
 例示:映画の夜会の長まわしのシーン

コンティニュイティ編集
複数のショット(時間と空間の断片)を統合して時間と空間の統一性を作り出すこと
ルネッサンス絵画や19世紀演劇空間を映画の中で模倣しようとする一連の技法
観客が目に見えない第4の壁の位置に身を置くようにする。→180度の原則
連続性を確保するための技法
・アイライン・マッチ
登場人物がスクリーンの外の何かを見ると、切り返しがあって登場人物の見ているものが示される。見上げる主人公→駅の時計(主人公が見ていると観客は思う):主観ショット
・視点に沿った切り替え
登場人物が何か見ている
登場人物の視点からそのものが示される。
・アクションに沿った切り替え
アクションがなされるに合わせてショットから別のショットへの切り替えが起こる。
階段を降りる主人公→階段を降りてくる主人公
店先につっこむ車→車がつっこんでくる店の内部
・方向を合わせた連続性
ものの進む方向が一定している。
右から左に進んでいく主人公→さらに右から左に進んでいく主人公
観客に同じ方向から見ている気にさせる。

コンティニュイティ編集の利点
ショットの変化によって暗示される視点の変化を通して、監督が観客をアクションの内部へと完全に巻き込める。
例:ヒッチコック『汚名』のラストシーン

日本映画で長まわしを駆使した例として
溝口健二『雨月物語』の各シーン

日本映画で編集を駆使した例として
小津安二郎『東京物語』・『晩春』
冒頭の茶会のシーン:ゆったりとしてみえるシーンがじつは細かなカットを組み合わせて作られている。じつ小津映画は西部劇なみにカット数が多い(蓮見重彦の指摘)。
階段を上り降りするシーン:2つのカットが一息でつながって見える編集のたくみさ。
見事な編集能力を駆使して、時には方向を合わせた連続性などのコンティニュイティ編集の技法を時には踏み越えたりする。

映画の世界を構成する技法 
演劇 見えない壁から観客がみている。
映画 見えない壁と主観ショットのきりかえし
ショット・アンド・リバースショット
二人のショット→Aの話す顔→Bの話す顔→近づくAとB→Aのアップ→Bのアップ→接吻する二人
キスシーンと撃ち合いのシーンが多いのはこのショット・アンド・リバースショットの効果がもっとも現れるから。日本ではチャンバラがこれにあたる。
180度の原則 ショット・アンド・リバースショットは二人の登場人物のこちらから側だけから撮る。向こうからとると、AとBの位置が反対になってしまう。
 



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# by takumi429 | 2014-08-24 21:38 | Comments(0)

『めまい』をめぐる映画群

ヒッチコック『めまい』をめぐる映画群

クリス・マルケル脚本監督の『ラ・ジュテ』(1962)
静止画の連続が映画なら、思い切って静止画(スチール写真)で映画を作ってみようという実験的試み
 この映画のリメイク:テリー・ギリアム監督「12モンキー」(1995)
主人公の時間移動とは、静止画の連続の中に別の静止画をすべりこませること。
時間はフィルムのロールの形となっている。
 年輪を見つめる二人 
 時間=年輪=フィルムのロール
 ヒッチコック「めまい」のシーンへの言及
 (映画は相互に参照しあう)
ヒッチコック『めまい』(Vertigo)(1958年)
高所恐怖症の元刑事は愛する人妻が鐘楼から身を投げて自殺するのをたすけられなかった。しかしその後、町でその人妻そっくりの女を見つける。そして、ふたたび鐘楼から落ちる女を男は見ることになる。
回帰し反復する時間ロールとなった時間

映画における編集
180度の原則 二人を撮り、次に交互に人物を撮る、さらに接吻する二人をアップで撮る。登場人物やその恋人になったような観客の感情移入を生む。
クロス・カッティング 走る来るKKKの映像と男に襲われそうになっている娘の映像を交互に撮る。娘の救出にむかうKKK

ジャン=ペエール・ジュネ監督『アメリ』(2001年)
(原題:Le FabuleuxDestin d‘Amélie Poulain 「アメリ・プーランの素晴らしい運命」の意)
編集は写真の断片を拾い集めて、ありもしない、でもあり得るかもしれない現実を作り上げる。
例:証明写真機に残された写真から恐ろしい人物を構築。手紙の断片を切り抜いてつなぎ合わせて妻への愛の手紙を作り上げる。
現実を編集し新たに組み立て新しい人生へと旅たつ主人公

映画とは(暫定的定義)
映画とは、編集によって、新たな、見たこともないような、すばらしい、恐ろしい、すてきな現実を作り上げる、そうした芸術である。


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# by takumi429 | 2014-08-24 21:23 | メディア環境論 | Comments(0)

物語の構造

映画の物語の構造には、(1)物語の中身、と(2)物語の語りとがある。

(1)物語の内容(ストーリー、ファブラ)物語(narrative)は、因果関係や動機づけによってかたちづくられる。多くの場合、冒頭部(発端となる均衡状態)中間部(均衡の崩壊・過渡期)、結末部(均衡の復元)、という構造を持ち、たいていは主人公の成長・衰弱・死などの変容をともないます。

 この部分は、メディアへ移植可能な内容 時間順に起きる出来事 ABC
 物語の中身。映画だけでなくて、小説でも、マンガでも、アニメでも、RPGでも、移植して表現できる。

例 レ・ミゼラブル(元小説)ミュージカル、映画、マンガ・アニメ

指輪物語(元書物)映画 変形・派生体としてのロール・プレーイング・ゲーム

物語の世界 背景と登場人物(キャラクター)背景・ABC・・・

 移植された物語は「別伝」「スピン・オフ」となる。


(2)物語り(ナレーション、シュジェート)
 どのように観客に提示するか。 CBA

 どの視点から語るか 

(1)全知の語り(俯瞰視点・ゼロ焦点化):語り手は作中人物の誰かが知っている、ないしちかくするよりも多くを知っている、ないし物語る)。神(全知全能)の視点から語る。全知の語りでは、登場人物の視野に限定されず、観客は登場人物の誰よりも多くのことを知っており、その結果、サスペンス(はらはらどきどき)が生じる。

(2)制限された語り:限られた視点からの限られた情報だけが観客につたえられる。

①一人の登場人物の視点から物語られる(共有視点・内的焦点化)。語り手は、作中人物が知っている以上のことをかたらない。観客は登場人と同じことしか知らず、その結果、他の人物や出来事にたいするミステリー(なぞ)が生じる。例:漱石『三四郎』「ストレイ・シープ」

②出来事や人物の表面しか語らない(外在視点・外的焦点化)。語り手は、作中人物が知っているよりもわずかしか語らない。その結果、主人公にたいしてもミステリー(なぞ)が生じる。例:ヒッチコック『サイコ』観客が視点を共有する女主人公を殺すことで、だれとも同一化・共有できない視点から見ることを観客に強い、その結果、主人公の青年がなぞをもつ存在となる。

 物語の中の時間がどのように流れるのか

 どのように観客に提示 CBA
 どんな順番に、どんなスピードで語るか。 さかのぼったり、ハショッたり、ゆっくりしたり。配列・持続・頻度。


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# by takumi429 | 2014-08-24 21:04 | メディア環境論 | Comments(0)

Ⅱ.パラパラ写真として映画

映画とは、24コマ/秒の静止画の連続(サイレント時代は16コマ/秒)
 目の錯覚で動いて見えるだけ
マイブリッッジの走る馬の連続写真Eadweard Muybridge, Galloping Horse1878

GIFアニメーションで動かしてみると、

階段を降りる裸婦

これもGIFアニメーションにしてみると、











クリス・マルケル脚本監督の『ラ・ジュテ』(1962)
静止画の連続が映画なら、思い切って静止画(スチール写真)で映画を作ってみようという実験的試み
 この映画のリメイク:テリー・ギリアム監督「12モンキー」(1995)
主人公の時間移動とは、静止画の連続の中に別の静止画をすべりこませること。
時間はフィルムのロールの形となっている。
 →年輪を見つめる二人 
 時間=年輪=フィルムのロール
 →ヒッチコック「めまい」のシーンへの言及
 (映画は相互に参照しあう)
ヒッチコック『めまい』(Vertigo)(1958年)
高所恐怖症の元刑事は愛する人妻が鐘楼から身を投げて自殺するのをたすけられなかった。しかしその後、町でその人妻そっくりの女を見つける。そして、ふたたび鐘楼から落ちる女を男は見ることになる。
回帰し反復する時間←ロールとなった時間

映画における編集
180度の原則 二人を撮り、次に交互に人物を撮る、さらに接吻する二人をアップで撮る。→登場人物やその恋人になったような観客の感情移入を生む。
クロス・カッティング 走る来るKKKの映像と男に襲われそうになっている娘の映像を交互に撮る。→娘の救出にむかうKKK。

ジャン=ペエール・ジュネ監督『アメリ』(2001年)
(原題:Le Fabuleux Destin d‘Amélie Poulain 「アメリ・プーランの素晴らしい運命」の意)
編集は写真の断片を拾い集めて、ありもしない、でもあり得るかもしれない現実を作り上げる。
例:①証明写真機に残された写真から恐ろしい人物を構築。②手紙の断片を切り抜いてつなぎ合わせて妻への愛の手紙を作り上げる。
現実を編集し新たに組み立て新しい人生へと旅たつ主人公

映画とは(暫定的定義)
映画とは、編集によって、新たな、見たこともないような、すばらしい、恐ろしい、すてきな現実を作り上げる、そうした芸術である。



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# by takumi429 | 2014-08-24 19:11 | メディア環境論 | Comments(0)

Ⅰ導入 映画の物語世界

映画の物語世界がどのように構築されているか、まず具体的に

『パリ、ジュテーム』(Paris, je t'aime)(2006年)というオムニバス映画の、
モンマルトル(18区) Montmartre
監督:ブリュノ・ポダリデス/出演:ブリュノ・ポタリデス、フロランス・ミュレール
を見てみることにしましょう。
http://www.youtube.com/watch?v=EwOy9kfHZro



まんぜんと見ていてもなかなか見えてこないものですから、問いをたててみることにしましょう。

まず次の問いに答えるよう、1回見てください。
問い1 主人公とヒロイン、この男女はこの後、どのようになるでしょうか。つぎのなか選びなさい。
①男は女性を医者に送っていって、それきりになる。
②男と女は恋人同士になる。
③男と女は結婚して子供をつくる。
④この映画だけからは何も言えない。

では次の問いに答えるよう、もう一度見てください。この問いに答えると、問い1の答えがわかってきます。

問い2
この映画ではちょっとおもしろい仕掛けがでてきます。それはなんですか。その仕掛けに映るものはなんですか。その仕掛けに映るものの前に見えたのは何ですか。それらはなぜその順番になっているのですか。

さらにもう一度見て、次の問いに答えてください。(これはむずかしい。私なりの解答を後で提示します。答えが不確定なのは、解釈がさまざまにあり得るからではなくて、私の読み(解釈)がまだ不十分だからにすぎません。みなさんのお力をお貸しください。じつは問い1も、以前見せた受講生の皆さんからの回答で気づいたものです)。問いはすべて、ある解釈へと導くようになっています。

問い3 自動車のなかに運ばれた女性は、なぜ「音楽を止めて」というのでしょうか。(あるいは監督はなぜ、そう言わせたのでしょうか。
問い4 主人公にとってこの車とは何なのでしょうか。(車は車だよ、という答えではだめです。あなたにとって、携帯とは何か、というのと同じ種類の問いだと思ってください)。
問い5 二人が話しだした後に、「チンチン」という音が鳴ります。これは何の音ですか。
問い6 車が走り出すと、以前、車内で流れていた音が、物語世界の外から流れてきて、映像全体をつつみます。これは何を意味するのでしょうか?
問い7 この映画の音に着目すると、この物語についてどんな事が言えますか。

私の回答は6行下を見てください。

なお、断片的なカットと写真を組み合わせて、音楽とナレーションをつけて、宝塚メディア図書館の習作CMを、仲間と作ったことがあります。参考までにアップしておきます。
http://www.youtube.com/watch?v=ZYyPI6v6Rus&feature=youtu.be

さて、私の回答
問い1 ③。①は「待つのはかまいません」という発言からありえない。あとの理由は問い2を見よ。
問い2 サイドミラーに女性が映らないので驚き車から出た。
車内から見えた通行人:①乳母車を押す母親、②妊婦、③恋人同士、④出会うことになる女性。
ミラーからは反対に映るわけだから、④→③→②→①の順になる。つまりこの出会いは二人が結婚して子供を作るというふうに進むことを暗示している。
問い3 ひとりぼっちの車をお気に入りの音楽で満たしている主人公に対して、その孤独に浸っていないで、私と話し合ってほしいという気持ちの表れ。
問い4 主人公の孤独な世界=車空間
問い5 モンマルトルの汽車の形をした観光バスの鳴らすベルの音。映画の最初にも、「道を空けてくれ」、という意味で鳴らしている。だが、そのときは主人公は駐車するのに必死でまったく聞こうともしなかった。
問い6 外の世界の音が、それまで閉じていた主人公の車の中に入り込んでくる。女性とであったことで、孤独な青年の外界との和解を感じさせる。

まだまだ、意味不明な所もあるけど、それはどのようにも解釈できるのではなくて、まだ私の解釈がゆきとどいていないだけのことです。より全体が明らかになり見えてくるような解釈(よりよい解釈)があったら教えてください。文化研究はよりよい解釈、より妥当する解釈を、厳密に(恣意的でなく)求めていく、まじめな厳格な学問です。文系学問を「好き勝手言っているだけ」と思っている人間は、単にものを知らない、それこそバカが好き勝手言っているだけのことです。
映画は、けっして「感じ」で作ったりはできません。全部、きちんと設計し計算して人や物やカメラを動かしカットを撮り、それをつなぎ合わせ、音をかぶせていきます。

物語世界とその語り方
(1)物語の内容(ストーリー、ファブラ) 物語の他のメディアへ移植可能な内容
①時間順に起きる出来事 A→B→C
 物語の中身。映画だけでなくて、小説でも、マンガでも、アニメでも、RPGでも、移植して表現できる。
例 レ・ミゼラブル(元小説)→ミュージカル、映画、マンガ・アニメ
指輪物語(元書物)→映画 変形・派生体としてのロール・プレーイング・ゲーム

②物語の世界 背景と登場人物(キャラクター)背景・A・B・C・・・
 移植された物語は「別伝」「スピン・オフ」となる。

(2)もの語り(ナレーション、シュジェート)
  どのように観客に提示するか。 C←B←A
   どの視点から語るか 主人公の視点から・神(全知)の視点から・表面だけしかわからない視点から
   例 『アクロイド殺人事件』物語は実は犯人だった男の手記として語られる
   どんな順番に、どんなスピードで語るか。 さかのぼったり、ハショッたり、ゆっくりしたり。


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# by takumi429 | 2014-08-23 19:09 | メディア環境論 | Comments(0)

映画論(2014年)概要

映画論 講義

午前(1040~)

午後(1300~)

パリ・ジュテーム(6分×3回)ラ・ジュテ(28分)

めまい(130分)

ラン・ローラ・ラン(81分)

12モンキー(130分)

サイコ(109分)

アメリ(121分)

羅生門(88分)

真昼の決闘(85分)

雨月物語(97分)

明日は来たらず(92分)

東京物語(136分)

感想とエッセイ:「私が好きな映画」

毎講義の後、学籍番号・氏名と質問/感想を書いたレスポンス・カードを提出。

評価:レスポンス・カードと感想・エッセイによる

映画論 

Ⅰ導入 「モンマルトル」『パリ・ジュテーム』

 映画はさまざまなカットを意識的に組み合わせた構築物である。

Ⅱ映画は「パラパラ写真」

 『ラ・ジェテ』スチール写真だけでできた映画 視覚運動的錯覚・物語的錯覚

Ⅲフイルムを回せ! 『めまい』をめぐる映画群

1)『めまい』反復するフィイルム的時間

2)『ラン・ローラ・ラン』反復可能な時間 オマージュとしての映画

3)『12モンキー』可逆的・挿入変更可能な時間の流れ

間奏曲:『サイコ』 観客の乗り物としての主人公 宙吊りにされる観客の主観

Ⅳ『アメリ』映画による映画論 写真を選び配列し直すことでの新たな物語の形成

Ⅴカメラを回せ!

1)『羅生門』さまざまな登場人物からみた事件→集団脚本制作・マルチ・カメラ

2)『真昼の決闘』三一致の法則 ショット・リバースショットの独壇場としての西部劇

3)『雨月物語』舞う歌うカメラワーク

4)『東京物語』のオリジナリティ

  ①『明日は来たらず』(『東京物語』の元ネタ) 家族の崩壊を描くホームドラマ

  ②『東京物語』西部劇並みのカットとそれを意識させないコンティニュイティ編集

    平凡な人生を緩むことなく描き切る


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# by takumi429 | 2014-08-14 02:28 | 映画論 | Comments(0)

「重右衛門の死」

「重右衛門の死」(明治355月)

(1)集団的人格の発見 (閉じた共同幻想へ)

(2)可視化される異常性・犯罪性

(3)イタリアのヴェリズモ(自然主義)文学との共通性

あらすじ

自分(語り手)はかって東京の私塾で信州の山村出身の青年らと知り合った。五年後、旅の途中で、自分は偶然にもその村を訪れた。平和に見えた村では連続放火事件がおきていた。犯人は重右衛門という四十ニ歳の男とその情婦となった十七歳の野生児である。しかし放火の現場を押さえられず、警察も手が出せない。もとは重右衛門は村でも指折りの名望家の跡取りであった。しかし睾丸の肥大という先天的不具者であるため、性格は屈曲し、長じて、放蕩を繰り返すようになった。家は没落し人手に渡った。腹いせにその家に放火した重右衛門は監獄にいれられた。六年後帰ってきた重右衛門は完全に無頼の徒となった。重右衛門は村人に物をせびり、断られると放火をするようになった。自分が訪問した夜も放火による火事がおき、さらに翌日も放火騒ぎがあった。その消火の手伝い酒を平然と重右衛門はあおっていた。村人との口論の後、酔いっぶれた重右衛門を世話役の号令のもと四五人の若者が連れ出した。二十分後、重右衛門は「田池(ため池)」で溺死していた。事件は終息したかに見えた。しかしその夜、全村は火の海となる。翌日、焼け跡から重右衛門の情婦だった少女の死体が発見された。

リンチ殺人

信州の山村で放火が多発する。犯人は身を持ち崩した「重右衛門」という男。犯人はわ かっているのに、現行犯でないため簪察は手が出せない。そこで起きた、村人によるリンチ殺人事件。

「おい、確(しっか)りしろ」

と世話役は叫んで、倒れたままいよいよ起きまじとするする重右衛門を殆ど五人掛かりにて辛くも抱上げ、なおぐずぐずと理屈を云いかけるにも頓着せずに、Xの字にその大広間をよろめきながら、遂に戸外へと伴れ出した。

一室はにわかに水を打ったように静かになった。今しもその一座の人の頭脳には、云い合わねど、いずれも同じ念が往来しているので、あの重右衛門、あの乱暴な重右衛門され居なければ、村はとこしえに平和に、財産、家屋も安全であるのに、あの重右衛門がいるばかりで、この村始まって無いほどの今度の騒動。

 いっそ・・・

 とだれも皆思ったと覚しく、一堂の人々は皆意味有り気に眼を見合わせた。

 ああこの一瞬!

自分はこの沈黙の一座の中に明かに恐るべく忌むべく悲しむべき一種の暗潮の極めて急 速に走りっっあるのを感じたのである。

一座は再び眼を見合わせた。

「それ!」

と大黒柱を後ろに坐っていた世話役の一人が、急に顎で命令したかと思うと、大戸に近 く座を占めていた四五人の若者が、何事か非常なる事件でも起こったように、ばらばらと 戸外へと一散に飛び出した。

      *          *          *

 二十分後の光景。・・・

 諸君、その三尺四方の溝のような田池の中には、先刻火酔して人に扶(たす)けられて戸外へ出たかの藤田重右衛門が、殆ど池の広さ一杯に、髪を乱して、顔を打伏して、まるで、犬でも死んだようになって溺れているではないか。

「一体どうしたんです」

 自分は激して訊ねた。

「何アに、先生、えら酔殺たもんで、つい、はまり込んだだア」

 とその中の一人が答えた。

「何故揚げて遣らなかった! J と再び自分は問うた。

 誰も答えるものが無い。

(『蒲団・重右衛門の最後』(新潮文庫)155-7頁)

「いっそ……」(「殺してしまえj )

語り手の「自分」は村人の心の声を聞く。しかしそれは誰がいったのでもなく、また特定 の個人の心の声でもない。村人たちの共同の心の声である。そして「なぜ助けなかった」 という「自分」に質問にたいする、村人たちの「沈黙」。そのとき、村人たちは一体と なって私刑の秘密を沈黙の闇のなかに押し込める。

ここにおいて花袋は語り手という「暗箱」に映ったものを叙述する自然主義のスタイルからはみ出しているといえよう。聞こえない声、それも特定の個人の声でなく、村落共同体の語られない「殺してしまえJという声。それを花袋は小説のなかに取り込んだ。

もしこの方向がさらにすすめられるなら、それは村人たちの語られない声、個人ではな く、村の共同体がもつ、決して語ることのない深層に押し込められた、凶暴な声を拾い集 めることになってしまう。

しかしそれを追求しては花袋の「片恋Jに学んだ「写真」的手法は瓦解しかねない。

花袋はおそらく二葉亭四迷が訳したツルゲーネフの「猟人日記」を摸して、連作として書き始めたこの小説はこの一作をもっ て終わらざるをえなかったのである。

 ではこの共同体の声なき声、個人でなく集合的な人格の声、決してあからさまにされることのない、深層に埋もれている、しかし殺害を命じる声。これを取り上げ浮かび上がらせる作業は誰か引き継いだ者はいなかったのだろうか。

 私たちはそう考える時、柳田国男の民俗学に出会うのである。

やなぎた-くにお【柳田国男】

民俗学者。兵庫県の人。東大卒。貴族院書記官長をへて朝日新聞に入社。民間にあって民 俗学研究に専念。民間伝承の会o民俗学研究所を設立。「遠野物語」(明治4 3年(19 10) ) 「蝸牛考」など著作が多い。文化勲章。(1875-1962)

共同体の深層にある殺害の記憶と声

 柳田は「後狩詞記」42

 今の田舎の面白くないのは狩の楽しみを紳士に奪われたためのであろう。中世の京都人 は縻と犬とで雉子・鶉ばかりを捕らえておった。田舎侍ばかりが夫役の百姓を勢子にして 大規模の狩を企てた・・・大番役に京に上るたびに、むくつけき田舎侍と笑われても、 華奢・風流の香も嗅がず、年の代わるのを待ち兼ねて急いで故郷に帰るのは、まったく狩 という強い楽しみがあって、いわゆる山里に住む甲斐があったからである。殺生の快楽は 酒色の比ではなかった。罪も報いも何でもない。あれほど一世を風靡した仏道の教えも、 狩人に狩を廃めさせることのきわめて困難であったことは、「今昔物語」にも「著聞集」 にもその例証がずいぶん多いのである。

「後狩詞記」42

「殺生の快楽は酒色の比ではなかった。」

柳田は「遠野物語」において「異人」殺しをする村人を描いた。

またそれは個人の声であってはならない。あくまでも共同体員の共同の思いでなくてはな らない。そうした共同の声を潜ませているものとして選ばれたのが伝承なのである。それ は誰か特定の者が言ったのでもない。村人全体によって語り継がれ、語り継がれることで 村人全体の潜在的な意識を現すものなのである。

柳田はそうした「集合表象Jを叙述するために、独特の文体をとっている。

そこには柳田によるきわめて厳格な統制が働いている。その統制がめざしているのは、村 人たちのなかに埋もれている、「異人」への恐怖、そして「異人」殺害の記憶の発掘なの である。

柳田の山人論は山奥深く探ると始源としての殺意がみいだされるという構造になってい る。-沖縄論:海の彼方へ始源としての日本をとどる旅

「山の人生」序文:山奥には人間の根源的な欲望(殺意)が眠っている

今では記憶している者が、私の外に一人もあるまい。三十年あまり前、世間のひどく不 景気であった年に、西美濃の山の中で炭を焼く五十ばかりの男が、子供を二人まで、鉞で 斫り殺したことがあった。

女房はとくに死んで、あとには十三になる男の子が一人あった。そこへどうした事情で あったか、同じ歳くらいの小娘を貰ってきて、山の炭焼小屋で一緒に育てていた。その子 たちの名前はもう私も忘れてしまった。何としても炭は売れず、何度里へ降りても、いつ も一合の米も手に入らなかった。最後に日にも空手で戻ってきて、飢えきっている小さい 奢の顔を見るのがつらさに、すっと小屋の奥に入って?寝をしてしまった。

眼がさめて見ると、小屋のローぱいに夕日がさしていた。秋の末の事であったという。 二人の子供がその日当たりのところにしやがんで、頻りに何かしているので、傍らに行っ て見たら一生懸命に仕事に使う大きな斧を磨いでいた。阿爺、これでわしたちを殺してく れといったそうである。そうして入口の材木を枕にして、二人ながら仰向けに寝たそうで ある。それを見るとくらくらとして、前後の考えもなく二人の首を打ち落としてしまった。それで自分は死ぬことができなくて、やがて捕らえられて牢に入れられた。

「山の人生J 93-94

欲望の喚起をする赤い光

諸君、自分はその夜更に驚くべく忘るべからざる光景に接したののである。.oo

自分が眼覚めた時には、既に炎々たる火が全室に満ち渡って、黒煙が一寸先も見えぬほど 這っていた。自分は、寝衣のまま、・・・戸外へと押し出された。

押出されて、更に驚いた。

夢ではないかと思った。

どうです。諸君。全村がまるで火!!! 鎮守の森の陰に一つ。すぐ前の低いところの一隅に 一つ。後に一つ。右に一つ。殆ど五六力所から、凄まじい火の手が上がって、それが灰色の雨雲に映って、寝惚けた眼で見ると、天も地も悉(ことごと)く火に包まれて了ったように思われる。雨は歇(や)んだ代わりに、風が少し出て、その黒烟とその火が恐ろしい勢で、次第にその領域をひろめて行く。寺の鐘、反鐘、叫喚、大叫喚!!

 自分は後ろの低い山に登って、種々の思想に撲れながら一人その悲惨なる光景を眺めていた。

 実際自分はさまざまな経験を為たけれど、この夜の光景ほど悲壮に、この夜の光景ほど荘厳に自分の心を動かしたことは一度も無かった。火の風に伴れて家から移って行く勢、人のそれを防ぎ難(か)ねて折々発する絶望の叫喚。自分はあの刹那こそ確かに自然の姿に接したと思った。

(『蒲団・重右衛門の最後』新潮文庫164-165

閉じた共同体のもつ異人への恐怖にみちた幻想:異人幻想 集団の「声なき声」:民間伝承

柳田国男『遠野物語』

閉じた共同性:民族国家をささえる幻想 異人への残虐さ戦時における残虐さ

本来、異人は交易へと開かれた存在である。それを恐怖する共同性はいわあ「閉じた」倫 理の支配する「閉じた共同体」と呼ばれるべきである。この閉じた共同性の称揚がなぜ行 われるのか。その蒙昧さを啓くのでなく、その恐怖の共同性を歌い上げるのはなぜか。

石尾の指摘によればこうした閉じた共同性は家産制下のライ卜ルギー経済のおいて称揚されるものである。諸共同体を統括する政体が疑似共同体の長として、いわば国家を「想像の共同体」として統括するとき、この閉じた共同性が持ち上げられ、開かれた倫理を放棄されるのである。

花袋のまなざし 放火-性欲=睾丸肥大(創作)

柳田のまなざし

ムラにおける集団的殺意の潜在

根源的殺害-ムラの集団的恐怖:笑いのない異人恐怖

佐々木鏡石の語り(ムラ人たちの観点) お化け話;哄笑との同居 を『遠野物語』として、村人の深層にある共同幻想を抽出したかのようにみせる。

(2)可視化される異常性・犯罪性

田山花袋は放火の原因として睾丸の肥大にみられる異常性欲を創作している。

こうした性欲から放火するという説を紹介しているのが、

呉秀三「放火狂を一証侯トシテ論ジ其二三ノ症例を挙グ」

(『東京医学雑誌』71893,pp.450-460,509-516,585-589,687-694,749-714,890-893,988-989

呉秀三は日本の精神医学の開祖とでもいうべき存在。

この論文は連続放火犯、永吉力松の精神鑑定の報告書。

ここで「放火ノ處行ヲ以テ一種ノ性慾ヨリ出ヅルモノトノ、狂疾ナキモ其疾性慾ノ為二此犯罪ヲナスモノアリトノ説ハ、嘗テ一時ニ行ハレタリ」と紹介している。

そして最後に永吉力松の顔の精密な銅版画を掲載している。

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この銅版画の意味は何か。

この連続放火犯の外見にその犯罪を引き起こす異常性を見出そうとしていないか。

チェザーレ・ロンブローゾ(: CesareLombroso 1835116 - 19091019)は、イタリア精神科医で犯罪人類学の創始者)

 犯罪生得説(犯罪者は生まれつき犯罪者でそれは頭蓋骨などの異常からわかる、という説)の提唱者

1876に上梓された『犯罪人論(L'uomodelinquente)』である。全3巻、約1,900ページにも及ぶこの大著において、彼は犯罪に及ぼす遺伝的要素の影響を指摘した。

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イタリアにおいてなぜこのような差別論以外の何者でもない議論がうまれたのか。

ここでイタリアという国が統一された過程を見てみると、

それは南部と北部との内乱状態を経ていることがわかる。

(ちょうどアメリカの南北戦争期と重なる、両国がウエスタンを生み出した理由か)。

「盗賊の顔つきをしている」者を虐殺しつくした将軍の語りは、ロンブローゾのそれと大差がない。

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  (東京書籍『世界史B2013,288-9頁)


南部とシチリア島の暴動

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ヒーローとしての山賊

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山賊ニコラナポリターノの死体の前でポーズをとるイタリア軍兵士1861 年から65年にかけて、全イタリア軍の3分の2ちかい兵士が南イタリアの治安維持のために配備された


 1860年以降の政府の最大の悩みの種は南部であった。晩年の力ヴール(彼は18616月に病に倒れ、急死した)も頻発する南部の暴動に悩まされたが、たいていの場合、軍によって鎮圧した。1860年代半ばまでには、政府が表向きは「山賊討伐」と呼んだ暴動鎮圧のため に、10万人ちかい兵士が動員された。南部の暴動や無法の横行は、たしかに犯罪であったが、改治的社会的な抗議でもあった。シチリア島民が新政府に猛反対したことの一つは、徴兵制だった。そのような制度は、それまでのシチリア島にはなかったからである。1862年の夏、ゴヴォーネ将軍はシチリア島で 徴兵忌避者を一斉検挙し、村全体を包囲して水の供給を断ち、「山賊らしい顔つきの者」は見かけしだい射段するという残虐な軍事行動を行った。この将軍は議会に喚問され、当時の作戦をたずねられたとき、殺しただけでは物足りないとでもいうように、シチリア.島民は未開人である、と暴言を吐いた。

(クスリトファー・ダガン著『イタリアの歴史』創土社2005年、197頁)


イタリア

欧米

日本

1647ナポリ、パレルモでスペイン支配に対する反乱

1674メッシナでスペインに対する反乱

1713ユトレヒトの和(スペイン領イタリアがすべてオーストリアに帰属)

1713スペイン、サルディーニャとシチリアを奪回

1720ハーグ和約(サヴォイア公、サルデーニャ王となる)

1737メディ家断絶

1764ナポリで大飢饉。ベカリーア「犯罪と刑罰」


1796ナポレオンのイタリア遠征(~97

1797チザルピーナ共和国成立。ヴェネチア共和国滅亡

1798ローマにローマ共和国成立。

1800ナポレオンのイタリア再遠征

1802ナポレオン、イタリア共和国大統領となる

1809ナポレオン、教皇領を併合

1814ナポレオン大尉、エルバ島に流刑。ウィーン会議(~15

1815ナポレオン百日天下。全イタリア、オーストリアの支配下に入る

1820ナポリ革命。シチリア革命

1821ピエモンテ革命

1831中部イタリア諸地域で革命。マッチーニ、「青年イタリア」を結成

1839イタリア初の鉄道(ナポリ―ポルティチ間)



1848パレルモの反乱。「ミラノの5日」の反乱。第1回イタリア独立戦争。

1849ローマ共和国政府樹立。フランス軍によりローマ共和国崩壊

1852カヴール、サルデーニャ王国宰相となる。

1855クリミア戦争に参戦

1857カヴール、パリ会議に参加

1857イタリア国民協会設立


18592回イタリア独立戦争

1860ガリバルディと千人隊のシチリア遠征。ガリバルディ、南イタリアをヴィッとーれ・エマヌエーレ2世に献上

1861イタリア王国成立


1860 政府軍、南部の「山賊」征伐(~65

1866シチリアで反乱










1911リビア戦争(~12)リビア併合宣言


19151次世界大戦にイタリア参戦

1919ミラノで「戦闘ファッシ」結成。ダンニツィオ、フィウメ占領

1922ファシスト、ローマ進軍。ムッソリーニ内閣成立

1925ムッソリーニ、ファシズム独裁宣言

1933産業復興機関(IRI) 設立

1935エチオピア侵略開始。国際連盟、イタリアに経済制裁決議

1938人種差別法成立

1939アルバニアを併合


1940日独伊3国同盟。イタリア参戦

1941伊独、ソ連、ついでアメリカに宣戦

1943連合軍、シチリア上陸。ムッソリーニ失脚

1944連合軍ローマ開放。北イタリアの主要都市の解放

1945ムッソリーニ処刑。パルチザン武装解除。第1次デ・ガスペリ内閣発足


1946国民投票により君主制廃止

1949北大西洋条約機構(NATO)創設に参加

1950南部開発公庫設置

1963第1次モーロ内閣(社会党入閣)

1970離婚法成立

1973共産党書記長ベルリングェル、歴史的妥協路線を提唱

1978「赤い旅団」によるモーロ元首相誘拐・殺害事件。妊娠中絶法成立

1991イタリア共産党解散


1651ホッブス「リヴァイアサン」


1701スペイン継承戦争(~14





1740オーストリア継承戦争(~48

1762ルソー「社会契約論」



1775アメリカ独立戦争

1789フランス革命













1830パリ7月革命


1838イギリス、人民憲章公表




1848フランス2月革命、ウィーン3月革命。ベルリン3月革命。マルクス、エンゲルス「共産党宣言」

1852ナポレオン3世即位

1854クリミア戦争(5456











1861アメリカ南北戦争(~65


1867オーストリア・ハンガリー帝国成立

1970普仏戦争(~71

1871ドイツ統一、パリコミューン

1873大不況始まる(~95

1877ヴィクトリア女王、インド女帝宣言

1887仏領インドシナ成立

1889パリ万国博覧会(エッフェル塔完成)




1914第1次世界大戦


1919パリ講和会議




1929世界大恐慌始まる

1933ヒットラー内閣成立

1936スペイン内乱




19392次世界大戦勃発

1940日独伊3国同盟








1947パリ講和条約


1949 NATO発足


1962キューバ危機

1965アメリカ、ベトナム北爆開始

1973パリ和平協定、ベトナム戦争停戦。

1986ソ連ゴルバチョフ書記長ゴルバチョフの「ペレストロイカ」路線

1989ベルリンの壁崩壊

1991湾岸戦争

1993欧州連合(EU)発足





1774前野良沢ら「解体新書」


1821伊能忠敬、日本地図を完成



















1853アメリカ使節ペリー浦賀に来航










1854日米和親条約










1867幕府・薩摩、パリ万国博覧会に参加


1868明治維新




1877西南戦争



1882松方財政(~85)によるデフレ不況により農民層の分解、農地の集中、中農層の没落、都市への流入

1894日清戦争(~95

1904日露戦争(~05

1910韓国併合


1918シベリア出兵


1925治安維持法、普通選挙法公布

1927金融大恐慌

1932 5.15事件

1933国際連盟脱退


1936 2.26事件

1937盧溝橋事件(日中全面戦争



1940日独伊3国同盟








1945敗戦



1951サンフランシスコ講和条約、日米安保条約調印

1960安保条約改定

1969学生運動激化

19702次安保条約改定


(3)ジョバンニ・ヴェルガGiovanni Verga18401922

 ゾラの自然主義文学の影響を受け、シチリアの現実を描いた(ヴェリズモ文学)

「グラミーニヤの恋人」:ヒーローとしての山賊に恋い焦がれてその子ども生む娘

「カヴァレリア・ルスティカーナ」:徴兵の間に嫁いだ恋人のとの関係に気づいた夫と決闘して死ぬ元狙撃兵

「赤毛のマルペーロ」:硫黄鉱山で父をなくし、自らも坑道の中に消えた赤毛の少年炭鉱夫

「羊飼イエーリ」:幼なじみのマーラとようやく結ばれた羊飼イエーリ。しかしマーラはおなじく幼なじみだった地主の息子ドン・アルフォンソの情婦だった。事態をようやく理解したイエーリは一瞬にしてドン・アルフォンソの首をかき切り、裁判官のまえに引きたらられた時「どうして!」と言った。「殺してはいけなかったの?・・・あいつがぼくのマーラを盗んだのに!」

「マラリア」:マラリアがすべてを奪っていく沼地で酒場のおやじは鉄道によってさびれた店をたたみ、信号夫となる。

「ルーパ女狼」:いつも腹をすかせている狼のように、情欲に飽くことのない女ルーパは、懲役帰りの青年を我がものとするために、娘とめあわせ、シチリアの真昼の小麦畑で、義理の息子となった男と愛欲をむさぼる。

田山花袋にも「一兵卒の銃殺」という作品があり、それは脱走兵の放火を描いている。

人々が、一種、けだもののようになってあい争う。「獣人」となった人々。しかし、それは動物への回帰でも、古代ギリシャへの回帰(D.H.ロレンス)でもなく、南部を搾取するかたちでのイタリア統一のもとでの、むき出しの人間性の現れにほかならない。

 田山花袋の小説と似たモチーフが現れるのは、国民国家形成という形で現れた近代化(そのもとでの「獣人化」)を両作家が描いているからにほかならない。


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# by takumi429 | 2014-07-21 23:03 | 社会環境論 | Comments(0)