2つの世界創造物語

2つの天地創造物語

P(祭司)資料

第1章

、やみが原始の大洋(テホーム。バビロニアの創造神話(エヌマ・エリ

シュ)で創造神マルドックが撃破し、その肢体から世界を創造する女

神ティアマト(海)に通じる。ただし、神々の抗争は唯一信仰のもとに換

骨奪胎されている)のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおってい

た。3神は「光あれ」と言われた。すると光があった。

て、良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。

名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。第一日

である。 6神はまた言われた、「水の間におおぞらがあって、水と水と

を分けよ」。 7そのようになった。神はおおぞらを造って、おおぞらの下

の水とおおぞらの上の水とを分けられた。 8神はそのおおぞらを天と

名づけられた。夕となり、また朝となった。第二日である。 9神はまた

言われた、「天の下の水は一つ所に集まり、かわいた地が現れよ」。

そのようになった。 10神はそのかわいた地を陸と名づけ、水の集まっ

た所を海と名づけられた。神は見て、良しとされた。 11神はまた言わ

れた、「地は青草と、種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結

ぶ果樹とを地の上にはえさせよ」。そのようになった。 12地は青草と、

種類にしたがって種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ

木とをはえさせた。神は見て、良しとされた。 13夕となり、また朝となっ

た。第三日である。 14神はまた言われた、「天のおおぞらに光があっ

て昼と夜とを分け、しるしのため、季節のため、日のため、年のために

なり、 15天のおおぞらにあって地を照らす光となれ」。そのようになっ

た。 16神は二つの大きな光を造り、大きい光に昼をつかさどらせ、小

さい光に夜をつかさどらせ、また星を造られた。 17神はこれらを天の

おおぞらに置いて地を照らさせ、18昼と夜とをつかさどらせ、光とやみ

とを分けさせられた。神は見て、良しとされた。 19夕となり、また朝と

なった。第四日である。 20神はまた言われた、「水は生き物の群れで

満ち、鳥は地の上、天のおおぞらを飛べ」。 21神は海の大いなる獣と

、水に群がるすべての動く生き物とを、種類にしたがって創造し、また

翼のあるすべての鳥を、種類にしたがって創造された。神は見て、良

しとされた。 22神はこれらを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、海

の水に満ちよ、また鳥は地にふえよ」。 23夕となり、また朝となった。

第五日である。 24神はまた言われた、「地は生き物を種類にしたがっ

ていだせ。家畜と、這うものと、地の獣とを種類にしたがっていだせ」。

そのようになった。 25神は地の獣を種類にしたがい、家畜を種類にし

たがい、また地に這うすべての物を種類にしたがって造られた。神は

見て、良しとされた。 26神はまた言われた、「われわれのかたちに、

われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、

地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。 27神

は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、

男と女とに創造された。 28神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、

ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動

くすべての生き物とを治めよ」。 29神はまた言われた、「わたしは全地

のおもてにある種をもつすべての草と、種のある実を結ぶすべての木

とをあなたがたに与える。これはあなたがたの食物となるであろう

。 30また地のすべての獣、空のすべての鳥、地を這うすべてのもの、

すなわち命あるものには、食物としてすべての青草を与える」。そのよ

うになった。 31神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はな

はだ良かった。夕となり、また朝となった。第六日である。

第2章

1こうして天と地と、その万象とが完成した。 2神は第七日にその作業

を終えられた。すなわち、そのすべての作業を終って第七日に休まれ

た。 3神はその第七日を祝福して、これを聖別された。神がこの日に、

そのすべての創造のわざを終って休まれたからである。 4これが天地

創造の由来である。

ヤハウィスト資料

第2章  4主なる神(YHWH)が地と天とを造られた時、 5地にはまだ野の木も

なく、また野の草もはえていなかった。主なる神が地に雨を降らせず、また土

を耕す人もなかったからである。 6しかし地から泉がわきあがって土の全面を

潤していた。 7主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれら

れた。そこで人は生きた者となった。 8主なる神は東のかた、エデンに一つの

園を設けて、その造った人をそこに置かれた。 9また主なる神は、見て美しく、

食べるに良いすべての木を土からはえさせ、更に園の中央に命の木と、善悪

を知る木とをはえさせられた。 10また一つの川がエデンから流れ出て園を潤

し、そこから分れて四つの川となった。 11その第一の名はピソンといい、金の

あるハビラの全地をめぐるもので、 12その地の金は良く、またそこはブドラクと

、しまめのうとを産した。

るもの。

四の川はユフラテである。 15主なる神は人を連れて行ってエデンの園に置き

、これを耕させ、これを守らせられた。

、「あなたは園のどの木からでも心のままに取って食べてよろしい。

善悪を知る木からは取って食べてはならない。それを取って食べると、きっと

死ぬであろう」。18また主なる神は言われた、「人がひとりでいるのは良くない

。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」。

の獣と、空のすべての鳥とを土で造り、人のところへ連れてきて、彼がそれに

どんな名をつけるかを見られた。人がすべて生き物に与える名は、その名とな

るのであった。 20それで人は、すべての家畜と、空の鳥と、野のすべての獣と

に名をつけたが、人にはふさわしい助け手が見つからなかった。

なる神は人を深く眠らせ、眠った時に、そのあばら骨の一つを取って、その所

を肉でふさがれた。

人のところへ連れてこられた。 23そのとき、人は言った。「これこそ、ついにわ

たしの骨の骨、わたしの肉の肉。男から取ったものだから、これを女と名づけ

よう」。24それで人はその父と母を離れて、妻と結び合い、一体となるのである


第3章1さて主なる神が造られた野の生き物のうちで、へびが最も狡猾であっ

た。へびは女に言った、「園にあるどの木からも取って食べるなと、ほんとうに

神が言われたのですか」。

食べることは許されていますが、3ただ園の中央にある木の実については、こ

れを取って食べるな、これに触れるな、死んではいけないからと、神は言われ

ました」。 4へびは女に言った、「あなたがたは決して死ぬことはないでしょう


とを、神は知っておられるのです」。

く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ

、また共にいた夫にも与えたので、彼も食べた。

自分たちの裸であることがわかったので、いちじくの葉をつづり合わせて、腰

に巻いた。

音を聞いた。そこで、人とその妻とは主なる神の顔を避けて、園の木の間に身

を隠した。

」。

ので、恐れて身を隠したのです」。 11神は言われた、「あなたが裸であるのを

、だれが知らせたのか。食べるなと、命じておいた木から、あなたは取って食

べたのか」。 12人は答えた、「わたしと一緒にしてくださったあの女が、木から

取ってくれたので、わたしは食べたのです」。

た、「あなたは、なんということをしたのです」。女は答えた、「へびがわたしをだ

ましたのです。それでわたしは食べました」。

、「おまえは、この事を、したので、すべての家畜、野のすべての獣のうち、最

ものろわれる。おまえは腹で、這いあるき、一生、ちりを食べるであろう。

たしは恨みをおく、おまえと女とのあいだに、おまえのすえと女のすえとの間に

。彼はおまえのかしらを砕き、おまえは彼のかかとを砕くであろう」。16つぎに

女に言われた、「わたしはあなたの産みの苦しみを大いに増す。あなたは苦し

んで子を産む。それでもなお、あなたは夫を慕い、彼はあなたを治めるであろ

う」。

が命じた木から取って食べたので、地はあなたのためにのろわれ、あなたは

一生、苦しんで地から食物を取る。

を生じ、あなたは野の草を食べるであろう。

、ついに土に帰る、あなたは土から取られたのだから。あなたは、ちりだから、

ちりに帰る」。

た者の母だからである。

て、彼らに着せられた。

りのようになり、善悪を知るものとなった。彼は手を伸べ、命の木からも取って

食べ、永久に生きるかも知れない」。

追い出して、人が造られたその土を耕させられた。

ンの園の東に、ケルビム(智天使)と、回る炎のつるぎとを置いて、命の木の道

を守らせられた。

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# by takumi429 | 2015-04-26 04:08 | Comments(0)

イスラエル史

年表 (Metzger1963訳書参照)

前19-17世紀 <族長時代>

前13世紀 <モーゼ時代>

前13世紀後半 イスラエル諸民族カナン侵入・定着(?) 「契約の書」

前12-11世紀 <士師時代>部族連合、戦時における大士師の指導 

前1000頃

前961 

前926 王国分裂

「デボラの歌」ペリシテ人(鉄器を持った海の民)の東進、

シロの神殿を破壊 契約の箱

<王国時代> サウル、王権樹立

ダビデ即位 エルサレムへ遷都

ソロモン即位 王宮・神殿の建設 「ヤハウィスト」(J)

<南北分裂王国時代>

南(ユダ)王国   北王国 

前900頃 ヤラベアムⅠ世、ベテルとダ

前850頃

845 エヒウ革命(預言者エリヤと

840 祭司による宗教粛正

前800 両王国の繁栄と社会的退廃

前733 シリア・エフライム戦争

前721 アッシリア軍によりサマリア

アッシリアに従属 反アッシリア同盟に属する

前721 アッシリア軍、エルサレム包囲 アッシリアへの従属 

前609  メギドの戦い ヨシア王の死         

前597 新バビロニア王ネブカドネザルの軍、エルサレム包囲 

前578 新バビロニア軍によりエルサレム陥落、神殿崩壊 

<単一王国時代>

ヒゼキア王 宗教粛正 アッシリアへの反乱

預言者イザヤ(後期)「エホウィスト」(J+H)

アッシリアの衰退 ユダ王国の一時的独立 

ヨシア王(前640-609) 申命記改革 ヤハウェ原理主義 

エルサレム礼拝独占、「申命記」文書(D) 成立

                      

預言者エレミア(前期)

エジプトの支配

新バビロニアの支配              

預言者エレミア(後期)

第一次捕囚 (上層民をバビロンに連行)

第二次捕囚 預言者エゼキエル

<捕囚時代>

捕囚地バビロンで「神聖法典」(レビ記17-26章)「祭司文

書」(P) 成立 預言者第二イザヤ

<ペルシャ時代>

前539  ペルシャ軍によりバビロン陥落

前538 ペルシャ皇帝キュロスⅡ世の勅令により第一次帰還

前538 ペルシャ皇帝キュロスⅡ世の勅令により第一次帰還

前515 サマリア人の援助を断り、その妨害に耐えて神殿を再建。

前458 ネヘミア、ユダヤ州の知事として着任。城壁再建、社会改革

前430 エズラの宗教改革進展。


エルサレム神聖共同体を確立。大祭司・長老組織による行政

「モーゼ五書」(創世記・出エジプト記・レビ記・民数記・

申命記)成立。

前331 アレクサンダー大王によりペルシャ滅亡

 4資料仮説(ユリウス・ヴェルハウゼン提唱)

 旧約聖書の律法(トーラー)、すなわち「モーゼ五書」(創世記・出エジプ

ト記・レビ記・民数記・申命記)は、おもに4つの文書から成り立っている。

文書名(略号) 成立期・成立場所 特徴など(JEはJとEの結合)

ヤハウィスト(J) 前10世紀統一王朝時代のユダ 神名「ハヤウェ」を使用

エロヒスト (E) 前9世紀分裂時代の北王国神名

申命記 (D) 前7世紀北王国崩壊後のユダ 捕囚期に増補改訂

祭司文書 (P) 前6世紀バビロニア 祭司が作成

エホゥスト (JE) 北王国崩壊後のユダ   JとEを結合

 生の座(Sitz im Leben) (ヘルマン・グンケル提唱)

 編集された文書には、以前からのさまざまな伝承(法律集をふくむ)が含ま

れている。文章の様式から、そうした伝承がおこなわれた場(生の座)を探ら

なくてはいけない。

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# by takumi429 | 2015-04-26 04:05 | 社会環境論 | Comments(0)

もしも映画論をもういちど講義できるなら

もしもまた映画論が講義できるなら
次の設問を与えて映画を見てもらおう。
1)『パリ・ジュテーム』「モンマルトル」

登場する二人はこの後どうなるでしょうか。

2)『ラ・ジュテ』

静止画だけからできた映画ですが、1ヶ所だけ動画がありますが、それはどこでしょう。その意味は何でしょうか。(私の答えも自信があるわけではないけどよくみてもらうために)。映画にでてくる年輪は何を意味しているのでしょか。
3)『めまい』

『ラ・ジュテ』と似たシーンが登場するしますが、それはどこでしょう。その意味はなんでしょう。あと繰り返しでてくる形(モチーフ)はなんでしょうか。
4)『ラン・ローラ・ラン』

『めまい』から借りたシーンや形がでてきますがそれは何でしょうか。
5)『サイコ』

途中で主人公マリオンに何かが起こりますが、そうした展開はなぜこの映画に必要だったのでしょか。
6)『12モンキー』

これは『めまい』ではなく、むしろ『ラ・ジュテ』のリメイクですが、なぜそう言えるのでしょうか。『ラ・ジュテ』には無いものはなんでしょうか。
7)『アメリ』アメリがいつも水切りをし、そのための石を大切なことの前に見つけるのはなぜでしょうか。セルフ写真機の回り出す丸椅子は何を意味するのでしょうか。写真の連続によってものが動いているように思わせ、物語を構成するのが映画だとしたら、こうした映画の原理が現れているシーンがいくつもあります。それはどれとどれとどれでしょうか。アメリが体現している精神は何でしょうか。
8)『羅生門』この映画の後、黒澤明は、集団脚本作成、マルチカメラという方法を用いますが、それはどんな方法だとおもいますか。この映画の特徴からそれを想像して答えてください。
9)『雨月物語』宮川一夫カメラマンの長回しが際立つ場面はどこですか、それを探してください。
10)『明日は来らず』途中でお婆さんが電話で話します。その声が大きいのはなぜでしょうか。また、映画の後半思いもかけない展開がまっていますが、それはなんでしょうか。車の売り手、階段の上のダンスホール、ラジオの放送などは何を意味しているのでしょうか。また、映画の後、二人はまた会えると思っているのでしょうか。

11)『東京物語』くりかえしあらわれるモチーフはなんですか。映画の最後の紀子の告白に性的な意味はあるのでしょうか。この場面によく似た場面を探して、それにこたえなさい。また『明日は来らず』との比較して、この映画のオリジナリティはどこにあると思いますか。


私の答え(忘れないうちに大急ぎで)(一部忘れてしまった(;_;)

(1)二人は結婚して子どもができる。車の車窓に順番に見える人々が、乳母車をおす母親、妊婦、恋人2人、そして運命の出会いのヒロインである。サイドミラーに映ったこれらの人々が移ることで、この順番は逆転する。ミラーに映らないことで主人公が異変に気づくのがこの運命の出会いのきっかけであり、この女性を送っていくだけかと思ったら、「待ちますよ」と言って送っていくだけでなく、治療のあとも待ち合わせるという発言になっていることから、主人公がこの女性と付き合おうと思っていることがわかる。こうして運命の出会いから二人の人生がはじまり、恋人時代→妊娠→子ども、へと進んでいくことが想像される。なお、逆転する時間というのはフィルムによって時間を写しとることではっきりと意識されるようになった時間のあり方である。

(2)ベッドで主人公を見つめるヒロインが瞬きする。まばたきは写真のシャッターを想起させる。この映画が静止画の連続である、つまり、一枚一枚、シャッターを切っていることとつながっている。

映画に出てくる年輪はフィルムの巻を意味する。もちろん、年輪は同心円でフィルムの間は螺旋なので完全には同一ではないが、年輪の外側、内側で別の時間にいることを語るのは、時間がフィルムに撮られ巻かれて保存されていることをふまえている。

(3)二人が年輪をみつめて、ここに自分がいる、そこにあなたがいる、という発言をするシーン。繰り返しでてるくモチーフは、うずまき。これはフィルムの巻、に類似している。

(4)三度繰り返しの冒頭のアニメのなかの螺旋階段。カジノでのブロンド女性の巻き髪の絵など。

5)主人公だと思われていたマリオンが突然殺されてしまうこと。映画の観客は主人公の眼を通して物語を観ていくので、ついつい主人公に感情移入をしがち。その結果、映画での「制限された語り」は主人公のレベルになりがち。主人公よりももっと観客のえる情報が制限されている、つまり主人公が観客のうかがい知れない面をもっており、観客はそれを最後に知らされる(『アクロイド殺人事件』の手法)には、この主人公への観客の同一化はジャマになる。それゆえ、最初、別の主人公に同一化させて、その主人王を殺すことで、観客の視線(同一化)を宙ぶらりんにすることにこの映画は成功している。

(6)時間が反復するだけでなく、主人公が過去の時間(過去の映像の集積=写真の連続のすきま)に入り込んでいるから。

(7)映画の編集とは必要な写真をピックアップすることだから。水切りのように。周り椅子はフィルムの巻をイメージしている。盲目の老人に周りの情景の部分を切り取り語ることで老人を素晴らしい世界の中にあると実感させる。管理人の元にある手紙の集積から都合の良い部分を抜き出して、配達されなかった虚構の手紙を編集した。などなど。アメリとは映画のモンタージュ(編集)の精神の化身なのである。

(9)一つの対象をマルチな視点からとらえ、それを適宜選択してつなぐ、という手法としては同じもの。

(9)京マチ子の舞から湖畔へとつながるシーンなどなど。

(10)歳を取って耳が遠くなっている、からではなくて、恋しい夫が(心理的に)とてつもなく遠くにいる、と感じているから。

急に不動産の男(長いコートが天使のつばさのよう)に連れられて、階段の上にある天国のようなホールでダンスする。声は天国からの声をイメージする。

(11)一番大事で、元ネタの『明日は来たらず』にないモチーフは、紀子に義理の母、つぎは義理の父(笠智衆)が話しかけるシーン。


紀子(原節子)の告白に性的意味はないのか。

死んだ息子のことは忘れて再婚して欲しい、という義父の言葉に「私、ずるいんです、夜寝ていると何かを待っているような気がするんです。そういうことはお母様には言えなかったんです」と言って泣く。私のつかった映画論教科書(Film:A Critical Introducton) によれば、映画の繰り返されるモチーフに注意せよ、とのこと。そこでこのシーンによく似たシーンはというと、紀子のセリフにあるように、義母とみ(東山千栄子)に再婚を進められるシーンがある。そこで、とみは紀子のアパートに泊まり礼を言う、「思いがけず、昌二(死んだ次男で紀子の夫)の布団まで使わしてもろうて」というとみの言葉に、紀子はうなじをかきあげる仕草、すこし身悶えしているようなとも思えるしぐさをする。亡き夫の残り香がある布団のことを言われてのこの仕草に、紀子が夫との性的営みを一瞬思い返していることをうかがわせる。また義父周吉との会話の前に、勤務校に出勤する京子を見送る紀子の姿のとなりに、盛りのまま立ち枯れそうな花が写っている。女盛りをあたら立ち枯せそうな紀子を象徴していると思われる。その直後に、「何か待っているような気がする」というセリフがあるのであるから、これはもう女盛りの自分を奪ってくれる存在を待っているのだという意味以外にとりようがない。
高橋治の『絢爛たる影絵』が直木賞候補になった時、選考委員が、「小津映画にやたら性的なものをみつけようとする解釈はどうも・・・」という批判があった。たしかに高橋本には、紀子の自慰までものべる小津の想像の会話が書かれており、読者はそこまでは考えすぎだ、と思ってしまう。しかし、この二つのシーンを比較すれば、このセリフに性的な爛熟を堪えきれなくなっている紀子の苦悩の告白を見るのは、むしろ正しい解釈なのだと言わざるを得ない。元ネタであるアメリカ映画『明日は来らず』と比較してみると、この紀子と周吉・とみの夫婦の血の繋がらない義理の親子の情愛とその描写こそが、この映画のオリジナリティだったと理解されるのだ。


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# by takumi429 | 2014-08-31 09:18 | メディア環境論 | Comments(0)

映画の技法


 映画制作の三技法
・演出技法(mise-en-scneミザンセーヌ)
 (もともとは「舞台に乗せること、演出すること」)
 カメラの前に現れるもの(セットデザイン・照明・登場人物の動き)
・撮影技法(撮影すること、フィルムに収めること)
 カメラの位置
 カメラ動き
 ショットスケール(ショットの枠が切り取る空間の大きさ)
 一つのショットの長さ
・編集技法 フイルムを切ってつなぐ

セットデザイン
美術監督とは映画作品のセットや舞台装置をデザインしたり選ぶ人
美術監督から監督になったリドリー・スコットの「ブレードランナー」(1982)
CG(コンピューター・グラフィック)なしでこの統一的近未来の世界を創出。

演出技法と撮影技法を細かくみていくより、それをまとめるのに、大きく分けて2つの方向がある。それが、長まわしとコンティニュイティ編集の2つの方向である。

ショット/シーン/シークエンス
ショット:ある被写体を切れ目なく映し出すもの
シーン:一定の場所・一定の時間のなかで展開する出来事を示すショット群をまとめたもの
シークエンス:関連する出来事にまつわる複数のシーンをまとめたもの

シーンの表現法
・長回しの使用
・ディープフォーカスの使用
・コンティニュイティ編集の使用

長まわしとは
1つのショットの長時間にわたること
1940年代のハリウッド映画の1ショットの平均は9秒 (これより長いと「長回し」と感じられた)


ディープフォーカスとは
(前景・中景・背景といった)ショットの複数の面に同時に焦点を合わせて、複数のアクションが同時にフィルムに収められるようにすること
長回しとディープフォーカスは組み合わされる。
その典型がオーソン・ウエルズの作品『偉大なるアンバーソン家の人々』(1942)
演出技法から撮影技法への翻訳は最小限
 例示:映画の夜会の長まわしのシーン

コンティニュイティ編集
複数のショット(時間と空間の断片)を統合して時間と空間の統一性を作り出すこと
ルネッサンス絵画や19世紀演劇空間を映画の中で模倣しようとする一連の技法
観客が目に見えない第4の壁の位置に身を置くようにする。→180度の原則
連続性を確保するための技法
・アイライン・マッチ
登場人物がスクリーンの外の何かを見ると、切り返しがあって登場人物の見ているものが示される。見上げる主人公→駅の時計(主人公が見ていると観客は思う):主観ショット
・視点に沿った切り替え
登場人物が何か見ている
登場人物の視点からそのものが示される。
・アクションに沿った切り替え
アクションがなされるに合わせてショットから別のショットへの切り替えが起こる。
階段を降りる主人公→階段を降りてくる主人公
店先につっこむ車→車がつっこんでくる店の内部
・方向を合わせた連続性
ものの進む方向が一定している。
右から左に進んでいく主人公→さらに右から左に進んでいく主人公
観客に同じ方向から見ている気にさせる。

コンティニュイティ編集の利点
ショットの変化によって暗示される視点の変化を通して、監督が観客をアクションの内部へと完全に巻き込める。
例:ヒッチコック『汚名』のラストシーン

日本映画で長まわしを駆使した例として
溝口健二『雨月物語』の各シーン

日本映画で編集を駆使した例として
小津安二郎『東京物語』・『晩春』
冒頭の茶会のシーン:ゆったりとしてみえるシーンがじつは細かなカットを組み合わせて作られている。じつ小津映画は西部劇なみにカット数が多い(蓮見重彦の指摘)。
階段を上り降りするシーン:2つのカットが一息でつながって見える編集のたくみさ。
見事な編集能力を駆使して、時には方向を合わせた連続性などのコンティニュイティ編集の技法を時には踏み越えたりする。

映画の世界を構成する技法 
演劇 見えない壁から観客がみている。
映画 見えない壁と主観ショットのきりかえし
ショット・アンド・リバースショット
二人のショット→Aの話す顔→Bの話す顔→近づくAとB→Aのアップ→Bのアップ→接吻する二人
キスシーンと撃ち合いのシーンが多いのはこのショット・アンド・リバースショットの効果がもっとも現れるから。日本ではチャンバラがこれにあたる。
180度の原則 ショット・アンド・リバースショットは二人の登場人物のこちらから側だけから撮る。向こうからとると、AとBの位置が反対になってしまう。
 



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# by takumi429 | 2014-08-24 21:38 | Comments(0)

『めまい』をめぐる映画群

ヒッチコック『めまい』をめぐる映画群

クリス・マルケル脚本監督の『ラ・ジュテ』(1962)
静止画の連続が映画なら、思い切って静止画(スチール写真)で映画を作ってみようという実験的試み
 この映画のリメイク:テリー・ギリアム監督「12モンキー」(1995)
主人公の時間移動とは、静止画の連続の中に別の静止画をすべりこませること。
時間はフィルムのロールの形となっている。
 年輪を見つめる二人 
 時間=年輪=フィルムのロール
 ヒッチコック「めまい」のシーンへの言及
 (映画は相互に参照しあう)
ヒッチコック『めまい』(Vertigo)(1958年)
高所恐怖症の元刑事は愛する人妻が鐘楼から身を投げて自殺するのをたすけられなかった。しかしその後、町でその人妻そっくりの女を見つける。そして、ふたたび鐘楼から落ちる女を男は見ることになる。
回帰し反復する時間ロールとなった時間

映画における編集
180度の原則 二人を撮り、次に交互に人物を撮る、さらに接吻する二人をアップで撮る。登場人物やその恋人になったような観客の感情移入を生む。
クロス・カッティング 走る来るKKKの映像と男に襲われそうになっている娘の映像を交互に撮る。娘の救出にむかうKKK

ジャン=ペエール・ジュネ監督『アメリ』(2001年)
(原題:Le FabuleuxDestin d‘Amélie Poulain 「アメリ・プーランの素晴らしい運命」の意)
編集は写真の断片を拾い集めて、ありもしない、でもあり得るかもしれない現実を作り上げる。
例:証明写真機に残された写真から恐ろしい人物を構築。手紙の断片を切り抜いてつなぎ合わせて妻への愛の手紙を作り上げる。
現実を編集し新たに組み立て新しい人生へと旅たつ主人公

映画とは(暫定的定義)
映画とは、編集によって、新たな、見たこともないような、すばらしい、恐ろしい、すてきな現実を作り上げる、そうした芸術である。


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# by takumi429 | 2014-08-24 21:23 | メディア環境論 | Comments(0)

物語の構造

映画の物語の構造には、(1)物語の中身、と(2)物語の語りとがある。

(1)物語の内容(ストーリー、ファブラ)物語(narrative)は、因果関係や動機づけによってかたちづくられる。多くの場合、冒頭部(発端となる均衡状態)中間部(均衡の崩壊・過渡期)、結末部(均衡の復元)、という構造を持ち、たいていは主人公の成長・衰弱・死などの変容をともないます。

 この部分は、メディアへ移植可能な内容 時間順に起きる出来事 ABC
 物語の中身。映画だけでなくて、小説でも、マンガでも、アニメでも、RPGでも、移植して表現できる。

例 レ・ミゼラブル(元小説)ミュージカル、映画、マンガ・アニメ

指輪物語(元書物)映画 変形・派生体としてのロール・プレーイング・ゲーム

物語の世界 背景と登場人物(キャラクター)背景・ABC・・・

 移植された物語は「別伝」「スピン・オフ」となる。


(2)物語り(ナレーション、シュジェート)
 どのように観客に提示するか。 CBA

 どの視点から語るか 

(1)全知の語り(俯瞰視点・ゼロ焦点化):語り手は作中人物の誰かが知っている、ないしちかくするよりも多くを知っている、ないし物語る)。神(全知全能)の視点から語る。全知の語りでは、登場人物の視野に限定されず、観客は登場人物の誰よりも多くのことを知っており、その結果、サスペンス(はらはらどきどき)が生じる。

(2)制限された語り:限られた視点からの限られた情報だけが観客につたえられる。

①一人の登場人物の視点から物語られる(共有視点・内的焦点化)。語り手は、作中人物が知っている以上のことをかたらない。観客は登場人と同じことしか知らず、その結果、他の人物や出来事にたいするミステリー(なぞ)が生じる。例:漱石『三四郎』「ストレイ・シープ」

②出来事や人物の表面しか語らない(外在視点・外的焦点化)。語り手は、作中人物が知っているよりもわずかしか語らない。その結果、主人公にたいしてもミステリー(なぞ)が生じる。例:ヒッチコック『サイコ』観客が視点を共有する女主人公を殺すことで、だれとも同一化・共有できない視点から見ることを観客に強い、その結果、主人公の青年がなぞをもつ存在となる。

 物語の中の時間がどのように流れるのか

 どのように観客に提示 CBA
 どんな順番に、どんなスピードで語るか。 さかのぼったり、ハショッたり、ゆっくりしたり。配列・持続・頻度。


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# by takumi429 | 2014-08-24 21:04 | メディア環境論 | Comments(0)

Ⅱ.パラパラ写真として映画

映画とは、24コマ/秒の静止画の連続(サイレント時代は16コマ/秒)
 目の錯覚で動いて見えるだけ
マイブリッッジの走る馬の連続写真Eadweard Muybridge, Galloping Horse1878

GIFアニメーションで動かしてみると、

階段を降りる裸婦

これもGIFアニメーションにしてみると、











クリス・マルケル脚本監督の『ラ・ジュテ』(1962)
静止画の連続が映画なら、思い切って静止画(スチール写真)で映画を作ってみようという実験的試み
 この映画のリメイク:テリー・ギリアム監督「12モンキー」(1995)
主人公の時間移動とは、静止画の連続の中に別の静止画をすべりこませること。
時間はフィルムのロールの形となっている。
 →年輪を見つめる二人 
 時間=年輪=フィルムのロール
 →ヒッチコック「めまい」のシーンへの言及
 (映画は相互に参照しあう)
ヒッチコック『めまい』(Vertigo)(1958年)
高所恐怖症の元刑事は愛する人妻が鐘楼から身を投げて自殺するのをたすけられなかった。しかしその後、町でその人妻そっくりの女を見つける。そして、ふたたび鐘楼から落ちる女を男は見ることになる。
回帰し反復する時間←ロールとなった時間

映画における編集
180度の原則 二人を撮り、次に交互に人物を撮る、さらに接吻する二人をアップで撮る。→登場人物やその恋人になったような観客の感情移入を生む。
クロス・カッティング 走る来るKKKの映像と男に襲われそうになっている娘の映像を交互に撮る。→娘の救出にむかうKKK。

ジャン=ペエール・ジュネ監督『アメリ』(2001年)
(原題:Le Fabuleux Destin d‘Amélie Poulain 「アメリ・プーランの素晴らしい運命」の意)
編集は写真の断片を拾い集めて、ありもしない、でもあり得るかもしれない現実を作り上げる。
例:①証明写真機に残された写真から恐ろしい人物を構築。②手紙の断片を切り抜いてつなぎ合わせて妻への愛の手紙を作り上げる。
現実を編集し新たに組み立て新しい人生へと旅たつ主人公

映画とは(暫定的定義)
映画とは、編集によって、新たな、見たこともないような、すばらしい、恐ろしい、すてきな現実を作り上げる、そうした芸術である。



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# by takumi429 | 2014-08-24 19:11 | メディア環境論 | Comments(0)

Ⅰ導入 映画の物語世界

映画の物語世界がどのように構築されているか、まず具体的に

『パリ、ジュテーム』(Paris, je t'aime)(2006年)というオムニバス映画の、
モンマルトル(18区) Montmartre
監督:ブリュノ・ポダリデス/出演:ブリュノ・ポタリデス、フロランス・ミュレール
を見てみることにしましょう。
http://www.youtube.com/watch?v=EwOy9kfHZro



まんぜんと見ていてもなかなか見えてこないものですから、問いをたててみることにしましょう。

まず次の問いに答えるよう、1回見てください。
問い1 主人公とヒロイン、この男女はこの後、どのようになるでしょうか。つぎのなか選びなさい。
①男は女性を医者に送っていって、それきりになる。
②男と女は恋人同士になる。
③男と女は結婚して子供をつくる。
④この映画だけからは何も言えない。

では次の問いに答えるよう、もう一度見てください。この問いに答えると、問い1の答えがわかってきます。

問い2
この映画ではちょっとおもしろい仕掛けがでてきます。それはなんですか。その仕掛けに映るものはなんですか。その仕掛けに映るものの前に見えたのは何ですか。それらはなぜその順番になっているのですか。

さらにもう一度見て、次の問いに答えてください。(これはむずかしい。私なりの解答を後で提示します。答えが不確定なのは、解釈がさまざまにあり得るからではなくて、私の読み(解釈)がまだ不十分だからにすぎません。みなさんのお力をお貸しください。じつは問い1も、以前見せた受講生の皆さんからの回答で気づいたものです)。問いはすべて、ある解釈へと導くようになっています。

問い3 自動車のなかに運ばれた女性は、なぜ「音楽を止めて」というのでしょうか。(あるいは監督はなぜ、そう言わせたのでしょうか。
問い4 主人公にとってこの車とは何なのでしょうか。(車は車だよ、という答えではだめです。あなたにとって、携帯とは何か、というのと同じ種類の問いだと思ってください)。
問い5 二人が話しだした後に、「チンチン」という音が鳴ります。これは何の音ですか。
問い6 車が走り出すと、以前、車内で流れていた音が、物語世界の外から流れてきて、映像全体をつつみます。これは何を意味するのでしょうか?
問い7 この映画の音に着目すると、この物語についてどんな事が言えますか。

私の回答は6行下を見てください。

なお、断片的なカットと写真を組み合わせて、音楽とナレーションをつけて、宝塚メディア図書館の習作CMを、仲間と作ったことがあります。参考までにアップしておきます。
http://www.youtube.com/watch?v=ZYyPI6v6Rus&feature=youtu.be

さて、私の回答
問い1 ③。①は「待つのはかまいません」という発言からありえない。あとの理由は問い2を見よ。
問い2 サイドミラーに女性が映らないので驚き車から出た。
車内から見えた通行人:①乳母車を押す母親、②妊婦、③恋人同士、④出会うことになる女性。
ミラーからは反対に映るわけだから、④→③→②→①の順になる。つまりこの出会いは二人が結婚して子供を作るというふうに進むことを暗示している。
問い3 ひとりぼっちの車をお気に入りの音楽で満たしている主人公に対して、その孤独に浸っていないで、私と話し合ってほしいという気持ちの表れ。
問い4 主人公の孤独な世界=車空間
問い5 モンマルトルの汽車の形をした観光バスの鳴らすベルの音。映画の最初にも、「道を空けてくれ」、という意味で鳴らしている。だが、そのときは主人公は駐車するのに必死でまったく聞こうともしなかった。
問い6 外の世界の音が、それまで閉じていた主人公の車の中に入り込んでくる。女性とであったことで、孤独な青年の外界との和解を感じさせる。

まだまだ、意味不明な所もあるけど、それはどのようにも解釈できるのではなくて、まだ私の解釈がゆきとどいていないだけのことです。より全体が明らかになり見えてくるような解釈(よりよい解釈)があったら教えてください。文化研究はよりよい解釈、より妥当する解釈を、厳密に(恣意的でなく)求めていく、まじめな厳格な学問です。文系学問を「好き勝手言っているだけ」と思っている人間は、単にものを知らない、それこそバカが好き勝手言っているだけのことです。
映画は、けっして「感じ」で作ったりはできません。全部、きちんと設計し計算して人や物やカメラを動かしカットを撮り、それをつなぎ合わせ、音をかぶせていきます。

物語世界とその語り方
(1)物語の内容(ストーリー、ファブラ) 物語の他のメディアへ移植可能な内容
①時間順に起きる出来事 A→B→C
 物語の中身。映画だけでなくて、小説でも、マンガでも、アニメでも、RPGでも、移植して表現できる。
例 レ・ミゼラブル(元小説)→ミュージカル、映画、マンガ・アニメ
指輪物語(元書物)→映画 変形・派生体としてのロール・プレーイング・ゲーム

②物語の世界 背景と登場人物(キャラクター)背景・A・B・C・・・
 移植された物語は「別伝」「スピン・オフ」となる。

(2)もの語り(ナレーション、シュジェート)
  どのように観客に提示するか。 C←B←A
   どの視点から語るか 主人公の視点から・神(全知)の視点から・表面だけしかわからない視点から
   例 『アクロイド殺人事件』物語は実は犯人だった男の手記として語られる
   どんな順番に、どんなスピードで語るか。 さかのぼったり、ハショッたり、ゆっくりしたり。


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# by takumi429 | 2014-08-23 19:09 | メディア環境論 | Comments(0)

映画論(2014年)概要

映画論 講義

午前(1040~)

午後(1300~)

パリ・ジュテーム(6分×3回)ラ・ジュテ(28分)

めまい(130分)

ラン・ローラ・ラン(81分)

12モンキー(130分)

サイコ(109分)

アメリ(121分)

羅生門(88分)

真昼の決闘(85分)

雨月物語(97分)

明日は来たらず(92分)

東京物語(136分)

感想とエッセイ:「私が好きな映画」

毎講義の後、学籍番号・氏名と質問/感想を書いたレスポンス・カードを提出。

評価:レスポンス・カードと感想・エッセイによる

映画論 

Ⅰ導入 「モンマルトル」『パリ・ジュテーム』

 映画はさまざまなカットを意識的に組み合わせた構築物である。

Ⅱ映画は「パラパラ写真」

 『ラ・ジェテ』スチール写真だけでできた映画 視覚運動的錯覚・物語的錯覚

Ⅲフイルムを回せ! 『めまい』をめぐる映画群

1)『めまい』反復するフィイルム的時間

2)『ラン・ローラ・ラン』反復可能な時間 オマージュとしての映画

3)『12モンキー』可逆的・挿入変更可能な時間の流れ

間奏曲:『サイコ』 観客の乗り物としての主人公 宙吊りにされる観客の主観

Ⅳ『アメリ』映画による映画論 写真を選び配列し直すことでの新たな物語の形成

Ⅴカメラを回せ!

1)『羅生門』さまざまな登場人物からみた事件→集団脚本制作・マルチ・カメラ

2)『真昼の決闘』三一致の法則 ショット・リバースショットの独壇場としての西部劇

3)『雨月物語』舞う歌うカメラワーク

4)『東京物語』のオリジナリティ

  ①『明日は来たらず』(『東京物語』の元ネタ) 家族の崩壊を描くホームドラマ

  ②『東京物語』西部劇並みのカットとそれを意識させないコンティニュイティ編集

    平凡な人生を緩むことなく描き切る


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# by takumi429 | 2014-08-14 02:28 | 映画論 | Comments(0)

「重右衛門の死」

「重右衛門の死」(明治355月)

(1)集団的人格の発見 (閉じた共同幻想へ)

(2)可視化される異常性・犯罪性

(3)イタリアのヴェリズモ(自然主義)文学との共通性

あらすじ

自分(語り手)はかって東京の私塾で信州の山村出身の青年らと知り合った。五年後、旅の途中で、自分は偶然にもその村を訪れた。平和に見えた村では連続放火事件がおきていた。犯人は重右衛門という四十ニ歳の男とその情婦となった十七歳の野生児である。しかし放火の現場を押さえられず、警察も手が出せない。もとは重右衛門は村でも指折りの名望家の跡取りであった。しかし睾丸の肥大という先天的不具者であるため、性格は屈曲し、長じて、放蕩を繰り返すようになった。家は没落し人手に渡った。腹いせにその家に放火した重右衛門は監獄にいれられた。六年後帰ってきた重右衛門は完全に無頼の徒となった。重右衛門は村人に物をせびり、断られると放火をするようになった。自分が訪問した夜も放火による火事がおき、さらに翌日も放火騒ぎがあった。その消火の手伝い酒を平然と重右衛門はあおっていた。村人との口論の後、酔いっぶれた重右衛門を世話役の号令のもと四五人の若者が連れ出した。二十分後、重右衛門は「田池(ため池)」で溺死していた。事件は終息したかに見えた。しかしその夜、全村は火の海となる。翌日、焼け跡から重右衛門の情婦だった少女の死体が発見された。

リンチ殺人

信州の山村で放火が多発する。犯人は身を持ち崩した「重右衛門」という男。犯人はわ かっているのに、現行犯でないため簪察は手が出せない。そこで起きた、村人によるリンチ殺人事件。

「おい、確(しっか)りしろ」

と世話役は叫んで、倒れたままいよいよ起きまじとするする重右衛門を殆ど五人掛かりにて辛くも抱上げ、なおぐずぐずと理屈を云いかけるにも頓着せずに、Xの字にその大広間をよろめきながら、遂に戸外へと伴れ出した。

一室はにわかに水を打ったように静かになった。今しもその一座の人の頭脳には、云い合わねど、いずれも同じ念が往来しているので、あの重右衛門、あの乱暴な重右衛門され居なければ、村はとこしえに平和に、財産、家屋も安全であるのに、あの重右衛門がいるばかりで、この村始まって無いほどの今度の騒動。

 いっそ・・・

 とだれも皆思ったと覚しく、一堂の人々は皆意味有り気に眼を見合わせた。

 ああこの一瞬!

自分はこの沈黙の一座の中に明かに恐るべく忌むべく悲しむべき一種の暗潮の極めて急 速に走りっっあるのを感じたのである。

一座は再び眼を見合わせた。

「それ!」

と大黒柱を後ろに坐っていた世話役の一人が、急に顎で命令したかと思うと、大戸に近 く座を占めていた四五人の若者が、何事か非常なる事件でも起こったように、ばらばらと 戸外へと一散に飛び出した。

      *          *          *

 二十分後の光景。・・・

 諸君、その三尺四方の溝のような田池の中には、先刻火酔して人に扶(たす)けられて戸外へ出たかの藤田重右衛門が、殆ど池の広さ一杯に、髪を乱して、顔を打伏して、まるで、犬でも死んだようになって溺れているではないか。

「一体どうしたんです」

 自分は激して訊ねた。

「何アに、先生、えら酔殺たもんで、つい、はまり込んだだア」

 とその中の一人が答えた。

「何故揚げて遣らなかった! J と再び自分は問うた。

 誰も答えるものが無い。

(『蒲団・重右衛門の最後』(新潮文庫)155-7頁)

「いっそ……」(「殺してしまえj )

語り手の「自分」は村人の心の声を聞く。しかしそれは誰がいったのでもなく、また特定 の個人の心の声でもない。村人たちの共同の心の声である。そして「なぜ助けなかった」 という「自分」に質問にたいする、村人たちの「沈黙」。そのとき、村人たちは一体と なって私刑の秘密を沈黙の闇のなかに押し込める。

ここにおいて花袋は語り手という「暗箱」に映ったものを叙述する自然主義のスタイルからはみ出しているといえよう。聞こえない声、それも特定の個人の声でなく、村落共同体の語られない「殺してしまえJという声。それを花袋は小説のなかに取り込んだ。

もしこの方向がさらにすすめられるなら、それは村人たちの語られない声、個人ではな く、村の共同体がもつ、決して語ることのない深層に押し込められた、凶暴な声を拾い集 めることになってしまう。

しかしそれを追求しては花袋の「片恋Jに学んだ「写真」的手法は瓦解しかねない。

花袋はおそらく二葉亭四迷が訳したツルゲーネフの「猟人日記」を摸して、連作として書き始めたこの小説はこの一作をもっ て終わらざるをえなかったのである。

 ではこの共同体の声なき声、個人でなく集合的な人格の声、決してあからさまにされることのない、深層に埋もれている、しかし殺害を命じる声。これを取り上げ浮かび上がらせる作業は誰か引き継いだ者はいなかったのだろうか。

 私たちはそう考える時、柳田国男の民俗学に出会うのである。

やなぎた-くにお【柳田国男】

民俗学者。兵庫県の人。東大卒。貴族院書記官長をへて朝日新聞に入社。民間にあって民 俗学研究に専念。民間伝承の会o民俗学研究所を設立。「遠野物語」(明治4 3年(19 10) ) 「蝸牛考」など著作が多い。文化勲章。(1875-1962)

共同体の深層にある殺害の記憶と声

 柳田は「後狩詞記」42

 今の田舎の面白くないのは狩の楽しみを紳士に奪われたためのであろう。中世の京都人 は縻と犬とで雉子・鶉ばかりを捕らえておった。田舎侍ばかりが夫役の百姓を勢子にして 大規模の狩を企てた・・・大番役に京に上るたびに、むくつけき田舎侍と笑われても、 華奢・風流の香も嗅がず、年の代わるのを待ち兼ねて急いで故郷に帰るのは、まったく狩 という強い楽しみがあって、いわゆる山里に住む甲斐があったからである。殺生の快楽は 酒色の比ではなかった。罪も報いも何でもない。あれほど一世を風靡した仏道の教えも、 狩人に狩を廃めさせることのきわめて困難であったことは、「今昔物語」にも「著聞集」 にもその例証がずいぶん多いのである。

「後狩詞記」42

「殺生の快楽は酒色の比ではなかった。」

柳田は「遠野物語」において「異人」殺しをする村人を描いた。

またそれは個人の声であってはならない。あくまでも共同体員の共同の思いでなくてはな らない。そうした共同の声を潜ませているものとして選ばれたのが伝承なのである。それ は誰か特定の者が言ったのでもない。村人全体によって語り継がれ、語り継がれることで 村人全体の潜在的な意識を現すものなのである。

柳田はそうした「集合表象Jを叙述するために、独特の文体をとっている。

そこには柳田によるきわめて厳格な統制が働いている。その統制がめざしているのは、村 人たちのなかに埋もれている、「異人」への恐怖、そして「異人」殺害の記憶の発掘なの である。

柳田の山人論は山奥深く探ると始源としての殺意がみいだされるという構造になってい る。-沖縄論:海の彼方へ始源としての日本をとどる旅

「山の人生」序文:山奥には人間の根源的な欲望(殺意)が眠っている

今では記憶している者が、私の外に一人もあるまい。三十年あまり前、世間のひどく不 景気であった年に、西美濃の山の中で炭を焼く五十ばかりの男が、子供を二人まで、鉞で 斫り殺したことがあった。

女房はとくに死んで、あとには十三になる男の子が一人あった。そこへどうした事情で あったか、同じ歳くらいの小娘を貰ってきて、山の炭焼小屋で一緒に育てていた。その子 たちの名前はもう私も忘れてしまった。何としても炭は売れず、何度里へ降りても、いつ も一合の米も手に入らなかった。最後に日にも空手で戻ってきて、飢えきっている小さい 奢の顔を見るのがつらさに、すっと小屋の奥に入って?寝をしてしまった。

眼がさめて見ると、小屋のローぱいに夕日がさしていた。秋の末の事であったという。 二人の子供がその日当たりのところにしやがんで、頻りに何かしているので、傍らに行っ て見たら一生懸命に仕事に使う大きな斧を磨いでいた。阿爺、これでわしたちを殺してく れといったそうである。そうして入口の材木を枕にして、二人ながら仰向けに寝たそうで ある。それを見るとくらくらとして、前後の考えもなく二人の首を打ち落としてしまった。それで自分は死ぬことができなくて、やがて捕らえられて牢に入れられた。

「山の人生J 93-94

欲望の喚起をする赤い光

諸君、自分はその夜更に驚くべく忘るべからざる光景に接したののである。.oo

自分が眼覚めた時には、既に炎々たる火が全室に満ち渡って、黒煙が一寸先も見えぬほど 這っていた。自分は、寝衣のまま、・・・戸外へと押し出された。

押出されて、更に驚いた。

夢ではないかと思った。

どうです。諸君。全村がまるで火!!! 鎮守の森の陰に一つ。すぐ前の低いところの一隅に 一つ。後に一つ。右に一つ。殆ど五六力所から、凄まじい火の手が上がって、それが灰色の雨雲に映って、寝惚けた眼で見ると、天も地も悉(ことごと)く火に包まれて了ったように思われる。雨は歇(や)んだ代わりに、風が少し出て、その黒烟とその火が恐ろしい勢で、次第にその領域をひろめて行く。寺の鐘、反鐘、叫喚、大叫喚!!

 自分は後ろの低い山に登って、種々の思想に撲れながら一人その悲惨なる光景を眺めていた。

 実際自分はさまざまな経験を為たけれど、この夜の光景ほど悲壮に、この夜の光景ほど荘厳に自分の心を動かしたことは一度も無かった。火の風に伴れて家から移って行く勢、人のそれを防ぎ難(か)ねて折々発する絶望の叫喚。自分はあの刹那こそ確かに自然の姿に接したと思った。

(『蒲団・重右衛門の最後』新潮文庫164-165

閉じた共同体のもつ異人への恐怖にみちた幻想:異人幻想 集団の「声なき声」:民間伝承

柳田国男『遠野物語』

閉じた共同性:民族国家をささえる幻想 異人への残虐さ戦時における残虐さ

本来、異人は交易へと開かれた存在である。それを恐怖する共同性はいわあ「閉じた」倫 理の支配する「閉じた共同体」と呼ばれるべきである。この閉じた共同性の称揚がなぜ行 われるのか。その蒙昧さを啓くのでなく、その恐怖の共同性を歌い上げるのはなぜか。

石尾の指摘によればこうした閉じた共同性は家産制下のライ卜ルギー経済のおいて称揚されるものである。諸共同体を統括する政体が疑似共同体の長として、いわば国家を「想像の共同体」として統括するとき、この閉じた共同性が持ち上げられ、開かれた倫理を放棄されるのである。

花袋のまなざし 放火-性欲=睾丸肥大(創作)

柳田のまなざし

ムラにおける集団的殺意の潜在

根源的殺害-ムラの集団的恐怖:笑いのない異人恐怖

佐々木鏡石の語り(ムラ人たちの観点) お化け話;哄笑との同居 を『遠野物語』として、村人の深層にある共同幻想を抽出したかのようにみせる。

(2)可視化される異常性・犯罪性

田山花袋は放火の原因として睾丸の肥大にみられる異常性欲を創作している。

こうした性欲から放火するという説を紹介しているのが、

呉秀三「放火狂を一証侯トシテ論ジ其二三ノ症例を挙グ」

(『東京医学雑誌』71893,pp.450-460,509-516,585-589,687-694,749-714,890-893,988-989

呉秀三は日本の精神医学の開祖とでもいうべき存在。

この論文は連続放火犯、永吉力松の精神鑑定の報告書。

ここで「放火ノ處行ヲ以テ一種ノ性慾ヨリ出ヅルモノトノ、狂疾ナキモ其疾性慾ノ為二此犯罪ヲナスモノアリトノ説ハ、嘗テ一時ニ行ハレタリ」と紹介している。

そして最後に永吉力松の顔の精密な銅版画を掲載している。

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この銅版画の意味は何か。

この連続放火犯の外見にその犯罪を引き起こす異常性を見出そうとしていないか。

チェザーレ・ロンブローゾ(: CesareLombroso 1835116 - 19091019)は、イタリア精神科医で犯罪人類学の創始者)

 犯罪生得説(犯罪者は生まれつき犯罪者でそれは頭蓋骨などの異常からわかる、という説)の提唱者

1876に上梓された『犯罪人論(L'uomodelinquente)』である。全3巻、約1,900ページにも及ぶこの大著において、彼は犯罪に及ぼす遺伝的要素の影響を指摘した。

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イタリアにおいてなぜこのような差別論以外の何者でもない議論がうまれたのか。

ここでイタリアという国が統一された過程を見てみると、

それは南部と北部との内乱状態を経ていることがわかる。

(ちょうどアメリカの南北戦争期と重なる、両国がウエスタンを生み出した理由か)。

「盗賊の顔つきをしている」者を虐殺しつくした将軍の語りは、ロンブローゾのそれと大差がない。

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  (東京書籍『世界史B2013,288-9頁)


南部とシチリア島の暴動

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ヒーローとしての山賊

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山賊ニコラナポリターノの死体の前でポーズをとるイタリア軍兵士1861 年から65年にかけて、全イタリア軍の3分の2ちかい兵士が南イタリアの治安維持のために配備された


 1860年以降の政府の最大の悩みの種は南部であった。晩年の力ヴール(彼は18616月に病に倒れ、急死した)も頻発する南部の暴動に悩まされたが、たいていの場合、軍によって鎮圧した。1860年代半ばまでには、政府が表向きは「山賊討伐」と呼んだ暴動鎮圧のため に、10万人ちかい兵士が動員された。南部の暴動や無法の横行は、たしかに犯罪であったが、改治的社会的な抗議でもあった。シチリア島民が新政府に猛反対したことの一つは、徴兵制だった。そのような制度は、それまでのシチリア島にはなかったからである。1862年の夏、ゴヴォーネ将軍はシチリア島で 徴兵忌避者を一斉検挙し、村全体を包囲して水の供給を断ち、「山賊らしい顔つきの者」は見かけしだい射段するという残虐な軍事行動を行った。この将軍は議会に喚問され、当時の作戦をたずねられたとき、殺しただけでは物足りないとでもいうように、シチリア.島民は未開人である、と暴言を吐いた。

(クスリトファー・ダガン著『イタリアの歴史』創土社2005年、197頁)


イタリア

欧米

日本

1647ナポリ、パレルモでスペイン支配に対する反乱

1674メッシナでスペインに対する反乱

1713ユトレヒトの和(スペイン領イタリアがすべてオーストリアに帰属)

1713スペイン、サルディーニャとシチリアを奪回

1720ハーグ和約(サヴォイア公、サルデーニャ王となる)

1737メディ家断絶

1764ナポリで大飢饉。ベカリーア「犯罪と刑罰」


1796ナポレオンのイタリア遠征(~97

1797チザルピーナ共和国成立。ヴェネチア共和国滅亡

1798ローマにローマ共和国成立。

1800ナポレオンのイタリア再遠征

1802ナポレオン、イタリア共和国大統領となる

1809ナポレオン、教皇領を併合

1814ナポレオン大尉、エルバ島に流刑。ウィーン会議(~15

1815ナポレオン百日天下。全イタリア、オーストリアの支配下に入る

1820ナポリ革命。シチリア革命

1821ピエモンテ革命

1831中部イタリア諸地域で革命。マッチーニ、「青年イタリア」を結成

1839イタリア初の鉄道(ナポリ―ポルティチ間)



1848パレルモの反乱。「ミラノの5日」の反乱。第1回イタリア独立戦争。

1849ローマ共和国政府樹立。フランス軍によりローマ共和国崩壊

1852カヴール、サルデーニャ王国宰相となる。

1855クリミア戦争に参戦

1857カヴール、パリ会議に参加

1857イタリア国民協会設立


18592回イタリア独立戦争

1860ガリバルディと千人隊のシチリア遠征。ガリバルディ、南イタリアをヴィッとーれ・エマヌエーレ2世に献上

1861イタリア王国成立


1860 政府軍、南部の「山賊」征伐(~65

1866シチリアで反乱










1911リビア戦争(~12)リビア併合宣言


19151次世界大戦にイタリア参戦

1919ミラノで「戦闘ファッシ」結成。ダンニツィオ、フィウメ占領

1922ファシスト、ローマ進軍。ムッソリーニ内閣成立

1925ムッソリーニ、ファシズム独裁宣言

1933産業復興機関(IRI) 設立

1935エチオピア侵略開始。国際連盟、イタリアに経済制裁決議

1938人種差別法成立

1939アルバニアを併合


1940日独伊3国同盟。イタリア参戦

1941伊独、ソ連、ついでアメリカに宣戦

1943連合軍、シチリア上陸。ムッソリーニ失脚

1944連合軍ローマ開放。北イタリアの主要都市の解放

1945ムッソリーニ処刑。パルチザン武装解除。第1次デ・ガスペリ内閣発足


1946国民投票により君主制廃止

1949北大西洋条約機構(NATO)創設に参加

1950南部開発公庫設置

1963第1次モーロ内閣(社会党入閣)

1970離婚法成立

1973共産党書記長ベルリングェル、歴史的妥協路線を提唱

1978「赤い旅団」によるモーロ元首相誘拐・殺害事件。妊娠中絶法成立

1991イタリア共産党解散


1651ホッブス「リヴァイアサン」


1701スペイン継承戦争(~14





1740オーストリア継承戦争(~48

1762ルソー「社会契約論」



1775アメリカ独立戦争

1789フランス革命













1830パリ7月革命


1838イギリス、人民憲章公表




1848フランス2月革命、ウィーン3月革命。ベルリン3月革命。マルクス、エンゲルス「共産党宣言」

1852ナポレオン3世即位

1854クリミア戦争(5456











1861アメリカ南北戦争(~65


1867オーストリア・ハンガリー帝国成立

1970普仏戦争(~71

1871ドイツ統一、パリコミューン

1873大不況始まる(~95

1877ヴィクトリア女王、インド女帝宣言

1887仏領インドシナ成立

1889パリ万国博覧会(エッフェル塔完成)




1914第1次世界大戦


1919パリ講和会議




1929世界大恐慌始まる

1933ヒットラー内閣成立

1936スペイン内乱




19392次世界大戦勃発

1940日独伊3国同盟








1947パリ講和条約


1949 NATO発足


1962キューバ危機

1965アメリカ、ベトナム北爆開始

1973パリ和平協定、ベトナム戦争停戦。

1986ソ連ゴルバチョフ書記長ゴルバチョフの「ペレストロイカ」路線

1989ベルリンの壁崩壊

1991湾岸戦争

1993欧州連合(EU)発足





1774前野良沢ら「解体新書」


1821伊能忠敬、日本地図を完成



















1853アメリカ使節ペリー浦賀に来航










1854日米和親条約










1867幕府・薩摩、パリ万国博覧会に参加


1868明治維新




1877西南戦争



1882松方財政(~85)によるデフレ不況により農民層の分解、農地の集中、中農層の没落、都市への流入

1894日清戦争(~95

1904日露戦争(~05

1910韓国併合


1918シベリア出兵


1925治安維持法、普通選挙法公布

1927金融大恐慌

1932 5.15事件

1933国際連盟脱退


1936 2.26事件

1937盧溝橋事件(日中全面戦争



1940日独伊3国同盟








1945敗戦



1951サンフランシスコ講和条約、日米安保条約調印

1960安保条約改定

1969学生運動激化

19702次安保条約改定


(3)ジョバンニ・ヴェルガGiovanni Verga18401922

 ゾラの自然主義文学の影響を受け、シチリアの現実を描いた(ヴェリズモ文学)

「グラミーニヤの恋人」:ヒーローとしての山賊に恋い焦がれてその子ども生む娘

「カヴァレリア・ルスティカーナ」:徴兵の間に嫁いだ恋人のとの関係に気づいた夫と決闘して死ぬ元狙撃兵

「赤毛のマルペーロ」:硫黄鉱山で父をなくし、自らも坑道の中に消えた赤毛の少年炭鉱夫

「羊飼イエーリ」:幼なじみのマーラとようやく結ばれた羊飼イエーリ。しかしマーラはおなじく幼なじみだった地主の息子ドン・アルフォンソの情婦だった。事態をようやく理解したイエーリは一瞬にしてドン・アルフォンソの首をかき切り、裁判官のまえに引きたらられた時「どうして!」と言った。「殺してはいけなかったの?・・・あいつがぼくのマーラを盗んだのに!」

「マラリア」:マラリアがすべてを奪っていく沼地で酒場のおやじは鉄道によってさびれた店をたたみ、信号夫となる。

「ルーパ女狼」:いつも腹をすかせている狼のように、情欲に飽くことのない女ルーパは、懲役帰りの青年を我がものとするために、娘とめあわせ、シチリアの真昼の小麦畑で、義理の息子となった男と愛欲をむさぼる。

田山花袋にも「一兵卒の銃殺」という作品があり、それは脱走兵の放火を描いている。

人々が、一種、けだもののようになってあい争う。「獣人」となった人々。しかし、それは動物への回帰でも、古代ギリシャへの回帰(D.H.ロレンス)でもなく、南部を搾取するかたちでのイタリア統一のもとでの、むき出しの人間性の現れにほかならない。

 田山花袋の小説と似たモチーフが現れるのは、国民国家形成という形で現れた近代化(そのもとでの「獣人化」)を両作家が描いているからにほかならない。


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# by takumi429 | 2014-07-21 23:03 | 社会環境論 | Comments(0)

映画による共存在の幻想

島崎藤村『家』
写真と映像をつなぐ形で構成された小説
 家→(不成功に終わった)「家族」→死んでいく子
 家の崩壊
 

時間と空間が、写真によって切り取られ、
その写真の連続・集積として時空間が再構成される。

新聞 おなじ世界(国民国家)の中での出来事

写真 おなじ空間に同時に存在したことの証

毎日発刊される新聞。新聞の集積がその社会の時間の集積とのイメージになる。
その集積のなかに存在するばらばらの人々が、ひとつの時間をもつ社会の成員、とのイメージをもたらす。

写真の集積は、それに写された者たちが同じ空間を共有して時間を経てきたというイメージをもたらす。

同じ写真には写っていないが、おなじ「時空間」のなかにいたように思い込ませることができる装置、それが映画である。

映画は、想像の同時空間性をねつ造できる。

 クレショフの「観念的(創造的)地理」
「1920年、クレショフによって実現された実験の例は、二人のロシアの映画作家の以上のような考え方がまだ初期的なものにとどまっていることをしめしている。プドウキンの先生であり協力者であるクレショフは次のような場面を集めた。
1 1人の青年、左から右に行く。
2 1人の乙女、右から左に行く。
3 2人が出会って、手を握り合う。青年は手で空間の一点を指示する。
4 広い階段を持った白亜の大きな建物が見える。
5 2人の人物が階段をのぼっていく。
これらの断片の各々は、異なった一組のフイルムから引き抜かれたものであった。即ち最初の三つのカットはそれぞれ異なったロシアの街上で撮られたものであり、四番目のカットはアメリカの大統領官邸であった。しかし観客は、その場面をひとつの全体として知覚した。これこそクレショフが、観念的または創造的地理と呼ぶものである。」(アンリ・アジェル著『映画の美学』(岡田真吉訳)白水社1958年、92-3頁)。

ショット・アンド・リバースショット
カメラの目によって物語世界の中に入り込んだ錯覚を生じさせる。
主人公は観客の乗り物(だから透明感のある演技が望まれる)

映画は国威高揚のもっとも重要な手段とみなされた。
とりわけナチスと共産主義によって重視された
 例:民族の意志

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# by takumi429 | 2014-07-13 21:35 | Comments(0)

家族写真という装置

 明治文学のおける写真
 1.はじめに
 明治後半になって日本は近代的な国民国家としての形をととのえる。明治近代は、鉄道、写真、地図などの さまざまな文明の利器(装置)をもたらした。そう した装置は人々の集団表象(イメージ)にどのような作用をもたらしたのだろか。そしてその作用は、国民国家としての「日本」の出現とどう関わっているのだろうか。
 この明治後半の時代にもっとも密着じたかたちで作家活動をしていた、当時の「前衛」作家であった、田山花 袋のいくつかの作品(および彼の同時代人の作品)を読 むことで、この問題について考えたい。
 具体的には、『田舎教師』のなかの「地図」の意味、「少女病」という作品のなかでの「市電」のもつ意味、『重右衛門の最後』におけるパノラマ的視線の意味、などを取り上げる。
 地理学的な「地図」が、国家のまなざしの下で従軍する臣民(主体)と、作家のまなざしの下で(地図の上を) 移動する小説の主人公(主体)、をつなぐ装置(しかけ) であることは、勝又[1995]とKatsumata [1995]で、明らかにした。
 本稿では、田山花袋の『生』と、花袋とともに自然主 義文学グルーブの一員でもあった島崎藤村の『家』とい う、二つの小説を、その作品の中に現れる家族写真に着目しながら、読む。そうすることで、「写真」という装置が人々の表象のありかたにいかなる影響を与えたのかを考える手がかりを得たい。

 2.小説『生』のなかの写真
 明治41年(1908年)、田山花袋は、『読売新聞』に「生」という小説を連載した。この小説は、花袋の母親(てつ)の死(明治 32年8月19日)にいたるまでに田山家に起きたできごと をほぼそのまま淡々と描いた作品である。小説の叙述は時 間の経過どうりに進む。おそらくたいていの読者は この小説のだらだらした進行にうんざりしてしまうだろう。しかしこの小説には、最後に、きわめて魅力的な場面が現れる。

「兄弟三人 三軒の家は一家のように睦しく往来した。…
今日は女達が三人お揃いで、九段の鈴木に行って記念の 写真をとらうといふのである。…
車なので、存外早く、午少し前には、三人は写真を撮っ てもう帰って来て居た。
写真屋の話が始まった。
一週間目に其写真が郵便で届いた。割合よく写って居 た。写真の話が一時三軒の家を娠やかにした。… 序に写真を蔵つて置く小箱が其処に届けられる。明治 の初年に大阪で撮ったといふ大小を差した父親の写真はもう黄く薄くなって居た。それに兄弟が三人揃って撮した少年時代の写真、誰れだか陥らぬ丸雷の女と一緒に撮った中年の頃の母親の写真、死んだ叔母の写真、嫂の 写真、総領の姉の写真は其頃はやった種板其まゝの硝子製で、木の框の壊れて取れたのを丁寧に母が白紙に包んで蔵つ置いた。其の他に昨年英男と一緒に寫した母親の写真が一枚あつた。兄弟は皆なそれを手に取って見た。「 (田山[1993:15-8])

 母親の死後、息子兄弟とその妻たちが一同に会する。 一週間前に「鈴木」という写真館でとった女達の写真が郵便で届き、それを見ながら、ふたたび「写真の話」が盛り上がる。それを機会に昔の家族写真が彼らの前に広げられる(相馬注[1972:379]参照)
 単調だった叙述に、映画のフラッシュ・バックのよう に、過去の家族写真が挿入される。そうして失われた 家族と失われた彼らとの時間が思い起こされる。

 3小説『家』の中の写真
 花袋の『生』とおなじように家の歴史を扱った作品 に、島崎藤村の『家』がある。明治43年(1910)から 連軟されはじめ、翌44年にまとめられた。この『家』という小説は、藤村自身の島崎家および彼の姉が 嫁いだ高瀬家という二つの旧家が崩壊していくことを描いた小説である。
 あらすじをみておこう。
 主人公三吉(藤村)は、旧家制度から自由な、恋愛結婚による新たな「家庭」homeを望んでいた。しかし彼と彼の妻は現実には見合い結婚であり、結婚後も三吉が望むように、恋愛結婚ではなかった。結婚前には、妻のお雪には勉、三吉には曽根という、それぞれ思いをかけた相手があった。盗み読みした手紙から偶然、お雪の勉へ 気持ちを知った三吉は、身を引いて、お雪と勉を「恋愛結婚」させようとするが果たせない。結局、勉はお雪の妹お種の夫になる。西欧流の「恋愛結婚」による家庭の形成という三吉の夢はもろくも崩れる。
 旧家から逃れ恋愛結婚による家庭をつくることに失敗した主人公三吉。彼の欲望は、三吉の家に手伝いに来ていた姪たちへと向かう。しかし姪たちは実家に帰り、近親相姦の危機を脱した主人公は安堵する。三吉が関係しそこなった姪のお俊は結婚する。橋本家の家長の達雄は出奔し、また跡継ぎの正太も死んで、この旧家は崩壊する。三吉の家は、旧家の重苦しさとは異なり、若人が集う家であったが、この三吉の家にしばしば来ていた正太も、死んでしまう。また三吉の3人の娘もすベて死に、さらに妻のお雪の死も暗示される。こうして旧家どうように、三吉の家庭も瓦解するのであった。
 この作品でも写真というものがきわめて重要な働きをしている。それを見ながらさらに写真というものの意 味について考えてみよう。
 島崎藤村の小説『家』ではすくなくとも十回、写真が登場する。それを以下一覧してみよう。カッコ( )は、モデルとなった実在の人物の名前。
(1)三吉(藤村)が橘本(高瀬)家を訪問したのを記念して、三吉と橋本家全員の記念写真が撮られる (上巻ニ)。
(2)橋本家から届いたその記念写真を小泉(島崎)家の人々が見ながら語り合う(上巻三)。
(3)三吉(藤村)とお雪(冬子)の新家庭のもとにお雪の妹お福が訪れる。三人でお雪の昔の写真と三吉の昔の写真を見る。その際、お雪の実家名倉家に奉 公人で、(じつはお雪が思いをかけていた)勉という青年の写真が出てくる(上巻五)。
(4)三吉の女友達の曽根について、三吉とお雪が語り合っている。三吉の話から彼が曽根の写真を見せてもらうような関係であることをお雪は知り、しおれる (上巻六)。
(5)三吉の姉お種(園子)が三吉の家を訪れ、お雪の実家の人々の写真を見る。その中には、かつてお雪 が思いをかけ、今は妹のお福の夫となって名倉家の養子となった勉の写真があった(上巻十)。
(6)妻の留守中の家事手伝いにきていた姪のお俊(いさ)に、叔父と姪の関係以上のものを求めそうになった三吉は、お俊が実家の兄の家から帰ってこないことに不安をおぼえつつ、死んだ娘のお房(緑) の写真をみる(下巻三)。
(7) 家事手伝いの姪二人が実家に帰り、三吉はほっとしながら死んだ娘のお房(緑)の写真をみる。写真のガラスに反射した彼自身の顔を見ながら三吉は内省する(下巻三)。
(8)三吉とお雪の家に姪や甥たちがあつまり、三吉は 記念に写真を撮ることを提案する。三吉は橋本家の跡継ぎの正太と写真におさまる(下巻七)。
(9)お雪がお俊の結婚写真を取り出す。三吉はお雪との夫婦生活を反省する(下巻八)。
(10)橋本家の跡継ぎの正太が死んだという電報が届く。お雪は、間近のお産に不安を覚えつつ、正太の 写真を取り出し、死んだ三人の娘の位碑の前において燈明をあげる(下巻十)。(お雪のモデルである藤 村の妻冬子は実際にこのあとのお産で死ぬ)。
 2つ旧家の崩壊は、記念写真をとる旧家全員(1)とそれを見る旧家の人々(2)から、跡継ぎの死(10)への移行によって語られる。
 こうして小説『家』のなかに出てくる写真の描写を取り上げてみると、じつはそれがそのままこの小説の概要 になっていることがわかる。
 ではなぜ写真の描写と取り上げると、それがそのまま 小説の概要になるのか。それはおそらく、藤村 がこれらの写真のいくつかを実際に時間順に並べ、そうしてこの小説を書いていったからだ、と思われる。だから小説の節目節目に藤村は写真の図像を織り込んでいる。 この小説の緊密な構成は、じつは写真という装置を活用したことから生まれている。

4.反復・回帰する時間から、行きて帰らぬ時間へ
写真の出てくる場面ををもうすこし詳しくみてみよう。
三吉(藤村)と橋本(高瀬)家全員の記念写真の場面(上巻ニ)。

「母親さん、写真屋が来ましたから、着物を着替えて下 さい。」
こう正太がそこへ来て呼んだ。
「写真屋が来た?それは大夕忙だ。お仙--峰の子は こうしておいて、ちゃっと着更えまいかや。お春、お前 も支度するがいい。」とお種は言った。
「嘉助 みんな写すで来いよ。」達雄は店の方を見て呼んだ。
記念のため、奥座敷に面した庭で、一同写真を撮ることになった。大番頭から小僧に至るまで、思い思いの場 処に集まった。達雄は、先祖の竹翁が植えたという満天星の樹を後ろにして立った。
「女衆は前へ出るがいい。」
と達雄に言われて、お種、お仙、お春の三人は腰掛け た。
「叔父さん、あなたはお客様ですから、もうすこし中央 へ出て下さい。」
こう正太が三吉の方を見て言った。三吉は野菊の花の 咲いた大きな石の側へ勤いた。
白い、熱を帯びた山雲のちぎれが、みんなの頭の上を 通り過ぎた。どうかすると日光が烈しく落ちて来て、撮影を妨げる。急に嘉助は空を仰いで、何か思いついたように自分の場処を離れた。
「嘉助、どこへ行くなし。」とお種は腰掛けたままで問いた。
「そこを動かない方がいいよ--今、大きな雲がやつて 来た。あの影になったところで、早速撮って貰おう。」と 正太も注意する。
「いえ---ナニ---私はすこし注文があるで。」
と言って、嘉助はみんなの見ている前を通って、一番日影になりそうな場所を択んだ。ちょうど旦那と大番頭 とは並んだ。待ち設けた雲が来た。若い手代の幸作、同 じく嘉助の枠の市太郎、みんな撮った。
(島崎[1967:254])

 大きな旧家というものは一種の経営体のようなものである。血縁者ばかりではなく、重要な使用人もその構成員である。だからのちに家長の達雄は出奔してしまった後、橋本家を支えるのこのは大番頭の嘉助である。こうした番頭までふくめた旧家の輪郭が写真によってくく られています。この場面にみられる華やいだ晴れがましさからわかるように、いわば写真撮影は一種の「祝祭」であり、それによって集団の結合の確認される。
 しかし家の「祝祭」には盆や正月などの儀礼もあった。かつての儀式はつねに反復され、反復 をされることで永遠へとつながっていました。家が永劫 に続くものとしてその同一性を確保するものであった。家族の統合を確認する機能は家族写真が果たすものになった。しかし写真に写された「今」という瞬間はたちまちのう ちに過ぎ去っていき、喪失惑をもたらす。儀式に よって反復される時間ではなく、つねに失われいく 「今』という瞬間の、その連なりとして、絶え間なく変化していく時間というものが、写真によって意識されるようになる。

 橋本から写真の着いた日は、実は用達に出て家にいな かったが、その他のものは宗蔵の部屋に集まって眺めた。
「達雄さんもフヶましたね。」とまたお倉が言った。… 故郷にあった小泉の家---その焼けない前のことは、いつまでもお倉にとって忘れられなかった。橋本の写真を 見るにつけても、彼女(お倉)はそれを言い出さずにいられなかった。
(島崎[1967:263])

「達雄さんもフケましたね」という言葉に現れたよう に、写真は見る者に時間の推移を鋭く突きつける。ここでは時間は反復されるものではなく、絶え間なく過ぎ 去っていく。さらに突きつけられた時間の推移 は失ってしまったものへの郷愁を呼び起こします。橋家の写真を見ながらお倉は失った「小泉の家」を思い出す。
 盆や正月の家族団らんや家と家との間にとりおこなわ れる結婚式などの「祝祭」儀礼はこうした喪失惑とは無縁である。それは年輪のように家の記憶を太くする。しかるに「家族写真」という「祝祭」は撮られた瞬間の「今」から絶えず遠ざかっていくことを意識させる。写真とは、「失われた時」を意識させる、そうした「装置」なのである。

 5.写真による小説の時間の形成
 この小説では、家族が経ていく「飴のようにのびた」時空間の流れを、瞬間において切断したその切断面が、写真となって最後に読者に提示されている。写真という装置によって、「失われていく今」の連続として家族の記憶はつくられていく。
 田山花袋の『生』での、「父親の寫真」、兄弟の「少年時代の寫真」、「中年の頃 の母親の寫真」、「死んだ叔母の寫真」、「嫂の寫真」、「総領の姉の写真」、「昨年英男と一緒に寫した母親の寫真」、これらはすべては失われた人々と失われた時間の記憶である。
 ほんらい、人間の記憶は、決して時間順の行儀よく。それも等間隔に整理されているわけではない。私たちは自分にとって重要なことなら、それがどんなにむかしのことでも昨日のように思い出す。そのかわり、さして重要でもないことはすぐに忘れる。
 だからこの花袋の『生』と藤村の『家』という小説のなかを流れている時間は、本来私たちが物事を思い出したり覚えている時間とは、異な形式の時間なのだ。そしてそうした時間を成立させているのが、この家族写真という装置なのである。
 この『生』の末尾で出てきた写真群全体をつなぐよう な、田山家の年代記とでもいうべき小説をのち(大正5 年)に花袋は書く。その小説の題名が『時は過ぎゆく』であるのは決して偶然ではないだろう。おそらく、この『生』でもちいた写真による過去の想起と写真による時間の配列・設定、その結果としての「ゆきてかえらぬ時の流れ」という小説のなかの時間性、の展開として小説『時は過ぎゆく』は位置づけられるだろう。


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# by takumi429 | 2014-07-13 21:26 | 社会環境論 | Comments(0)

少女病

「少女病」:電車という名の欲望

「少女病」明治4051日の『太陽』発表

あらすじ

小説は郊外の貸家から代々木の停車場に向かう主人公の描写から始まる。主人公、杉田古城(「過ぎた固執」?)37歳、小説家。もっぱら少女小説を書いている。かつ ては一世を風靡したこともある。しかし清純な少女へのあこがれに終始するその作風は飽きられ、いまでは雑誌の編集でなんとか生活をしている。盛りを「すぎた』彼の の唯一の楽しみは通勤電車で美しい女学生を見、妄想にふけることである。彼は停車場ですでに女学校出の娘や女学生の姿を物色する。知人たちのうわさ話から、どうやら彼は、妻子持ちであるにも関わらず、オナニス卜であるらしいことが知れる。甲武電車に乗り、さらに市電へと乗り換える。主人公は車中で女学生たちを見、接触しながらうっとりとする。出社すると少女趣味を編集長にあざけられる。夢のない仕事と 生活に死にたいように気持ちになりながら、?は帰宅の電車に乗る。東京博覧会帰リ の客のために市電はたいへんな混雑。しかたなく彼は電車のデッキの真鍮棒につかまって乗っている。そのときもう一度会いたいと思っていた美しい女学生をガラスご しに見つけ、心を奪われる。しかし電車の加速に手をすべらした彼は、線路上に転がリ、反対方向から来た電車にひかれ死んでしまう。

女一覧

この小説の中では8人の女が登場する。それをまず出てくる順に列挙しよう。

1 「二十二三」歳ぐらいの「庇髪の女」。

「鴬色のリボン、繻珍(しゅちん)の鼻緒、おろし立ての白足袋」代々木停車場から「すくなくとも五六度は其女と同じ電車に乗ったことがある」。主人公はこの女の家まで突き留めている。

2  いつも代々木から牛込まで同乗する娘。

留針(ピン)を拾ってやったことがある。「白いリポン」はでな縞物に、海老茶の袴を穿いて、右手に女持の細い蝙蝠傘、左の手に紫の風呂敷包。

3  妻

「二十五六」歳ぐらい。「旧派の束髪」木綿の縞物の着物。

4 5

代々木からの車中での二人の娘。

年上の方は、「縮緬(ちりめん)のすらリとした膝あた から、華奢な藤色の裾(そで)、白足袋をつまだてた三枚襲の雪駄(せった)、ことに色の白い襟首」。もう「一人の肥った方の娘は懐からノウ卜ブックを出して頻りにそれを読み始めた。」

6

千駄ヶ谷駅から乗った「不器量な、二目とはみられぬような若い女」

「反歯(そっぱ)、 ちぢれ毛、色黒」

7

「見慣れたリボンの色」「四谷からお茶の水高等女学校に通ふ十八歳位の少女

8

かつて信濃町から一度だけ同乗し、もう一度逢いたいと思っていた令嬢。

朝の電車では見あたらず。帰宅のお茶の水からの甲武線(現在の中央線)で車中に発見。

「白い襟首、黒い髪、鴛茶のリボン、白魚のような綺麗な指、宝石入りの金の指 輪」。この少女にみとれて主人公は轢死。

 疑問(1) なぜ妻(3)とたいして歳も変わらない女1がでてくるのか。女1はすでの223歳で、「少女」と呼ぶにはあまりにとうが立ちすぎている。しかも主人公の妻(女3)は256歳。たいして歳も違わない。それなのに女1 に主人公は欲情し、妻には関心を失っている。「ちょっと変ではないか」。読者がそう思うのも無理はないだろう。

じつはそこが作者のねらい目だったと思われる。

 この小説を書いた田山花袋は当時、少女小説家であり、年齢も主人公と同じ37歳。 代々木の郊外に住み、博文館の編集者として甲武線(現在の中央線)と市電を使って通勤していた。それゆえ主人公は花袋自身をモデルにしているといって良いだろう。

 しかし花袋の妻の里さはこの明治40年に28歳。それに対してこの小説の主人公の妻は256歳で、花袋の妻より23歳若く設定されている。

 なぜ主人公の年齢が花袋と同じなのに、妻の年齢は若く設定されているのか。それは 主人公が欲情している女1とあまり年齢差がないことを読者に気づかせるためにほかならあない。そもそも、女1じたいが妻の年齢に近い女としてあえて登場させられていると思われる。

 なぜそんなことをしたのか。

 それは主人公の欲情が、単に「若い女」に対する欲望ではなく、あくまでも「電車で 出会う女学生」に向けられたものであることを示したいからにほかならない。

答え:女の若さではなく電車という空間で出会うことが主人公の欲望を喚起していることをしめしている。

郊外の家 妻   日常  生殖(子作り)

電車空間 女学生 非日常 オナニー

疑問(2) 「女学生」にどうして欲望を喚起するのか。

女学生(女子大生o女子高生):記号をまとった存在 束髪(庇髪)、ノウトブック、本、袴・・・

「女学生」=「女」+「学生』=欲望の対象+禁欲的勉学

「女学生」は「女」+「学 生という記号は二つの相反する記号からなっている。「女」は男にとってつねに「性的対象」を意味する。反対に「学生」は禁欲のイメージをもっている。つまり「女学生」とは「誘いつつ拒む」あるいは 「拒みつつ誘う」存在という記号である。つまり「イエス』と「ノー」との間を振り子のように動くもの、すなわちジンメルの言う「媚態」(コケットリー)をあらわす記号である。

ガラス越しの女学生とは、欲望の対象の提示と遮断なのである。この欲望の喚起は、ショ一、ウンドウの中の商品にも似ている。

対照表への追加

郊外の家 妻  生殖(子作り) 自発的欲望(need 日常品 家庭

電車空間 女学生 オナニー    喚起された欲望(want) 商品 ターミナルデパー卜

疑問(3)主人公はなぜ廣突にも小説の最後に死んでしまうのか。

一般の評

「少女病Jについては、「主人公の生活が十分現れず、その性格が不分明なところから、単に一個の病理的現象を書いたものという感がある。主人公の年齢が三十七八で子供の二人ある人とは受け取りがたい。結末主人公が電車から落ち死ぬるのも作為にすぎる」(片上伸「田山花袋氏の自然主義J明治414月『早稲田文学』)との批評 がある。たしかにこの作品は書き込みが足らず、筆致があらく、とりわけ主人公の描写にはひとりのみこみのところがある。特に最後の死は突飛で「作為に過ぎる」といえるだろう。(『明治文学全集67田山花袋集』「解題」吉田精一388頁)

轢死の遠因は、東京勧業博覧会からの帰リ客がどっと乗り込んだこと

「お茶の水から甲武に乗換へると、をりからの博覧会で電車は殆ど満員、それをむりに車掌のいる所に割り込んで、兎に角に右の扉の外に立つて、確りと真鍮の丸棒をつかんだ。」

直接原因は、反対路線を走る電車。

真の原因は、電車(鉄とガラスの箱)のなかの女への欲望

「美しい眼、美しい手、美しい…白い襟首、黒い髮、鴬茶のリボン、白魚のような綺麗な指、宝石入りの金の指輪---乗客が混合つて居るのと硝子越になつて居るのとを都合の好いことにして、かれは心ゆくまで其の美しい姿に魂を打ち込んで了つた。」

答え:女たちを乗せる交通(Verkehr)によって喚起された欲望に翻弄された主人公 はまさにその交通によって殺される。

Verkehr -s /-e

1. 交際、っきあい、交流、交渉

2. 交通、運輸

3. (貨幣・切手などの)流通

4.《婉曲に》(Geschlechtsverkehr) 性交 [mit jm.] verehelichen Verkehr haben [ …と]婚前交渉を持つ。

例えば、小説『ソフィーの結婚』で、収容所長が、子どもを救うために誘惑するソフィーにたいして「君とVerkehrを持ちたい!」とうめくシーンがある。

疑問(4)なぜ人物の持ち物が列挙されるのか---ガラス箱の中の女たち---

主人公「かれ」の目に映る「少女』たち。それはさまざまな部分へと細分された存在である。

「少女Jたちの描写をみてみよう。「栗梅の縮緬(りちめん)の羽織をぞろりと着た格好の好い庇髪の女の後姿」。また「鴬色のリボン、繻珍(しゅちん)鼻緒、おろし立ての白足袋」。あるいは、「はでな縞物に、海老茶の袴を穿いて、右手に女持の細い蝙蝠傘、左の手に紫の風呂敷包」。

女たちはさまざまな衣服や持ち物へと分解され、人格でばなく、むしろそした衣服と小物を展示するための白いマネキンのようでさえある。

主人公を死にいたらしめる女の描写をみてみよう。

「お茶の水から甲武[電車]に乗換へると、をりからの博覧会で電車は殆ど満員、そを無理に車掌の居る所に割込んで、兎に角に右の扉の外に立って、確りと真鍮の丸棒 をっかんだ。ふと車中を見たかれははツとして驚いた。其硝子窓を隔ててすぐ其処に、信濃町で同乗して、今一度是非逢ひたい、見たいと願って居た美しい令嬢が、中折帽子や角帽やインバネスに殆ど圧しつけられるようになって、丁度烏の群に取巻かれた鳩といったような風。」

「美しい眼、美しい手、美しい髮…白い襟首、黒い髮、鴬茶のリボン、白魚のよ うな綺麗な指、宝石入りの金の指輪--乗客が混合つて居るのと硝子越になつて 居るのとを都合の好いことにして、かれは心ゆくまで其の美しい姿に魂を打ち込んで了った。」

 電車は鉄とガラスの箱である。その箱の中に「中折帽子や角帽やインバネス」とならんで「令嬢」がいる。しかしいまや主人公の眼には、彼女は一個の人間というよリも、「美しい眼、美しい手、美しい髮…白い襟首、黒い髮、鴬茶のリポン、白魚のよ うな綺麗な指、宝石入りの金の指輪」という欲望を喚起する物の集積として現れている。

 電車という交通の機関によリ次々と登場する女たち。しかもそれは一個の人間であるよりも、むしろ欲望を喚起するさまざまな部分部分へと細分化され、主人公のまなざしがその細分化した部分の集列をなめるように移動していく。

 オナニス卜直接的交渉よリも想像のなかで実物の代償となるものイメージによって

欲望を喚起している存在==記号による欲望の喚起

例:糸井重里の『コピー塾』の投稿作品:「ぼくのお兄さんは『女子大生』という字を見 ながらオナニーしています。」

品物がそれが意味するものでなく、それ自身が輝く世界

商品のコマーシャルのためを見せるためにドラマなどの番組を放送する-商品自体が. 番組となる。

記号としての物がそれ自体輝き人を魅了する世界

使用価値ではなく、商品がそれ自体で輝く世界=記号の乱舞による欲望の喚起 記号の集積=商品の集積

人物がすべて衣服や髪型や持ち物によって表現される。人を表す記号としての品物がガラス箱のなかに溢れんばかりになっている。ショーウンドウのなかの商品

補足 痴漢はむかしからいた

明治45128日東京朝日の記事

●婦人専用電車

▽不良少年の誘惑予防

乃木大将もかつて、学習院女学部の生徒が電車に乗ると、男子が兎角生徒の体に触れたがって困ると、電気局員に語られたと記憶するが、

▲花電車を狙う   近来不良学生が、山手線沿道より市内各女学校に通う女学生のいずれも同一時刻に乗車するを機とし、混雑に紛れて或いは附け文、或いは巧妙なる手段を以って誘惑し、しからずとも女生徒の体に触れ、その美しき姿を見るを楽しみとする風がある。彼等はこの女学生の満載せる電車を称して、「花電車」と呼んで居るが、今回中野、昌平橋間に各駅から婦人専用電車を、朝の八時半前後と午後の三時半前後に数回運転せしむることに決定し、この電車を女学生が利用するようにと、お茶の水付属女学校、女子学院、千代田女子学校、双棄女学校、三輪田女学校、精華女学校等に対し通知し、来る三十一日より実施することになった。

▲女学生客の減少   右に就き中部管理局員は語って曰く、「外国の例は知らぬが、日本ではこれが最初である。兎に角名案たるに足るだろうと思う。これを運転せしむるに至った動機は、従来男女学生間の風儀を乱すような事が少なからず、牛込や四谷駅長からの申し出もあり、調べて見ると、女学生の客は次第に減って居る。そして遠いのを我慢して、車や徒歩で通学して居るものがだいぶあると云うことが判つたからである。婦人専用電車と去うのは、二台連絡する後のに婦人専用と札を掛け、前車には男子を乗せることにするつもりだ云々」と語った。


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# by takumi429 | 2014-07-06 18:27 | 社会環境論 | Comments(0)

パノラマ的描写


『第二軍従征日記』記述
パノラマ
「殊に、自分等にべんりであったのは、其頂上に歩兵の掘った掩壕 (えんごう)が、さながら我々の為めにでもあるかの如く残し棄てられてあつたことで、自分は三浦くんと一緒に毛布(けつとう)を其底(そこ)に敷いて、芝居でも見る気で、じつとその前に展(ひろ)げられた大パノラマを望んだ。
 芝居でも見る気!いや、其時は左様でも無かった。
     初めて臨んだ戦争の大舞台
 凄まじい大砲の巨音(おと)が天地を震ふばかりに轟(とろどき)渡つて、曳火弾は白く、着発弾は黄く黒く爆発するを見ると、臆病のようであるが何となく氣がそはそはして、胸が妙にどきついて、かうしてじつとしては居られぬやうな仏地が爲る。頭を出すと、打たれる恐れがあるので、否、先日現に其經驗があるので、自分等は寧ろ小さくなつて、臥そべって、其前方の大景を望んだので。
 風は烈しいが、暖かい。空気の透明に澄んだ日で、南山の敵の陣地から 打出す砲はさながら取に指すかのやうに見える。わが砲共陣地は?と見ると、一番近いのが、自分等の萵地から約五百米ばかり離れた扁平な丘陵の上で、其處に野砲ばかり据えられているが、それょり猶五百米 を隔てて、十ニ三門並べた砲共陣地があるのが歴然見える。眉を舉げて望 むと、今朝の荒れ模様の名殘は猶金州湾から大連湾へと懸けて明かに其の痕跡を留めて居て、透徹し過ぎた空に、黑い凄い殘雲が砲烟(ほうえん)か柯ぞのやうにちぎれちぎれに飛んで、海の色の碧の濃さと言つたら……。岸には、 怒既の烈しく碎けるのが白く、白く。
『そら打つた!』
と言ふと、共に絶大なる響。続いてわが砲兵陣地からは、砲身がびかッと光ると同時に、砲彈は空気を裂いて嗚って飛んで行く。それと引違ひ に、敵の砲弾も音響と共に盛に炸裂して、最近いものは、自分等の高地の二百米ぱかりの下に来て、破裂して黑い凄まじい砂烟をニ三間ほど颱(あ)げた。その最も多く来るのは、第二番目の陣地で、一時は十五六発の敵彈が其附近に黑く白く落下するのを見た。下の砲共陣地には砲門が五ッ六ッ、其周囲もに五六の人の小さい影が人形のやうに見えて、瞳を凝すと、 打つ時に手を舉げて號令するのもありありと。」(「第二軍従征日記」『明治文学大系第67巻』253-4頁)

パノラマ〚英 panorama〛建物内に
パノラマ
イスタンブールのトルコのコンスタンティヌス攻略パノラマ
https://www.youtube.com/watch?v=D3tJ422N3Rg

パノラマ
建物内に、野外の高所から四方を展望するのと同じ感じを与えるように作った装置。建物の内部に円く絵画をめぐらし、中央の展望台から見回すと、視覚の錯覚によって完全な実景を見る感を与える。 画面には陰彩を生じないように反射光線を用い、また、絵画の前面には立体的実物を置き、両者の色彩・形状に注意して区別を不明瞭にしてある。わが国最初のパノラマ館は 明治二三年五月七日開場の上野パノラマ館、同年五月二二日開場の浅草の日本パノラマ館である。前者は戊辰戦争を、 後者は南北戦争のシーンであった。明治中・後期の見せ物。 また、一般に大景観の意味がある。

山花袋『田金教師』三七(明治四ニ)[上野の]東照宮の前では、女学生が派手な蝙蝠傘をさして歩いて居た。パノラマには、 古ぽけた日清戦争の画か何かがかゝつてゐた。

「東照宮とは、徳川家康公(東照大権現)を神様としてお祀りする神社です。日光東照宮、久能山東照宮が有名ですが、全国各地に数多くございます。 そのため、他の東照宮と区別するため上野東照宮と呼ばれておりますが、正式名称は東照宮でございます。」http://www.uenotoshogu.com/about/上野東照宮HP


パノラマ館の図
「かしこは弾丸も来たらず、見晴しは好し、戦闘視察には最も便りよからめ、あれへあれ
へ」この声に導かれて周囲を見渡せば、西も東も砲煙弾雨につつまれ、朦朧(もうろう)たる中に千軍万馬が馳駆する。破裂する栂弾地雷は地獄のような赤を発し、すさまじくも又おぞましい……。
 眼前に拡がるこの現実と紛う戦闘光景は上野公園のパノラマ。このパノラマ館は明治二十三年第三回内国勧業博覧会に白河戦争の図でもって開設されたが、その後いったん閉館。明治二十九年になって、図を旅順攻撃に代えて、上野公関内桜ヶ岡に設立された。戦闘の
すさまじさを如実に伝える妙画は、野村芳園、芳光両画伯の手になるものと伝う。
(山本松谷函)
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(『目で見る江戸・明治百科 第六巻 明治新東京名所、地方名所の巻』1996年国書刊行会)
『田舎教師』目的地から規定される欲望の担い手としての主体
近所の女工たちに性的な挑発を受けた主人公は、その性欲を鎮めるべく「中田遊郭」に行くことを決め、河畔の道を歩く。
「路は長かった。川の上に簇がる雲の姿が変わる度に、水脈の穏やかに曲がる度に、川の感じが常に変わった。夕日は次第に低く、水の色は段々に納屋色になり、空気は身に沁み渡ように濃い深い影を帯びて来た」(田山1980:115)。
 冒頭と同様に、まず目的地までの行程の線が引かれ、そこまでの距離が語られる。その上を主人公が歩いていく。主人公の歩行が時間の進行を刻み、そして行程の上を移動する主人公の目に写る情景が小説の情景描写となりその空間に広がりを与える。
 目的地へ歩行が作品の時間と空間を形作るばかりではない。目的地への関係が主人公の内面的欲望を規定する。
「清三は自らの影の長く草のうえに曳くのを見ながら時々自ら顧みたり、自ら罵ったりした。立ち留って堕落した心の状態を叱しても見た。行田の家のこと、東京の友のことも考えた。そうかと思うと、懐から汗でよごれた財布を出して、半月分の月給が入っているのを確かめてにっこりした。二円もあれば沢山だということはかねてから小耳に挟んで聞いている。青陽楼という中田では一番大きな家だ、其処には綺麗な女がいるということも知っていた。足を留めさせる力も大きかったが、それよりも足を進めさせる力の方が一層強かった。心と心が戦い、情と意が争い、理想と欲望とが絡み合う間にも、体はある大きな力へと引きずられるように先へ先へと進んだ」(田山1980:155)。
 描写は主人公の目からみた川辺の情景から主人公の内省へと向い、さらに主人公の内面的な性的欲望をめぐる葛藤へといたる。この内面的欲望と葛藤はあくまでの目的地(中田遊郭)への空間的関係から規定されている。小説の描写は、目的地までの距離、空間、風景、そこに映る主人公の影、主人公の内省、内面の欲望へと進む。主人公の内面的欲望は、目的地から距離という地理的関係から導き出されている。
 描写はさらに続く。
「渡良瀬川の利根川に合するあたりは、ひろびろとしてまことに坂東太郎の名に背かぬほど大河の趣を為していた。夕日はもう全く沈んで、対岸の土手に微かにその余光が残っているばかり、先程の雲の名残とみえるちぎれ雲は縁を赤く染めてその上に覚束なく浮いていた。白帆がこころ懶(もの)うさそうに深い碧の上を滑って行く。
 透綾の羽織に白地の絣を着て、安い麦稈の帽子を冠った清三の姿は、キリギリスがないたり鈴虫が好い声を立てたり阜斯(ばった)が飛び立ったりする土手の草路を急いで歩いて行った。人通りのない夕暮れ近い空気に、広い漾々(ようよう)とした大河を前景にして、その痩削の姿は浮き出すようにみえる。土手と川との間のいつも水をかぶる平地には小豆や豆やもろこしが豊かに繁った。ふとある一種の響きが川にとどろきわたって聞こえたと思うと、前の長い長い栗橋の鉄橋を汽車が白い烟を立てて通って行くのが見えた」(田山1980:155-6)。

夕陽を受ける人影
「俄(にわか)に起る敵兵敗走の光景?。愈々(いよいよ)陷落と言ふので、今迄頑強に抵抗した 敵の歩兵は皆な一散に掩壕の中から飛出す。三面のわが兵は今ぞ時――と驀地(まっしくぐら)に突進する。混乱狼藉のさまは鼎を覆えしたようで、山上の路を遁(のが)れ去るもの、山腹を這つて走る者、旅順街道に出づる者、これが夕陽(せきよう)の明かな空気の中に手に取るやうに見える。」(「第二軍従征日記」『明治文学大系第67巻』260頁)
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# by takumi429 | 2014-06-15 18:53 | 社会環境論 | Comments(0)

『田舎教師』を読む その2

主人公の中田遊郭往還
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想像で書いた 現地調査なし・清三の日記にもそうした事実なし
 しかし口絵にもなる重要なシーン
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 麦倉河岸には涼しそうな茶店があった。 大きな栃(とち)の樹が陰をつくって、 冷めたそうな水にラムネがつけてあった。 かれはラムネに梨を二個ほど手ずから皮をむいて食って、 さて花茣蓙(はなござ)の敷いてある樹の陰の縁台を借りて仰向けに寝た。 昨夜殆ど眠られなかった疲労が出て、頭脳(あたま)がぐらぐらした。 すずしい心地の好(い)い風が川から来て、 青い空が葉の間からチラチラ見える。 それを見ながらかれはいつか寝入った。 (『田舎教師』新潮文庫174頁)

「性欲が溜まっているだろう、遊郭に行ったあとはスッキリしただろう」 「溜まる性欲」とのとらえかた

どうやって書いたのか。
 地図を見ながら書いた。
 すでに『大日本地誌』のために調査したことのある上流の風景を借りてきた。
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書き方 すでに冒頭に見られる
 歩いた経路を地図に書き、そこからどのような風景が見えるか想像する。
 経路を歩くことで、小説の内部の時間と空間が生まれる。
 目的地との関係から主人公の内面がうまれる。
 赤い光に照らされることで主人公の内面(抑えた欲望)が浮かび上がる。

地図の上に経路を描いて人を見下ろすまなざし
 『第二軍従征日記』に添付された地図 参謀本部の直属の陸地測量部の作成した地図

NHK高校講座 日本史『日露戦争』
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日露戦争特別展 http://www.jacar.go.jp/nichiro2/index.html

「一兵卒」日露戦争に従軍し脚気発心で死ぬ主人公
  「彼」=国民の誰でも代入可能 一兵卒の彼に代入されうる者=日本男子(国民)

日露戦争の勝利のわきかえるなか、地方でひっそりと死ぬ青年教師
これが悲劇になりうるのは、「日本国」全体という地図のまなざしのもとに、
この一地方の青年がとらえられているからにほかならない。

日露戦争
 機関銃と要塞が本格的に使われた大消耗の国家総力戦
 人・武器・食料などの補給(兵站)に鉄道が大々的に使用された。
ロシアはシベリア鉄道、日本は山陽鉄道(のちの山陽本線)と広島から広島南部の宇品(うじな)港を結ぶ宇品線を使って、兵隊、物資の輸送を行った。
 もともとシベリア鉄道の支線としての東清鉄道と旅順港の要塞化が引き金。
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 (ウラジオストックは不凍港とはいえ真冬には凍るし、日本海でふさがれている。日本海を逆さにしてみるとそれがよくわかる)。
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 戦争の後半までシベリア鉄道はバイカル湖を湖面が凍る時は湖上に鉄道を敷き、溶ける夏は船で、物資を運んでおり、しかも単線だったために輸送力が低かった。
 しかし、バイカル湖を迂回する路線が開通することで満州の戦地への補給能力が飛躍的に高まった。
開戦前からこのシベリア鉄道開通まえに勝利しなくてはいけないと日本側はかんがえていた。
 日本もロシアも満州・朝鮮の地図作成に戦争前から努力した。
 日本はたまたま死んだロシア人将校のもっていた地図を利用して戦争を行うことができた。(横手慎二著『日露戦争史 20世紀最初の大国間戦争』中公新書)

この鉄道について花袋はべつに小説「少女病」を書いている。つぎはそれを読むことにしよう。
近代と鉄道の問題を考えてみることにしよう。

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# by takumi429 | 2014-06-08 18:39 | 社会環境論 | Comments(0)