3.ダブルバインド論
親と子どもはたがいにコミュニケーションを重ねています。つまり親と子はコミュニケーションによってひとつのシステムをなしています。そこではここの要素である親、子どもの個々の特性からは説明のつかない、システム独自の特性があります。 統合失調症の子どもも親とのコミュニケーションを重ねています。さて、そのコミュニケーションにはどんな特徴があるというのでしょうか。 ベイトソンはこんな例を挙げています。 「ダブルバインド状況を浮彫りにする出来事が、分裂症患者とその母親との間で観察されている。分裂症の強度の発作からかなり回復した若者のところへ、母親が見舞いに来た。喜んだ若者が衝動的に母の肩を抱くと、母親は身体をこわばらせた。彼が手を引っ込めると、彼女は「もうわたしのことが好きじゃないの?」と尋ね、息子が顔を赤らめるのを見て「そんなにまごついちゃいけないわ。自分の気持ちを恐れることなんかないのよ」と言いきかせた。患者はその後ほんの数分しか母親と一緒にいることができず、彼女が帰ったあと病院の清掃夫に襲いかかり、ショック治療室に連れていかれた。」(『精神の生態学』306頁) 言葉と態度の矛盾は本来なら、その地平を飛び越えてより高次のレベルからそれを眺めることで解消されるべきものであり、またそうした高次への飛躍をうながすものである。しかしそうした高次のレベルからとらえ直すことを禁じておいて、しかもレベルを飛躍させなくてはどうしようもないところに追いつめて、つぶす。これが母親の(また看護教員)特有のコミュニケーションの仕方だったわけです。 本来、ダブルバインドというのは決してわるいものというわけではない。ダブルバインドにおちいることで、その矛盾の地平を超えた高次の地平に飛躍するきっかけになりえる。だからそうした高次への飛躍のためにわざと治療者がしかけるダブルバインドをベイトソンは「治療的ダブルバインド」と呼んでいます。 後年、ベイトソンはハワイの海洋研究所でイルカの学習について研究しました。教え込まれた芸をするたびにエサをもらえたイルカは、たちまち条件反射(学習Ⅰ)の段階を超えて、これが芸をしこむ学習なのだとさとります(学習Ⅱ)。しかし調教師が芸をしてもエサをくれなくなると、尾ひれをたたいて不満を示し、いらいらします。だがしばらくして、「わかったぞ」とばかりのしぐさをして、いままでやったこともない芸をつぎつぎに披露しはじめ、エサを得ていきます。つまりイルカはこの学習が何のためののものかをさとったのです。これまでエサをもらうことで新しい芸を習得するために学習がおこなわれていたのであって、ならば教え込まれなくても新しい芸をひろうすればいい。それまでの学習を超えたレベルに到達したのです(学習Ⅲ)。こうしてイルカは餌付けによる学習(学習Ⅰ)、そうしたものが芸の学習であることを悟って要求される芸をする段階(学習Ⅱ)という、決まった芸の学習というレベルをこえて、創造的な芸の披露という段階(学習Ⅲ)に到達したのです。 ベイトソンを読むたびに私が思い起こすのは、この歓喜に満ちたイルカの跳躍です。 4.家族療法へ ベイトソンのダブルバインド論は統合失調症を説明する有力な説ではありますが、まだ決定的な説だとされているわけではありません。統合失調症はいまだ原因がはっきりとせず、治療も困難な精神病です。 しかし、ベイトソンがダブルバインド論のなかでとりあげた、コミュニケーション論は、それまでの精神療法を刷新するものでした。病いの原因を個人に求めるのではなく、病的なコミュニケーションの連鎖に求める。そのコミュニケーションによって作られたシステムとして家族をとらえるという観点から、家族療法とよばれる心理療法がうまれることとなったのです。
by takumi429
| 2009-06-02 22:32
| 臨床社会学
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