家族看護学

1.2.4家族看護学
(以下の内容は全面的に 森山美智子編集『ファミリーナーシングプラクティス 家族看護の理論と実践』
 医学書院 2001年に依拠しています)
 
ケース4
主婦A(43歳)は、神経性の下痢で入院していた。ほぼ治癒して退院したのだが、家に戻るとまた再発してしまった。Aさんの病状はAさんだけも問題ではないと感じた看護師たちは、Aさんの家族を呼んで話を聞いてみた。
面接の場で、Aさんの夫は家族に背を向けて座り、もっぱらAさんに向かってだけ断定的な口調で話をしていた。それに対して、子どもたちももっぱらAさんにうったえるかたちで話をしていた。
Aさんが、親同士のコミュニケーションと子どもたちのコミュニケーションの間にあってちょうど両者から圧力をうけるかたちになっているのがみてとれた。

 今までの看護では、もっぱら看護の対象は患者個人とされてきました。しかし、このケースの場合、患者を病院という場にいわば隔離しているときには治癒するのに、家族に戻すと再発してしまいます。そこで家族全員を呼んで話をさせるとどうも家族内のコミュニケーションがぎくしゃくしている。それもコミュニケーションのぎくしゃくが、妻であり母親であるAに集中して圧力を与えている。どうやら、「病んでいる」のはじつはこの家族全体であって、その「病い」がAさんの神経性の下痢というかたちで表に現れている(顕在化している)にすぎないのではないか、と考えられます。そうであるならば、看護の対象を、個人からその個人を含む家族全体に広げるべきではないか。こうしてうまれてきたのが「家族看護学」という領域です。

家族療法から家族看護学への影響
森山(編2001 )によれば、家族療法で用いられるシステム論より導き出された家族における重要概念にはつぎのものがあります。
1)家族は大きな上位システムの一部であり,多くの下位システムから構成される。
つまり、家族のなかには、夫婦というシステムや、子どもたち(兄弟姉妹)というシステムがあります。また、場合によっては祖父母たちというシステム、さらにはペットと家族員の誰かの緊密な関係(システム)というようなものがあるかもしれません。

2)全体としての家族は,その部分の総和よりも大きい。
これは「システム」という考え方のもっとも基本となるものです。たとえば、拒食症の子どもをかかえる家族を見るとき、父親、母親、拒食症の子ども、をそれぞれ個別にみても、これといって問題のある人にはみえない。しかし、彼らが家族を構成するとそのコミュニケーションの仕方に独特の問題が生まれてくる、というようなことがあります。こうした、個々の要素からは説明できない、システムとなってはじめて生まれてくるような問題(特性)のことを「創発特性」といいます。

3)家族員1人の変化は家族全体に影響を与える。
システムは成員相互の関係にほかなりませんから、一人の変化は全体の変化となります。

4)家族は変化と安定の間にバランスを創造することができる。
家族システムは、その環境(まわりの社会や地域など)の変化、さらに内なる環境の変化(成員の成長・加齢など)につねにおびやかされています。たとえば、不景気による親の失業あるいは定年退職、学費の上昇や、子どもの進学・独り立ちなど、さまざまなことが変化をもたらします。しかしそれによって家族がすぐに解体してしまうというのではなく、そうした変化に対応しながら家族というものが安定されたかたちで維持されていくことがみられます。たとえば、母親はパートタイム労働を始め、かわりに父親は家事を手伝い始めたり、子どももアルバイトをしたり、家事を手伝ったりして、こうした変化に対応して家族というものを維持していこうとします。

5)家族間の行動は,直線的な因果関係よりも円環的視点からのほうがよく理解できる。
たとえば、拒食症の子どもがいて、それに口うるさい母親がいて、その母親に対してつっけんどんな父親がいるとします。このとき、拒食←母親の小言←父親の横柄さ、という因果関係を想定して、父親の態度が悪いのだ、という単線的(直線的)な決めつけ(原因追及)をしても家族の問題はみえてきません。むしろ、子どもの拒食→母親の夫へ訴え→父親の横柄な対応→いらだった母親の子どもへの小言→子どもの拒食→母親の夫への訴え→夫の横柄な対応→・・・というぐあいに、一種の悪循環が起きているのであり、どれが究極の原因だとすることができるわけではありませんし、だれかを糾弾すれば解決するわけでもないのです。原因があるとすれば、まさにこの悪循環のサイクルそのものなのです。ですから、考察の焦点をこの循環のサイクル、つまり円環パターンに当てるべきなのです。


さらに、サイバネティクス理論より導き出された家族における重要概念(Wright &Leahey1994)としては、
1)家族はフィードバックプロセスを通して自己調整する能力をもつ。
たとえば、登校拒否でゲームセンターにしけ込む息子、それを探し出して家に連れて帰る親。家族のきしみと崩れを食い止めようとする、つまりくずれを打ち消すような(ネガティブ)フィードバックが働いているわけです。
2)フィードバックプロセスは家族のいくつかの異なったシステムのレベルで同時に起こり得る。
登校拒否の子どもの行動を元に戻そうとする親。じつはその子どもの行動こそが、バラバラになりそうになっている家族をまとめる働きになっている、というような場合もあるかもしれません。こうしてさまざまなフィードバックの過程が家族のなかで働きあっているわけです。

直線的質問と円環的質問
円環的なシステム思考によって介入における質問の仕方もちがってきます。
介入の際の質問には,と「円環的質問」の2つのタイプがある(Tomm,1987,1988).
これまでの介入の時の質問は、「そのときだれが何と言ったのですか?」「何かきっかけとなって,食事療法をもうやめようと思われたのですか?」というように直接的に状況を尋ねる質問でした。これは「直線的質問」と呼びます。ここれに対して「ご主人が食事療法をやめられたときに,奥様は何とおっしやいましたか?」「奥様の言われたことに対して,ご主人はどのような行動を示されましたか?」「子どもさんはどんな行動を起こされましたか?」「もし,奥様が“食事が思うように食べられないお父さんのつらい気持ちを私たちがわかっていなかったのね。ごめんなさい”と言われたら,ご主人との関係はどう変化するでしょう?」といった相手への影響を探求する質問があります。これを「円環的質問」といいます。こうした質問は家族員に原因が円環的にめぐっていることに気づかせることで、変化を促す手段となります。(Tomm,1985 ; Tomm1987,1988).
 直線的な質問は、「家族が問題をどのようにとらえ,受け取っているか」などの情報を収集するのに適しています。それにたいして、円環的質問は、「問題についてどのように解釈しているか」を訪ねる質問です。たとえば、「だれがいちばん祐子さんの拒食能を心配していますか?」「お母様は,祐子さんのことを心配して,どのように接しておられますか?」この質問によって家族がどのように影響しあっているかが見えてきます。
 円環的質問は、家族が今まで気がつかなかった、あるいは、見えていても意識しなかったことに新たに気づかせることができます。その結果、円環的な因果関係を家族員に意識させることができます。そこからまた解決への可能性も見えてきて、家族員の行動の変化をうながすことにもつながるのです。

家系図(ジェノグラム)
家族関係の把握のためにはよく使われるのが「ジェノグラム」です。「ジェノグラム」とは、
原則として3世代程をさかのぼる家族員(血縁ではなくとも同居している家族との関係が深い人を含む)の家系図のことをいいます。
家族というのはまず最初に患者をケアする単位であることが多く、とくに慢性病・成人病・老人のケアの担い手となることが多いです。ですから、べつに家族療法や家族看護学の手法をとらなくても、患者の家系図(ジェノグラム)をつくるのはとても有益なだと思われます。
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by takumi429 | 2009-07-02 08:44 | 臨床社会学 | Comments(0)
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