8.『儒教と道教』
初版の雑誌掲載時の題名は『儒教』。官僚精神の典型である儒教を批判することで、官僚精神を批判することをねらった論文。儒教だけでなく道教を付け足したのは、正統と異端の両方をそろえるため。正統たる儒教だけでなく、異端たる道教も、呪術的世界を廃棄するどころか、助長し、呪術的世界そのものとなってしまったことを明らかにしている。 まずは中国史をざっとさらってみよう。 中国史年表 王朝・時代名 ポイント 殷 前16-11世紀 神権政治 王の卜占(甲骨文字)人身供養 羌族を捧げる 周 西周 前11世紀-B.C.771 封建制(各地に王族・諸侯を配置して支配させる) 東周 B.C.770-256 春秋時代 770-476 都市発展時代 鉄器による飛躍的農業生産増大 孔子・墨子 戦国時代 475-221 諸子百家 秦 221-206 始皇帝 家産制(国家を皇帝の家産として支配する)の始まり 前漢 202-A.D.8 新 A.D.8-23 儒教の官学化 体制を正当化するものであって行政の指 針とはならず 後漢 25-220 黄巾の乱184 ← 太平道(道教の一派) 華北・華中の人口激減 三国時代 220-280 北族(北夷)の流入 普 256-316 五胡十六国 316-439 遊牧民族の中国北部への流入・占拠 南北朝時代 439-589 隋 581-618 新たな北族の勝利 選挙の制 唐 618-907 科挙の制 五代 907-960 北宋 960-1127 王安石の改革1069-76 科挙制度完備 南宋 1127-1279 士大夫 官僚=大地主=豪商の三位一体 朱子学の誕生 元 1271-1368 塩引(えんいん)(専売の塩の引換券)と商税(間接税)による財政 紙幣の発行 ラマ教(チベット仏教)の王宮席巻 紅巾の乱1351-66 ← 白蓮教(終末論的宗教結社) 明 1368-1644 漢人王朝 「海禁」朝貢外交への後戻り 宦官の暗躍 清 1644-1912 女真族支配 アヘン戦争1840-2 太平天国の乱1851-64(拝上帝会←キリスト教の影響) 中華民国 1912- 中華人民共和国1947- ヴェーバーの世界史認識で特徴的なのは、封建制と家産制の区別です。 封建制(ヨーロッパのみに起きた) 君主と騎士との間の自由な契約関係 関係の隙間をぬって、誓約共同体としての自治都市が生まれ、ブルジョワジーと資本主義が孕まれた。 家産制国家 国家は王や皇帝の家の財産の拡大とされた 中国では科挙制度によって、皇帝と対抗する貴族や領主が育たず、皇帝権力におもねることで、官僚利権をもとめる士大夫たちが育った。 官僚は基本的にほとんど無給だった(あるいはあっても薄給だった)。通貨の不足・取引の手間が大きすぎるため、税収をいったん国庫に納めてから官僚の給料が払われるのではなく、現地で徴収した税を一部だけを中央に上納して残りを公然と着服した。 3年ごとに任地を移動する。現場の実務は地方の実務官僚(「胥吏」しょり)が担った。 科挙制度によって、官僚は建前としてあらゆる階層から抜擢され、皇帝の臣下となるとされた。実際には富裕な「士大夫」とよばれる、官僚と土地所有者と商人の三位一体の階級が形成されていった。しかし皇帝に対抗する勢力とはならずあくまでも皇帝とその帝国に寄生する知識人=有力者でしかなかった。 科挙制度で重視されたのは、専門知識ではなく、詩作と文章の巧みさと儒教知識の豊富さだった。 試験の席次は発表され、とくに「殿試」での席次(トップは「状元」)はその後の出世のコースを決めた。 こうした経済・政治状況にたいして、中国の宗教・思想は、適応するだけで何ら変えることはなかった(現世適応) 儒家 人間関係調節的な教えの羅列 冠婚葬祭の集団(「葬式屋」) 孔子 冠婚葬祭の時の音楽の調和を人間関係にあてはめていった? 「仁」(人が二人):人間関係のみごとな調和 「礼」:乱れのない人間関係の遂行 祭儀の破綻のない遂行 墨家 上帝(人格神)の下の平等を主張 防衛戦専門の戦争請負人集団(「工兵」) 墨子 工具としての規矩準縄(きくじゅんじょう)(規はコンパス,矩は直角定規のことで,それぞれ円形と方形を作り出すための器具。準は水準器,縄は下げ振り縄のことで,それぞれ水平と垂直を作り出すための器具)から思索をめぐらす。とくに「準」(水準器)から平等論を発想している? 儒教は宗教的なことにはまるで言及しない(「鬼神を語らず」)。 荘子・老子 規則としての礼重視の儒家批判。「道(タオ)」の原理を主張。 「道」(あらゆる現象に先立ち、その背後にあって、この世界を支配している原理) 道教 中国古来からある呪術的自然信仰 現世の御利益(ごりやく)、とりわけ不老不死をもとめる。 老子を教祖にし、仏教との対抗意識から体系化 陰陽と5行(木・火・土・金・水)による循環原理 朱子学 道教の影響の下、理(世界の形成原理)と気(世界の実質原理)の絡み合いから世界を説明。 理は人間に内在して性となり、仁義礼知となって発現して国家・社会にひろがっていく。 儒教の古典を「四書五経」として整理。科挙試験の内容となって思想界を支配。 世俗適応の官僚の精神(儒教)は、現実的な合理主義にみえるが、呪術的な世界を放置したため、それは「呪術の森」たる道教となって肥大化して、中国民衆の世界を支配している。呪術からの解放(脱呪術化)は、現実適合の思想ではなく、宗教的な先鋭な思考による変革なくしては行われないのである。 参考文献 宮崎市定『科挙 中国の試験地獄』中公新書15(1963年) 平山茂樹『科挙と官僚制』山川出版社(1997年) 宮崎市定『科挙史』東洋文庫470(1987年) 岡田英弘『中国文明の歴史』講談社現代新書1761(2004年) 杉山正明『モンゴル帝国の興亡』講談社現代新書1306・1307(1996年) 森三樹三郎『中国思想史』レグルス文庫 第三文明社(1978年) アンヌ・チャン『中国思想史』知泉書房2010年 鯖田豊之『ヨーロッパ封建都市』講談社学術文庫1156 窪徳忠『道教の世界』学生社1987年 ヴァンサン・ゴーセール、カロリーヌ・ジス『道教の世界 宇宙の仕組みと不老不死』知の再発見双書150(2011年)
by takumi429
| 2013-06-03 08:09
| ヴェーバー宗教社会学講義
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