11.「古代ユダヤ教」

11.『古代ユダヤ教』
仏教はインドにおいてタントラの影響をうけて密教となり、インド大衆の呪術的な密儀のなかに溶けていってしまった。現世逃避的な知的宗教である仏教は、現世に向かう時、それと適合(迎合)することになり、その呪術の絡み合った密林のような園を切り開くどころか、そのなかに埋没していったのである。インドで途絶えた密教はチベットに伝わり、遊牧民たる吐蕃の気高さのなかで命を与えられ、現代まで生き続けることになった。
他方、インド大衆は、変幻自在に生まれ変わり顕現するヴィシュヌ神とシバ神への強烈な信仰(バクティ)を、性交を奉るリンガ崇拝に織り交ぜつつ、ヒンドゥー教を復興させることになった。大衆の呪術的・性的信仰は否定されることなく、続いてきたのである。
さて、役人根性(官僚の精神)たる儒教は、世俗を軽蔑しつつ結局はそれに迎合するしかなかった、知的修行僧の宗教たる仏教は、世俗から逃避したために世俗を変えることがなかった。また世俗大衆を救う宗教として生まれ変わった大乗仏教も、さらに性的密儀をとりいれた密教も、結局、世俗に迎合し飲み込まれ、呪術にそまった世俗大衆を変えていくことはなかった。
こうした世俗迎合(適合)的な宗教とはちがい、今ある現状(世俗の状況)を厳しく否定しつつ、それを支配し変えていった宗教として、私たちは古代ユダヤの宗教を取り上げることにする。

ユダヤ民族は、古代において、周辺の弱小民族でしかなかった。
にもかかわらず、それは消滅することもなく現在まで確固と存続している。いやそればかりか、その弱小民族の信奉する神(YHWH )は、世界3大宗教のうちの2つ、キリスト教の神、イスラームの神となり、今なお、世界の多くの民を支配している。
このパラドックス(逆説)はいかにして生まれたのか。
『古代ユダヤ教』という論文は、この謎を解明しようとする論文にほかならない。

地政学上の位置
イスラエルの民が暮らしたカナンの地というのは、メソポタミアとエジプトの両大帝国に挟まれた地域であり、そのためつねに双方から侵略され支配される運命にあった。

カナンの地理
イスラエルの内部は、北の肥沃は農耕地と、南の荒涼たる砂漠とステップ、とに二分される。北には農民が住み、南には家畜飼育者(牧羊者)が定住する。
古代の国家の発展方向
ヴェーバーは古代において国家の発展には2系列があったと考えていた(『古代農業事情』)。
(1)ギリシャ・ローマ型発展系列:城砦王制から民主的ポリスの形成に向かう
(2)オリエント型の発展系列:城砦王制から君主政国家へと発展していく
古代における階級対立
都市貴族が交易によって得た貨幣を農民に貸し、その結果、農民が都市貴族の債務奴隷に転落する。都市貴族⇔債務奴隷(農民)
(1)の場合は、一般市民が自分武装することで、政治的権利を得て民主化する。奴隷は征服地から補給される。
(2)の場合は、官僚制をもった絶対的な王制(帝国)が生まれて、王は国家を自分の家として支配し、人民全体が王の家僕(奴隷)となる。旧約聖書のなかで、「エジプトの家」と言う時には、地域的なエジプトではなくて、人民が奴隷状態にあることを指している。
イスラエルは、(1)と(2)の発展方向のはざまにあってもがき葛藤する。

年表 (Metzger1963訳書参照)
前19-17世紀 <族長時代>
前13世紀  <モーゼ時代>
前13世紀後半 イスラエル諸民族カナン侵入・定着(?) 「契約の書」
前12-11世紀<士師時代>部族連合、戦時における大士師の指導 「デボラの歌」
       ペリシテ人(鉄器を持った海の民)の東進、シロの神殿を破壊 契約の箱
      <王国時代> サウル、王権樹立
前1000頃  ダビデ即位
       エルサレムへ遷都
前961    ソロモン即位
       王宮・神殿の建設 「ヤハウィスト」(J)
前926    王国分裂
      <南北分裂王国時代>
       南(ユダ)王国           北王国                                  
前900頃 ヤラベアムⅠ世、ベテルとダンに金の牛の像を起き、聖所とする。
オムリ王、サマリアに遷都。
カナン宗教蔓延 預言者エリア
前850頃 「エロヒスト」(H)
王母アタリアの独裁と死        預言者エリシャ
840祭司による宗教粛正  ←845エヒウ革命(預言者エリヤとエリシャに指導された抵抗運動の指導下に,エヒウが〈ヤハウェ主義革命〉を起こし,オムリ家を打倒)
前800        両王国の繁栄と社会的退廃
ヤラベアムⅡ世 預言者アモス
        預言者ホセア
前733       シリア・エフライム戦争
アッシリアに従属    ⇔反アッシリア同盟に属する
前721アッシリア軍によりサマリア陥落
北王国の崩壊(上層民の流刑)と異民族の移住
    <単一王国時代>
    ヒゼキア王 宗教粛正 アッシリアへの反乱   
前721 アッシリア軍、エルサレム包囲 アッシリアへの従属 預言者イザヤ(後期)
                           「エホウィスト」(J+H)
    アッシリアの衰退 ユダ王国の一時的独立      
ヨシア王(前640-609) 申命記改革 ヤハウェ原理主義 エルサレム礼拝独占
                            「申命記」(D) 成立
前609 メギドの戦い ヨシア王の死         預言者エレミア(前期)
    エジプトの支配
    新バビロニアの支配               預言者エレミア(後期)
前597 新バビロニア王ネブカドネザルの軍、エルサレム包囲 
     第一次捕囚 (上層民をバビロンに連行)
前578 新バビロニア軍によりエルサレム陥落、神殿崩壊 第二次捕囚 預言者エゼキエル
    <捕囚時代>
    捕囚地バビロンで「神聖法典」(レビ記17-26章)「祭司文書」(P) 成立
                            預言者第二イザヤ
前539 ペルシャ軍によりバビロン陥落
    <ペルシャ時代>
前538 ペルシャ皇帝キュロスⅡ世の勅令により第一次帰還
前515 サマリア人の援助を断り、その妨害に耐えて神殿を再建。
前458 ネヘミア、ユダヤ州の知事として着任。城壁再建、社会改革。
前430 エズラの宗教改革進展。
     エルサレム神聖共同体を確立。大祭司・長老組織による行政
     「モーゼ五書」(創世記・出エジプト記・レビ記・民数記・申命記)の最終編集
前331 アレクサンダー大王によりペルシャ滅亡


ヴェーバーが取り入れた聖書学の内容
4資料仮説(ユリウス・ヴェルハウゼン)
旧約聖書の律法(トーラー):モーゼ五書(創世記・出エジプト記・レビ記・民数記・申命記)はさまざまな文書から成り立っている。
文書名略号成立期成立場所特徴など
ヤハウィストJ前10世紀統一王朝時代のユダ神名ハヤウェYHWHを使用
エロヒストE前9世紀分裂時代の北王国神名エロヒーム「神」を使用
申命記D前7世紀北王国崩壊後のユダ捕囚期に増補改訂
祭司文書P前6世紀バビロニアとユダ教団祭司が作成
エホゥスト  JE        北王国崩壊後のユダ  JとEを結合

生の座(Sitz im Leben) (ヘルマン・グンケル)
編集された文書には、以前からのさまざまな伝承(法律集をふくむ)が含まれている。文章の様式から、そうした伝承がおこなわれた場(生の座)を探らなくてはいけない。

共感呪術的狂騒道
フレイザーの金枝篇から共感呪術の思考がもたらす、多産を願っての性的な狂騒道が、農耕民において繰り返されるとした。具体的には北王国に頻繁にみられた金の牛の崇拝やバール神への崇拝を指している。


社会対立の構造 
王権以前の社会構成 農民・土地所有の氏族(ヤハウェの名のもとに集う連合軍の担い手)
          牧羊者の氏族(ヤハウェ連合軍の担い手)
          客人氏族(手工業者・楽人など)

王権後の社会構成  都市居住地主貴族(軍事的担い手)
          都市デーモス
           非軍事化・無産化したイスラエル人(←農民・牧羊者)
           改宗した寄留者(←客人氏族)

          
イスラエル内部の階級対立
イスラエル誓約連合は、ヤハウェの名の下に、カナンの都市貴族への反乱解放の軍事同盟として生まれた。ヤハウェは誓約連合のためにモーゼからイスラエルの民が受け入れ契約を結んだ戦争神だった。都市貴族への隷属は、エジプトの王制の下の屈従にたとえられた。だからそこからの解放は、「エジプトの家」からの解放にたとえられ、モーゼの「エジプト脱出」(出エジプト記)の記憶が、誓約連合の民衆全体の記憶となった。
にもかかわらず、王制が生まれると、今度は都にいる王と貴族が、かつての都市貴族と同じく、民衆を搾取し債務奴隷にしようとする。イスラエル内部には、解放のための連合から生まれた王制が大衆に隷属をもたらしていることへの不満と批判がたえず渦巻いていたのである。

ユダヤ教発展の担い手:祭司・知識人・預言者
レビ人祭司(一般大衆を相手にする祭司)
宗教的カウンセリング(魂のみとり)での質問
「どうしてこんな苦しい目にあうのでしょうか?」
「あなたはものを盗んだりしませんでしたか?」
この質問を肯定形にすると
「あなたは盗んではならない」という戒律になる。
レビ人のもとに来たのは都市貴族によって債務奴隷にされたりしている都市無産階級や地方の搾取されている農民たちであった。彼らの質問に答えるにつれて、レビ人の宗教の内容は、もともとは誓約同盟の同胞であった民衆を無産化させ隷属させている王制への批判と、もともとの解放の同盟であったイスラエルへと立ち返るべきだ、という内容になっていった。
ヴェーバーは律法の生まれた「生の座」をレビ人の宗教的カウンセリングにみたのだ。
知識人
バビロニアやエジプトの神話を脱色して多くの神を削り、循環する時間感から直線的な時間を導き出して、ユダヤの知識人(上層祭司)はユダヤ教を一神教として精錬していった。
たとえば、ティアマートという(海水の)原母神の殺害から世界が創造されるネヌマ・エリシュ神話を換骨奪胎して、創世記の世界創造神話がうまれた。その際、ティアマートは「水」になっている。
だが多神教の世界から一神教の世界へと神話を書き換え、ユダヤ教の純化と体系化をはかるには、その前提として、ヤハウェ神の絶対性が確立していなくてはいけなかった。それはどうやって生まれたのか。
預言者
ヤハウェの絶対性を確立してそれを民衆に告げたのは預言者たちだった。
預言者とは予言者とはちがう、神と民衆をつなぐ仲介者を言う。神の言葉を預かり民衆に伝える。「主はこう言われる」。当時、主人の言葉を預かった僕(しもべ)は、相手方に到着すると「私の主人はこう言った」と語り始めて、自分の主人の言葉をそのままオウム返しした。その習慣を預言者と神との間に適応したものである。つまり預言は、将来の予告よりも、神の言葉の宣布にあった(雨宮慧著『図解雑学旧約聖書』ナツメ社(2009年)180頁)。
ユダヤの預言者は、敵の帝国による北王国とユダヤの滅亡を、ヤハウェが敵国をあやつって下した、イスラエルへの罰だと解釈した。それまでの解釈は、民族の敗北=国の神の敗北である。しかし、預言者の解釈は、ユダヤ民族の敗北=背信のユダヤ民族にたいするヤハウェの罰である。その際、ヤハウェは敵の帝国軍をも操れる絶対的な神へと昇格している。この卓抜した解釈と宣告によって、ヤハウェは絶対の世界神となり、その絶対神の与えた命令(律法)を守るユダヤ民族には必ず救済があるはずだとの強烈な信仰がうまれたのである。
その際、イスラエルが犯した罪として挙げられたのは、ヤハウェ以外の神への崇拝へと、同胞を債務奴隷として隷属させる罪である。
イスラエルには、北と南の対立、都市の貴族と(債務奴隷としての)農民と定住した牧羊者との対立があった。
農耕地が多い北では、農耕の多産を祈願するバールなどにたいする信仰と祭儀が盛んであった。北王国の預言者はこのヤハウェ以外の偶像崇拝による祭儀を激しく弾劾し、それが北王国滅亡の原因だったとした。
南のユダ王国の預言者は、さらにエルサレムの神殿の崩壊さえ預言するに至った。同胞を搾取隷属する驕慢な王国に対して、ヤハウェはアッシリアや新バビロニアをもあやつって罰を与えるのである。ユダヤが崩壊したのは、エジプトやアッシリアや新バビロニアの神が、ユダヤの神ヤハウェより強かったからではない。ヤハウェがエジプトやアッシリアや新バビロニアのような強大な世界帝国までも、あやつるような唯一絶対の神だからである。
祭司・知識人・預言者の三つどもえの働きによって、ユダヤ教はやがて一神教へと純化・体系化され、捕囚後ユダヤはその信仰による神政政体となった。
ユダヤの崩壊と捕囚というもっとも宗教的な危機でもありえた事件が逆にヤハウェの信仰を強靭なものにし、それは一神教として確立したのである。まさにこの逆説こそ、西洋社会とイスラム世界を支配する一神教をもたらした逆説なのである。

預言者の2類型
ヴェーバーの預言者類型では、模範預言と使命預言が有名である。模範預言は信徒に自らが手本となってみせるような預言者あり、ブッダなどがその例である。使命預言とは信徒に神の命令を伝える預言者である。古代ユダヤの預言者がまさにそれにあたる。
さてこの「古代ユダヤ教」では、ヴェーバーは預言者を、イメージを幻視する視覚的な預言者と、神の声を聞く聴覚的な預言者とに分けている。
視覚的預言は、集団的な狂騒と関連があるとヴェーバーはみなしている。それはちょうど、ニーチェが『悲劇の誕生』で、コロスの音楽によるディオニソス的原理と彫刻的なアポロ的原理が、ギリシャ悲劇のなかで交互に現れると説いているのと照応する。この視覚的預言は音楽にひたりながら幻影を見る満ち足りた至福の状態をもたらす。
それにたいして、聴覚的預言はあくまでも預言者を突き動かしてやまない。それは人を突き動かし続ける命令の預言なのである。
このセム族に見られる聴覚的な預言者の系譜の最後にある者として、私たちはイスラーム教の開祖マホメットへと話を進めなくてはいけない。

      
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by takumi429 | 2013-06-24 02:49 | ヴェーバー宗教社会学講義 | Comments(0)
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