2009年 07月 13日 ( 3 )

3.6 メタファーを聞く---

3.6 メタファーを聞く--- 物語生成の核(種)として---
私たちはすでに、家族療法において、「ナラティヴ・セラピー」という動きが盛んになったのをみました。ナラティヴというのは「物語り」のことです。心理の問題を抱えた人の多くが、自分を虐げるような物語の中に自分を置いていることが多い。そういう人が生き生きと自分を解放できるようなのびやかな物語を、話し合いながら一緒に編み出していこう、あるいはクライエントが生み出すのを手伝っていこうというのが、「ナラティヴ・セラピー」でした。 )。
 だがその新たな物語形成において、問題となってくるのは、そうした新しい物語はどんな風に生まれてくるのか、そのきっかけ、契機は、どういうものなのか、という問題であす。
 ここでは、この物語の生成の契機となるものは何かという問題を考えるべく、いくつかのケースを考えてみることにしましょう。

2.ケース9 下肢切断の患者の語り
ある手術看護婦の話。
 看護婦Tさんはもともとは、病院の窓口で働き、30歳になってから看護婦に転身した。そのため、看護の空気になじめないでいる。
 ある日、初老の女性患者を術前訪問。患者は糖尿病の悪化で片足を切断する手術を受けることになっていた。てきぱきと質問と説明をできないTさんに対して、患者は一時間の長きにわたって物語った。
 途中、師長から呼び出しがあった。師長いわく「遊んでいるかと思った」。 
「だって患者さんはやっぱり不安だからついつい長く話すでしょ」とTさん。
「なるほど、そうだろうね」と著者(勝又)。
「でもそのひとは『不安』なんていう言葉をその人は使っていたの?」。
「うん、たしかに『不安』ていう言葉は使ってなかった」。
Tさんはしばらく考えてから、
「そういえば、『足に悪いことをした』って言っていたわ」。
 Tさんの話を聞いていた私は唖然としました。しかし気を取り直して、
「それから患者はどんなことを言っていたの?」。
「ふん」(うん)と関西人のTさんは考えてから、
「『私は昔から病気と付き合ってきた、お父さんの看病や義理のお母さんの看病やら、ずっとしてきた』と言っていたわ」。
「それで?」。
「ふん」。私の質問にTさんはだまりこんでしまいました
「じゃ、思い出したらまた教えて」と私。 
後日、Tさんからメールがありました。
「あれからずっと思い出そうとしたのだけど何も思い出せません。私は一体一時間も何を聞いていたのでしょう」。

3.ケース9の分析
この患者の話に著者がこだわったのは「足に悪いことをした」という患者の言い方の意外さです。この発言にはいったいどんな意味があるのでしょうか。
まず問題を外堀から埋めていきましょう。
 Tを呼びつけて看護特有の嫌みを言った師長は術前訪問としてどんなことを考えていたのでしょうか。
 おそらく手術に関わるいくつかの質問項目をてきぱきと聞き出すということを考えていたと思われます。同時にこの術前訪問は、「これからあなたはこれこれの手術を受けることになる、覚悟せよ」という宣告にもなっているのでしょう。
 患者の状態は質問の項目だけ切り取られ、後は手術の予告があるのであって、じつは「患者(うだうだした)話を聞く場ではない」ようです。
 ここでは患者は、手術という、いわば、生物機械への「修理」の観点からだけとらえられ、そのための質問用紙に患者の答えが転写されている。
 それに対してTさんはどうだろうか。Tさんの頭の中には、「手術前の人間は不安のためにさまざまな訴えをするものだ」という考えがあったと思われます。ですから患者の訴えをみんな「不安」あるいは「不安のなせる業」という箱の中に放り込んでしまいました。
 よく外国語で話しかけられた時のことを思い出すと経験することなのですが、日本語ではなんと言ったかは言えるのだけど、その外国人が外国語で実際にはなんて言ったかは思い出せないということがよくあります。日本語に翻訳された瞬間に元の言葉は忘れてれてしまうのです。
 Tさんの話もそれに似ています。Tさんは患者の話した話を次から次へと「不安」という言葉に翻訳してしまったため、かんじんの患者の元の「語り」を忘れてしまったのです。
 でもTさんが新米でしかも悪い意味での「看護ずれ」していない手術看護婦だったの幸いしたのかもしれません。患者の話を真に受けてしまう、そのナイーブさが、患者の「語り」を引き出すことに成功したのかもしれないからです。
 さて、患者は「病気とずっとつきあってきた」という言い方をしてました。ここでは病気はつきあう相手、つまり人間のようなものにたとえられています。すなわち「擬人法」というレトリック(修辞法)が使われています。擬人法は、人でないものをひとのように見立てます。似ているということをつかって「見立てる」こと、つまり「~を・・・として見る」ということを「隠喩」(メタファー)と言います。つまり擬人法は隠喩の一種なのです )。
 ここでは、これまで病人の看病をしてきたという経験と、これから糖尿病がもたらした片足切断によって障害者として生きて行かなくてはならないという未来とが、「病気とつきあう」という擬人化によってくくられています。つまり「病人の看護」と「障害を持ちつつ生きていく」とがともに「病気とつきあう」という言葉でくくられているわけです。。
 患者はこのメタファーをつかうことで、これまでの過去を、「病気とつきあう人生」という形で整理して、これからの障害者として生きていく未来に、接続させているのです。
 レトリックとは言葉によって人を説得する術です。メタファーもそうしたレトリックのひとつにほかなりません。しかしレトリックは他人を説得するだけではありません。この患者の場合には、自分を、今後の障害者としての人生を、自分に納得させるために、このレトリック使われているのです。
 さて、問題の「足に悪いことをした」という表現をみてみましょう。
「悪いことをした」とか「すまないことをした」とか言われるのは、ふつうは人間に対してです。だから、ここでは足は人間のようにとらえられているといえるでしょう。つまりここでも擬人化がなされているわけです。
「悪いことをした」というのはどういう意味か。おそらく片足切断という状況になるまで糖尿病の治療を十分にしてこなかった。だから今回の切断は、ある意味、自業自得なのだと、患者は自分に納得させようとしているのでしょう。
 では、まるで人格があるかのように「足」について語るのにはどんな意味があるのだろうか。
患者が「足に悪いことをした」と言った瞬間、足は別の人格を持つものとして患者に相対しています。それは患者とは別のものです。患者はすでに、自分とは分離し別個のものとなった足のことを考えているのです。片足が切断された後の状態を、患者はこの喩え(擬人化)で知らず知らずのうちに、先取りしようとしていたのもしれないと考えられます。
 こうして、片足切断の手術を直前に控えた患者は、「足に悪いことをした」というレトリック(たとえをつかった説得の方法)によって、片足喪失の状況を生き抜いていく自分の物語りを紡ぎ出していこうとしているのです。切断される自分の足を別個の意思をもつ者にたとえることで、足をこれからなくすという話から、足を喪失して後その状況を生き抜いていく話へと、患者をつつむ物語りは転換していき、足の擬人化(たとえ)はその転換の接続点となっているといえるでしょう。
 こうしてみると、私たちが自分を立て直す新しい物語りを作るとき、メタファー(見立て)はその新しい物語生成の核(種)となっていくのではないか、とも考えられる。
 
4.概念図式としてのメタファー
ここでもうすこし一般的な考察をしてみましょう。
 人間が事態のとらえるとき、そのありようは実はあまり多様ではありません。むしろ自分の体で経験したわずかなパターンを使い回していることがしばしばです。人間は、慣れない事態を、見立て(メタファー)によって、慣れ親しんだパターンに還元していることがよくあります。
そのためメタファーとも気づかないほど当たり前になっている多くの言い回しがあります。たとえば、「目玉焼き」というのももともとはメタファーです。
さらに「男に捨てられた」というような言い回しがありますが、本来、「捨てる」ことができるのは品物です。つまりこの言い回しでは「私」は使い捨てされる「品物」に喩え(見立て)られているわけです。
さらに「捨てる」という言葉の連想から「さんざんいいように使っておいて、ボロぞうきんのようにポイと捨てた」という具合にどんどんメタファー(隠喩)の中で連想が展開していってお話を作っていくことがあります。こういうメタファーの展開のことをアレゴリーといいます )。「別れた」を「捨てられた」と見立てることで、男女の別れ話は、品物を使い捨てる話へと移しかえられています。つまり男女の別れの話が、ものを捨てる話(概念体系)へと写し取られていく。その写し取り(写像)の端緒となったのは、「別れる」という事態を「捨てられた」というたとえ(メタファー)で語ったことにあります。そうすることで男女の別れの話は、ものを捨てる話へと写し取られて、物を使い捨てる話(概念体系)のなかで理解されていくことになります。
 レイコフという言語学者は、メタファー(隠喩)を「ある領域(集合)を別の領域(集合)と関係づけることによって、一方を他方で理解する」するという頭の働かせかたである、と言っています。そしてAの領域(集合)の要素(たとえば「捨てる」)をBの領域(集合)の要素(「別れ」)に対応させる(写像)。そしてAの集合の世界のつながりをつかってBの集合の世界を理解する。つまりAの集合を、Bの集合を理解するための概念図式にすること、これを「概念メタファー」と呼んでいます )。
たとえば、「恋いは旅である」というメタファーは、「旅」に「恋」をたとえることで、旅をめぐる経験によって、恋愛というものを、理解していく。たとえば、「僕たちは道に迷った」、「途中事故にあった」、でも「ちゃんと目的地にたどり着いた」。こうして「旅」をめぐる経験をつかって、「恋」をめぐる経験が、腑分(ふわ)けされ、理解され、把握されていくわけです(もともと概念とは把握することを意味します)。
 人間が実感を込めて経験的に理解できることの範囲というのは実は限定されたものです。私たちはそのままでは理解しがたい事態を、すでに慣れ親しんだお話へと移しかえ、それを展開していくことで、そのままではなかなか理解できないような事態を、理解できるものへと変えていくのです。
 私たちが慣れ親しんでいる常套句(クリシェ)はこうした陳腐な喩えによるすり替えに満ちています。しかしこうした陳腐な言い回しによるありふれた物語りの圧政の下で虐げれている自分が存在します。そのとき、それまでとは違う喩え(見立て)をすることで、自分を別の物語りへと解放していくことが求められるのかもしれません。
 しばしば「夫婦の絆」という言い方がされたりします。「絆」とはもともとは「動物をつなぎとめる綱」のことであり、本来はメタファーである。だがもうメタファーであるのを意識しないほど当たり前になった言い方になっています。しかしその喩えで考えるかぎり、夫婦の関係は強固で、それを失った者は、まるで「糸の切れたたこ」みたいに思えてくるでしょう。でももしここで誰かが「夫婦なんてポスト・イットみたいなもんよ」と言い出したらどうだろうか。この喩えは夫婦に対するまるで違った見方をもたらすかもしれません。
 陳腐でそれだけに逃れがたい物語りのくびきから逃れるために、人はたとえ(メタファー)をつかい、それを種にして新たな物語りを生成していくのではないでしょうか。片足切断の手術を目前にした患者の一言から私はそうしたことを考えます。
 
5.家族療法におけるメタファー
ではこうしたメタファーについてナラティヴ・セラピーではどのようにあつかわれているのでしょうか。家族療法の代表的な学会誌『Family Process』 に「メタファーを聞く」という興味深い論文が載っています。 )
 メタファーというのは、ホワイトが遺糞症をスニーキー・プーと名付けて外在化した有名な事例に見られるように、決して家族療法では注目されてこなかったわけではありません。しかし家族員たちがみずから語るメタファーについてはこれまであまり注目されてきませんでした。だが論文の著者たちは言います。「私たちの考えでは、メタファーは、思考の物語様式の最も小さい単位であり、家族の「世界制作」の行為を定め保持する意味の多義性の織物への理想的な入り口点である。」
 そして著者たちは、「家族が生み出すメタファーを使ってカウンセリングしていく7つのステップ」なるものを提唱しています。それはつぎのようなものです。
第1段階 メタファーを聞き取る。
家族の語りのなかにメタファーを見つけ出すことです。
第2段階 そのメタファーを有効なものにする。
子どもは言葉ではなくて絵などもメタファーとしては使う。そうしたさまざまな形で出てくるメタファーを、これはメタファーなんだ、というふうに確定していく必要があります。
第3段階 メタファーを押し広げる。
メタファーからクライエントの心理状態がどうであるかと探るのではなく、メタファーを展開していくことです。たとえば、子どもが「玄関マットみたいな気分だ」という発言をしたならば、それを「落ち込んでいるんだね」という風に読み取って(翻訳して)いくのではなく、「だれがそのマットを何のために使うの?」というふうに聞いて、家族全員にそのメタファーについてどんどん連想をひろげさせていくのです。
第4段階 可能性に遊ぶ。
これは第3段階に含めることもできます。メタファーをどんどん楽しみながら展開していくことです。たとえば、(私勝又が勝手に考えた例ではありますが)「そのマットは汚れているのかい?」「洗ってないんだろうな」とか、「いやペルシャ製だよ」「それがどうして玄関マットなんだろう」とか、楽しみながら話し合うこと、が例として浮かびます。
第5段階 他のものを巻き込む
メタフェーを言った人間とカウンセラーだけでなく、他の家族員を巻き込みながらメタファーを展開していくこと。
ここで、重要なのは、メタファーがどんな意味かを解釈しようとしては話はおわってしまうということです。「それは君の不安の象徴だね」とか「お母さんの罪の意識の現れだね」とかいうふうに解釈をしないことが大切なのです。むしろメタファーをどんどんひろげて話を家族の会話の中で展開していく。つまりメタファーからお話を展開していくこと、私たちがすでにみた言い方では「アレゴリー」を展開していくこと、が大切なのです。
第6段階 印づけと選択
あるメタファーに着目してそれを展開するのですが、それにはさまざまな可能性があります。その可能性のどれかに印をつけて、家族の会話の中から選択しなくてはいけません。      
メタファーの展開では、でたらめな展開とみえたものが、後からみると必然的な展開として現れることがあります。
たとえば、ある虐待をしている母親が「川に流されているような気分だ」と言いました。カウンセラーは、「おぼれそう?」「つかまるものはある?」「川に何か他のものはある?」と聞いてみました。しかし、その後6ヶ月も連絡が途絶え、カウンセリングはうまくいかなかったかと思っていたら、6ヶ月後やってきた母親はいきなり「川は湖に流れ込んでいて私は湖へと出た」とメタフェーからの話の続きを言い始めました。「今はカヌーのなかにいる。漕がなくてはいけないと思う。」と彼女は言いました。実は彼女は3週間ずっと禁酒してからカウンセラーの元へやってきたのです。メタフェーからのでたらめな展開と思えた連想はじつは必然性をもっていたのです。
第7段階 未来への接続
メタファーの意味を一義的に確定しようとして、メタファーの未来へと広がる可能性を切り刻んではいけません。メタファーがもつ発見的で前向きな力を大事にしていかなくてはいけないのです。
「メタフェーを聞く」カウンセリングでは、患者が何気なく行ったメタファーにカウンセラーが気づき、それを押し広げて、家族員全体を巻き込んだお話へと展開していくことが提案されています。これはまさにメタファーが概念体系から別の概念体系への写像であり、別の概念体系のなかでアレゴリーによって話を展開することを言っているにほかなりません。
レイコフと同じように、「メタフェーを聞く」の著者たちは言います。
「物語りが作られるのは、そして私たちの文脈でいうなら、私たちの環境に人間的な形と意味が与えられるのは、おもに、メタファーを通じてなのである。」
 ところで概念体系から概念体系への写像を考えてみると、それは必ずしも言語の概念体系から言語の概念体系への写像とは限りません。言語から絵画への写像もあるし、さらに言語体系から身振り体系への写像もありえるでしょう。
 そこで興味深いのは著者たちがあげている二番目の症例です。
家族は、母エレンと、娘7歳、11歳の息子、5歳の息子です。離婚した父は再婚しています。母親は自殺未遂で重傷し回復して退院している。ここでは、メタファーは5歳の息子の絵です。その絵では、噴火する火山のふもとで「助けて」と叫ぶ怪獣が描かれています。この絵が言葉にならない、家族と彼の状態の、メタファーとなっています。カウンセラーはこの絵をめぐっての家族員に会話を展開させていきます。そうするうちに、この5歳の男の子は絵を描き変えていき、それはしだいに穏やかな絵へと変わっていったというのです。つまり、メタファーは必ずしも言語的なものとはかぎらないのです。

6.ケース10:福祉の現場から
 ここでさらに福祉の現場におけるケースをみてみましょう。ある保健婦は訪問先の家庭で次のようなケースを見ました。
医療器具をつけている幼児のIちゃんは言葉で話すことはできないが、行動によって生命維持としての生活を表現する場面がみられた。アンパンマンのビデオを見ていた時のことである。急にIちゃんが倒れた。研究者はIちゃんの具合が急に悪くなったのかと驚き、「どうしたんですか?」と母親にたずねた。すると母親は『アンパンマンが倒れると、倒れて気管切開の所をはずすの。アンパンマンが助けられると(顔をつけかえてもらう場面)元気になるの。』と答えた。Iちゃんは気道が狭窄しており、吸引が必要なため、気管切開術を受けている。Iちゃんはアンパンマンが助けられると、母親に気管切開の所をつけてもらい、立ちあがり、ぱちぱちと拍手した。Iちゃんはアンパンマンが元気ない状態を、気管切開の所がはずれてしまい元気がないことにたとえて表現している。Iちゃんは、気管切開は生命を維持する大切な部分だと感じている。」 )
 
ここではどういうことが起きているのでしょうか。呼吸器をはずして苦しくなるIちゃんの事態が、アニメのなかのアンパンマンの困窮に移しかえられています。なぜそんなことをIちゃんはするのでしょうか
Iちゃんは呼吸器をはずしては生きていけない、かわいそうな子だ。おそらく、そういう物語りが、Iちゃんに与えられていると思われます。しかしアンパンマンは顔を取り替えることで元気になりバイキンマンをやっつける英雄となる。こちらの話では(呼吸の)苦しみは次の復活と活躍の前段階です。呼吸器なしでは生きられないというIちゃんのこれまでの否定的な物語りは、苦しみから復活して活躍するという肯定的な勇気あるアンパンマンの物語りへと移しかえられています。つまりIちゃんは、アンパンマンが苦しんでいる時に自分の呼吸器をはずして、自分の苦しみとアンパンマンの困窮を対応(写像)させているのです。つまり自分の苦しみのメタファーとしてアンパンマンの困窮を対応させるという、ちょっと大げさ言えば命がけのメタファーがここでは行われているのです。
 もちろん、このメタファーは身振りとアニメという、非言語的なものです。それはまだ物語にはなりきってはいないでしょう。新しい物語を作るには、その周りの人々が、「アンパンマンが元気になったように、Iちゃんも呼吸器をつけて活躍するんだね」、というようなことを言って、そのメタファーを物語として展開する必要はあるかもしれない。しかしともかくも新たな物語の種はIちゃん自身によってまかれたのです。
 
7.結語
 新しい物語はどのように立ち現れてくるのかというのが私たちの疑問でした。新しい物語りは、思いがけない隠喩(メタファー)の形をとって、それを種(核)として立ち現れてくるのではないのか。ケアの現場における二つの事例を考察することで、物語生成の核としてのメタファーという仮説を私たちは得ることができたのです。
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by takumi429 | 2009-07-13 23:15 | 臨床社会学 | Comments(0)

3.5 補論: キューブラー=ロスの『死ぬ瞬間』再読

3.5.2 キューブラー=ロスの『死ぬ瞬間』再読
スイスのチューリッヒ出身の精神科医キューブラー=ロスが、シカゴのビリングス病院で、終末期にある患者に自分の病いと死について語らせる「死とその過程」についてのセミナーを1965年から始め、その成果として『死ぬ瞬間』を1969年を出版したことはよく知られています。
(1)死に至る5段階説
『死ぬ瞬間』といえば、死に至る5段階説(①否認と孤立、②怒り、③取り引き、④抑鬱、⑤受容)があまりに有名です。と同時にこの段階説に対するさまざまな批判と意見がこれまで交わされてきました。
しかしこの本を何度か読んでいるうちに私には次のような疑問がわいてきました。はたして5段階説というのはほんとうにそれほど議論にあたいするものなのだろうか。あるいは言い換えるなら、この本の中心的な位置を占めるものなのだろうか、と。
学問的な叙述を読む時、私達はついついその本のなかに科学的な理論(仮説)をもとめてしまいます。しかしこの5段階説というのははたして学問的な理論(仮説)といえるのでしょうか。
 キューブラー=ロスの自伝『人生は廻る輪のように』 (上野圭一訳、角川文庫)によると、『死ぬ瞬間』は「死とその過程」のセミナーについての短い論文を読んだマクミラン出版社の依頼により2ヶ月で書かれたとあります(訳書285頁)。執筆契約を結び、「それから3週間、・・・私はデスクに向かい、構想をねった。考えているうちに、考えているうちに、死に瀕した患者たちが、いや、あらゆる種類の喪失に悩む人たちが、決まって似たような心理のプロセスをたどることに気がついた。・・・始めに起こるのはショックと否定、怒りと憤り、嘆きと苦痛である。つぎに神との取り引きがはじまる。意気消沈し、『なぜこのわたしが?』と問いはじめる。そしてついには他者から距離を置き、自己のなかにひきこもるようになる。その段階をへて、うまくいけば、やすらぎと受容の段階がおとずれる(悲嘆と怒りが表現できないときには、受容でなく断念になる)」(283頁)。
この記述を読むと、死の受容にいたる5段階の説は、セミナーに記録をまとめるために急きょ考え出されたものであることがわかります。決して仮説として検証されたものではないのです。
キューブラー=ロスは2年半に200人以上の患者にインタビューしたと言っています(『死ぬ瞬間』訳書68頁、以下同様)。この本には小さな事例も含めて、わたしの数え間違いがなければ、28の事例が挙がっています。しかし5段階を経て死の受容にいたった事例というのはひとつもあげられていません。むしろこの5段階というのは各事例を整理する整理箱のような働きをしています。しかもそれに収まらない事例も多く、それを著者は「第10章末期患者へのインタビュー」として集めています。
 もちろん、ここから「週末期の患者は最初はみずからの死を否定するがうまくサポートすれば受容にいたるだろう」というような「お話」を作ることはできますし、そうした「お話」はあまり抵抗なく受けいれられるでしょうし、反論はなかなかできないものです。しかし、科学的理論の必要要件を検証可能性でなく、ポッパーのいう「反証可能性」においたとしても、反論できないような「お話」というのは科学的理論(仮説)とは言い難いのです。しかし私たちはついついこうした本の中に他にも適用できるような理論をもとめてしまいがちです。その結果、『死ぬ瞬間』といえば、5段階説、という少々短絡的な読みが横行してしまったのです 。
 
(2)キュウブラー=ロス自身による反証
キュウブラー=ロスの死の受容に至る5段階説を信じる者にとって、2004年12月25日(土)放送に放送された、NHK ETV特集『最後のレッスン~キューブラー・ロス 死のまぎわの真実』の内容は衝撃的なものでした。
晩年、キューブラー・ロスは脳卒中に倒れ、半身不随となり、長く苦しい晩年のうちに、自らの「終末」を迎えたとき、彼女は、怒り、毒づき、あるいは神を「ヒットラーだ」と悪態をついているのです。それはどうみても、かつて聖女のようだと評された彼女の姿から大きくかけはなれていまし、死を心静かに受容している姿とも思えないものでした。もちろん、適切なまわりの力添えがなければ、死の受容の段階にはいたらないのだ、ともいえるでしょう。しかしキュウブラー=ロスは、多くの死にゆく人々に寄り添ってきた「死の専門家」とされてきた人です。その当の本人が自分の死を受け入れることもできず怒り汚い言葉を吐きつける姿は、なによりも彼女自身が提唱した「死の受容にいたる5段階」説の信憑性をうたがわせるものでした。
私たちは、キュウブラー=ロスの「死の受容にいたる5段階」説というものを、一度、うたがってみるべきではないでしょうか。そして彼女の『死ぬ瞬間』という本を、この段階説を提唱したもの、という先入観をはずして読み直すべきなのではないでしょうか。

(3)『死の瞬間』再読
 そこで私たちはいまいちど自分に問いかけてみるべきでしょう。この『死ぬ瞬間』を読んだとき、私たちはこの本のどこに一番心動かされているのかと。するとそれは5段階説というような「理論もどき」のものではなくて、死のタブー化という当時の風潮をひっくり返す著者の記述とさらにそれを支える末期患者へのインタビューにあったということに気づくでしょう。

「扉をあけるインタビュー」
 この本には計10事例のインタビューが載せられています。このインタビューにはつぎのようなきわだった特徴があります。
1)無知の構え
キューブラー=ロスはこのインタビューでいつも患者に患者の病気のことを語らせています。たとえば、
「私たちはあなたに関してほとんど何も知りません。私たちが患者のみなさんから学ぼうとしているのは、前もってカルテやその他の資料を通さずに、どうすれば人間としての患者さんに接することができるかということです。ですから、まずあなたの年齢、職業、入院期間など手短に話していただけますか」(152頁)。
あるいは、
「Sさん、私たちはこの前あなたとお話した以外のあなたのことは何もしりません。・・・どういう病気だと思っていらっしゃいますか。ご自分の病気のことをどうきかされてのでしょうか」(299-300頁)。
または
「病気になってどのくらいか、病気がいつはじまったのか、教えてもらえますか」(327頁)。
 キューブラー=ロスは患者のついても患者の病気についてもいつも無知をよそおいます。そして患者自身に彼/彼女の病気について語らせ、さらに患者にたいするケアがどうあるべきかまで語らせようとします。ここでは患者の病気については専門家である医師が一番よくわかっているという立場は放棄されています。専門家は医師ではなくて、患者が(彼/彼女の病気についての)専門家なのです。なぜこうした無知の立場にキューブラー=ロスは立とうとするのでしょうか。
 もちろん、患者へのケアの向上のために患者の立場からの声を聞くという面もあるでしょう。しかし彼女のこの戦略とでもいうものは、もっと高いところをねらっています。おそらく、彼女の考えでは、医師や看護師など医療関係者が知っているのは疾患でしかない。それは患者が当事者として主体的に病んでいる「病い」ではないのです。医学からとらえられた疾患は生物学的な因果関係の中に位置づけられます。それに対して、患者の個々の病いはその生活史の中に位置づけられる、ひとつも物語りのなかの重要な出来事なのです。患者に自分に病いについて語らすことで、患者は自分の病いを自分でとらえ直すことをうながすことになるのです。
2)死の意味を問う
キューブラー=ロスは患者に直接、患者にとっての死の意味を問うています。
「あなたにとって死ぬということはどういうことでしょうか。死ぬことはどういう意味をもっていますか」(315頁)。
あるいは
「いまあなたが直視されているもの、つまり、死とはどんなものだとかんがえていますか。」(334頁)。
または
「死ぬことについて、考えることはありますか。」
「私が、ということですか。」
「そうです。」(363頁)
という具合にです。
この質問は、質問の形を借りた告知にもなっています。と同時に、患者みずからが死の意味づけをするようにうながす質問となっています。キューブラー=ロスは死と死に至る病いに対して否定的な意味づけをしていません。むしろそこに患者以外のものも学ぶべき肯定的な意味があることを前提にして患者に死の意味を問いかけます。この問いかけに対して患者たちは死の意味を語りのなかで位置づけていきます。この患者の答えにキューブラー=ロスは「感動的だ」とか「あなたはどうしてこんなに強くなったのかしら」(335頁)という反応をみせています。トラベルビーが「治癒志向的な構え」をすてて患者の肯定的な病いへの意味付与を援助すべきだと言った、その具体的なあり方をここに見ることができるでしょう。
3)新たな物語りの生成をうながす
死をタブー視する風潮に背後には、死を敗北、喪失とみなす支配的な物語りとでも言うべきものがあります。キューブラー=ロスは、医療者を支配している、死は敗北という物語りから自由になって、そして患者もその物語りから解き放とうとします。彼女の問いかけによって患者はみずからの死とそれに至る病いについての新たな語りを生み出していきます。
その意味でH氏の事例は興味ぶかいものです。H氏は活発で有能な妻にふさわしくない落伍者として自分を位置づけて抑鬱の状態におちいった。H氏の妻に会ったキューブラー=ロスは
「……私は、かっとなったからかもしれない、あるいは自分でもH氏の絶望を感じ取ったからかもしれない。彼女が話した内容を、もう一度自分の言葉で繰り返した。それから、短く言い足した。H氏はたしかに奥さんの期待にそえなかったし、何をやっても下手だった。亡くなっても惜しい人ではないかもしれない。彼の人生を振り返ったとき、そこにはあなたの思い出に残るようなことは何ひとつないかもしれないですね……。H夫人はふいに私を見ると、感情にあふれた声で、叫ぶように言った。『なんてことを……夫はだれよりも誠実で信頼における人でした……』それからしばらく2人で座ったまま、私は前日のインタビューで聞いたことを夫人に伝えた。言われたような観点から夫を評価したことはなかったと夫人はみとめ、そういう彼のすばらしいところを褒めてやりたいと言った。私たちは一緒にH氏の病室にもどり、そこで夫人は、診察室で私と槍とした内容を自分から夫に話した。……妻から次のように言われた瞬間、彼の目がぱっと輝いた。『…だからね、私、R先生に言ったのよ。あなたはだれよりも誠実で、信頼のおけるひとだって。いまどき、あんな人、なかなかいませんってね。……』(187-8頁)
敗残者として死を迎えるというH氏の人生の物語りは、妻という鏡に照らし出されたおのれの敗残者の姿によって生み出されたものでした。キューブラー=ロスがH夫人の言ったことを要約して返してやることでH夫人はべつのH氏の姿を写し出しそれがH氏に投げ返されることで、H氏は自分を生涯誠実なまま生き抜いた人間としてとらえ直すことができたのです。H氏を支配し苦しめていた敗残者としての人生という物語りは、誠実な人生という物語りに書きかえられたのです。
 こうしてキューブラー=ロスのインタビューは、死を迎える患者の死に至る物語りを書きかえ新たな物語りの生成をもたらすものだったのです。
 
私たちはすでにナラティヴ・セラピーについてみてみました。ナラティヴ・セラピーのあり方をみてみると、その多くがじつはキューブラー=ロスの末期患者へのインタビューのなかですでに先取りされていたことに驚かされます。とりわけ専門家としての優位を捨てて、「無知の構え」をとること、またH氏の事例にみられるように、相手に語りを送り返す、家族とも語り合う、ことでH氏の抑圧的な敗残者の物語りを、誠実な人の物語りへと書きかえていくのは、ナラティヴ・セラピーの見事な先例となり得ているのではないでしょうか。
 
 (4)5段解説の支配的物語化を越えて
 しかるに看護界においては「死ぬ瞬間」は死の受容にいたる5段階ばかりが注目され、まるでその段階をからならず経なければならない決まりであるかのごとくの扱いをうけてきました。末期の患者について看護師たちが「まだあの患者は『受容』の段階に至っていない、だめだ、もっと働きかけなくては」というような会話をしばしば交わし、受容へ受容へと患者を押し込もうとしてきたのではないでしょうか。そこではキューブラー=ロスの意図に反して、5段階説がひとつの「支配的な物語」となって、末期の患者を抑圧するものに転化してしまっているのです。
 私たちはキューブラー=ロスの「死ぬ瞬間」をいまいちど読み返す必要があるでしょう。そうすることで、それがトラベルビーの提起した、患者の病いと死の意味探求の支援ということを、をナラティヴ・セラピーに先駆ける形で実践したものであることが見えてくるでしょう。と同時に、ナラティヴ・セラピーをまるで決まり切った手法であるかのように公式的・手続き的・処理的に実行することを愚かさをそれは教えてくれるでしょう。ナラティヴ・セラピーの医療への適応は、すでに「扉をひらくインタビュー」としてキューブラー=ロスが実践していたことにみられるものであり、それは看護師がおちいりがちな専門家としての死の受容の押しつけとはまったく無縁のものなのです。
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by takumi429 | 2009-07-13 20:04 | 臨床社会学 | Comments(0)

3.5病いの物語

3.5病いの物語

病いという日常から逸脱した事態は、それを自分に納得させるために、大量の物語を生み出すことになります。ちょうど、ささったトゲをくるむように皮膚がもりあがるように、私たちは病いという事態を物語で包み込もうとします。ここでは、病いの物語についての研究を少し見てみることにしましょう。

 受容の物語
アーサー・フランクはその著『傷ついた物語の語り手――身体・病い・倫理』で、病いにおける物語の類型には次の3つがあると言います
①「回復の物語(the restitution narrative)」
これは、身体というものを修復可能だととらえており、医学のよる語りの多くがこの類型に当てはまります。
②「混沌の物語」
ここでは、あらすじのない混沌として病いが語られます。
③「探求の物語」
ここでは、病いはいわば、ひとつの旅として語られます。

 近年は、慢性病の増加し、またターミナル・ケア(終末期治療)の重要性が認識されてきたため、生な形で「回復の物語」が語られることはすくなくなっています。しかし、この「回復の物語」の変形として、じつは「受容(適応)の物語」、つまり患者が病気という危機的事態に適応するようになるとか、患者が病気やそれがもたらす死を「受容する」ようになるという物語が医療者の中で支配的になっているように思われます。
 たとえば、フィンクの「危機モデル」理論がそうです。「危機」とは「各人が平常働かせている対処機制では対応できない状況」、つまり「病気」を意味します。フィンクの「危機モデル」によれば、①衝撃(危機の衝撃があり)、②防御的退行(いったん患者は防衛のために退行するが)、③承認(病気であることを認め)、ついには④適応(病気という危機的状況に適応できるようになる)、というものです。フィンクの「危機モデル」は日本では一部の看護教員がたいへん評価しているようですが、じつは欧米ではほとんど問題にされていません 。
「回復の物語」の変形としての「受容の物語」としてはもうひとつ、キューブラー・ロスの「死の受容段階説」があげられるでしょう。終末期の患者のインタビューからロスは、終末期の患者は、①否認、②孤立、③怒り、④(神との)取り引き、⑤抑鬱と受容の5つの段階をへて、死の受容に至る、という説です。この説は事例を整理して発表するために、ロスが急きょ作り上げたもので、なんら仮説・検証の形をとったものではありません(つまり理論とはいえない)。しかし、終末期患者をめぐる、一種の「支配的物語」として、医療者、とりわけ看護師の思考をしばっており、なんとか「受容」に持っていかなくてはと思いこんで、患者にそれを強要する看護師があとをたちません(これについてはあとで詳しくみることにしましょう)。

説明モデル 
医療人類学者アーサー・クラインマンは、説明モデル(explanatory model)という考えを提唱しています。

説明モデル(explanatory model)というのは、患者や家族や治療者が、ある特定の病いのエピソードについていだく考えのことである。病いとはいったい何なのかということについてのこうした非公式な説明には、臨床上きわめて大きな意味があるため、それを無視することは致命的になることがある。説明モデルは以下のような疑問に答えてくれる。つまり、この障害の本質は何かとか、なぜ自分がその病いに冒されてしまったのか、なぜそれが今なのか、どんな経過をたどるのか、自分のからだにどんな影響を及ぼすか、どんな治療をしてほしいと思っているのか、自分がこの病いと治療についてもっとも恐れているものは何か、などである。

「説明モデル」をつかって、「患者は彼らの病いの経験を-つまり自分自身や重要な他者にとってそれがもつ意味を-‐‐個人的な語りとして整理する」のです(61頁)。こうして、生で荒々しい「疾患」(disease)の脅威を文化的な「病い」(illness)に変えていくことで人々は耐えていこうとしているのです。
 医学的にみた「病気」を「疾患」(disease)とよび、文化的にみた「病気」を「病い」(illness)と呼ぶのは、医療人類学の基本的考え方です(たとえば、「上気道感染」という疾患は、日本文化のなかでは、ふつう「風邪」という病いとして語られます)。
 しかし、「疾患」(disease)というのも、西洋医学というひとつの特定の文化のなかから見た病気のとらえ方にすぎないともいえます。クラインマンもそのことには気づいていますが、西洋医学を自然の現実を把握していると見なしている西洋医むけに「説明モデル」を提唱するときには、あえてそれにはふれないようにしているように見えます 。西洋医学もほかの病気の説明・見方と同格の、ひとつの病気の見方・説明法のひとつにすぎない、ということをはっきりと認めたうえで議論を組み立てているのは、同じ医療人類学者のバイロン・グッドです。

仮定法的な語りと多声的な物語
バイロン・グッドはその著『医療・合理性・経験』で、病いの語りについてのトータルな理論を提示しています。その内容を要約してみましょう。
およそ、病気になるということは多くの人間のとって唐突で理由もわからない錯綜した事態としてもともとは現れることです。それを人間はなんとか理解し意味づけたり理由づけをしようとします。
哲学者カッシーラによれば、人間は生の自然に向き合いその中で生きているのではなくて、自然の事物を名付けたり、絵にしたり、記号にしたりして、そうしたシンボル(記号象徴)の中に住んで、そのシンボルを操作することで生きている「シンボル的動物」です。
 自然の混沌とした事態を人間がシンボル化して整理しまとめ上げるには、さまざまな形式があるとカッシーラは考えました。原因-結果の関係でまとめ上げていくのはいわゆる科学ですが、それ以外にも神話や宗教のように因果応報で整理することもできるでしょう。
 グッドは、医学もそうした病気にまつわる混沌とした事態を整理し、対処するために形式であるとみなしたのです。病気の名状しがたい状態に、医学の用語を当てはめ(医学的なシンボルに置き換え)、同時にそれらを医学的な身体の体系と因果関係におさめ、そうしてどのように働きかけるかを考える、それが医学というシンボル形式だと言うわけです 。
 しかし医学以外にも病気という事態を整理しまとめていくやり方はあるはずです。病人とその周りの人間にとってはどうでしょうか。彼らが病気という事態に直面したとき、それはまるで意味のよくわからない文章(テクスト)のようなものとして現れます。病人とその周囲の人々は、そのわけのわからないテクストを何とか筋(プロット)の通ったお話にまとめ上げようとします。それはちょうどむずかしいテクストを読み解きながら、どうやらこの話は、こんな話らしいと言う風に自分なりに話をまとめている読者に似ています。読者は理解にむずかしい話を読みながら、同時にそこに自分なりに読み解いたお話を作り上げているのです。病者とそのまわりの人たちは、突然の発病とその後の苦難を、それなりに筋の通ったお話にまとめ上げて「納得」しようとします。
 ところで筋の通ったお話のパターンというのは、実はあんがい、決まっています。それには人類共通なものが多いですし、少なくとも、ある文化には、筋がとおった話のパターンというものの数が限られています。病気をめぐる事態をまとまったお話にまとめるとき、人間は筋の通ったとされるお話のいくつかのパターン(あらすじplot)を使ってまとめていくのです。
 しかし、病状は今後どのように進展していくか予断を許しません。またたとえば病状が絶望的と思えても、わずかな望みを捨てたくはありません。ですから病気をめぐるお話はもう確定したものとしてまとめることはできません。それはたえず、別の新たな展開にも開かれたものになっていなくてはいけません。そのためには別の話の筋へと持って行くことが可能な形でお話がまとめられていなくてはいけません。そのために本筋とは別の筋が話にふくませてあるということも大事です。が、それ以上に大切なのは、話がきっちり確定したものではなくて、「今のところこういうことだとしたら、こういうことになるといえるだろうな」というような形に話をとどめておかなくてはいけません。そうした「寸止め」みたいな話の落とし方を、グッドは心理学者ブルーナーから借りた「仮定法化」という言葉で表しています。
 病気をめぐる事態はどんどん変化していき、それとともに本人も周りの人間もわいわいいいながらそれをそれなりに筋のとおった、しかし変化と展開に対応できるような、お話にまとめていきます。それは一人でつくる物語ではなくて、いろんな人間が口をはなさみながらつくる「お話」です。
ミハイル・バフチンという文学理論家は、『ドストエフスキーの詩学』という本の中で、ドストエフスキーの小説について論じています。バフチンによれば、ドストエフスキーの小説の文章は作者がひとりで語っているのではなく、作者をつうじてさまざまな人々の声が対話し響きあうように書かれているというのです。ちなみにドストエフスキーの初期の作品の中では登場人物は内的な対話を繰り広げ、その無限地獄のなかに落ちていきます。後期になってドストエフスキーは速記者である妻を前に作品を語って速記させ作品を作っていました。つまりいろんな登場人物が出てくると、それを妻の前で(おそらく声色も変えながら)演じて見せていたのです。その結果、後期の作品はさまざまな登場人物のさまざまな声が対話し響きあうものとなっています。音楽において1つの同じ旋律を全員が歌うのを「単声的」というのに対して、複数の旋律を同時に歌うのを「多声的」といいます。その「多声的」という言葉を借りてバフチンはドストエフスキーの作品を「多声的文学」だとしたのです。
グッドは、病いをめぐるお話も、ちょうど、ドストエフスキーの小説と同じような、多声的な物語として生まれているのだと主張するのです
 
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by takumi429 | 2009-07-13 19:24 | 臨床社会学 | Comments(0)